~2億年の時を超え:隔世変異~ ─前編─

  [chapter:#01 グリザール]

  高校受験が終わり、私は合格祝いと両親の出張にあわせ小さな国へと旅行に出かけた。

  幼馴染みで共に同じ高校へ進学することになった直樹も一緒である。

  私は直樹の事が好きだった。

  多分、彼も私の事を好きだったと思う。

  だから、私は今日という日を楽しみに待っていた。

  「沙織…… 俺、お前に伝えたい事があるんだ」

  夕日で赤く染まった海を背にして、直樹が真面目な顔をして私に向き合う。

  緊張しているのか彼の体は震え顔も赤い。

  「う、うん。 何かな」

  そんな彼の様子を見て、私もつられて緊張してしまう。

  直樹の目が、私をじっと見つめて離さない。

  「目…… 目をつぶってくれないか?」

  私は直樹の言葉に従い目を瞑る。

  嬉しいという気持ちと、期待の気持ちが入り混じり、ドキドキして顔が赤くなるのが自分でも分かった。

  そして、少し間が空いた後──

  「沙織、俺…… 俺…… あがががぁっ」

  直樹が何かを言いかけた直後、苦しげな声と共にボキボキッ!と嫌な音が響き、私の顔に生暖かい液体が降り注いだ。

  何が起きたか分からず、私は目をゆっくりと開ける。

  「え?」

  私の目に直樹の顔…… だったであろうモノがあった。

  彼の顔を構成していた肉が血を噴き散らし、ボタボタと垂れ落としながら私の顔面に鮮血をブチ撒けていた。

  それだけでなく、頭蓋骨が内側から隆起でもするかように形を変え、直樹の顔が一瞬で黒く硬そうな骨格へと包み込まれていく。

  「直樹…… 嘘…… 嘘! いやーっ!」

  「グアァァアアア!」

  彼は人とは思えない雄叫びと共に、全身から凄まじい音を響かせながら異形の姿へと変貌してゆく。

  全身の肉をばら撒きながら、一瞬で彼の体がゴツゴツとした黒い甲殻に覆い尽くされる。

  私はその場に崩れ落ち、その変身をただ見ている事しか出来なかった。

  「ガアァアア! グアァァアアア!」

  異形へと変貌した直樹は、獣のような声を上げ、取り憑かれたように周りにいた人達を襲い始める。

  ビーチにいた人々の腕が、足が、頭が次々と飛び散り、砂浜は人を構成していた物体で埋め尽くされていく。

  私の目に赤く染った世界が映り込む。

  比喩などではなく、本当に私の目の前の世界が赤く染まっている。

  「嫌ー! やめて── ぎゃぁああ!」

  「痛い痛い!! 助けて── ぐわぁぁあああ!!」

  飛び散る鮮血と肉片、そして断末魔。

  一瞬で変わり果てた世界。

  そんな凄惨な光景の中、私は恐怖に震えながら直樹…… いや、ソレを見つめていた。

  地獄絵図を作り出しているそのモノを……

  まるで特撮映画に出てくる怪獣のように全身をゴツゴツとした表皮で覆い、全身3mはあるであろう体高を持つ異形の怪物。

  腕の先に付いた凶暴な爪は一振りで人間を切断し、その足は人の頭ですら易々と踏み潰す。

  凶悪で醜悪な容貌に、血走った赤い双眸と鋭い牙が生えた口、頭頂部から背中にかけて生える無数の角。

  ただひたすらに人を殺し、そして喰らい、殺戮の限りを尽くす生命体…… グリザール。

  それは、人間の遺伝子に刻み込まれた太古の『本能』が何万年もの時を超え、隔世遺伝という形で覚醒した人の成れ果て。

  発症原因や対象遺伝子の保有者の割合など何も解明されていない。

  ただ一つ確実なのは、遺伝子覚醒が起こると、発症者は急速かつ不可逆的にグリザールへと変異し、その遺伝子に刻まれた本能のままに行動する。

  人間であった時の理性も常識も変質し、殺戮と捕食に特化した怪物へと成り下がるのだ。

  「直樹が…… 直樹がグリザールに! 嫌だー!!」

  私はあまりにも信じられない出来事に、その現実を受け入れる事が出来ず、頭を両手で押さえながら絶叫する。

  直樹が私の目の前でグリザールに変身し、多くの人達を次々と殺して喰らっている。

  グリザールによって命を断たれた人々は、糸が切れたようにバタバタとその場に倒れこみ、体の至るところから血を噴き出しながら動かなくなっていく。

  一瞬の出来事だった。

  周囲にいた人達は全て肉片となり、私以外の生存者は見つからない。

  そして、人を殺し尽くした直樹…… いや、グリザールは最後の生存者となった私へと振り返り、ゆっくりと近づいてくる。

  血のように赤く輝く瞳で私を見据え、すでに息絶えた人の頭を何の躊躇もなく踏み潰しながら。

  「ひっ…… いやっ…… いやぁぁああああ!」

  私は尻もちをついたまま、ズルズルと後ずさる。

  目の前で、私の顔を覗き込んでいるグリザールの口は耳元まで大きく裂け、中には鋭い牙が無数に並んでいる。

  私は恐怖のあまり失禁し、股間から温かい液体を垂れ流しながらゆっくりと迫る死の恐怖にただ怯えていた。

  もうダメだ……

  逃げられない……

  「グルルルッ」

  見上げるほどの巨大なグリザールが唸り声を上げ、凶暴な爪が突き出た手を私に向けてゆっくりと伸ばしてくる。

  そして私の腰を片手で掴み上げ持ち上げると、眼前に元が直樹…… 人間だったとは思えない醜悪な怪物の顔が迫った。

  「助け…… て…… 嫌ぁああ! 助けて直樹!!」

  醜悪なグリザールは、恐怖に泣き叫ぶ私をまるで楽しむかのように、そして更に絶望を味あわせるかのように、ゆっくりと口を開きながらその醜悪な顔を近づけてくる。

  人の血と肉で赤く染まった口腔内には一面ビッシリと鋭く尖った歯が敷き詰められ、その中から伸びる唾液に濡れた長く太い舌が私の顔をベロリと舐め上げた。

  その唾液は熱湯のように熱く、頬を焦がすかのようにジリジリと焼いていく。

  直樹が姿や心だけでなく、全ての構造が人間とは異なる生物へと変わり果ててしまった事を理解させられた。

  それが分かった時、私の中から抵抗する気力が消えた。

  もう、死を覚悟するしかなかった。

  私は目を強く閉じ、少しでも恐怖を感じないように覚悟を決めた。

  そして──

  ズドン!

  私の下腹部に強い衝撃が走り、内臓がグシャグシャになる感覚が伝わってきた。

  きっと握り潰されたのだろう。

  痛覚そのものが死んだのか、強制的に遮断されたのか、幸い痛みを感じる事はなかった。

  最後の光景がそんな悲惨な自分の姿など見たくはなかったが、私はゆっくりと目を開いた。

  そして、視界に飛び込んで来たのは…… 想像していた以上に悲惨で絶望的な光景。

  私の腰がグリザールの体に打ち付けられ、両足を水平に開いて股間から鮮血を噴き出している姿。

  体が握り潰されたのではなく、私はグリザールの股間から突き出た凶器を秘所に無理矢理ねじ込まれたのだった。

  「ぎゃぁーーっ!!」

  私の叫び声が砂浜に響き渡る。

  グリザールが私の中に突き刺したソレは、凄まじい勢いで体内にドクドクと大量の熱い液体を流し込んでいる。

  一瞬で私の腹部があり得ないほど膨張し、裂けた臍の下からグリザールの吐き出した体液が湯気を立て弧を描くように噴き出していた。

  私の秘所はすでに原型を留めておらず、股関節も破壊され両足がブラブラと揺れ動いている。

  死んだと思った痛覚が、私を更に苦しめるかのように息を吹き返す。

  まるで、お腹の中に熱い鉄の棒をねじ込まれたような激痛が、私の全身を駆け巡る。

  白目を剥いて口から泡を吹き出し、意識が朦朧としていく中、私の体の中に何かが埋め込まていく感覚が伝わってきた。

  直後、血と混じったピンク色の液体が私の股間から盛大に噴き出す。

  それが合図であったかのように、グリザールは巨大な異物を秘所から引き抜くと、私をゴミのように放り投げた。

  まるで糸の切れた人形のように私の体が砂浜を転がっていく。

  そして……

  「譛ャ閭ス繧帝幕闃ア縺輔○繧?」

  頭の中に響いた人間ではない声のような物。

  私は無意識に──

  ──

  ──

  ──────

  ゴボッ…… ゴボゴボッ……

  分厚い金属質の壁に包まれた薄暗く無機質な部屋。

  その中央に、円柱状の巨大なポッドが置かれ水音のような音が響いている。

  ポッド中は白く濁った液体で満たされ、下から無数の泡が一定間隔で浮き上がり弾けていた。

  大量のチューブやケーブルがポッドの下部から伸び、正面の壁に繋がっている。

  その壁にはガラス張りの大きな窓が付いており、そこから漏れ出す光が部屋を鈍く照らし、ポッドの中に黒い影を浮かび上がらせていた。

  「細胞への抑制剤の浸潤、並びに遺伝子組み換えの進行停止を確認しました」

  「プライマーの生体レベルを第二段階へ移行します」

  向かいの部屋では、白衣に身を包んだ研究員達が慌ただしく作業をしている。

  その様子を初老の男性が静かに見つめながら、隣にいる研究者に声をかけた。

  「どう思う?」

  声をかけられた研究主任は、手元のモニターに映るデータを確認すると初老の男性向き直る。

  「生体データは安定しています。 このまま覚醒液の投与実験に移行できます」

  「そうか……」

  「長官のご指示を」

  長官と呼ばれた初老の男性は、窓の向こう側に鎮座するポッドに目を向けながら、しばらく沈黙した後……

  呟くように言った。

  「覚醒液の投与を認める。 少しでも異変があれば、必ず覚醒前に処理するように」

  そう言い残し、長官は部屋を出る。

  主任は、長官が隔離ゾーンから離れたことをモニターで確認すると、部下達に次のシークエンスへと進む指示を出した。

  「抑制液を排出、覚醒液を注入しろ」

  「はい。 遺伝子改変抑制剤の排出を開始します」

  ポッドの中に満たされていた白濁の液体がゆっくりと排出され、中のモノが少しずつ姿を現していく。

  べったりと濡れた髪の毛、おでこ、そして目、鼻、口……

  水位が下がるにつれ、まるで眠り姫のように目を閉じた、可愛らしい顔立ちの少女の頭部が露わになる。

  そんな少女を研究員達が見守る中、彼女の首が、そして体が現れると、彼らの顔が窓から反らすように横を向いて離れていった。

  口を手で覆い目をギュッと閉じる者、両手で肩を抱き締めその身を震わせる者、その場に胃の中の物を吐き出す者……

  主任だけがその光景を淡々と見つめ、そして小さく呟いた。

  「これが32人目の実験か…… 今度こそ上手くいってくれ」

  ピッ!

  ポッド内の液体が全て抜けた事を知らせる信号音が室内に響き、研究員は震える声で次の工程へと移る。

  「か、覚醒液の注入を開始します」

  ポッドの内部へと繋がった人の腕ほどあるチューブの中を、ピンク色の液体がゆっくりと移動していく。

  その先端は少女の“ある部位”に突き刺さっており、覚醒液がそこから押し込むように体内へと流し込まれる。

  次の瞬間、少女の体がビクンッと大きく跳ね上がり…… その目が大きく見開いた。

  「あぁ~…… はぁ~……」

  少女は焦点の合わない目で天上を見つめ、小さく開いた口から吐息と共に小さな喘ぎにも似た声を漏らしている。

  体はピクピクと小刻みに震え、いまだチューブが繋がった体の部分から、粘ついた液体が糸を引きながら流れ出していた。

  「生体レベル正常。 核種も安定、遺伝子構造も98%から変動なし」

  「脳波も異常は見られません。 グリザール化が抑制されています!」

  主任はその結果を聞き小さく頷くと、力が抜けたように椅子へ倒れ込んだ。

  そして、ポッドの中にいる少女を見つめながら呟いた。

  「待っていたよ…… 私は、いや、世界が君の誕生を心から待ち望んでいた。 君は今日から人類の希望だ。 真鍋沙織…… いや、プライマー」

  ──

  ──

  ──────

  それから二年が過ぎた。

  [newpage]

  [chapter:#02 プライマー]

  「おっ待たせーッ!」

  ズサァー!と、砂煙を上げながら五階建てマンションの屋上に一人の少女が姿を現す。

  黄金色の髪と瞳、透き通るような白い肌。

  白とピンクを基調とした丈の短いショートドレスと、横に大きく広がったパニエが特徴的なフリフリのスカート。

  そんな衣装を身に纏い現れた少女は、その場でクルッと可愛らしく一回転する。

  「超最強少女プリンセス・ソフィ! 地球を蝕む悪しきグリザールを斃すため、ここに推参!」

  明らかに中学生にすら満たないであろう容姿の彼女は、華麗にポーズを決めて名乗りを上げる。

  その姿はアニメから飛び出してきた正義のヒロイン、魔法少女のようだった。

  「行っくよぉ! そりゃーぁぁああ!!」

  少女は掛け声とともに、屋上から足を伸ばし猛スピードで急降下を始める。

  その先には人類の敵、まさに異形と呼ぶに相応しい怪物グリザールがいた。

  グリザールは接近する少女の姿を認識すると、雄叫びを上げながら鋭い爪を振り上げ威嚇する。

  しかし少女は怯むどころか、むしろ挑発するように叫んだ。

  敵に挑む勇敢な魔法少女には似つかわしくない言葉と口調で。

  「血肉を撒き散らして爆ぜろやぁー! 超最強爆殺キーック!!」

  自然落下のスピードを遙かに超えた強力な一撃がグリザールの頭に命中しそのまま体を押し潰す。

  バキバキバキバキッ! ブシャー!!

  グリザールの体が彼女の言葉通り、まるで果汁たっぷりの果実を踏み潰したかのように周囲に血肉を撒き散らしながら爆ぜた。

  「っしゃー! 次はお前だーぁ!」

  少女はグリザールの頭部だったモノを踏み潰し、地面に大きな凹みを作りながら着地する。

  そして、その勢いで体を反転し後方に立っていたもう一体のグリザールに腕を突き出した。

  バキッ! ミシミチッ!

  強靱な骨格に包まれた異形の腹部に、少女の右腕が深々と突き刺さる。

  「そいっ!」

  少女の口から、その残虐極まりない行為には似つかない可愛らしい掛け声が漏れる。

  そして、グリザールの背中を突き抜けて少女の手が飛び出した。

  貫通して突き出されたその手には、ドクドクと蠢く臓器が握られている。

  「あ~ この感触、何度味わっても最っ高~」

  少女はウットリした表情で手を引き抜き、未だ脈打つその臓器を目の前で一気に握り潰した。

  その悍ましい行為とは裏腹に、少女は恍惚とした笑みを浮かべながら舌舐めずりをする。

  「さて、次の相手は…… って、アレ?」

  少し離れた場所で、全身を分厚い装甲の様な物で身を包んだ少女が、別のグリザールと戦っていた。

  敵の攻撃をグリザールの表皮にも似たゴツゴツとした生々しい装甲で受け止め、両手の先に付いた鋭い爪を突き立てじわじわとダメージを刻んでいる。

  「はぁ~ あんなの一瞬でミンチにできるのに、なに手こずってるんだか」

  少女はクルクルと右腕を振り回すと、地面を足で蹴り飛ばして一気に加速を始める。

  そして、弾丸のようなスピードでグリザールに接近し、速度を落とす事なくそのまま体ごと突っ込んでいった。

  「おっまたせ~ 超最強少女プリンセス・ソフィ! 見参!!」

  ブシャー!!

  グリザールの体が四散し、大量の血と肉片が周囲に飛び散った。

  単なる肉塊と化したそのグリザールと戦っていた少女は、全身の装甲から湯気を上げ、肩で息をしながら地面に片膝を付く。

  上空から降り注ぐ血肉がその装甲に触れる度、まるで熱せられた鉄板に水をかけたかのように蒸発し、赤黒い湯気に変わると周囲に異臭が充満する。

  そんな状況の中、彼女は呆れた顔持ちで魔法少女姿のソフィを見据えた。

  「はぁ、はぁ…… ソフィ……」

  ソフィは、その視線を無視して両手を上に向け空を仰いでいた。

  まるで、上空からスプリンクラーの放水のような勢いで降り注ぐグリザールの血肉を、全身で受け止めるかのように。

  それだけでも常軌を逸した行動なのに、少女は体をビクビクと震わせ、真っ赤に染まったパニエの中からネットリとした愛液をボタボタと滴らながら恍惚の表情すら浮かべている。

  「ふぅ~ んッ!凄っごい気持ちいい~ 子宮がキュンキュンするぅ~ マジ、さいっこう。 おまんこグチョグチョだよぉ」

  とても年端もいかない少女とは思えないような言動に、地面に片膝を付いていた少女…… 沙織は呆れたように深いため息をつく。

  そして、キッとした表情でソフィを睨みつけた。

  「ソフィには出動命令は出ていなかったと思うけど……」

  沙織がそう呟いた直後、ソフィはキョトンとした表情を浮かべ顔を向ける。

  その顔は今までの表情と変わり、非常に可愛らしったものだった。

  「え~ だって仲間のピンチを放っておくなんて出来ないじゃ~ん。 それよりほら! 今日の私可愛くない!? 特別に戦闘衣装を作ってもらったの!」

  そう言ってソフィは、クルクルと回りスカートのフリルをヒラヒラとなびかせながら、周囲に全身に付着したグリザールの血肉を撒き散らす。

  沙織が無表情でソフィの姿を見つめ、そして再び大きくため息を吐いてから諭すような口調で言った。

  「今回はグリザール化した生体の回収が任務だし。 それと、そんな素肌丸出しの格好で現場に来たら目のやり場に困るから」

  その言葉を聞きソフィの形相が一変する。

  そして沙織の肩を包む装甲に手を乗せ耳元で呟いた。

  「私達はもう人間じゃないんだよ? それに…… プロトタイプのプライマーのくせに私に意見してんじゃねぇーよ」

  ミシミシッ!

  沙織の肩の装甲から軋みを上げる音が響くと、中から白い液体がトロッと滲み出した。

  「あっれぇ~? 沙織の付けてる鎧の中から変な液体が漏れ出てる! うへぇ~ なんかグリザールの体液みたいで気持ち悪いし、ソレ脱ぎなよぉ~ 」

  沙織が苦痛で顔を歪める顔を見て、ソフィは楽しそうな表情を浮かべる。

  そして、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら沙織の耳元で再び呟くように言葉を続けた。

  「怪我してるなら早く本部に戻って“調整”してもらったら♪」

  「……お気遣いなく。 この位の修復は自力で行え───」

  ソフィは沙織が言い終わる前に肩から手を放し、元から治す気などないと言わんばかりに体の向きを変えて歩き出した。

  その背中を沙織は無言で睨み付ける。

  「遅くなりました。 大丈夫ですか?」

  沙織の背後から防護服を纏った数人の男が現れた。

  彼らは皆、沙織の姿に近いゴツゴツとした防護服を装着し、一般人が見たら近寄りがたい雰囲気を身に纏っている。

  特殊生体防護服。

  グリザールの体を包む外骨格を参考に開発されたその装備は、ダイヤモンドより硬く戦車の砲弾すら跳ね返す性能を誇ると言われている。

  しかし人間が着込んでも、その重量も相まって激しい戦闘など到底できず、万が一の際の盾としての役割しか果たせない。

  そもそもグリザールと戦う事など想定されていないのだから。

  その特殊生体防護服を身に纏った男達は、沙織に駆け寄ると敬礼し肉片と化したグリザールを見て、うっ…… と声を上げた。

  防護マスクから覗くその顔には、緊張と恐怖が浮かんでいるのが窺える。

  「私は大丈夫です。 それより処理作業を急いで下さい」

  「はい。 しかし酷い惨状ですね…… グリザールが原形を保っていない。 それほどまでの戦闘だったのですか?」

  彼らの顔には、血肉に塗れた沙織の姿を見て、明らかな嫌悪感が滲み出ていた。

  沙織は俯きながら拳をグッと握り締める。

  「いえ…… 生体回収の命令だったのにすみません。 サンプルの採取よろしくお願いします」

  そう告げると沙織は彼らから離れ一人歩き出す。

  一面に広がる血と肉が撒き散らかった地獄のような惨状。

  そんな地獄絵図を見ながら歩く沙織の体に本能が反応を起こす。

  彼女の股間部分を包む装甲がパクリと開き、中からねっとりとした液体が糸を引いて流れ落ちた。

  沙織は、この凄惨な光景に性的興奮にも似た感情…… いや、快感を覚えていのだ。

  自分もまたソフィと同じ存在であると、体が、本能が訴えかける。

  液体の垂れ落ちる自分の股を見つめ、沙織は自分に言い聞かせるように、一言一言噛みしめるように小さく呟いた。

  「そう……私はもう人間じゃないんだ……」

  ◇

  国際防衛安全維持機構。

  グリザールと呼称される怪物を排除・研究することを目的とし、世界中から莫大な軍事費を拠出され設立された超法規的機関。

  そして、通常の軍事兵器では太刀打ちできないグリザールを屠る事の出来る唯一の存在、プライマーを有する組織である。

  膨大な敷地を有する機構本部、その一角にある最高レベルのセキュリティに囲まれた特別研究施設。

  ここでは人類の敵に成り果てたグリザールに対抗するための戦闘指揮だけでなく、プライマーの調整が行われる唯一の場所でもある。

  その一室、機構全ての統括を行う長官室に沙織の姿があった。

  「長官、今日の戦闘は申し訳ありませんでした」

  禍々しい生物的な装甲に包まれた沙織が、長官と呼ばれた初老の男性に向かって頭を下げる。

  「気にしないでくれ。 戦闘の様子は私も確認した」

  天井から下がる巨大なモニターに、先程の現場の様子が映し出されている。

  激しい戦闘音と人々の悲鳴。

  そんな阿鼻叫喚の中で、自分がグリザールの両目に鋭い爪を突き刺し頭部を圧壊させている姿。

  「このグリザールをどう思う?」

  長官が顎に手を当てモニターを眺めながら沙織に問う。

  その表情には明らかな不安と心配の色が滲み出ていた。

  沙織は暫し無言でモニターを見つめ、そして静かに答える。

  「たぶん…… プライマーからの覚醒体だと思います。 まだ赤い液体を噴き上げていましたので」

  「そうか」

  グリザールと呼称される怪物へと変貌した者は、人類を遥かに凌駕する身体能力を得て人間を見境無く襲い喰らう。

  そしてもう一つ、一般には公表されていない能力があった。

  それは、人間を媒介とした繁殖機能。

  グリザール遺伝子は人間の雄…… つまり男性にのみ存在し、何らかの因子によってグリザールへと変貌を遂げる。

  彼らはオリジナルと呼ばれ、人間の女性を襲いその体内に核種と呼ばれる物質を植え付ける事がある。

  核種を植え付けられた女性は、僅か数分で遺伝子変質を誘発し、急激な肉体変異を伴ってその肉体をグリザールへと変貌させてしまうのだ。

  その身に核種を植え付けられた者はプライマーと呼ばれ、グリザールへと完全に覚醒した後は人間を殺し喰らうだけの殺戮生物へと成り果てる。

  オリジナルのグリザールと、プライマーからグリザールへと覚醒した個体は見分けが付かない。

  唯一の判別方法は、体液。

  通常のグリザールは強いアルカリ性の白い体液だが、プライマーからグリザールへと進んだ直後の者は赤い体液を持ち、時間経過と共にその色は白色へと変わる。

  つまり、先程殲滅したグリザールは直前まで人間の女性だったという事。

  あの現場でグリザールに犯され核種を植え付けられたプライマーであり、グリザールへと覚醒した個体。

  そして沙織とソフィもグリザールの核種を植え付けられた人間…… 元人間のプライマーなのだ。

  「元凶となったグリザールの方は確認できたのか?」

  「はい。 現場で最初に遭遇し対処しました」

  長官は沙織の報告を聞き、背もたれに体を預け大きく息を吐き出した。

  そして再びモニターへと視線を送る。

  「しかし、ソフィの戦闘は常軌を逸しているな…… なんて凄惨さだ」

  モニターにはソフィが頭上から降り注ぐ血と肉片の雨の中、ウットリとした表情でグリザールの残骸を踏み潰す姿が映し出されていた。

  まるで趣味を楽しむ少女のように笑うその姿からは、殺戮と言う行為を楽しむ異常性が滲み出ている。

  そして、その映像を見た沙織もまた……

  股間の装甲がパクリと開き、奥からねっとりとした液体が糸を引いて床に滴り落ちた。

  「すみません、こんな淫らな姿を晒して……」

  「気にするな。 プライマーの本能くらい十分承知している。 それに」

  長官が顎をクイッと隣の床へ向ける。

  そこには、大量の液体が滴った跡が床にクッキリと残っていた。

  「この映像見たソフィが盛大に噴き散らかした跡だ」

  グリザールは殺戮本能だけでなく生殖欲求が異常に高い。

  そして、それらから得られる快楽は他の生物と比べ物にならない位に凄まじい。

  当然その因子が遺伝子に組み込まれたプライマーである沙織とソフィも例外ではない。

  沙織ですら理性で体の本能を抑えられない衝動。

  ソフィであればその暴力的な快楽に理性が追いつかないだろう。

  「ソフィはどこに?」

  「ポッドで検査調整を受けている。 君も肩に傷を負っているようだが…… 調整槽に入るか?」

  自分を人間でなくバケモノとして扱うその言葉に、沙織は唇を噛みしめる。

  だが、それは自分が調整によってグリザール化を抑えられたプライマーである事から逃れられない言葉だと理解している。

  その証拠に、この身を包む不気味な装甲は自分の肉体なのだから……

  外骨格を脱ぐ事など出来ないし、その下は薄気味悪い肉組織と人には存在しない臓器で満たされている。

  唇を噛みしめたまま俯く沙織の目に、外骨格が開いた股間の奥からポタポタと糸を引きながら愛液が滴り落ちる様子が映った。

  「いえ、私ならまだ大丈夫です……」

  「そうか。 なら少し付き合ってもらえるか?」

  長官は椅子から立ち上がると、後ろ手に設置されたスイッチを押し扉を開いた。

  「見せたいものがある」

  ◇

  ごく僅かな物だけしか立ち入ることの出来ない特別研究エリア。

  その中でも、更に管理の厳しい区画を何度もエレベータを乗り継ぎ、長官と沙織は目的の部屋にたどり着いた。

  調整処置室。

  そう書かれた部屋のドアが開くと、中には複数の研究員達が慌ただしく動いていた。

  その正面、ガラス張りの窓を隔てた隔離ルームに、防護服で身を包んだ何人かの研究員が調整槽と呼ばれる縦長の培養槽のようなポッドを覗き込んでいる様子が窺える。

  「あれは……」

  沙織はガラス張りの窓の前に立ち、処置室内から調整槽を覗き込む。

  中は半透明の液体で満たされ、自分と同じ位の歳をした少女が裸で浮かんでいる姿が確認できた。

  「先程の戦闘でここへ運び込まれた。 遺伝子解析の結果、核種を植え付けられたプライマーである事を確認した。 まぁ見ての通りだが……」

  彼女の体は、そのほとんどがグリザールの細胞と融合し赤黒い肉組織に変質しており、所々はすでに外骨格の皮膚に置き換わっていた。

  頭部は額から上が完全に外骨格化し、顔は辛うじて人間の面影を残しているが黒色の鋭い牙が覗いている。

  「かなりグリザール化が進んでいますね……」

  「だが、調整槽に入れる段階では意識覚醒まで至っていなかったそうだ。 グリザール覚醒が抑制できる望みはある」

  そう、対グリザール戦闘用のプライマーは、核種を植え付けられ奇跡的にグリザール化覚醒前に調整槽で処置を施された人間なのだ。

  人の姿を維持していればいるほど、その戦闘力は高くなると言われている。

  ソフィは肉体変化が始まる前に調整槽で処置を施された偶然の奇跡とも呼べる存在。

  ほとんどの者は肉体変化が発現し、その進行が止まらない状態で調整槽へ収容され、遺伝子変異の抑制調整を受ける事になる。

  目の前の少女のように……

  「ここまで進行してしまうと、彼女の理性はグリザールの本能に飲まれているのでは?」

  「しかし、君のように助かる可能性もある」

  長官の言う通り、沙織も頭部以外はすでにグリザール化した状態で調整槽に入れられた。

  しかも、初めての調整実験体のプロトタイプであり、戦闘力は大幅に劣っていると考えられている。

  そして、沙織やソフィがなぜ人としての理性を保てているかは分かっていない。

  対グリザール戦闘用のプライマーは、沙織とソフィの二体しか存在しないからだ。

  目の前の少女が自我を保ち、三体目の戦闘用プライマーになれる可能性はかなり低いだろう。

  「彼女の調整はすでに終了している。 これから覚醒処置を行う…… 沙織君、頼めるか?」

  「わかりました」

  調整槽のある部屋へ続く扉が開き、中から防護服姿の研究員達がゾロゾロと出てきた。

  沙織は全員が退出した事を確認すると、調整ルームの中へと一人足を踏み入れる。

  ギギギギッ…… ガチャン!

  隔壁扉が締まり、監視用のガラス窓に合金シャッターが下ろされ、誰からも見られないように調整室が完全隔離された。

  最悪の場合が起こった場合の凄惨な光景を彼らが見ない為の処置。

  そして、沙織が彼らに気を遣わずに本能を剥き出しにできる為の配慮。

  ビービー と警報音を鳴らし、調整槽に満たされていた調整液が排水さていく。

  プライマー覚醒実験は今回で68回目。

  沙織とソフィ以外、その全てが覚醒後グリザールへと変貌し沙織の手によって処分されてきた。

  そして、今回も……

  目の前の少女は、体をボキボキと不気味な音を立て、その姿を異形の怪物へ変貌させていく。

  筋肉が膨れ上がり全身を強靱な外骨格が覆い……

  「グギャー!! グオォォオオオ!」

  人としての姿と心を失った少女だったモノが、獰猛な獣のように咆哮を上げた───

  ◇

  どのくらいの時間が経ったのだろうか。

  調整室の中で血の雨を浴びながら、沙織は恍惚とした表情で肉片がべったりと付着し鋭く尖った爪に舌を這わせていた。

  股間から垂れ流れる粘ついた液体を気にする様子もなく、彼女は周囲をギョロリと見渡す。

  まるでゴミのように転がる肉塊が床に血と臓物をブチまけ、部屋の中には生命だったモノの残骸が撒き散らされていた。

  「はぁ~ ふふっ……」

  その凄惨な光景を前に剥き出しとなった本能が興奮を抑えきれず、沙織は自らの股間の外骨格を全開まで開くと肉塊を拾い上げ自らの股間へねじ込んでいった。

  グチュ…… ジュボッ! ブチュッ……

  人間であれば膣にあたる場所に存在する捕食器官の肉壁を締め上げ、ぐちゃぐちゃに潰しながら子宮に送り込み消化していく。

  子宮で消化した内容物が快楽物質へと変換され、体が、心が快楽に包まれ自然と笑みが溢れる。

  それは人間では決して味わう事の出来ない快感。

  全身から沸き上がる絶頂にも似た刺激が、子宮から全身へと駆け巡る。

  殺戮という行為で得られる快楽を貪るように、沙織は目の前の肉塊を子宮で喰らい絶頂の波に身を任せ続けた。

  グリザールの本能を剥き出しにした片隅で、僅かに残る沙織の理性がその悍ましい光景を静かに見つめる。

  「私……」

  ポッドに反射して映し出される自分の姿。

  捕食器官である秘所にグリザール化した少女の腕を突き刺し、溶解液を噴き出しながらブラブラと垂れ下がったその腕を、奥へ奥へと引き込もうと蠢いている。

  そんな悍ましい自分の姿を目にし、細胞の一つ一つから異常な快楽の波が沸き上がり絶頂に体を震わせる。

  グリザールの本能……

  人を殺す事で得られる快楽……

  人間だった頃の自分は、変わり果てたこの姿を見たら何を思うのだろうか?

  直樹が今の自分の姿を見たら、どう思うのだろうか?

  きっと直樹は……

  「…………」

  沙織は、自らの子宮に突き刺さっている腕を引き抜いた。

  まるで離すまいと追い縋るように吸い付く膣壁から、淫らで汚らしい音を響かせて半分溶け爛れたグリザールの腕が床に転がる。

  そして、粘液に塗れたその腕をおぞましく変形した足で踏み潰し、全身に力を込めるように体を屈めた。

  ボコォッ…… ゴボゴボ…… ブシャアア!!

  子宮内部から膣を通って、先程喰らい快楽物質へと変換したグリザールの内容液が股間から噴水のように周囲へ向けて激しく噴射される。

  同時に、外骨格の隙間からもブシュウウゥと音を上げ、白い霧が勢いよく噴き出され辺りに拡散されていった。

  体から快楽物質が抜け、理性が再び表層に現れ始める。

  「まだ…… ダメ」

  沙織は両手を大きく広げ自分の心に語り掛けた。

  力を押さえ込んででも、本能を封じ込まないといけない。

  快楽に身を任せれば、この体はグリザールへと変貌してしまう。

  「このままグリザール化したら…… 私は直樹に……」

  そう呟き口から唾液を垂らすその顔は、悲しみに満ちているようにも、恍惚に浸っているようにも見えた──

  [newpage]

  [chapter:#03 解放]

  数時間後、特別休憩室。

  上級研究者と、戦闘用プライマーだけが利用を許される一室。

  とはいっても壁際に設置された自動販売機と、テーブル、椅子だけが設置された簡易的なスペース。

  そこに研究主任が頭を抱えながら、椅子に腰をかけていた。

  その体はガクガクと震え、目からは止めどなく涙が流れ続けている。

  普段の彼からは想像できない、まるで別人のように憔悴した姿。

  そんな重々しい空気を打ち消すように、大きな音を立てて入り口の扉が開いた。

  「あっれぇ? 沙織の調整主任じゃん。 こんな所で何してんの?」

  ソフィが体中に返り血を浴び、ニコニコと笑いながら室内に入ってきた。

  激しい戦闘で昂った感情を抑えられないのか、それとも快楽に興奮したままなのか、スカートの下からはポタポタと粘液が滴り落ちている。

  「私もジュース飲もっかなぁ~」

  そう言いながら自販機のボタンを右手の迷い指で悩みながら動かし、左手はスカートの中でグチュグチュと音を立てながら股間を弄っている。

  まだ中学生にも満たない容姿をした少女が、体中に返り血を浴び人前であることを気にもせず卑猥な行為に興じている姿。

  そんな人間としての理性や羞恥心すら残っていないソフィの姿を直視した主任は、部屋を出ようと扉へ向かう。

  「第68次実験ってあなたの娘さんなんだって?」

  「!?」

  主任は、背後からソフィに投げ掛けられた言葉に驚き振り返る。

  そこには、股間を激しく指で擦り上げながら近づいてくるソフィの姿があった。

  スカートの間から糸を引かせた粘液を垂らし、発情しきった狂気にも似た笑みで主任を見つめている。

  その余りにも異常で醜悪な姿に主任は言葉を失い、後ずさりしながら壁に背をついた。

  「今、私を見て超バケモノだって思ったでしょ? そして人間じゃないって恐怖を感じた。 違う?」

  主任は心の中を見透かされたようなその一言に、返す言葉を失う。

  普段の彼ならば、こんな事で動揺するような男ではない。

  しかし、娘を失った事へのショックで憔悴していた彼にそんな冷静な考えを巡らす余裕はなかった。

  そして、ソフィは主任の心を読み取ったかのようにその耳元で囁く……

  「ここに運ばれてきた娘さんの姿を見たけど、すっごく気持ち悪かった。 体のほとんどがグリザール細胞と同化しちゃってさぁ~ もう人の形なんかしてなかった」

  そう言ってソフィはケタケタと笑い出す。

  主任は自分の娘に対してあまりにも冷酷なソフィの言葉に、怒りよりも涙が溢れてくる。

  ソフィは姿こそ人の形状をしているが、中身はグリザールの細胞と同化してしまった化け物なのだ。

  そんな化物の言う事に一々腹を立てたり感情を表に現す事自体が愚かだと言う事は十分に理解している。

  しかし……

  「沙織みたいなバケモノになっちゃうよりは死んで良かったかもね。 あんな姿で殺戮と性欲を剥き出しにした娘なんか、見たくないだろうしネ」

  主任の拳が強く握られ体がプルプルと震える。

  怒りを爆発させるな……

  ソフィのペースに飲まれるな……

  主任は必死に自分を抑え、感情を殺してソフィを見ないように顔を背けた。

  そんな張り合いのない姿に、ソフィはつまらなそうにため息をつくとジュースをゴクゴクと飲みながら出口へと向かう。

  そして扉の前で振り返ると、主任に向かってニッコリと笑顔で語りかけた。

  「恨むなら沙織を恨んでよね。 あいつがちんたら戦闘なんかしてたからこんな事になったんだし。 あっ、もしかしたら沙織ってばあんたの娘を食べたくてわざと殺したのかも。 あの女、娘さんの肉片をぜ~んぶ子宮に突っ込んで食い散らかしたらしいし。 エグいよねぇ~」

  ソフィはジュースの空き缶をゴミ箱に捨てると、ヒラヒラと手を振りながら立ち去っていった。

  主任の心が悲鳴を上げる。

  どうして娘がこんな事に……

  グリザールに犯され、核種を植え付けられグリザールへと変貌し、そして肉片になって……

  さらには、死してなお娘をそのおぞましい体の養分として、快楽を得るためにその尊厳を踏みにじられた。

  今この世界で考えられる最も最低で最悪の最後。

  悔しかった。

  悲しかった。

  そんな感情が彼に涙となって込み上げてくる。

  そしてその感情の渦は怒りとなり爆発した──

  主任は部屋を出ると、まるで生ける屍のようにフラフラと歩き始める。

  もう何も考えられない……

  娘の死も……

  ソフィの非情な言葉も……

  彼の心に、自らの力を押さえ込みながらグリザールと戦うプライマー…… 沙織への憎悪がふつふつと沸き上がる。

  「お前がもっと早くグリザールを殲滅できていれば娘は…… 娘はっ!」

  主任は苛立ちをぶつけるように壁を殴りつけ、拳から流れる赤い血を睨みつけながら唇を噛みしめた。

  そして、その足をある場所へ向けてゆっくりと進めていく。

  数分後、主任は上級研究者以外の立ち入りが制限されたDNA保管庫の前に立っていた。

  ポケットからセキュリティーキーを取り出し、壁に設置されたカードリーダーにかざす。

  ピーッ という電子音の後、分厚い鋼鉄の扉がゆっくりと開き主任はその部屋の中へ足を踏み入れた。

  中には巨大な冷凍保管庫が整然と並んでおり、その一つ“培養核種”と書かれた保管庫の扉のロックを解除し中を開く。

  そこには、無数のマイクロチューブが並び、その一つ“GZ-38”とラベルの付いたチューブを手に取った。

  そして、そのチューブを自分の白衣のポケットへ忍ばせると、部屋を後にし調整室のあるラボへと急ぐ。

  「沙織、お前を完璧な戦闘生物にしてやる…… グリザールを殲滅するのに邪魔な理性を俺がぶっ壊してやるよ」

  ◇◇◇

  数日後。

  ゴボッ…… ゴボゴボッ……

  薄緑色の液体に満たされた調整槽の中で沙織が目を閉じて浮かんでいる。

  夥しい数のケーブルやチューブが彼女を包む外骨格に繋がり、調整槽の中で無数の気泡が彼女の体を覆い弾けては消えてゆく。

  周りでは防護服に身を包んだ研究員が、モニターを眺めながら慎重に調整槽の状態をチェックしていた。

  そして、強化ガラスの窓を挟んだ隣の部屋でも、その光景を見守る複数の研究員達の姿があった。

  「主任、一次シークエンスの完了を確認しました」

  研究員の一人がそう報告しながらキーボードを叩くと、制御室内のモニターに計測結果が表示される。

  巨大な画面に映し出された数値に主任は眉間にしわを寄せて数値を見つめた。

  「相変わらず数値に変化は見られないな。 遺伝子のグリザール化は98%か」

  「中身も見た目もほぼグリザールなのに、姿と遺伝子が人間と近いソフィの方が戦闘力が高いなんて不思議ですよね」

  研究員が調整槽を見つめポツリと呟く。

  主任は席を立ち、ガラス張りの窓の前へと歩み寄ると調整槽の中で眠る沙織を険しい表情で見つめる。

  そして、マイクを手に取り調整槽が設置された隔離室内の研究員に呼びかけた。

  「自動調整モードに移行した。 皆、上がっていいぞ」

  その言葉を待っていたかのように、研究員達が調整槽のある部屋からゾロゾロと出てくる。

  彼らは皆、ホッとした表情を浮かべ肩の力を抜いた。

  「そろそろソフィの検査調整が終わる時間だ。 みんなそっちに回ってくれ」

  主任の指示に従い、研究員達はソフィが調整を受けているフロアへと足早に向かっていった。

  室内に残ったのは主任と定期調整を受けている沙織だけ。

  主任は画面に映る数値を凝視すると、制御卓上のボタンを押下した。

  そして、防護着も着ないまま調整室に入室する。

  調整液の中で静かに目を閉じ動かない少女。

  その体は外骨格に覆われ、顔以外は人間の原型を留めていない。

  「いつまでダラダラ戦っているんだ。 お前がもっと早くグリザールを殲滅できていれば…… 娘を殺したのはお前なんだぞ!」

  主任は怒りに満ちた形相で、調整槽に拳を振り下ろした。

  ゴンッ!

  調整槽は低い音を上げただけで、沙織に衝撃は一切伝わっていない。

  当然のその反応に、主任は苛立つように舌打ちをすると怒りに満ちた表情でポッケに手を突っ込み一本の注射器を取り出した。

  その中は白色の液体が満たされ、揺らめく水面にニヤリと気味の悪い笑みを浮かべる主任の顔が歪んで映りこんでいる。

  「お前が本能を抑えつけている事くらい分かっているんだよ! 押さえ込むな! 本能を剥き出しにしろ!」

  主任は、調整槽に繋がるチューブにその注射器を差し込むと、中の液体をゆっくりと注ぎ込む。

  沙織の股間に刺さるチューブ中に白い液体がモヤのように広がり、ゆっくりと体内に吸収されていく。

  「お前の本能を引きずり出してやる。 その気持ち悪い姿に見合った力と本性を強制的に解き放ってやるよ」

  主任は狂気にも似た笑みを浮かべながら、調整槽の中で股間の外骨格を浅ましくパクパクと開閉させる怪物の少女を見つめていた───

  ◇

  ビービービー!!

  けたたましい警報が、所内に響き渡る。

  『グリザールの発生を検知。 一級防衛体制へ移行。 戦闘用プライマーの出動を許可。 繰り返す── 』

  スピーカーから流れるアナウンスと共に、白衣を着た研究者や装甲服を纏った兵士が慌ただしく移動を始める。

  バタバタと足音と怒号が交差する中、沙織が調整を受けている部屋の扉が開いた。

  「主任! グリザールが出現したみたいです! プライマーの出動要請が!!」

  背後からの声に、主任の顔がちらりと飛び込んできた研究者に動くが、すぐに正面で調整槽の中で眠る沙織へ向けられる。

  すでに調整液は抜かれ、覚醒準備の手順が自動で進行していた。

  「え? 彼女はまだ最終調整が……」

  主任の後ろで研究員が焦った様子で口を開く。

  「問題ない。 三次シークエンスまでのデータは確認済みだ。 覚醒液の濃度を35%から70%へ上げて緊急覚醒させろ」

  「わ、分かりました」

  研究員が急いで制御卓の前に座ると、キーボードを素早く叩き始める。

  沙織の体に繋がった無数のチューブやケーブルが外れ調整槽の上部に設置された装置に引っ張られ巻き取られて行く。

  「覚醒液を注入します」

  研究員が卓上のスイッチを押下すると、調整ポッドの下部から垂直に伸びるチューブの中を赤黒い液体が押し上がっていった。

  唯一沙織の体と繋がるそのチューブの先端は彼女の股間の中へ奥深くまで突き刺さっており、血のようにドロドロとした液体がゆっくりと体内に流れ込んでいく。

  直後、チューブが激しく収縮を始め、まるで液体を吸い上げるように流入量が一気に跳ね上がった。

  「覚醒液の自己吸引を確認、覚醒します」

  研究員の声と同時、沙織の目がゆっくりと開く。

  通常よりも高濃度の覚醒液による影響か、それ以外に起因するのか、沙織の目は瞳が薄く顔色もいつもより白く染まっていた。

  「気分はどうだ?」

  主任の問い掛けに、沙織は視線をゆっくりと主任に向ける。

  そして、股間に突き刺さったチューブを容赦なく一気に引き抜いた。

  プシャーと覚醒液と混じった愛液が周囲に飛び散り、ポッド内を糸を引かせた粘着質な液体が包み込む。

  「最高の気分です。 いつもよりも力が溢れて、覚醒快感も普段より凄くて…… 醜態をさらしてしまいすみません」

  「気にしないでくれ。 いつもより覚醒液の濃度が濃いからな。想定範囲内だ」

  沙織の答えに主任は満足そうに頷き、ポッドの扉を開放するボタンを押し込んだ。

  調整槽の扉が左右に開き、沙織が姿を現す。

  パックリと開いた股間の外骨格から、愛液をボタボタと垂れ流しながら。

  「早速で悪いが出動命令が出た。 行けるか?」

  「問題ありません。 すぐに出られます」

  主任の問いかけに、沙織は股間から愛液を手で拭い取りながら答える。

  そして体の調子を確認しつつ、糸を引き濡れそぼった手から愛液を払おうと腕を上げ……

  「今回の作戦内容はグリザールの殲滅。 全固体の抹殺命令が出ています」

  研究員からの作戦指令を聞きいた沙織の腕がピタリと止まった。

  殲滅…… 抹殺……

  その言葉が、彼女の中の何かを呼び覚ます。

  全固体の抹殺許可。

  その行為に沙織は異常なまでの興奮を覚えた。

  「体調が思わしくないようなら待機で構わない。 ソフィだけに殺戮命令を出すがどうする?」

  主任はまるで彼女の心を見透かしたように、意地の悪い言葉を投げ掛ける。

  「任務遂行に問題ありません。 これよりグリザールの抹殺に向かいます」

  沙織はそう答えると、粘液で糸引く指をゆっくりと口元へ近づける。

  そして、恍惚とした表情を浮かべながら指先を舌で絡み取り、自らの口内へ運んでいった──

  ◇◇◇

  C地区。

  1時間前まで公園だったはずの場所は、血肉が散らばり装甲車の残骸が無残な姿を晒していた。

  その中で、一人の少女がヒラヒラとした衣装を身に纏った姿で周囲へ更に血肉を撒き散らしている。

  「ほらほら、もっと抵抗しないと腕がなくなっちゃうよー」

  うつ伏せに倒れ込んだグリザールの背中を踏みつけ、両腕を引っ張り上げる少女。

  背中に乗せた右足がその反動で強靱なグリザールの外骨格をバキバキと割り砕いていく。

  「そいっ! っと」

  可愛らしい掛け声と合わせ、グリザールの両肩からバキボキッ!という鈍い音が聞こえ両腕が引き千切られ宙を舞った。

  両腕を失ったグリザールは“赤い体液”を周囲へ飛び散らせながら、断末魔のような叫び声を上げる。

  しかし、ソフィはそんなグリザールの顔面を何度も踏みつけると、その叫び声すらも断ちきった。

  「全っ然足りないって! もっと撒き散らせやぁ!!」

  少女は目を血走らせてグリザールの頭部をその足で踏み潰した。

  ビチャビチャと少女の足の下で肉片が飛び散り、大量の脳漿と肉片が魔法少女の衣装を赤く染め上げる。

  「そうだよ、やれば出来んじゃねぇかよ」

  恍惚とした表情を浮かべる少女、ソフィは自らの顔についた液体を指先で拭うとその指をペロリと舐め上げた。

  ブルッと体を震わせ、恍惚とした表情を浮かべるソフィの太ももをドロドロとした透明な液体が伝い、その色を赤く染めながら地面へと滴り落ちる。

  そして視線だけを動かし、隣で腰を抜かして座り込む女性に向けてニヤリと笑みを浮かべた。

  「ねぇ、お姉さん。 もしかしてお姉さんもコレみたいにグリザールに襲われたちゃった?」

  殺気と狂気を放つ目が女性に向けられる。

  彼女はその質問に答える事なく、半笑いで口から涎を垂らし、焦点が合っていない瞳でソフィを見つめている。

  足が不自然な方向へ曲がり、股間に何かを突っ込まれたかのように大きく裂け開いた穴に、自分の腕を突き刺して引っかき回していた。

  「核種はまだ潰してないみたいだけど、精神壊れちゃってるみたいだし持ち帰ってもグリザール化して殺されるだけだね」

  ソフィの手が彼女の頭を掴もうと伸びる。

  その表情は人の命さえを弄ぶ快楽に酔いしれた狂気の顔だった───

  ◇

  C地区に到着した沙織が護送用の装甲車から降りると、目の前には地獄絵図が広がっていた。

  辺り一面に、人かグリザールか分からない血肉が散乱し異臭が漂っている。

  「ここから先にいる関係者はソフィーだけですか?」

  「はい。 グリザールは全部で4体。 残り1体の生体反応がまだあります」

  生体装甲を身に纏った兵士が、端末を操作しながら沙織の質問に答える。

  画面上にはグリザールとソフィと思われる反応を示す点が表示されていた。

  「ねぇ、あの子も鎧みたいなの着てるけど兵士なのかな? 他の兵士より何か生々しくて気持ち悪いね」

  「うわっ! 本当だ。 怪獣みたい。 もしかしてグリザールだったりして」

  背後に引かれた規制線の外側からヒソヒソと囁き声が聞こえてくる。

  その声に視線を向けると、制服を着た学生らしき少女達が、嫌悪感丸出しの表情で沙織を見つめていた。

  沙織の姿は頭部が人間の姿を保っているため、ぱっと見は生体装甲を纏った特殊兵のように見えるのだろう。

  しかし、彼女達が見ているのは鎧や防護服などではない、自らの肉体を曝け出したプライマー。

  遺伝子の98%がグリザールと化し、人間には存在しない外骨格の皮膚を持ち、人間には存在しない臓器や体液が体内にビッチリと詰まった異形の人外。

  腕を振り下ろすだけで、あのグリザールすらも殺す事が出来る生物兵器。

  そして、すでに数え切れないほどの人間をも絶頂の快楽の中で肉片に変えてきた狂気の殺戮兵器……

  毎日ポッドの中で調整液に浸かり、殺戮行為で愛液を拭き散らかしながら快楽を貪るその姿は、最早人間とは呼ぶ事の出来ないグリザール以上の怪物と言っていい存在。

  そんな事は沙織自身が分かっているはずだった。

  そのおぞましい姿を見た人間達の反応や言葉など聞き慣れていたはずだった。

  しかし、何故か今日は彼女達の言葉と視線が沙織の神経を逆なでし、理性で押さえ込んでいた本能を引きずり出す。

  「下等生物が…… バラバラに引き裂いて食い殺すぞ」

  不意に沙織の口からこぼれた言葉は、想像も出来ないような残酷なものだった。

  沙織は怪獣のような肌質の外骨格に包まれた腕から繋ぎ目などなく続く手を、彼女たちに見せつけるかのようにワキワキと動かしてみせる。

  そして、指先からズリュ!と太く長い爪を突き出し、体液で糸を引く凶暴な爪先をベロリと舐めあげた。

  それは鎧や防護服では絶対に表現できないグロテスクで生物的な動きであり、沙織が人とは異なる生物である事を認識させた。

  「あ、あの……」

  兵士が引き攣った顔で沙織に声をかける。

  沙織の目に、腰を抜かし尿を垂れ流してへたり込む少女達の姿が映り込む。

  ふと我に返った沙織は彼女達から視線を外し背を向けると、指先から突き出した鋭い爪をゆっくりと体内に戻し両手を力強く握り締めた。

  「……状況を確認してきます。 私が戻るまで誰もここから先には通さないで下さい」

  そして、血肉に塗れた地獄絵図の中へと足を踏み入れていった。

  震える声で了解という兵士の声が聞こえたが、それに答え得る事もなく……

  ◇

  グチュ…… ゴリッ……

  肉片や骨を踏み砕く音が足下から響く。

  辺りは血の海と肉片が散らばる凄まじい惨状だった。

  ソフィは沙織と同じく調整明けの出動と聞いている。

  調整槽でその肉体を調整された直後のプライマーは、最も強い戦闘能力を発揮出来る。

  当然、攻撃性は増し理性のタガが外れやすい。

  ソフィの性格なら尚更、人間など虫けらと同等の存在としか認識しないだろう。

  しかし、自分は違う。

  プライマーとして、姿はグリザール化の影響で大きく変わってしまったが、理性は人間を逸脱する事なく人としての心を保っている。

  殺戮衝動をできるだけ抑え、本能を制御出来ている。

  そう思っていた。

  「……。 下等生物…… か」

  先程の女子高生の恐怖に引き攣った顔が脳裏に焼き付いて離れない。

  あの行動が、あの言葉が自分の口から発せられたとはとても信じられなかった。

  顔面蒼白で全身を震わせ、尿を漏らしながらへたり込む少女達の姿。

  思い出すだけでゾクリと背筋に刺激が走る。

  子宮から全身に絶頂にも似た快楽が駆け抜け、ドプッと股間から愛液が滴り落ち自然と口元が緩む。

  本能と理性がせめぎ合うチグハグな感情が沙織の心を、肉体を苛立たせる。

  自然と手に力が入り指先を突き破って、体液で濡れた鋭い爪が飛び出すとヌラリと怪しく光った。

  悍ましく醜い化物の手。

  この爪を振り下ろせば、あの女子高生達は簡単に肉片へと姿を変えるだろう。

  鮮血を噴き出し、臓物を撒き散らしながら。

  そして、捕食器官に肉塊を突っ込んで体液をすすり上げ快楽を貪る。

  殺戮の快楽に酔いしれ、絶頂を繰り返し、そして──

  「…………。 私……」

  調整明けとは言え、どうしてこんなに攻撃的な衝動が湧き上がってくるのか。

  それに今日の調整で感じた今までにない高揚感。

  抹殺命令という言葉を聞いただけで、体内を巡る体液が、細胞が沸騰し抑えられない興奮を覚えた。

  力と引き換えに押さえ込んでいた自分の理性が、本能に溶かされ吹き飛ばされるような感覚。

  「まだ理性は残ってる。 ダメ……」

  沙織はそう呟くと、ソフィのいる場所を目指し血肉の海の中を歩きだした。

  グチュ…… グチュ……

  肉片を踏みしめる音と、ぬめる感触が足裏を通じて人間には存在しない器官を強制的に刺激する。

  快楽と殺戮衝動を司るグリザールの心臓であり消化器官でもある異形の子宮。

  それは本能と直結し、体を構成する全ての細胞にひたすら快楽を伝達する。

  足下から伝わる肉を潰し骨を砕く感触が、いつも以上に沙織の本能を異常な迄に叩き起こしていった。

  そして、更なる刺激と快楽を求め、沙織は目の前の一際大きい肉塊へと足を振り上げ……

  そこで彼女の動きがピタリと止まった。

  「…………」

  原型と留めた人間の頭部。

  自分は今、確実にそれを目にし認識していたのに、意識的に踏み潰そうとした。

  沙織は自分が恐ろしくなった。

  同時にこの足を振り下ろせば、最高に激しい快楽を得る事が出来るだろうと想像してしまう。

  沙織の心が、まるで理性と本能が交互に現れるような…… いや、理性と本能が溶け合い、人間とグリザールの境界線が曖昧になり始めているかのようであった。

  「もしかして…… 私、ついに……」

  そんな不安定な精神の中── ふと視界の端に何かが動く気配を捉えた。

  視線を向けた先で、地ベタに腰を抜かして座り込んだ女性の姿。

  彼女の頭を、ソフィが右手で鷲掴みにしている光景が目に入った。

  「ソフィ!」

  思考が纏まらないまま、沙織は持ち上げていた足を勢いよく振り下ろし、そのまま勢いを付けて跳躍した。

  地面を大きく抉り、周囲に骨と脳みそを撒き散らしながら……

  ズドンッ!

  ソフィの背後に沙織が降り立ち、周囲に砂埃が舞い上がる。

  「ダメよソフィ! その人は人間で──」

  バキッ! ブシャー!

  沙織の制止も虚しく、ソフィは鷲掴みにした女性の頭を、まるで熟れたトマトを握りつぶすかのように軽々と粉砕した。

  全身に返り血を浴びピクピクと体を震えさせるソフィが、トロンとした表情でその顔を沙織に向ける。

  「遅かったね沙織。 今の見た? すっごい快感だったぁ~…… 見て、あまりに気持ちよくてスカートびしょ濡れになっちゃったよ」

  ソフィが自らのスカートを捲り上げる。

  濡れそぼったパニエから彼女の太ももを伝って、血の色に染まった粘液が何本も筋を描いていた。

  そして、左手をスカートの中に入れクチュクチュと音を立てて中を弄り恍惚とした表情を浮かべる。

  「あなたこんな事…… こんな状況で……」

  「はぁ? アンタ何言ってんの? そんな姿で言われても説得力ないんだけどぉ?」

  ソフィの視線が沙織の下半身に注がれる。

  沙織の股間を覆う外骨格がバックリ開き、中から光に照らされヌラヌラと輝く液体が滴り落ちていた。

  そして、その下には……

  「人間を踏み潰して、その顔にいやらしい液を垂らすなんてとんだ変態よねぇ。 ソレ、まだかろうじて息があったのに」

  若い男性が沙織の足に胸部を押しつぶされた状態で絶命していた。

  そして、その顔の上には沙織の股間から滴り落ちた愛液がポタポタと糸を引きながら垂れている。

  「えっぐ~! 私でさえそこまで出来ないのにぃ~ それで興奮するなんて、やっぱ沙織って見た目だけじゃなくて中身まで化物なんだぁ」

  「これは、ちが……」

  否定の言葉が喉で止まる。

  ソフィの言う通りだった。

  沙織は人を踏み潰している自分の姿を見て興奮した。

  そして、その顔の上に愛液を垂れ落とすという、人を愚弄しているとしか言えない状況に異常なほど気持ちが昂った。

  その証拠に……

  ドプッ トプドブッ

  沙織の股間から大量の愛液が溢れ出し、絶命した男性の顔を水糊をぶちまけたように粘ついた粘液で塗り潰している。

  「あはははっ! 何それ、グリザールよりアンタの方がよっぽど化物だよっ! 何なら私が沙織を倒してあげよっか! アハハハハハッ!」

  ソフィの笑い声が周囲に木霊し沙織の精神を掻き乱す。

  沙織は自らに沸き上がった凶暴な本能を、快楽への渇望を、理性で必死に抑え込もうとした。

  「ううっ…… ふうっ、ふうっ……」

  「あっれぇ~ 凄い興奮してるみたいだけど? まるでグリザールを切り刻みたくて仕方がないって顔してるよ」

  ソフィの言った事に間違いはない。

  いや、正確にはグリザールだろうが人間だろうが関係ない。

  ただ一方的で無慈悲な殺戮と暴力的な快感を貪り、満足するまで破壊し尽くしたい。

  それが沙織の本音だった。

  しかし、今の自分では例えグリザール化しても直樹と同程度の力を持った化物に成り下がるだけ。

  直樹はそんな自分など望んでいない。

  だから未だ人間としての理性を残す沙織は、その本能を無理矢理押さえ込み耐え続けなくてはならなかった。

  身も心も、完璧なグリザールへ堕ちるまでは。

  最強のグリザールである直樹のメスとして、相応しい怪物となるために。

  だが……

  「!?」

  沙織の子宮内で何かが熱を宿し疼き始めた。

  ドクンドクンと脈打ち、その奥底から欲望が沸き上がって来る。

  その感覚を沙織は知っていた。

  それを潰せば信じられないような力と快感が得られる事を。

  核種──

  グリザールに犯され子宮に植え付けられる悪魔の種。

  それを潰せば肉体が人間を殺すためだけに特化した異形へと変貌し、心がグリザールの本能に支配された殺人生物へと進化してしまう。

  二年前、沙織はグリザールと化した直樹に襲われ抑えきれない性的興奮に抗えずそれを潰した。

  その結果が、今の自分。

  なぜ未覚醒の新たな核種が体の中に植え付けられているのかは分からない。

  しかも、子宮内に埋め込まれた新たな核種の反応には覚えがあった。

  二年前に自分の体の中に埋め込まれたモノと全く同じ反応。

  「直樹の…… 種…… 2つ目の核種」

  ドクンッ…… ドクンッ!

  核種が脈動し“潰せ”と言わんばかりに子宮を刺激する。

  その核種を潰せば今度こそ間違いなく、心と体が完全にグリザールと化してしまうことは明白だった。

  二つの核種を完全に取り込んだ体なら、グリザール化した直樹をも超える力を持つ存在になれる。

  きっと、誰も止める事が出来ないおぞましく凶暴な怪物に進化するだろう。

  圧倒的な力を持ったグリザールを超える存在、生命体の頂点とも言える存在へ進化を果たしこの世を──

  この世を……

  「な゙おぎぃ…… グルルッ…… わだじ、わだじぃ……」

  本能が理性を、理性が本能を互いに浸食し一つになっていく。

  それを拒む理由が……

  もうなくなっていた。

  沙織の右手がゆっくりと下腹部へと伸びていく。

  「あははっ! 何々? 捕食でもするの? 所外での捕食は禁止されてるけどアンタがやるなら私も──」

  ズボッ!

  ソフィが言い終わる前に、沙織の右手が自分の股間に突っ込まれた。

  グチュ! ズボボボ! ゴリゴリッ! ジュボッ!

  快楽を貪る行為とは思えないような激しい音を立てて、沙織の手が膣の中をかき回しながら奥へ奥へと突き進む。

  そして、ゆっくりとその顔をソフィへ向けた。

  沙織の口が耳元まで裂け、口腔内を鋭い歯が埋め尽くしていく。

  「は? アンタ何して…… ちょ、え? えっ? さ、沙織?」

  沙織の異様な行動にソフィの表情が強張る。

  そして、次の瞬間。

  プチッ……

  子宮に突っ込まれた沙織の指がソレを潰した。

  直後、刃物も銃弾すらも弾き返す強度を持った沙織を包み込む外骨格が内側から押し上げられるように盛り上がっていく。

  バキッ! バリバリッ!と音を上げ体が二回り以上も巨大化する。

  唯一人間としての面影を留めていた顔も、肉を吹き飛ばし体と同じような構造を持つ外骨格状の表皮へと変貌を始め……

  「グギャーァアア! ギシャーァアア!」

  聞いた事もないような咆哮が辺りに響き、沙織は新たな姿へと変貌した──

  ◇

  機構本部研究所。

  人気のない調整室の中、主任が一人興奮した表情でモニターを見つめていた。

  画面には、グリザールを更に進化させたような異形の怪物が、ソフィを一方的にいたぶる映像が映し出されている。

  ソフィは腕や足が、まるで骨が入っていないかのようにあり得ない方向へと曲がり、口から泡を吹き白目をむいてピクピクと体を震わせていた。

  怪物はそんな痛々しい姿をしたソフィの両腕を掴んで持ち上げると、左右に引っ張るように腕を広げ一気に引き千切る。

  ソフィの両肩から大量の白い体液が噴出し、その体が力なく地面に倒れ込んだ。

  怪物は引き千切ったソフィの両腕を握ったまま、胸を張るように大きく反らし、口を大きく開いて咆哮を上げるかのような仕草を取っている。

  そして、股間から噴水のように粘液を噴き散らしながらソフィーの右足を踏み潰した。

  「凄い…… 凄い力だ! 想像以上だ!! 流石グリザール遺伝子融合98%の個体!! やれば出来るじゃないか!!」

  主任が興奮し歓喜の声を上げながら食い入るようにモニターを見つめる。

  怪物は握っていたソフィの両腕を自らの秘所に突っ込むと、今度は彼女の腰を両手で掴んで持ち上げる。

  股間からダラリとぶら下がったソフィの腕が、膣の脈動によりビクビクと揺れながら捕食器官である子宮へと送り込まれていく。

  ボタボタと愛液と捕食溶解液が滴り落ち、地面に転がる肉片から白い煙が上がる。

  そして、ソフィの腕が完全に子宮に飲み込まれ捕食が終わると、信じられない光景がモニターに映し出された。

  バックリと開ききった股間の外骨格が大きく盛り上がり、中からゆっくりと角のような突起物が姿を現し始めたのだ。

  「ば、化物め…… さすがGZ38核種を持つ個体、なんて規格外の変異種だ…… いいぞ! その調子だ!! お前の本性を曝け出せ!!」

  主任のテンションが更に上がる。

  怪物の秘所から突き出た突起物は、ゆっくりと長さを増しながら持ち上げられたソフィの膣内に向け伸びていく。

  そして、突起物が膣内へと侵入を始めると、ソフィーが悲鳴を上げるかのように口を大きく開き、体が凄まじい痙攣を起こした。

  まるで男性の生殖器を女性の秘所に突き刺しているかのような光景にもみえるが、人間の生殖行動のように腰を動かすわけでもなく、挿入された突起物はただ大きさを増しながらソフィーの秘所を裂き、股関節を破壊しながら奥へ奥へと突き進む。

  見る見るうちに人の太もも以上の太さにまで肥大化した突起物は、かろうじて繋がっていたソフィの右足を引き千切り地面に落とした。

  そして、突起物の成長がピタリと止まった瞬間。

  ソフィの腹部がボコンッ!と膨らみ、同時に彼女のグチャグチャになった秘所から大量の白い液体が凄まじい勢いで噴出した。

  限界を超えて膨れたソフィーの腹部から、ピューと一筋の白い液体が弧を描いて地面へ降り注ぐ。

  「うっ、ぶおぇッ!」

  あまりの光景に主任はたまらず嘔吐してしまう。

  しかし、その顔は狂気にも似た興奮に染まりきっていた。

  ソフィの膨らんだお腹はなおもグチュグチュと蠢き、時折ボコッと内側から蹴りを入れられたように膨らむ。

  グリザールの遺伝子により、こんな常軌を逸した状態でも子宮が動いている限り事切れる事が許されないソフィの体。

  激痛に顔を歪ませながらピクピクと体を痙攣させ、口からゴボゴボと白い液体を吐き出し続けてている。

  プライマーが感じる激痛は死と隣り合わせの状態。

  彼女の子宮は、自己修復できないほどのダメージを負っているのだろう。

  ソフィはこのままこの怪物によって無残に殺される。

  そんな事態に主任は……

  「いいぞ! そいつは娘の尊厳をゴミのように踏みにじったんだ! 娘を肉片に変えたお前がその罪滅ぼしをしろ! その生意気な小娘を私の娘と同じように無残に壊し尽くせ!!」

  モニターに向かってそう叫んだ。

  画面に映るソフィの首が人形のようにダラリと横に倒れ、怪物はソフィをまるで物のように無造作に放り捨てた。

  怪物の股間から突き出ていた突起物が体内へと沈んでいき、再び現れた巨大な膣からドロッとした粘液が滴り落ちる。

  そして……

  怪物は糸が切れたようにその場で崩れ落ち、巨大化した異形の体がゴキゴキとうねりを上げながら、元の異形のシルエットへと姿を変えていった。

  「チッ、やはり培養核種ではここまでが限界か」

  主任がモニターを見つめながら舌打ちをする。

  静止画のように動かなくなった映像には、両手足を失い白濁の粘液溜まりに沈むソフィと意識を失ったプライマー…… 沙織の姿だけが映っていた。

  「どうだ沙織、お前が理性で力を押さえつけさえしなければこんな桁外れの力を出せるんだよ! ……これからはお前の理性を俺が完璧にコントロールしてやる」

  主任は狂気にも似た笑顔でニヤリと微笑むとキーボードを叩き始めた。

  「お前には最高の快楽と力をくれてやる。 イキ狂いながらグリザールを狩れ! それがテメェの、プライマーの存在意義なんだよ! ギャハハハ!!」

  主任の高笑いが、誰もいない調整室に響き渡る。

  そして、ピッというの後ライブ映像が消え、真っ黒になったモニターには……

  delete- /movie

  > yes. |

  と表示されていた───

  ◇◇◇

  1時間後、機構の中は慌ただしく人が行き交っていた。

  戦闘用プライマーのソフィと沙織が謎のグリザールによって戦闘不能状態に追い込まれた。

  そんな人類の存亡にすら関わるかもしれない緊急事態に関係各所が慌ただしく動き回る。

  緊急対策司令本部として設けられた広大な一室。

  この部屋では更に混沌とした空気が支配していた。

  「状況の方を説明してくれ」

  軍服やスーツ姿、白衣姿の職員がごった返す中、長官が説明を求めて指揮官に問いかける。

  会議室の中央には、巨大なモニターが鎮座し様々なデータを映し出していた。

  「C地区で発生したグリザール掃討作戦の進行中、正体不明のグリザールが出現。 戦闘用プライマーの二体が接触を起こしたと思われます」

  「思われます?」

  曖昧な表現に、長官が怪訝な表情を浮かべる。

  指揮官が手元の資料を取り上げ読み上げようとするも、再びテーブルの上に置き自らの言葉で喋り始めた。

  「グリザール対戦闘用プライマーの二体は意識消失状態で保護。 詳細な報告はまだ上がってきておりません」

  「……。 戦闘時の映像を出してくれ」

  長官の言葉の後、モニターの映像が切り替わり真っ黒の画面が写し出される。

  そして、映像にノイズが入り…… 映像は変わらず映らない。

  長官が眉間にシワを寄せた。

  「戦闘時の模様は記録されておりません。 ライブ映像もデータが途絶し所内で戦闘状況を確認した者はおりません」

  「誰も現場を見ていた者はいないのか」

  長官の問いに会議室内は静寂に包まれる。

  誰も答える者はいなかった。

  「正体不明と言ったグリザールはどうなったんだ?」

  「処理部隊が現場に着いた時には、すでに姿を消しており生体は確認できませんでした」

  状況を推測するにしても、あまりにも情報が少なすぎる。

  沙織だけでなく、あのソフィが意識消失ということは最悪の事態を想定するべきだ。

  長官は一旦会議を打ち切り、ソフィのいる調整室へとその足をむけた。

  ◇

  「なんだ…… これは……」

  長官が処置室のガラス窓から隔離室に設置された調整槽のを見て絶句する。

  腹部が裂け、肉組織や内臓が露わになった状態で浮かんでいるソフィの姿。

  そして、彼女の両手足は……

  「一体何があった……」

  振り絞るような長官の声に、ソフィの専任調整研究員である男がコンソールを操作しモニターにデータを映し出す。

  画面上にソフィの生体反応や、彼女の状態が事細かに示された。

  「ソフィの体にグリザールに襲われた反応…… 核種が検出されました」

  「なに?」

  ソフィは1年前にグリザールに襲われ、その身に核種を植え付けられたプライマーだ。

  そんな彼女の体に再び核種が植え付けられた。

  今まで確認された事のない事例に長官は驚きの表情を浮かべるが、それ以上に彼が気になったのは……

  グリザールを一瞬で肉片に変えるだけの力を持った最強のプライマーであるソフィが、ここまで無残な姿にされたという事実だ。

  少なくともこの国に出現するグリザールにここまでの力はない。

  これだけの力を持ったグリザールは……

  「ソフィに埋め込まれた核種のDNA配列パターンの解析は出来ているか?」

  「は、はい」

  研究員が手元のパネルを操作すると、モニターに新たなウィンドウが開きソフィの体内に宿る核種の詳細が表示された。

  モニター上に表示されたソフィの解析結果を目で追っていた長官が目を見開く。

  そこにはGZ-38Nというコードが表示されていた。

  「ソフィの体内からGZ-38Nが検出されました……」

  長官は頭から血の気が引いたかのように顔面蒼白になり、椅子に倒れ込むように座り込んだ。

  GZ-38N……

  それは人類が確認した38体目のグリザール個体G-38を起源とした核種に付けられた識別コードである。

  二年前に北半球の小さな国に突如出現した突然変異体のグリザール。

  常識では考えられないほどの力で多くの犠牲を出し、最終的には複数回の核攻撃によってようやくその息の根を止めることに成功した個体。

  その被害は人類史上最悪とも言われ、北半球の2/3が死の土地へと変貌してしまった。

  そんな最悪なグリザール、G-38の反応がソフィの体内で確認されたのだ。

  「まさか、あれは死んでいなかったのか……」

  長官は脱力し、頭を垂れてそう小さく呟いた。

  あんな化物が再び地球に現れたら、今度こそ人類は滅亡する。

  唯一の希望であるプライマーも傷を追い、ソフィにいたっては……

  「覚醒抑制剤で強制的に埋め込まれた核種の浸食を抑えておりますが、時間の問題かと」

  調整主任はそう言って視線をソフィに向ける。

  彼女が戦闘によって消失した両腕と両脚は……

  生物感のある外骨格に覆われたおぞましい姿で再生を始めていた。

  「新たに植え付けられた核種によるグリザール化がかなり進んでいます。 ……処分しますか?」

  「……。 回復を最優先にしろ」

  長官の返答は意外なものだった。

  ソフィは人類にとって重要な戦力。

  核種の浸食を止めることが最優先であり、回復させる手段があるのであればそれを実行する。

  処分という選択肢を取る事は政治上不可能だった。

  「沙織の方を見てくる。 何か異変があればすぐに知らせろ」

  そう言って長官はふらつく足取りで椅子から立ち上がり部屋を後にした。

  ─前編 おわり

  つづく??