[chapter:ウルフデパートに行こう!]
ここはケモノ界のさいたま市大上区。時は2月のある日曜日。
太ったキタキツネの稲荷山 紺助くん(小学4年生)と妹の稲荷山 万梨阿ちゃん(3年生)が宿題に励んでいると、母親が呼んだ。
「紺助、万梨阿!ウルフデパートへ買い物に行かない?」
2匹は喜んだ。
「ウルフデパート?やったー!」
「デパート大好き!」
「何買おうかな?」
小さなバッグを持ち、玄関へ向かう。
「ほら、お兄ちゃんも早くおいでよ!」
「ぼくは太ってるから、ゆっくり行くね。」
ウルフデパートはこの近辺で一番大きな商業施設だ。休日には大上区の住民で賑わっている。
稲荷山一家は楽しそうに住宅街を歩く。
「お昼ご飯、楽しみだな!」
「私はおもちゃが欲しい!」
「お母さんは何にしようかしら。」
楽しみ方は別々のようだ。
住宅街を抜けると、高い建物が増えてきた。大上駅の東口に近づいている。
大きな城を模した食べ放題レストラン、フード・キャッスル。
4階建てのゲームセンター、タイガー・ステーション。
カラオケのビッグネコー、パチンコのラクーン、ボウリング場のラビット1…東口は娯楽施設やレストランが並ぶにぎやかな場所だ。
稲荷山一家は大上駅の構内へ。ここは埼玉で一番のターミナル駅だ。
中はかなり広く、大勢のケモノが歩いている。
改札口から出てきたツキノワグマの家族、新幹線の改札を通る太った三毛猫の老女、落とし物を取りに案内所へ向かうマッチョな水牛の男性…
「今日も賑わってるね。」
「そうよ。ここは昔から賑やかだったの。
お母さんが高校生の頃は電車で大上高校に通ってたんだけどね、その当時から毎朝こうだったわ。」
構内を抜け、西口のペデストリアンデッキへ出た。この辺りは高層ビルが立ち並んでいる。
一番高いビルは大上スピードシティ。日光を受けて輝いている。
それと反対側の通りにある建物が、ウルフデパートだ。
建物の上には大きな赤い文字で「WOLF」と書かれている。ロゴマークは赤丸の中に狼の横顔が描かれた物。
入り口の左側にあるエレベーターシャフトはガラス張りで、外からは乗客がよく見える。
「さあ、着いたぞ!」
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[chapter:デパートの中へ]
稲荷山一家はデパートに入った。ペデストリアンデッキと直結した2階には化粧品やアクセサリー、香水などが売られている。
「わあ、この指輪きれい!」
万梨阿ちゃんはショーケース内の指輪に夢中だ。
「素敵な指輪ね。でもこんな小さいのに10万円もするのね…」
「そうね、お母さん。うちがもっとお金持ちなら買えたのにね。」
「指輪じゃお腹はいっぱいにならないよ。ぼくなら10万あれば全部食べ物に使うね。」
「お兄ちゃん、やっぱり食いしん坊!」
その時、声をかけられた。
「こんにちは、稲荷山家の皆様。」
「あ、スカンダーさんだ!」
声の主はタキシードを着たスカンクだった。
彼はグリムズ・スカンダー。雪見家(ホッキョクギツネ)の執事だ。
「スカンダーさん、今日はどのような要件でここへ来たのですか?」
「お嬢様に頼まれて、指輪を買いに来ました。」
それは先ほどまで万梨阿ちゃんが見ていた指輪だった。
「あれを簡単に…すごいですね、スカンダーさん!」
「ええ。理沙様なら10万円などすぐに用意できますから。」
「やはりセレブは違うね…」
スカンダーと別れ、エスカレーターで3階へ。ここは女性用の服売り場だ。
「お母さん、ちょっとここで服を見るわね。紺助と万梨阿も付き合ってくれる?」
「もちろん!」
「…うん、わかった。」
万梨阿ちゃんは乗り気だが、稲荷山くんは退屈そうだ。
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[chapter:退屈な稲荷山くん]
「この服素敵だね!私、大きくなったら着てみたいな…」
「万梨阿はきっと、その服が似合うようになるわ。」
「お母さんにはこれが似合うんじゃない?」
「ありがとう。でもデザインがちょっと派手すぎるかしら…」
「このしっぽアクセも可愛い!」
「これを着けて歩いたら、みんな振り返りそうね。」
万梨阿ちゃんと母親はファッションに興味があるため、楽しそうに話している。
しかし、稲荷山くんは大して興味がない。そもそも3階に男性用の服は陳列されていない。
(ああ、早く選んでくれないかな…
ぼくの好きな格好は、やっぱりTシャツだな。お腹出してる方が涼しくて気持ちいいよ。)
彼はシャツに収まらない太鼓腹を撫でた。
20分ほど服を見て、ようやく4階に上がった。しかし、こちらも女性用の服ばかり。
2匹はまだ服を選んでいるが、稲荷山くんはますます退屈な表情になった。
(ああ、まただ…もうお腹がペコペコでたまらないよ…)
彼のお腹は、先ほどからグーグー鳴り続けている。
(早くお昼が食べたいな…)
その時、聞き慣れた声がした。
「こんにちは、稲荷山くん。ここでは何を?」
声の主は、クラスメイトの金子 真里ちゃん(白猫)。今日は母親、弟の雄二くん(1年生)と共に来ている。
「こんにちは、真里ちゃん。買い物の付き添いで来てるんだ。でもお母さんと妹ばかり盛り上がってるから退屈なんだよ…」
「そうなの。これから先に楽しみはあるかしら?」
「お昼かな。それとおもちゃ売り場!あと漫画も欲しいな!」
「たくさんあるわね。それについて考えると時間つぶしになるわよ。」
「そうか。ありがとう!」
「良かったわ。それじゃあね!」
真里ちゃんと別れた稲荷山くんは、食事や漫画の事を考えて時間をつぶした。
「紺助、お待たせ。」
母親が呼びに来た。2着の服が入った袋を持っている。
「お母さん、次はお昼?」
「そうよ。紺助の食べたい物にするわね。」
「やったー!待ってましたー!さあ行こう!」
稲荷山くんは元気になり、エレベーターホールへ向かった。
「お兄ちゃん、食べ物の事になると元気出るよね…」
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[chapter:レストラン街へ]
しばらく待っていると、エレベーターが到着。稲荷山一家の他には、虎の家族と太った中年のカラカルが乗っている。
レストラン街は9階だが、そのボタンはすでに押されていた。
ドアが閉まり、エレベーターが上がり始めた。稲荷山くんと万梨阿ちゃんは窓から景色を眺めている。
「フード・キャッスルが見えてきたよ!」
「ケモノ小学校埼玉校も見えた!」
「お家も見えるね!」
「あっ、大上駅に新幹線が入ってきたよ!」
エレベーターはすべての階で止まり、そのたびに客が乗ってきた。黒猫の女子高生、かなり太ったサイの中年女性、ぽっちゃりした柴犬の家族…
8階を出発した頃には、客で埋まっていた。
9階のドアが開くと、客は一気に外へ。
「今日は何を食べようかな?」
稲荷山くんも胸を踊らせながら、レストラン街へ足を踏み入れた。
和食、洋食、中華、ベトナム料理、喫茶店…昼下がりのため、どこも賑わっている。
好きな店を選んでいいと言われた彼は、目を輝かせつつ案内図を見ている。
「どれがいいかな?お寿司も食べたいし、うな重もおいしそうだし、ステーキなんかもいいし…
ああ、目移りしちゃって決められないよ…」
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[chapter:昼食の時間]
なかなか決まらないため、母親が助け舟を出した。
「紺助にはお腹いっぱい食べられる店がいいんじゃないかしら。」
「うん、もう腹ペコだし…そうだ、あそこがいい!」
稲荷山一家が向かった店は、中華バイキング「老虎飯店」。90分制限の食べ放題だ。
ここにも多くの客が列を作っている。稲荷山一家も最後尾に並んだ。
「やあ、稲荷山くん!」
突然の声に振り向くと、太ったシマリスの男の子が標準体型の両親と共に立っていた。クラスメイトの栗田 永雄くんだ。
「栗田くん!君も買い物?」
「そうだよ。お昼にしようと思ってこの階に来たら稲荷山くんたちがいたから、同じ店で食べようと思って後をつけたんだ。」
「これは嬉しいサプライズだね。一緒にたくさん食べよう!」
並びながら会話を楽しむうち、稲荷山一家の番が来た。
「ああ、やっとお昼だ!」
稲荷山くんは喜びの声を上げながら店内へ。
「紺助、万梨阿、思いっきり食べるのよ。」
「もちろん!」
「たくさん食べようね、お兄ちゃん!」
席に案内されると、稲荷山くんと万梨阿ちゃんは早速皿を山盛りにした。
チャーハン、エビチリ、春巻きに蟹玉…
「ああ、やっと昼食にありつけたよ…」
「もうお腹ペッコペコ!いただきまーす!」
2匹は目を輝かせ、料理を頬張った。
「いつもよりおいしく感じるよ!」
「やっぱり空腹は最高の調味料だね!」
「いくらでもおかわりできちゃう!」
「気分最高!」
母親も料理を食べつつ、2匹の子供を眺めていた。
「やっぱり子供にはたくさん食べさせてあげなくちゃね。」
「んー、おいしくて心から叫びたいぐらいだ!」
栗田くんも同様に、山盛りの料理を頬張っている。
稲荷山一家とは離れた席に座っていたが、頬張る合間に稲荷山くんを眺めていた。
「永雄が元気に食べる姿を見ると、嬉しくなるわね。」
「好きな事に夢中だからな。」
両親も微笑んでいる。
90分後、稲荷山一家は店を出た。
「うーん、食べた食べた!満足だ…」
「私もお腹いっぱい。ちょっと苦しいけどとっても幸せだね。」
稲荷山くんと万梨阿ちゃんは相当な量を食べたため、お腹はパンパンに膨らんでいた。母親のお腹は少し突き出た程度だった。
「動くのが大変だよ…お腹が落ち着くまでベンチで休まない?」
「私も歩きにくいから、しばらく休みたいな。」
万梨阿ちゃんは細身のため、大きなお腹には慣れていない。
「そうね。お母さんはそんなに疲れてないけど、30分ぐらい休みましょうか。」
栗田一家も少し遅れて店を出た。案の定栗田くんのお腹も膨らんでいる。
「ゲープ、もうお腹いっぱいだよ…しばらく休もう。」
ベンチで休む稲荷山くんと万梨阿ちゃんを見つけると、隣に座った。
「稲荷山くん、ぼくと同じぐらい食べたんだね。」
「あ、栗田くん。満足するまで食べたよ。お腹がこんなに膨れちゃった!」
「ぼくもポンポコリンになっちゃったよ。もう動くのも大変さ…」
大量に食べれば眠くなる。3匹の子供はいつしか眠っていた。
「可愛い寝姿ね。」
稲荷山くんの母親は、その様子を撮影した。
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[chapter:ペットショップと屋上]
30分ほどして、3匹は昼寝から目覚めた。
「ああ、よく寝た…体力回復だ!」
「お腹も軽くなったね。」
「さあ、そろそろ行きましょう。」
「上のフロアに行こう!」
お腹の落ち着いた稲荷山一家は、上りエスカレーターに乗った。栗田一家は下りエスカレーターへ。
10階にはペットショップが入っていた。
爬虫類や熱帯魚、鳥類が並んでいる。当然だが犬や猫などの哺乳類は売られていない。
「お兄ちゃん、カナリアの鳴き声ってきれいだよね!」
「金魚もきれいだね。」
「お母さんも昔金魚飼ってたのよ。世話が楽で良かったわ。」
「イグアナをペットにしたら、みんな驚くだろうね!」
しばらくペットを物色したが、実際に飼う予定はないため何も買わなかった。
「今度は屋上からの景色を見よう!」
すぐそばのドアから屋上へ。広大なスペースで、フェンスからは外が見渡せる。
「ここからの眺めは最高だ!」
「エレベーターよりも高いからね!」
「あっちの方は隣の川獺市よ。」
一家は景色を見ながら、様々な事を話し合った。
「知ってる?昔はここに遊園地があったのよ。」
「この何もない広場が?」
「コーヒーカップや汽車、ゲームコーナーなどがあって、たくさんの子供で賑わっていたわ。でも紺助が生まれるちょっと前に閉鎖されちゃったの。」
「そうなんだ…行ってみたかったな。」
「でもその頃は、景色を見に来るケモノは少なかっただろうね。」
「今はこうして静かに景色が見られるから、こっちもこっちでいいよね!」
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[chapter:稲荷山くんの買い物]
屋内に戻り、エスカレーターで8階へ。
「よし、新しい漫画を買おう!」
稲荷山くんを先頭に、一家は書店へ。
「さあ、どの漫画を買おうかな?」
漫画のコーナーに行くと、また栗田くんに会った。
「あ、栗田くんも買うの?」
「そうだよ。さっきまで選んでいたけど、どれにするか決めたんだ。」
2匹は目当ての漫画を手に取り、会計を済ませると親の所に戻った。
「お兄ちゃん、漫画買えたんだね。」
「うん。最新刊が買えて良かったよ。」
「良かったわね。さあ、下に行きましょう。」
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[chapter:フロアを下へ]
次に向かった場所は7階。ここには家具や食器が売られている。
「わあ、立派な椅子!」
「見て。500キロまで耐えられるんですって。」
「太ったケモノは多いから、これぐらいは必要だよね。」
「これはヤマアラシ用のベッドか。」
「針が刺さらないように固く作ってあるんだね。寝心地いいのかな?」
「こっちの体重計は、1トンまでいけるみたい!」
「学校でもこれ使ってるんだ。」
会話を楽しみながら、商品を物色した。
次は6階へ。ここには紳士服やスポーツ用品、楽器などが売られている。
肥満率の高いケモノ界では相撲が盛んだ。スポーツ用品売り場にはまわしも並んでいる。
「あ、猫山くんが来てる!」
「稲荷山くん、こんにちは。」
声をかけた相手は、黒猫の猫山 苗太くん。隣のクラスだが、稲荷山くんと同じ相撲部員のため仲が良い。
彼も家族で来ている。肥満体の父親にぽっちゃりした母親、丸々とした弟の折葉くん(1年生)。
折葉くんは町内の相撲教室に通い、父親も若い頃は相撲の全国大会で何度も優勝した。母親も高校時代は女子相撲部員。見事な相撲一家だ。
「猫山くんは何を買うの?」
「折葉が家で使うまわしさ。あいつが家で稽古をする時はパンツ姿なんだけど、やっぱりまわしの方が気分が出るみたいなんだよ。
それに折葉はまわしがうまく締められないから、家でも練習したいんだって。」
「ぼくも最初は難しかったよ。慣れておくのは大切だね。」
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[chapter:おもちゃ売り場]
猫山一家と別れて5階へ。ここには子供服やおもちゃが売られている。
「わーい!やっとおもちゃ売り場だー!」
万梨阿ちゃんは大喜びで走っていった。稲荷山くんと母親が後を追う。
彼女の行く先には、数多くのおもちゃが並んでいた。
ブロック、ミニカー、ぬいぐるみ、ゲームソフト、プラモデル…子供たちで賑わっている。
「万梨阿は何を買う?」
「そうね…ゴールデンファミリーの家具がいい!」
ゴールデンファミリーとは、ヨーロッパ風の村に暮らすケモノたちをかたどったドールのシリーズ。女の子の間で有名なおもちゃだ。
(どの家具にしよう…ベッドは持ってるから、テーブルかな?でもそれだけあっても微妙だし…)
その間に稲荷山くんは他の棚を物色。ラジコンのコーナーでまた友達に会った。
「あ、新井くんだ!こんにちは!」
「こんにちは、稲荷山くん。ここで会うなんて奇遇だね。」
ぽっちゃりしたアライグマの新井 楽くん。彼も相撲部の仲間だ。
「今日は栗田くんと猫山くんにも会ったんだよ。」
「へえ、やっぱり休日はみんなここに来るんだね。」
「そうだね。ところで新井くんは何を買うの?」
「ヘリコプターのラジコンだよ。」
「新井くんはもう20台もラジコン持ってるんだっけ?」
「そう。でも高いから年に少ししか買えないよ。今年買うのはこれが初なんだ。」
「良かったね。」
「じゃあ、ぼくはレジに行くね。」
稲荷山くんは家族の所に戻った。
「お待たせ。さっき新井くんと会ったよ。」
「そう。今日はお友達がたくさん来てるわね。」
「万梨阿は何を買うか決めた?」
「本棚に決めたよ。」
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[chapter:楽しかった1日]
おもちゃの本棚を買い、2階へ。もう帰る時間だ。
「楽しい1日だったね。みんな欲しい物が買えたし、おいしい物もいっぱい食べられた!」
空は夕焼けに染まり始めている。稲荷山一家はそれぞれ服、漫画、ドールハウス用の本棚を持ち、家へ向かった。
その背後では、ウルフデパートのネオンが輝いていた。
[chapter:おしまい]