老人と狼、幽霊退治騒動後、エアスト王国へ

  御年七十五年、今まで生きてきた中で、実体のない相手と対峙した経験はない。戦時中に姿なきスナイパーから狙われた経験ぐらいだ。しかも相手は、実体のない幽霊で、女性店員曰く、恐ろしく、厄介だという。

  とまれ、見てくれの恐ろしさはこの際、どうでもいい。問題は実体のない物体を倒せるか、倒せないか、そこが重要だ。

  「あきら、どうやって退治するんだ?」

  湯船に浸かっていると、不意に狼に訊かれる。狼も幽霊は知っているらしい。

  「狼よ、お前さんは幽霊をみたことがあるかね?」

  「見たことはない」

  「そうかね。しかし、そうだな……どうやって、退治すればいいんだろうなぁ」

  退治するとは言ってはみたものの、退治できるのか。

  ──幽霊……。部屋の四隅に、盛り塩でも持っておけばいいのか?

  単純にそんな考えと戦法しか浮かばない。

  「幽霊って、食えるのか? どんな味がするんだ?」

  「さぁ、聞いた試しがないな」

  狼は幽霊を捕食する気のようだ。狼が捕食して退治できる類いの幽霊ならいいが──。

  風呂から上がり、着替えを済ませて扉を開けると、先程の女性店員が扉の前で待機している。何故か、手に投網を持って。

  ──なんで投網なんぞを手にしているんじゃ……?

  ちなみに投網は海で使う物だ。海に投げいれ、魚を大量に捕獲する便利な道具だが……まさかな。

  ──流石に投網で、なんてことはないだろうな……

  と、過るも、疑問をそのままぶつけてみる。

  「店員さんは、これから海に行かれるんですか?」

  「いえ、違います。これは幽霊を捕獲する時に必要な物です。これで捕獲して、退治をお願いします! このままでは経営が悪化してしまいます!」

  女性店員は真面目に話して、投網をワシに差し出してくる。

  「なるほど……」

  実体のない幽霊を投網で捕獲して退治。幽霊とやらは、海に生息する生物と一緒なのだろうか? そんな疑問が過る間にも、女性店員の話は続く。

  「その……午前中に出現する幽霊、とんでもなく怖いし、厄介だし、獰猛なんですよ……」

  「ふむ。ちなみにその幽霊は、何に似てるんですか?」

  「そうですねぇ……。海にいる、タコに似てますかねぇ? タコってうじゅうじゅしてて、気持ち悪いじゃないですか」

  「タコ……?」

  「はい。タコを巨大にした感じなんです……」

  「タコなら、喰えそうだな」

  狼が尻尾を振る。

  「えっ、このわんちゃん、今……喋りましたか!?」

  狼だが、女性店員は犬と勘違いしている。

  「え、ああ……はい。賢い犬でしてね」

  狼と言えば女性店員は怖がるかもしれない。狼ではなく、犬として紹介する。

  「(なぁあきら、俺……狼らしくない? 狼に見えない?)」

  狼は自身の姿を気にして訊いてくる。

  ──そういえば百音も、犬と勘違いしてたな。

  最初に会った時、『わんちゃん』と言っていた。狼を犬と誤認する事案は、今回で二度目だ。百音の前にヒメカも『わんちゃん』と口にしていたが、ヒメカの場合、知っていながらも敢えて『わんちゃん』と口にした印象だ。

  ともあれ、狼は狼だ。犬には見えない。

  「(狼よ、ワシからしたら、お前さんは立派な狼に見えるよ)」

  「(ふぅん、そう? うーん……納得いかねぇなぁ)」

  「(いいじゃないか。怖がられるより、断然いいだろう)」

  「(まぁ、そりゃそうだけど……)」

  狼は納得してない様子で言い渋る。

  それから間も無く、女性店員から渡された投網を持ち、タコに似た幽霊が出現する場所に案内される。

  ༓࿇༓

  外に出ると、気候は真夏から冬に変わっている。先程までの茹だるような暑さが嘘のように消え、吹雪いており、極寒の地になっている。

  ──こんなにも天気が変化するとはの……

  この地はさぞ、暮らしにくいだろう。

  女性店員が案内してくれた場所は、給油所の裏手にある、コンクリート造りの小屋だ。食料庫としている小屋で、タコに似た幽霊は食料をごっそりと食べてしまうという。

  ちなみにこの場所は最初の給油所だ。この場所から次の給油所まで距離がある。なので食料は何としてでも死守しなければならないが、幽霊が怖いという理由と、巨大で獰猛な見た目もしている為、太刀打ちできず、毎回、全ての食料を食いつくされてしまうという。

  「店員さん、あんたはどこか安全な場所にでも隠れていなさい。ここはワシ等が引き受けてやりますから」

  「そ、そうですか……? すみません、どうもありがとうございます。それでは、お願いします! 私、全力で応援しながら隠れてますんで! では!」

  店員はお礼を言いながらそそくさと去っていく。

  「あきら、タコを退治したら調理してくれよな。新鮮な茹でタコは歯応えがいいんだよ」

  「分かったよ。全く、ヒロといい、狼といい、食べることばかりだな」

  狼と共に食料小屋の中で待機し、三十分が経過した。しかしタコに似ているという幽霊が来る気配はない。外が吹雪いてる音と、小屋の扉が吹雪きでカタカタと揺れる音のみだ。

  「全然来ないな。今日はもう、来ないんじゃないのか?」

  狼は欠伸をし、退屈そうに寝そべり始める。

  「ふむ……。もう少し待ってみよう」

  それから一時間が経過する。だが一向に来る気配はない。

  「眠い……」

  狼はすでにとろんとした目で、完全に寝る体制になってきた。

  「ふむ、少し外の様子を見てくるとしよう」

  立ち上がり、扉の取っ手に手を掛けて開ける。開けた瞬間、氷の小さな礫が顔に直撃する。外はすっかり吹雪から、猛吹雪に変わり、酷く荒れている。

  「何も見えんな……」

  「うん」

  戸を閉めて再び中に戻ると、食料小屋の明かりがふつりと消える。猛吹雪が関係しているかは分からないが、停電してしまった。

  「ブレーカーを戻さないとな、ブレーカーは確か……」

  「待った、あきら! なんかいる!」

  狼が唸り声をあげ吠える。部屋の隅に、巨大な塊がうねうねと蠢いている。暗くてよく分からないが、女性店員が言っていたタコに似た幽霊(?)なのかもしれない。

  「あれが件の、タコに似た幽霊かの?」

  部屋の片隅でじっとしているので早速、投網を投げてみることに。

  投網は鋼鉄製だ。海に投げ入れる要領で、タコに似た幽霊に向かって投げてみる──が、ふわりと消失する。

  「消えた……」

  狼はそう言って、鼻先を床に押し付ける。

  「ダメだ。全然、臭いがしない」

  「そうか」

  その間に投網を引き寄せて、もう一度投げる準備をする。

  「──! あきら! 上に移動してるぞ!」

  「なんだって?」

  狼に言われて頭上を見れば、天井にベタリと張り付いてる。金色のぐりぐりとした両目がこっちを見据え、ぶわりと降下する。

  「わっ!?」

  狼が悲鳴をあげる。見ると尻尾にタコの脚のような触手が絡まっている。

  「待ってろ! 切ってやるからの!」

  タコに似た幽霊と聞いていたので、事前にサバイバルナイフは用意していた。絡み付いた触手に目掛けて一閃すれば、ボテリと一本の触手が落ち、地で踊っている。

  「やっぱりタコと似ているな」

  ≪よくも! 俺様の大事な触手を切ってくれたな!≫

  刹那、頭の中で声が響く。誰だと応えるまもなく、この部屋にいるタコだと分かる。

  「なんだね、喋れるのかね」

  「あきら、誰と話してるんだ?」

  しかし狼はきょとんとしている。

  「タコと喋っているんだが……狼よ、お前さんには何も聞こえないのか?」

  「うん」

  狼には全く聞こえないようで、首を傾げている。

  ≪じじい! 俺様の触手を切った代償は高くつくぜっ!≫

  その間にもタコの声が響く。タコは怒り心頭だ。今にも襲ってきそうな雰囲気だ。しかし話が通じるならば、話で解決させたい。

  「お前さん、名は何という。タコ……なのか?」

  ≪ああそうだよ。俺はタコで、タコの狂四郎だ! イカにでも見えてるのか?≫

  「見えんな。じゃあ狂四郎、何故ここを狙う?」

  ≪腹が減ってるからだよ。この海域は四季が激しいから、俺様みたいな軟体生物しか残ってないんだ。海には俺様が食べる食い物がない! 冬の朝の時間帯は海の海水温度と同じく冷えているから、活動しやすい。海から一番近いこの倉庫が、俺の生きる糧なんだ!≫

  「なるほど、それでか……ところでお前さんは、幽霊なのか?」

  ≪幽霊だって!? 俺はタコの狂四郎だ!≫

  タコの幽霊ではなく本物のタコで、名前は狂四郎……。お腹が空いていたので、この給油所の食料庫に食料を求めて何度も訪れているタコ……。

  「タコの狂四郎よ。お前さんが腹を空かしているのは分かる。だが、ここを経営している店員も生活をしているんだ。それにワシみたいに給油にくる客も困る」

  ≪そんな事情は知らない! 俺様だって食べるのに必死なんだ!≫

  「やれやれ、困ったな……」

  「あのぉ……。幽霊退治は終わりましたか?」

  そこへ、女性店員が扉をそろりと開けて、恐る恐るといった様子で部屋に入ってくる。

  「終わってないが、店員さん。このタコは幽霊じゃなくて、本物の、海に生息しているタコだ。名前は狂四郎というそうだ」

  「ええっ!? そうなんですか!??」

  「このタコは海に食べるものがなくて困って、店員さんがいる食料庫に通っては食料を漁って食べていたようだよ」

  「まぁ! そうなんですか……」

  「常に季節が一貫しないクローネ島で、食べる物が減少してやむなく……と、いったところかの?」

  そこまで話すと、女性店員は何故か目に涙を浮かべている。

  「そうだったんですねぇ……。それは、おかわいそうに……。私、今までタコを毛嫌いしてましたけど、今日からしません!」

  涙脆いのだろう、本格的に泣いている。しかも苦手なタコまで克服してしまう。

  ≪何で、泣いてるんだ……?≫

  タコの狂四郎も吃驚し、目をギョロギョロとさせている。

  「タコの狂四郎さんの事情は分かりました。でも食料を奪われてしまうと私、とっても困ってしまいます。ですので、私の給油所の裏手の倉庫の食料庫を狙うのはやめてくれませんか? もっと良い穴場があるんで、そっちを狙ってくれませんか?」

  女性店員は涙ながらに、代替え案という、ゲスな案をタコの狂四郎に提示する。

  ──結構タフで、図太いの……この店員。

  こんな場所で生活しているからか、思考はタフに、図太く機能していくのだろう。

  「狂四郎よ、どうするんだ?」

  ≪他に食料庫があって、提供してくれるなら、そっちに行ってやってもいいぜ?≫

  タコの狂四郎も代替え案で納得する。

  という訳で、女性店員は食料がある場所とやらを紙に書きながらタコに説明していく。

  「ここから西方に位置する場所に豪邸があるわ。そこには家族以外にも大勢の人が住み込みしているから、食料も山程あって、取り放題よ!」

  女性店員は明るくゲスな話をタコの狂四郎にする。食料が狙われる問題がなくなった今、明るくもなるのだろう。

  しかもそれだけではない。

  「いい? タコの狂四郎! ここでしこたま食料を奪って私が退治する! これは勿論、退治したフリよ? それで退治したフリをすれば、私はその豪邸に住んでいる人達の目に止まって注目される。そうすればどうなると思う? 『あなたのお陰で、とても助かりましたぁ!』って超感謝されて、お金もたんまりもらえるでしょ? それを定期的に繰り返せば、食いぶちには困らないし、私もタコの狂四郎もウィンウィンよね?」

  ──立派だな。

  ある意味立派で、最低な目論みをタコの狂四郎に語る女性店員。あまりのタフさに、ワシは頭が上がらない。

  「ねぇ、私の話はタコの狂四郎に通じたかしら?」

  「狂四郎よ、理解したか?」

  ≪ああ、理解した。ようは豪邸を襲撃して食料を奪って食べているところに、この店員が退治にやってくる。んで、適当にやられたふりをして、逃げてを繰り返せばいいってだけだろ?≫

  「そうだ」

  女性店員のゲスな話と目論みは理解したようだ。しかし何故、タコの狂四郎の話がワシだけ理解できるのか。それがよく分からない。

  「狂四郎。何故ワシだけ、お前さんの話が理解できるんだ?」

  ≪ああ、それはだな……人の死と直面した経験があるからだ≫

  タコの狂四郎が口にした話に、ほんの少し動揺してしまう。

  ──そうか……ワシは妻を、多栄子を亡くしたからか……

  不意に、忘れていた妻の最期の記憶を思い出し、自ずと溜め息が出る。

  ༓࿇༓

  「あきら、さっきタコの狂四郎に何を言われたんだよ?」

  「別に、大したことは言われとらん」

  「そうか? その割には、表情も、空気も、いつもより暗いぜ?」

  「気のせいさ」

  あれからタコの狂四郎と女性店員の利害は一致し、食料問題も、幽霊騒動も解決に至る。脳波での意志疎通はできないが、タコの狂四郎は字が読めるということで、文字で意志疎通をし、計画を進めるそうだ。

  「そうだあきら、腰は平気なのか?」

  狼が訊いてくる。

  「平気さ。さぁ、明日も早い。今日はゆっくりここで休んで、明日に備えるぞ」

  「ああ、分かった」

  仮眠スペースにあった備え付けの毛布を被って寝る。狼はそこに寝そべり、こちらに体を寄せ、暖を取るようにして寝る。

  今日は不思議と、夢を見ることはなかった。

  

  幽霊騒動の翌朝、体を起こして早々に問題が発生する。腰の痛みがぶり返したのだ。投網を投げたからか、酷い激痛だ。まるでハンマーで強く叩かれている勢いだ。

  「これは……参ったな」

  体を起こすのを止めて再び横になると、狼が目を覚まし、こちらを覗いている。

  「あきら、どうしたんだ?」

  「腰の痛みがまたぶり返した……。すまんが、女性店員に事情を話してくれんか。あとバックパックに、健也がくれた簡易鍼セットと灸も入ってるから、それも話してくれるかの」

  「分かった」

  狼は器用に前足で扉の取っ手を引っ掻いて開けると、部屋の外に飛び出していく。

  それから数分、女性店員と共に、昨日のタコの狂四郎も一緒に部屋にやってきた。

  「事情は訊きました。この簡易鍼を腰のツボに打てばいいんですか? どの辺ですか?」

  「このあたりです。すみませんね店員さん、お世話をおかけします」

  「いえいえ、お気になさらずに。そうだ、まだ自己紹介してなかったですよね。私、[[rb:花谷紗央莉 > はなやさおり]]と言います。年齢は──……内緒です」

  言い掛けて止める。何となくだが、二十代後半ぐらいだろう。年齢なんぞどうでもいのに、女性は気にするもんなんだろうか。

  「ワシは永良あきらだ。年は七十五だ」

  「えっ! 七十過ぎてるんですか!? 全然見えない……」

  「世辞はいらんよ」

  「いえいえ、本当に見えないですよ。雰囲気がとても、お若いですね。それで、この辺りでいいんですか? 私、ツボとかよく分からないんですけど……。専門の知識もない私がプスってやって、大丈夫なんですかね……?」

  紗央莉は不安げに言いながら、腰の下辺りを指先でつつき、「ここ、ですか?」と、再び訊いてくる。

  「ああ、そこだ。簡易鍼は素人でも打てるようになってるし、針も短い。問題ない」

  「そうですか。じゃあ、いきますよ……えいっ!」

  簡易鍼をグッと刺す。すると幾らか楽になるが、痛みは引かない。

  ≪あきらじいさん、特別に吸盤マッサージもしてやるよ≫

  タコの狂四郎が触手をうじゅうじゅとさせている。

  「そうかね。じゃ、遠慮なく頼もうか」

  タコの狂四郎に言えば、早速マッサージをしてくれる。

  ≪しっかし人間って、大変だな。俺様のように、痛む骨とか全部なくなればいいのになっ……! そうだ! 骨を全部抜いてやろうか?≫

  「馬鹿を抜かすでない!」

  タコの狂四郎に透かさず言い返すと、狼が口を開く。

  「あきら、今日は休んで、明日に出発だな」

  「ああ」

  その日の夜、痛めた腰の吸盤マッサージをタコの狂四郎にしてもらい、また一夜を給油所で過ごす。

  そして翌日の朝を迎えるが、矢張り痛みは引いてない。昨日よりいくらかましだが、次の場所に向かうには厳しい状態だ。

  ──どうにも困ったな、これでは今日も動けん……。下手したら明日も……いや、明日のことは考えるのはよそう。

  「あきら、腰の調子はどうだ?」

  狼が心配そうに覗く。問題ないと言いたいが、言えない。

  「まだ動けそうにもないな。お前さん一人で、旅させる訳にもいかんしな……」

  「あきらが完治するまで、俺は待つよ」

  「そうか。だが、ヒロが心配だ」

  「うん。けど俺は、ヒロと同じぐらいに、あきらも心配だ」

  狼はこちらに身を寄せて座る。

  ──長居しない方法は無いものか……。

  そう巡らすも、そんな都合の良い案は早々に浮かばない。

  「あきらさん、腰の調子はどう?」

  女性店員の紗央莉が、休憩スペースに現れて訊いてくる。

  「昨日よりはよくなったよ。紗央莉さんが鍼を打ってくれたおかげだ、ありがとう。だが、まだ動くのは少しきついかな。本当なら今日にも出発して、山を越えて、エアスト王国に行きたいんだが……。そこに、いなくなった子がいるかもしれなくてね」

  「そうなんだ。うーん……」

  紗央莉は頭を捻って暫し考えていたが、閃いたのか、ポンと手を叩く。

  「そうだ! 良い案があるわ! 輸送機をチャーターしてもらえばいいのよ! そうすればサイドカーごと運んでもらえるし、エアスト王国にもひとっ飛びよ!」

  確かに名案だ。しかし、輸送機の当てが、こんな山の奥地にあるのだろうか……?

  「紗央莉さん、輸送機なんてあるのかね?」

  「ふふっ、あるわよ。昨日、タコの狂四郎と一緒に豪邸に偵察に行ったら、エアスト王国の人達が来てたのよ! しかも輸送機でね! 豪邸の使用人のフリして訊いたら暫く滞在してるって情報も得たから、間違いないわ!」

  「だが、どうやって輸送機に乗るのかね?」

  「そりゃ勿論、私とタコの狂四郎のウィンウィン計画を今日にも実行して、豪邸の人達とエアスト王国にも恩義を作れば、確実にあきらさんは、輸送機に乗れるわ! じゃあ早速、行ってくる! 狂四郎! 行くわよ! あ、そうだ、作戦は昨日言った通りだからね!」

  「おいおい……」

  止める間もなく、紗央莉とタコの狂四郎の二人は給油所から張り切って出ていく。

  ──ふむ、ちと心配だな……

  「狼よ」

  「分かった」

  言おうとした内容を悟ったのか、狼は直ぐに、紗央莉とタコの狂四郎の後を追っていく。

  ──やれやれ、うまく行くといいが……

  それから二時間が経過した頃、紗央莉とタコの狂四郎は殊勝な顔で帰ってくる。結果は訊くまでもなさそうだが、紗央莉が興奮気味に語る。

  「うまく言ったわよ! 明日、送り届けてくれるって! 私のお店もご贔屓にしてくれるし、うまくいったわ!」

  抜かりなく、大成功をおさめたようだ。生きる為には時に、狡猾な行動や手段が必要なようだ。

  「そうか。しかし、世話をかけたな」

  「いいよいいよ。お陰で私は良い金づる……じゃなかった。良いお客様ができたしねぇ~アハハハ、商売繁盛サマサマよぉ!」

  紗央莉は嬉しそうに笑う。ややして、狼が戻ってくるが、戻ってきて早々、口を開く。

  「あきら! これでヒロに会えるかもしれないね」

  「そうだな。やっと、ヒロに会えるな……」

  ヒロに会えるかもしれない。そう考えるだけで嬉しくなる。

  「ヒロ、元気にしてるといいな」

  「ああ、きっと元気にしてるさ」

  狼に合わせて言えば、狼は尻尾を振って聞き返す。

  「あきらはさ、ヒロにもう一度会ったら、なんて言うのさ?」

  「さぁてな。まだ、考えてないなぁ……」

  とは言いつつも、実のところ、言いたいことは山程ある。山程あるが、先ずは挨拶だろう。どこをほっつき歩いていたんだとか、なにをしてたんだとか。

  ──いやこれだと、挨拶じゃなくて、説教になるか……

  まだ確実に会えると決まった訳ではないが、自ずと高揚してしまう。

  ≪じいさん、あんま無茶すんなよ≫

  不意にタコの狂四郎から声が掛かる。タコの狂四郎を見れば、目をギョロギョロとさせている。

  「そうさな。まぁ、ほどほどにしておくよ」

  「またタコの狂四郎と話してたのか?」

  狼は話の内容を訊きたそうにしているが、大した話じゃないと言って、話を転換させる。

  給油所で過ごす日も、紗央莉やタコの狂四郎と過ごす日も、今日で終わりだ。ちょっとしたお別れパーティを開き、狼と共にその日は盛大に食べたり飲んだりして、一夜を明かしていく。

  ༓࿇༓

  迎えた朝、腰は思いの外、良くなっていた。輸送機で送ってもらうほどじゃないが、せっかくの好意は無駄にはしたくない。好意に甘えて運んでもらう。それに腰を痛めたせいで、日も経ってしまった。輸送機でひとっ飛びが丁度いい。

  給油所で支度を整え外に出ると、輸送機の音がする。見れば紗央莉が手信号で案内し、なだらかで何もない地に案内しているところだ。

  給油所から外れた方面には古びた滑走路があり、飛ぶにも降りるのにも最適の地になっている。

  ワシがサイドカーのバイクに股がり、狼が車台に乗ったところで、降りた輸送機の元へと急ぐ。

  「あきらさん、またここにも遊びにきてね。ほら、これが私の連絡先だから」

  そう言って、紗央莉は連絡先を渡してくれる。

  ≪じいさん、またな≫

  タコの狂四郎は姿をこの場に現さないが、挨拶だけはしてくれた。

  「それではまた、紗央莉さん、狂四郎」

  紗央莉と姿の見えない狂四郎に見送られ、輸送機に乗っていく。輸送機に乗ると、早速エアスト王国の者達が手厚く迎えてくれた。

  「事情は訊きました。さぁさ、腰を痛めない内に、部屋でゆっくりと休んでください」

  そう言って案内された個室は豪奢な造りの室内で、ゆったりとした空間が広がっている。ふかふかのベッドに、シャワー室まで配備されている。

  「いやはや、すごいな……」

  思わず、感嘆してしまう。

  「エアスト王国まで二時間は掛かりますので、ゆっくりと休んでください。軽食のメニューも御座いますので遠慮なく、仰ってくださいね」

  機内食のメニューも豪奢で、今まで口にしたことのないメニューが揃っている。それから使用人は出ていった。

  「こりゃあ、すごいなぁ……」

  「あきら、ヒロも毎日、美味しい物を食べてるのかな?」

  「食べてるかもしれないなぁ」

  生活水準の違いに圧倒されつつも、丁度お腹が空いていたので、軽食を頼むことにした。

  エアスト王国まで二時間のフライトだ。食べて寝て過ごせば、二時間もあっという間に経つだろう。

  軽い軽食を済ませた後、ふかふかのベッドに横になり寝転がる。室内に取り付けられた丸い小窓から景色を眺めていると、相変わらず気候変動が激しい。吹雪いていたかと思えば、雷雨になったり、晴れやかになったりと、フライトの旅を飽きさせない天候だ。

  空も地上も激しい天候だが、輸送機の造りがしっかりしているせいかびくともしない。穏やかなフライトだ。

  「狼よ、起きてるか?」

  「起きてるよ」

  「気候変動が激しい国は、お前さんにとってはどうなんだ?」

  「うーん、そうだなぁ……暑いのは苦手だが、ヒロがいるなら、平気さ」

  「そうか」

  「どうしてそんなことを訊いたんだ?」

  「何となくだよ」

  「ふぅん」

  狼は尻尾をぺたりと一振して、そのまま寝に入る。

  「この景色、多栄子に見せたらきっと、はしゃぐだろうになぁ……」

  亡くなった妻の多栄子の姿が思い浮かぶ。

  多栄子は、ワシがまだ三十代だった頃に亡くなった。ありがとうと言って、穏やかに息を引き取った。多栄子はまだ、二十代だった。

  多栄子との人生は楽しかった。もう二度と、一生涯、楽しく充実した日々なんてきやしないと思っていた。

  だが、ヒロと出会って、ヒロを探して、充実した日々を過ごせている。

  ──まぁこれが、楽しいの内に入るかは微妙だが。

  自己完結で終わらし、狼と共に眠りにつく。

  暫くして、部屋の扉が数回叩かれる。

  「起きてますか? 到着しましたよぉ」

  寝ている内に二時間が立ち、エアスト王国についたようだ。

  「狼よ、ついに、着いたようだぞ」

  「みたいだな。……はぁ、緊張すんな」

  狼はそわそわしている。まだ会えると決まった訳ではないのに。だが、このエアスト王国内にはヒロ達がいる筈だ。

  「こんな格好で、良かったのかのぅ?」

  会えると決まった訳ではないのに、今着ている服が気になってしまう。服は時代錯誤した軍服だ。ヒロが達が拐われたと思っていたからだ。

  「ヒロなら、どんな格好のあきらでもいいんじゃないのかな?」

  「そうだな──って、まだ会えると決まったわけじゃない」

  狼と話ながら部屋を後にする。ハッチから降りると、そこに広がるはシンメトリーの石畳の広大な敷地に、真っ白く大きな王宮が聳え立っている。

  「これは、絶景だの……」

  「ヒロはどこにいるのかな?」

  狼はきょろきょろと見渡している。直に一人の老齢の女性がやってきて、軽く会釈をする。

  「ようこそ初めまして、私はレデンと申します。妃、ヒメカ様の側付きです。何卒、お見知りおきください」

  「初めまして、私は永良あきらと申します」

  「ええ、存じております。昨晩、通信で事情をお訊きしましたので」

  レデンはにっこりと微笑む。だがそれ以降の会話はなく、そこで終わる。

  ──事情を知ったなら、ヒロの話をしてくれてもいいのに……全く。

  気を取り直し、自ら尋ねていく。

  「早速ですが、こちらに、ウルハラ・ヒロという少年はおりますかな?」

  「ウルハラ・ヒロ……ああ、第二王子で御座いますね」

  「第二王子?」

  「はい。第二王子、ヒロ様でしたら、今日は妃であらせられるヒメカ様と共に、王位継承の後、第二王子の婚約者候補のお姫様方とお茶会をしてますわ」

  「そうですか……」

  まだ十歳という年齢なのに、もう婚約者候補の姫様選びとは……。奇っ怪なクローネ島の気候もだが、奇っ怪な事象に驚いてしまう。

  「ふふっ、吃驚されましたでしょう? しかしこの王国では普通なのです。この気候に耐えられず、多くの住人がこのエアスト王国を去り、クローネ島さえも去る。自ら去る場合が殆どですが、この気候に耐えられずに亡くなる場合も御座います。ですが第二王子のヒロ様はそのご様子もなく、健やかにお育ちになり、世継ぎにも相応しい。早めに選ぶのは、この王国では極自然の流れなのです」

  「そうなのですか……ですが、ヒロは望んで、受け入れているのでしょうか?」

  「ええ、それは勿論。ヒロ王子は自らの境遇も、立場も、受け入れておりました。このエアスト王国を思う、素晴らしい王子です」

  レデンは誇らしく話す。

  「(あきら、ヒロは本当に王子になりたいなんて言ったのか……?)」

  狼は声を顰めて訊いてくる。

  「(さぁてな)」

  確かに狼の言うとおり、疑念が残る。ヒロ自らが王子になりたいと言った。それはヒロ自身に会い、訊かなければ分からない。

  ──確かめてみるか。

  「お茶会はどこで、開催されているんですか?」

  「この王宮の、屋上の庭で開かれてますが……」

  「そうかね、ありがとう」

  レデンにお礼を言い、早速、王宮に向かおうとすれば、「お待ちになって」と、直ぐに声が掛かる。再びレデンに振り向けば、レデンは険しい表情で告げる。

  「申し訳ありません。ヒロ王子とのお茶会には、何人たりとも立ち入ってはならないと、ヒメカ様より申し付けられております。ですので、ここでお帰りくださいませ」

  「そうなのか、だが……」

  「そのように指示されておりますので、お引き取りを……。もし、お引き取りにならないとあれば……」

  レデンは後ろに控えている従者に目配せする。すると従者がレデンの傍に歩みより、両手にしている豪奢なシルクの包みを広げていく。シルクの包みの中には、金の延べ棒が数本ある。

  「この金の延べ棒を渡すようにと、申し付けられまして。では、失礼します」

  「いや、受け取れません」

  しかしレデンは振り返らずに去ってしまう。従者も押し付けると、踵を返して去ってしまった。

  従者に無理矢理金の延べ棒を数本渡され、狼と共に、その場に取り残されることに──。

  「はぁ……。これで、引き取れというのか……」

  金の延べ棒は悠々自適な老後生活どころか、贅沢に暮らせるほどの量だ。

  「あきら、どうすんだ?」

  「どうしようなぁ……」

  ヒロに会いにきたのに、会えずに追い返されてしまう。

  とはいえ、前途多難なエアスト王国の事情に、深く立ち入ってもいいものなのか。

  「なにやら相当、困ってるようだなァ?」

  刹那、幼い声が響く。振り返ればヒロと同じ背格好と顔をしている、色白な少年が姿を現す。

  「お前さんは、誰だね?」

  「俺はウルハラ・ポルコ。このエアスト王国の第一王子で、ヒロの双子の兄だ!」

  少年は金色の瞳を光らせ、にやりと笑って自己紹介をした。