第四章 実験の開始 ―淡い青に潜む澱み― 2

  翌朝

  「……あの村か? リンド」

  「はい、ご主人様。以前、遠征に来た際に立ち寄ったので間違いありません」

  王都から少し離れた場所にある小さな農村。

  農村全体が見渡せる小高い丘の上で、カイルはじっと目を凝らしていた。

  「ご主人様の実験にふさわしい実験体……もとい、娘がここにおります。名をアニス。村人全員から愛され、信頼される清らかな娘です」

  「素晴らしい。他者から信頼される清純な娘を、どこまで俺の色に染められるか。良い魔術実験ができそうだ……『[b:視認(サーチ)]』」

  村の様子をうかがっていたカイルが、自身の右目に魔力を籠める。

  その瞬間、視界に映っていた村全体がモノクロームに染まり、村人一人一人の情報がカイルの脳内に流れ込んできた。

  そしてその中に、

  「見つけたぞ……あの娘だな」

  牛たちに餌やりを甲斐甲斐しく行っているブルーの短髪の少女。

  初潮を迎えたばかりなのだろうか。まだ愛くるしさの残る顔立ちと、優しそうな笑み。その瞳には一点の曇りもなく、近くを通る村人たちからは温かい言葉が彼女に投げかけられている。

  村人たちはみな、彼女のことを信頼し、愛している。

  そんな彼女こそ、今回カイルが行おうとしている実験に適任だった。

  (くく、視える。視えるぞ。彼女の本来の姿、その心の奥底が)

  アニスの本当の姿を、カイルの右目がむき出しにしていく。

  [i:【対象:アニス・ベルナール】

  【紋章:清澄なる泉(スプリング・ブルーム)/深青色】

  【深層心理詳細:対象は大勢の人間から慕われる、純粋なる心の持ち主である。しかしながら常に『特別であることへの強烈な渇望』を抱いており、他者への奉仕の心も、その立ち居振る舞いも『注目を浴びたい』『認めてもらいたい』という強烈な承認欲求からくるものである。

  心の奥底では、自分は村にいる他の愚かな者たちとは一線を画す存在であると考えている。

  対象は、いつか自分は『特別な誰か』に見出され、『特別な存在』として『特別な人生を歩める』に違いないと夢想している】]

  「……なるほど。あの澄み切った『青』の紋章の奥には、自分だけが特別だと信じて疑わない、高慢なプライドが隠されているわけか。他人を見下すことで自分を高めようとする、隠れた本心……面白い」

  カイルは微かに口角を吊り上げ、

  「リンド、あの娘をいつもの廃屋に連れてこい。手段は問わない。ただし、他の人間には悟られるな」

  そうリンドに命じた。

  「はっ! ご主人様の仰せのままに」

  リンドは仰々しくカイルに頭を下げると、いつもの白銀の鎧を身にまとい、アニスのいる農村へと向かっていった。