水底に沈む

  瞼越しに脳を刺激する、強い日差し。遠くから歩行者用信号の音声ガイドが聞こえる。顔中に存在する違和感に、僕は袖で顔をぬぐった。

  目を覚ますと、僕の顔はありえないほどの量の涙で濡れていた。なぜだろう、こんなに悲しいのは。彼らの仲間になってしまったのが夢だったことが、こんなに悲しい気持ちになるなんて。そんなことは全然ないはずなのに。

  夢の中で、気安く、まるで昔からの親友であるかのように話しかけてくる彼らダークビーストの幹部たちが、現実だったかのように感じたのを思い出し、僕は身震いした。

  優しく微笑みかけてくるリゼルグが、気安くボディタッチを繰り返すティーガが、手を引いて彼らの基地の中を案内してくれたヴォルフが。彼らと敵対していた時には見ることのできなかった彼らの柔らかい表情が、僕の胸の内を押しつぶす。

  今の僕は、彼らと戦うことができるのだろうか?

  今までみたいに、その暴力的なまでの魔法の力を、彼らに向けることができるだろうか?

  震える身体。全身に力が入らない。もうすぐ夏だというのに、寒かった。とても寒くて、寂しくて、頭がおかしくなりそうだ。

  さらに胸の中にあったのは、何か大事なものを失ってしまったような感覚。何か大事なものがあったはずなのに、それがわからない感覚。寂寥感、無力感、孤独感。

  僕はどうかしてしまったのだろうか。

  ふと意識を自らの外に向けてみると、そこは、近所の市民公園。そのベンチの上に横になってうとうとしていたみたいだ。財布を確認すると、中にはおろしたてのお札が数枚。ふと横を見てみるとオレンジ色のボール状の猫耳生物、ミークが、無表情な顔で僕の顔を覗いている。

  「きょうはお疲れだニャ~、アキ。銀行で襲われて疲れちゃったニャ~?」

  ミークの言葉から察するに、どうやら銀行で襲われたところまでは現実だったみたいだ。その後がちょっと記憶に残っていない。やっぱり戦いの連続で疲れているのだろうか。

  「今日はちょっと別の戦士のところを様子見にいってくるニャ~。バイバイニャ~。」

  そう言って謎生物は何処へともなく消えていく。僕以外の年少の魔法戦士達を護るためと、心に覚悟を決めていたこともあったけれど。今の僕には……。

  嫌だった。この現状が。無性に苦しくなる胸の内。どうして、僕がこんな目に会わなければならないのか。自分で選んだ道だけれど、それでも、この理不尽と戦わなければならない現実が辛かった。

  「……たまには、休んでも……良いかな。」

  そう誰にともなく独り言つ。僕は、ぼんやりとしている内に、海岸に近い駅へと電車で向かっていた。

  [newpage]

  昔っから、挫折することが多い人生だった。

  それは例えば勉強、理解の埒外で知人の誰に聞いてもわからない、そんな壁にぶつかったことも何度もあった。最初は割り算、次に分数の四則演算。因数分解、などなど。自分の頭の悪さが嫌になる。

  それは例えば運動、もともと運動神経の良くない方だったから、努力して人並み以下。体育の授業、集団スポーツはずっと苦痛だった。いつも他人の足を引っ張ってしまうから。だから、魔法の力で人間離れした動きをできたのはとても楽しかったんだ。とはいえ日常生活でその力を使うことはできなかったけれど。

  ずっと、ずっと努力はしてきたつもりでも、それが実を結ぶことは、そう多くはなくて、そのたびに溜まっていく、心の中の醜い部分。

  その度に、僕は両親に黙ってふらっとどこかに行ってしまうことが多かった。何度それで怒られたかはわからないけれど、ただ、自分の事を誰も知らない場所へと行くのは、子供心に冒険をしているみたいで楽しくて、心の中の澱みを吐き出すことができた気がした。

  だから、通学の定期券で行ける範囲を超えて、こうしてたびたびフラフラといろんな所へ行ったりしている、僕は。

  学校からもう少し先の駅にある、海岸線。海の見える駐車場の上から、僕はじっと海岸の奥にある海を見ていた。少しべたつく潮風、打ち付ける波の音。少し汗ばむくらいの暑さ。

  「……。」

  水平線の向こうに、思いを馳せるのが好きだった。あの向こうには、まだ見ぬ何かが在って、いつか、未知のそれらと邂逅できるのだと思うと、心の中が熱くなっていたのは、あれはいつの事だったっけ。

  もう、思い出せない記憶の彼方。それはまるで何度も見た夢の様で、そういう風に考えると、さっきまで見ていた夢の内容が僕の胸の内を締め付ける。

  あれは夢だ。あれは夢だ。あれは夢なんだ。だから、こんな風に、彼らの事を慮って苦しまなくてもいいんだ。僕は、世界を護るために戦わなくちゃいけないんだから。

  ごしごしと目を擦る。最近、涙を流しすぎて、なんだかヒリヒリする。パンっと両頬を叩いて自分を鼓舞するように大声を上げた。

  「……よしっ!」

  まだ、僕は耐えられる。まだ、僕は戦える。まだ、僕は大丈夫だ。自分に言い聞かせるように、胸の中で反芻する。

  「さてと、帰る前に買い物しなくちゃね。」

  そう思って、海岸に背を向けて、歩き出そうとした、その時。

  「――――――――――――!」

  悲鳴だった。甲高い人達の声。砂浜を走ってくる5人ぐらいの人たち。彼らの顔は真っ青に染まり、今にも死にそうに見えた。慌てて僕は駆けより、声をかける。

  「どうしましたか!?大丈夫ですか!?」

  「あ、ああ。バーベキューをしていたら突然、着ぐるみみたいなのを着た変質者が海から出てきて、武器みたいなのを持ってたから、あわてて逃げてきたんだ! 君も早く逃げた方が……。」

  そう、逃げてきた人が言うや否や、僕は駆けだしていた。まだ、僕はきっと大丈夫だから。そう言い聞かせて。僕は再び走って逃げだした彼らを後ろ目に、変身するための構えを取った。

  [newpage]

  「……。」

  唖然。呆然。呆れ。この時の感情は、僕には上手く言い表せそうにない。

  そこに居たのは、放置されたバーベキューセットで、残されていた肉や野菜をトングで焼いていた、サメの怪人だったのだから。

  「……あ。……魔法の戦士……?」

  こちらを見て慌てて水かきのついた手で器用に握った箸で、肉をタレに付けてほおばり、こちらに向き直る、サメの怪人。

  「……もうちょっと、待ってくれる? まだ……オレ、食べたりない……。」

  そう言って、彼は放置されていた肉の、ホルモンのパックを開けると、鼻歌交じりでトングで並べだす。

  思わず力が抜けて、しゃがみ込む。……なんなんだ、こいつは。

  「やっぱり……お肉はおいしい。船の食事は……味気ない……。」

  そう言いながら彼は次々と焼いては、その大きな口の中へと肉と野菜と魚介と米と、テーブルに置かれてあったものが次々と消えていく。

  「……なんで、攻撃してこないの?」

  「……? アキは、オレと戦いたいのか? オレはアキとは戦いたくないぞ……?」

  彼の傍らには、逃げてきた人たちが言ってたものだろう、いわゆる水中銃と言う奴が転がっている。確かに二メートルを軽く超える巨体が、こんな武器を持っていたら逃げ出すだろう、普通は。

  しかし、目の前の鮫人間は今までの彼らと違って、戦う意志が明確には見られない。思わず半身で取った構えを解いてしまう。精神的に疲れていたのも相まって、なんだか戦いたくない。いや、戦えない。

  少し足が震えていた。思わず、被害を出さないためと思って、走ってここまで来てしまったが、いざとなると、何度も見た夢たちがフラッシュバックされて、握る拳に力が入らない。

  「大丈夫か……、アキ?」

  水かきのついた手を伸ばして、こちらに近づいてくるサメ男。思わず反射的にその手を振り払う。怖かったんだ。また捕まるのかと思って。でも目の前には意外にも、鮫男の悲しそうな顔。彼の眉間が下がる。

  どうしてだろう。その表情がとても懐かしいと感じてしまうのは。どうしてだろう。初めて会った怪人なのに、どこかで会った気がするのは。

  「ご……ごめん。 怖かったか……? オレの名前は、ジョー。 ダークビーストの鮫怪人だけど……。 戦うのが嫌で、よくここでサボってる。」

  そう言って、彼はおずおずとこちらから距離を取る。思わず僕は口を開いた。

  「いや、別に……そんなことするつもりはなかったんだ。こちらこそごめん。 ジョーが戦う意志がないって言うなら、僕も戦うつもりはないよ。」

  その言葉に反応して、サメの口が裂けた。凶暴そうな笑み、でも悪意が感じられなくて、思わず自分も笑みが漏れでた。自然な笑み。そう言えばいつ振りだろう、こんな風に笑うなんて。

  それが、この世界でのジョーとの初めての出会いだった。

  [newpage]

  あれから少しの間は平和だった。ダークビーストの襲撃もなく、特に他の悪の組織が現れるわけでもなく。学校も記者会見とかでずっと休みの中、僕は足しげく彼の元へと通っていた。

  なんとなく、彼と一緒にいると、居心地がいいのだ。まるでどこか気の置けない幼馴染といるような感覚。そんなことあるはずないのに。この前初めて会ったばかりのはずなのに。デジャブ、という奴なのか果たして。

  波の音、船の汽笛が遠くで響く。大きく広がる砂浜、その砂の上に並んで座って、二人でずっと水平線を眺める。流れゆく雲。うっすらと見える月、星たち。それらを気の向くままに眺めて、時たま言葉を交わす。そんな関係。

  「……。ジョーは、怒られないの? こんな風にずっとサボってて。」

  ふと、疑問をぶつけてみる。これまでもいろいろなことを話した。生まれた場所が違う世界であることだとか。ただ、首領がこの世界を征服しようとしている目的は、彼ら幹部でさえ知らないらしく、ただ命令されてこの世界で破壊活動をしているのだとか。それが嫌で、彼はここに居るのだけれど。

  「ん……、大丈夫……だ。オレの役目は……船を動かすことだから。その時が来ない限りは……。」

  船を動かす、と彼は言った。前も聞き流してはいたが、船の食事だと言っていたし。つまり、彼らの本拠地は何処か宇宙船のようなものなのだろうか。

  夢の記憶をたどると、彼らの基地には確かに外を覗けるような窓が無かったような気がする。夢で見た内容が実際の内装かはわからないけれど。

  「アキの方こそ……、オレを……倒さなくていいのか? お前たちの目的は……、侵略者の排除だろう?」

  ……そう、そのはずだ。魔法の戦士になるときに、ミークが言った言葉。この世界を征服しようとする奴らから世界を護る。それが魔法の戦士の存在意義。

  だけど、本当にそうなのだろうか。次から次へと現れる敵。終わりのない闘いの日々。大人になるまでには終わるという、不確かな言葉。

  「……元の世界に帰ってくれるなら、僕だって戦わなくて済むんだけど。」

  「……それはできない。オレ達に帰る世界は、だって、もう……ないから……。」

  そう言って彼は視線をこちらに向けた。何かを考えるように。じっとこちらの顔を見つめて。するとそこで彼のつけているリストバンドから電子音が鳴った。

  「……あ、ダークビーストからの呼び出しだ。 それじゃあアキ……。 ……さよなら。」

  次元の扉が開かれて、彼はその穴に消えていく。僕はどうしたらいいのだろう。これまで通り愚直に戦い続けるのか。逃げ出してしまうのか。それとも、いい解決策はあるのか。その答えは、いまだ自分の中で見いだせていなかった。

  [newpage]

  それは一通のメールからだった。どこのプロバイダーとも知れない、怪しいメール。ただ、その文面から差出人はジョーであるという事が見て取れた。

  ”いつもの海岸で 待ってる”

  ただそれだけの一文。

  妙な胸騒ぎがして、落ち着かない。今まで何度も彼の元へと通ってはいたけれど、こんな風に連絡してきたことはなかった。走る。電車を待ってはいられない。変身して、人体ではありえない速度で僕は走った。

  その海岸に到着した時、現場は異様な雰囲気だった。人の気配が一切しない。人がいないにしても、近くの道路で、車の交通量がゼロであることはありえない道なのに。

  海岸近くの駐車場の近くの店でさえ、人っ子一人、いや、自分以外の生命体の気配さえも感じられなかった。

  いつも二人で居た海岸へと急ぐ。そこに居たのは微動だにせず立ち尽くすサメ男。その顔がこちらにゆっくりと向いた。そして、その顔の異様さに思わず足がすくんでしまう。

  ギラギラと光る赤く染まった瞳。ダラダラと口の端から垂れている深い青色に光る液体。そんな異様な顔で、いつもと同じように彼はニィっと笑った。まるで、何も問題は無いと言わんばかりに。それが、とても不気味で。

  「ごめん、アキ……。オレ……バカだから、こんなことしか思いつかなかった……。」

  一歩、二歩。大きな足がゆっくりと砂を踏み、こちらに近づいてくる。後ずさろうとして砂に足を取られ、しりもちをついた。

  「アキがもう、戦わなくて済む方法……、オレ達とアキが争わなくて済む方法……。」

  三歩、四歩。もう彼我の距離はほぼない。彼の巨体がゆっくりしゃがみ込み、僕の身体を脇から手を入れて軽々と持ち上げた。

  「でも、もう戦わなくて済むなら、いいよな……? アキ……。」

  ギラギラと光る吸い込まれそうな真っ赤な瞳。鮫が大きく口を開けて僕の顔を取り込もうとしている。並ぶギザギザの歯は、触れるだけで皮膚をズタズタに裂いてしまいそうだ。

  「大丈夫……。大丈夫……。何度も練習したから……。」

  僕の顔が、口の中へと入りこむ、魚臭い。よだれでべとべと。視界は暗くてよく見えないが、奥にはさらなる闇と、うすぼんやりと青く光る輝き。その明かりに照らされて、口内が薄青く見える。歯が僕を裂かないようにと、顎に力はいれずに、重力で僕の身体が彼の中へと沈み込むように、彼は僕を口にくわえたまま体勢を変えた。

  頭が逆さになり、呆然としていた僕が、抵抗することを思いついたのはもう腰まで飲み込まれた後。脚をばたつかせてみても、彼は何の意にも介さない。そして肉壁が蠢き、さらに奥へ、奥へと僕の身体は誘われていく。

  少し大きな、とはいえ身動きは取れそうにない空間へと、僕は落とされた。狭くて、思わず足を曲げる。その姿勢は、まるで胎児みたいだ。青白い液体が溜まった肉壁に覆われた空間。いわゆる胃袋になるのだろうか。このまま溶けて、死んでしまうのだろうかと考えると思わず身震いしてしまう。でも、まだ手はある。魔法の力で、彼を体内から攻撃すれば……。

  手のひらに力を込める。そこで、脳裏に浮かんだのは、浮かんでしまったのは彼の笑顔。海岸で初めて会った時の、あの笑顔。

  できなかった。だって攻撃したら彼は死んでしまうだろうから。できなかった。敵のはずなのに、一緒に過ごしたあの時間が、僕の中でとても大切なものになってしまっていたから。

  『……聞こえるか? アキ……。』

  外からジョーの声が聞こえる。どうしてこんなことを。信じていたのに。信じた僕が馬鹿だっただけか。頬を濡らしたのが涙なのか胃液なのかすら、もうわからない。

  『大丈夫。俺の中にため込んでおいた人体改造薬が、アキを俺たちの仲間にしてくれるから……。もう、アキは戦わなくていいんだ……。もうそんなに傷ついてまで、戦わなくていいんだ……。』

  外から聞こえるジョーの声。ゆがんだ優しさ。それがどうしてか、無性に悲しい。

  気が付くと服が溶けだしていた。地肌に触れるどろりとした青白い液体の感覚。全身がその液体に浸り、僕の身体さえも溶けだしていく感じがした。

  皮膚の色は、もう元の色が何色だったかさえわからない。うすぼんやりとした水色の皮膚。

  体の奥底から、何かが変わっていくような寒気を感じて、思わず肘を抱いた。

  皮膚がざらつくやすりのように、触れるだけで傷つけてしまいそうなほどザラザラに変化していく。

  顔の形が歪み、目の前には鼻先が見えるように、そして頭部が変化するのに応じて、ハラハラと頭頂部から髪の毛が抜けて、液体の中へと溶けていった。きっともう、僕の顔を見て、僕だと分かる人はいないだろう。

  手のひらをそっと光る液体の輝きにかざすと、指の間に水かきのようなものが生えてきていた。

  続々と変化していく身体。お尻から何かが飛び出すような感覚と共に、それが目の前で揺れて、尾びれだという事を理解するのを頭が否定する。

  身体が人間でなくなっていくのが、とても不快なはずなのに、気持ちが良くて。もう、何も考えたくなかった。溶けだす意識。記憶さえも徐々におぼろげになっていく。僕は、彼の中で、その温もりを感じつつ、そっと意識を手放していった。

  [newpage]

  びしゃり。

  液体ごとボクはどこかから外へと吐き出される。何事だろうと、目を開けると、そこは海の近く。海岸の波打ち際。心配そうな表情で、鮫人間のような姿の彼がボクを見ていた。

  「メグ。大丈夫……か?」

  メグとはボクの名前だろうか? 何も思い出せない。辺りをきょろきょろと見回すと、月明りに照らされた、水面に映る自分の姿。彼と似た、でも幾分体つきは小さい、同じような鮫人の姿。どこか違和感を覚えたけど、それが何なのかはわからない。

  ただ、彼にこれ以上の心労をかけまいと思って、ボクは口を開いた。

  「……はい。」

  「よかった、無事で……。俺の事はわかるか……?」

  彼、鮫頭の男性。記憶をたどろうとすると頭がひどく痛む。でも、彼と一緒にいたというおぼろげな記憶だけを、ぼんやりと思い出してきた。

  「ジョー……?」

  「ああ、ああ! 本当によかった。……よかった……?」

  太い腕がボクを包み込む。ザラザラの皮膚同士がこすれ合って軽い痛みを発するけど、悪い気分ではなかった。彼の身体から伝わる温もりが、温かくて、ボクもそっと彼の背中に手を回す。

  「ボクは……貴方の何だったの? 貴方の名前以外、何も思い出せない……。それがとても怖い……。」

  「大丈夫、大丈夫……だから。メグは、オレの……こ、恋人……だったんだ。……うん。」

  ……なんだかバツの悪そうな言い方。きっと嘘、なのだろうけれど、目の前のヒトが自分の事を大切に思ってくれているのは伝わってくる。それに、なんとなく以前のボクも、きっと憎からず思っていた気がした。

  「……うん。ボクもなんとなく、ジョーの事が好きだったのを思い出せたような気がする……。」

  フフッと笑い声が漏れる。目の前の彼も笑うと、うっすらと現れた記憶の中の彼の笑顔と一致した。ああ、なんて愛おしい。

  「……メグ。」

  「……なに?」

  抱き合っていると、胸が高鳴り、途端に主張を始めるボクたちの股座。熱くて、硬くなっていく互いのモノ。それが触れ合って快感を発する。

  「お前を、……抱きたい。」

  互いのをこすり合わさるように腰を動かす彼。漏れ出る我慢汁にヌルヌルしていく怒張。兜合わせって言うんだったか。互いの持つ湿り気が増し、卑猥な液体音を奏でる

  「っ……♡っふ……♡っあ……♡」

  「気持ちいい……か?」

  火照る体。疼く下半身。ペニスの快感に結びついて、ひくつく下の穴。挿れてほしいと主張する。

  「うん……♡ わかったから、……ジョー、……そろそろ、いいよ……?」

  「……うん。もっと、もっと……気持ちよくしてやる……。」

  彼に背を向けて、下の穴が見えやすいように、尾ひれを上げて彼の身体に絡めた。彼の水かきのついた手がボクの腰をつかむ。ゴクリと鳴った喉の音は、ボクのだっただろうか、それとも彼の?

  ざらつく肌同士がこすれ合い、互いに傷をつけ合い、うっすらと血を流す。でも、それさえも気持ちよくて。

  彼のそそり立つ剛直が、こちらに近づくのが見える。ゆっくりとボクの下の穴へと、添えられて、中に、中に入ってくる。大きく息を整えて、力を抜いて、彼が奥まで来るのを待った。

  じゅぷぷ……。

  すでに濡れていた穴は、彼の太い肉棒をすんなりと受け入れる。そして体内から発せられる快感。初めてのはずなのに、もう、何度感じたかわからないほどの前立腺の快感。盛りのついた雌のように何度も嬌声をあげた。

  「好きだ、愛してる。ずっとこうしたかった。お前を……。」

  「うんっ……♡ もっと……♡ もっと、ボクを愛して……♡」

  激しくぶつかる巨体に、衝撃で揺れる自身の身体。気持ちいい。気持ちが良くて世界が、目の前が真っ白に染まっていく。そこで彼がひと際激しく腰を打ち付け、奥を突かれた。

  「あっ…!!!!♡♡♡♡」

  噴き出すように吐き出される大量の白濁。あまりの量の多さにお腹が膨らんでしまうかもと思ったほど。そして、ボクのうなじを、彼は思いっきり噛みついた。逃がさない。確実に孕ませてやるという、雄の鮫の本能。その痛みと快感を、僕は沈みゆく意識の中、ずっと、ずっと感じていた。

  その後、ボクはずっと海の中、彼と一緒に魚のように泳いで暮らしていた。世界がどうなったかはわからないけれど、最近人間を見た記憶がない。彼らの船や車、飛行機さえも動いているのを見たことがない。

  ただ、ただ彼と一緒、野生動物のツガイのように、二人でずっと一緒だった。

  「……メグ。幸せか?」

  「うん、ボクは……ジョーと一緒に居られて、幸せ……♡」

  そう、僕が言った瞬間、世界が闇に包まれた。そして。

  ……第五話に続く

  [newpage]

  映像記録 -1

  「テス、テステス。マイテス……。マイク感度良し。それでは、記録を開始する。それでは、アキ。現状を説明してくれ。」

  軍服に身を包んだ黒い鱗の竜人が、マイクに向かってテストを行う。感度は良好なようで、そっと彼の前に座っていた人間の青年、僕へとマイクを渡した。

  僕はマイクに向かって口を開く。落ち着こうとしてはいたが、緊張しているからか、しきりに深呼吸を繰り返した。

  「あの未知の巨大生物が現れて一週間。僕たちのいた世界は無茶苦茶になってしまいました。」

  まるで、宙に浮かぶ巨大なクラゲのような化け物。奴は大量の触手を広げ、この世界を侵攻した。触手につかまれ、そのまま骨ごと粉砕される人々。掴まれたまま、胴体に開いた口に放り投げられ咀嚼された人々もいた。そして最悪なのは、触手によって何かを注入された人々。彼らは基本的な記憶はそのまま、奴の言いなりになってしまう。実の両親であっても、愛する我が子を贄にささげるくらいには、その強制力は強かった。

  「でも、僕たちにはどうすることもできませんでした。既存の武器では脚止めこそできましたが、傷一つつけられなかったのです。」

  軍人さんや警官さんが銃を放ち、自らの身を呈して彼らを足止めしてくれたおかげで、僕は生きている。そしてもう生き残っているのを確認できるのは、いま居るこの艦に残っている6人だけ。政府が心血を注いで作っていた本来は資源探査用の別次元探査船、名称、ビースト級1番艦、闇影。そのメインクルーの5人と、予備クルーの最後の生き残りの僕。

  「これから僕たちは、この艦で別の次元に旅立ち、助けを求められたら助けを請うつもりです。ですが、まだあの怪物はこの世界に居るかもしれません。なので注意喚起のために、今、映像を残しています。この映像をどなたか見ることがあれば、どうか、お気を付けて……。」

  僕は大きく息を吐き、そしてマイクを止めた。ノッシノッシと大股でこちらに向かって歩いてくるのは巨漢の虎男ティーガ。僕にとっては先輩で、まるで兄のような存在だった。学校でも何度も手助けしてくれた。もう一人の先輩と一緒に。

  「ちゃんとしゃべれてえらいぞ、アキ。」

  ガシガシと頭をその大きな手で撫でられると、子ども扱いされているようだけれど悪い気はしない。ぼーっとされるがままになっていると、その撫でてくれる黄色い毛皮の手を緑色の鱗肌の手がガシっとつかんだ。

  「おい、あんまりアキに触りすぎんじゃねぇぞ、この盛りのついたクソ猫がぁッ!」

  「なんだとぉッ!くそトカゲ! 今日こそ決着つけてやるッ!」

  突然横から飛び出してきて怒り出した蜥蜴男はリゼルグ。いつもティーガと張り合っているもう一人の先輩。いつも彼らは僕の扱いについてもめているような気がする。ただ僕は二人からの好意がとてもうれしくて、そのやり取りをずっとニコニコしてみていた。

  「クォラッ!この万年発情期どもっ! 鉄拳制裁!」

  竜人の艦長ドラグさんの拳骨が飛ぶ。そしていつの間にか隣に来ていた狼男のヴォルフが口を開いた。

  「あ~あ、またアニキたちのボケが始まった。アキ、いこうぜ。オイラの部屋に、オイラの私物のお菓子、シュガーチップがまだ余ってるから分けてやるよ。甘い物すきだろ?」

  手を取って廊下への扉を開ける狼。僕の同期でクラスメート兼ルームメイト。フサフサの銀色の毛とぷにぷにした肉球の、それでいて逞しいごつごつの手が僕をつかんで引っ張る。

  「シュガーチップ……いいな……。」

  ぬっと部屋の影から現れたサメ男。彼も僕の同期、名前はジョー。狂暴そうな見た目に反して、物静かでとても優しい大男。空のような青色のサメ肌。強面の彼が軽く指を咥えて物欲しそうにこちらを見ている。その姿はすごいギャップも相まってなんだかかわいらしく見える。

  「ジョーもいいよね。ヴォルフ?」

  「ああ! ああ! わかったよ。お前も来い!ジョー。」

  「……ありがと。」

  僕は幸せだった。世界は滅びてしまったのかもしれないけれど、仲間がいる。皆が居る。でも。

  『警報、至急生存しているクルーはブリッジに集まってください。』

  この艦のマザーコンピューターの声が、幸せの終わりがきたことを、皆に告げた。

  再生終了。