前回までのあらすじ
闇バイトで知り合い、東京の赤坂で宝石店強盗を働いた菊田貴(きくた たかし)、米山(よねやま)みちる、呉茂夫(くれ しげお)。3人は警察の追跡から逃れるうちに、「卯道(うどう)遺伝子研究所」という施設にたどり着く。卯道遺伝子研究所では、所長の卯道辰夫(うどう たつお)と助手の林藤禎子(りんどう さだこ)が人間から動物に変身する技術を開発していた。卯道は3人に、強盗の時効が成立するまでの10年間、自身が開発した「オーダーメイド変身薬」で動物の姿で過ごすことを提案する。3人は卯道の提案を呑む。
最初に変身したのは菊田だった。菊田はダルメシアンに変身し、研究所を出た。研究所を出た菊田は、警察犬の養成所に迷い込み、警察犬「ロバート」として調教される。警視庁の刑事、国松時貞(くにまつ ときさだ)とコンビを組んだロバートは、次々と事件を解決し、自らに闇バイトを指示した暴力団幹部「バトラー」を逮捕した。
一方、熊に変身した呉は、山中の別荘に住み着き、別荘の持ち主を殺めてしまう。人間に危害を加え続けた呉に、ヒグマに変身した卯道は警告した。
そして、みちるは虎に変身し、途中で出会った虎の群れのリーダー、セルゲイと旅をしていた。
...「赤坂闇バイト強盗事件」から相当の年数が過ぎた。500万円の売上金と2億相当の宝石が盗まれた強盗事件は、世間からの注目を浴びた。しかし、犯人は一向に見つからず、世間も次の話題を追い求め、次第に忘れ去られた。事件はほぼ迷宮入りになった。そして、強盗事件の時効である10年が経過した。
卯道と禎子は、ロバートこと菊田貴に接触し、500万円の売上金と2億円相当の宝石受け取りを提案する。しかし、菊田は受け取りを拒否し、人間の姿に戻るのも拒絶した。それは、彼なりの「贖罪」だった。
一方、虎に変身した米山みちるも、売上金と宝石の受け取りを拒否した。セルゲイや仲間、そして子虎の「コタロー」との日々はお金では測れない価値があった。みちるの提案により、虎たちは動物園に移動した。
かくして、売上金と宝石の受け取る者は熊に変身した呉茂夫だけになった
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「呉茂夫の場合」
山中で一匹の熊が駆け抜ける。速いスピードで駆け抜け、190cm以上もある巨体は揺れる。もし、ヒトや車がぶつかればひとたまりもない。一匹の熊は別荘地に到着する。この別荘地は昭和やバブル期には企業や資産家が多く所有、居住していたものの、今はほとんど空き家状態だった。
「今日はここで寝泊まりするぞ」一匹の熊の正体は呉茂夫だった。呉は朽ち果てたドアを開ける。呉は居間と思わしき場所に行き、横たわった。
「そういや、今は何年何月なんだろう...」呉は思った。
遠い昔、闇バイトで強盗を犯し、逃げ切った先に辿り着いた研究所。卯道という男が作った変身薬で呉は熊に変身した。
変身したときは忘れられない。
卯道が呉に変身薬を注入すると腕や脚に黒い毛が一斉に生え始めた。黒い毛が手に到達すると、手のひらは黒くなり、指は太く、ぷよぷよした肉球が形成され、密着する。爪は人間のものとは異なる、鋭い爪が露出した。足にも同じ変化が起きた。手も足も皮が厚くなる。
中肉中背の呉の身体は太り始め、身長もぐんぐんと伸び始める。体重は力士かそれ以上に増え、170cmと平均的だった身長は190cm以上に伸びる。増えた体重と急に伸びた身長で、来ていた布は悲鳴を上げ、びりびりと破れる。身体中に生える黒い体毛は、暖かいどころか熱い。一方、胸には半円形の白い毛が生え、首周りにはコートのように、黒い毛が覆いつくす。
顔にも変化が起こる。鼻は三角形から丸形になり、顎と共に前へ前へと突き出る。瞳も黒く染まり、野生の本能が見え隠れする。顔も全体的に丸っこくなる。耳は頭頂部に移動するにつれ、三角形から半円形になる。髪の毛は抜け落ち、短い黒い毛に置き換わる。
「オオゥ、オオゥ」言葉も人間の言葉から、熊の鳴き声に変わる。
熊の獣人のような風貌になった。やがて重みを増した身体を支えるために、両足の踵がかくりと曲がり、二足歩行から4足歩行になる。
そして、尻に丸い突起物が生えた。
それから、熊として自然に放たれた。空き別荘で暮らした時は快適だった。雨風をしのげるのはもちろん、食べ物もあった。しかし、空き別荘の持ち主が戻ってきたとき、この手で殺めた。しかし、俺は悪くないと呉は思った。悪いのは長時間開けっ放しにし、抵抗までした持ち主の方なのだ。それからも、人間の空き家や空き別荘に住み着くのをやめなかった。俺は人間だ。今は熊の姿をしているだけで、人間のような暮らしをして何が悪いのか。
あれからもう10年以上が経っているはずだ。10年が経てば、時効が成立する。そうなれば、500万相当の売上金と2億相当の宝石は自分と、米山みちる、菊田貴で山分けできる。こんな空き別荘を探す日々からもさよならできる。
翌朝
呉が寝ていると、テレビのニュースが大音量で入ってくる。おそらく寝ているときにリモコンのスイッチを入れたのだろう。
「おはようございます。時刻は◎時×分、3月12日のニュースです...」今日が何月なんて意識していなかった。
「203×年の流行は...」203×年!?時効は過ぎていたのだ。
「ブォブォォォ!!!!」笑いが止まらなかった。俺は逃げ切ったのだ。
呉は山に戻り、卯道遺伝子研究所を目指した。
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その頃、卯道遺伝子研究所では
「そろそろ、呉くんが戻ってくる頃じゃな」卯道が言う
「ええ、他の二人が受け取りを拒否したと聞くとどんな反応をするんでしょう」禎子が返す。
「ブォォォォ!」敷地内に熊が侵入する。
「まさか、呉くんでは...」
「ええ、彼に取り付けたGPSはこの近くです」
「呉君か、待っていたぞ」卯道が出迎える。
「ブォォ!」呉が反応する。
卯道は呉を研究所の地下に案内した。そして、卯道は呉に変身解除薬を打たせる。
変身解除薬を打つや否や、呉の身体に変化が起きた。190cm以上もあった身長は縮み始める。脂肪でぶよぶよだった贅肉は少なくなり始める。踵が地面につき、4足歩行から、2足歩行になる。身体中に生えていた黒い体毛は地面に落下するか、体内に収れんされる。体毛が抜け、肌が露わになる。太かった脚と腕は細くなる。
「ブォォ、ブウォン、うううん...」熊から人間の身体に戻るにつれ、人間の声が混じっている。
手のひらの肉球はしぼみ、密着していた指は離れ離れになる。手足は厚いものから薄いものに戻る。
そして、顔の変化が始まる。一体化していた鼻と顎は崩れ、奥へ引っ込む。黒ずんだ鼻は薄橙に変わる。顔も丸っこいものからシュッとする。顔中を覆いつくしていた体毛が消滅する。耳は頭頂部から側面に移動し、形も半円形から三角形になる。
かくして、呉は人間の姿に戻った。
「久しぶりですね、卯道所長」呉は声をかける。
「ああ、待っていたぞ」卯道が返す
「ほかの2人はどうしたんですか?」呉は尋ねる
「菊田君と米山君は受け取りを拒否した。受け取る権利があるのは呉君だけじゃ」
「マジかよ!じゃ、俺が独り占めだな!」
卯道は売上金と宝石を管理していた金庫に移動し、呉に渡す。
「たしかに500万円と宝石はあるな」呉が確認する
「ああ。ただし、変身薬のこと、誰にも言ってはならないぞ」
「もちろんですよ」
「先生、ありがとうございました!」
「(この喜びもいつまで続くかな..)」卯道は神妙そうだった
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500万円と2億円相当の宝石を手にした呉は次の計画を考えていた。
「時効が過ぎたし、何をやっても俺は罪には問われない!」呉はすっかり上機嫌だった。
売上金と宝石を売った金でマンションを買い、悠々自適に暮らしていた。
しかし、呉の身体に不調が起こる。人間に戻ってから、髪の毛はよく抜け、頻繁に転倒するようになった。
「変身解除薬の副作用かな?」呉は疑問に思った。
そしてある日。呉は鏡を見ると自分の姿に目を疑った。顔は皺ができ、生え際は後退し、髪も白いものが混じっている。
「な、なんでだよ...」と思ったその時だった。残った髪の毛も次々に抜けていく。頬や額には皺やシミが形成される。歯もボロボロと抜け落ちていく。手のひらも皺だらけになる。腰が曲がり、前かがみになる。足に力が入らず、転倒する。
呉は一気に老人になってしまった。
「な、なぜだ..」呉は疑問に思うしかなかった。
そして
「うっ、ううっ....!!」呉の心臓に強い痛みが襲う。
すると、何者かが呉のマンションのドアを開けた。入ってきたのは卯道だった。
「卯道所長、これは...」呉は苦しみながら尋ねる。
「やはり、ウラシマ効果は実在したんじゃな」卯道は結論付ける
「ウラシマ効果...?なんだそれ...」
「浦島太郎が竜宮城から帰って玉手箱を開けたら一気に年を取ったように、ある地点では別の地点と比べて、時の速さが違うんじゃ。人間と熊では寿命が異なる。熊にとっての10年は人間にとっては30年以上の月日が経っていたのじゃよ」
「まさか、それを知りながら...」
「いや、私も知らなかった。ただ、これで良いデータが取れたわい」
「人を実験体扱いかっ...ぐぅ、ぐわぁ...!」呉は血を吐いて、倒れた。
「これが贖罪というものだよ。どんな悪事にも罰からは逃れられない」卯道は呉の腕に注射をし、サンプルを取る。そして、マンションを出た。
1か月後、マンションで異臭騒ぎがし、管理人が入ると、倒れた老人が放置されていた。マンションは偽名で借りられていたため、身元特定は困難だった。結局、事件は孤独死、呉は身元不明者として葬儀が行われた。
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研究所にて卯道と禎子は何か話していた。
「どんな悪事にも罰からは逃れられない、ですか...」禎子は、卯道が呉に言った言葉を反芻する。
「そう、たとえ事件で大金を手に入れたとしても、罪の意識からは逃れられない。それは時効が過ぎてからも同じだ。早かれ、少なかれ、呉は罪の意識、そして罰から逃れられなかったはずだ」卯道は返す。
「ほかの二人は、それぞれ幸福を手に入れたとはいえ、動物の姿であり続けるのが”罰”だったかもしれませんね」
「しかし、これで”ウラシマ効果”に関するデータが手に入れられましたね」禎子が尋ねる。
「ああ、これは動物変身薬が世に出る際に重要なことだ。長時間動物に変身すると、人間に戻った際に寿命が短くなるとのね。これは、金には変えられないほど価値があるよ」
とある場所で、ロバートこと菊田貴は国松時貞と遊んでいる。そんな中
「おい、さっさと飲めよ!」中学生のグループがいじめられっ子に水たまりの水を飲まそうとする。
「ワンワンワン!」ロバートは吠えながら、いじめっ子グループを威嚇する。
「ロバート!...ってこら、お前たち何やっているんだ!」国松はいじめっ子グループに気づき、いじめられた男子のそばに近づく。
「ケガはないか?」国松はいじめられっ子に駆け寄り、怪我の手当てをする。
「ありがとう!その犬が僕に気づかなければ、もっと酷いことをされていたかもしれない」
「ワォン!」ロバートは少し誇らしげだった。
一方、動物園では、みちるとセルゲイが肩を寄せ合っている
「あっ、トラさんだ!」すっかり、動物園の看板的な存在になっていた。
...卯道が3人に渡した動物変身薬は、3人、いや3匹にそれぞれ異なる結果をもたらした。次はどんな人間が変身薬を手にするのだろうか
完