第22話「タイムマシンで異世界旅行」

  [chapter:プロローグ]

  3月の終わり頃、ケモノ界の埼玉県さいたま市大上区では晴れが続いていた。

  この物語は、そのような日に始まる。

  「それじゃ、行ってきます!」

  ある土曜日の午後、太ったシマリスの栗田 永雄くん(小学4年生)は近所の公園へ遊びに出かけた。

  (こんなポカポカ陽気の日には、みんな外で遊びたいだろうな。誰か来てるかな?)

  公園に着くと、予想通り友達が3匹来ていた。

  シマリスの縞野 くるみちゃん。クラスは隣だが、栗田くんとは恋愛関係にある。

  太ったキタキツネの稲荷山 紺助くん。彼は栗田くんの親友だ。

  白猫の金子 真里ちゃん。彼女も友達の1匹。

  「みんなー!遊ぼう!」

  「あ、栗田くんだ!」

  「こんにちは!」

  「さあ、遊びましょう!」

  4匹は遊び始めた。ブランコ、キャッチボール、縄跳び…

  太った2匹はお腹が突き出ているため縄跳びは苦手だが、それでも楽しんだ。

  遊び疲れたため、4匹はベンチに座って会話を始めた。

  「ねえ栗田くん、この町ってここ数年いろいろ不思議な事が起こってるわよね?」

  「そうだね、真里ちゃん。普通じゃない事ばかりだよ。

  隕石が落ちそうになったり、ニンゲンが2回も来たり、ぼくが鏡の世界に連れ去られたり…」

  「そうだったわね。栗田くんが無事に帰れて良かったわ。

  それから、世界中の誰も年を取らなくなったし…本当にどうなっているのかしら?」

  その時、稲荷山くんが真上を指さして叫んだ。

  「見ろ、UFOだ!」

  「えっ、どこ!?」

  残り3匹は反射的に上を見たが、青空が広がっているだけだ。

  「なーんてね。冗談だよ。」

  「もう、稲荷山くんったら~!」

  「アハハハハ!」

  また稲荷山くんが声を上げた。

  「あ、あ…あれはUFOだ!」

  「また冗談?同じ手には2回も引っかからないよ。」

  「違うよ、今度は本当だ!」

  「どれどれ…ええっ!?」

  [newpage]

  なんと、上空に白い球体が浮かんでいた。その球体は公園に降りてくる。

  「ああ、どうしよう…エイリアンの侵略だ!」

  「でも優しいエイリアンかもしれないよ。」

  「まだわからないわ。危ないから念のため隠れましょう!」

  「ええ、そうね!」

  4匹は茂みの陰に隠れたが、何が起こるか気になるため頭だけは覗かせていた。

  白い球体は公園に降り立った。大きさは軽自動車ほどで、ドアや窓があるが中は見えない。

  「あんなUFOもあるのかな?」

  見ているとドアがゆっくりと開き、中から誰かが降りてきた。

  それを見た4匹は、先程よりも驚いた。

  「ええーっ!?」

  [newpage]

  [chapter:公園への訪問者]

  そこから降りてきた者は、シマリスの男の子だった。顔や体型は栗田くんと全く同じだが、銀色の全身タイツを着ている。

  隠れている4匹は騒然としている。

  「きっとドッペルゲンガーだよ…見つかったらぼくは死ぬんだ!」

  「栗田くんに化けたエイリアンだったりして…」

  「いったい何をしに地球まで…」

  「ああ、どうしましょう…」

  しばらくして、そのシマリスは茂みの方に近寄ると親しげに話しかけた。

  「やあ、ぼくのそっくりさん!」

  「ええっ、ぼくの事を知っていてここに来たの!?」

  栗田くんがますます驚いて聞き返すと、相手は答えた。

  「そう。ぼくは長尾 繰太。君たちとは別のケモノ界から来たんだ。」

  「名前までそっくりだ!その乗り物は何?」

  「これは異世界タイムマシン。条件を入力すれば、最大1分でどんな世界のどの時代にも行けるんだよ。」

  4匹はまた驚いた。

  「タイムマシン…ですって!?」

  「私たちの世界じゃSFにしか登場しないのに、実現している世界があるなんて…」

  「おまけに子供でも操縦できるほど手軽な乗り物なんだ!そっちの世界は技術が進んでいるんだね!」

  「それで、どうしてここに来たの?」

  長尾くんは答えた。

  「ぼくと似た子が他の世界にいないかと思って探したら、君が見つかったんだ。だから会いに来たんだよ。」

  「そうなんだ。よろしくね。」

  「ついでに君たちの世界の事も調べたんだ。君たちは不老不死みたいだね。」

  「完全な不老不死じゃないよ。でもよく知ってるね!」

  [newpage]

  [chapter:旅の始まり]

  長尾くんは提案した。

  「そうだ、せっかくだからみんなを乗せてあげるよ!」

  「えっ、いいの?」

  「定員は5名だから、ちょうどぴったりだ!さあ、ぼくと一緒にいろんな世界に行こうよ!」

  栗田くんたちは喜んだ。

  「すごい!タイムマシンに乗れるなんて夢みたいだね!」

  「まるでSF映画みたいだ!」

  「私、見てみたい世界があるのよ!」

  「こんなチャンスは逃せないわね!」

  その時、稲荷山くんが言った。

  「でもそんなにいろんな世界を周ったら時間がかかるよね?帰る時には夜になってるかも…」

  長尾くんは言い添えた。

  「大丈夫だよ。出発した5秒後に戻ってくればいいのさ。そうすれば5秒しか出かけなかった事になるからね。」

  「なるほど!頭がいいね。」

  5匹は異世界タイムマシン(以下、マシンと表記)に乗り込んだ。

  「それでは、出発!」

  マシンは上昇し、空中へ。

  「見つかると騒ぎになるから…」

  長尾くんがボタンを押したが、特に何も起きたようには見えない。

  「ねえ、何をしたの?」

  「ステルスモードにしたんだ。このボタンを押すと、外から見えなくなるんだよ。」

  「それなら安心だね!」

  [newpage]

  [chapter:1年後の世界]

  「さあみんな、まずはどこに行きたい?」

  栗田くんが言った。

  「そうだな…手始めに来年の今頃でお願い!」

  「来年…本当にいいの?」

  「えっ、どうしてそんな事を聞くの?」

  「い、いや、それは…そう、未来は必ず来るけど、過去にはタイムマシンがないと行けないからね。だから過去を見た方が面白いよ。」

  「そうだけど、ぼくは来年が見たいんだ。タイムマシンなんだからできるよね?」

  「…そこまで言うなら、行くよ。みんな、窓の外をよく見ていてね!」

  4匹が窓を見た隙に、長尾くんは急いでキーボードを打ち、時間と場所を設定。マシンは灰色の霧に包まれた。

  10秒もしないうちに霧が晴れ、タイムスリップした。

  「ここが1年後の世界か。どれどれ?」

  窓から外を眺めるが、大きな変化は見えない。

  栗田家の2階を覗くと、栗田くんが漫画を読んでいた。今とまったく変わっていない。

  「1年じゃ何も変わらないか。よし、次は50年後に…」

  すると、くるみちゃんが口を挟んだ。

  「長尾くんが言ってたでしょ?未来は必ず来るけど、過去には戻れないのよ。

  せっかくタイムマシンに乗っているんだから、過去を見た方がお得だと思うわ!」

  「ああ、そうだったね。くるみちゃんは過去の何が見たい?」

  「そうね…恐竜が見たいわ!」

  「ぼくも見たい!」

  「ぼくも!」

  「私も!」

  4匹の意見が一致したため、長尾くんは時間と場所の再設定を始めた。

  「今度は大昔だから、ちょっと時間がかかるよ。」

  誰も気がついていなかったが、部屋に飾られたカレンダーは2020年の物だった。

  [newpage]

  [chapter:恐竜の時代]

  霧の中を1分間飛び、恐竜の時代に到着した。

  「わあ、すごい!」

  「本物だわ…」

  「図鑑で見たままだ…」

  「本当に壮大ね!」

  窓の外には大自然が広がっていた。その中を何頭もの恐竜が闊歩している。

  「ティラノサウルスだ!かっこいいなあ!」

  「やっぱり本物は違うね!」

  「トリケラトプスにステゴサウルス…この地球にいた事が改めてわかったわ。」

  「恐竜は隕石衝突で滅亡したけど、もし隕石が落ちなかったらどうなっていたのかしら?」

  「きっとケモノ界じゃなくて恐竜界になってたよ、くるみちゃん。」

  4匹は10分ほど恐竜を見物した。誰もカメラは持っていないため、その光景をしっかりと心に焼きつけた。

  「すごく良かったわ!私たちは恐竜を見た初のケモノかもしれないわね。」

  「ぼくはこれで何度も恐竜を見に行ったから見慣れた光景だけど、みんな喜んでくれて嬉しいよ!

  さあみんな、次はどこの時代が見たい?」

  稲荷山くんが答えた。

  「ケモノがまだ普通の動物だった時代を見てみたいな。キタキツネが見たいから、北海道の森に行ってね!」

  「了解!」

  [newpage]

  [chapter:野生動物の時代]

  マシンは秋の森に現れた。時代は1000万年ほど昔だ。

  「わあ、昔の北海道って自然がいっぱいだね。」

  「まだケモノじゃなくて動物だった時代だからね。」

  話しながら窓の外を見ていると、キタキツネが歩いていた。

  「へえ、あれが大昔のキタキツネか!」

  「ずいぶんスマートね!」

  「いや真里ちゃん、あの時代はあれが普通だよ。真里ちゃんが太ったぼくに見慣れてるだけさ。」

  その時、キタキツネが急に走り始めた。視線の先にはシマリスの群れがいる。

  「図鑑で見たよ。昔のキタキツネはシマリスを捕食していたんだって!」

  「じゃあ、みんな食べられちゃうの!?」

  シマリスの群れは次々と捕食されていく。栗田くんとくるみちゃんには直視できない光景だった。

  「助けてあげたいけど、そんな事したら自然の摂理に反するよね…」

  「それに歴史が変わってしまうかも…かわいそうだけどこれが現実ね…」

  悲しんでいると、真里ちゃんが言った。

  「待って、1匹逃げ延びたわ!」

  群れの1匹はキタキツネから逃げ、無事に巣穴へ戻った。

  「ああ、良かった…」

  「安心したわ…」

  安堵する栗田くんとくるみちゃん。

  「もしかしたら、あれがぼくかくるみちゃんの先祖になったのかも?」

  「そうかもしれないわね。あんな奇跡があったから、今の私たちがいるのね。」

  [newpage]

  [chapter:ハッピーエンドの先]

  「さあ、次は異世界に行こう。どんな世界がいい?」

  すぐに真里ちゃんが答えた。

  「私、ファンタスティカ王国に行きたいわ!エイミーの近況が見たいの!」

  2018年5月、異世界のファンタスティカ王国からエイミーという人間の女性がケモノ界に迷い込んできた。金子家ではしばらく彼女を保護していた。

  「わかった。行ってみよう。」

  1分後、ファンタスティカ王国の森に到着した。

  「まあ、きれいな森ね!」

  「ほら見て、お城が見えるよ!」

  「きっとあれがエイミーとジェームズ王子のお城だね。今頃どうしているかな?」

  「私、エイミーとは少し会ったけどジェームズ王子には会ってないのよね。だから会っておきたいわ。」

  くるみちゃんはクラスが異なるため、エイミーとは休み時間に顔を合わせただけだ。

  「それじゃみんな、行ってらっしゃい。30分ぐらいで戻ってね。」

  栗田くんたち4匹はマシンを降り、森の中へ。長尾くんはマシンを守るため、留守番に回った。

  「森は静かで落ち着くね。」

  「鳥のさえずりが聞こえるわ。」

  「まるで絵本の中みたいな世界だね。」

  「そうね、稲荷山くん。ここはおとぎの国なんだから。」

  その時、美しい歌声が聞こえてきた。

  「エイミーの声だわ!」

  「近くにいるんだ!」

  歌声の方へ歩いていくと、いまや姫となったエイミーの後ろ姿が見えた。地面に座って、ジェームズ王子に歌いかけている。

  真里ちゃんは話しかけた。

  「あの、こんにちは…」

  エイミー姫とジェームズ王子が振り向いた。

  「誰かしら…あら、真里ちゃんね!久々だわ!」

  「そう、真里よ。友達と異世界巡りをしている所で立ち寄ったの。お久しぶりね。」

  「ああ、君か。あの時はありがとう。おかげで僕たちは結ばれたからね。」

  そこへ、もうすぐ2歳になる男の子が現れた。

  「パパ、ママ、お花摘んできたよ。あれ、この子たちは?」

  「ロバート、ママの古いお友達よ。」

  真里ちゃんは喜びの声を上げた。

  「まあ、エイミーはお母さんになったのね!子供も元気そうで何よりだわ。」

  「ありがとう。子育ては大変な所もあるけど、楽しいわよ。」

  「そう。国民もみんなロバートを気にかけてくれるんだ。この子も将来は王子になるからね。」

  その時、木々の間から雄のシマリスが現れた。

  「ようエイミー!会いに来たぜ!」

  「ジェフ、ちょうどいい所に来たわね。真里ちゃんたちが遊びに来てるのよ。」

  「えっ、あの子たちが?久々だぜ!」

  シマリスのジェフは、栗田くんとくるみちゃんの所へ向かった。

  「栗田、久々だな!こっちは誰だ?」

  「くるみちゃん。ぼくのガールフレンドさ。」

  「そうか、良かったな。」

  「はじめまして、ジェフ。エイミーはママになったのね。」

  彼は得意げに答えた。

  「俺もパパになったんだ。おーい、みんな!」

  すると、先程の木々の間から雌のシマリスと2匹の子供が現れた。

  「あらあなた、これが時々話している大きくて太ったシマリスね。はじめまして。」

  「やあ、おっきなシマリスさん!」

  「はじめまして。」

  「紹介しよう。これは妻のフローラ。そしてこっちは子供のティモシーとジュリーさ。」

  「紹介ありがとう。みんな幸せに暮らしているみたいで安心したよ。」

  「おとぎの国は、誰もが幸せになるのが一番ね!」

  4匹はエイミーたちと近況を話し合った。

  真里ちゃんはエイミーたちによる本と手紙を今でも保管している事、ジェフが森に相撲教室を開いた事、栗田くんとくるみちゃんの間に恋が生まれた事…

  30分ほど経過したため、4匹はマシンへ戻る事にした。

  「ぼくたちはそろそろ行かないと。ありがとうございました!」

  「少しだけど会話できて楽しかったわ。いつになるかわからないけど、また会えるといいわね!」

  [newpage]

  [chapter:見た事もないコンテスト]

  「さあ、次はどこに行きたい?」

  くるみちゃんが答えた。

  「何か楽しいイベントをやっている所に行きたいわ。できれば私たちの世界にはないようなイベントを!」

  「よし、良さそうな場所は…ここでいいかな?」

  マシンが現れた場所は、大きな町。時間帯は早朝だ。

  今度も長尾くんは留守番となり、4匹は町へ出た。

  「ここはファンタスティカ王国よりも文明が進んでいるね。」

  「でも私たちの時代ほどではないみたいね。」

  高層建築が並んでいるが、どれも石やレンガでできておりコンクリートの建物はない。路上に止まっている車もレトロなデザインで、上空には高架鉄道の線路が通っている。

  電柱が立っているため、電気はあるようだ。遠くの港には豪華客船が停泊している。

  「どうやら港町みたい。でもこんな早朝からイベントがあるのかしら?」

  その時、稲荷山くんが遠くを指さした。

  「ねえ、あっちの大きな建物!ケモノたちが入場しているよ。」

  「あそこが会場ね。入ってみましょう!」

  栗田くんたちはケモノたちに紛れて入場した。

  どうやらここは劇場らしく、ステージ前の座席に大勢の客が座っている。

  「いったい何が始まるのかな?」

  「急いで来たから看板を読まなかったし…まあ、これからの楽しみって事で!」

  しばらく待っているとファンファーレが鳴り、ステージに熊の男性が登場した。

  「皆さん、朝早くからようこそいらっしゃいました!これが今年のおねしょです!」

  「えっ、おねしょだって?」

  「おねしょのイベントなの?」

  不思議そうに顔を見合わせる4匹。

  幕が上がると、そこには5匹の子供が得意げに立っていた。猫、熊、カワウソの男の子、うさぎとプードルの女の子。

  その後ろには5枚の布団が干されており、すべてにおねしょの跡が広がっている。

  「さあ、これからおねしょの大きさを測ります。」

  測定員たちが現れ、おねしょの面積を測り始めた。客たちは興奮している。

  栗田くんたちはそれを見ながら、不思議そうに語り合っている。

  「おねしょがあんなにもてはやされるなんて、変わった世界だね…」

  「でも、おねしょして怒られるのに比べたらはるかに気分が良さそうね。」

  「さあ、結果発表です!結果は…」

  流れていたドラムロールが止まった。

  「なんと全員同じサイズです!これは前代未聞の事態!」

  会場は騒然となった。栗田くんたちも例外ではない。

  「全員同じだなんて、どうやって優勝を決めるの?」

  「くるみちゃんはどうすればいいと思う?」

  「私ならじゃんけんで決めるけど…」

  「ぼくもそれがいいと思うよ。手っ取り早いからね。」

  カワウソの男の子が、問題を解決した。

  優勝賞品は賞金1万ドルと豪華なランチ。彼は「ランチだけ受け取り、1万ドルは残り4匹で山分けにする」と提案した。

  「そうか、その手があったか!」

  「ひとまず平和に終わって良かったわね。」

  栗田くんたちも安心した。

  「おかしなイベントだったけど、見ていて楽しくもあったわね。」

  「そうだね、くるみちゃん。さあ、次の世界に行こう!」

  4匹は朝日が昇った町を抜け、マシンに戻った。

  「長尾くん、ここでやってたのはおねしょのコンテストだ。ずいぶん珍しいイベントだったよ。」

  「そう。ここはベッドウェットシティという町なんだ。」

  「名前からしておねしょだね…」

  [newpage]

  [chapter:白熱の相撲大会]

  次は栗田くんがリクエストした。

  「ぼくは相撲が好きなんだ。だから相撲をやっている異世界に行ってみたいな。」

  「わかった。えーと…この世界にしよう!」

  到着地点は夜の森。長尾くんはまた留守番だ。

  「ここはどこだろう?」

  辺りは木々が生い茂り、夜という事を考慮しても非常に暗い。また、大きないびきが響いている。

  いびきの主は、かなり太った中年の狸だった。着ている浴衣ははだけて出べそと太鼓腹が覗き、ふんどしも見えている。

  「寝てるから静かにしないとね。でもどこで相撲やってるんだろ?」

  その時、くるみちゃんが言った。

  「あっちの方から何か声がしない?」

  耳を澄ますと、かすかに歓声が聞こえてくる。

  「きっとあっちだ。さあ行こう。」

  森の中を歩いていくと、次第に歓声が大きく聞こえてきた。

  木々の間を抜けると、立派な土俵の建つ広場が現れた。周囲には大勢のケモノが観客として集まり、相撲大会が行われている。

  栗田くんたちが到着した時は、ネズミの行司が四股名を叫んでいた。

  「東ぃー!猫囃子ぃー、猫囃子ぃーぃ!」

  「西ぃー!山猫座ぁーぁ、山猫座ぁーぁあ!」

  土俵の上には、2匹の猫が立っていた。東側は力士らしい肥満体の大柄な三毛猫、西側は細身の小柄なキジトラ猫だ。

  栗田くんたちは西側から見物。とはいえ大会は始まっており客席もすべて埋まっているため、かなり遠くからだ。

  「うわあ、どんな取組が始まるんだろう?」

  興奮する栗田くん。さすが相撲好きだ。

  「まあ、雄の三毛猫なんて初めて見たわ!」

  真里ちゃんも興奮気味だ。

  その時、くるみちゃんは驚きの声を上げた。

  「待って。あの三毛猫はしっぽが2本あるわ!」

  稲荷山くんも叫んだ。

  「それにあっち側の観客席…変な生き物ばっかりだよ!」

  西側の客はケモノたちだが、東側は見た事のない生き物ばかりだった。

  「あれはニンゲンかな?でも全身が真っ赤だし、頭には角が生えているね。」

  「あっちは全身緑だし、頭にはお皿が乗っている…不思議な見た目ね。」

  栗田くんたちにはわからなかったが、それらは鬼や河童という妖怪。東側の猫囃子は猫又。それ以外にも様々な妖怪たちがいる。

  この周辺にはケモノ領と妖怪領の2つがあり、両者は積極的に交流している。今夜は2つの領が戦う相撲大会の日だ。

  猫囃子と山猫座は熱い取組を繰り広げる。

  「頑張れ、猫さん!」

  「勝てー!勝てー!」

  相撲部所属の栗田くんや稲荷山くんはもちろん、猫の真里ちゃんや場の雰囲気に圧倒されたくるみちゃんも積極的に山猫座を応援する。

  しかし山猫座は猫囃子に捕まって身動きが取れなくなり、酒臭い息を吐きかけられてしまった。力を失った所を持ち上げられ、土俵外へと投げられた。

  妖怪たちから、歓声が上がった。

  ケモノたちは残念がっている。栗田くんたちも例外ではなかった。

  「ああ、負けちゃったか…」

  「まあ、体格差がありすぎるから仕方ないわね。」

  「でも本当に頑張っていたんだから、負けたのは残念だよ。」

  「猫さん、大丈夫かしら?」

  土俵上で治療を受ける山猫座を遠目に見て、真里ちゃんは不安だった。

  20分ほどすると山猫座は目覚めたものの、またすぐに倒れ、担架で運ばれていった。

  「あれからどうなるんだろう?」

  「無事だといいけど…」

  心配する栗田くんたち。やはり同じケモノとして気になるようだ。

  行司はネズミから蛙に交代。稲荷山くんは驚きの声を上げる。

  「うわあ、あんなに大きな蛙がしゃべってるよ!」

  「ここはケモノと不思議な生き物が共存している世界なのね。」

  「東ぃ~~!!! 風斬ノ座ぇーぇえ、風斬ノ座えぇえー!!」

  「西ぃ~~!!! 鼬山ぁ~ぁあ、鼬ぃ山ぁ~ああ!!」

  次は、白いカマイタチの風斬ノ座とイタチの鼬山による取り組み。体格はどちらも細身だ。

  「うわあ、あんな細身なのに相撲をやるんだ!」

  「あんな細いケモノが相撲をとるなんて、見た事ないよ!」

  こちらの取組も白熱し、最終的に鼬山が風斬ノ座を投げ飛ばして勝った。

  ケモノたちは歓声を上げ、栗田くんたちも跳び上がって喜んだ。

  「やった!あんな細身で相撲に勝つなんて!」

  「すごいぞ、よく頑張った!」

  「そろそろタイムマシンに戻りましょう。」

  「そうね。ケモノが勝った所を見られたからね。」

  「ぼくは最後まで見たいけどなあ…でもあんまり長尾くんを待たせるのも悪いよね。」

  「すごい取組が見られて満足だよ。ぼくたちもいつかあんな所で相撲をとってみたいな。」

  相撲大会はまだ続くが、4匹は森の中へと向かった。

  マシンの周囲には、まだいびきが響いている。あの狸は相変わらず眠っていた。

  栗田くんたちは静かにドアを開け、マシンに戻った。

  「お帰り。どうだった?」

  「すごく良かった!大迫力の相撲が見られて興奮したよ!」

  「そうか、希望に沿える世界で良かったよ。」

  すると真里ちゃんが不安そうに言った。

  「ねえ、あの負けちゃった猫さんは無事なの?」

  「ちょっと調べるね。」

  長尾くんが操作をすると、モニターが立ち上がった。そこには治療を受け、目覚めた山猫座の姿が映っていた。

  「ああ、良かったわ!」

  その時、スピーカーから音声が流れた。

  「バッテリーが少なくなっています。直ちに帰還してください。」

  「おっと、帰らなきゃ!バッテリー切れになると帰れなくなっちゃう!」

  長尾くんは慌てて操作を始め、マシンは森から消え去った。

  その直後、爆発音と共に1匹の化け狐が現れた。

  彼は狸のしっぽを踏みつけて起こし、2匹は口喧嘩を始めた。

  その後彼らは相撲大会に出るが、それはまた別の話。

  [newpage]

  [chapter:SFのような都市]

  マシンは霧の中を飛んでいる。

  「君の家に向かっているの?」

  「そう。せっかくだからみんなを招待するよ。」

  「ありがとう!ぼくよりもすごい家に住んでいそうだな…」

  霧が晴れると、栗田くんたちは歓声を上げた。

  「うわあ、すごい大都会だ…」

  「まるで未来の世界ね!」

  窓の外には、未来的な大都市が広がっていた。

  建ち並ぶ超高層ビルやタワー。空飛ぶ車。空中に浮かぶ立体映像の広告。

  「SFのような世界が、現実にあったんだ…」

  マシンは、高層マンション30階のベランダに着陸した。ベランダと言っても庭ほどのサイズがある。

  「ここがバッテリーチャージポイントだ。30分ほどで満タンになるよ。」

  「着陸するだけで充電できるなんて、便利だね!」

  「ぼくもそう思うよ。さあ、こちらへどうぞ。」

  ベランダから部屋に入ると、未来的なリビングが広がっていた。

  壁は銀色で巨大なモニターが並び、テーブルにもボタンが数ヶ所付いている。

  「さあ、みんなでお茶にしよう。」

  栗田くんたち4匹が椅子に座ると、長尾くんはテーブルのボタンを押した。

  すると機械音が始まり、10秒後に上が開いてお菓子や紅茶が現れた。

  「うわあ、すごい!」

  「これは自動調理テーブル。あらゆる元素を合成して、材料がなくても調理ができるんだ。中では外と違った時間が流れているから、一瞬で完成するんだよ。」

  栗田くんたちはますます驚いた。

  「こんなテーブル、ぼくたちの世界じゃ100年経っても作れそうにないよ!」

  「どういう仕組みか気になるけど、聞いても私たちには理解できそうにないわね…」

  「でも欲しいな。これさえあればおやつが食べ放題!」

  「どんな高級料理だって、簡単に食べられるわね!」

  それから、お茶の時間を楽しんだ。

  「このケーキ、本当においしいね!」

  「ええ、こんなの初めてだわ!機械がここまで上手に作れるなんてびっくり!」

  「クッキーも最高!いくらでも食べられちゃうよ!」

  「これがあれば、料理の手間が省けるわね!この家では普通の方法でも料理できるの?」

  「昔は自分の手で作っていたみたいだけど、このテーブルが発明されてからそういう事はほとんどなくなったんだ。」

  「ありがとう。それは果たしていい事なのかしら…」

  稲荷山くんが質問した。

  「ねえ、君の家族はどこにいるの?」

  「今はぼくだけで留守番してるんだ。お父さんは火星で働いているし、お母さんは月面都市のスーパーで買い物なんだ。」

  「えっ、宇宙まで!?」

  「そうだよ。ワープできる小型ロケットを使えば、片道5分で行けるけどね。」

  「やっぱりこっちの世界は技術が進んでいるんだね!ぼくたちは生きている間に宇宙旅行できるかもわからないのに…」

  今度は長尾くんが質問する側になった。

  「そっちの世界だと、宇宙旅行はできないの?」

  稲荷山くんが答える。

  「月面着陸はずっと前に達成しているし、宇宙ステーションもあって宇宙飛行士もいるんだ。でも普通のケモノが宇宙に行くのは夢のまた夢さ。」

  「へえ、そうなんだ。そこからもう少し技術が進めば、宇宙旅行もできそうだね。」

  「ぼくもそうなって欲しいよ。いつか宇宙に行けたらいいな。」

  栗田くんも続けて言う。

  「でも今のぼくたちは不老不死のような状態だから、宇宙旅行ができる時代まではこのままでいたいんだ。家族で宇宙に行きたいな。」

  「ああ、そうだったね。それについてもうちょっと詳しく教えてくれない?」

  「2017年…つまり4年前。ぼくたちの世界では、その時から全世界のケモノが成長しなくなったんだ。

  でも、完全な不老不死というわけじゃない。病気で死ぬ事はないけど、ケガや事故で死ぬ事はあるんだ。」

  「それはどうして?」

  「わからない。大勢の学者が調べたけど、真相は突き止められなかったんだ。」

  「そうか…成長したいと思う?」

  「成獣になりたい気持ちもあるけど、しばらくはこのままでいいかな。だって楽しい子供の時代が長く続くからね!」

  「ぼくは普通に成長しているよ。だから君たちがちょっとうらやましいな…」

  「ぼくだって、SFみたいな世界に住んでる君がうらやましいな…」

  その時、ベランダから電子音が鳴った。充電完了の合図だ。

  「さあ、また使えるようになったよ。次はどうする?」

  栗田くんが答えた。

  「そろそろ元の世界に帰りたいな。みんなもそうだよね?」

  「うん、もう十分楽しんだからね。」

  5匹でマシンに乗りこむと、長尾くんは操作を始めた。

  「これでよし。出発した5秒後に設定したよ。」

  マシンはベランダから飛び立ち、灰色の霧に包まれた。

  [newpage]

  [chapter:エピローグ]

  あの公園に、マシンが現れた。栗田くんたちは3時間近く旅に出ていたが、大上区で流れた時間はわずか5秒。

  「さあ、君たちの世界だよ。ぼくも自分の世界に帰るね。」

  マシンから降りた4匹は、長尾くんと別れを告げた。

  「今日はありがとう、とっても楽しかったよ!」

  「いつかまた来てね!」

  「またエイミーたちと会えて良かったわ!」

  「恐竜や古代生物を見られるなんて、貴重な体験だった!」

  「おねしょのコンテストなんて、普通に暮らしていたら絶対見られなかったわ!」

  「あの相撲大会も大迫力だったよ!」

  「そして君のいるあの世界!未来の世界を覗いたみたいで感動したよ!」

  「短い間だったけど、みんなと出会えて良かったよ。それじゃ、さよなら!」

  ドアが閉まる最後の瞬間まで、お互いに手を振り続けた。

  マシンは宙に浮かび、青空の中へと消え去った。

  「本当に不思議な体験だったわね。」

  「いつまでも忘れない思い出になるね。」

  「今日の事は、他のみんなには内緒にしておこうね。」

  「栗田くん、私もそうするわ。知られたら騒ぎになっちゃうわね。」

  そのような会話をしながら、4匹はそれぞれの家へと帰った。

  [newpage]

  長尾くんは、帰路につきながら考えていた。

  (やっぱり、あの事を伝えるべきだったかな。そうすれば…

  いや、それはだめだ。歴史改変は許されないし、みんな何も知らない方が平和に暮らせるだろう。

  1年後と偽って1年前に連れていった事にも気づいてなかったから、黙っていた方が良かったんだ、きっと。)

  長尾くんは栗田くんの元に行く前、ケモノ界の過去や未来をモニターで調べていた。

  1年後に何が起こるか、栗田くんたちはまだ知らない…

  [chapter:おしまい]