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「キックベースやろうぜ」
「4時に電車の公園な!」
下級生たちがきゃぴきゃぴと遊びに行く。俺・[[rb:海野陽翔 > うみのはると]]も、昔はたくさん遊んでいたなと、遠い目になってふりかえる。来年は受験だから、のん気に遊んでいられない。
遊びたい思いをふりはらって、下駄箱から靴を取り出す。さぁ帰ったら勉強だ。
「ハルっちあそぼ!」
底抜けに明るい声が後ろから聞こえる。
この声の主は[[rb:星田雄牙 > ほしだゆうが]]だ。雄牙は俺と幼なじみで、幼稚園に入る前からずっと付き合っている。
「ムリ! 今日は忙しいから、また今度な」
俺はふりかえらずに返事する。
「今日塾ないじゃん。少しぐらい遊んだっていいじゃないかー」
雄牙は俺の肩をつかんでゆさぶってくる。
「塾の宿題と日曜のテス勉あるから、遊ぶヒマはねぇよ」
「1週間遊んでないとさびしいよー」
「受験終わったら毎日遊んでやるからガマンしろよ、なっ?」
俺がふりかえってなだめると、雄牙はむっつりしている。
「やだ! そんな長く待てないね!」
雄牙はさっと俺の眼鏡を盗る。メガネが無いと、人の顔がモザイクがかかった風に見えるし、字がぼやける。
そんな大事なメガネを奴はダウンのポケットに入れやがった。
「何すんだよ! 俺のメガネ返せ!」
「今日遊んでくれるなら返してやるよーだ」
くそっやられた! メガネが無かったら勉強が出来ないし、ましてや家に無事に帰られない。
雄牙の頭脳的せっ盗(?)に負けた。
「わかったよ。ただし1時間だけだぞ」
「わーい!」
雄牙は満面の笑みでバンザイする。ガキの頃から変わらないな、雄牙って。彼はメガネのへりを持って、俺に返してくれた。
取り戻したメガネはメガネふきできれいにする。ダウンの中はホコリがたくさんたまってそうだからな。
「今日はハルっちの家でいい?」
再びメガネをかけると、丸顔のスポーツ刈りの少年がくっきり見える。
「いいぞ。今日はめっちゃ寒いしな」
俺の父さんは大学教授でがっぽり稼いでいるから、まぁまぁ金持ちだ。全部屋に床暖房がついていて、真冬でも暖かい。雄牙の家は中の下で、石油ストーブの使用が6時からという決まりがあるから、かなり寒い。今日みたいに息が白い日は俺の家で遊ぶ。
先週は外でキャッチボールしたけど、今日はさすがにキツい。
「ありがとー。大乱戦フラッシュタッグやる?」
「そうだな。まだ隠しキャラ出てないけど、それでも良ければ」
「隠しキャラなんかいらないって。俺っちが使うのはガイリュウオンリーだし」
俺達は色々話しながら帰る。
結局、何だかんだ言っても、雄牙とは気が合うのだ。
[newpage]
3階建ての真っ白な家が見えると、心が落ち着く。黒光りする車を横目にしながら玄関へ入ると、ゴッホ風の原色だけの花火の絵が見える。俺が2年前に描いた絵を親バカで飾っているのだ。
「ちゃんと手を洗えよ、雄牙」
「言われなくてもわかってるよ。逆にあらいたくてあらいたくて、ラスカルだって」
雄牙はテキトーなこと言って、玄関を右に曲がった所にある洗面所へ行く。さっき言ったとおり、ハンドソープを念入りにつけてアライグマみたいに丁寧に洗っている。
自身のハンカチで手をふくと、そのにおいをかいで目を閉じる。再び目を開けて手をかいで、幸せそうな顔になる。
「モモのかおりがいいねー、これ」
「毎日洗ってると、あきてくるから」
石けんで手を洗う雄牙にとって、においつきのハンドソープは珍しいのだろう。学校にも似たようなハンドソープがあるが、ちょっと薬品っぽいにおいがしてダメだ。
手を洗ったら、2階の俺の部屋へ直行。俺の部屋は整理整頓が出来てとてもキレイな部屋だ、机の横のプリントの山をのぞいては……。
物置からゲーム機を取り出して、早速雄牙と対戦した。
[newpage]
20分ぐらい大乱戦したところで、俺はある用事に気づく。
「しまった! 早くしなきゃ」
雄牙がきょとんとした顔になったから、俺は手短かに伝える。
「研究動物のエサやり」
「へぇー一緒にやっていい?」
目を輝かせてたずねてくる。
「見るだけなら構わないぜ」
雄牙にちょっかいをかけられて、研究動物が残念なことにならないよう、あえてクギを差す。去年の夏休みはリスザルにヒゲの落書きされて、こっぴどくしかられたからな、俺が!
2階のリビングに父の研究動物がいる。普通は大学で飼育するそうだが、大学の研究室が足りないので、うちの家で飼育している。
と言っても、昔はフクロウやリスザル、この前はネコ、今はダックスフントで、たいした動物は飼育したことないけど。
「にゃん吉、にゃん吉、ごはんだぞー」
「俺っちネコは苦手だから、遠くから見とくよ」
「猫じゃなくて犬だぞ、犬。おとなしい子だから大丈夫、安心しろ」
犬に猫の名前をつける父はおかしいし、もっとおかしなことに、前に飼育していたトラ猫と同じ名前をつけたのだ。どうも、父さんは種が違う研究動物に同じ名前をつけるクセがあるらしい。
名づけが面倒なら全て同じ名前にするのに、なぜか2頭おきに名前を変える。研究者の頭はナゾだらけだ。
何度名前を呼んでも出てこないので、奴が隠れていそうな場所を探してみる。
テレビの裏、テーブルの下、こたつの中、いた!
「にゃん吉、ご飯の時間だぞー」
にゃん吉はクゥンと弱々しく鳴いて、こたつからのそのそと出てきた。最初は眠たそうにしていたが、エサを見ると急にむさぼり始める。
「このにゃん吉とよく散歩に行くの?」
「いや、こいつあんまり散歩に行きたがらないんだよ。家の中でよく遊んでやってるから、デブにならないだろうけどさ」
「名前どおり、にゃんこみたいなわんこか」
「ああ。ウンチは決まった砂場でするし、風呂も大好きだから、犬の皮をかぶった猫に思えてくるな」
確か、先代にゃん吉も風呂が大好きだったような。
同じ性格の動物を飼育するとどうなるかなんて、大学で研究しているのだろうか?
「あー、のどがかわいてきたな。ジュース飲んでいい?」
俺が返事する前に、雄牙は冷蔵庫の前に移動していた。
「冷蔵庫は勝手に開けるなよ。俺がジュース入れてやっから」
「見るだけならかまわないよね?」
疑問形なのに、相手の返事を聞かないまま、次の行動を取る。がきんちょの時から変わらない悪いクセだ。
「おっ! 飲んだらダメって、これ何だろ?」
雄牙が何かを指差しているので、俺はにゃん吉の元から離れて確かめに行く。
「飲んだらダメ」のはり紙つきの小型ペットボトルは、冷蔵庫の一番上の棚にある。子どもに飲ませたくないから、そこまでしているんだろう。
「多分ビールだから、やめとけよ」
「お酒好きなんで、ちょっとだけいただきまーす」
奴が食卓のイスを冷蔵庫の前に持っていこうとしたので、俺はそのうでをガッチリつかむ。
「おいコラ。未成年がアルコール飲むんじゃねぇ」
俺は低くどす黒い声で警告する。ただ、雄牙には全く効果ナシで、へらへら顔のままだ。
「飲むと言っても、月一でちょびっとだから、問題ないよ。最近飲んだの2ヶ月前だし」
「保健の先生が、若い時から酒を飲んでたらバカになるって言ってただろ? それ以上バカになったらどうすんだよ?」
俺がそう言うと、雄牙はうつむいて黙りこむ。反省して飲むのをあきらめてくれるかな? そう思ったつかの間――
雄牙は頭突きをしてきた。ブロック塀に当たったみたいに痛い。まともに立てなくなって、床にしゃがむ。そのスキにイスを冷蔵庫の前に移して、高い所にある謎の酒を取る気なんだ。くそったれめ!
怪盗のように手際よく、奴は謎の酒を手に入れる。ジンジン痛むひたいを押さえている俺に、謎の酒ボトルを見せてきた。
「ほら見てよ。なんかシュワシュワしてる。ビールっぽいね」
ボトルのはり紙をはがせば、サイダー風のあわがはじける紫色の液体が入っていることがわかる。
「ほんの一口飲むだけだから、許してくれよー」
ダメと言っても勝手に飲むだろうから、しかたなく許してやる。
「一口だけだぞ、一口」
「わーい、ありがと!」
雄牙は顔をくしゃっとさせて、ボトルの水をコップに移す。
彼は軽く口をつけて、グビッと飲んだ。
「味はどうだ?」
「うーん。ただの炭酸みたい。味ないもん」
首をかしげてボトルのふたを閉める。おいしい飲み物だったら全部飲みほされてしまうから、これはこれでいいかもしれない。
[newpage]
「何だか鼻がムズムズするな」
雄牙は鼻をこすって首をかしげている。
例の飲み物の副作用じゃないか。勝手に「飲んだらダメ」を飲むから、自業自得だ。
やっと頭痛がおさまったので、立ち上がって彼と同じ視線になる。彼の鼻が黒く変色している。酔ったら鼻が赤くなるはずなのに、黒くなるとは?
「う、うう、あ″あ”あ”…」
雄牙は顔をゆがめながらにごった声を出して、目を閉じる。目じりからは涙が一粒落ちて、床にはねる。すると、奇妙な変化が始まる。あごと鼻がゆっくり前に伸び、口が裂けてきたのだ。
これじゃ口裂け男だ。俺は怖くなって、イスを盾に目から上を背もたれから出して、彼の様子を見守る。
彼の耳は大きくとがって、ファンタジー映画の妖精みたいになる。その耳は頭のてっぺんへ移り、黒い毛につつまれていく。裂けた口の周りにも黒い毛が生えていき、バケモノじみていく。鼻だった部分には、ネチャネチャしたものにおおわれた硬いものがついている。
黒毛は彼の顔を完全につつんで、首筋の方にも移り出していく。苦痛がおさまったのか彼は目を開けて、俺をじっと見つめる。黒目は飲む前と同じく、俺の姿を映している。だが、白目の部分が月の金色に変わっていて、もう野獣の目だ。にらまれている気がして怖い。
「ねぇ。俺っち、一体何がどうなってるの?」
バケモノの顔に似合わないかん高い声は、明らかに雄牙だ。見た目が変わっても中身は一緒みたいで、一安心。
「えっと、犬か狼っぽい顔になってる」
俺が恐る恐る事実を言うと、彼は目をパチクリさせて黙っている。おもむろに左手であごをさわると、すっとんきょうな声でさけぶ。
「ひゃあ!? 何じゃこりゃ!?」
大きく開いた口からは、無数のとがった歯が見える。あれでかまれると命がないな。
「きっと、この液体は人を動物に変える効果があるんだ」
「へぇー面白いね」
「面白がってる場合か!?」と俺があきれ声で言うやいなや、雄牙の第二の変化の波がやってくる。上半身がふくれて服に裂け目を作る。裂け目からはびっしり生えた黒毛が出てくる。このまま雄牙はボディビルダーばるの肉だるまの狼男になるのか?
しかし、服は派手にやぶれることなく、変化は下半身へと移る。彼の尻からはホウキよりもフサフサな尻尾が、勢いよく飛び出す。ズボンに裂け目は出来ないが、少し分厚くなっている。靴下からするどい爪が突きやぶって出てくる。かかとが浮き上がってつま先立ちになったところで、全ての変身が終わった。
「うわぁ、服がボロボロだよ」
狼男はかぎ爪で服とTシャツをやぶいて真っ裸になる。夜にまぎれる漆黒の狼男が現れた。
案の定、全身がフサフサの毛におおわれているから、服がなくても寒くないだろう。
「すっかり変わっちまったな雄牙……」
こんな危ない薬品を家に置くなんて、俺の父はどうかしてる。ちゃんと大学で保管しとこうな?
「ハルっち鏡持ってきて。今の姿たしかめたいから」
「スマホで見ろよ」
俺はスマホをポケットから出して、自撮り画面で彼に今の姿を確認させる。その姿を見た瞬間、狼男は尻尾をビュンビュンふって喜ぶ。
「すっげー、リアル着ぐるみじゃん! いいなーこれ」
狼男は見た目と逆に子犬みたいに喜んでいるけど、俺は今後のことを考えてとても不安になる。雄牙の親にどう説明すればいいかとか、父にこっぴどく怒られるとか、悪いことばかり浮かんで嫌になる。
[newpage]
「ねぇ、ハルっちも変身しよ?」
急に狼男の顔が度アップになったので、俺は尻もちをつく。中身は雄牙とわかっていても、ケモノ臭いし、刀の先端のような牙があるから、どうも苦手だ。
「何で俺も狼男にならなきゃいけねぇんだよ!?」
俺が冷たく言うと、狼男は鼻を動かして目をうるませてくる。
「だって、このままじゃ俺っちは研究所に入れられて、ハルっちとは離ればなれになるよ。人間にバケモノあつかいされて1人ぼっち。そんなのやだよ、ヤダ!」
「そうは言っても、お前が勝手に他人の家のいわくありげな液体を飲んだ訳だから、自業自得だぜ」
ずっと突っ立っていた狼男はひざをついて、食器棚にもたれている俺の元へ寄ってくる。俺の髪のにおいをかいでから、左のほっぺたをすっとなめてきた。
舌のぬめっとした感じが全身に伝わって、気持ち悪くなってふるえる。顔をゆがめて首を横にふる。
「やめろよ。犬みたいにペロペロすんな!」
しかし、狼男は左手を俺の首から背中にかけて回して、きつくだきついてくる。もちろん、顔を高速でなめ回す。
「変身するって言わなきゃ、いつまでもなめるよー」
狼男の毛が首筋にかかってこしょばいし、べちゃべちゃの唾液まみれになるし、不快感マックスだ。雄牙が女子なら、これぐらいベタベタされても構わない…、いや女子でもダメだ。
いくら俺が言っても、狼男は熱苦しいペロペロとハグをやめてくれない。こいつと同じ狼男になる道しか残されてないのか。いいや、雄牙があきるまでねばってやる。
「しぶといね。じゃ、ハルっちが俺っちにムリヤリ飲ませたって、親に言いつけちゃおうかな」
狼男は鼻息を立てて舌を出し、俺を上から目線で見ている。
親にそんなことを言われたら、もう終わりだ。2年前に雄牙を骨折させた時は、おこづかい半年分消えてしまった。今回の場合だと、おこづかいが永久停止されるかもしれない。それは何としでもさけなければ。
見た目が変わるだけだから、悪くないか。それに狼男の雄牙を放っといたたら危ないからな。現にこんなエロいことを俺に平気でやってきてるし。俺が奴と同じ力になれば、なぐってソッコー解決だ。
「わかったよ。俺も飲んでやるから、ペロペロハグやめろ」
「わーい、ありがと!」
約束通りに狼男は俺を解放してくれた。あー、もう顔がべちょべちょだ。
ふとリビングを見ると、にゃん吉がこたつから顔を出して、こちらの様子をうかがっている。その顔はどこか頼りなくて、弱々しい。
「さぁさぁ飲もうよ、早く!」
狼男が2人になったら、にゃん吉は尻尾を巻いて逃げ出すな。
「おーいハルっちー!?」
「あっ悪い。ちょっと考えごとしてた」
「んもう! 今から先のこと考えてもしょうがないじゃん」
狼男はキッとにらんでいる。
「未来のことじゃないけどな。まぁいいや。ちょっと待ってくれ、上の服ぬぐから」
服をボロボロにしたら、おこづかいカットされちゃうからな。ついでにメガネも取る。
[newpage]
俺は息をのんで変身ドリンクを見る。今コップを握っている手は数分後に、毛むくじゃらになるのだ。狼男をチラ見すると、目をつぶって首を左右にふっている。俺の変身を楽しみにまっているようだ。
勇気を出してコップの口を自分の口につける。味気のない炭酸が口から食堂へ流れていく。これで俺は「人」生とお別れだ。
変化は口元から始まる。口がどんどん裂けていき、あごが前へ前へのびていく。鼻はイヌ科特有のしめった柔らかいものに変化していることだろう。俺はまだ人間の手で鼻をさわってみたが、おかしなことにスマホの画面なみに硬くなっている。なんでだ?
どうも俺は狼男じゃないらしい。狼男に聞こうと思ったら、目を閉じていやがる。変身が完全に終わるまでお楽しみにする気だ。
何になるかわからない恐怖がおそってくる。ブサイクな動物になったらどうしよう。カバとか、ゾウとか、イボイノシシとか。
鼻の穴が離れる妙な感じがしてくる。空気が二方向から入ってくるから、せきが急に出て苦しい。鼻をふさごうと手で押さえたら、ふっとうしたヤカンみたいに熱くなっていて、「アヂッ」とすぐ離す。
耳が横に引っぱられて痛い。頭の方もギュッとしめつけられて、かち割れるものならすぐにしたいほどだ。頭と耳とあごの痛みのせいで、ケダモノの低いうなり声をずっと出し続けている。こんな苦しい変身を雄牙はたえてきたのか。
何かが頭から出てくる。それはねじるように出てきて、はげしい痛みを伝えてきやがった。手の平で頭を押さえたら、針がつきささって血が出た。頭上から伸びるするどいものは…、角?
今までぼやけていた目の前の景色が、だんだんとクッキリしてきた。視力が上がったから、もうメガネいらずだ。4メートル離れたテレビ画面についたふせんの文字だって読める。名探偵ミランダSPを録画してねか…、すっかり忘れてた!
でも、今はそんなことより変身の方だ。痛みはウソみたいに何もなくなって、とてもすっきりした。顔と体は、変身の間がちょっと空くから、この間に顔を確かめよう。
スマホの画面に自らの顔を映すと、カバでもイノシシでもない動物の顔があった。はっきり見るために自撮り画面に変えたら、よくわかった。
[newpage]
狼よりも幅広い短くつき出た鼻、左右に大きく離れて指が3本入るぐらい広い鼻の穴、エルフのようにとがった耳、ヤスリでけずったツルピカの白いコーン状の角、硬そうな赤い皮の顔を、金色の目の中にあるエメラルドグリーンが見つめていた。
この姿はワニじゃない。
伝説の「ドラゴン」だ。
雄牙と同じ狼男になるのは嫌だったけど、この姿なら嬉しい。大乱戦フラッシュタッグに出てくるガイリュウおりも強そうな面構えだし。おまけに人のなごりの黒い長髪も残っている。
あいつが目を開けたらビックリするだろうな。
ただ心配なのは、下半身の変身だ。ドラゴンは尻尾と足が太いイメージがあるから、もしかするとズボンがやぶけてしまうかもしれない。変身が再開するまでにズボンとパンツを下ろさねばだ。
あわててズボンのチャックを開けて足先へ下ろしていく。足元まで下ろしたところで、再び変身が始まった。
両腕が筋肉痛になってコブを作り出す。柔らかい肌はじょじょに赤く硬い皮につつまれていく。痛さをガマンしてズボンを足から外せた。次はパンツだ。パンツのへりをつかむと爪がニョキッとのびてきたため、穴ができてしまった。うわ、やってしまった。
パンツはもうあきらめよう。おこづかい1ヶ月ぐらい大丈夫だ。
このままボディビルダーみたいにマッチョになると思っていたが、腹の部分に筋肉の割れ目がつかずに、風船みたいにプクーッとふくれていく。胸から腹まわりにかけては黄色に変わる。さわってみると、顔や腕と違って、ツルツルなゴムの感じで気持ちいい。こりゃ雄牙にさわられまくりそう。
ぽっこりおなかの変化は、サッカーボール大で止まった。両手はハンマー投げ選手、腹は相撲力士だな。
お尻が痛くなったのは、尻尾が出る合図だ。尻尾はパンツを突きやぶって、後ろへまっすぐのびていくはずだ。それと同時に足がパンパンにふくれて陸上選手みたいなたくましさに。パンツは布切れと化した。
尻尾の先が床についた感覚があるので、さぞ長く太い尻尾になったことだろう。後ろを見れば、長い赤の丸太が尻から出ている。先端は細くなっていて、まさに竜頭蛇尾だ。
そんな立派な尻尾に見とれていると、ちょっと目線が低くなった気がする。地平線まで見わたせるドラゴンの目がそう感じ取るから、間違いない。
背がちぢんでいるのか? だとすると、どこが低くなっている? 腹まわりは変わっていない。足の方は、さっきよりも短い! 足は短くなる代わりにより太くなっていく、尻尾と同じぐらいに。確かにドラゴンは短足だけど、何かカッコ悪いな。
足の指は親指以外の2本の指が引っついて、3本になる。3本指からは、ドラゴンの重みにたえられる硬い爪が生えてきた。
口から始まった変身は足先まで達して終わり。
俺は怖い顔でマッチョでデブでツルツルなドラゴンになった。
「もう終わった?」
「ああ、もうい、ちょっと待て!」
ファンタジーのドラゴンはよく空を飛んでいる。ということは、まだ背中が残っている。
やっぱり、皮がむけたピリピリ感が背中から伝わってきた。
背中に生まれた新しい感覚は、頭上にのびていく。ドラゴンの羽は、コウモリみたいに平べったくて横に長い。その羽先をさわると、傘のような材質だ。ビニール傘じゃなくて、高級な方の。羽の部分は赤黒い色になった。
[newpage]
「まだなのー?」
「お待たせ。もういいぞ」
雄牙はうっすら目を開けて俺の姿を見ると、一気にビックリ丸目になった。予想通り、彼はドラゴンに見とれていく。
「ハルっちがドラゴンになるなんて…、ヤバいなぁ」
口を大きく開けた雄牙が近づいてくる。またペロペロするのかと思ったら、俺のおなかに顔をうずめてきた。
「フフーン。気持ちいいねー」
もふっとした毛があたって、こっちも気持ちいい。俺は優しく雄牙の首筋の毛をなでてみる、するどい爪で傷つけないようにゆっくりと。
「くすぐったいからやめてよ」
「お前の毛も中々いいな」
俺と雄牙が目を合わせると、おたがいに笑う。
俺は荒い鼻息で、雄牙は舌を大きく出して。姿が変わっても中身は同じだ。
雄牙との友情が壊れる訳がない。しかし――
「もし俺達がバケモノ扱いされて、この街から追い出されたらどうしようか?」
かなり嫌なことだが、そういう暗い未来も考えられる。
「そうだねー。その時はハルっちに遠くまで運んでもらおうか。グンマ―の森で暮らそ」
「1人で飛べるかどうかもわからねぇのに、お前まで運べるかな」
ヨットの帆ぐらい頑丈そうな羽を、自分の意志でばたつかせてみる。その風圧で冷蔵庫に磁石で貼ってあったメモ紙が全て取れた。
「飛べる飛べる、空も飛べるはず!」
雄牙にそう言われると、何だかできそうな気がしてくる。
「群馬なら飛んでいけるか。よしっ、今から行くか!」
親にこの姿を見られる前に出て行こう。
どうせ研究施設に入れられたり、バケモノ扱いされたりするんだから。
「その前にちょっといい?」
雄牙は腹から顔を離して、俺の背後に回る。何をする気かと思ってふりかえると、尻の肉をさわってへらへらし始めたのだ。
「わー、ぷにケツだ、ぷにケツ!」
人の尻をおっぱいみたいにさわるな! いや、人じゃなくて竜人か。
ええい、そんなことはどうでもいい。調子に乗る雄牙をどうにかしたいが、力強い左手でガッチリ体をだきこまれて、後ろに手首しか動かせない。足で後ろげりしようと思っても、短足だからとどかない。
なら、尻尾でこいつの頭をたたいてやろう。重さがあってよくしなるから、結構痛いはずだ。床をバシバシたたいてから、勢いよく狼男の体めがけるイメージで尻尾を上げる。しっぽハンマーをくらえ!
ふとんをはたくより大きいとが聞こえると同時に、俺の尻尾の先がしびれてくる。奴にもそれなりにダメージを与えたはずだが、ちっとも痛がるそぶりをしない。
「悪いドラゴンだなー。おしおきにおなかとおしりのダブルもみもみしてやる!」
俺の右肩をつかんでいた左手を腹の方へおろして、もみ始めた。
右手が自由に動かせるようになったが、雄牙をなぐったら逆に悪化しそうだ。どうやったら、俺を解放してくれるだろうか。
一息ついて自分の体を見る。炎の赤色だ。ひょっとしたら、炎を出せるかもしれない。
大きく息を吸いこんで、炎を口から出す想像をふくらませる。ほっぺをふくらませたまま、後ろをむいてじっと待つ。相手の左右に振り回す尻尾が[[rb:射程圏 > ターゲット]]内に入った瞬間に、吐いてやった。
炎は思うよりも早く、クシャミの唾と同じぐらいで、狼男の尻尾にかかった。尻尾の熱さにおどろいた雄牙はテーブルの回りを走って、アチャアチャと繰り返しさけんでいた。あまりにもかわいそうだから、冷蔵庫の中の水を彼の尻尾にかけてあげた。
やっと鎮火されると、尻尾が熱でチリチリにこげている。雄牙は尻尾を持って、弱く鳴いている。
「ううん。こりゃひどいなぁ、もう」
これで2人の立場は逆転した。俺が雄牙と遊んでやる番だ。
「雄牙よ。体を燃やされたくなければ、俺の言うことを聞け」
いいな。まさに悪のドラゴンって感じだ。
「わかったよ。じゃ今から家を出るしたくするよ」
「違うよ。床に寝転がってくれるか?」
雄牙は綿毛の腹を見せて、床の上になる姿勢を作った。俺は腹の上にまたがって、尻尾が彼の顔にかからないよう気をつけて座る。そして、彼の両足の肉球を親指で押してみる。
「重いよー。あっ、そこはやめて、ああっ!」
肉球はぷるんとして、押すとへっこむ。これを何度かやった後、その足を持ち上げてムリに開脚させる。
「あっ、足がちぎれるよぉ、やめてぇ」
雄牙はなさけない声を出すがやめない。
「これぐらい体が柔らかくないと、野生で生き残れないぞ」
テキトーなことを言って雄牙をいたぶる。
これぐらいやらないと、奴はこりないからな。
だけど、俺は彼を甘く見ていた。
ただ一つ動かせる頭を物理的に使って、俺の尻尾をかんできたのだ。牙がくいこんでちぎれるぐらい痛い。
「かむなよ雄牙!」
「ひゃへるはれひゃなしゃない」
この野郎!
俺は尻尾をかまれたまま立ち上がり、雄牙の体の脇に移って横目でにらみつける。
「炎で燃やしたるぞ、ホンマに!」
雄牙はさっと牙を離して、部屋の隅に転がってから起き上がる。彼も目をギラギラさせている。
「この際だから、どっちが強いか決めようぜ」
俺がそう言うと、彼はズボンを下ろしてスッポンポンになる。
「うん! 頭で負けても、力なら俺っちは勝つよ!」
竜狼の戦いの幕は切られた。
ここだと食器が壊れるから、舞台は俺の部屋だ。
[newpage]
始めはレスリングか相撲みたいな形で戦っていたが、次第にお互いの急所をなめたり、もんだりするようになった。裸でからみあっていく内に、友情を超えた何かが2人の間に生まれた。
「ハルっちは俺っちのこと、どう思ってるの?」
「小っちゃい頃から一緒に色々やってきたから、嫌いなワケないだろ? 好きだよ雄牙」
「ありがとう。俺っちも大好きだよ!」
2頭は熱くハグをかわす。
雄牙の毛はぬくぬくで気持ちいい。
このままずっと、俺達はバケモノどうしで付き合っていくだろう。それはとってもステキなことだと思う。
雄牙が俺の耳を甘がみしても怒りは覚えず、むしろかわいいと感じる。俺は雄牙の頭をなでて、炎が出ないように優しく息を耳に吹きかける。
そんな2人のふれあいを、あろうことか母に見られてしまう。母は声を出さず水面の金魚のパクパクしてから、すぐ倒れてしまった。
「ちょっとやりすぎたかなぁ?」
雄牙は首筋をかいてうつむく。
「まぁいんじゃね?」
俺は肩をすくめて雄牙に笑いかける。雄牙も口を大きく開けて、ウオーンとほえた。
この姿になると、受験勉強や学校がどうでもよくなってくる。
とにかく今は遊びたいんだ。
[newpage]
1か月後
俺と雄牙が飲んだのは、TF細胞を活性化させる溶液だった。
ほ乳類や鳥類の生き物が例の液体を飲むと、別の生き物になるそうだ。人間の場合は、俺達のように二足歩行の獣になる。
俺はドラゴンだと思っていたが、ワニやヒツジ、コウモリの[[rb:合成 > キメラ]]でこうなったらしい。何で炎を出せるかは研究中だ。
最初は怖がられたけど、中身がいつもの俺達とわかってもらえて、前と変わらない生活を送っている。
いや、ちょっとだけ違うかな。受験勉強をしなくていいことが違う。元に戻る方法を研究者が探しているみたいだけど、このままでいいよ。人間よりも強いしカッコいいから。
やっと飛べるようになっても、学校の登下校は歩かなきゃいけないのがつらい。飛んだらすぐなのになぁ、すぐ。
「ハルっちおはよ!」
雄牙が後ろからだきついてくる。俺の腹の肉をつまむのが、体のあいさつだ。
「ゆうちゃんおはもふー」
俺はふりかえって、冬毛でぬくぬくの狼男を見る。雄牙は流れ星のウインクをすると、手を離して隣で歩き出す。
「今日はメガネかけたんだ?」
「ああ。伊達メガネだけどな。オシャレだろ?」
俺は青メガネの人さし指で押し上げてみた。
「いいねー。俺っちもオシャレアイテムつけようかな。ネックレスとか、スカーフとか」
「その野球帽だけでもイケてるって、ゆうちゃん」
雄牙は帽子を取ると指でくるくる回す。
「こればっかりかぶってるとねー。もっとバリエーションがないと」
「ドラゴンのかぶりものするか?」
「誰がデブドラのコスプレなんかやるかよ、ベーッだ!」
雄牙はアカンべ―をして俺をあおってくる。
「んだと、この毛むくじゃら野郎!」
「へん。追いかけっこでつかまえられたら、ドラゴンのコスプレしてもいいよー」
雄牙はオオカミなだけに、本気になると弾丸だ。
俺は地響きを立てながら追いかける。飛んだらあいつよりの速いのになぁ。
今日もモンスター2人は仲良しである。
(おわり)
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