第6話 海鳥達の歌声 丸吞みシーサペント大量発生事件15

  時間を置かずミュルガルデは(完全に納得はしていなかったが)イチの作戦を受け入れ、彼女を抱えてキャビンから飛び出した。

  イチの右手には包帯で烏賊キャノンが巻かれて固定されており、そのイチをミュルガルデは肩にかけるようにして背負っている。

  「キャビンの上に上がれるか?」

  「なんとかやってみます」

  甲板上では依然エルビアニカらが戦闘状態にあり、烏賊キャノンの射線が取りずらい。

  ミュルガルデは可愛らしさに似合わない膂力でまずイチを押し上げるようにキャビンの屋根に転がすと、自身は屋根に上がる為の梯子を昇った。

  「ひどい……」

  ひとつ高い場所から海を見渡したミュルガルデは、改めて冒険者達の厳しい状況を目の当たりにした。

  既に何隻か船が転覆し、海に投げ出されてシーサーペントに海中へと引きずりこまれた者の姿もある。

  多くの船は既に戦闘可能な状況になく、問題なく動けているのは数隻の船だけだった。

  「私を抱えて例の漁船のほうに向かせてくれ。座りながら後ろから抱きかかえる感じがいい」

  仰向けに転がっているイチに言われ、ミュルガルデはひとまず黙って彼女の言う通りにした。

  その姿は母親が幼い娘の後ろから絵本を読み聞かせるような形だったが、イチには母親の記憶はおろか幼少時の記憶がまるで存在していない。

  「いいぞ。方角はいい。あとは私の拳を握って、私の言う通りに腕を動かしてくれ」

  背後からミュルガルデが、烏賊キャノンのグリップを握ったイチの右手を保持し正に右腕の代わりを担う。左手はグリップの前方にあるフォアグリップを握り砲を安定させる。

  要は、ミュルガルデをある種の砲台兼補助的な砲手と見做し、照準と発射はイチが担う形になっていた。

  「魔力、感知できるか?」

  ミュルガルデはイチの言葉通り目標とする漁船を中心に魔力の感知を試みた。

  魔力感知は魔法使いの初歩的な技術であるが、魔法の才のない者には使えず、魔力の感知にもマナの操作を要する。

  「あ……、あ……」

  ミュルガルデは言葉を失った。

  例の漁船から今まで感じた事のない絶大な魔力が海に根を張るように放たれている。

  その魔力の性質はかつてミュルガルデが感じたどの魔法使いの者よりも強大で、そして禍々しい魔力であった。

  「災害級です!あんな魔力、十大魔術師とでも言うのですか!?」

  「すごい魔術師だろうが、なんだろうが、吹っ飛ばしてしまえば魔法は使えんさ」

  ミュルガルデはイチの言葉にギョっとした。

  この少女は時にこういう常識を無視するような事を言う。

  仮に相手が十大魔術師に比類するような者だとしたら、視界に入れる事すら恐れるのがこの時代を生きた冒険者の常識的な態度である。

  「長距離狙撃の記録は、魔王大戦時にリャンが吹雪の砂漠で3000先の敵を撃ち抜いたのが最長だ。揺れる船の上で、試作の武器で1000先の船に着弾させるというのはどんなもんなんだろうな」

  凹型の照星をのぞきながら自嘲気味に笑うイチに、ミュルガルデは何も答えなかった。

  イチの集中を乱したくなかったというのもあるが、答えるべき言葉が口から出てこなかったのであろう。

  「もう少し、上に向けてくれ。今の半分くらい、下げて、今度はその半分くらい、上げて………このまま止めてくれ。息をゆっくり吸って、はいて、あまり力まないように」

  ミュルガルデはイチの指示を守り、照星は標的のイカ釣り漁船よりやや斜め上に向けてある。

  烏賊キャノンの照星は単に凹と凸を重ねて標的を狙う形らしい。

  200の距離であれば単にそれで狙いをつければ良いが、標的との相対的な位置、弾頭の重みで沈む具合を考えなければならない。

  先ほど撃った感触で、烏賊キャノンにほとんど反動がない事を知れたのは良いのだが、イチが烏賊キャノンの引き金を引いたのはそれ一回きりである。

  幸いこの日の海は穏やかで風の影響をあまり考えなくて済みそうではあったが、それでも殆ど神頼みのように狙うしかない。

  「自分が弾丸になったように弾道をイメージしろ。あとは技術が伴っていれば、当たる」

  イチはかつてリャンが語っていた長距離狙撃のコツを呟いた。

  ____位置は、良し。あとは、タイミング………。

  イチの頭の中では自分の姿を重ねた弾頭が標的に向かって飛んでいくイメージが不思議なほどの現実感を伴ってイメージできていた。

  あとは寸分の狂いのないタイミングで引き金を引くだけだが、

  ____!?

  ここで意識外の邪魔が入った。

  一体のシーサーペントが船の前方から体当たりをしかけてきたのである。

  「くっ……!」

  船が大きく揺さぶられ、せっかくつけた狙いが妨げられてしまう。

  「イチさん!!」

  「大丈夫だ!このままやる!!」

  イチは照星に視線を釘付けたまま叫んだ。

  叫んだがしかしイチ自身一度掴んだ弾道のイメージが阻害され、引き金をひけない。

  シーサーペントの体当たりは執拗で、まるでイチの狙撃に気づき妨害を仕掛けてきているようであった。

  こう船が揺さぶられてはミュルガルデはキャビンの屋根から落ちない様にするのが精一杯で、とてもではないが狙いを保持する事など不可能だった。

  ____ちくしょう!これじゃあ駄目だ!

  イチが心中で叫んだその時、遂にガンバリ―ニャ号の船体に穴が開いたか、船が推進力を失いゆっくりと沈没し始めた。

  「魔導機関がやられた!沈むぞ!この船はもう駄目だ!!」

  伝声管からヘルヒャンの怖気づいた叫びが聞こえる。

  イチ達は船が傾き速力を失っていくのに流石に絶望を感じざるを得なかった。

  敵の襲撃を防げているのは船の上という、脚がある程度自由に動かせる場であるからこそだった。

  ひとたび海中に身を置けば、数分もしないうちに全員がシーサーペントに呑み込まれ、排泄物と化し海の底で皆等しく冒険を終えるだろう。

  しかし、勇者という者は絶望の中から生み出されるのかも知れない。

  「冗談じゃあないわよっ!!」

  キャビンから左手で魔導ショットガンを引きずったタオ・メイメイが飛び出した。

  「イチ!さっさと引き金引きゃあいいのよ!!」

  タオ・メイメイはそう怒鳴ると、船首に執拗に体当たりをかけていたシーサーペントに向かって行った。

  「メイメイ、何を!?無茶だよ!!」

  イチが叫ぶがメイメイは動じず、船首に駆ける。

  ばわっ、

  と音を立ててシーサーペントはこれ幸いとばかりにメイメイを吞み込もうと首を伸ばした。口吻が大きく開きメイメイを包み込もうとしている。

  そのシーサーペントの肉柱にメイメイは全身でもって振り回すように左腕だけで魔導ショットガン・バレア2の銃口を向けると銃の魔導機関に魔力を吸わせて怪獣の口の中に弾丸をぶっ放した。

  パウッ!

  という破壊音がした次の瞬間にはシーサーペントの頭はまるでそこに最初からなかったかのように粉砕されて海獣は即死した。

  反動でバランスを崩したのかメイメイはその場で倒れて転がった。

  無理もない。岩石すら破砕する威力を放ったのだ。

  「イチ!早くなさい!」

  尚も戦いを続けようと歯だけでショットガンのフォアエンドを前後させ次弾を装填するメイメイの姿に闘志を揺さぶられ、イチは再び覚悟を極めた。

  「ミュルガルデ!もう一度だ!」

  「は、はい!」

  2人は再度砲撃の姿勢をとった。

  沈没を始めたガンバリ―ニャ号の甲板ではエルビアニカがイルハを安全な場所に移動させようとシーナと協力し奮闘している。イルハは水着の上からプレートメイルで胸部を守っているので海に放り出されたら浮き上がれない。鎧を外す時間が必要であった。

  ヘルヒャンは船のコントロールを失った事でパニックを起こし、拳銃を片手にキャビンの中で狼狽えている。とてもではないがまともに戦う事などできないだろう。

  メイメイは左手で魔導ショットガンを引きずりながら戦うべき相手を探しているが、無謀である。誰かが守ってやらねばそのうちにシーサーペントに呑み込まれてしまうだろう。

  「そのまま、方角は良し。もう少し上、今の半分だけ上に……ここで動かさないでくれ。呼吸をゆっくり。いいぞミュルガルデ。そうだ。その感じだ」

  イチの指示に従いながらミュルガルデはどうにかなってしまいそうな神経を、呼吸に集中する事で必死に収めようとしていた。

  それが功を奏したか、ミュルガルデは殆ど微動だにせず、呼吸によって胸骨が上下するだけであった。

  イチは烏賊キャノンを標的よりもだいぶ上に向けた。

  ガンバリ―ニャ号が沈む事を計算しているのだろう。

  既に弾丸となる幻想が深いところまで同調している。

  彼女の精神は今や鉄の飛翔体であり、火薬であり、破壊の為のエネルギーであった。

  そしてイチは裸の彼女自身が標的の漁船に衝突し爆発する幻想を見た。

  「……今」

  イチは静かに呟くと烏賊キャノンの引き金を引いた。

  昼過ぎの海に再びバックブラストの炎がきらめいた。

  音に驚いたのか、海鳥たちが激しく鳴いた。

  その鳴く声がイチ達に歓喜の歌に聞こえたか、はたまた悪魔の歌に聞こえていたのか、筆者にはわからない。