夕暮れシンパシー

  深夜。

  皆が寝始める時間に窓から明りが零れるマンションの一室。

  その部屋の中央にあるテーブルには大柄な虎獣人が静かに遅い夕飯を済ませていた。傍らでは近所迷惑にならないようにと音量を絞った状態のテレビからニュース番組が垂れ流されていた。ただ空しくテレビの音が響く部屋で虎人は黙々と買ってきた弁当を食べている。美味しいとも不味いとも言えない弁当をひたすらに食べている時にテレビから一定のリズムの音が流れ甲高い音が鳴りだす。

  日付変更と午後12時を知らせる時報の音だ。

  「早いな。今日で一年だな」

  そう小さく呟くと、俺は食事を止めてリビングと繋がっている和室に入る。

  和室には敷かれっ放しの汚い敷き布団が出迎える。その布団を踏みながら部屋の奥の小さな洋服ダンスに向かう。洋服ダンスの上には小さなろうそく立てと写真立て、線香の束、線香立てとマッチが置かれている。線香の束から一本線香を取ると線香に火をつけて線香立てに静かに刺す。ろうそく立てにこびりついた蝋を爪である程度剥がすと新しい蝋を刺して火をつける。

  この一連の動きは、仕事で無理に忘れていた冷酷な現実を直視させて俺の心を抉る。手を合わせると黙祷をして目を閉じたまま写真の主に小さく声をかける。

  「あっという間に一年だな。出来れば過去に戻りたい」

  小さくそう言うと目を開けて写真の主と目線を合わせる。

  写真に映るのはバカみたいに大きな口を開けて笑う犬獣人、幸村 昭人(こうむら あきと)。そしてこの虎獣人、村瀬 聡(むらせ さとる)は恋人関係にあった。男同士というマイノリティーな関係でありながらも仲良く暮らし、よく喧嘩もし、笑いあう、普通の恋人同士だったであった。しかし一年前に昭人の乗っていたバスが運転手の不注意による事故に遭い、あっけなく命を落してしまった。矢のように過ぎ去る時の中でもその悲しみは癒えることが無く、一年経った今でも聡の中に暗い影を落としていた。暗い影を掻き消そうと仕事に打ち込んでいるが、やはり一時的に誤魔化しているにすぎなかった。

  「やっぱり女々しいかな?」

  無理矢理、笑ってみせるがどうしても苦笑いになってしまう。昭人が死んでから一年も経っているのに相も変らず落ち込んだままだ。生前、昭人には『ウジウジ過去を見るのは止めろ!』と言われた。葬式の後にそれを思い出してなんとか思い出さないようにしたが、結局忘れることなどできなかった。

  「はぁ・・・」

  大きな溜息をつくと、俺は弁当の残りを飲み込むように口に頬張ると傍らにあった麦茶で流し込む。

  〈・・・それから~思いを告げちゃいました!テヘッ☆〉〈〈えぇ~~!!〉〉

  テレビから耳障りな声が聞こえてリモコンを探す。

  楽しくも無いテレビにつまらない芸能人の恋愛トーク。

  今の俺には目障りで仕方が無かった。それ以上に楽しくもない他人の甘い話など今の俺には毒でしかない。

  イライラしながらもリモコンを見つけると急いで電源ボタンを押してテレビを消す。向きになることはない、とイライラを誤魔化すようにネクタイを解いてYシャツを乱暴に脱ぐ。

  スーツをハンガーにかけ終わると、パンツとシャツだけの姿で布団に倒れ込む。今日は暑苦しい日だったでこのくらいが丁度良い。そのまま目を瞑ろうとするとハッと顔を上げる。

  「あ!風呂・・・まぁいっか」

  そう呟くと顔を枕に埋める。脳裏で昭人に『風呂入ってから寝ろ』という怒鳴り声を思い出すが、首を小さく振ってその思い出を散らす。

  もう昭人は居ない。俺の記憶の中にだけしか居ない昭人は黙ってろ!

  そう脳内で怒鳴りつける。そうして聡は床に就いた。

  

  

  暑苦しさと目覚まし時計に起されて目を開ける。

  午前11時。

  土日で会社が休みとはいえ、11時間・・・つまり半日近くを寝て過ごしたのか。なんとも情けない。

  携帯の待ち受けを見て誰からも連絡が無いことを確認すると、寝ぼけた頭でフラフラと立ち上がってテレビをつける。昼前の楽しく無いニュース番組が流れだす。そして思い出す。

  「シャワー浴びてくるか」

  脱ぎ捨ててあったYシャツや靴下を持って眠気覚ましとばかりにシャワーを浴びに向かう。

  嫌な記憶も疲れも全て洗い流すように、ゴシゴシと洗い流す。丁寧に体を洗い終わると浴室から出てタオルケットを腰に巻いた状態で伸びをしてさらなる覚醒を促す。デスクワークで凝り固まった体の筋肉が解され伸びるのが分かる。

  バキッ

  「ん?」

  つけっぱなしのテレビが流れるリビングに戻る途中、何かを踏みつける。

  「携帯・・・こんなところに落としたっけかな?」

  疑問に思いながらも壊れてないかチェックの為に携帯を見る。

  すると知らない間に一通のメールが届いていた。

  迷惑メールだろうか?

  それでも携帯が鳴った音に気付かなかったことを不思議に思いながらもメールを開くと息を飲んだ。

  宛先は死んだはずの昭人からだった。着信時間は3分程前。今さっきに届いたようだ。

  〔事故現場で待ってる〕

  本文は短くそう書いてあった。短いメール文を好む昭人らしいメールだが、もちろんのこと死人がメールを打てる筈も送れる筈もない。大体、携帯は壊れて解約もされている。

  「誰かのいたずらって、わけでもないよな」

  当り前のことを呟きながらメールを凝視する。

  いきなりの死人からのメールとは恐ろしいものだ。しかし心のどこかで、また昭人に出会えるのではないかと淡い期待を抱いていた。あるはずないことだが、もしかしたらのことを考えると無視したくはない。

  メールの言う事故現場と言うのはもちろんのこと、昭人が遭った事故の場所の事だ。どうせ今日の午後には行くつもりだったんだ。丁度いい・・・

  小さな期待を隠すように自分の中で言い訳をすると、急いで着替えて事故現場に向かう。

  

  

  事故現場と言うのは、いつ来ても気持ち悪くなる。

  それはここで死んだ人が居る。と言う意味ではなく、自分にとっては大切な人が死んだのにも関わらず過ぎ去っていく人にはただの道にしか感じていない。その感覚の違いに吐き気を覚えるのだ。

  事故には関係無い。

  たったそれだけで無視されて何も無かったかのように扱われる。突っ立っている俺は、まるで世間から置いていかれて、自分だけが時間の穴に落ちて止まっているような不可思議な感覚に陥る。周りの時間と俺の時間の経ち方が全く違い、その差を感じ取るだけで気持ち悪さが込み上げてくるのだ。

  気持ち悪いのを抑えながら、道中に買った手向けの花をそっと供える。そして小さく手を合わせる。

  大きな交差点故に、いきかう人々は俺の姿を奇異な目で見ながらも何をしているのかを察して見ないフリをする。

  ~♪~♪~♪

  いきなり携帯が鳴る。このメロディーが鳴るのは一人しか居ない。

  携帯を取り出して液晶を確認する。今回はメールではなく通話の呼び出し音で、俺が取るのを催促している。

  通話相手は昭人。

  誰かのいたずらなのか、それともホントに昭人なのか。期待と怖さで緊張しながら通話ボタンを押して出る。

  「はい・・・」

  〔やっと出たな〕

  恐る恐る声をかけると聞きなれた声が耳に入った。その声は紛れもなく幸村昭人、本人の声だった。一年経っているが間違えるはずが無い。

  「え・・・昭人?・・・・・・なのか?」

  〔久々なのに、そんなつまんない事を聞くのか?まぁいいや、少し話ししようぜ〕

  「あぁ・・・」

  俺は急いで立ち上がって、辺りを見回す。もしかしたらこの近くに居るかもしれない。いや、夢なのかもしれない。それでも・・・

  現実なのか妄想なのか空想なのか区別がつかない聡は混乱する。

  〔俺を探しても見つけられないぞ〕

  「なんでだ!どうして見られない。電話が出来るなら見えてもいいだろ!」

  交差点であることを忘れて大声を出す。

  通行人がこっちを見ているのを感じて急いでその場を離れる。少し狭い路地に入るとブロック塀にもたれかかる。

  〔大声出すな!昔っからそうゆうところは直せと言ったろうが〕

  電話口の昭人は怒り口調でそう言う。昔の昭人と同じ怒り方だ。

  「でも・・・なんで話が・・・」

  そこまで言うと涙のせいで喉が詰りうまく話せなくなる。嗚咽だけが向こうの昭人に届く。

  この一年間。どれ程、恋い焦がれた声だろうか。

  もう聞けない声。

  もう交わすことのできない会話・・・

  望んだ。確かに望んだ。しかし、こんなに急に来られては嬉しいものも素直に喜べない。

  〔すまない・・・こんな形で・・・悪いと思ってる〕

  「しかも、今頃かよ・・・遅い!それに事故現場に来いだなんて!」

  〔仕方が無かったんだ。すまない〕

  「でも・・・・・・こんなに急だけど、話せてよかった」

  素直な気持ちを話すと電話の向こうからは呆気に取られたような声が聞こえた。

  〔驚いたな〕

  「どうした?」

  〔幽霊とか超常現象を信じないお前が、今のこの状況に柔軟に対応しててビックリしたんだ。俺が居ない間に信じるようになったのか?〕

  「バカ!そんなんじゃねぇよ。信じるも信じないも、現実に起きてるんだから信じるしかねえじゃねぇか!さすがの俺もそこまで疑り深くはない」

  〔そうか・・・ようやく普段のお前に戻ったな〕

  「え?」

  〔さっきまでは泣いたり、しょぼくれた顔してたじゃないか。今はいい笑顔だ〕

  笑顔・・・

  この一年ですっかり忘れてしまった物だ。今まで如何に笑ってなかったのかがわかる。

  「昭人・・・」

  〔今回はお前を励ますって意味で電話したんだ。まぁこれが最後だろけどな。だから楽しく話そうぜ?〕

  「あぁ・・・」

  最後その言葉が体を刺す。しかし最後の電話ぐらい楽しくないと昭人に失礼だろう。

  そう思い直すと涙を拭って元気に話しかける。

  「あぁ!楽しくいこう!」

  そう言うと俺はどことなく歩き出す。

  〔おいおい、どこに向かって歩いてんだ?〕

  「いや、宛も無くただぶらぶら歩いてるのさ。突然言われたんじゃどこへ向かえばいいのか分からないからな」

  〔それもそうだな。あ、母さんどうしてるか知ってるか?〕

  少し痛い質問だな。

  「あぁ知ってるぞ。と言っても、事故の一週間後に話したのが最後だから最近は何してるまでかは分からないぞ?

  会ったその時は元気にしてるみたいだった。ただ・・・」

  〔ただ?〕

  「腰痛持ちだったろ?また酷くなったらしくて、お前の荷物を運ぶの辛そうだった。弟さんも手伝いに来てようやく全部持っていったって感じだった」

  〔そうかぁ心配かけちゃったなぁ〕

  「ま、そりゃ仕方が無いだろ」

  昭人は、母親と弟の三人暮らし。アパートに住んでいたのだが、一人暮らしと言うことで、この町にやってきたのだ。

  〔あと、なんか言われてないか?母さんは偏見多いし、少しヒステリックなところがあるから事故云々なんて話聞いたら・・・〕

  「あぁ・・・まぁね。でも大したことはないよ」

  そう誤魔化すが実際はそんなことはない。

  一人暮らしで昭人の生活を知らなかったとはいえ、俺と同棲してただなんて信じられなかったらしい。しかも同性同士っていうのも信じられなかったらしく戸惑ったのだろう、その反動にキツく八つ当たりされた。

  誑かしたとか、俺が事故を引き起こしたようなものだ!とか・・・

  「あんたみたいな、気持ち悪い奴が生きててなんで!・・・なんで昭人が死ぬの!?」

  何を言われたのかさえも覚えられない程さんざんに言われたが、その言葉が深く印象に残ってる。その後に力一杯に殴られてしまったが、その言葉があまりにも印象強くて痛みを忘れてしまった程だ。

  俺のせいじゃない・・・わかっている。でもなんで俺じゃなくて昭人なのかという疑問は俺自身にもあった。俺だったら昭人に比べれば頑丈な方だし、今のような悲しみに暮れることも理不尽な出来事を真に受けずに済んだ。

  でも現実は理屈でも思い通りでもない。ただあるがままだ。

  〔・・・そうか。なにから何まですまないな〕

  電話越しだけど苦笑いしつつも礼を述べている昭人の顔が浮かぶ。それを聞くと思い出に浸るのをやめて今の暗い雰囲気を一掃しようと無理に声を張る。

  「なぁんてことはないってば!別に・・・

  そうだ!お前が好きだったラーメン屋、移転したんだぜ。内装は前とさほど変わって無いけど、広くなって動きやすくなったぞ」

  

  

  * * *

  昼下がり

  俺と昭人はラーメン屋に来ていた。昼間は行列のできる店でも、昼時を過ぎると一気に客は居なくなり店内はある程度の秩序を取り戻す。

  それにしても昭人はこの店が好きだね。

  「そりゃぁ美味い店だから好きになるさ。でもなぁ・・・」

  どうした?

  聞いてみると、昭人は声を潜めて続きを話す。

  「この店の好かないところは狭いところだな。人が多いと通り辛いんだよ。少し前に椅子の足に突っ掛っちゃってさ」

  そうだったんだ・・・確かに狭いな。

  「今みたいに人が少ないと別になんてことないんだけど、昼時は足元を見ながら歩かないといけないんだぜ?店員さんも大変だよな」

  そうだねぇ~・・・

  * * *

  

  

  そんな昔のやり取りを思い出す。

  〔そうなのか!あそこのラーメンはうまいんだけど狭くて移動しずらいってのが欠点だったからな〕

  話を変えて昭人御用達のラーメン屋は先月に新装オープンの話をする。その話をするとお腹が空腹で鳴る。

  〔なんだ、昼飯食べてきてないのか?〕

  「あぁ・・・お前からメールが来たらゆっくり飯なんか食ってられるかよ」

  〔花を買う余裕はあったのに?〕

  「かかる時間が違うだろうが!途中にある花屋さんは手際がいいんだよ」

  〔へぇ~ってことはあの繁盛してなさそうな花屋だよな?一回も行ったことないから知らなかった〕

  「行く機会が一回も無かったからな。でもお前はバスの通り道にあったのに知らなかったのか?まぁ俺もその店を知ったのは事故の後だけどさ・・・」

  〔バスの外の風景なんて見てない。楽しくないからな〕

  昭人とそんな会話をしながら先ほど話したラーメン屋に向かう。

  ラーメン屋に着いた頃には昼前だった。昼時ということと休日ということで、かなり人が並んでおり混雑していた。

  〔人が沢山居るようだな。ここで昼飯を済ませるのか?〕

  「そうだな。ここで済ませるよ。中も見てみたいだろ?」

  〔確かに見てみたいけどお前、並ぶの嫌いだったじゃないか。耐えられないだろ?他の所にしろよ〕

  さすが俺の恋人。しっかり俺の性格を覚えてらっしゃる。

  俺は待つと言うのがそんなに好きじゃない。待つ時間が分かっていたり、10分20分程度なら待てるのだが、どれ程待たされるのか分からない状況で列に並ぶのは嫌いなのだ。病院などの座りながら待つならまだしも、立って待つのは尚更だ。

  「じゃぁ他の所にしようかな。やっぱり並べそうもないや」

  〔一年経ったのに、全く進歩ないんだな〕

  昭人は笑いながら言う。一年ちょっとで簡単に進歩出来るか!

  「悪かったな!お前が死んじゃってから空っぽの一年過ごしてきたんだよ!それに仕事も忙しかったし、弁当ばっかりだったし・・・」

  〔そうか・・・そいつは悪かった。それと仕事の上司からの嫌がらせとかはないか?〕

  「ううん。無いよ。むしろ優しくなったかな。元気が無いってさ・・・無理に飲みに連れてくれたり前まではしなかったメールも休日に送ってくれたりと、何かと優しくしてもらっちゃって・・・周りの人も昭人の事故のこと知ってから気を使ってくれてさ」

  〔お前はいつもそうだ。元気が無いのは仕方が無いけれど、落ち込み方が半端ないんだよ。そりゃぁ心配されるだろうよ。迷惑掛けやがって!〕

  「前にもそんなこと言われたなぁ・・・いつだったっけ?」

  〔あぁ?覚えてないのか!?〕

  「ど、ド忘れだよ!」

  〔はいはい。

  映画で主人公の家族が死んじゃってBADENDを迎えて一週間ぐらい元気なかったろ?その時だよ〕

  どんな話だったか・・・

  少し考えると思い出される嫌なストーリー。

  「あぁそれか!懐かしいなぁ・・・

  でも、あの終わり方は最悪だろ!今でも認めてないぞ」

  

  

  * * *

  ・・・・・・・・・

  「なぁ・・・そんなに怒るなよ。一つの作品の終わりじゃねぇか。あぁゆう終わり方もありなんだよ」

  別に怒って無いよ。

  「あのなぁ・・・そんな口調で分からないとでも思ってるのか?BADENDも一つの終わり方なんだ。納得しろ」

  あれを納得しろって?自分の城を守るからって自分の息子と嫁を交換条件として差し出す奴が居るか?しかも最後は取り返すことも出来ずに息子と嫁を無駄死にさせるのが?そんな終わり認めたくねぇよ!

  「全く・・・お前が観たいって言った映画を借りて来たのに・・・」

  それだよ!予想を裏切られた気分で・・・

  「ムキになるなよ。主人公にも非はあるけどさ~」

  がぁぁぁぁ!イライラする!!

  * * *

  

  

  思い出すだけでムカツク話だ。

  「そんなこともあったなぁ~あれは最悪な最期だったな」

  〔全くあの時は酷い目に遭った。お前の会社の人から電話が来たり、機嫌を直そうと頑張ったり・・・〕

  「いやぁ~あの時は悪かったって!お詫びとしてドライブ連れて行ってやったろ?」

  笑いながら歩いていると駅前の大きなロータリーに着く。

  「あれ、駅前に来ちゃった。この近くに食べれる場所ってないよな?」

  〔別にどこでもいいぞ。俺が入るわけじゃないんだから〕

  「それもそうか・・・じゃぁ俺本位で決めさせてもらおう」

  そう言うが電話しながらレストランに入るのは気が引ける。少し見渡すと大手チェーン店が視界に入る。急ぎ足で店に向かう。

  簡単に食べられる大きいサンドウィッチをテイクアウトで買うと、携帯を片手にサンドウィッチを食べる。店の壁を背に立ったまま食べるのは行儀が悪いが通話しながらだったら仕方が無い。

  〔変に器用だな〕

  「学生時代はこんな感じでよく食べながら電話なんてしてたからな。まぁしゃ社会人になってもたまにやるけどな」

  〔そうなのか?そう言えば、ここの店に連れていってもらったことが無いんだけど〕

  「あぁ・・・お前、ファーストフードとか冷凍食品みたいな簡単で安っぽい物嫌いだったろう?だから連れていこうって思わなかったよ」

  〔まぁな。でも一回ぐらいは行っても良かったかな〕

  昭人は簡単に出来るものが嫌いだった。それだけを聞けばなんちゃって食通のコメントに聞こえるが、味気が無い上にパサパサしたりと外れが多いから嫌いとのこと。

  〔お前と一緒に来れるなら一回ぐらい我慢しても良かった〕

  「そいつは残念だな」

  そう返すとサンドウィッチの最後の一欠片を食べる。くしゃくしゃと包装紙を丸めながらどこへ行こうかと思案する。

  〔取り敢えず家帰ったら?休みとはいえ、そんな遠くには行きたくないだろう〕

  「うーん・・・行ってもいいんだけど、行くところが・・・あ!」

  少し思いついたところがあった。

  「実は3カ月ぐらい前にここら辺にデカい建物が出来たんだ。知ってるか?」

  〔あぁ・・・あそこか。俺は建設中の姿しか知らないけどな〕

  「その中にいろいろ出来たんだぞ」

  そう言ってその建物に向かって歩き出す。

  [newpage]

  着いたそこは、一階~三階までは大型のショッピングセンターで四階と五階部分がいろいろなレジャー施設がある複合型の店だ。

  〔デカイなぁ・・・まさかここまでとは思わなかったなぁ

  ここにはしょっちゅう来るのか?〕

  「一週間に一回程度は来るかな」

  〔何しにくるんだ?買い物・・・にしても近くのスーパーで事足りるよな?〕

  「違うよ。実はさ、ダーツ場があるんだよ。ビリヤード場もあるから週末辺りにここに来て練習してるんだ」

  〔すっごいヘタクソだったからな。うまくなったのか?〕

  

  

  * * *

  ビーーーーー!!

  「おい、聡!さっきから言ってるだろ。少し前に出過ぎなんだよ。またファールしちゃってるぞ」

  んなこと言われても!ちょっとはみ出ただけじゃん!!ダーツってのはどうにもやりずらいゲームだなぁ・・・

  聡の言葉に昭人はヤレヤレと首を振ると立ち上がる。

  「しょうがない。ビリヤードしよう!」

  それも初めてなんだけど・・・

  「ホント何もしてないんだな。学生の頃何して遊んでたんだ?」

  主にカラオケかなぁ・・・後は、大学なら呑みとサークル。あ、一回だけボーリングに行ったかな。意外と普通じゃないか?

  「そうだろうか?まぁそうなのかもしれないな」

  自嘲気味に昭人は笑ってカウンターの所へ向かう。

  え、もう止めちゃうの?

  「ヘタクソなのに続けるのは嫌だろ?またの機会に練習しにこよう」

  それはいいけど、もう帰るのは早い様な・・・

  「次はボーリング行こうぜ。一回やったことあるんだろう?それだったらある程度は楽しめるだろう」

  うん!ありがとう。

  * * *

  

  

  「もちろん!まぁまだまだヘタクソだとは思うが随分と上達したと思うぞ。ダーツもビリヤードも!もちろんボーリングもな!」

  〔あっそぅ〕

  つまらなさそうに言う。

  「そんないじけるなよ」

  〔いじけもするよ!ボーリングなんて高校時代からやってたんだぜ?六年ぐらい付き合いがあるのに二回ぐらいしかしてないお前にスコア抜かれたら凹むぞ〕

  そう、あの後にボーリングに行ったらビギナーの俺が170越えの高スコアで勝ってしまったのだ。その日だけは滅多に怒らない昭人もムスッとした表情で一日を過ごしていた。

  「こうゆうのもアレだけど、あの日はホントに調子が良かったんだ。なんて言うのかな・・・ピンが勝手に倒れると言うか・・・」

  〔余計に悲しいぜ。死んだ後も尚、俺を泣かすとは随分なことしてくれるじゃん?〕

  「ち、違う!そうゆうのじゃ〔わかってるよ。冗談だよ〕

  冗談とわかって安心する。自慢したかったわけじゃないし、久々に話せたのに怒らせたとなるともう会わす顔が無い。

  そうこうしている内にダーツ場に着いた。

  〔あ!そう言えばさ、ここにデカいレジャー施設が出来たけど、他の所はどうなんだ?あの静かなダーツ&ビリヤード場は?〕

  「あそこは今もまだやってるぞ。客足は少なくなったかもしれないけどな」

  〔ここは静かじゃないから静かにプレイしたい人向けな場所になったわけだ。まぁある意味いいことだ〕

  そんな話をしながら店に入りカウンターの犬獣人に話しかける。

  「山村さーん、こんにちは!」

  「いらっしゃいませ!今日も投げていきますか?」

  〔あ?誰だコイツ?〕

  久々に昭人の声色が変わる。どうやら嫉妬してくれたようだ。

  この人は山村 樹(やまむら いつき)さん。この周辺にいる数少ない『お仲間』である。

  もちろんだが、惹かれてなどいない。

  〔お前まさかこの人の・・・〕

  「おっと、勘違いするなよ。この人はお仲間なんだよ。山村さんにはちゃんと相方も居るし、深い関係じゃないぞ」

  「村瀬さん?通話しながらダーツなさるおつもりですか?」

  「え、あぁ・・・」

  ただ昭人にこのダーツの店へ連れてきたかっただけだから別にゲームをするつもりはなかった。週一でやっていたとはいえ、今週末は昭人の墓参りとかで予定が潰れていたのだ。

  「樹さん、お客さんなの?」

  〔おい、またデカ物が来たぞ。デカ物なのにダーツとはねぇ〕

  小さい声で昭人を静かにさせると、携帯から耳を離して小さくお辞儀をする。

  「いや、今週はちょっと来れないから挨拶に来てみたんです」

  咄嗟の嘘だが、隣に来た背が低く横に大きい熊人は遠月 裕(とおづき ゆう)さんは「どうぞごゆっくり」と短く言うと他の客の所におしぼりを持っていく。遠月さんは先ほど言った山村さんの相方だ。二人とも少し遠いところから引っ越してきたらしい。何かあった様な話し方をされたけど、深くは聞くまいと思って詳しい事は知らない。

  「今週は来られないんですね・・・じゃぁここに来たのは買い物のついでに?」

  「え、えぇ・・・まぁ」

  〔相変わらず嘘がヘタクソなんだな〕

  手に持った携帯から昭人の呆れた声が聞こえる。嘘をつくのが得意な奴よりかはマシだと心でいいながら店を出る。

  時間は既に午後の4時を回っていた。昭人との通話を開始してから早三時間。

  一階の食品売り場からは美味しそうな匂いと、タイムセールスなどの呼び込みの声がエスカレーター付近の吹き抜けからうるさく聞こえる。

  〔意外と時間経ったんだな〕

  「そうだな」

  こいつとこんなに話した事は無かった。

  「そう言えば、お前とこんなに話した事ってないんじゃないか?長話好きじゃなかったし、最近はそんなに話す機会っていうか内容が無かったし・・・」

  そう話しながら悲しい気持ちになる。昭人が居た頃は、傍に居るのが普通だったし一緒に笑って一緒に寝る。同じご飯を食べて、喧嘩をしても仲直りしてお互いをよく理解し合っていた。

  それが無くなった今。当り前だと思っていたことは当り前じゃないと分かって悲しくなった。

  〔まぁそれは仕方がねぇな。俺も話すことと言ったらほとんどが会社での愚痴だったりするわけだし・・・〕

  「・・・・・・」

  お互い黙ってしまう。きっと向こうも同じ事を考えているんだろう。

  〔そうだ!久々に家に行きたいなぁ~ちょっとだけ帰らないか?〕

  「あ、あぁ・・・」

  突然の提案に面食らうが嫌な雰囲気が一掃されるならと思い、店を出ると一直線にマンションへ向かう。

  外はまだ明るい太陽が地面をギラギラと照らしている。そんなに暑い気温じゃないが、日差しが強くて目が眩む。

  〔どうした?〕

  「目が眩んで・・・お前は?」

  〔いや、特には眩しくないよ。にしても日差しが強いな〕

  「午後は暑いって言ってたからなぁ少し遠回りになるけど、日影が多いところを選んで帰ろう」

  〔了解〕

  と言うことで、家までの道を少し遠回りで帰ることになった。さっきのショッピングセンターからマンションまでは20分の距離だが、少しの遠回りで30分程かかる。10分しか違わない距離だが、俺と昭人にとってはちょっとした思い出の地域だ。

  日影が多い道をひたすらに歩いていると、今来た道を含めて二本の大きな道と狭く小さい道が四本の六叉路に出た。

  〔懐かしい場所だな〕

  「あぁ・・・相変わらず分かりずらい道だな」

  昔、ここを歩いた時に迷ったのだ。

  

  

  * * *

  「おいおい、ちょっと遠回りしようって言ってここまで来たのはいいけど、どうすんだよどの道に行けばいいのか分からないぞ」

  マンションの方向を考えるとこの道だろ。この道を歩けばいいんじゃないか?

  「でもそっちの道路の少し奥見てみろよ。デカい家があるから行き止まりじゃないのか?もう引き返そうぜ」

  大丈夫だって!そんなに道が行き止まりなわけが無いんだから。

  「もうそろそろで陽が暮れそうだってのに変な冒険心は持ちたくねぇよ。引き返そう!」

  大丈夫大丈夫♪

  * * *

  

  

  〔結局あの後、2時間ぐらい彷徨ったな。繋がってるから大丈夫とか言ってたけど、繋がってたのはこの六本の道の内、来た道を除いた一本しか繋がって無かったからな。ほんと驚きだよ〕

  「はいはい、悪かったって!!」

  嫌味ったらしく言う昭人に少しムッとしながらも道を歩き出す。

  手当たりしだい道を進んで行くと、二本は元のショッピングセンターに向かう大通りへの道に出て、大きな道の一本は違う方への道へ。後の二本は行き止まり。正解の道を見つけるのに2時間を彷徨い歩いたのはいい思い出だ。どっぷりと陽が暮れて、暗くて風景も碌に見えない状態でもようやく家に着いた時はいい大人が大声で喜んだのを覚えている。その後の昭人の機嫌を直すのには更に時間がかかったが、いい思い出の上に冒険心が擽られたいい日だった。

  〔この分かり辛い道は直す気ないんだろうか?慣れればなんてことはないが、これじゃあいざって時には困るだろうに・・・〕

  「あぁ近々、この道は直されるらしいぞ。と言うのも、道が狭すぎて見通しも悪いから事故が増えてるんだってさ」

  こことは関係ない筈の住んでいるマンションにまで、道を直すことを市に訴えるとかなんとかで署名を書いてくれないかと来られたことがあった。

  工事うんぬんの話がどこまで進んでいるのかは知らないが、上級者向けの道が中級レベルまでに下がる程の工事が進んでいるといいな。

  「この道じゃ看板や地図を置いても分かりにくくなるだけだろうしね」

  〔そうだな。無くなる前に見れて良かったよ〕

  昭人のジョークに笑ってしまう。

  そんなことをしているとマンションに着く。

  エレベーターに乗ると圏外になってしまうので階段でゆっくりと五階の自室まで上がる。ゆっくりと上がったはずだが、暑い気温の中での階段での昇り運動なんて辛くてたまったもんじゃない。でもそれもこれも昭人の為だ。我慢しなければ・・・

  〔すまねぇな。俺のせいで階段にさせちゃって・・・お前、確か運動苦手なのに変な運動させちゃって悪いな〕

  「いや、これくらいなんてことない・・・」

  〔そうは言うけど、凄く汗だくだくの上にTシャツがびしょびしょだけど〕

  そう言われて疲れながらもTシャツをみると汗でTシャツの色が変わってしまっている。相当汗をかいたようだ。

  「あぁ・・・相当汗かいたようだな・・・」

  普通に話そうと思っても想像以上に疲れていてうまく話せない。

  「すまない・・・相当疲れてたみたいだ。お茶飲ませてくれ」

  返事も聞かずに疲れた体を引きずって冷蔵庫の中から炭酸飲料の缶を取り出すと開けてごくごくと飲む。

  片手で携帯の通話の仕方を通常からスピーカーに変える。スピーカーに変えると手放しで話せる。長い間、携帯を持って耳を当てていたせいか腕が疲れた。ぶらぶらと腕を振って凝りをほぐしていると昭人が話しかけてくる。

  〔楽になったか?〕

  「まぁね・・・でも、しばらくはスピーカーの方で話させてもらうぞ?イヤホンマイクがあればいいんだけど、前に持ってたのが壊れちゃってさ」

  〔お前はほんと物をよく壊すな。機械音痴も直ってないのか?〕

  確かに、俺が扱う電子機器はよく壊れる。でもそれのほとんどは俺が意図しないことで壊れてしまう。

  「別に機械音痴ってわけじゃないんだけどなぁ」

  〔じゃぁ機械ブレイカーか?〕

  「人聞きの悪い・・・」

  〔店の端末機壊して弁償させられかけたっけねぇ?〕

  笑いながら言う昭人に、聡は顔をしかめると飲み物をまた一口飲む。

  

  

  * * *

  ・・・・・・

  「おい、まだ探し物見つかんな・・・なにどうしたの?」

  さっきからこの端末動かないんだよ。俺がどんなに指で画面タッチしても無反応でさ・・・

  「まさか壊したのか?」

  そんな!だって今さっききたばっかりだし、ただタッチしただけだぞ?それなのに壊れるなんてことがあるか!

  「あのぉお客様。他のお客様が端末機のご利用をされたいようなので、長時間の使用はご遠慮ください」

  そ、それが・・・

  「あの、この端末機動かないみたいなんですけど、どうなってるんですか?」

  「壊れてる?少しよろしいでしょうか?・・・・・・壊れてるみたいですね。最初に気づかれたのはどちらで?」

  わ、私です。

  「・・・お手数ですが、事務所の方まで来てもらえないでしょうか?」

  * * *

  

  

  「そんなこともあったな!酷い目にあったぜ・・・もう二度とあの本屋に行かない」

  〔行けないの間違いだろ?それに外で待たされた俺の身にもなってほしいぜ。1時間近く待たされたからな〕

  「新品だとか最新式だからとかよくわからないけど、俺が壊しただなんて変な言いがかりだよ。説得と説明にどれほど時間を費やしたか」

  〔取りあえず無罪放免になったんだからいいじゃないか〕

  確かに弁償させられなかったし疑いが晴れてよかった。しかしそれでも納得したくない。

  俺はむっとしてテレビをつけて気を紛らわす。

  「あのさぁ・・・この芸人、この間問題起こしたんだって」

  〔へぇ・・・どんな?〕

  「事故だったかな」

  〔それは大変だな〕

  それから一年前のようにぽつぽつと話しながらテレビを眺める。

  別にどんな話でもよかったただ話せることがよかった。その一時がとても懐かしくて、まるで一年前に戻ったかのようだ。失われた光景、テーブルの椅子に座る聡の向かい側は誰も居ない。あるのは聡の携帯。聡の携帯からは昭人の声だけが聞こえる。傍から見れば異常な光景だろう。しかし二人は確実にそこに居て、お互いを感じ、お互いの存在を肌で、耳で感じていた。触れなくても聡は愛しい人が近くに居ると感じるだけで、胸が満たされて今までは楽しさを感じなかったテレビを見る一時がとても貴重で輝いていた。

  “ポーーン!いま、午後6時になったことをお知らせします”

  いきなりテレビから時報とアナウンサーの声が聞こえてくる。さっきまでテレビの音は小さく感じていたのだが・・・

  〔もうこんな時間か・・・〕

  「そうだな」

  外はすっかり夕暮れで東の空はすでに濃い青色になっている。もうそろそろで夕暮れだ。

  〔綺麗だな。夕日・・・〕

  「お前は夕日の赤い空が好きだよな。お前といろんなところの夕日を見てきたよな」

  〔あぁ・・・そうだ、少し行きたいところがあるんだが、連れて行ってくれないか?〕

  「今からか?遠いところなのか?」

  〔いや、遠くない。桜公園に行きたいんだ〕

  「桜公園?なんだってまた・・・

  まぁいいか!十分休んだし、ちゃっちゃと行こうぜ」

  机の上にある鍵束と財布、携帯を持って玄関に向かう。

  桜公園というのは、今いるマンションから20分程歩いたところにある桜の木がたくさんある公園だ。広い上に綺麗な桜、綺麗な人口の小川が流れていている が咲くので春にはよく花見として使われたりお祭りの会場としても使われたりするが、聡と昭人にとってはお祭り以上に特別な公園だった。

  「久々に来たよこの公園。最近じゃお祭りがあっても・・・」

  〔・・・あっても?〕

  「いや、なんでもない」

  公園の側の道を通るだけでも昭人のことを思い出して辛くなるから来れなかった。それを今は言う必要はない。それに昭人に変な罪悪感を与えてしまうだろう。

  「ほんと懐かしいなぁ・・・二年ぐらいかな?」

  〔俺は一年ぐらいだな。一人で何回もここに来てたからさ〕

  「もしかして、夜に出かけてたのってここか?ついていこうとした時、一人で行きたいって言ってた・・・」

  〔そうだ〕

  「なんでだよ!?」

  大抵が深夜の1時頃に行っていた。

  〔いや・・・特に理由は無いんだ〕

  「嘘つけ!結構長い時間でかけてたじゃねぇか」

  恥ずかしそうに沈黙の後、ボソボソと話し始める。

  〔告白した時のこと思い出してたんだよ〕

  「は?なんでそんな昔のこと・・・」

  〔俺の方から告白して、お前を幸せにするって約束した。ここに来る度にそれを思い出しては理想の生活にしようって思ってたんだ。もし俺が死んだ時、もしくはお前が死んだ時に忘れない日々を残すために・・・別の好きなやつが出来て付き合いだしても、記憶から色褪せないようないい日々を過ごそうって・・・〕

  でも現実はそうはいかなかったんだ・・・

  小さくそう言って昭人は声にならない溜息を洩らす。

  〔まだ、全然楽しくしてやれなかったのに、俺だけが逝ってしまった。どれ程悔んだか・・・〕

  「・・・そんなこと考えてたんだ。全然知らなかった」

  その説明があるまでここで静かに酒でも飲んでたのだろうかと勘繰っていたが、そんな考えしか思いつかない自分が愚かしい。自分が死んだ後のことや昭人が死んだ後のことなんて全く考えてなかったし、考えたくなかった。一緒に居ることが当たり前だとずっと思っていた。

  「そんなこと・・・思っててくれてありがとう。でも、安心してよ。俺が愛してるのは昭人だけだから!」

  〔ダメだ〕

  自信満々に答えたものがすぐに両断されてしまった。どうしてなのか思わず携帯を眺めてしまう。

  「なんで・・・」

  そう聞き返したが、どうしてなのかは自分でもわかる。もし自分が昭人の立場だったら。と考えると想像に難しくない。

  〔お前は生きてるんだ。俺のことを忘れないでいてくれるのは嬉しい。だけど死んだ奴にいつまでも縋ってしまうのはどうなんだ?縋る人はそれで良いと考えているのかもしれないが、それは本当にそいつの幸せに繋がっていて、幸せになるために必要なことなのか?俺はそうは思えない〕

  昭人から変わらない愛を感じてものすごく嬉しい。嬉しければ嬉しい程、昭人を差し置いて新しい出会いを見つけるなんて出来ないと感じる。俺が昭人の立場だったら、さっきの昭人と同じこと言うだろう。でも次の恋人を作れたとしても、記憶の中の昭人をその恋人に影を重ねてしまう。それはその恋人に対して失礼じゃないだろうか?それにその好きになった人のことを心の奥底から好きになれるのだろうか・・・

  「これからもずっと愛していたいよ・・・だから俺は他の人を好きにはなれないよ」

  〔わかるさ。忘れなくてもいい。好きのままでいい。でもお前はお前の人生を楽しんでもらいたい。幸せになって欲しい・・・その生活に俺が関わる必要はないんだ。忘れてほしくはない。でも忘れてほしいんだ・・・・・・なんて言えばいいのかわからないんだけど・・・でも、そうしてほしいんだ〕

  「わかるけど・・・わかるけど」

  昭人の性格上、こうゆうことを言うのはわかってる。それでも・・・

  昭人の意志を尊重したい気持ちと昭人への気持ちを捨てたくない気持ちの狭間で聡は迷っていた。嘘ついて誤魔化してもいいが、もう話せない人に嘘なんてつきたくない。だから今、昭人に変な心配をさせないように、安心して逝けるようにお互い満足できる答えを言ってやらなきゃいけない。

  大袈裟に聞こえるかもしれないが、今が一生に一度か二度の大きな分かれ道だ。しかも、もう居ない昭人との最後の約束・・・

  聡はじっと夕日を見ながら考える。ゆっくりと確実に時が進む。

  「俺は、お前を忘れることができない。いや、忘れたくない。

  でも俺は幸せになってみるよ。どんな風にするかはわからない。だけど、やってみるよ」

  ふざけた返答に聞こえるかもしれないが俺は真面目だ。真面目にそう思ったのだ。

  〔ふっ・・・相変わらずバカだな。でもそこがお前のいいところだ・・・〕

  「あ?そんなに変だったか?」

  〔怒るなって・・・ただ、お前らしいって思ってさ〕

  「俺らしい?」

  〔選択肢を無視するあたりが特にな〕

  「悪かったな!それもこれもお前のせいだろうが!」

  少し腹が立って声を荒げてしまう。その声に驚いたのか近くのベンチに座っていたカップルが俺を見ている。邪魔する気はなかっただけに申し訳ない気持ちでいっぱいになった。急いでその場を離れると公園の奥の方へと歩く。

  少し高台のカーブのある道に着く。急いでさっきのベンチから離れてここまで来たので疲れてしまっていた。足を休憩させるためにもドカッとベンチに座る。点いたばかりの街頭が近くにあるカーブミラーの影を薄くベンチに落としていた。もうそろそろで陽が落ちる。

  〔全く、大声あげるなよな〕

  「すまねぇ・・・つい・・・」

  そう言いながらベンチに横になって空をみる。

  青とオレンジの雲と空のコントラストが目の前に広がり、まるで空に浮かんでいるような錯覚を覚える。

  「そういえば、この時間帯だったな。お前の告白」

  〔あぁそうだったな。あの日、お前が遅刻してきたからこのくらい時間になったんだよ〕

  「うるせぇ」

  そう返すと目を瞑る。

  あの時のことが鮮明に蘇る。

  

  

  * * *

  まさか昼飯を食って眠るとは思わなかった。

  重要な話があるから来てくれって幸村さんに言われたから変に緊張しちゃったのだ。おかげで夜は眠れなくて、気を抜いた昼にぐっすり眠ってしまった。

  待ち合わせの時間は午後4時で今は午後5時。バイト終わりで行くと言っていたから疲れているだろうに・・・そんな疲れている彼を待たせるとはとんだ失態だ!

  「おーい、幸村さん!」

  公園内も走ってベンチに座る幸村さんを見つけると大声で呼ぶ。遅れて来たのにも関わらず幸村さんはほっとした表情で迎えてくれた。

  「村瀬さん、遅かったな」

  「ご、ごめん・・・寝坊しちゃって・・・」

  「取り合えず座って落ち着きなよ。ここまで走ってきたんだろ?」

  そりゃ待たせてるのにそれ以上に待たせるわけにはいかないからね。

  そう言いたかったが、疲れて思うように言えなかった。ただヒィヒィ言ってるしかできなかった。

  「はい、これさっき買ったもの。飲んでいいよ。おごりだから」

  「ありがとう・・・」

  飲み物を貰って休むことに専念する。しばらくして体が落ち着くと何の用なのか聞いてみる。

  ここに来ないかと昨晩に誘われてそのまま来たのだが、なんの用事があってここに呼び出されたのか全く知らなかった。電話越しで言われた時すごく真剣な声だったから何の用なのか聞けなかったが、雰囲気的に相談かなにかだと思うのだが・・・

  「今日はどうしたの?電話越しじゃ何の用なのか教えてくれなかったけど・・・」

  「あぁ・・・ちょっと話したいことがあって」

  いつもは冷静沈着な幸村さん。でもこの日に限ってどこか余所余所しく落ち着きが無い。

  「その・・・重大な話があって呼んだんだ。悪いな」

  「うん・・・それはわかってるんだけど、なにを話したいのさ?」

  「そ、そのさ・・・笑わないで聞いてほしい!俺と付き合ってくれないか!!俺はお前が好きなんだ!!」

  「え・・・えーーーー!そ、そんないきなり言われても」

  突然の告白に俺は戸惑う。

  お互いゲイだってのは知ってる。そうゆう掲示板で友達として出会って、本当に会って遊ぶようになって早半年。すごく気が合うやつだから好きだと言われるのは嬉しいけど、それは友達としての話であって恋人となると・・・

  「ダメだろうか?」

  「いやぁ・・・いきなりそう言われても・・・

  前々から気にはなってたけど、ちょっと唐突過ぎてビックリしたっていうか・・・」

  そう言うと幸村さんはバツが悪そうに目をそらす。別に責めてるわけじゃない。

  「いや、すごく嬉しいよ!でもそのぉ・・・それに応えられるかなぁって」

  「じゃぁ返事はOK?」

  「まぁ・・・弱賛成、かなぁ・・・なんて」

  ちょっと冗談を言ってみたが幸村さんは俺をジッと見てくる。

  「あ、いや!OK・・・OKです。その、こんな奴だけどよろし・・・っ!?」

  椅子に座りながら頭を下げて上げると幸村さんにキスをされた。そのままベンチに押し倒される。

  綺麗なオレンジ色の空を背景に幸村さんの少し赤くなった顔は嬉しそうに俺を見る。

  「村瀬さん」

  「ん?」

  「名前で呼んでもいいかな?」

  「もちろん///

  じゃぁ俺の方も名前で呼ぶよ?それと敬語はなしだぞ?」

  昭人は俺の胸に顔を埋めて嬉しそうに尻尾を振る。その姿を見ると愛らしく感じ、告白をOKしてよかったと強く思う。

  「すぐには無理かもしれないけど聡を幸せにしてみせる。後悔させない・・・絶対に」

  まっすぐな目でそんなことを言われる。嬉しいけどすごく恥ずかしい。普段は物静かであまり熱いことは言う人じゃないんだが今日に限って違う。

  普段とは違う昭人にどんどん惹かれる聡は今度は自分から昭人にキスをする。人が来ないことをいい事に、二人は暗くなる空の下で抱き合ったりキスをする。

  ずっとこれが続くんだ・・・

  そう思うと聡は嬉しくて堪らなかった。

  * * *

  

  

  「あぁ・・・あの頃が懐かしい」

  〔告白があんなにも辛いものだとは知らなかったから、あの後すごく疲れたよ。家に帰ったらぐっすりさ〕

  「そうか・・・そうだったんだな」

  〔どうした?〕

  だんだんとその時の雰囲気に近づき胸が苦しくなる。今更、こんな話がなんだというのだろうか。

  

  昭人と一緒にいたい。

  事故なんか知らない、平和で和気あいあいとした幸せな暮らしをしたい!

  ただそれだけなのに

  

  〔聡・・・泣くな〕

  「え・・・あ、いや、これは・・・」

  いきなり涙が溢れて、流れはじめる。

  「ご、ごめん・・・今日は泣かないようにって思ってたんだけどな・・・」

  なんとか涙を止めようとしても中々止められない。

  今までの思いがとめどなく溢れてくる。

  「どうして今になって・・・どうして今になってこんな形で話してきたんだよ!せめて事故の一週間後でもいいじゃねぇか!なんだってこんなに遅いんだよ!しかも携帯越しってなんだよ。抱きしめられねぇし、姿も見れない・・・なんでこんなことになったんだよ。見えないだけで近くには居るんだろう?

  最悪じゃねぇか!生殺しもいいところだ!!勝手に死んどいてこんな・・・こんな仕打ちありかよ!?」

  ボロボロとだらしなく泣きながら携帯越しに昭人に訴える。昭人を責めても意味が無いのはわかってるのに、泣いて苦しくなった喉を無理に使って大声で言う。

  理不尽でそれでいて有難迷惑な今日の奇跡・・・

  ほんと・・・迷惑だ・・・・・・

  「余計に昭人が恋しくなったよ。今すぐ抱きしめたい。

  キスもしたい。一緒に寝たり、店に出掛けたりしたい!

  怒られたり怒ったりしたい!

  一緒に映画だって見たい!

  好きな物を一緒に食べに行ったりしたいよ!」

  〔・・・わかってる〕

  冷静に俺の言葉を受け入れてくれる昭人の声は悲しそうだ。

  「ごめん。どうしても我慢できなくて・・・」

  〔いや、わかる。もし俺がお前の立場なら同じことを思うだろう。でもな、それでもお前は立ち止まっているわけにはいかない。前に進んでもらいたい〕

  「うん・・・でもどうしていいのかわからないよ。

  だから恋人が出来たら、昭人のこと嫌いになっておく。愛してるけど、嫌いになっておく・・・」

  〔あぁ・・・〕

  「でも絶対に忘れない。新しい恋人が出来るまで愛してる・・・

  それなら忘れなくてもいいし、きっと新しく踏み出せると思う。それでいいよな?間違ってないよな?」

  いま、考え付いたことを言ってみる。

  〔いいんじゃないか?お前がそれでいいと思うならそれでいいんだよ。俺はお前に嫌われてもずっと見えなくても触れなくても想ってる。

  お前はお前で新しい恋人・・・大切にしてやれよ〕

  「・・・うん」

  そう言うと突然ザラザラと雑音が入る。すごく耳障りで通話を切りたい衝動に駆られるが、それを無視して昭人に声をかける。

  「え!?もしもし!昭人聞こえるか!?」

  〔さ・・・きこ、え・・・〕

  聞こえてるらしいけど、ほとんど向こうの声は聞こえない。

  もしかして、もう話せる時間が終わりに近づいてるのだろうか?唐突過ぎる!あともうちょっと・・・せめて、陽が沈むまで・・・頼む!!

  「昭人!今までありがとう。大好きだから。愛してるから・・・

  ほんとに今までありがとう!」

  〔あ・・・わかって・・・ぁりが、と〕

  微かに聞こえる言葉にまた泣き出してしまいそうになる。

  「世界で一番愛してるから!」

  そう言ったところで電話越しから耳障りな音が響きプツリと切れる。

  

  昭人・・・ありがとう。

  

  暗くなった空に聡は泣きながら小さく言う。暖かい一陣の風が聡の頬を撫でる。その風を捕まえるように宙を掴んでみると暖かい『モノ』を掴んだ気がした。

  少し暖かさを持った手で涙を拭う。暗くなり街路灯が点いた家路を歩く聡の足は、心なしか軽く弾んでいた。

  

  

  三年後

  久々の客人が俺の家に来ていた。

  「ここが俺の家だ」

  「ここが・・・村瀬さんの家ですか~

  部屋の中すごく綺麗ですね!」

  「今日、お前が来るって言うから昨日急いで片づけたんだ」

  傍らに居るのは茶色の艶やかな獣毛を持つ猫獣人。

  歳は五歳ほど離れていて、年下だ。まだ一年ちょっとの付き合いだ。

  「ここが寝室かぁ・・・村瀬さんの香りがする~」

  「コラコラ、外着のまま布団の中に入るんじゃない!」

  「えー嫌だ~」

  服の襟首の部分を持って持ち上げるとじたばたと抵抗する。

  「外着を脱いでくれればいいんだ。そうだなぁ・・・あ!お風呂入ってこいよ」

  「まだ早い・・・・・・そ、それって///」

  意味深に言うと、それに気づいて頬を少し赤に染めながら目をキラキラと輝かせる。

  「まぁそうゆうことだ/// ホラ、早く入ってこい!」

  150cm台の小さな恋人は嬉しそうに風呂場に向かう。

  俺は持っていた買い物袋から物を取り出して冷蔵庫にしまうと寝室に向かう。

  「今日連れて来た子が新しい恋人だ」

  下着を取り出しながらも棚の上にある昭人の写真に向かってそういう。

  「ちょっと頼りないところとか若さ故、なところがあるが優しくていい奴だよ。お前の話をした時も優しく接してくれた。

  だから・・・というのも変だけど、大切にしたいと思う。俺はいますごく幸せだよ。昭人にはどう見えてるかな?」

  もちろんなにも言わない写真にじっと視線を送る。

  「幸せに見えたら嬉しいな・・・・・・

  じゃぁな昭人。嫌いで愛しい人」・・・

  そう言うと昭人の写真に小さく手を振ると、風呂場に居る小さな恋人のもとへ向かう。

  聡は新しい道へと足を踏み出した。

  

  完