口に出る

  「貴和、怖い映画観ない?」

  そう誘って来たのは、ちょっとお酒の入った千秋さんだった。

  絶対、からかってる。

  俺が怖いの苦手なの知ってる癖に。

  お化け屋敷も、怖い話も、映画とかもダメなのに…。

  「……千秋さん、観たいんですか」

  硬い声で聞けば、千秋さんは僅かに目を輝かせた。

  「どうかな〜、正確には、貴和の泣き顔が見たい。」

  こんのドSが。

  「…観たくないけど観ます」

  「良い子だね〜、貴和、“Good boy”♪」

  「……っ」

  千秋さんはお酒が入ると、余計に俺に甘くなる。

  だから普段なら俺が嫌がることは絶対しないし、むしろ俺に尽くしまくる。

  それはそれで少し困るけど、嫌なことをされるよりマシだった。

  うきうきといつの間に借りたのか、DVDをセットする千秋さんを見て思う。

  …よりによって、何でホラーの方に転がったんだよ…。

  俺は昔のトラウマから暗闇が苦手で、たまにかなり悪い事をした時に千秋さんに閉じ込められると、泣く。

  キツすぎるし、いつもすぐには出してもらえないから我慢してても泣くし、何よりその前のお仕置きが厳しいから大体既に泣いてることが多い。

  だから暗闇と関係するホラーも大の苦手で、とにかく、怖いものが無理だった。

  お化けはもちろん、殺人鬼とか、鬼とか、…グロい虫とか映画とかも無理。

  吐く。

  てか、何でそんなの好き好んで見るんだよ。

  皆よく吐かないな…。

  お化け屋敷なんて入ったら怖過ぎて漏らしそう…。

  少し前の夏千秋さんと入った時は大泣きして千秋さんが頑張って宥めてたっけ…。

  …お仕置き以外で泣かせに来るのって…酷くない?

  やっぱりドSだ。

  「なぁに?」

  「へ?」

  「ドSなんだぁ。」

  「っ!」ビク。

  「ご、ごめんなさ…」

  やば、口に出てたんだ。

  焦って謝ると、千秋さんはにこぉって笑った。

  ちょー怖い。

  「貴和ホラー苦手だから顔隠してもいいって思ってたんだけど、観たいんだったら観ていいんだよ?」

  …っずる。

  大人ってずる。

  いや、千秋さんの性格の問題よ。

  汚いなやり方…。

  「わぁ、すっごーい。」

  「ぇ、何…「頭の中身ただ漏れてるんだけど、大丈夫?そんなに泣かされたいなら、別にDVD観る前にお仕置きでもいいんだよ?お口ちょっと悪いしね。」

  千秋さんの言葉に僅かに目の前が滲む。

  いくらなんでも意地悪すぎないか…。

  「…っ…意地悪…」

  悔し紛れにそう零せば、千秋さんが眉を上げた。

  「…貴和、Playする?」

  は?

  この流れで何でそうなるの?

  「欲求不満じゃない?今」

  「確かに少しイライラしてますけど、それは千秋さんが…「Playしたいの、私がね」

  じゃ何で聞いたの…。

  「…貴和、“Come”」

  千秋さんのCommandに、俺は仕方なく千秋さんの近くに行く。

  「貴和…“Kneel”」

  ドクン。

  千秋さんの足元に跪けば、何故だか、空っぽの心が満たされた気がした。

  俺も欲求不満だったらしい。

  「“Good”。“Good boy”、貴和。良い子だね。」

  ぁ、ふわふわする…。

  「貴和は良い子だよね。私の大事なパートナーだ。」

  何故だろう。

  言葉にしてもらえることが、こんなにも嬉しいなんて。

  気が付かなかった。

  言葉にしてもらうと、安心出来る。

  あぁ、愛されてるんだって、ほっとする。

  それが必要なんだろうな、少なくとも俺には。

  俺は千秋さんに依存している。

  前から自覚はしていたけど、千秋さんの言葉に揺さぶられるのに気が付いたのは最近だった。

  千秋さんが悪い子と言えば俺は悪い子で、良い子と言えば良い子だ。

  俺には、千秋さんの言葉が全てだ。

  千秋さんがパートナーで、Domである以上、そして何より、俺が千秋さんを尊敬し、信じている以上、絶対的な信頼関係が崩れることはない。

  そして、それが崩れたら、俺達の関係はそこで終わる。

  底なし沼のように、ドロドロしていて、深い。

  だけど、そこがいい。

  千秋さんに支配されることが、俺の幸せだ。

  「…貴和、“Present”」

  「……」

  「乳首、見せて?」

  「っ!」

  顔に熱が集まるのを感じた。

  それでもCommandだから、ゆっくり、ゆっくりとシャツを上げていく。

  「はぁ……はぁ…」

  恥ずかしいのに、興奮している自分がいた。

  「うん。ちゃんと聞けて偉いね。」

  ぺろ。

  「っぁ……」

  晒したそこを千秋さんが舐める。

  「っひゃ……ぁ…やっ……」

  甘噛みしたり、指で擦ったり引っ掻いたり。

  弄ばれたそこは、じくじくと熱を持つ。

  「っ……ぃやだ……」

  静かにそう言うと、千秋さんは意地悪そうに笑った。

  「貴和…“Feel”」

  ドクン。

  「へ…」

  ぺろ。

  「っんぁ……」

  カリ。

  ビクン!

  「ぁっ!……」

  新しいCommandを言われた瞬間だった。

  “Feel”、つまり感じろ。

  Pray中に、指示をする英語なら、Commandはいくらでも増やせるのだった。

  「はぁ、はぁ…い、じわる…」

  肩で息をして、涙を溜めながら睨むと、千秋さんは呆れたように笑った。

  そこにも僅かな優しさがある。

  「貴和、“Ride”」

  今日、なんか新しいCommand多くない?

  少し不安になりつつ膝に乗る。

  うつ伏せにされて、何をされるか大体予想出来た。

  「っ何で…悪い事してないもん…」

  半泣きでそう言えば、見てもいないのに千秋さんの口角が意地悪くつり上がった気がした。

  「悪い事してない、ねぇ。お口悪いし、意地悪意地悪ってPlayに文句ばかりだし、ずっと良い子とは言えないかなぁ。」

  「っふぇ……」

  僅かに叱られた感覚があって、涙がポトリと落ちる。

  「可愛い」

  顔を見れば、俺の涙を手で拭った千秋さんは、満たされたように笑ってた。

  それが、ほんのちょっと嬉しくて、耐えられそうな気がする。

  「っ千秋さ…」

  「んー?」

  「じゅ、10回!」

  「ふふ、貴和が数を決めるの?」

  「だっ……て……」

  怖くなり、ふるり、と身体が震える。

  お仕置きは嫌だ。

  痛いのも、怖いのも嫌いだ。

  早く終わらせて、甘えたい。

  「まぁいいか。別にお仕置きって訳じゃないし。」

  そう言うと、千秋さんは足を組んだ。

  「っ!なんで…」

  足を組むと、お尻が上がる。

  皮膚が張って痛みをより感じるから、好きじゃない。

  「だって、10回でしょ?」

  始めるよ、そんなひと言で、体が強ばる。

  パン!

  「ぃ…」

  バシ!パァン!

  「ぃ、いた……」

  バチン!パン!

  「いたぁぃ……」

  バチン!

  「っ!!そこやぁ!」

  パァン!バシ!

  「っううぇええっ!」

  パァン!パン!

  「わああぁん!」

  いつもより全然短いのに、俺はわあわあ泣いていた。

  だって…足は組むし後半の5回は足の付け根を叩かれた。

  怖かったし、痛かった。

  「うぇえぇっ」

  「貴和、何か言う事あるでしょう?」

  「…っ…」

  バチン!

  「つっふぇえ…」

  「泣いてもダメ。何て言うの?」

  「っグズ……言わな、」

  「そう。なら道具使うしかないね。」

  ビク。

  「や、やだぁ!」

  「なら何て言うの」

  千秋さんはちょっと疲れたように、呆れたように聞く。

  「っ……ごめ、なさぃ……」

  不貞腐れたように言えば、抱き上げられて、立たされる。

  「っ〜」

  千秋さんが目の前にいるのに抱っこをしてもらえないのが悲しくて、ボロボロ涙が出てくる。

  「っぇ……ふぇえ……」

  目を擦って泣いていても、千秋さんは俺の片手を握ったまま何も言わない。

  「……っごめんなさい……ごめんなさいぃ……」

  俺がようやく謝ると、千秋さんはすぐに俺を抱き締めた。

  俺が待てに弱いの知ってるから。

  あんまり我慢できないのも、痛いの嫌いなのも、ごめんなさいが言えないのも、意地を張っちゃうのも知ってるから。

  「おしまい。偉かったね、よく我慢出来た。」

  すぐに俺を抱き上げてアフターケアをしてくれる千秋さんは、優しいと思う。

  でも、力強かったし、絶対お仕置きのつもりだった。

  鬼だ…。

  「…貴和ー?」

  ビクゥ。

  「すぐ口に出すのやめなさい。」

  抱き締められたままペチンとお尻を叩かれ、新たに涙が浮かぶ。

  「っぇ…」

  「ごめんなさいは?」

  「っグズ……ごめ、なさ…」

  さっきも言ったばかりなのに…学べ俺。

  お尻は凄い痛いけど、この甘い時間があるならまたやっても悪くはないな。

  END