タケナワという島国に、2つの領があった。片方にはケモノ、もう片方には妖怪たちが住んでいた。
これはある時、妖怪領での出来事。
夕日が差し込む森の中に、力強い声が響いている。
「ドスコイ、ドスコイ!」
森の中の大木。その太い幹に向かって、まわし姿の妖怪が張り手の練習をしている。
二足歩行の猫のような姿だが、しっぽは2本。この妖怪は猫又だ。
彼の名は[[rb:猫囃子 > ねこばやし]]。年齢は70歳だが、猫又としてはまだ若い。
雄の猫又では珍しく、三毛猫模様をしている。また相当な肥満体だった。
まるで狸かと錯覚するような太鼓腹に、脂肪のついた太い四肢。ふくよかな顔に肉厚な尻。
しかし鈍重さはなく、力強さが感じられる見た目だ。
「ハア、ハア…今日の稽古はこれで終わりだにゃァあぁう…」
200回の張り手を追え、汗だくになった猫囃子は倒れこんだ。
「兄貴、ほんとに頑張ってるにゃ。」
声をかけたのは弟の[[rb:紅福 > こうふく]]。真っ赤な毛皮の彼も、兄ほどではないが太っている。
「ああ、おいらは絶対優勝してやるんだにゃァ。おいらの活躍、期待してろよにゃァ。」
猫囃子は1週間後に開かれる相撲大会に出場するため、この頃は毎日稽古に励んでいる。
紅福は幕下力士だが、今回の大会には出場しない。
それでも猫囃子の相手になるため、まわし姿で稽古に付き合っている。今日も猫囃子に何度も投げ飛ばされ、押し倒され、転ばされた。
この日も朝から稽古を続けた2匹は、疲労困憊していた。
「兄貴、この後どうするにゃ?」
「疲れた体には、酒が一番だにゃァあぁ。」
猫囃子は酒好きで、毎日酒を飲んでいる。彼自身も酒蔵をいくつか持っているほどだ。
紅福もそんな兄に付き合わされ、よく飲むようになった。兄から「全身真っ赤だぞ。酒の飲み過ぎかにゃァあ?」と、冗談混じりに言われる事もあるほどだ。
「じゃあ、飲みに行こうにゃァ。」
「そうするにゃァあぁ!」
意見が一致したので、2匹は着物に着替えると森の中を歩き始めた。
「飲むならいつものとこがいいにゃ。」
「そうだにゃァ、兄貴。何を飲みたいかにゃ?」
「やっぱり焼酎だにゃァ。焼き魚を付けると格別だにゃ!」
「おいらは醸造酒がいいにゃァ。つまみは焼き鳥がいいにゃ!」
そんな会話をしながら、2匹は行きつけの飲み屋へ向かった。
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ところが行きつけの飲み屋に入店しようとすると、扉に貼り紙がある。
「えーと…『本日貸し切り』ってあるにゃ!」
「それじゃ、今日はここで飲めないのかにゃ!?」
店内を覗くと、大勢の河童が宴会を開いていた。猫囃子と紅福にとって見知った顔も多い。
どうやら、川に住む全員で貸し切ったようだ。
「にゃんだ、それじゃあ他の店に行くとするかにゃ…」
「だにゃあ。よく行く店は他にもあるからにゃあ。」
ところが今夜はやたらと宴会が重なっており、知っている店はすべて貸し切りになっている。
ある飲み屋は化け狸たちが、またべつの飲み屋は鬼たちが…
すっかり飲み屋の気分になっていた2匹は、このまま家に帰って飲む気にもなれなかった。
「空いてる飲み屋はどこだにゃァあぁ!」
「うまい酒を飲ませるにゃァあぁ!」
「腹が減ったにゃ!喉が乾いたにゃ!」
「酒はどこだにゃァあぁう!」
まるで子供の用に駄々をこねながら歩く猫又兄弟。いつしか誰も通らないような山道に迷い込んでいた。
もう夕日もとっくに沈み、辺りは闇に覆われている。
「酒は…どこだにゃ…」
2匹は稽古での疲れも合わさって、叫ぶ元気もないほど疲れていた。
その時、紅福が声を上げた。
「兄貴、あれを見るにゃ!」
見ると、遠くで赤提灯が光っている。間違いなく飲み屋の明かりだ。
「おお、こんな所に飲み屋があったとは驚きだにゃァ!でもさっきは何もなかったような気がするにゃ…」
「見えてなかっただけだにゃ、兄貴。さあ行くにゃ!」
2匹は元気を取り戻し、赤提灯を目指して進んでいった。
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近づいてみると、そこには立派な飲み屋があった。看板には「飲み屋 古狸」と書かれている。
外観はこれまで2匹が入ったどんな飲み屋よりも豪勢で、まるで宮殿のようだ。
「こんな立派な店があったにゃんて、知らなかったにゃァ!」
「いざ入ってみるにゃ!どんな酒があるか楽しみだにゃァ!」
引き戸を開けると、内装も外観に劣らないほど立派だった。
高級そうな机と椅子、太くしっかりとした柱、奥に並ぶ酒樽や山積みになった米俵。
「いらっしゃいませ!」
店の奥から、化け狸の店員が現れた。猫又兄弟と同じくらい太っているが、化け狸としては一般的な体型だ。
着物に収まらない太鼓腹をドンと突き出し、リンゴほどの大きさの出べそに「ぽこ[[rb:之助 > のすけ]]」と書かれた名札を付けている。
「こんばんは、ようこそいらっしゃいました!」
「ぽこ之助さん、こんばんは。よろしく頼むにゃ。」
「いい店だから期待できるにゃ。ところでこんなに立派な店なのに、どうして客がいないんだにゃ?」
ぽこ之助は答えた。
「ここはあまりに立派な店だから、客が押し寄せて店が壊れると困るんですよ。だからあえて目立たない場所に建てたのです。」
冷静に聞けばどことなくおかしな説明だろう。しかし早く飲みたくてたまらなかった兄弟は、深く考えられなかった。
「さあ、こちらへどうぞ。」
2匹は席に案内された。
「お客さんたち、ご注文は?」
猫囃子と紅福が順に答えた。
「おいらは、焼酎と焼き魚だにゃ!」
「おいらは、醸造酒と焼き鳥だにゃ!」
「かしこまりました。それと実は耳寄りなお話があるんです。
あなた方は本日最初の客なので、特別に全品無料で食べ放題、飲み放題といたしましょう!」
猫又兄弟は喜びの声を上げた。
「にゃんと!嬉しいにゃァあぁう!」
「まずは注文した物をいただいて、味が良ければ全品頼もうにゃァあぁ!」
「ありがとうございます。とても嬉しいお言葉です。」
ぽこ之助は厨房へ消えると、ニヤリと笑った。
「さあ、これから楽しくなりそうだ!」
数分後、猫囃子と紅福の元に酒と料理が運ばれた。
「いただきますにゃー!」
口に運んで見ると、これが想像を絶するおいしさ。
酒は口当たりが非常に良く、今まで飲んだ中では一番の味。焼き魚も焼き鳥もしっかりと焼けており、味も一流だった。
「おお、うまいうまい!これならいくらでも食えるにゃ!」
「ほんと、何杯でも飲めるにゃァ!」
「ぽこ之助さーん!酒と飯を全品用意するにゃァあぁう!」
「はい、喜んで!」
厨房から声が響き、ぽこ之助が次々と酒や料理を台車に乗せて運んでくる。
何本ものとっくり、天ぷら、刺身、煮物…
普通なら何かおかしいと思うだろう。こんな短時間でこれほどの酒や料理が用意できるわけがない。
しかし、酒が入った状態の猫又兄弟は違和感なくそれを受け入れていた。
「ああ、うまいにゃー!」
「どれもこれも今まで飲み食いした中で一番だにゃ!」
「こんなうまい物がただで楽しめるなんて、おいらたちはついてるにゃァあぁ!」
「おかわり!おかわり持ってくるにゃあ!」
もう1時間もこの調子だ。
夢中で料理を頬張り、酒を飲み、横の台車には空の皿やとっくりが重なっていく。
それに比例して、2匹の腹は次第に丸みと大きさを増していた。とはいえ元からかなりの太鼓腹なため、まだ気がついていない。
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その頃、厨房ではぽこ之助が息を弾ませていた。
「ハア、ハア…疲れるけどはかどるぜ!」
その前に並ぶ物は、石や木の葉ばかり。
それらに向かって手を一振りすると、料理や酒に変化した。料理が一瞬で用意できたのはこういうわけだった。
ぽこ之助は妖術が得意で、いたずら好きな化け狸。様々ないたずらで周囲を驚かすのが彼の楽しみだ。
今夜は猫囃子と紅福が酒を欲しながら山道を歩いている所を見て、いたずらを思いついた。
それからありもしない飲み屋を妖術で出現させ、無機物を実際に食べられる食べ物に変え、猫又兄弟に次々と食べさせている。しかし、それだけで終わらせるはずがない。
「へへ、これからが本番さ。」
ぽこ之助はニヤリと笑って着物の下から瓶を取り出すと、その中の液体を少量、酒に混ぜ込んだ。
「ぐうぇ~っぷ。もう満腹だにゃァあぁ…ヒック!」
「うう~っぷ。これ以上はとても食えないにゃァ…ヒック!」
猫囃子と紅福は酔っ払い、入店時の2倍に膨れた腹を満足そうになでていた。
酒臭いげっぷを吐き、口の周りに残ったたれや塩を猫特有のざらざらした舌でなめ取る。
帯は食事の途中できつくてたまらなくなり、外されている。着物の前が全開になり、太鼓腹やふんどしが丸見えだ。
横の台車に置かれたとっくりは50本、皿は120枚。相当な量を食べた事がうかがえる。
そこへ、ぽこ之助がとっくりを2本運んできた。
「いやお客様、素晴らしい食べっぷりです。お見事、お見事!
そんなお客様に、最後のお酒をご用意いたしました。じっくりとお楽しみください。」
「おお、まだあるのかにゃ。ヒック!これは嬉しいにゃあ。」
「これは別腹だにゃあ。ヒック!」
猫又兄弟は喜んで酒をおちょこに注ごうとしたが、腹が出過ぎて手が届かない。
ぽこ之助が代わりに注ぎ、2匹の胸の上に置く。
「感謝するにゃ。」
「ありがとうにゃ。おお、これはうまい酒だにゃー!」
「どれどれ…本当だにゃ!甘くて食後にぴったりだにゃ!」
そんな2匹を見ながら、ぽこ之助は厨房に消えていった。
「のどごし最高…あれ、なんだか眠いにゃ…」
「たくさん食ったら…眠くなる…当たり前にゃ…」
酒を飲んでいると2匹は眠気に襲われ、深い眠りへと落ちていった。
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「…んー?にゃ!?」
「なんだか寒いにゃ…にゃっ!?」
妙な感覚に襲われた猫囃子と紅福は、目を覚まして驚いた。自分たちは向かい合って座った状態で、ふんどし1枚の姿にされている。
おまけに周囲は暗い山道で、飲み屋はどこにも見えない。
「どういう事だにゃ!?」
「もしかして、だまされたのかにゃ!?」
「着物がないという事は、ふところの財布を取られたに違いないにゃ!」
慌てていると、突然周囲が明るくなりぽこ之助の声が響いた。
その上には大きな光の玉が浮かんでいる。妖術で作った照明の代わりだろう。
「安心したまえ、金は取らずに後で返すからな!だが、その代わりとしてお前らには俺の遊び道具になってもらうぞ!」
先程とは打って変わって、ずいぶん偉そうな口調だ。彼は本気になっていた。
このような扱いを受けては、猫又兄弟も黙ってはいない。早速反撃にかかろうとした。
「そうはさせないにゃ!おいらには酒香拳という武器がある…え?」
「おいらだって相撲は強いにゃ…ん?」
なんと、2匹とも頭と腕以外を動かす事ができない。
「動きは封じたぞ。さあ、お前たちにどんな事をしようか…
でも安心しろ。肉体的な痛みはないぞ。俺はそういうのは好まんからな。」
2匹は少し安心したものの、やはり不安はあった。一体これから何をされるか、全く想像がつかないからだ。
ぽこ之助はしばらく考えていたが、やがて考えがまとまったようで、小声でブツブツと呪文を唱え始めた。
声が止まってしばらくすると、2匹は腹に違和感を覚えた。
「ん?何かへそがムズムズするにゃ…」
「本当だにゃ。おかしな感覚だにゃ…」
大食いで腹が膨れたままの彼らは、自分のへそが見えない。お互いの腹に目をやると、へその辺りがかすかに動いている。
次の瞬間、へそに衝撃が走った。
「うにゃっ!?」
「にゃっ!?」
驚いてお互い目を閉じた猫又兄弟。再び開けてまた驚いた。
「紅福、お前のへそが…」
「猫囃子、お前のへそこそ…」
「飛び出てる!?」
なんと、へこんでいた2匹のへそが出べそになっている。饅頭のように大きく、中心にはバッテンが刻まれている。
「こんなの似合わないにゃあ!」
「狸みたいでかっこ悪いにゃ!」
紅福はそう叫んだ後に急いで口をふさいだが、もう遅かった。
「なんだと!? 狸みたいでかっこ悪いだって!? せっかくかっこいい出べそにしてやったのにその言い草はなんだ!
よし、お前らに狸の魅力とやらを教えてやろうじゃないか!」
猫囃子は悲鳴を上げた。
「ああ、おいらは誇り高き猫又なのに!紅福、どうしてそんな事を言うんだにゃァあぁう!」
「だ、だっておいら、そう思ったから…」
するとぽこ之助が言った。
「そう責める事ないぜ。そこの赤いのが口を閉じていても、俺はお前らに狸の魅力を教えるつもりだったからな。」
「ああ、どっちにしろそうだったのか…」
猫又兄弟は落ち込んだ。
ぽこ之助が得意げに語り出す。
「さあ、お前らをますます狸に近づけるぞ。今度はこうだ!」
呪文を唱えると、猫囃子と紅福の金玉が膨らみ、ふんどしを破って現れた。
「うわ、こんなに大きくなってしまったにゃ!」
「こんなの恥ずかしいにゃ…」
恥ずかしがる猫又兄弟と対照的に、ぽこ之助は高笑いをしている。
「肥満体に出べそにデカ玉…これでお前らはもう完全な狸だ!」
そんなぽこ之助に、猫囃子は言い返す。
「何を言うかにゃ!腐っても鯛、太っても猫又!おいらは猫又である事に変わりないんだにゃあ!」
「兄貴、かっこいいにゃ…」
羨望の眼差しで見つめる紅福。
しかし、ぽこ之助は構わずに猫又兄弟の頭に向かって妖術をかけた。
「ハアーッ!」
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途端に猫又兄弟の体が動くようになり、立ち上がった。しかしその表情は先ほどと違って見える。
猫囃子は口を開くと、こんな言葉を口にした。
「さっきまで何を言っていたんだポン?おいらは狸、三毛模様の狸だポン!」
紅福も後に続く。
「おいらも狸、世にも珍しい真っ赤な狸だポン!」
それを見ながら満面の笑みを浮かべるぽこ之助。
「フフフ、俺の妖術は大成功だ!」
そう、ぽこ之助は2匹に向かって「自分を狸だと思い込むようになる妖術」をかけていた。
「おい狸兄弟、狸の踊りをやってみろ!」
命令すると、猫又兄弟は踊り始めた。
太い腕で太鼓腹を叩き、足を交互に上げ、巨大な金玉をゆさゆさと揺らしながら踊っている。腹を叩くたびに出べそもブルンブルンと震えている。
それだけでも十分滑稽だが、追い打ちをかけるように滑稽な歌まで歌っている。
ぽこ之助も一緒になり、腹を叩きながら踊った。
狸の踊りだ ポンポコポン
突き出た立派な太鼓腹
これが狸の象徴だ
叩いていい音鳴らそうぜ
ついでに出べそも震わせる
見事な太鼓だ ポンポコポン
狸の踊りだ ポンポコポン
でっかい金玉ぶら下げて
踊ればこの世に花が咲く
ブラブラ揺れる玉の中
今日も元気に泳いでる
子種も一緒に ポンポコポン
狸の踊りだ ポンポコポン
狸の暮らしは気楽だぜ
食って眠って腹叩く
妖術使えば天下一
働かなくてもへっちゃらさ
狸になろうぜ ポンポコポン
誰も通らない山道に、3匹の歌声と腹太鼓の音が響いた。まるでそこだけ祭りが始まったような雰囲気だった。
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それから3匹は2時間も踊り続けた。
「ふう、たくさん踊ったら腹が減ったポン…」
猫囃子が息を弾ませ、腹をグーグー鳴らしながら言う。
「叩きすぎて腹が痛いポン…」
紅福も腹をさすりながら言った。
「そんな時は、食うのが一番さ。これが見えるかね?」
ぽこ之助が手にした木の葉を一振りすると、たちまち串団子に変身。猫又兄弟は目の色を変えた。
「うまそうな団子だポン!」
「おいらたちにもよこせポン!今は腹ペコで仕方ないんだポン!」
「うまそうだろう?食いたいだろう?だがこれは俺の分だ!」
ぽこ之助は団子を自分で食べてしまった。
「ひどいポン!おいらたちも食いたくてたまらないんだポン!」
「なんか食わせろポン!早く用意しろポン!」
「大丈夫、お前らの分もちゃんとあるぞ。ほら!」
ぽこ之助は近くの大岩を食卓に変えると、落ちている木の葉や石を片っ端から乗せていく。その上で手を振ると、木の葉や石はたちまち食べ物に変わった。
狸そば、狸うどん、饅頭、団子、酒…狸の好物とされる物ばかりだ。まるで出来立てのように、ほかほかと湯気を立てている。
「おお、うまそうだポン!」
「いただきますポン!」
猫又兄弟は食卓に突進し、空きっ腹に食べ物を詰め込んだ。
ガツガツバクバクと豪快な咀嚼音が響き、山と積まれた食べ物が片っ端から消えていく。
それに比例して、猫囃子と紅福の太鼓腹が満たされていく。元から大きな腹が目に見えて膨らみ、出べそも一層膨らみを増す。
「ああ、なんて素敵な光景だ!見ているだけでおかずになるくらいだ!」
ぽこ之助は何も食べず、大食いをする猫又兄弟を夢中で眺めている。
そして、1時間後。猫囃子と紅福は大量の食べ物を完食した。
「ぐぅえぇぇぇぇぇぇぇ~っぷぅぅぅ~。ヒック!満足したポン。もう食えないポン…」
「うげっぷぅぅぅぅぅぅぅ~。腹いっぱいで動けないけど幸せだポン…ヒック!」
2匹の腹は、元の3倍に膨らんでいた。先程飲み屋で大食いした時以上の大きさだ。
出べそも大型の提灯並みに膨らみ、中央のバッテンが強調されている。
豪快にげっぷを吐き出し、食べこぼしで汚れた口の周りをなめようともしない。顔も真っ赤になっている。
食卓に山積みになっているとっくりは100本、皿は300枚。先ほどをはるかに上回る数だ。
2匹を見ながら、ぽこ之助は満足そうにしている。
「フフフ、あいつらもずいぶん狸らしくなってきたぜ!この後はどうしようかな?
…あーあ、なんだか眠くなってきた…」
夜に長時間起きていたため、ぽこ之助は眠気を覚えた。
「いかん、ここで寝たらだめだ…でも…眠い…」
眠りをこらえていたが、睡魔には勝てず眠りに落ちた。
[newpage]
同時に、猫囃子と紅福の顔色が戻った。ぽこ之助の記憶を操る妖術は、起きている間しか使えない。
「あれ、体が重いにゃ…おいらたちこんな夜更けまで何やってたにゃ!?」
「なんだこのでかい腹は!へそまででかくなってやがるにゃ!」
「思い出したにゃ。あそこで寝てるぽこ之助とやらに騙されて出べそにされたんだにゃあ!」
「そうだったにゃ、兄貴!でもその後の記憶がないにゃ…」
「きっと妖術をかけられて、大食いとかをさせられていたんだにゃ!」
「今頃は家で休んでいる頃だったのに、まだこんな山奥とは…それに着物もないし、ふんどしも破れてるにゃ!」
「このままでは帰れんにゃ。あの狸をとっちめてやるにゃ!」
「兄貴、やってやるにゃあ!」
猫囃子は力を振り絞って重くなった体を起き上がらせると、眠っているぽこ之助に忍び寄った。
「うにゃァあぁぁぁぁぁぁぁぁ!起きるにゃァあぁ!」
「ああーっ!な、何…しまった!」
眠ってしまった事に気がついたぽこ之助は逃げようとしたが、体が動かない。猫囃子が太鼓腹で押さえつけている。
また妖術をかけ直そうとしたが、同時に猫囃子の腹がボコボコと鳴り出した。
「なんだ?」
ぽこ之助が油断した直後、猫囃子の口から大量の吐息が噴き出した。非常に酒気を帯びた吐息だ。
それをまともに喰らったぽこ之助は力を失い、倒れた。
「フッ、やはりおいらの酒香拳は強いんだにゃ。」
これが猫囃子の必殺技、酒香拳。酒気を帯びた吐息を相手に吐きかけ、気を失わせるといった物だ。
[newpage]
「いやあ、本当に申し訳ございませんでした…俺はいたずら好きな性分でして…」
しばらくして猫囃子はぽこ之助を起こし、妖術で体型や着物を元に戻した。
「んー、ひどいいたずらだったが、食べ物をくれた事は許すにゃ。1週間後の相撲大会のため、体力をつけられたにゃ。」
「だまされたとわかった時はおいらも憤りを覚えたにゃ。でもよく考えたら、そんなにひどい事はされてなかったにゃ。」
「いや、俺が悪いんだ…お詫びに村まで送るよ。本当の事さ。」
こうして、猫囃子と紅福の兄弟はぽこ之助に導かれ、夜の更けた村へと帰っていった。
今回の出来事は、猫囃子にとって酒香拳の練習にもなった。
大会まであと1週間。猫囃子は大会への決意を改めて意識した。
[chapter:おしまい]