「ごめんね……君は……誰かな…?」
思考が停止して、ただ涙が頬を流れる。
どうしたらいいか分からなくて、とりあえず俺はゆっくり千秋さんから離れた。
「千秋!」
後から入ってきた涼介さんも、千秋さんの状態に驚い…─「涼介、」
…ぇ?
「お前っ心配かけやがって、!」
…何で…どうして…?
「ごめん……“俺”…何で入院してるんだ…?」
……どうして、…涼介さんのことは覚えてるの…
「…黒木…来い」
海斗先生に呼ばれるけど、固まった身体は動かなくて、馬鹿みたいな顔をして千秋さんを見つめていた。
「……ほら、おいで」
優しくそう言われ、肩を抱き寄せられて病室から出た。
その時さえも、視線は千秋さんの顔から離れなかった。
「……」
「……もう、我慢しなくていい」
東棟の方まで呆然と歩いてきたけど、どうしたらいいかも分からず足を止めた俺に、海斗先生がそう言った。
その一言で、呑み込んでいた全てが溢れ出てくる。
「……っひ……ぅ"……ぁぁぁっっ」
「……」
「なん、で…っなんでぇ、っ……ちあ……げほげほ」
「……」
「ぢあぎさぁぁっっやだぁぁぁぁっっ!、」
「……」
海斗先生は、何も言わず、ただそばにいてくれた。
時々背中をさすってくれた。
なんで忘れちゃうの?
ずっと待ってたのに
ずっとずっと信じて待ってた
目を覚ましてくれたのに…なんで忘れてるの…?
千秋さんなのに……千秋さんなのに……
「ふぅえぇっ……やだぁぁ……」
千秋さんじゃないみたい。
「ぁれ……たかじゃない?」
「こら、指差すな」
「たか〜!どしたの〜?
四葉見つけた〜?」
「呑気か」
近付いてきた声と足音に、それでも顔を上げられずにいると、横からチラッと顔を覗いた翔が困ったように優しく笑った。
「ありゃりゃ
何があったの〜こんなに泣いて」
よしよしと、抱き締められて、また涙を零す。
「…どうしたんだ」
ひいりさんの言葉にも何も言えず、ただただ泣いていた。
海斗先生がひいりさんに説明しているのを感じながら、翔に話す。
「っぐず…ちあ、きざんが……」
「うんうん〜」
「目、ざまじだのに…」
「うんうん」
「お、おれのっごど……わずれでるっっ
うぇぇ……」
「……そっかぁ…」
翔は悲しそうに目を伏せて、俺の背中をトントンしてくれた。
「うぁぁぁぁっ」
「よーしよーし
いっぱい泣いて辛いの、全部出しちゃお〜」
「うわぁぁぁん!」
それから、海斗先生とひいりさん達に慰められながら、俺はずっと泣いていた。
身体中の水分が出てしまって、枯れ果てるんじゃないかってくらい。
それでも、涙は止まらなかった。
胸の中の苦しさが無くなるまで、俺は声を上げて泣いた。
「……ん…」
「ぁ、起きた!」
「頭に響くだろうから静かにしてやれ、翔」
「分かってるよ(*ˊᗜˋ)」
目を覚ますと、病室のソファーの上だった。
どうやら泣き疲れて眠った俺を、海斗先生がひいりさんの病室まで運んでくれたようだ。
「おはよ〜
大丈夫?」
顔を覗き込んできた翔の顔をただ見つめていると、俺の横に回った翔にペットボトルを渡された。
「いっぱい泣いたから水分足りないでしょ〜?
冷たいお水飲も〜」
ペットボトルを開けて水を口に含むと、思ったより喉が渇いていたのか、直ぐに半分ほど飲んでしまった。
「フフ、よしよし」
「…翔、」
「だって可愛いじゃん
お世話したくなっちゃう」
「動物じゃねぇんだから…」
「でも、頭撫でられるの嫌いじゃないでしょ?」
そう聞かれて小さく頷く。
確かに嫌いじゃない。
むしろスキンシップは好きな方だ。
それでも、千秋さんの手とは違う。
言っても仕方ないことだから言わないけれど、長らく感じていることだった。
「……海斗先生が目覚めたら話したいって言ってたぞ」
ひいりさんの言葉に、俺は2人にお礼を言って病室を後にした。
[newpage]
先生に連れられて、泣いていた男の子が病室を出ていく。
「……涼介」
「ん?」
「あの子は…?」
千秋の言葉に、涼介は一瞬目を伏せてから、切なそうに言った。
「……お前の、恋人だよ。」
その言葉に、千秋は驚き、戸惑う。
「ぇ……、、?
でも……俺は…」
千秋は同性愛に嫌悪感はないものの、未成年に手を出すような人ではなかった。
「…未成年に手出す趣味ないんだけど……」
呟かれた言葉に、涼介が寂しそうに笑った。
「…そうだな」
「…そもそも、俺、何で病院に?」
千秋の疑問に涼介が答える。
「事件に巻き込まれて、意識不明で搬送されたんだ。
その後3ヶ月、昏睡状態だった。」
「なんか…凄いね……」
千秋が不安げな顔で涼介を見ると、涼介は愛斗先生を振り返った。
「詳しいことは、月守先生が説明してくれる」
その言葉に愛斗先生が前に出る。
「神代さんは、さっき出ていった男の子を庇って、怪我をし、意識を失いここに運ばれてきました。
長く昏睡状態だった為、体を動かすのに少しリハビリが必要ですが、その他の健康状態には、特に問題はありません。
食事はゆっくりするようにお願いします。
何かあれば、呼んでください。」
仕事があるので失礼しますと、愛斗先生は看護師と退室して行った。
「……そうだったんだ…」「…あぁ」
少し沈黙が流れるが、千秋が口を開いた。
「…やっぱ、気になるな…あの子」
そう呟いた千秋に、涼介は切なそうに目を細める。
「……スマホ、見てみたら?
写真くらい撮ってあんだろ」
涼介の言葉に、千秋は枕元にあったスマホを手に取る。
ロック画面を開くと、見覚えのない写真。
あの子と千秋が、幸せそうに笑っていた。
(……)
フォルダを開くと、たくさんの写真が…
あの子の寝顔、仕事の資料、空の雲や虹、夕飯など
けれど、そのどれも、覚えてないものばかり…
「………どうした」
「……わ、かんない…」
「…大丈夫か?」
「……あたま…いたぃ……っ」
顔を歪めてそう言った千秋に、涼介は優しく身体を押して、横にならせた。
「少し休め。無理して思い出そうとしなくていい。
焦って悪かった」
「うぅん……俺、…なんで覚えてないんだろ…」
泣きそうなその声に、涼介は答えてやることが出来なかった。
「……おやすみ」
「…側にいて……」
「あぁ」
「ひとりに…しないで………」
消え入るような願いに、涼介は千秋の頭を優しく撫でた。
「……どこにも行かねぇ
お前が黒木を思い出すまで、ずっとそばにいるよ」
でもな、と胸の中で呟く。
(………1番お前の隣にいたいのは、俺じゃないんだ
“あの子”なんだよ、千秋…)
だから…早く良くなれよな…
涼介は、涙がぽたぽたとてのひらに落ちるのを感じながら、胸の痛みに耐えていた。
続く