3話 イチ、お花摘みに行く チリビーンズの食レポもあるよ パーティを追放(以下略)5

  ちょっとした珍事はあったものの、5人は再びユーカイの村を目指し馬を走らせた。

  ユーカイの村はまだ遠く、気が付けば陽が落ちている。

  イチ達はブリーフィングの際に予め目星をつけていた『黒の森』の中でも小高くなっていて見晴らしのよい場所を見つけると、テントを張って野営する事にした。

  この場所は周囲の見晴らしも良く、近くに泉もあり何をするにも都合がよい。

  各人、テントを張って火を起こし夕食の用意をした。

  イチは野営する際、できるだけ味の良い食事を用意する事にしている。夜に焚火に当たりながら食事を摂るのはイチの密かな楽しみでもある。

  今日の夕食の為に用意していたのは最近マーケットで新しく発売されたチリビーンズの缶詰だ。

  5人は焚火を囲むようにしてそれぞれの食事を摂っている。

  パルテルラットは何かのスープに干し肉を浸してふやかすと、豪快に嚙みちぎっている。

  タオ・メイメイは加工した燕麦で作った粥に削った干し肉を入れて不機嫌そうな顔で啜っている。

  ホーイッツはハムとチーズ、生野菜を挟んだパンを食べた。

  ピィピはベジタリアンなのだろう、ナッツを主食にしつつ人参を炎で炙り塩をふっていた。

  イチは予め鍋にお湯を張り、蓋を開けた缶詰を湯煎であたためると缶の熱さに苦労しながらも中身をスプーンで口に運んだ。

  ____うお、これは中々強烈な味だな。大粒のひき肉がかなり塩辛いぞ。辛みもなかなかパンチが効いている。豆は煮すぎてるのか粒感とコクはあんま感じないな。調味料で誤魔化してる感じだ。悪くないが、単調な味だな。

  イチは難しい顔でチリビーンズを咀嚼すると「そうだ」という顔をして今朝食べたパンの残りを取り出した。

  ____おお!パンと一緒に食べると塩辛さが和らいでコクを感じられて中々悪くないぞ!いける。いけるじゃないかこの缶詰は!

  「あんた、ずいぶん美味しそうに食べるじゃない。ちょっとわたしにもよこしなさいよ」

  実に美味そうに食事を楽しむイチを見て羨ましくなったのかタオ・メイメイがチリビーンズをねだった。

  「ちょっとだけだからな」

  イチは食い意地が張っている。

  内心、自分が食べる分が減ってしまう事を嫌ったがメイメイの気分を損ねたくなかったので仕方なくスプーンひとすくい分だけメイメイの椀にすくって入れてやった。

  「なによ、これっぽっちなの? まあ、いいわ」

  自分が思ったよりもイチがわけてくれたチリビーンズが少なく、メイメイは不満げな顔をしながらも赤く煮詰めた豆を口に入れた。

  「か、辛いわ! 辛いじゃないのよ!」

  お子様舌の彼女には思った以上に辛みが強かったのだろう。

  メイメイは咀嚼してすぐに顔を真っ赤にし、水でチリビーンズを流し込んだ。

  一同、そんなメイメイを見て笑っている。

  「君らは仲が良いな。ジャグの群れと戦った時も良い連携だった。大したもんだよ」

  パルテルラットは二人の冒険者としての資質を素直に評価していた。イチの神業とも言える射撃センスに、落ち着いた状況判断力。タオ・メイメイの圧倒的な制圧力はパルテルラットの眼から見ても一級であった。

  「ほんと、すごいよ~。最近の下着泥棒事件もイチちゃん達が解決したようなもんだもんね~」

  ピィピが言う下着泥棒事件とは、主にスウィートバウムの女性冒険者達の下着が連続して盗まれるという、世界史の中で初めて記録される事になる下着泥棒事件であった。

  この解決のためにイチ達は力を合わせ、主犯とも言える資産家を追い詰めた。

  「いえ、私たちなどは…。先輩達の実績に比べたら…」

  パルテルラットはかつて仲間と共に魔王軍残党の重要人物を捕縛したり、人々を襲う邪龍の討伐、未調査の遺跡を探索し遺物を発掘するなどの実績がある。

  「ホーイッツくんは、どんな冒険をしてきたの?」

  このピィピの質問は嫌味ではない。単純に話に入れないホーイッツを気遣って話題をふっただけであった。

  しかし、それが良くなかった。

  「人喰いワイバーンの討伐隊に魔法使いとして呼ばれた事がある。攻撃役として」

  全てが嘘ではないが、真実ではないだろう。イチはそう思った。

  人喰いワイバーンの討伐と、言葉で言うのは簡単だが実際に討伐隊に呼ばれるためにはそこそこの実績を必要とする。

  今日のジャグが出た時の迂闊さを考えるとホーイッツを人喰いワイバーンの討伐隊に加えようと思う冒険者は多くないだろう。

  大方、もし実際に呼ばれていたとしても前線の魔法使いとしてというよりも、後方支援要員として見たほうが良い。

  どうやらホーイッツには虚勢を張る悪癖がある事をホーイッツとピィピを除いた3人は気づいていた。

  かと言ってホーイッツの言葉にいちいち指摘をするほどイチは子供ではない。

  しかし、このパーティにはひとり子供がいる。タオ・メイメイである。

  「人喰いワイバーンの討伐ですって? ジャグの相手もまともにできないのに?」

  嘲るようなタオ・メイメイの言葉にホーイッツの顔色が変わった。

  「ジャグの相手はあまりしてこなかった。対処の仕方は知っていたから一人で戦える自信はあった」

  「あら? あんた、ジャグとは何度も戦ったって言って駆け出してったのよ。適当言ってんじゃないわよ」

  「____あれは他の皆を安心させるためだ」

  ホーイッツの顔を見ればみるみるうちに憎悪の感情が浮かんでいる。虚勢を張る者の嘘や誇張を指摘するのは処世術として最悪である。現代でもそれが原因となり刃傷沙汰になる事だって珍しくないので決してしてはいけない。

  若い読者の方がいたら心得て欲しい。

  非情に不味い空気を止めようとパルテルラットが仲裁に入る前に、イチが立ち上がってタオ・メイメイの脳天に拳骨をいれた。

  「痛い!」

  「メイメイ。いい加減にしろ! 味方を疑ってどうする? パルテルラット先輩が言った言葉を忘れたのか?」

  「なによ! パーティに嘘つきがいても良いって言うの?」

  “嘘つき”というメイメイの言葉にホーイッツの顔が引きつったのをイチは見逃さなかった。

  「それ以上ホーイッツを侮辱してみろ。パーティの和を乱すなら帰ってもらうぞ」

  「なによなによ! わたしはアイツのせいでジャグに変な事されそうだったのよ! それなのに!」

  イチは目に涙を浮かべて手を震わせるメイメイを諭すように目で制した。

  「____なによ! 最悪! イチの馬鹿!」

  そう叫ぶとメイメイは立ち上がり泉の方へ駆け出してしまった。

  「メイメイ!」

  イチが追いかけるよりも先にピィピが立ち上がりメイメイの後を追いかけた。

  「私に任せて~。メイメイちゃんとお話してくるよ~」

  パチパチと火の粉を飛ばす焚火を囲み、3人の冒険者が残された。

  「すまない。ホーイッツくん。あいつは子供なんだ」

  そう言われれば子供相手にムキになるのも格好がつかないと思ったのだろう。ホーイッツはヤレヤレとでも言いたげに首を振ると、「気にしてない」とだけ言った。

  「イチ君。すまんな」

  パルテルラットはイチの意図に気が付いている。

  もしあのままパルテルラットが二人を仲裁する立場になると、考えられる結果としてホーイッツかタオ・メイメイのどちらかの評価を損ねるか、或いは両者の評価を損ねかねない。

  パーティのリーダーは信頼されていなければならない。

  だから、イチはパルテルラットの代わりにメイメイを叱ったのだ。

  無論、ホーイッツの虚言には思う事もあるが、あの場合はメイメイを黙らせたほうが早いしケアも出来る。

  万一メイメイが本当にパーティを抜けても、今回ホーイッツの協力を得られなくなる事に比べたら致命的ではない。

  そのイチの判断と立ち回りにパルテルラットは感謝している。

  イチもパルテルラットが自分の立ち回りを理解してくれている事を知って益々パルテルラットの事を好く思った。

  「メイメイは後で謝らせます」

  「うむ。まぁ、ピィピが上手くやるさ」

  パルテルラットはピィピ・キャロンを大きく信頼している。

  ピィピは戦闘能力こそ劣っているが、人に愛され人を癒す天性の才能がある。ピィピに任せれば大体の対人トラブルは解決されるのだ。

  「しかし、ラッチェとはどんな人物なんだ? ホーイッツ君は何か知っているか?」

  残された3人に共通する話題は依頼の事しかなかったので、イチは雑談混じりに気になっていた事を聞いてみる。

  「馬鹿な女ですよ」

  ホーイッツは自分の話せる話題になれば饒舌になる。が、これは何もホーイッツに限った事でない。

  ホーイッツ曰く、ラッチェは元々はユーカイの村から出てセクサティギーと言うスウィートバウムから近い歓楽街の酒場で働くうちに店を任され経営者になったらしい。

  だが経営が上手くいかなかったのか店を畳む事になり、ユーカイに帰る事になるのだが、その時にセクサティギーで彼女を慕うゴロツキが何人か一緒に着いて来たという。

  ユーカイに戻ってからは暫くの間ろくに働きもせずに遊んで過ごしていた。

  そんなある時シローキンの指示でユーカイ村との交渉に男が遣わされたが、この男はシローキンカンパニーの中でも気性が荒い男で、暴力団まがいの交渉で村人を怯えさせた。

  この時、ラッチェが義憤に駆られ男を拉致・監禁しシローキン相手に身代金を要求するという事件を起こす。

  この時からラッチェは山賊団を名乗るようになり、それ以来シローキンのユーカイ村買収を阻止するためにシローキンカンパニーに対する妨害工作を続けているのだと言う。

  「俺から見れば、単に周りの男にチヤホヤされて舞い上がっているだけにしか見えない」

  ホーイッツはラッチェを軽蔑しているような口調で言った。

  「しかし、シローキンは随分辛抱強いんだな」

  イチはラッチェの人物像にある程度の解像度を得るとブリーフィングの時から気になっている事を口に出した。

  「と、言うと?」と聞くのはパルテルラット。

  「だってそうじゃないですか。今まで何人か会社の人間が誘拐される中で、毎回毎回身代金を払ってたんでしょう?私だったら最初はともかく、2回目で冒険者を派遣するな」

  「ふむ」と頷くパルテルラット。

  「シローキンは最終的にユーカイの村を買収するのが目的だ。冒険者を派遣して、ユーカイ村の人間の反感を買いたくなかったんだろう。流石に娘が攫われるとは思ってなかったみたいだがな」

  ホーイッツのその言葉には一定の説得力があった。仮にそうだと認めたとしてもイチの疑問はまだあった。

  「それと、こう言ってはなんだがなんで某支部なんだ? パルテルラット先輩の実力は確かだが、全体の質で言えばブレイブバウムの冒険者ギルド本部に直接依頼したほうが得策だと思う」

  イチ達が主に依頼を受けているスウィートバウム地区の冒険者ギルド、通称某支部は他の冒険者ギルドよりも評判が悪い。

  職員が忙殺されていて業務に支障をきたしているからだ。

  バルティゴ都市国家連邦のブレイブバウムであれば大烏は勿論、この世に10人しか存在しない髑髏階級の冒険者も数人常駐しており集う冒険者の質もスウィートバウムよりよほど高い。

  「ひとつは単純に急いでいたからじゃないか。シローキンカンパニーの本社はスウィートバウムのほうが近いからな。もうひとつは俺が某支部に出入りしていたからだろうな」

  ホーイッツはさりげなく得意そうな表情を作って話を続ける。

  「シローキンさんとはちょっとした知り合いだからな」

  「ふむん」

  イチはとりあえず納得した様子を見せたが、完全に疑問は解けなかった。

  しばらくするとピィピがタオ・メイメイを連れ戻して来ると、メイメイは自分からホーイッツに頭を下げて謝った。

  その表情は未だ不服そうだったが、イチはタオ・メイメイが自ら頭を下げた事に驚き、それ以上に反抗期まっさかりのメイメイを手懐けたピィピの人柄に感嘆せずにいられなかった。

  「さてと、そろそろ私は寝る事にする。各自好きにしろ」

  パルテルラットがそう言ってテントに向かうと自然に皆それぞれのテントに向かっていった。特別やる事もないので寝る以外の選択肢はない。

  「すまんが少し花を摘んでくる」

  催したのだろう。

  そう言うとイチはテントに戻る前に手ごろな茂みを探しに林に入っていった。

  その後姿を、ホーイッツが見つめていた。