予約 前提
新年度の慌ただしさもつつがなく終わり、それぞれの日々の生活が落ち着き始めた頃。大学の構内で一組の男女が話し合っていた。しかし、あまりおだやかな様子ではないようだ。
「またバイトなの? もうずっと部活とバイトばっかじゃん。あっ、もしかして避けてる」
「違うって。ほんとに今忙しくてさ、あとちょっとなんだけど……」
宏明と由香。二人は高校からの同級生であり恋人である。
普段ならお調子者の宏明が活発で社交的な由香にたしなめられているのだが、この日は由香の鬱憤が爆発してしまったようだ。
というのも、最近は由香が宏明に会おうとしても、バスケットボールの部活動やバイトを理由に断られてしまう日が続いていた。少しくらいならそういうものとして待てたのだが、あまりにも予定が多く、何か隠し事があるのではと疑ってさえいた。
女の勘ともいうべきか、それは正解に近く宏明にはある計画があったのだ。
「怒ってる由香もかわいいよ」
「ごまかさないでよ。まったくもう」
宏明はこうして本気ではないにせよ、怒りをあらわにしている彼女を見てもかわいいと思ったのでつい口に出してしまったのだが、今のはあまりにも間が悪いといえるだろう。
「もうちょっとで落ち着くから、その時はご飯でも食べに行こうよ」
二人は同じ大学に進学してからも恋人の関係が続き、順調ではあるのだがそれ以上もないままで、やや停滞気味ともいえた状態であった。
宏明としてはこのまま恋人を続けたいと思っていて、卒業を考え始めた頃には更にその先のことも意識するようになり、そのうちデートでちょっと奮発したレストランを予約してプロポーズをしようと考えていたのだ。
そのためにバイトを増やして資金を貯めている所だったのだが、いつも調子のいいことばかり言っているせいか彼女の機嫌をこうしてそこねてしまったのだ。
(まいったなあ。プロポーズしようとしてるなんて言えるわけ無いし、もしもここで言ったりしたらこんな所でプロポーズしたことになっちゃうのかな?)
宏明はどうにか計画を隠しつつ由香の機嫌を直さなければと考えてて、何かないものかとつい探しているとあるものが彼の目に留まった。それは他の学生が身につけていたとあるテーマパークでしか買えないキャラクターグッズだった。
「じゃあ今度の休み遊びに行こうよ。バイト代も貯まってるし、行きたいって言ってた所あるじゃん」
「何よ急に……でもバイトはいいの?」
「うーん休みは取れると思うよ……」
バイト先が忙しいわけではないので休みは問題無かった。彼の心配は計画の方だ。もう少し稼いでおきたいところではあるが、資金はなんとか足りるはずだ。それならば丁度いいタイミングだと、このデートでそのままプロポーズしてしまおうとたった今決心したのである。
「じゃあいいよ。楽しみにしてるからね。バイトが急に入ったとか言わないでよね」
当日、宏明は入念に準備をして待ち合わせの場所へとやって来た。この日だけはいつものようにうっかり遅刻なんて出来ないからだ。少し早く来てしまったようで、今日の重要な予定のことを考えると、いつもはお調子者の彼といえどもそわそわしてしまうようだ。
(大丈夫だよな。うん、今日はばっちり決めるぞ!)
天気も良く、彼のとても長い一日を祝福しているかのようだった。
「お待たせ。じゃあ行こう」
宏明がそわそわしていると由香がやって来た。彼氏のおごりで行きたかったテーマパークに行けるだけでなく、夜はいいお店までよやくしてあるというので、さすがにこの日の彼女は機嫌がよさそうだった。
「ずいぶんとおしゃれして来たんだね。いいと思うよ」
「こういうのもありかなって。それ俺がプレゼントしたやつだよねかわいいよ」
プロポーズということもあり、服装もいつもは買わないような高いものを宏明は身につけていた。由香にはいい店で食事をするからと伝えていたのだが、彼が以前買った服を着て来てくれたので純粋に嬉しかった。
(こういう所も好きなんだよなあ……)
恋人たちはテーマパークに仲良く入場しデートを楽しみ始めた。定番のカップやジェットコースターに乗ったり、観覧車でいちゃついたり普通のデートだが全く不満の無い幸せな時間だ。
「あっ私あれやりたい」
由香が指さしたのはボールの的当てだった。アトラクションではなく、おしゃれな感じにしたアナログなゲームコーナは、カップルだけでなく家族連れにも人気のようで賑わっている」
「いいねやろう」
店員にお金を二人分支払いボールを受け取った。倒した景品がもらえるタイプではなく、得点に応じてもらえる物が決まっているようだ。
宏明は部活をやっていることもありいい所をみせようとしたのだが、やはりそう簡単にはいかないようになっていてあまりいい成績は出せなかった。
(ちぇっ、喜ばそうとおもったのにな……)
そんなことで喜んだりはしないのだが、その由香はというと参加賞だけもらえるという成績だった。
「あーあの大きいぬいぐるみ欲しかったのに」
「じゃあ俺にまかせてよ」
「えっいいよ。取れないだろうしお金の無駄だよ」
「あと一回だけにするからさ、やらせてよ」
いつもならムキになって損をしてしまう宏明なので由香は少し心配そうにしているが、今日は彼女のために何かしたいという気持ちがあるので本当にあと一回で終わらせるつもりだ。
「ほら一緒にやろうよ」
「えっ私も? 自分でやるんじゃないの」
由香の欲しいぬいぐるみは高得点を出さないともらえない。てっきり宏明が全部投げるのだと思っていたので由香は驚いている。
宏明はぬいぐるみを取ってやりたいという気持ちもあるが、それよりもこれからは違うんだという所を知って欲しいのである。
「こうして少し脇を絞めてよく狙って……」
宏明はお手本を自分で投げた後で優しく丁寧に由香へレクチャーした。彼自身もあまりいい成績ではないのだが二人でするということが大事なのだ。
「えー難しいよ」
「大丈夫。外れてもいいから投げてみて」
(これって初めての共同作業になるのかな)
宏明は恋人の手をつかみ体を寄せ説明しつつ、周りの家族連れをみて照れ臭くなるのであった。
「ねえねえふれあい動物コーナーだってさ。寄って行こうよ」
「いいね。最後に寄って行こうか」
テーマパークの入場口の近くに柵に囲まれた小さな動物園のような一角があった。
本当はあまり興味が無かったが、時間に余裕もあるし断る必要もないのでついでに寄ることにした。
「かわいいねえ」
「そうだね、かわいいね」
「ちょっと本当にそう思ってる?」
「ほんとだってマジでかわいいよ」
(動物と触れ合ってる由香もかわいいなあ……)
ふれあいということで、モルモットやうさぎに鶏など振れやすい動物とついでなのかヤギなどの動物が、小さめの柵の中に放し飼いされている。
ふれあいはさせてくれないようだが、別の柵にはロバや牛もいるようだ。
「やだーあれ見てよ」
由香が笑いながら指をさしたその先では二匹の牛が交尾をしようとしていた。
白色と黒色の斑の普通の乳牛のようで、交尾しようと雄牛が頑張っているのだが、雌はその気でないのか上手く乗ることが出来ないで何度も失敗している。
「うんまあ動物だもんなあ……」
(俺も今日プロポーズが上手くいったら楽しむぞ!)
牛の交尾をぼんやり見ながら宏明は計画の成功を強く願うのだった。[newpage]
一皿目 前菜
ここは高級なレストラン。静かで上品なその店内にあまり似つかわしくないカップルがいる。彼氏の方はやや緊張しているようだが、彼女の方はこれからの食事を楽しむだけの余裕があるようだ。
宏明と由香は今日のデートを振り返りながら、今までに来たことのない上等なレストランの雰囲気に圧倒されていた。
接客はもちろん、調度品から内装に至るまで一般的な店よりもはるかに質の良さを実感できた。
「今日は楽しかったね」
「うん、思ってたよりけっこう面白かった」
「ここってコースなんでしょ? 私こういうお店って初めてなんだよね」
「奮発したけど俺も初めてで、なんだか落ち着かないな……」
宏明はすっかり態度が固くなってしまっていたが、お店の雰囲気にのまれてしまっていることだけが原因では無かった。ついに計画の大詰めなのである緊張もしてしまうのだろう。
(すごいなあ。まだ料理も出て来てないのに圧倒される……いや、そんなんじゃだめだ。今日プロポーズするんだ)
「でもさ、いくらいいお店だからって少しはりきり過ぎじゃない? ここだってけっこうしたんでしょ?」
「やっぱ気合いの入ったデートだしおしゃれしないとね。由香の服もよく似合ってるよ」
「うんこれお気に入りなの。買ってくれてあがとうね」
確かに宏明の服装は、ただの学生が着るにはやや不相応な仕立ての良いものだ。もちろんこの日のサプライズのために用意したのだ。
一方で、由香の服も宏明がプレゼントした彼女のお気に入りの服なので、単純にお調子者の彼の経済状況を心配しての発言だろう。
「でも、料理の前に説明があるって聞いたから、マナーとかもそこまで気にしなくていいってさ……ははは」
「それなら安心して食事ができるね」
しかし、普段来ないような店ということもあり、宏明は余計に頭の中で空回りしてしまっている。
バスケ部の活動を続けながらバイトも頑張って、その給料をほとんどつぎ込んだというのに逆に店の上品な空気に飲まれてしまい、この場所で本題を切り出せるのだろうかという不安要素になってしまっていた。
明るくお調子者のはずの宏明がすっかり大人しくなってしまってる。
(落ち着け大丈夫だ何とかなるはず)
「そうなんだ。何が来るのか楽しみだね……」
彼女の由香は人生の一大イベントに固くなっている彼氏とは対照的に落ち着いている。
というのも、こういった恋愛事に奥手な宏明の様子がおかしかったのだ。近頃はデートも割り勘になっていたというのに、今回は彼女の塾講師のバイトの給料も一切出さなくていいというのだ。
「ねえ、今度の連休はどうするの?」
「そうだなあ。しばらくは金欠だから……」
何が起こるかまでは把握していていないが、由香は恋人から何らかのサプライズが用意されているのではないかという確信があった。
活発で社交的な彼女は、いつもならお調子者の宏明のストッパーになっているのだが、今日は落ち着いて料理よりも彼からのサプライズを楽しみに待っているのだ。
「こちら前菜のにんじんとトマトのマリネでございます」
給仕が置いた皿を二人はじっと見つめている。
「前菜はコースのメインであるヴィアンドに向けて食欲を増加させる必要があります。なので、軽めで酸味や塩味の効いたものを提供させていただいております」
華やかな皿を前にして、二人は給仕からの説明を真剣に聞いている。
「テーブルマナーに関して不安があるとのことでしたのでご説明させていただきます。 椅子には深く腰かけて背筋を伸ばし、テーブルと離れて座ると猫背になるので注意されたほうがよろしいです。ナプキンは膝にかけてもかまいません。ナイフ、フォークは外側から各1本ずつ順番に使っていただくと問題ありません。料理は無理に全部食べなくともいいので、残す場合は皿の上におまとめていただいたら結構ですので。それではお食事をごゆっくりお楽しみください」
説明し終えると給仕は頭を下げ厨房へ戻っていく。場違いな若い恋人に対して見くびることも無く丁寧な対応だった。
二人は不慣れながらも姿勢を正して椅子に座っている。なんとかマナーを守って食事をするつもりだ。
「うわあ、おしゃれだね!」
「ははは。うん、そうだね……見た目がすごい」
(もっとカジュアルな所の方がよかったかなあ……)
前菜の皿がテーブルに置かれた時はマナーく静かにしていた由香だったが、それはそれとして給仕が去っていくと楽しそうに目を輝かせた。
けれども宏明はどこかぎこちなく固い表情をしていた。ロケーションとしては申し分ないのだが、なにせ本人が店に対して縮こまってしまうようではプロポーズどころではない。
「うん美味しい。盛り付けもそうだし、味も上品でさすがだよね。うーん次は何が来るのかなあ?」
探るように含みをもたせて由香が言う。
「次はスープが来るみたいだよ」
(いつ切り出そう……メインの後かな。コースが終わってからか)
サプライズを待ちつつ由香はレストランの食事を楽しんでいるようだが、宏明は味がよく分かっていないようだ。緊張からグラスの水を一気に飲み干してしまった。
学生なので飲み物は水を選んでいる。この手の店では珍しいことに、水が有料でなかったことの方が大きな理由ではあるが。
「最近はバイトばっかりだったけど、このためだったの?」
「うん……たまにはこういうのもいいかなって」
実はまだ気が早いが、宏明は今日のプロポーズのための指輪を用意していて、むしろこちらの方の費用を貯めていたのだ。上着のポケットにはそれが隠されていて、もっとも効果的な渡すタイミングを伺っている。
「うん、嬉しいよ。また連れて来てね」
「まだコースの一皿目なのに次なの?」
「えへへ、だってこのお店気に入っちゃった」
「まあこれから忙しくなって部活とバイトなんて言ってられなくなるだろうから、今のうちに楽しんでおかないとなあ」
(バイトは減らせるし、婚約者と学生のうちにいろなことしておかないとなあ……)[newpage]
二皿目 スープ
宏明は明るい未来を想像して宏明はにやけそうになるのを抑えつつ、上品にマナーを守ることも同時に意識しているせいでぎこちなく前菜を食べ終えると、二皿目がやって来た。
「本日のスープでございます。こちらもヴィアンドのために胃をや体を整える目的がございます」
給仕が運んできた琥珀色のスープに刻んだ数種類の野菜が沈んでいる。
「これはコンソメスープなのかな? 家で飲むのとは大違いだね」
「見た目は地味そうなのにたしかに美味しい……」
(へえ……たしかにこれは家で作れそうにないな)
由香はスープの味も気に入った様子で、にこにこしながら口に運んでいるが、宏明も落ち着いてきたのか食事を楽しむ余裕が出てきたようだ。
「色が透き通ってるしいろんな味がする」
コンソメスープといってもお手軽なものではなく、シェフが肉や魚などの材料から出汁を取ったブイヨンに肉や野菜を加えて煮立てるという、一から厨房で作られたものだ。
卵の殻も加えて灰汁を取り。そのうえでそれをこして脂肪を取り除くという、厳密な手順がある非常に手の込んだスープである。風味豊かで満腹感を与えないので、コースの初めで食欲を増進させるための理想的なスープといってもいいだろう。
「でもなんだか具が多いね。ちょっと意外」
彼女が指摘したように、コースのスープは通常のコンソメスープよりもだいぶ野菜が多く入っている。しかし、それをなんだかお得とだと思えてしまうほどスルスル胃に入っていくのはシェフの腕によるものだ。
「でも美味しい! これだけでいくらでも行けそう」
「まだコースは始まったばっかりだよ」
(いいなあこの笑顔。ずっと見ていたい……結婚したら毎日見れるのかな)
「そっかあ、そうだよねえ。あはは」
「それにしても美味しいな。もう一杯行きたいくらいくらいだよ」
「ダメだよ、そんなお店じゃないんだから」
「分かってるって」
スープに体を……まるで心まで温められたように準備を『整えられて』、カップルの空気もほぐれたようだ。次の皿来る前に宏明はグラスの水を飲み干した。喉が渇く。
「ねえ、またしばらくはバイト続きなの?」
「金欠だから入るけど、もうそこまでじゃないよ」
あまり緊張していない由香も喉が渇くのか、グラスを空ける頻度が早くなっている。
「そうなんだ。あっそうそうあの映画見た? 面白かったよ」
「あーまだ見てないんだ。少し余裕も出来るし今度見ないとなあ……」
(映画もだし、もっとデートしなくちゃな)
ようしなんだか自信がついてきたし体調も良くなって気みたいだ。と、宏明はプロポーズに向けてやる気が出てくるのだった。[newpage]
三皿目 ポワソン
そうして雑談していると給仕が三皿目のポワソンを運んできた。
「こちら白身魚のポワレでございます」
二人は前菜もスープにも非常に満足しているので、純粋に次の料理が楽しみになっていた。
白い皿の上に低温でじっくり蒸し焼きにされた魚の切り身と、付け合わせに野菜が盛られている。
料理を前にして二人はゴクリと思わず喉鼓を鳴らした。
「これも美味しそう……うん美味しい!」
「シンプルな見た目だけどこれも美味しいね……特に野菜が」
「そうだね。これ美味しいよね!」
魚料理の皿だというのに宏明が妙なことを言い出したが、由香も完全に同意のようだ。
薄い衣がつけられた白身魚はバターで香ばしく焼かれていて、味覚だけでなく嗅覚も刺激する逸品で、二人とも野菜は出されたら食べる程度の好みだというのに、この恋人たちには付け合わせの野菜の方がどうしてか美味しく感じられたのだった。
「魚もすごく美味しんだけど、野菜が絶品ね。質が良いからなのかなあ?」
「やばいなあ。やっぱ普段来ないような店だと違うなあ……」
(へえ、野菜だけでもこんなに違うんだな。いつもならわざわざ食べようと思わないのに)
付け合わせはベビーリーフの類とミニトマトが添えられただけのサラダにも満たないものだったが、恋人たちはこちらの方が気に入ったようだ。しかしやはり緊張しているのかやけに喉が渇くので、ここでもグラスに入った水を飲み干した。
「メインはお肉だっけ?」
「そうそういくつか選べて牛を選んだよ」
「あーこれだけ美味しいんだからすごく楽しみだね。他には何が来るのかな?」
由香は楽しみが二つもあるのでとても機嫌がよさそうだ。
「楽しみ過ぎてなんだか食べる前よりお腹が空いて来ちゃった。胃が大きくなっちゃったみたい」
「ははは。そんなわけないじゃん。でもほんとメインが楽しみだな」
(肉料理か……どんなのが来るんだろう、俺もなんだか食欲がわいてきたぞ)
ここの料理をとても気に入ったらしく、二人の話題は食事が中心になってきている。[newpage]
四皿目 サラダ
「失礼します。お次はソルベの予定でしたが、ヴィアンドにお時間がかかりますのでこちらのサラダをどうぞ。足りないようであればお申し付けください」
本来であれば野菜がそこまで好きでもない二人はサラダか……と、思ってしまったのだが、この店は野菜が売りなのではと気づきつつもあったので、期待して口に運んだ。
「美味しーい!」
「うーん、ただのサラダなのにここまで美味しいなんて、ベジタリアンも悪くないのかな」
(いつもなら残すのももったいないから食べるけど、これなら他所でも頼みたくなるなあ)
サラダといっても前菜のようなもので、平たい皿にトマト、アスパラ、オクラ、山葵菜、豆などを芸術的に盛り付けし、見た目にも美しさを楽しめる皿になっている。
マナーに気をつけながらも恋人たちは食欲が増したのか、次々にその色とりどりの野菜たちを味わっていく。
「おいしー」
「野菜だけでこんなに美味しいなんて。メインはまだかなあ」
「もうおかわり頼んじゃおうか」
「ちょっと、こんなレストランでおかわりなんて。でも、サラダでこれなんだからメインはどんなにすごいんだろうねえ」
「ウェイターの人も申しつけていいって言ってたしよくない?」
「デートってわかってるの? まったく……」
「俺が予約した店だから知ってるよ」
(もちろんだよ。プロポーズするならメインの後かな。デザートを食べながらなんていいかも……)
少し呆れつつも、由香もおかわりをしたくなっていたのでそれ以上は何も言わなかった。
まるで味覚が変化したかのように野菜が美味しく感じられた二人は、前菜が運ばれて来た時のような緊張は見られずグラスの水を飲み干すと、平然とおかわりを頼むのだった。[newpage]
五皿目 サラダ
「お待たせして申し訳ありません。サラダをお持ちしました」
給仕は深くおじぎをすると再び前の皿と同じものをテーブルに置いた。けれども今の二人にはなんだか物足りなく感じてしまうのだった。
「なんだか小さくない?」
「そう? さっきと同じだよ」
まず喉が渇くのでついでもらったばかりのグラスを空にして、サラダに手を付ける。テーブルマナーを気にしつつも少々ラフというか、普段の食事と同じような感覚でそれを二人は平らげていく。
「そうかなあ……じゃあ私たちの体が大きくなったとか?」
「そんなまさか。でもなんか体に違和感があるだよな。慣れないことしてるもんなあ……」
(姿勢も気をつけないといけないし。なんか全身がそわそわするんだよなあ。大人しく振舞わないといけないのに)
実際に二人の体は大きくなりつつあり、体毛も濃くなりつつある。内臓にもその兆しが見え始めていた。
「でもまだまだ食べられそう、胃が四つになった気分」
「いくらでも入るけどそんなわけないでしょ……でも、ぜんぜん足りないよね」
「どうしよう。これじゃ足りないよねえ……」
「大盛って出来るのかな?」
「いくらなんでも無理じゃないの。というかみっともないからそれはやめなさいよ」
しかしサラダは全く同じものだったのに明らかに足りてなくて、店の不手際のように感じられてしまう。それにとにかく美味しいので、つい宏明は魔がさしてしまうのだった。
「すみません。おかわりを……あと大盛ってできますか?」
(よしプロポーズに備えてしっかり食べておかないとな)[newpage]
六皿目 サラダ
「大盛ですねかしこまりました」
通常はコースに大盛など無いのだが、給仕はあたかも当然のように大盛のサラダを提供するのだった。
「まったくもうしょうがいんだから……」
「来た来たこれくらいは無いとね」
そう言いつつも由香も大盛のサラダの皿が目の前に置かれると、よだれがダラダラ垂らしてしまいそうなほど口の中に出てきてしまうので、グラスの水を飲み干した。
「うーんこれくらいが普通だよね」
「やっぱさっきの小さかったんだよ」
(まあ高級店だし量が少なくてもしょうがないよな……)
シェフが奮発してくれたのか、サラダは三倍か四倍近くになっていた。それでも見た目はなんとか工夫を凝らし美しく盛られている。
二人はマナーを気にしつつもいそいそとサラダを食べ始めた。とにかく口にいれたくてしょうがなくなる味なのだ。
「んーーー美味しい! サラダがこんなに美味しいなんて知らなかった」
「いいお店だとこんなに違うなんて。来て良かった」
(けどマジでここの野菜美味しいな)
すでに二人の会話は雑談ではなく、ここでの食事のことばかりになっていた。食べて食べて次に何が来るか夢中になっている。
まるで早く食べることがマナーかのように食べるペースが上がってしまっている。
「でもなんだかまたお皿が小さくなったような?」
「そんなはずないだろ。ウェイターさん何かおかしなことはありますか?」
「いえ、何もおかしなことはございませんね。引き続きお食事をお楽しみください」
「ほら何もおかしくないってさ」
二人は更に体が大きくなっていたのだが、給仕の男にそう言われると体の違和感がすっかり消えてしまうのだった。
せっかくの仕立ての良い服がきつくなっているほど肉付きが良くなって、体に明らかな異変が起こってきているのに、それをなんとも思わなくなってしまった。
宏明は細身だが運動でしっかり鍛えられた体つきで、由香は平均的な身長なのに、二人とも大柄で逞しく格闘技の選手のような体型になっている。異常としかいえなかった。
「食感がいいよね」
「分かるー歯ごたえが丁度いいんだよね」
小さめのはずだった由香の胸が分かりやすいほど大きくなってきた時だった。二人のお尻から何かがにゅるりと出てきたので、思わず食事の手が止まり固まってしまった。
「っ……」
「えっまさか?」
(待って待って待って、いまここで? このタイミングで? この大事な日に?)
尾てい骨辺りがムズムズして、お尻から何か暖かくて長いものが出てきたようなので、宏明と床はこのタイミングこの場所で漏らしてしまったのかと勘違いをして、お互い困ったように目を合わせている。
それと同時に二人の耳は黒い産毛が少しばかり生えながら広がって、ひし形の形状になりつつあるが、気にならないのか二人ともそれには何も言わないでいる。
「うそ。よりにもよってこんな所で……」
「えっどうしよう。席を立つときはナプキン、いやナイフとフォークのほうだったかな……」
(落ち着け。落ち着くんだ俺。せめてリカバリできればまだどうにか……)
重大なマナー違反に、二人は恥ずかしくていたたまれなくなってしまっている。
「おやどうやら尻尾が出てきたようですね。そんな時は服を少しずらして尻尾を外に出すといいですよ」
「えっそうなんですか?」
「すみません。初めてのことでよく知らなくて」
「いえお構いなく。何も問題はございませんので」
そんな様子に気がついた給仕が声をかけに来たので、二人はついに終わったと思ったのだがそうではなかったらしい。
どうにも食事中に尻尾が出て来てしまったようなのだが、どうすればいいのか教えに来ただけのようだ。
二人は最悪の事態では無かったことにほっと胸をなでおろし、説明を聞いた通りに服をずらして尻尾を出すと、白い毛に包まれた先端のふさふさした牛の尻尾が椅子から垂れた。付け根の辺りの臀部にも白と黒の毛のようなものが生えつつある。
「助かりました。ありがとうございます」
「それとお水を下さい」
(ふう……よかった、尻尾が出てきただけだったのか。そんな時のマナーもあってよかったな……)
給仕に作法を教わったので、急に尻から尻尾が生えて来ても宏明も由香も気にはならなかった。再び食事を楽しみ始める二人は、何の説明もなく当然のように店に似つかわしくない大ジョッキで水が置かれたことも気にならず、ゴクリゴクリとがぶ飲みしていく。
「サラダが無くなっちゃった……」
「あんなにあったのにモウ足りない。おかわりしないと……」
(とにかくまだまだ食べておかないとな。プロポーズはそれからだ)
宏明は大切なプロポーズの事もあるが、まずはこんな高級なお店に来たのだからもっと野菜を食べなければという気になっている。[newpage]
七皿目 サラダ
「追加のサラダでございます。体をより成長させる効果があるので量をお食べください」
コースに追加は無いが、気を利かせた給仕が持ってきたのだろう。テーブルに山盛りのサラダが置かれた。
今までとは内容も違い、キャベツの千切りを中心にレタスやキュウリなどの入った普通のサラダで、皿ではなくボウルに大量に盛られている。
「わあ、こんなにたくさんサラダがある」
「これならメインが出てくるまでもちそうだね」
(こんなに出してもらえるなんてサービスがいいんだな)
つがいたちはボウルに入った山盛りのサラダをガツガツと口に運び、ジョッキの水を飲み干していく。豪快な食べっぷりに野菜のかすがテーブルや膝に散ってしまっているのだが、給仕が何も言わないので気にしなかった。
なのでついうっかりゲップまでしてしまう。
「ちょっと気をつけてよね」
「ごめんごめん」
「せっかくいいレストランに来てるのにオスはこれだから」
「メスはこういうの気にするよね」
(つがいになるんだからこれくらい別に普通だよなあ)
二人は重大なマナー違反ではなく、ささいな事としてとらえている。それどころかいつの間にかお互いの性別を、男と女ではなくオスとメスとして認識していた。
「なんだか胸が苦しくなってきちゃった」
「俺も普段しない格好だし食べ過ぎたのか服がきついな……」
(体は変な感じはしてなくて調子いいんだけどなあ。なんだろう)
内臓も変化しつつあるのでそれは食べ過ぎなどではなく、体が大きくなっているせいである。
そうしていると大きくなった由香の胸に耐えきれずに、彼女の服の胸元が破けてしまった。下着はまだかろうじて耐えてはいるが、お気に入りの服が台無しになってしまう。
大きくなる体に内側から押し出されて、宏明の服のボタンの下から二つがちぎれてしまう。
「やだお気に入りだったのに……」
「俺だって今日初めて着たばかりで高かったのに」
(マジかよ……これからも大切に着ようと思ってたのに……)
さすがにこのまま食事を続けるべきか迷っていると、給仕の男がやって来た。
「お困りのようですね。そういったトラブルの時は、何事もなかったかのように平然とお食事を楽しまれるとよろしいですよ」
「そうなんですね! 分かりましたそうします」
(ウェイターさんが気配りしてくれて頼りになるなあ。普段の店とは大違いだ)
給仕がそういうのだからと二人は楽しい食事を再開することにした。モリモリとサラダを平らげていく。
より体が大きくなっていき、脂肪が蓄えられてきたのか肥え始める。頭からは角のようなものが現れつつある。
「それって角? オスらしくてかっこいいよ」
「えへへ。でも、そんなものあったかなあ……? 本当だ、角が生えてるけどかっこいいならいいか。それよりサラダばかりでちょっとあごが疲れてきたかも。ウェイターさんちょっといいですか?」
「どうされましたか?」
「まだまだサラダを食べたいんですけどあごが疲れてきちゃって、何かいい方法ってあります?」
「そうですね……それではいつものように口を縦に動かして咀嚼するのではなく、下あごを横に動かしてすり潰すようにして食べてはいかがでしょうか?」
「分かりましたそうしてみますね」
(うわあ、めちゃくちゃ食べやすい。知らなかったこんな方法があったなんて)
給仕に言われた通りにあごを動かしてみると確かに食べやすくしっくりきた。今までどうしてこの食べ方をしてこなかったのだろうかと感心したほどだ。
宏明と由香はまるで草食動物のように下あごを動かしてサラダを食べていく。より体は大きくなり脂肪が蓄えられていく。[newpage]
八皿目 サラダ
「追加のサラダをお持ちしました。よりお体を大きくするだけでなく、更なる変化を起こすの効果があります」
先ほどのやり取りで察したのか、給仕はこちらが頼まなくともともサラダを運んできたのだった。
「さっよりも多い!」
「さすが高級店だなあ。お客の考えてることを先にしてくれるなんて」
(やった! まだまだサラダが出てくるなんて。いっぱい食べちゃおう)
楽しそうではあるがやけに低い声になっている。二人ももっと食べたいと思っていたので願ったり叶ったりであった。しかも量がより増えていたので、それをガツガツと平らげながら水を大量に飲んだ。
(それにしても喉が渇くなあ……)
体はより大きくまるで人間ではないかのような体型になっていく。人ではない何かへと変貌していく。
よだれの出る量が多くなったのか口からだらしなく垂れるようになってしまい、辺りに野菜かすを散らかしてしまっているが、何も指摘されないので問題無いはずだ。
「お客様。失礼ではございますが口元にお汚れがついております」
「ああっすみません」
「ほらーちゃんとマナーを守りなさいよ」
「そういった時には舌で舐め取るとよろしいですよ」
宏明はナプキンで拭こうとしていたのだが、慌ててやけに太くて長い舌でほほについた食べかすをべろりと舐めてしまう。まるで牛タンのようである。
あやうくマナー違反をするところだったが、またもや給仕が作法を教えてくれたので宏明は安心して食事を続けることが出来て感謝した。不作法な若者を見下して注意するのではなく、真摯に対応してくれるこの店員をすっかり信用していた。
(見守ってくれていて何かあれば教えてくれる。ウェイターさんの言うことを聞いておけばマナーも守れるし大丈夫だ……メインはどんなのだろう。早く来ないかな……)
変化していく体に耐え切れず、服がミシミシ悲鳴を上げ一部が破れつつある。ナイフとフォークもなんだか持ちにくくなってきている。
「もしかして食器が扱い辛いのではないでしょうか? その場合は手づかみでお召し上がりいただいてもかまいませんよ。靴もきついようでしたらお脱ぎいただいてもけっこうです」
「えっいいんですか?」
「助かるなあ。なんだか食べにくいなって思ってた所なんですよ」
給仕がそう言ってくれたので二人は安心して手づかみでサラダを食べてしまう。靴も邪魔でしかなくなっていたので、乱暴に脱ぎ捨てると靴下さえも脱いでしまう。
「はあ楽になったわ」
「マナーって本人のためにあるっていうけど本当だなあ……」
(ナイフもフォークも靴もきゅくつで堅苦しかったもんな。マナーを守るとらくになるんだもん、ウェイターさんの言うことをもっと聞かないとな……)
つがいたちは礼儀正しくマナーを守り、床にもテーブルにも野菜を散らかしながら手づかみでサラダを豪快に片づけていく。[newpage]
九皿目 デントコーン
「こちらデントコーンでございます。家畜への第一歩として味覚、心身共に慣れていただきます」
調理用の大きなボウルに乾燥したとうもろこしの粒が山盛りになっている。デントコーンとは家畜の飼料用のとうもころしで、食用のスイートコーンのように甘くはなく、実の部分だけでなく茎や葉ごと牛の餌にするため栄養が全体に広がっているので美味しくはないものだ。
「へえ、ンモ……初めて見る……」
「モウ……何とも言えない味だけど悪くはないかな」
(見たこと無いし珍しいのかな。普通のお店だと出ないような珍しい物なんだろうなあ)
声が低くなったばかりか牛の鳴き声のようなものまで混じり始めた二人は、デントコーンへ手を突っ込むとこぼしながら下品に貪った。
牛のようによだれを垂らし反芻をしているが、給仕は何も指摘しないのでこの店のテーブルマナーとして問題無いのだろう。気がつくとジョッキではなく業務用の水のボトルが置かれていたので、口から漏らしながら大きな音を立ててそれを飲み込んでいく。
「食べ応えがあるモウ……」
「こういうのもあるんだモー……」
(不思議だなあ食べ物ですらない気がしてくる。でももっと山盛りに食べたいな……)
何だかか人としての意識さえも薄れてきたようで、本能的な食欲と睡眠と性欲のことばかり……特に今は食欲の事ばかり考えてしまう。もうプロポーズの事などどうでもよくなってしまっていた。
宏明と由香は牛の飼料を食べなれない何かとしてしか認識していない。やがて耐え切れなくなったひろ悪の服のボタンが全てはじけ飛んでしまったが、マナー違反ではなさそうなので気にならないようだ。由香のブラジャーもちぎれてしまい大きくなった胸が露出してしまう。
そして宏明のベルトでさえ壊れてしまい、パンパンにはち切れそうになったズボンから下着に包まれた股間の膨らみがよくみえるようになった。やけに湿っていて人間のサイズよりもかなり大きな膨らみだ。[newpage]
十皿目 大豆と大麦
「次はなんだろう?」
「何の野菜が来るのかな?」
(早く来ないかな。もっと食べたいな)
まるで牛の鳴き声のような低い声で二人はつぶやく。頭の中は食べる事でいっぱいだ。プロポーズのことも指輪のこともどこかへ行ってしまっている。
より大きく寸胴のような体型になっていく体のせいで、服のあちこちが破れ始めている。その姿はまるで人間ではなく獣のようである。
「大豆粕と大麦でございます。こちらも家畜として慣れ親しんでいただく必要があります」
完全に家畜の飼料であるそれがテーブルに置かれると、まるで動物のように二人は手で口にかき込んでいく。体や床にまき散らしながら、もっと口に入れたい、食べやすければいいのにというその思いが通じたのか、彼らの口と鼻先が厚くなり前に伸び始めた。
「モオォ……もっと食べたい……」
「ンモ……これで食べやすくなった」
(口が広がった……もっとたくさん入る……)
「お客様。そのお召し上がり方ですが大変お似合いですよ」
「モォ……そうですか? モウまいったな……」
給仕が後押ししてくれるので、こんなに上品なレストランでも落ちついて食事をすることが出来る。宏明と由香はガツガツと飼料を品性のないやり方で、その長く太くなっていく口に押しこんでいく。
飼料を食べるとより歪むように大きくなる体に服が破かれていく。骨格が牛に寄り始めたのか、四角い寸胴のような体型に変化していく。体はより変化してきながら二人は浅ましく食料を体に詰め込み続ける。
「ンモ……ンモ……」
敗れた衣服から覗く皮膚には白と黒の産毛が生え始め、指が蹄へ、手足の形状さえも牛の物へと近づいていく……口も鼻も角も大きく伸びていく。
「モウ……美味しい……食べたい……」
(もっと……もっと……たべもの)
だんだんと言葉さえ片言になっていき、人間から牛へ近づいていく。
宏明の下着が破れて男性器が露出すると、産毛の生えるやけにピンク色をした男性器は大きさも太さも人間の物とは思えないほど肥大化していた。[newpage]
十一皿目 野菜の盛り合わせ
「野菜の盛り合わせでございます」
いよいよボウルではなくレストラン用のサービスワゴンにプレートが乗せられ、その上に大量の野菜が置かれている。きっとレストラン側の粋な計らいなのだろう。まるでウエディングケーキのように高く盛られている。野菜の盛り合わせとはいうがクズ野菜も多く、明らかに動物の餌といった感じで盛り方も雑な物だった。
「ンモ……ウメ……」
「ンメ……ンメ……」
テーブルの上に野菜が盛られたプレートが雑に置かれると、つがいたちは顔を突っ込んで直接食べ始めた。
蹄に変り始めた手は使い物にならず、もはや椅子にも座ってられないのでテーブルに手を乗せ、動物が立ち食いをするような体制でクズ野菜を食べている。
(おれ……めし……くう)
飼料や野菜くずがテーブルの上どころか辺りの床に散乱し、水さえこぼれているがつがいたちが気に掛ける様子は無い。
「美味しい……」
彼らが野菜を反芻する音が室内を流れる音楽のように聞こえている。首が牛らしい太くて厚く伸びていき、それと同時に口と鼻も厚く伸び切って牛のマズルのそれになる。 髪の毛が抜け始め、水はバケツに入れられそれに顔を入れて飲むものだから音を立てそれらが辺りをより汚した。
(ほしい……めし……)
立ち上がったことでぶら下がることになった宏明の睾丸は、ピンク色になってより牛らしい楕円形に肥大化している。
ペニスは白い毛に覆われ腹部の方に伸びていき、細く長く変形していく。
由香の下半身も湿り気を増しており、巨大化した胸が下腹部へと移動していて、乳首の数が四つに増えていた。
「んも……ンモオ……もっと……」
「ンモオー……モオー……」
服は牛の体にあちこち引き裂かれてすっかりボロボロになってしまっている。手足が蹄として出来上がってしまう……牛の鳴き声が多く混じるようになる。[newpage]
十二皿目 干し草
「干し草でございます。今のお体にちょうどいいのではないでしょうか」
サービスワゴンに干し草が盛られて運ばれてくる、それがほとんと片付いたクズ野菜の上に乱暴に乗せられた。そのテーブルの上に牛のような何かが体重をかけているので今にも壊れそうになっている。
(たべたい……もっと……みられててあんぜん……)
二人は干し草を何の疑いもなく無言で食べている。無言というよりもすでに人の言葉が発せなくなっていたのだった。
人間としての意識は遠のき自分が何であるかもよく分からなくなっている。そんなことすら考えられなくなり目の前の餌を食べることしか頭になかった。
「……」
頭の角は立派になり首もだいぶ牛らしく変形してしまっている。髪の毛はだいぶ抜けてしまって、目も横に移動してしまったので頭部の形状はほぼ牛になってしまった。
体は歪に肥えて大きくなり、四角い牛のような体型により近づいたのでついに服が全て破れてしまい床に散らばった。
全身の産毛は濃くなり毛皮となって皮膚を覆い隠している。
(おれ……めし……もっと……めし……)
骨格と体型の変化に伴い胸と腹の境目もよく分からなくなり、宏明の乳首は潰れて広がるように消えて見えなくなってしまう。
「モオオオオ……モッ!?」
二匹の体重の増加に限界を迎えたテーブルが壊れてしまい、牛のようなものらは床に転がされてしまう。[newpage]
十三皿目 家畜用飼料
「飼料をお持ちししました。こちらには特別な味付けがしてありますのでご期待ください」
給仕が業務用の台車で飼槽を運んできて床に無造作に置いた。
中にはデントコーンや大豆粕や大麦などが入っている。粉末も多く完全に家畜の餌が運ばれてきたようだ。
牛たちはそれを四つんばい……四つ足の家畜に四つんばいというのも妙ではあるがその姿勢で食べ始める。
「モオォーーー……」
(えさ……えさ……)
二匹に人としての自我はもはや無く自分がなんであるかさえ分かってはいない。目の前にあることしか考えられないだろう。こうなっては人間ではなくただの家畜でしかない。
手足の先は蹄でしかなく、体つきも牛そのものになってしまっている。髪の毛は全て抜け落ち、目には白目の部分が見られず頭部も牛そのもの。その身体全てを白と黒の斑模様の毛皮が包んでいる。
オス牛の股には巨大な睾丸が、メス牛の下腹部には大きな乳房がぶら下がっている。
宏明と由香は完全に牛の姿に変えられていた。
「モーーー……」
二匹の牛は牧場にいるかのようにのんびりと飼料を反芻していたが、少しずつ呼吸が荒くなっていき様子がおかしくなり始める。
高い声で鳴きお互いに体を寄せ、 相手を舐めたりキョロキョロしたりと……初めての体の生理現象に戸惑い落ちつきがなくなったようだ。きっと食欲も満たされ次の欲求の出番が来たのだろう。
「失礼します」
片腕を全て覆うような長い手袋をした給仕が由香の後ろに立つと、躊躇無く肛門へ片腕を突っ込んでしまう。肛門に人間の腕が簡単に入っていくが、牛の体格差なら何も不思議な事ではなかった。
「モッ!?」
まだわずかに人間らしさが残っていたのか由香は戸惑い恥じらうような反応を見せたが、給仕の男は淡々としておりただの作業として真剣に触診を行い腕を肛門から引き抜いた。
「モッ……」
「上手く発情したようですね。これならいいでしょう」
「そんな説明しても分からないんじゃないです? ほんと真面目っすね……」
どういうわけか作業用のつなぎを着た男たちが給仕にそう言った。給仕は軽く合図しただけで作業を進めていく。[newpage]
十四皿目 デセール
「これより本日のデセールを行います。デセールはフランス語でお皿や料理を片づけるという意味があり、お客様には交尾をしていただき受精されましたら全てを片付けさせていただき、それにてコースは終了となります」
給仕はあくまで仕事としての態度を崩さないでいる。それを知ってか知らでか宏明は由香のそばに立っていて、雌の生殖器の匂いを嗅ぐという牛には見られないような行動を行っていた。
由香も宏明の性器を人間がしてやるようにするように舐めまわしている。家畜同士のくせに初々しいような恥じらいがどこかに見て取れたが、やがてそれらは見られなくなるのだろう。
発情した雌牛の生殖器からはねばねばした透明な液体が垂れて来ていて、雄牛の性器は舐められてるとはいえフェラチオのようにはいかなかったが、雄をその気にされるのには十分だった。
そしてやがて本能の赴くままに雄牛は前足を高く上げ雌牛に乗ろうとした。
「モッ!」
だがうまく乗れないで何度乗ろうとしても上手く行かなかった。お互い今の体にも交尾にも慣れてないせいだろう。作業着の男たちが雌牛の体を押さえつけて雄が乗りやすいようにしてやるとなんとか乗ることが出来た。家畜は交尾すら上手くおこないのである。
「モオオ!」
だが腰を振っても振っても、白い毛皮に包まれたさやからやけに細長いペニスがニョロニョロ飛び出しては戻ったりを繰り返すだけで、なかなか雌牛の生殖器に入らないでいる。
「ほれ頑張れよ」
それも作業着を着た男が慣れた手つきでさやを誘導するように動かしてやると、すんなりと入れることが出来た。
ペニスの先端が肉壁に触れると興奮した雄牛は跳ねるようにドスンと腰を目いっぱい前に突き出した。
「モオオオオ!」
ペニスが雌牛の生殖器に入ると強い快感が発生して、雄牛が全力で飛びあがりながら腰を前に突き出し犯す。何度も何度も腰を動かし性器と性器をこすりつけ刺激を促す。
通常であれば牛の一突きと呼ばれるように一瞬で終わる牛の交尾なのだが、元人間だからか牛になりたてのせいか宏明は何度も腰を振り、由香はそれを艶めかしく受け入れている。
「ンモオオオ!」
牛の巨体が揺れ雄と雌が腰をぶつけあう。ただの家畜だというのに、まるで人間のように快感を求め感じているようだ。しつこいくらいに雄牛は雌牛に対して人間のように小刻みに腰を振った。障害があるのではと疑いたくなるほど絶頂せずに雌牛を犯し続ける。
「モッ!!」
それでもさすがに絶頂が訪れてしまい、雄牛はジャンプするように腰を前に突き出す。雄牛の後ろ脚が破れて散乱したジャケットの下にある指輪の入っていた箱を踏みつぶし、その状態で震えて硬直すると雌牛の中に種がぶちまけられた。
「モ……モオ……」
二匹の牛はブルブル打ち震えて硬直している。それからしばらくは余韻に浸っていた二匹だが、再び交尾を再開する。何度も何度も雄牛は腰を振り雌牛を犯し、精液を放出し、結合部から汚らしく混ざり合った粘液がこぼれて床を汚す。指輪の入っていた箱は何度も踏みつけられたせいで、精液と飼料と混ざったぐしゃぐしゃの泥のようになってしまう……。
「モオオオ!」
「モオオオ!」
牛は交尾中に鳴いたりはしないのだが、二匹はやかましく鳴いている。すでに知能も下がり人格も消えてしまっているのだが、知性や人としての人格を精液と共に出してしまうかのごとく何度も犯しては射精してしまっていた。
「げっまだやるのかよ。一回目で受精しただろうからもういいだろうに」
つなぎを着た男の一人が呆れたようにつぶやく。仕事が長引くのを嫌っての発言だろう。
「受精は間違いなくしてるだろうし辞めさせてもいいんじゃないか?」
「いや、楽しんでやる交尾はこれが最後になるんだ、好きなようにさせてやれ。それに運ぶのにおとなしい方がいいだろ?」
給仕の男がそう言うとつなぎを着た男たちは何も言わなかった。
「ンモオ! ンモオ!」
牛の交尾はありえないほど続き、細長い牛のペニスが大きくて広い雌牛の生殖器に出入りを繰り替えし、ピンク色をした巨大な楕円形の牛の睾丸がスイングされる。まるで今までの人生を消費していくかのような交尾であり、実に熱のこもったものだった。
牛の交尾であるので一突きが鋭く力強いもので、やがて本来の牛の交尾のように一突きで射精するようになった。それを何度も連続で行っている。
この交尾中にも変化は続いているのだ。腰の動きも普通の牛の交尾の物に近づきつつあった。
これまでの人生を、これから訪れるはずだった幸せを、雄牛の精液に変換するかのように射精し続け、雌牛の中に中出しし続ける。
「モオオオオ! モオオオオ!」
一突きごとに射精しているので、接合部から精液が垂れ流しになり汚い幸せの水たまりを作る。雄は雄々しく鳴き、雌は喘ぐように鳴いた。それが普通の牛の交尾にだんだんと近づいていく。少しずつ穏やかに静かになっていく。
牛は黙々と交尾をしながら全てを失い、何もかもが普通の牛になっていく……。
「……」
最後に通常の牛の交尾のように、ドンッ! と、雄牛が目いっぱいの全力で飛び上がりながら一突きして交尾が終わった。
給仕の男が牛たちが落ち着いたのを確認すると、他のスタッフが牛を外に連れ出し家畜運搬用のトラックに乗せてしまう。トラックが動き出し二匹の牛はそのままどこかへと運ばれていってしまった。
「やっと終わりやがった」
面倒そうにつなぎを着た男がそそくさと片付けに入り始めた。
「大きいと運ぶのも片付けも面倒だから毎回鶏にして欲しいぜまったく。修繕費用だって馬鹿にならねえってのに」
「今回のはなんか長かったよな」
「牛のつがいだと変化や交尾で特に部屋が荒れるからなあ……」
ここは表向きは普通のレストランなのだが、実際は訪れた若い客を繁殖用の家畜に変えて方々に流している組織の拠点の一つであった。
「おっ指輪か……めちゃくちゃになっててもう使い物になんねえな」
「分かってると思うが客の私物には手を出すなよ」
給仕の男が他のスタッフに冷たい物腰で釘を刺す。私物の類は痕跡として足のつく可能性が高いので全て処分する手はずになっているのである。
もったいないないと思いつつも、ひしゃげた指輪も他のごみと同じようようにゴミ袋へ放り込まれる。
「気の毒だが繁殖可能になるまで費用もかからず寿命も人間並み。そして産まれた子は上質ときている……こんなに儲かるんだから仕方のないことだ。繁殖専用で肉にされることは無いんだから、せめて余生はのんびり過ごしてもらおうじゃないか」
誰に言うわけでもなく給仕の男がそうつぶやく。繁殖用の家畜を出荷しているので食肉用に屠殺されはしないのだからいいだろうと言い訳をしているようにも聞こえる。
家畜を買う方の客にも厳しいルールがあり、もしも守らなければ商品にされてしまう決まりだ。今までにも何人かが『商品』にされている。
「そういえば馬を専門に扱う所もあるらしくてな。特に馬のチンポだけを扱う所もあるんだとよ。お前らもそうはなりたくなければ決まりはちゃんと守れよ」
「はい!」
嘘だろと思いつつも他のスタッフはその様子を想像して恐怖しながら片づけをてきぱきとこなした。
宏明と由香は何か悪いことをしたわけでも決まりを守らなかったわけではなく、偶然この店を選んでしまっただけだった。
そしてこのレストランには、どちらもの客の予約がこの先もまだまだ埋まっているのであった。