第2話 ニューハーフのヘルメェスは夢を語る スウィートバウム連続下着泥棒事件6

  ヘルメェスのお願いとはつまるところこういう事であった。

  ひとつ、冒険者達に「ヘルメェスは下着泥棒事件の情報を持っていないと積極的に広め、ブラダ・ランジェリーショップの店長が怪しいという情報を流す」という事。

  「冒険者相手に嘘の情報を流せって言うのか?」

  「あんた冒険者でしょ? 他の冒険者なんて出し抜いてなんぼじゃない」

  ヘルメェスは見たところリャンと歳が変わらない。

  古いタイプの冒険者、というよりも最近の冒険者が公平性を重んじ初めているのであろう。

  イチとしては同業の冒険者に偽の情報を流すのは心苦しい物があったが、その同業の冒険者がヘルメェスの営業を邪魔しているという事もあって、渋々承諾することにした。

  シーナにでも言えば次の日には某支部の冒険者中に広まるだろう。

  「しかし、ブラダ・ランジェリーショップに何か恨みでもあるのか?」

  「あそこの店主、嫌いなの。この前あの女、散歩中の犬の糞をわざとうちの店の前に放置したのよ。ほんと嫌んなっちゃうわ」

  イチはこの件に関して深く考える事を放棄した。

  こういう場合、ヘルメェスもブラダ・ランジェリーショップに何かしらの瑕疵がある場合が多い。

  そして、もうひとつのお願いというのは。

  「あんたのそのブラ、しばらく着けてみてどんな具合だったか報告に来て頂戴。そうね、1カ月後くらいかしら」

  「そんな事ならお安い御用だが…」

  「何よ。大事な事よ」

  ヘルメェスが言うには、今後に備えて中等ではあるが高級感を感じさせる新たなランジェリーの販売を考えているとの事であった。

  現代で言うプチプラブランドのようなものをこのランジェリー作りの天才はこの時代既に構想していたのだから、その先見の明には舌を巻く。

  「あたしはね。ランジェリーが好きなの。美しい女性が綺麗なランジェリーを身に着けているのを見ると、どんな宝石を眺めるよりも心がポウっと明るくなるのよ」

  イチ達は店の奥にある彼が休むための休憩所でテーブルを挟み会話している。

  ヘルメェスは気難しいが人間としては良くできている人物でもあったので、さりげなくイチに紅茶を出し、その味は上品であった。

  「勿論、貴族やお金持ちに良いランジェリーを売ってるほうが儲かりはするわ。けどね、あんたちみたいな貧乏人でもお乳に優しくて可愛くて綺麗なランジェリーを着けられる世の中になったら素敵じゃない」

  イチは目の前の漢がそこまで深くランジェリーの将来を考えているとは思わず、素直に関心した。

  関心もしたが、ここまでランジェリーを愛する人間であればもしかしたらランジェリーを盗む人物の気持ちがわかるのではないかとも思い、疑問をぶつけてみる事にした。

  「ヘルメェスさん。あなたの考えは素晴らしい。私も応援できたらと思うよ」

  「あら、ありがとう。嬉しいわ」

  「しかし、こんなに良い下…、ランジェリーを作っていたら今騒がれているランジェリー泥棒の被害にも遭うんじゃないか?」

  ヘルメェスは紅茶を啜りながら化粧で黒く縁取った目を光らせた。

  イチがおべっか交じりに情報を聞き出そうとしている事など、ヘルメェスにわからないわけがない。

  が、ヘルメェスというのは気難しくあれど少しでも話した人間には情が移るのかそれを知ったうえでイチに答えた。

  「これも何かの縁ね。役に立つかはわからないけど教えてあげるわ」

  ヘルメェスが言うには、世の中には女性が履き古したショーツに興奮する性質の人間がいるという事だった。そんな発想がなかったイチは些か奇妙を感じたに違いない。

  それ故にそういうランジェリー泥棒は新品の下着に関心がないという事も考えつかない事であった。

  「履き古したショーツに? そんな妙な連中がいるのか?」

  「正直、私はその気持ち、少し解るわ。私、女の子が好きよ。好きな子の着けたランジェリーなら、欲しいのはわかっちゃう」

  「そんなものなのか」

  イチは今まで人に恋した経験がない。

  だがヘルメェスの感性を否定する気もなかった。

  また、少し話しただけでもヘルメェスという人間の魂の性質がなんとなく知れたので、彼女の性別と恋愛対象に対しても特別疑問は湧かなかった。

  「あんた良い子ね。私の趣味じゃないけど、だから助けてあげたくなっちゃったのかしら」

  「どういう事だ?」

  「私、身体は男だけど女の子の格好がしたかったの。だからお医者に頼んで女の子の姿に近づけたわ。けど、そんな私をバケモノだの、異常者だの言ってくる人も多いの。悲しいわ。誰にも迷惑なんてかけてないのにね」

  ヘルメェスはそう言ってまた紅茶に口をつけた。

  「あんたはね。そういう色眼鏡みたいなの、ないじゃない。珍しいわよ」

  「そうなのか?もしかしたら、昔の記憶がないからかもな」

  「あら、そう…」

  ヘルメェスはふと外の方に目線を送った。短い間とは言え店の看板をクローズにしている。それが気がかりなのだろう。

  「セクサティギーの舞踊通りにアンテ・ショコラって名前の店があるわ。そこでワーコルって名前の蛙人を探しなさい。あたしの名前を言えば会わせてくれるはずよ」

  セクサティギーはスウィートバウムからやや離れた歓楽街であり、バルティゴでも有数の賑わいを見せている街だ。

  「セクサティギーか…。あそこは苦手なんだよなあ…」

  「冒険者が甘いこと言ってんじゃないわよ。さ、いつまでも休んでらんないわ。行ってちょうだい」

  それ以上ヘルメェスの商売を邪魔したくもなかったので、イチはそのまま店を後にした。

  ヘルメェスブランドの瑠璃色のブラジャーを着けたまま。

  ____下着ひとつとっても私の知らない世界があるんだな。ちゃんと着心地を伝えにまた来よう。

  イチは少しだけ新たな知見を得られた事と、事件の解決のヒントを得れた事。何より感動的な着け心地のブラジャーを手に入れた事で充実していた。

  その後、彼女がヘルメェスの願いを忘れずにシーナ・アハトゼヘルに偽の情報を伝えた事により彼女の調査はまた新たな展開を見せるのだそれはまた次の節から始めることにしよう。