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クンクンと鼻を鳴らしながら私は空気の臭いの中からタケルの臭いを探していた。
優しくて元気な臭いだ。嗅いでいるだけで心がワクワクしてくるような、そんな臭い。
歩き回り、ひたすらに。どれだけ歩いたかは分からない。
ただ、探し始めた時にはまだそう高くない場所にあった太陽が真上に昇っているのだけはわかる。
そして。私の敏感な鼻が微かにタケルの臭いを嗅ぎ取った。
眉をピクリ、と動かし賢明にその臭いがどこから来ているのかを探る。
…学校の裏。そういえば学校の裏にはそれなりに大きな山があったな。
まさか。一人でそんな山へ?
私は四つ足に力を込めて駆け出す。
そうしながらもタケルの臭いを常に嗅ぎ続けて。
なんだろう、なんだかさっきハンカチで嗅いだ臭いとは別の臭いがするのだ。
この臭いは、覚えがあるはずなのに、全然違うような。そんな臭い。
人であった時に嗅いだら嫌な臭いだったはずの臭い。
けれど、こんな状況なのに、何故か気分が昂ぶってしまう。
てつのにおい
私は完全に掴んだタケルの臭いをひたすらに追いかける。
鬱蒼とした森の中は陽射しが差し込まず太陽が真上にあるはずなのに薄暗い。
今の私にはその暗さでも別に走るのには問題ないのだが。
獣道をひたすらに走っていくと…やがて声が聞こえてきた。
子供の泣き声。間違いなくその声は。
「アォォォォォォン!」
タケル!私は彼の名前を叫ぶように遠吠えをした。何処にいる?声は聞こえるのだ。
泣き声はまだ聞こえる。その泣き声のほうへ。臭いのほうへ。
獣道から外れた、少し小高い崖の下。私は迷うことなくその崖を降りた。
がさがさと茂みを掻き分けて…茂みから顔を出すと顔を真っ赤にしながら泣きじゃくるタケルがそこに居た。
「ワフッ!」
「あ…あうぅぅぅぅ、ウルウルぅぅっぅぅぅ!」
近づく私にタケルは思い切り抱きついた。安心させるためにも頬をぺろぺろと舐めてやる。
しかし何故こんな危険なところにタケル一人でいたのだろう。疑問を覚えるが…見つかってよかった。
しばらく私に抱きついていたタケルだが…やがてはっとしたように私から体を離した。
「ウルウル!そうだ、逃げなきゃ!早く、早く!」
「ガゥ?」
逃げなきゃって、何からだろうか。タケルの言っていることが分からない。
首を傾げる私だが、タケルは何か焦燥した様子で立ち上がろうとした…が。
「痛いッ…!」
悲痛な声を上げ一歩進んだところで転んでしまった。
そこで私の目はタケルの足首の異変を捉える。
靴下越しからでも分かるほど腫れ上がっているのだ。折れているかは分からないが…
少なくとも走り回る事は出来ないだろう。
「クゥン…」
私はタケルに近づき、頬をまた舐める。苦痛に歪む表情が、見ていて痛々しくて。
タケルはなんとか姿勢を整えその場に座り込む。
「ウルウル…早く、逃げないと…」
だから、何からだ?彼は、何を…
そこで私はいまここではありえない、一つの臭いを嗅ぎつけた。
それは、人の臭い。こんな山の中で。タケル以外の人の臭い。
誰だ、こんなところで。トモ先生?ミク先生?
トモ先生の臭いじゃない。彼はもっと鋭い臭いだ。
ミク先生の臭いでもない。彼女はもっとのんびりとした臭いだ。
じゃあ、他の?
…違う。私の脳がその臭いに嫌悪感を催した。
汚い、濁った、ドブみたいな臭いだ。人を陥れることも平気で行えそうな。
鉄の臭いだ。血の臭いだ。
近くは無い。けれど遠くもない。
ザシュザシュと茂みを斬る音が聞こえてきた。
その音がタケルにも聞こえてきたのだろう。表情を堅くする。
そういうことか。相手が誰かは分からないが、恐らくその人物にタケルは襲われたのだろう。
怒りで脳が沸騰しそうになる。こんな子供に…!
「フーッ、フーッ!!!」
鼻息が荒くなる。全身の毛が逆立ち、尻尾がピン、と伸びた。
そんな私の様子を見てタケルは私の頭に小さな手を乗せた。
「ウルウル、大丈夫。怖くないよ。」
こんな状況で、彼は笑ったのだ。泣きそうな表情のままに。
自分だって痛くて、大声を上げて泣いてしまいたいだろうに。。
頭に上った血がすとん、と落ちていく。そうだ。私がやることはその人物に襲い掛かる事じゃない。
私はタケルに背を向けるように座った。そして振り向き。
「ワフッ。」
今の私なら、きっとタケル一人ぐらいなら背中に乗せてもきっと動けるはずだ。
狼の体。役に立ってくれ。
「乗って…いいの?」
「ワフッ!」
急げ!その意味も込めて私は強く吼えた。
もうタケルを襲ったであろう人物はすぐ近くに来ていることだろう。
ならば迷ってる暇も、のんびりしている暇も無い。
遠慮がちにタケルは私の背中に乗った。背中に体重を感じながら私は立ち上がる。
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