時は、トレジャータウンが暴徒に襲われている頃。
白い空間には卓袱台が置かれている。
卓袱台に向かって腰かけているリラの表情はぼんやりとしており、やがて意識が覚醒したリラは驚きの表情をみせる。
見覚えのない白い空間、見覚えのない白いポケモンと金色と黒色の竜のようなポケモン、見覚えのない卓袱台、見覚えのない板状の物体。
それらを見たリラは驚きのあまり、卓袱台から立ち上がる。だが、膝を強く打ち付け、彼女は痛みのあまり、その場で屈み込む。
お笑いのコントのようなリラの動きを見た白いポケモンは、ケラケラと愉快そうな笑い声をあげ、竜のようなポケモン、いやギラちゃんは熱い緑茶に口をつける。
リラは痛みのあまり涙目になるが、それでも白いポケモンとギラちゃんを睨みつける。
「そんなにおっかない顔をしないでよ〜せっかく招待してあげたのに」
白いポケモンの声を聞き、リラは「招待?」と不審そうな声をあげる。白いポケモンは大きく頷き、笑顔を見せる。
「そう、ここは死者のみが訪れられる世界…本当は呼ぶ気が無かったけど、彼がどうしてもと言うからね」
白いポケモンはそう話し、視線をリラの背後に向ける。リラが振り返り、視線を追うと、そこには見覚えのあるライチュウが立っている。
「久しぶり、リラ」
ライラの姿を見たリラは驚きの表情を浮かべる。ライラの目は潰れておらず、自身の脚でしっかりと立っている。その姿を見たリラはゆっくりと立ち上がり、ライラに抱きつく。
リラは子供のように泣き、ライラの小さな身体を抱き締める。
そんなリラを見上げたライラは「痛いよ」と笑いながら言い、リラの頭を撫でる。
「…僕も死んじゃったんだよね、崖から落ちた時にね」
ライラは小声で話す。
「本当は団長に話してからリラを助けに行こうと思ったけど、団長はワイワイタウンを救うのに忙しかったから…こっそりとカイリュー便を使ってね…」
「…だからと言って、私と一緒に崖から落ちたら、助ける意味がないでしょう、馬鹿ね…」
そう話すリラだが、鼻水と涙で汚れた顔に笑みを浮かべている。ライラも「だよね」と呟き、白いポケモンに目を向ける。
ライラとリラの視線に晒された白いポケモンは、遊んでいたタブレットを卓袱台の上に置き、説明を始める。
「手短に説明すると、2人とも死んだんだよ。ライラは崖から転落死、リラは自決だね」
自決、という言葉を聞き、ライラは驚きの表情をみせる。だが、リラ本人は平然とした雰囲気のまま、自身の首元を触る。
「なぜ君たち…いや、ライラをここに招待したかと言うと…生前のライラの生き方があまりに聖人過ぎて…このまま魂を消滅させるのが勿体無いなぁ…と。それで…死ぬ直前にギラちゃんに頼んで、魂を回収して貰ったんだよ」
死の直前、ライラに覆い被さる半透明の黒い影、その正体を理解したリラは「あぁ…」と納得の声を漏らす。
「…まぁ、本音を言えば…隕石の落下を防いだ君達の魂があのまま失われるのは…不公平だからね」
白いポケモンに続き、ギラちゃんが話す。彼らの言葉を聞いたリラは怪訝そうな目を向ける。
そんなリラに代わり、リラの疑問をライラが尋ねる。
「ですが、僕達は隕石の落下を阻止できませんでした…レックウザの下に辿り着いた頃には隕石が爆散してしまい…」
「そもそも、隕石の落下や爆散はライラとリラのせいなの?」
白いポケモンが尋ねる。
その質問を受けて、2人の動きが硬直する。
「そもそも隕石が丸ごと落下していたら、星が丸ごと滅びていたかもしれない…仮に爆散前に君達がレックウザの下に辿り着き、レックウザが爆散前の隕石を破壊したとして…その細かな破片はどのみち地上に落下するのでは?」
「…」
「とどのつまり、隕石の落下から一切の被害もなく守り抜く事など不可能…むしろ全滅ルートが回避され、ダメージコントロールに成功したともいえる」
「それに隕石の落下で津波や地殻変動が起きた訳でもない…実害は粉塵と豪雨、農作物の被害、疫病だ…地震や津波が起きたら、もっと酷い被害だったはずだ」
ギラちゃんは冷静な声で話す。白いポケモンは笑顔で頷き、ライラとリラを見る。
「結局のところ、まだ復興できるチャンスがあるにも関わらず、皆が『私は被害者だ』『隕石の落下はライラとリラのせいだ』と事実を歪曲した…現状の被害は復興を怠った自らに責任があるともいえるね」
「全滅ルートを回避させてくれた2人に対する人々の仕打ちが…あまりにも酷すぎる。故に君達をここに招待した」
ギラちゃんがお茶を飲みながら話す。
「まぁ…怒りに燃える気持ちはわからなくはないけど…だからと言って、異端審問官として無垢の人を殺していい訳ではないな」
ギラちゃんに指摘されたリラは、小さく頷く。
「…わたしも首を掻っ切る時になり、ようやく理解しました…奪われる事の恐ろしさを…」
「リラ…」
リラの思いを聞き、ライラは心配そうに呟く。対する白いポケモンとギラちゃんはマイペースにゲームやお茶を楽しんでおり、視線のみをライラとリラに向ける。
「そういう訳で、君達の魂を失わせるのは惜しいと思ってね…」
「まぁ、落ち着くまではここで掃除やら片付けやらを手伝ってくれると助かるよ」
白いポケモンとギラちゃんは話す。
彼らの話を聞いたライラであるが、彼はニコニコと笑みを浮かべ、リラを見上げる。
「それで…『リラも呼んでください』と言ったわけだよ」
ライラの言葉を聞き、リラは呆れ顔で「勝手に決めないでよ」と呟く。だが、リラの声色に嫌悪感はなく、嬉しさが滲み出ている。
ふと、リラは思い出す。
「…私が死ぬ直前にも半透明の黒い影を見たが…あれは貴方なの?」
リラの問いにギラちゃんが頷く。それを見たリラは不思議そうな顔で尋ねる。
「ライラが死んだ直後だから…いくらなんでもライラの希望で私の魂まで回収することは時間的に不可能なはず…最初から私の魂も回収つもりだったの?」
最初の「本当は呼ぶ気が無かった」という白いポケモンの発言を思い出したリラの指摘に、ギラちゃんの動きが止まる。対する白いポケモンは初耳らしく、「おやおやぁ」と言いながら、ニヤニヤと笑う。
「…まさか、あのギラちゃんに『救ってやりたい』と思わせるとは…アンタ、けっこうやり手だねぇ」
ギラちゃんは恥ずかしそうに俯き、白いポケモンは笑みをこぼす。彼らのやり取りを見ていたライラとリラは苦笑し、互いの顔を見る。
リラを見上げるライラは満面の笑みを浮かべ、リラの頬を叩いた。
パチッ、という軽い音が広がる。
軽い痛みではあったが、まさかライラに頬を叩かれるとは思ってもいなかったリラは、呆然とした表情で彼を見る。リラを見上げるライラはニコニコと笑みを浮かべたまま、口を開く。
「何が異端審問官だぁぁ⁉︎悩む前に僕に相談しろって言っただろう‼︎」
ライラの口調が急変する。
「首刈り(笑)とか炎の死神(爆笑)とか、厨二病もいい加減にしろ‼︎教会に引き篭もらずに、外に出て僕とお話ししろ‼︎」
突然の罵声にリラは驚きの表情を見せるが、少しずつ顔を赤くさせ、大声をあげる。
「相談しようと思ったわよ‼︎でも教会から出る時はオズボーンの護衛や審問官が同行するから無理なの‼︎ライラが来てよ‼︎」
「ゼクロム教徒の一般人がレシラム教の幹部に会いに来れると⁉︎ほんと考える力が足りないよね‼︎この鳥頭‼︎」
「うるさい‼︎短足胴長童貞野郎‼︎」
リラの大声が響いた直後、ライラは雷に打たれたように身体を震わせ、その場で跪く。その姿を見たリラは「ご、ごめん…」と声量を抑えて謝罪する。
だが、ライラは四つ這いのまま呻き声をあげる。
「ど、童貞じゃないし…」
「…いや、誤魔化せていないぞ」
落ち込むライラに対してギラちゃんが指摘する。その瞬間、ライラは素早く顔を横に向かせ、リラを見上げる。
「だってさぁ‼︎相棒で好きな牝がこんなにエッチで巨乳で安産型で美人な娘なんだよ‼わざわざ、そこらの牝を相手にすると思う⁉︎︎」
「はぁ⁉︎」
ライラの発言を聞き、リラは大声を再び出す。ライラの口は止まらず、話を続ける。
「幼馴染で相棒でお互いに好きなのに、他の牡のものになるのを見るのが、どれだけ辛いか…わかる⁉︎」
「…わかんないよ‼︎」
ライラの問いにリラは少し考え、応える。2人のやり取りを見ている白いポケモンとギラちゃんはニヤニヤと笑い、茶々を入れている。彼らの反応に気づかないライラとリラは顔面を近づけ合い、大声を出し続ける。
「あんたこそ童貞の癖に、好きでもない牡の子供を妊娠する気持ちがわかる⁉︎」
「わかんないけど辛いのはわかる‼︎」
「はぁ⁉︎意味わかんない‼︎」
「あとリラの赤ちゃんなら絶対に可愛い‼︎」
「頭は大丈夫⁉︎気でも狂ったの⁉︎」
側から見ると痴話喧嘩のように声を張り合うライラとリラ、その姿はまるで子供のようである。白いポケモンとギラちゃんは楽しそうに2人を眺め、お茶を飲んでいる。
次はリラがライラを攻める。
「学校でも言われたでしょ‼︎いちいちエッチとかいう言葉に反応するな‼︎思春期の子供か‼︎」
「リラこそ‼風呂に入った後は夕涼みしていたけど、胡座で座るのは止めてよ‼美人なのに…︎おっさんか‼︎︎」
「はぁ⁉︎ずんぐりむっくりの胴長短足にはわかんないだろうけど、脚が長いと股間が蒸れるのよ‼︎汗をかくから、胸も蒸れるの‼︎」
リラの口から出た言葉を聞き、ライラは「股間…胸…」と呟き、リラの身体を見つめる。それを見た瞬間、リラはライラの頭を拳で叩く。
「この…エロネズミ‼︎」
「うるさい‼︎バカ鳥‼︎」
「あたしの事が嫌いなんでしょう‼︎」
「大好きだよ‼︎綺麗で優しい‼︎」
ライラの叫びを聞き、リラの動きが止まる。肩で息をするライラも叫び疲れたのか、ゆっくりと息を吐き出し、心を落ち着かせる。
やがて、ライラは口を開く。
「…リラが苦しんでいる事も…殺した人達の恨みに怯えている事も、赤ちゃんを愛している事も知っているよ…だけど、僕はリラを恨んでいない」
「…」
優しい口調でライラは話す。彼はリラの手を握り、彼女を見上げる。
「一緒に悩もうよ、一緒に苦しもうよ…一緒に居ようよ…君と赤ちゃんを支えさせてよ…君の事が大好きなんだよ…突き放すようなことはしないでよ…」
泣き出しそうなライラの声を聞き、リラは「ごめん」と短く言う。彼女の目にも涙が浮かんでおり、頬を伝う。互いに本音をぶつけ合うライラとリラは、ようやく心の底から再会でき、黙ったまま抱き締め合う。
その光景を見る白いポケモンとギラちゃんは穏やかな目で見ている。
幾分か時間が経過し、ライラとリラが落ち着いた頃、白いポケモンが話を始める。
「先ほども説明した通り、君達の魂は死ぬ前にギラちゃんが回収している。つまり…厳密に言うと君達はまだ死んでいない…魂だけの存在だよ」
「あとは器となる肉体があれば生き返らせる事も…或いは別の人物として生まれ変わらせる事もできるが…」
そう話したギラちゃんは横目で白いポケモンを見る。白いポケモンは頷き、ライラとリラを見る。
「肉体に関しては僕が作り出す事ができるから安心してほしい…けど」
白いポケモンが含意のある口調で話す。ライラとリラは怪訝そうに彼に目を向ける。
「…自決し死亡したとはいえ…リラの犯した罪を考えると…すぐに魂の再生や転生を許す事はできないね。しばらくは僕達の手足として…まぁ、世界の秩序のための奉仕活動に当たってもらうよ」
その言葉を聞き、ライラは不安そうな顔で尋ねる。
「その…期間はどれくらいですか?」
ライラに尋ねられた白いポケモンは「ん〜」と声を漏らし、やがて視線をライラとリラに向ける。
「まぁ…通常のパターンで考えると…50年くらい、かな…」
白いポケモンの話を聞き、リラは絶望の表情を浮かべる。リラの脳裏にはエリスや団長の姿がよぎり、彼女は静かに涙をこぼす。
そんなリラを見たライラは、呼吸を整え、白いポケモンに尋ねる。
「先ほど、隕石の落下は僕やリラのせいではないと言いましたよね」
ライラの問いに白いポケモンが頷く。それを視認したライラは慎重に言葉を選び、質問を続ける。
「ならば…僕が目と脚を失い…リラがオズボーンに苦しめられた事を考えると…50年は重たすぎるのでは?」
「あれだけの民衆を魔女裁判にかけて、虐殺したのに?」
白いポケモンの反応にライラは頷き、話を続ける。
「でも、それ以上の命を救いましたよ?だって…僕とリラは全滅ルートを回避して、星に住む全生命を救ったのだから」
至極当然、といった表情でライラは言う。あまりに堂々としたライラの発言を受け、白いポケモンは黙り込む。その隣に腰掛けるギラちゃんは薄笑いを浮かべ、愉快そうに肩を揺らす。
「…確かに、あの隕石が丸ごと落下すれば…星が滅びていた…世界を再生させるという、お前の仕事が増えたかもしれないな」
「…」
ギラちゃんに指摘された白いポケモンは考え込む。横目で白いポケモンを見たギラちゃんはライラとリラを一瞥し、話を続ける。
「一から世界を再び作り直すとしたら…私とお前だけでは不可能だ。他の皆の力を借りる必要があるが…皆の都合がつくかどうか…」
「ふむ…」
ギラちゃんの話を聞き、白いポケモンは納得したように呟く。
「ならば…世界を救い、お前や私の仕事が増えるのを予防したライラがリラの恩赦を願うなら…応えても良いのではないか?』
ギラちゃんにそう言われた白いポケモンは低い声で唸り、ライラとリラを見る。2人の表情は硬く、互いの手を強く握り合っている。
なかなか踏ん切りがつかない白いポケモンは、にんまりと笑みを浮かべ、ライラとリラを見る。
『ならば…ゲームで決めよう』
ゲーム好きな白いポケモンは卓袱台をコツコツと叩く。直後、白いポケモンの背後に扉が現れた。
ライラとリラが扉の存在に気づき、2人の視線がそちらを向く。ギラちゃんは白いポケモンの意図を見抜いており、お茶を飲みながら眺めている。
白いポケモンはニヤニヤと笑みを浮かべ、ライラとリラに話す。
『この扉の向こうには君達が一番会いたいと思う者が待っている。ただし…その者が生者なら即座に死亡する…ここは冥界だからね』
ライラとリラの表情が凍りつく。
『だが、その者が死者なら…魂はこの場に囚われる事になる…果たして、それは誰なのか…このゲームに勝つ事ができれば…君らが望むタイミングで元の身体を再構築して、魂を再生させてあげるよ』
そう話した白いポケモンはライラとリラに尋ねる。
『さぁ、どうする?』
*
草の大陸、トレジャータウン。
暴動が落ち着き、避難民達も街へと戻った。もっとも、暴徒や混乱により街は破壊されているため、まずは片付けと復興作業から入る。
その陣頭指揮を取っている牡のプクリン、ヘンデルは弟子達と共に荷物を運び、廃材や粗大ゴミを処理場へと運んでいる。ヘンデルの他にもレシラム教騎士団やギルド所属の探検家、カフカやエミル、ノア、フランツ、ヤミラミ達の姿もある。
その中にはオズワルドやヘレンの姿もある。
焼け跡からニコルの死体が発見されない且つ手がかりが見つからない以上、現状の優先事項は街の復興である。併せて街の住民やトレジャータウンを訪れる人々から情報を集い、街の入り口にある掲示板も確認する。
掲示板には行方不明者の名前と身体的特徴が掲示され、家族や友人知人が行方不明者を探している。
オズワルドとニコルもまた、空き時間に掲示板を確認し、ニコルの欄に何か情報が書き込まれていないか確認するが、大きな収穫はなく、復興活動に従事している。
「…ほら、おわったぞ」
フランツの大きく太い腕は巧みに工具を使い、一部破壊されていた民家を見事に修復した。住民であるパーモット一家はフランツに何度も礼を述べ、フランツは恥ずかしそうに目を逸らす。
その隣ではカフカが得意の布地を使い、室内のカーテンやベッドなどを用意し、すぐに生活できるようにサポートしている。
カフカの近くではエミルがサイコキネシスを使い、瓦礫を撤去し、ノアはトレジャータウンの沖合に停泊しているレシラム教とゼクロム教の支援船から物資を運んできている。
コールマンやニコル達も街の復興を手伝い、少し前の光景が嘘のようである。
その光景を見渡したオズワルドは、頭を左右に振り、不安な気持ちを掻き消そうとする。
(現状、いくら心配してもニコルが見つかるわけでは無い…今は慌てずに復興していき、情報を募るしかない…)
幸いにもヘンデルの顔は広く、騎士団や調査団、ゼクロム教にも顔が効く。トレジャータウンの名前が広がれば、ヘンデルを頼り、あちこちから人が集まる。併せて情報も集まるため、オズワルドはなるべく冷静になろうと活動を続ける。
赤子の泣き声が聞こえる。
オズワルドが視線を向けた先には、木の根本に座り、赤子のエリスを抱いている牝の姿がある。マントを羽織り、フードを深く被り、顔がはっきりとは見えないが、フードを被った牝と牡が訪れた事により、エリスは大人しく寝るようになった。
フードの牝の子守唄が風に乗り、微かに聞こえた。
その時、フードの端が風で捲れ、彼女の横顔が一瞬だけ見えた。
「…あっ」
彼女の横顔は先日死亡し、死体確認を終えたリラと良く似ていた。彼女の横に立つ小柄な人影のフードも微かに捲れ、顔が一瞬だけ見えた。
フードの下には牡のライチュウの顔があり、オズワルドと視線が一瞬だけ交差する。
「…」
風は止み、フードは再び彼らの顔を隠す。だが、オズワルドは言葉に表せられない感情を胸中に抱く。
(あれは…異端審問官のバシャーモ…?それに…あのライチュウはライラ?…でも、目が見えている…)
あり得ない推測にオズワルドは思わず笑いが込み上げ、視線を彼らから逸らす。
(そんなはずはない…ライラは目と脚を潰されていた…あのバシャーモの審問官も、親方様と騎士団が死亡確認した…)
自身の推測を自嘲したオズワルドは、その場を離れることにした。その際、彼は肩越しに彼らに目を向ける。
先ほど、フードの下に見えたバシャーモの顔は非常に美しく、異端審問官リラよりも綺麗で慈愛に満ちた顔をしていた。
オズワルドは肩越しに彼らを一瞥し、その場を歩き去った。
オズワルドの耳に、耳触りの良い子守唄が聞こえた。
*
『さぁ、どうする?』
白いポケモンが尋ねる。
彼の提案するゲームの内容を理解したライラとリラだったが、その表情はどちらも穏やかである。2人は互いの目を合わせて微笑み、白いポケモンの顔を見ながら口を開く。
「「おじい」」
2人の声が重なる。
直後、扉がゆっくりと開かれ、その向こうには見覚えのあるアバゴーラが立っている。彼は扉の中からゆっくりと歩み、ライラとリラの前に立つ。
アバゴーラの手がライラとリラの頬に当てられる。
その感触にライラとリラは共に涙目になり、アバゴーラの身体に抱きつく。互いに魂のみの存在となった彼らは、久しぶりの再会に笑みをこぼす。
「まったく…久しぶりに顔を見れたと思ったら…あの世での再会になるとはな」
アバゴーラの呆れた声を聞いたライラとリラは大声で泣き、アバゴーラの身体を強く抱き締める。その感触にアバゴーラ自身も涙腺を緩め、目尻から涙を流す。
「…ごめんね、おじい」
リラがアバゴーラに謝る。
それはライラとリラがおだやか村の出身であったため、隕石による災害に怒れる暴徒が村を襲った事に対する謝罪である。だが、アバゴーラはライラとリラの頭を叩き、力強い眼光で彼らを見る。
「お前達が悪いわけではない、悪いのは実際に村を襲った連中だ。お前達が気に病む事はない、それに村の皆の魂も、とっくの昔に転生しておる」
「わしはお前達が心配だから、こうして残っていたが」と続けて話し、アバゴーラは優しく微笑む。その声を聞き、ライラとリラは泣きながら笑う。
「それにしても…お漏らしばかりしていたリラが母親になるとは、な…経緯はどうであれ、子供を大切に育てるんだぞ」
「…うん」
アバゴーラに励まされたリラはエリスの事を思い出し、目を細める。産まれたばかりの我が子を抱き締めたい、一緒にいたいという強い願望がリラの中に広がる。
「ライラも立派な調査団員になれたようだが…牝に対して奥手なのは、よろしくないぞ。きちんとリラとリラの子供を大切にして、護り、支えていきなさい」
「…もちろん」
ライラもまた、アバゴーラに励まされ、強い目で彼を見る。アバゴーラは孫同然の2人の成長を見れた事に喜びの笑みをみせ、視線を白いポケモンに向ける。
「さてと、そこの御人よ。こんな老人に何の用かな、こやつらの顔を見れたから、いい加減ワシも転生すべきだと思うが…」
アバゴーラの質問に白いポケモンが微笑む。
『そうですね…ただ、ライラもリラもまだまだ精神的に幼い面があります…どうでしょう、共に彼らを見守るという選択肢は…』
白いポケモンの提案を受け、アバゴーラは少し考え込む。やがて、「うむ」と短く声をあげ、視線を白いポケモンとギラちゃんに向ける。
「では、お言葉に甘えようかな…料理や片付け、家事はワシに任せておくれ」
『…それは頼もしい言葉です』
白いポケモンが微笑む。その後、白いポケモンがタブレットを操作し、ライラとリラに向かって声をかける。
『民衆の怒りや恨みを避けるためにも、姿形は同じで生まれ変わっても、別人として振る舞う方が安全だからね』
『それで、いつ再生する?』と白いポケモンはフランクな口調で尋ねる。白いポケモンの口調から肩の力が抜けたリラは苦笑いするが、ライラは強い口調で話す。
「…それなら、オズボーンと共にリラを監禁して、玩具のように扱い、苦しめたカウフマンに仕返しをしたい…奴に一矢報いれるタイミングがいいです」
ライラの言葉を聞た白いポケモンは目を細め、ニヤリと笑う。
『…良いねぇ、それは…それは凄く面白そうだ』
白いポケモンがゲーム好きである事を見抜いているライラは、その快楽主義的な思考を刺激する。ライラの言葉から想像した白いポケモンはにんまりと笑い、ごきげんな雰囲気を纏い、タブレットを操作する。
『…これは先人の小言と思って聞いてくれ』
ごきげんな白いポケモンを横目で見たギラちゃんが、リラに話しかける。リラとライラは共にギラちゃんに目を向け、姿勢を正す。
『リラは一度肉体の死を迎え、魂の禊を終えたと言える。いわば…前世の罪に対する禊だな』
「…」
『だが、禊を終えたからと言って、罪を忘れて良いわけではない。お前はお前が犯した罪を心に刻み、向き合う必要がある』
「…はい」
ギラちゃんの指摘にリラは素直に頷き、ギラちゃんの目をまっすぐに見つめる。リラの手をライラは握り、彼女を支えるかのように傍に立つ。
その姿を見たギラちゃんは、静かに話す。
『罪を忘れず、罪を繰り返さず、そして次に活かしていけ』
ギラちゃんの言葉を聞き、ライラとリラは力強く頷く。
直後、白いポケモンが口を開く。
『さてと、今が良いタイミングだから、君達を送るね』
白いポケモンが呟いた直後、ライラとリラの身体が光に包まれる。それに彼らは驚きの表情を浮かべるが、すぐにアバコーラに目を向け、大きな声で言い放つ。
「おじい‼︎」
「行ってきます‼︎」
ライラとリラの大声を聞いたアバゴーラは、目を細めながら大きな声をあげる。
「気をつけてな‼︎」
白い空間は光で満たされ、それは少しずつ弱まっていく。
光が消えた後、そこにはライラとリラの姿はなかった。
「お前も不器用だよな」
一連の出来事を眺めていたギラちゃんが白いポケモンに話す。白いポケモンは横目でギラちゃんを見て、恥ずかしそうに笑う。
「死者の魂はここに囚われる事になる…言い換えれば未練が強すぎて輪廻転生できずにいる魂をここに招く事で、彼らをいつまでも見守れる存在にする、と言う事か」
ギラちゃんに指摘された白いポケモンは「まあね」と返す。
「…まぁ、本音を言えばギラちゃんが恩赦を提案した辺りから、彼らの魂を返す事を考えていたけどね」
「加えて、彼らの望む者の魂を消滅させない、というサービス付きか…」
ギラちゃんは小声で呟き、視線をアバゴーラに向ける。彼は孫達の旅立ちを見届け、安堵したように息を吐く。その背中に向かって白いポケモンが声をかける。
「さてと…翁よ、酒と囲碁はお好きですか?」
白いポケモンの質問にアバゴーラは頷き、卓袱台に向かって腰かける。
「囲碁も将棋も好きだぞ、他にもポーカーや麻雀…賭け事は特に好きだ…酒は清酒が好みだが」
「それは重畳…」
白いポケモンはタブレットを卓袱台に置き、代わりに何もない空間からトランプと酒瓶を取り出す。白いポケモンが超能力でシャッフルする姿を見ているアバゴーラに、ギラちゃんが尋ねる。
「時に翁よ、あの子らが心配にならないのか?」
ギラちゃんの問いにアバゴーラは高らかな笑い声をあげる。彼はライラとリラのいた箇所に視線を向け、自信に満ちた声で話す。
「あやつらはワシの孫だぞ?心配する事など、何もない」
そう話す翁は配られたカードに目を通し、力強い声で放つ。
「なにより、元の身体を取り戻したライラと魂の禊を終えたリラが腕を組む…最強だぞ?」
アバゴーラはにやりと笑い、卓袱台に置かれた酒瓶から清酒を猪口に注ぐ。水のように澄んだ液体を一息に仰ぎ、アバゴーラは白いポケモンとギラちゃんの顔を見る。
「まぁ…あやつらがここに戻ってくるまで100年ほどかかるだろうから…共に飲み語ろうではないか」
アバゴーラの提案を受け、ギラちゃんはにやりと笑う。
「それは構わないが…酒の肴は?」
「…あやつらの愛の物語と復讐を見るのはどうだろうか?中身が濃く、酒に合うと思うぞ」
ギラちゃんはアバゴーラの提案を受け入れ、「よし飲もう‼︎」と珍しく声を上げる。彼らのやり取りを見ていた白いポケモンは目を細め、タブレットの画面を見下ろす。
「リラは魂の禊を終えたぞ…次はお前の番だ」
画面に映る人物を見た白いポケモンはアバゴーラの差し出した猪口を受け取る。
熱い酒が喉を焼いた。
*
視界がクルクルと回り続ける。
重力により身体をかき回される感覚と腹の底から持ち上がる感覚が全身を包み、強烈な吐き気を覚える。視界の端には黄色い影が見えており、リラは無意識に黄色い影に抱きつく。
影の暖かさを自覚したリラは、同じく抱き返してくる影の存在を意識しつつ、その暖かさを腕の中に感じる。
直後、リラとライラは抱き合ったまま、水面に落下する。
辺りに水飛沫が広がり、2人の全身を衝撃が襲う。だが、ライラは腕に力を込め、リラを二度と離さないと決心したように、彼女の身体を強く抱き締める。水中に落ちた2人の身体はクルクルと回転し、やがて共に水面へと顔を出す。
冷たい海水が2人を濡らし、頭の熱を奪っていく。
そこはトレジャータウンの海岸から少し離れた沖合であり、海岸には続々と上陸している時の守護者達の姿が見える。
濡れ鼠となったライラとリラは水面を漂い、互いの存在を意識しながら海岸線の端まで泳ぐ。全身がびしょ濡れになった彼らは、なんとか陸に上がり、濡れた身体を引き摺り、日向へと倒れ込む。
午後の日差しが照らす岩盤は暖かく、リラとライラの体温を回復させる。
「…あれは、夢だったのかしら」
ポツリとリラが呟く。
先ほどの記憶が脳内で再生され、リラは呆然とした表情で空を見上げる。その隣に横になるライラもまた、同じような表情で空を見上げている。だが、彼らの顔は共に穏やかな表情をしており、まるで憑き物が落ちたようである。
「…おじいが居たよね」
ライラの問いにリラは頷く。それは彼が同じ光景を体験した事を意味しており、先ほどの出来事がリラだけの夢ではない事を意味する。
ふと、リラはライラと目が合っている事に気がついた。
ライラの目と脚は元通りになっており、それに気がついたライラは、驚きの表情でリラを見上げる。
久しぶりに見た相棒の顔を見つめ、リラは目尻から涙をポロポロとこぼす。年相応の娘のように泣くリラの姿を見たライラは、慌ててリラの手脚を確認し、彼女が無傷なのかを確認する。
相変わらず的外れな行動を取る相棒を見たリラは「違うわよ」と言い、自身の肩を触るライラの手を掴む。リラはそのままライラの手を自身の胸へと誘導し、泣きながらライラの手に縋り付く。
「い、生きてる…ライラが生きて私を見ている…」
リラの言葉を聞き、ライラは口を閉ざす。そのまま彼女を抱き締め、優しく頭を撫でる。頭ひとつ分は小さいライラがリラを抱き締める姿は、子供が母親を宥める様な光景である。
ライラは穏やかな口調で話す。
「大丈夫、僕はここにいるよ…君のそばにいるよ…」
ライラの優しい声と体温を実感したリラは大声で泣き、ひたすらライラの身体を抱き締める。
2人の身体を、暖かな日差しが照らす。
十数分後、ようやく落ち着いたリラは恥ずかしそうに俯き、ライラの視線から逃れようとする。ライラの指はリラの頬を撫で、彼女は恥ずかしそうに顔を逸らす。
かつてのリラは、ライラと離れ、監禁生活や審問官として活動し、精神的に非常に追い込まれていた。加えてオズボーンの子を産み、麻薬と覚醒剤を投与されたリラの身体はボロボロになり、眉間の皺と鋭い目つきが般若のようであった。
だが、今のリラはライラと共に新たな肉体を与えられ、ライラと再会できた事で精神的な負荷がなくなり、非常に穏やかな表情となっている。
海水で濡れた肌に日差しが当たり、リラは非常に健康的で美しい姿を魅せている。
「…綺麗だよ、リラ」
ライラは後頭部で体毛を縛るリラを見て、恥ずかしそうに俯き、呟く。そんなライラを見たリラは微笑み、躊躇なく彼の唇に自身の唇を重ねる。
血の味はせず、ライラの体温が感じられる。
リラの突然の行動にライラは目を丸くさせるが、リラはクスクスと笑い、辺りを見渡す。
リラの視界に、トレジャータウンの近くの森から姿を現すレシラム教騎士団の姿が見える。遠目ではあるが、彼らは崖下で発見したリラとライラの死体を回収し運んでいる。
「…崖から落ちてから、まだ1時間も経過していない?」
ライラは小声で呟き、リラも頷く。
自分達の死体を遠目で見たライラとリラは何とも言えない表情を浮かべるが、彼らは互いの手を握り、リラは強い口調で呟く。
「…私は、エリスを迎えに行くわ」
リラは横目でライラを見て、小さな声で呟く。
「だから…その…ライラも一緒に来てくれる?」
語尾を弱めたリラの問いに、ライラは即座に首肯した。
「もちろん、リラもエリスも僕が護るよ」
ライラの力強い瞳がリラを見つめ、大地を踏み締める脚がリラをエリスへと導く。彼らは近くの森に落ちているマントとフードを拾い、姿を隠す。ライラとリラの死体が収容され、死亡確認がされたとはいえ、同じ顔の人物が近くを彷徨くのは余計な噂話となる。
彼らは自分自身とエリスを守るために身を隠し、死ぬ直前に感じたリラの第六感を信じて、プクリンのギルドへと向かう。
穏やかな風が、彼らの背中を押した。