5話 頂き女子ジョキュー スウィートバウム少女石化事件6

  イチは先ほどから気になっている事があった。

  どうやら隣で無邪気にクレープのクリームを唇に残している少女と自分との金銭感覚はまるで違ったものであるらしい。

  ただ稼いでいる額の差であるとか、どれだけ金と言うものに執着しているかの差以上に、ジョキューにとって金という者は善意の他者が都合よく施してくれるものくらいの感覚があるように思えた。

  せっかく店の人間と外部で話せるタイミングなのに、失踪したフェーンの事よりも今はジョキュー本人の事に関心を持ってしまった。

  「なあジョキュー、その、オヂからお金をもらうってそんな簡単な事なのか?」

  「簡単だよ? だってみんなあたしの事好きだし」

  「けど、貰ったものは別の好意で返したりするじゃないか」

  「しないよ? なんでそうなるの? だってオヂはあげたいからあげてるんだから、私はただ貰うだけだよ」

  この言葉にイチは衝撃を受けると同時に、何故か急速に目の前の少女について理解し始めた。

  つまりジョキューにとって、他者に何かを与えるという行為は見返りを求めるものではないという考えなのかもしれない。

  だからジョキューはイチにブティックでもこのクレープ屋台でも財布を出させなかったのだ。

  かと言ってその感覚はイチにない物であり、この時のイチは言葉に出来ない憤りと気持ち悪さを感じていた。

  「しかし、相手はそう思わないんじゃないか?」

  「なんで?」

  「だって、そうだろう? 優しくしたら、優しくされたいのが人情じゃないか」

  「優しくしてるからオヂは色々してくれるんだよ」

  「じゃ、じゃあだけど。例えばそのオジがお金に困ってたら、お金を渡してやったり貸してやるのか?」

  「しないよ。何言ってるの? 変だねイチって」

  イチは目の前の少女が悪意なくケラケラ笑う姿にまるで自分の周囲にいない人種と話した奇妙なうすら寒さを感じて居心地が悪くなった。

  理由はわからないが、目の前の少女はもしかするとオヂと裏で呼んでいる自分の客を同種の存在と捉えていないように思えて仕方なかった。

  それはある意味、他者を家畜のような存在として差別していると言えるのではないか。

  「イチはもっと自由に考えたほうがいいんじゃないかな」

  「自由?」

  「だって、こうしたらこうとか、こうだったらこうとか、そればっかじゃん」

  「それじゃ駄目なのか?」

  「駄目じゃないけど……」

  ジョキューは自分の食べたクレープが入っていた包み紙を丸めると、「はい」と一声かけてイチの分も手に取り丸め、屑籠に投げた。

  丸めたピンクの包み紙が屑籠に入らず路上に転がると「外れちゃった」と言って笑った。

  「お金沢山稼いでさ、美味しいもの沢山食べてさ、好きな事沢山して、好きな人にたくさん愛されるの。そっちのほうが良くない?」

  「それが自由なのか?」

  「だって幸せでしょ?」

  この時街頭に照らされたジョキューの微笑みを見て

  もしかすると究極的には彼女の言葉に理がある事に思考を許容させ、しかしながら「自由」と「幸せ」のふたつが決して等号で結ぶ事のできない性質のものなのかもしれない事に朧気ながら思い至り始めたが、この時イチの中にジョキューを前にしてその言葉を伝えられるだけの言葉は生まれていなかったのである。

  ジョキューは「そろそろ行かないと」と言うと今度はイチの手をとらず、先を行く形で『ハピネス』まで戻ろうとした。

  ハピネスまで続く短い道で彼女はイチの顔も見ずに話した。

  「イチって不思議だね」

  「どこが」

  イチは過去にも何度かこういう風な言われ方をしたのを思い出した。

  もしかするとそれは自分の記憶喪失が他人にそういう印象を与えるのではないかとも思うが、それは自分の中で結論を出せない問題でもある。

  「きっとイチは私みたいな女の子、嫌いなんだ。でも、否定しないし、けど、お世辞で好きなふりしようともしないし」

  イチは返事に困った。

  実際、イチは目の前の狡猾と評すべきか驕慢とも言うべき少女の人間性を好きにはなれなかった。

  しかし、かと言ってその生き方を否定できる程に自分は偉い人間とも思えなかった。

  言葉を矮小に使うなら、それはジョキューの自由であるとでも言うべきだったかもしれない。

  「仲良くなれたら良いなぁとは思ってる」

  これは嘘ではない。依頼の事を考えても、仲違いして良い事はないからという事情が大きいが。

  「きっとイチは、私みたいな子に会った事なくて、例えば将来どうするんだろうとか考えてるんでしょ? オバさんになったら稼げなくなるとか」

  「…………むぅ」

  「図星だぁ」

  イチに顔を見せず笑うジョキュー。笑いながらも、次に彼女が口に出した言葉は真剣で、彼女なりの精一杯の着飾らない本心だったのかもしれない。そこに多少の背伸びは混じっていたとしても。

  「でもね、私たち、バカじゃないよ。ちゃんと先の事、考えてるよ。お金も貯めてるよ。私はね、お金たくさん稼いで、自分でお酒のお店開くの。私みたいな冒険者で活躍できなかった女の子は超激安。他は普通。お金持ちのオヂは倍以上。それで若い女の子が気晴らしできる店を作るの。30歳までにはお店出したいから、毎月ちゃんと決まった貯金してるよ。そんでね、セクサティギーだけじゃなくて色んな所にお店作るの。それで沢山お金稼いで、好きな人とか今まで助けてくれた人にお礼するの」

  イチはそのジョキューの言葉を静かに聞いていた。

  その言葉は先ほどオヂについての考えを話した彼女と違い、ちゃんと受けた恩や優しさを返すという人と人の基本的な繋がりに基づいた言葉だった。

  「そうか。上手くいくといいな」

  実際、ジョキューの言う未来を創るのがどれほど大変な事かはわからない。しかしこのイチの言葉も本心だった。

  「あ、ホントにそう思ってくれてるんだ。嬉し犬だね。イチってやっぱ不思議だよ。なんか、自分の事を話したくなる____そんな不思議犬」

  暫くしてハピネスに戻ったが、遅く戻った事についてセーゲンは何も口出ししなかった。

  実際に客が来なかったからだろう。

  セーゲンはほとんど仕事の手順を教える事をジョキューに任せると、自分は裏に引っ込んでしまった。

  こうしてイチにとって人生初の深夜喫茶デビューが幕を開けたのである。