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NeverEnd RubberBeast【FANBOX試し読み】

  [chapter:サンプル]

  ギュウギュウと、内で弾力のあるそれが身体を余すことなく押し潰している。キュム、キュムと耳障りな音が動くたびに頭の中に響く。全身からはとてつもない程の快感が襲い、十全に体を動かすことも敵わない。

  「どうして……どうしてこんなことに……」

  その日、佳司は後悔していた。要らぬ好奇心を持ってしまったこと。こんなものに遭遇してしまった自分の運の無さ――しかしそんな後悔もすぐに消えてしまうだろう。何故なら、彼はもうヒトではなくなるのだから。

  ◆

  「じゃあなー」

  県立高校の制服、普遍的な手提げ鞄。そんな出立ちの少年がクラスメイトに別れを告げひとり学舎の校門を潜る。

  彼の名前は桃上佳司(ももうえけいじ)。今年の四月に高校生になったばかりの普通の少年。彼は学業は平均よりやや下という程度の成績、運動もそこそこ。中学の頃から続けているサッカー部にベンチとして在籍していた。

  今日は学校の部活もなく普通に真っ直ぐ家へと帰るはずだった。そう、いつもならば普通に家は帰っていたはずなのだ。

  しかし彼は見てしまった。知ってしまった。人間が知ることのない超常の世界を。

  「今日はジュースでも買って帰るか」

  喉の渇きを感じた佳司は自販機のあるコンビニに寄り道することにしたのだ。財布から硬貨を取り出し炭酸飲料を購入する。ここまでは、何てことのない、一日の風景。しかし、佳司はその時、コンビニの近くの横道から何やら小さな声が聞こえてくるのに気がついた。

  「……! ――で、……だ!」

  「ん? なんだ……この声?」

  かすかに聞こえるその声は、囁いているようにも叫んでいるようにも聞こえた。声の高さから女性か子供のものだと推測することができた。

  「……なんだあれ」

  建物と建物の間の細い道。犬や猫ならば容易に通れそうなその隙間。佳司がそこを覗いた時にはほとんど何も見えなかった。しかし佳司は確かにこの目で目撃していた。青色の小さな影がヒュンと横切るのを。

  「動物……か?」

  ここでただの動物だ。と割り切ることができたのならば、どれだけ彼は幸運だったのだろう。しかし、彼は好奇心を持ってしまった。あの動物のようで動物でない不気味な影を怪訝に思ってしまった。それこそが彼の運の尽き。

  「行ってみよう」

  好奇心は猫を殺すと云うが、殺すのは猫だけではなかった。

  ◆

  「……やっぱり、何か声がする」

  埃にまみれた通り道を只管に歩いていく佳司。暗くて姿は見えないものの、先程聞こえた声は確かにまだ続いている。その声を頼りに細い道をただ真っ直ぐ進んでいく佳司。いつしか明るい光が佳司の暗闇に慣れた目を突き刺した。出口だ。

  「うっ、眩しいっ……」

  数分ぶりの太陽の眩しさに目が眩みつつも佳司はゆっくりとその瞼を開く。そこには大きな草原が広がっていた。それはまるで異世界に迷い込んだかのような壮大な景色で、風に運ばれて流れる空気すら美味しいような気がするほどだった。

  「なんだここ……あの奥に、こんな場所が?」

  辺り一面が緑色の雑草で覆われ右も左も分からない。後ろを向けばさっき通ってきた塀の間に少しだけの隙間がある。ここで諦めて引き返せたのならば、まだ彼には日常へと帰るチャンスがあったかもしれない。しかし彼はそれをしなかった。

  「……とりあえず、近くを探してみるか。見つからなかったら帰ればいいんだし」

  そう言いながら佳司は草原を探索する。しかし周りは似たような雑草が広がっているためか佳司は今自分がどこへ向かってどこに立っているのか。それすら曖昧になっていった。

  「うーん……いないみたいだな……俺の気のせいだったか……」

  やがて一通り探索し終えた佳司は探すのを諦め家へ帰ることを決めた。今度は帰り道であるコンクリート塀を探しはじめる。

  「確かにいると思ったんだけどなー……」

  そう呟きながら草原を歩く佳司。しかし、数分歩いて、彼はあることに気がついた。歩いて、歩いて、ある程度歩き終えた後に、彼は漸く自分の置かれた状況を自覚した。

  「……あれ。俺どこ通ってたんだっけ」

  帰り道が見当たらないのだ。辺りを見渡しても見えるのは雑草の絨毯。ただそれだけがずっとずっと遠くまで広がっている。そこでやっと彼は理解した。自分が道に迷ったのだと。

  「嘘だろ……どうやって帰ればいいんだ……?」

  呆然とした佳司はつい手に持っていた鞄を落としてしまう。叢に力無く転がる鞄をただ見つめることしかできなかった。が、しかしその時佳司はあることに気がついた。鞄に入っている、あれを使えば――

  「そうだ、スマホ!」

  そうだ。自分には文明の利器があるのだ。そう考えた佳司はすぐさま鞄からスマートフォンを取り出す。スマートフォンを使えば細かい位置の情報も分かるし最悪誰かに電話を掛けて助けて貰えばいい。佳司はそう思いながらスマートフォンを起動した。しかし……

  「どう、して……」

  液晶画面のアンテナマークは一本も立っておらず、スマートフォンの左上にはただ『圏外』という二文字が素っ気なく並んでいた。

  「国内で圏外なんてありえない! ここは一体どこなんだよ!?」

  当然ながらネットも繋がらず、位置情報も確認できない。それどころか誰かに連絡を取ることも敵わない。佳司はとうとう、本当に途方に暮れるしかなくなっていた。

  「嘘だ……俺、どうやって帰れば……」

  「……キミ、困ってるの?」

  その時だ。どこからともなく、佳司を呼ぶ声がしたのは。

  その声はどこかあどけない口ぶりで、なおかつ変声期前の甲高いものであった。感じからして、その声の持ち主は年端もいかぬ子供であることがわかった。

  しかし、“それ”はただの子供ではない。

  「誰かいるのか!? だったら道を……は?」

  「困ってるなら、ボクと遊ぼうよ」

  つるつるの青い肌をした、獣の仔だった。

  「ボクはフォール。よろしくね」

  フォールと名乗った子供の獣は、屈託のない笑顔で佳司に詰め寄った。しかし当人の反応といえば、ただ困惑し沈黙するだけだった。

  「……なんだこれ? 俺は夢でも見てんのか? こんなマンガの中に出てきそうなやつが、俺の目の前に?」

  フォールは、一言で表すならばオオカミのような姿をしていた。衣服のようなものは別段身につけておらず、その代わりなのか背中には黄色いマントが巻かれている。

  当然といえば当然ではあるが。二足で立ち歩行してなおかつヒトの言葉を話す動物なんて架空の世界でもないこの世には存在しないはずの生き物なのだから。しかし実際にその存在が佳司の目の前に立っている。佳司はこれを夢だと思わなければ今もなお遠のきつつある意識を保つことはできなかった。

  「なに言ってるかよくわかんないけど……ボクはいつの間にか生まれてきて、いつの間にかここにいたんだ。それだけは覚えてるよ。キミもそうなの?」

  フォールは屈託のない笑みを浮かべてそう言う。どうやら彼は記憶というものがほぼ存在していないらしい。それでも彼があっけらかんとしていられるのは、彼自身の性格によるものなのか、それとも人格を形成するのに必要な記憶が存在していないからなのか。それは分からなかった。

  「俺は……桃上佳司。ただの高校生だ。記憶も、ちゃんとある」

  「コウコウセイ……うーん、よく分かんないや。とりあえずよろしく! ケイジ君!」

  フォールが右手を差し出す。どうやら握手がしたいらしい。どうすればいいか分からなかったので、とりあえず佳司も右手を差し出した。

  「よろしく……んっ!?」

  ギュッと佳司の手とフォールの手がしっかりと握られる。その時佳司は無意識に声を出してしまう。右手に奇妙な感触がしたからだ。それは間違いなくフォールの手のものだ。手の大きさと比較してやけに大きな肉球の感触もそうだったのだが、特に気になったのはその皮膚である。獣毛でもなく皮膚でもない――一番近いものを例にするならば、ゴムだ。そう、まさしく彼の手はゴムのようであった。

  (なんだこりゃ……気持ち悪ぃ)

  その感触を感じた途端、佳司は握手をしてきた目の前のケモノがさらに不気味なモノに思えてきた。佳司の奥底に眠る第六感が、『こいつは、やばい』と警告してきているように思えた。

  「なんだこいつ……逃げっ……!?」

  反射的に体が逆の方を向く。踵を返し、目の前の獣を置き去りにする勢いで、佳司は緑色の草原を走り出す――ことはできなかった。

  「どうしたの? ボクと遊ぶんじゃ、なかったの?」

  フォールが、先程まで浮かべていた笑顔のまま、佳司に抱きついていた。やはりそいつの体はゴムのような質感で、佳司の体と擦れるたびにキュム、キュムと耳障りな音がする。

  『もう離さない』、『ずっとここにいよう』。同じような笑顔の筈なのに、フォールの瞳はそう訴えているように見えた。佳司はそれがたまらなく恐ろしかった。

  「ちょっ、何してんだ、離せよ!」

  「そんなこと言わないで、ボクとお話ししようよ」

  死んでも離すまいといわんばかりに佳司の体を強く抱きしめているフォール。そんな彼から発せられる声はばかに明るいはずなのに、どこか空虚さが感じられた。

  「い、嫌だっ! 俺は、家に帰りたいんだ!」

  必死にゴムのケモノの抱擁を振り解こうと体をめちゃくちゃに暴れさせるも、ケモノはバケモノのような力で佳司を掴んで離さない。

  「助けて! 助けて、誰か!」

  いくら大声で助けを呼んでも、人っ子一人現れる気配はない。いつしか笑いながら佳司に抱きついていたフォールも、彼の行動に不快感を表したのか、段々と表情が強張っていく。それに比例して佳司を抱きしめている腕の力が強くなっていく。そしてフォールはこう独り言ちた。

  「そうなんだ。キミはボクのことが嫌いなんだね」

  それは先程の朗らかさが嘘だったかのように冷たく無機質な声で、その言葉を発した瞬間、あれ程強く抱きしめていた佳司を、飽きてしまった玩具の如く放り投げる。佳司は叢に顔から落ちて額に擦り傷を作った。

  「いてっ! ……なんだ急に!」

  「……それなら、ボクが、キミを『トモダチ』にしてあげる」

  フォールはそう言いながら背中には羽織っていたマントを外し目の前に広げる。それは布でできた黄色いマント――ではなかった。フォールが身につけていたそれは、マントのように見えていたがマントではない。それは、黄色くて、つやつやで、耳が生えていて、尻尾があって、まるで、動物のような――

  「……着ぐるみ?」

  それは、着ぐるみだった。フォールの身体と同じようなゴムでできた動物を模した着ぐるみ。まるで、フォールの皮をそのまま剥いで造られたかのような――

  「これは、ボクが生まれた時からずっと一緒にいた『トモダチ』さ。ボクは記憶がないけれど、これだけは憶えてる」

  フォールは、着ぐるみを持ちながらゆっくりと佳司に近付いていく。様子の変わったフォールに気圧された佳司は、動くことができない。そしてそのまま――

  「こうすれば、『トモダチ』を作れるって」

  その着ぐるみを、佳司に向かって被せた。

  「なっ……うわあああぁああぁ!?」

  その着ぐるみは、まるで命を吹き込まれたかのようにひとりでに動き出し佳司を襲う。手足の部分が佳司の手足に重なるように覆い始め、侵食する。その瞬間、佳司は自分の手足の感覚がひんやりとしたゴムのようになるのを感じた。グニャグニャと柔らかく、弾力のある感触。冷たくて心地の良い感覚。しかしまるでそこだけが作り物になってしまったかのように固まって動かなくなってしまった。

  まるで柔らかな牢獄に手足だけが入れられてしまったような――佳司はそんな感覚を味わっていた。

  「手が……動かない。や、やだっ! やめろ!」

  身動きが取れないと悟るや否やパニックを引き起こし大声を出して暴れ出す佳司。しかし、着ぐるみの侵食は順調に続いていく。手の部分は腕へ、足の部分は下半身へと柔らかなゴムが佳司の肉体を侵略していき、いつしか首から下は完全にフォールと似たケモノの姿と化してしまった。

  「お、俺の体が……こんなの嫌だ……元に戻せぇ……」

  「可愛くなったね、ケイジ君」

  着ぐるみを着せられた首から下の部分は、まるで拘束具に掛けられたように動かすことができず、佳司はただ涙を流して懇願するしかなかった。そんな佳司を見てフォールはにこりと微笑む。

  全身ゴムに覆われた佳司の体は、ゴムの着ぐるみに押し潰されてギュウギュウと刺激される。その度に佳司は言葉にできぬ心地良さを感じてしまう。ひんやりとしたゴムは体を舐めるように纏わり付き佳司を快楽の世界へ誘う。

  「んっ……くっ、ふぅ……」

  「気持ちいいの?」

  「んふぅ!」

  フォールが佳司の腹部をなぞるように触る。その瞬間、佳司は快感でついいやらしい声をあげてしまう。分厚いゴムに覆われているはずなのに、その感覚は鋭敏に佳司の脳に伝わってくる。着ぐるみを着ているはずなのに、それが自分の肌であるかのように感じる。人間には存在していないはずの尻尾でさえ、今の佳司にはそれが本当に着いているかのように感じていた。

  「じゃあ、さっそく遊ぼうか。立って、“ゾフ”」

  「んっ……ああっ!?」

  フォールがそう口にした瞬間、指ひとつ動かせなかった筈の佳司の体が急に動き出した。しかしそれは佳司の意思のものではない。まるで身体だけが別々に意思を持ったかのようにひとりでに動いたのだ。

  勢いよく寝転がっていた体を起こすと両手を下ろして直立の体勢を取る。

  「ゾフ……ゾフってなんだ。俺の体は、一体どうなっちまったんだ!?」

  「ゾフは、ボクのトモダチの名前だよ。そして、キミの新しい名前。そっちの方が可愛いでしょ?」

  「ふざけんな! 俺には桃上佳司って立派な名前が……!」

  「うるさいな」

  「んぐぅ!」

  着ぐるみのつるりとした股間を、フォールが指でつつ――となぞる。その瞬間、佳司の脳に強烈な火花が散った。全身を襲う甘い刺激に佳司は今まで出したことがないような声で喘いだ。

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