11話 イチ、顔出し着ぐるみに入る(2) よせあつめ外伝2

  リハーサルを終え、昼前。

  イチはドラゴンになっていた。

  「ぎゃおおおおおお!!」

  ガスモンの行楽広場の一角に用意された仮設ステージの上で顔出し着ぐるみの中に入ったイチはドラゴンになりきったつもりで精一杯吠えていた。

  「ぎゃおぎゃおおおおおお!!」

  のっしのっしと大股で歩き、首を空に向けてポーズをとる。

  ____なんでわたしがこんなことを。恥ずかしいったらない!

  その顔は恥ずかしさのため真っ赤になっていた。

  しかしこの舞台を全てやり切らねばルーミーは弁償を認めないだろう。

  イチは恥ずかしさに震えながらもどうにかドラゴンになりきろうとした。

  「ぎゃおおおおおお!!」

  大股を開くと木の骨に絵を描いた布を被せたハリボテで作られた街の一角を勢いよく踏みつぶした!

  ____いったい私は何をしてるんだ!?

  自分で自分が情けなくなるイチ。

  しかしイチの操演は意外にも受け、特に子供や男からは声援が飛んだ。

  「いいぞいいぞ~!」

  「もっとあばれろ~!」

  「壊せ壊せ~!」

  ____くそう、くそう!

  舞台を覆う天幕などはないので、観客以外にもガモスンのお祭り好きの市民たちが好奇の目でイチを見ている。

  ____もう、やけっぱちだ!

  吹っ切れたのか、やけくそ気味に舞台上の街を破壊していくイチ。

  ハリボテの民家を、冒険者ギルドを蹴散らし、架空の町の鐘楼を腕でなぎ倒す!

  その度に観客から声援があがった。

  町を破壊し尽くすと最後に客席に向かって、

  「がおおおおおおおおお!!」

  とひと吠えした。

  「やったあ~~~~~!」

  「かっこいい~~~!!」

  「ひゅうひゅう!!」

  雄叫びのポーズをとるイチに向けて盛大な歓声と拍手、そして紙幣をねじって作られたおひねり僅かながらが飛ばされて舞台は終わった。

  ◆

  「お疲れさまです。なかなかよかったですよ」

  「着換え中だ! バカヤロウ!」

  楽屋でどうにか着ぐるみを脱ごうと四苦八苦している時、ルーミーが満足そうに拍手をしながら入ってくる。

  

  「失礼いたしました。しかし、なぜ着ぐるみを脱ごうとしているのですか?」

  「何って、もう終わったじゃないか」

  「何を馬鹿な事をおっしゃる。公演は日中に2回、夜に1回あるのですよ」

  更にルーミーは夜の公演のほうは席料が高く儲けが良いと付け加えた。

  「き、聞いてないぞ!?」

  「今の公演の席料だけであのワンドの弁済になるとお考えですか?」

  「そ、そんなぁ~~」

  「それと、咆哮が少々単調で、まだなりきれていないと感じます。あと、町の破壊も工夫がない。次からは尻尾もちゃんと使ってください」

  「うぐぐぐぐ…………」

  結局、肩を落としながらもイチはルーミーに従うしかできなかった。

  しかし妙なことにそれで全てを納得してしまったのか、イチは必要がないにも関わらず着ぐるみを脱ごうとしなかったのである。

  そのことに当のイチは、気がついていない。

  ◆

  日中二度目の公演。

  昼を過ぎていたので朝よりも観客が多い中、イチは舞台でミニチュアの町を侵略していた。

  「あんぎゃああああああ! ぎゃおおおおお!!」

  元来の生真面目さの為か、ルーミーに指摘した部分を少しでも改善しようとイチは更にドラゴンになりきろうとしていた。

  イチ自身、ドラゴンと戦った事はない。

  ドラゴン、竜、この地球上で最強と目される生物。

  この巨大な生物は人類種を除けば生態系の頂点に君臨し、その為個体数が極めて少ない。また人類と同等の知能を持つと言われ、その為に人を嫌い接触を避ける為に海の底や険山など極地の奥に住んでいるという。

  無駄な争いを嫌うとも言われているが、彼らがその気になれば町ひとつなど容易に壊滅せしめる事は間違いないだろう。

  ……まあ、今舞台上で滑稽な演技をしているのは赤い着ぐるみから顔だけポンと出したイチドラゴンなのだが。

  「ぐぐるるるるる………………ぎゃお!」

  イチドラゴンはルーミーの演技指導を活かし、身体を思いきり反転させるとその太い尻尾でミニチュアの家々を薙ぎ払った。

  観客席から子供を中心に声援があがる。

  「もっと壊せええええええ!!」

  「暴れろ暴れろ~~~~~!!」

  「踏みつぶせ~~~~~!!」

  イチは段々わけが分からなくなってきた。

  ドラゴンが町を踏み壊すのを見るのが好きな不思議な嗜好があるというのもわけがわからないのだが、それよりもである。

  ____こんなバカみたいな真似、恥ずかしいんだが。なんだ、この.........。

  ____だんだん、楽しくなってきたような。

  なんとイチはドラゴンになりきり町を破壊していくうちに分析不可能な高揚感に包まれつつあったらしい。

  その高揚感を観客の声援が後押しする。

  壊せ、暴れろ、野性を解放しろ。

  「ぎゃおおおおおおお!!」

  イチはクライマックスに鐘楼に向かった。

  行く手を阻む鐘楼だ。

  我はドラゴン。あまねく獣の頂点に立つ者。行く手阻む鐘楼が何するものぞ。

  「ぐわああああああああ!!」

  イチは着ぐるみから出した顔を鐘楼のハリボテに伸ばすと思いっきりその咢で骨組みを噛んだ!!

  「ぐおおおおおがああああああ!!」

  そして咬合力と首の筋肉でもって鐘楼を天に持ち上げた!

  「うおおおおおおお!!すげえええええ!!」

  「わ~~~~~~~!! パチパチパチ!!」

  「いいぞドラゴンーーーーーーー!!」

  町を破壊しつくしたイチは最後に客席へ向け、

  「あんぎゃああああああす!! ぐるうるるるるるるる」

  まるで本物のドラゴンが勝利の雄叫びをあげるかのように咆え、そして舞台は幕を閉じる。

  歓声は止まず硬貨や捻った紙幣が投げ込まれ大盛り上がりであった。

  この時から既に顔出し着ぐるみの魔力がイチを蝕みつつあったのだろう。

  ◆

  次の舞台までの休憩時間、楽屋に戻ったイチは着ぐるみを脱ごうともせず鏡の前で自分の姿をボーっとみていた。

  赤いドラゴンの着ぐるみが段々とても素晴らしいものに思えてくる。

  なんだか本当にドラゴンの気持ちになったみたいで誇らしい高揚感で胸が高鳴る。

  「………がお」

  イチは姿見の前で小さくポーズをとってみたが、それだけで不思議な興奮を覚えるのだ。

  「ずいぶん気に入っていただけたようですね。私も満足していますよ」

  「ル、ルーミー!! いつからそこに!?」

  イチはまるで着替えを見られた時のように顔を真っ赤にした。

  「ノックはしたのですが、まあ着ぐるみは聞こえが悪くなりますからね」

  「がぉ………………」

  ルーミーの目はフードのせいで見えないが、その口調は穏やかで満足しているように感じる。

  イチはルーミーの機嫌を確かめると、恐る恐る思っている事を聞いてみた。

  「な、なあ。つ、次の公演は、何時からなんだ」

  まるで旅行に連れていってもらった子供が、目的地に着くのはいつかと父親に聞くような声色である。

  「次は夜です。ですので、ゆっくりお休みください」

  「そ、そうか」

  イチの姿は僅かにガッカリしたように見える。

  これも旅行の子供にそっくりな声色だ。

  「休憩中、着ぐるみは脱いでも構いません。お手洗いなどもあるでしょうし。背中を向けてください。お手伝いしますよ」

  ルーミーはイチに着ぐるみから出てもよいと促した。しかし、

  「あ、いや、せっかくだからこのままでいようかな。身体になじんできたし、な」

  あり得ないことである。

  着ぐるみの中は蒸し暑く、そして重い。

  汗を吸った綿のためである。

  その不快感を軽減するための特殊な裏地を使っているのだが、それも汗を止めどなく吸ったためか感触がおかしくなっている。

  それでもイチは着ぐるみの中にいる事を選択した。

  「そうですか。愉しんでいただけて幸いです」

  「あ、いや、そういうわけじゃ…………」

  「もしお手伝いなどで着ぐるを脱ぎたければいつでもお呼びくださいね」

  ルーミーは夜の舞台の準備があるのだろう。イチの為に動物の皮を加工した水吸いストローを挿した水差しを置くと、ミニチュアの町を組み立てるための道具を抱えた。

  「次は口から火がる特殊な魔導装置を使います。しっかりお願いしますね」

  

  その場を後にするルーミーが最後に残した「口から火が出る」という言葉がイチの胸の奥で不自然な興奮の炎が燃え始めていた。