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【95】訓練場 実技試験にて

  変装の魔道具によって明るい金の髪をくすんだ金に。

  「夏の高い空」と言われた青い瞳は濃い茶色へと変化させていたアディードは名を「アド」と名乗り、冒険者登録の為に実技試験を受けていた。

  他の受験者を含む訓練場に居る者たちの視線を漏れなく集めながら、冒険者組合の指導員である元二等級冒険者の試験官、ゲオルグと模擬剣で打ち合う。

  『仕切り直し』と、意識して長めに息を吐き出した青年が僅かに腰を落とした瞬間、今度は試験官の方から距離を詰めてきた。

  両手剣で右から横薙ぎに切り払われた青年は、地面に這いつくばるようにして身をかがめ、凄まじい剣速に髪を僅かに持って行かれながら攻撃を避ける。

  試験官は剣の軌道を止める事無く手首を捻る事で切り替え、流れるように地面の青年目掛けて上から真っすぐに振り下ろした。

  だが、青年は低姿勢の体勢からそのまま前方に飛び出して試験官の股下を潜り、剣を避けるとその先で前転。すぐさま立ち上がる。

  互いに背を向けた体勢から、青年が振り向いた時には試験官は既に青年へ向かい駆け出していた。

  それを目にした青年は咄嗟に太もものポケットを拳の底で叩く。

  と、その下から布地を通り抜けてこぶし大の|水《・》が溢れ出した。

  真っすぐ、向かい来る試験官の顔目掛けて操った水を飛ばしつつ、青年は右へと動くべく重心を傾ける。

  試験官は飛んできた水が視界を塞ぐ前に剣の腹で叩き飛ばした。

  そして一瞬前に確認した青年の動きを目で追うべく、左側に視線を向けかけ・・

  自身の右手斜め下から逆手の剣が迫っているのに気付く。

  『陽動っ!』

  剣を引き戻すのは間に合わないと判断して、咄嗟に剣を手放し上半身を捻りながら青年の剣を避け、その手首を掴み捻り上げようとした。

  だが、青年も手首を軸に飛んで体を回転させると、試験官の背を足場にして両足で蹴り、するりと拘束を外して距離を取る。

  十分に離れた位置で腰を落とし、構えるその手に剣は無く・・無手だ。

  見れば、青年の模擬剣は試験官の足元に落ちている。

  試験官は何かを確認するようにぐっ、ぱ。と抜けられた手を握り、開きを繰り返していたが、それを止めると足元の模擬剣をひょいと拾った。

  そして数歩先に落ちていた自分の両手剣を手にすると、そのまま地面に突き立て「終了だ!」と声を張り上げる。

  試験官の終了宣言で構えを解き、息を整えるべく深く呼吸を繰り返していた青年に試験官はずかずかと足早に近づき・・勢いのまま、その肩をバンバンと結構な力で叩いた。

  「アド!お前さんかなりヤルなぁ!陽動に引っかかったのなんぞ久々だ!戦闘の熟し具合がとても新人とは思えんぞ?少なくとも対人戦は大丈夫だ!これだけ動けりゃ、魔物相手でもまず問題ない!しっかし接近戦に、脚か!更に魔法まで使うとは、お前さんに戦い方を教えたヤツは実戦ってモンを良く解ってるっ!」

  怒涛の勢いで話しかけて来る試験官の勢いに押され、ぱちりと瞬きをした青年はちらと面布に視線を向け、僅かに笑みを浮かべて答える。

  「あぁ。厳しくとも、尊敬できる良い師匠が居たからな」

  「成程!羨ましい話だ!」

  「それで、私の合否は?」

  ぐい、と顎に垂れてきた汗を手の甲で拭い訊ねた青年に、試験官はニッ!と愛嬌のある笑顔で答えた。

  「もちろん、文句ナシに合格だ!実力としては3等級でも問題ないだろうが、まぁ4等級が妥当だろうな!真面目に依頼をこなせば、すぐに昇級出来ると思うぜ」

  「分かった。手合わせ感謝す―「待てよっ!!」・・」

  青年が合格を確認し、試験官に礼を伝えようとした所で突然無粋な怒声が割り込む。

  「聞こえたぞ!おいガキ!てめぇ、初めての試験で筆記が全問正解なうえゲオルグさんの担当で一発合格だと?!あり得ねぇ!お前、何か卑怯な手を使っただろっ!」

  そう息巻くのはオオカミの獣人らしき尖った耳を持つ若い男で、顔は怒りで真っ赤に染まりギリリと眦を吊り上げて青年を睨みつけていた。

  「いや、私は・・」

  「うるっせぇっ!無傷で実技に合格だ?筆記を最後まで解いただ?お前、金に物言わせて試験問題を事前に知ってたんだろ?!でなきゃあんな早く終わるもんか!ゲオルグさんにも脅すかなんかして、手加減させてたに違いねぇっ!」

  「この卑怯モンがっ!」と興奮のままに青年に指を突き付ける若者につられ、周りの者たちもざわざわと話し出す。

  「おい。試験官、手加減してたか?」

  「いや・・たぶんしてねぇと思うが・・」

  「組合の職員を買収って・・どんだけ金を積めば良いんだよ」

  「いやいや。そんな事してバレてみろ。職員の不正は罰則がかなり厳しいらしい。そいつの親兄弟まで全員犯罪奴隷落ちになるって話だぜ?勿論、持ちかけたヤツもタダじゃ済まねぇ」

  「本当か?なら普通は引き受けねぇよなぁ。割に合わねぇだろ」

  「でも、正解を知らずに解けるか?特に最後のやつ・・」

  「俺、問題の意味すら良く解んねぇんだけど」

  猫耳の職員が必死に「お静かに!まだ試験中ですよ!」と受験者らに呼び掛けるが、騒めきはどんどん大きくなっていく。

  青年を糾弾していた若者は他の者たちの様子を見聞きして自分の発言に自信を持ったらしく、「ほれ見たことか」と言わんばかりに腕を組み、胸を反らして得意気にしていた。

  注目の的である青年は今にも殺気を漏らしそうな面布に『落ち着け』と小さく合図を送り、反論せずに静かに状況を観察する。

  と、職員が更に注意を促そうと口を開いた瞬間、ドゴンっ!!と凄まじい破壊音が訓練場に響いた。

  途端、その場で騒いでいた者全員が口を閉ざしてビシリと固まり動きを止める。

  凍ったような空気の中、目の前の地面を大きく陥没させた試験官の口から地の底より這い出した悪鬼の如く低い声が発せられた。

  「おい、ダドリー。今なんつった?お前、俺が脅されてコイツを合格にしたって・・そう言ったのか?」

  ダドリーと呼ばれたオオカミ獣人は試験官にギロッ!と睨まれ小さく悲鳴を上げると、腰の後ろから生えた尾を脚の間にくるりと丸めた。

  「ヒッ!い、いや、違っ・・おお、おれ、俺は・・」

  「今、お前の、その口が言ったんだろうが!何が違うってんだ?!ああっ?!」

  ずんっ!ずんっ!と強い怒りを足音で表しながら、試験官はオオカミ獣人の若者に詰め寄る。

  思わず周囲に助けを求め視線を彷徨わせた若者だったが、皆が皆試験官の怒りを恐れて視線を逸らした。

  そんな中で唯一目を合わせてくれた猫耳の職員に希望を見出した若者は、泣き笑いの顔で縋るように手を伸ばす。

  「お、おい!あんたからも言ってくれ!お、俺はただその金髪がズルしたんじゃないかって、そう思っただけなんだよっ!」

  そう言われた職員は涼し気な笑顔を浮かべ、それを見て安心から表情を和らげた若者に答えた。

  「ダドリーさん。本日のあなたの昇級試験結果は不合格です。どうぞお帰りください」

  「へ?ぁ・・え。なん、て?」

  職員に告げられた内容が理解出来ないのか、それとも理解したくないのか・・

  若者は涙目のまま、ポカンと口を開いて曖昧に問う。

  「試験監督として、あなたの行動は他の受験者への妨害行為に当たると判断いたしました。他の受験者への妨害行為は、当支部では禁止しておりますのでどうぞお引き取りを。また次回の挑戦をお願いいたします」

  「え、あ。何で?なんでだよ!俺はっ、妨害なんかっ!」

  僅かに遅れて職員が伝えた内容が理解出来たらしい若者は、その言葉を否定して荒ぶる。

  そんな若者に、試験官が努めて冷静な声で言った。

  「ダドリー。周りを良く見てみろ・・」

  「え、あ・・・」

  言われるまま、周囲を見回す。

  自分と、金髪、そして職員の2人を遠巻きに囲んでいる者達の手には、木の板がある。

  つまりまだ筆記試験は終わっていないという事。

  だというのに、誰も問題を解いている様子はなく、あまつさえ隣の者と会話している者まで・・

  これでは全く試験にならない。

  そして、この現状を作り出したのは・・

  状況を漸く理解したオオカミ獣人の若者は、サァっと血の気を引かせて青ざめるのだった。

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