9話 「俺にもう一度手を貸せ」 バルティゴ鉄道乗っ取り事件18
「テオドール……。無事か?」
イチはアンバー・フォックスに挑み傷つき倒れたテオドールを見た。
右肩から肉が広くぐずぐずにされている。
どの程度の重さかはわからないが、速やかに治療を受けさせねば命が危ないだろう。
「ははは、ざまあねえな。まさか俺が、お前みたいな女の為に、こんな目に……」
「死ぬな! テオドール!」
「……当たり前だ。や、約束を守ってもらわにゃあ」
「シーナ。治癒魔法でどうにかできるか?」
しかしシーナは俯きながら答えた。
「すみません。私の使える魔法と治癒魔法は系統が違っていて。簡単な止血程度の魔法は、弱いですが使えますが、それもこの魔力では上手くできるか」
魔法使いでもどの魔法を上手く使えるかはその魔法使いの個性と今まで学んできた魔法の系統による。
治癒魔法は系統が特殊で、魔法の才能があるからと言って容易に使えるものではない。治癒魔法使いは治癒魔法使いとして独立し認知されているくらいなのだ。
「それでいい。やってくれ」
「……わかりました」
シーナは床に倒れたテオドールの横に跪いて魔法の詠唱をはじめた。
「お母さまの記憶……、お兄さまの記憶、おばあ様の…………、春の日……、森林……、小さな石……」
イチは精神を集中しているシーナに視線を落としたが上手く行っているようには見えない。
しかし、イチは妙な事に気が付いた。
___列車の速度が、前より早くなっていないか?
イチは列車の外を見た。
外の風景はモルカルから都市境界線を越え、シベースの荒野がイチが今まであじわった事のない速度で流れては消えていく。
「___気のせいじゃない! 早くなってる!」
「イチさん大声を出さないで! 集中が乱れます!」
「そうじゃない! 列車を止めないと!」
イチは行動目標を失念していた。
死の危機を二度も乗り越え自らも負傷したのだから責められるものでもないが、まだ成熟していない証だろう。
「止めるっていっても、どうすれば」
そう言うシーナにもイチにも列車を操縦する知識などない。
慌てる二人を諫めたのは意外にもテオドールだった。
「俺にもう一度手を貸せ……。止め方を知っている」
「しかし、お前、そんな状態じゃ……」
「いいから早くしろ。左手で良い。今ならまだ精神を集中できる」
「…………わかった。助けてくれ」
イチは傷ついたテオドールの傍らにしゃがみ込むと左手を伸ばした。テオドールが伸ばした右手がイチの左手を握る。
最初右手を乗っ取られた時のような不快感は感じず、僅かな痺れの後にイチの左手の感覚が消えた。
「よし、機関車に行くぞ。一等車から移動できる」
イチが魔法の抵抗をしなかったのもあるが、テオドールの覚悟の問題だろう。イチの左手にテオドールが乗り移る。
しかし体力を著しく消耗しているためか先ほどのようにテオドールの上半身に変態はせず、ひとつの目玉と口が掌に生まれただけだった。
「シーナ。テオドールを頼むぞ。行こう!」
イチとテオドールは列車を停車させるために運転室に向かう。
◆
「くそ! あの野郎、制御装置を爆破しやがった!」
運転室に辿り着いたイチとテオドールが見た物は、ブレーキをはじめ制御装置をめちゃくちゃに破壊された運転室だった。
アンバー・フォックスは万一運転室を奪われた時の為に速度を限界まで上げ、列車を制止させる手段を全て破壊してしまっていたのだ。
「どうする! このままじゃまずいのか!?」
「まずいに決まってる! 見ろ! 時速120kmだぞ!」
テオドールは速度計を指さした。そこにはイチがはじめて見る時計に似た装置があり、その針は殆ど限界いっぱいまで右に回っている。
「このままだと、どうなるんだ!?」
「わかんない奴だな! いいか、セダッセン号の今の位置をモルカルの都市境界線を越えた先だとして、この先にシベース駅に向かう線路と国防軍の基地に向かう切り替えポイントがある。奴らの事だ。なにかしらの方法でポイントを軍事基地に向くように切り替えているだろう。基地までの線路はほとんど直線だ。石炭の関係で多少減速したとしても100kmは確実に出たまんまだ」
左手のテオドールは一気に説明した。
イチは聞きなれない言葉と単に学力の関係でテオドールの言わんとしている事が少ししか理解できない。
「そ、そうなると、どうなるんだ?」
「わかんない奴だな!! 100km以上でシベースの基地の車庫に突っ込んで壁にぶつかるまでこの列車は止まんないんだよ!」
「ぺしゃんこじゃないか! なんとかできないのか!?」
「無理だ! 蒸気機関は人類が生み出した暴力的なエネルギーだ! 魔法だろうがなんだろうが、止めるなんてできっこない!!」
「くそ!!」
グレイ・ベアーとアンバー・フォックスの脅威を取り除いたイチ達だったが危機的状況は変わらなかった。
イチとシーナは勿論、手負いのテオドールが100kmで爆進する列車から決死の覚悟で飛び降りたとして、奇跡が起きたとしても全員無事に済むことはないだろう。
イチは列車が発する轟音が殺人装置の音に聞こえはじめた。
セダッセン号の煙突から噴き出す蒸気が死神のように不吉に笑っていた。
◆
「すみませんが、私の魔法ではなんともできそうにありません」
二等車に戻りシーナの魔法を頼ったイチだったが、流石に無理な相談であった。
そもそもシーナの魔力は限界が近い。
仮にシーナが万全であったとしても結果は変わらないだろうが……。
___どうする。列車が止められないなら、もう飛び降りるしかないが、そんな事をして無事に済むのか? なにかクッションみたいなものがあれば骨折くらいで行けるか? 骨が折れた状態で荒野で身動きできない状態で、救助が来るまで持ちこたえられるか? そもそも、救助が来るのか?
イチはなんとか生存の道筋を考えるがどれも自分と仲間の命を賭けるにはあまりにも勝ち筋のない博打に思えてならなかった。
せめて一等車の緊急装置が無事なら最悪でもシーナだけは無事に逃がす事ができただろうが、アンバー・フォックスはそれさえも爆破して使えなくしてしまっていた。
寒気すら感じさせる念の入れようである。
「___ちくしょう! シュポシュポ煙を吐きやがって!」
機関車が吐き出す蒸気の音が酷くイチを苛つかせた。
珍しく平静を失っている。
時限性の殺人装置に乗せられ死が間近に迫っているのだから無理もないだろうが。
「___まて。それだ。それで行けるかもしれん!」
が、突然左手のテオドールが叫んだ。
「蒸気を全部逃がせば少なくとも減速はする。時間との勝負だが……」
「何か思い浮かんだのか!?」
「今説明している暇はねえ。鉄道警備隊のでもなんでもいい。この列車にある武器で一番強力な奴を探せ!」
テオドールはイチとシーナに命じた。
状況が状況だ。イチは鉄道の知識があるテオドールの閃きに有無を言わず従うしかできなかった。
その博打の勝率も内容もわからないままに。