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【183】若兵の告白。人魚の告白。

  2人の出会いは若兵がまだ幼子だった頃。

  両親に連れられて、[[rb:人魚 > マーメイド]]が獲った魚を買い付けに来た時の事だという。

  通常、人魚の鱗は単色なのだがロアーナは青と緑の2色。

  その所為か、ロアーナは仲間から雑事を押し付けられる事が多かった。

  最初は明らかに冷遇されている姿を可哀想に思っただけだったが、それでも懸命に働くロアーナに好意を抱くのに時間は掛からなかったと若兵は語る。

  一方ロアーナも、最初は人種の子どもが好意的に接してくれるのが嬉しくて、よく話し相手をしていたそうだが、大人から「必要以上に親しくしてはならない」と注意されてからは距離を置いたのだという。

  若兵も同時期に人魚との接し方を両親に心配され、海辺から離れた土地に住まいを移したのだとか。

  その土地で成人まで暮らし、働き先として選んだのが兵士。

  そうして今回派遣されたところに、たまたまロアーナが居て再会となったと・・

  「いや~初恋の人が突然目の前に現れたもんですから!これはもう運命だなって!しかも想像していた以上に綺麗になってるし!」

  話している内に気持ちが高揚したらしい若兵は、顔を赤らめ興奮気味に言った。

  「リークは何度もきれいきれいって言うけど~。この色であちしはもらえるごはん少なかったし~。そのせいか今でも群れでいちばんちっこいし~。死ななかっただけましだけど~。ずっとそんなだから喜ぶに喜べないって言うか~」

  「そうだったのか・・でも、これからは俺が腹いっぱい食わせてやるから!」

  「うん。それはとっても嬉しいよ~?でも恋人?とかはむりだって~。それに親には何て言うつもり~?」

  「小さいころに散々叱られてたでしょ~?」と心配そうに言う人魚に、若兵はカラリと答える。

  「あ、俺。父ちゃんも母ちゃんも最果ての向こうに渡ったから、その辺は心配いらないぜ?!」

  「さいはて・・・え。死んじゃったの?!」

  驚き、口調が早くなる人魚と同様に、こちらも衝撃に目を見開いた。

  「ああ!だから俺の事なら心配しなくても大丈夫だ!」

  「あ・・でも。あちしは、ほら、こんなだし・・」

  若兵の家族がそのような事になっているとは想像もしていなかったのであろう。

  人魚は動揺したままうろうろと視線を床で彷徨わせ、意味の伴わぬ言葉をただ紡いだ。

  「なぁロアーナ。俺、沢山苦労させるかもしれない。けど、出来る事は何でもやるよ。だからさ、一緒にオレグラント王国に行かないか?」

  「はぇ?」

  「俺、ロアーナと再会してから、ずっと思ってた。ロアーナになら食べられても良いって・・食べられたいって」

  「え」

  先程の状況をなぞるように、唐突に始まった告白。

  その内容に反射的に顔を上げた人魚は若兵に視線を向けたものの、ガチリと固まり動かなくなる。

  それはこちらも同じで、改めて目の前で繰り広げられる告白劇の雰囲気に呑まれ、身動きが取れない。

  若兵はゆっくりとした動きで皮兜を取って横に置くと、人魚の正面に片膝をついて身を屈め膝の上で握られている拳をそっと手で覆った。

  そして欠片も余裕がない彼女を気遣うことなく・・寧ろ解った上でかもしれないが、構わずに続ける。

  「なぁ、ロアーナ。俺が上げられるもの全部やるから。俺と一緒に行こう」

  「りー・・く・・」

  小さく若兵の名を呼んだ人魚は一度ぶるりと体を震わせてそのまま顔を伏せ・・直ぐに上げた。

  その瞬間の顔は喜びの笑み。

  しかし瞬きの間に眉間には皺が刻まれ、後悔と苦悩が綯い交ぜになった表情となり唇を震わせた。

  「あり、がと。リーク。あちしみたいなのと、一緒に行こうって言ってくれて、すごく、すごく嬉しい」

  人魚の返答に満面の笑顔になった若兵だったが、続いた「でも、やっぱりむり」の言葉で凍りつく。

  「あちしに「食べられたい」だなんて、そんなにも想ってくれて、本当に嬉しい・・・けど、あちし、リークは食べられない」

  「え、それって・・俺の事好きじゃない・・嫌いってこと?」

  ぎこちない笑顔で問う若兵に、人魚は大きな声で「違う!リークのことは大好き!」と否定した。

  「なら、どうして?食べるのは人魚の一番の愛の形だって、俺知ってるぜ?」

  手を握ったまま切に問う若兵に、人魚は視線を下げて嗚咽を堪える様に肩を震わせ・・唇を噛みしめて口を閉ざす。

  問いに対する沈黙は、明確な拒絶。

  しかし若兵は諦める事無く、静かに語りかけた。

  「・・ロアーナ。俺、ロアーナより年下で背も低くて・・美形ってわけでもないし、目や髪の色だって地味で珍しくもない。稼ぎも何とか食べて行ける程度で、何か特別な力がある訳でもない・・」

  ゆっくりと紡がれる自らを卑下する言葉ひとつひとつに、人魚はゆるゆると首を振って否定の意思を伝える。

  そんな人魚の様子を見て、照れたような笑みを浮かべた若兵は「でもさ・・」と続けた。

  「ひとつだけ・・ひとつだけ。「これだけは誰にも負けない」って、言いきれるものがあるんだ」

  言葉から滲む自信を感じ取ってか、のろりと上げられた人魚の視線と若兵の視線が絡む。

  「俺のロアーナへの思い。これだけは、誰にも負けないって自信があるんだ。だから、安心してくれ。俺はどんなロアーナだって好きだ。たとえロアーナが自分を嫌っていたとしても、それごと受け入れるし、愛するよ」

  若兵は「大好きだロアーナ」と締めくくり、そっと持ち上げた人魚の手に触れるだけの口付を落とした。

  溢れんばかりの愛の言葉に、人魚は顔をくしゃりと歪め甲高くか細い音を発する。

  それは、瞼を持たない人魚の涙。

  彼女らは流せぬ雫の代わりに、切なく美しい音を奏でるのだ。

  「りー・・く。うれしい。すごく、すごくうれしい・・だから、こわい」

  そう言って、人魚は握る若兵の手の上にもう片方の手を重ね握り言葉を続けた。

  「大好きなリークに、あちしのことを知られて、きらわれるのが、こわいの」

  「ロアーナ・・」

  「でも、リークがあちしのぜんぶを好きって・・うけ入れるって言ってくれたから・・少し、がんばって、みる・・」

  「聞いて、くれる?」と苦し気に問うた人魚に、若兵は「勿論」と力強く頷く。

  すぅー、と。大きく息を吸い込んだ人魚は紙巻の魔法薬を唇から離し、横に置くと静かに言葉を紡いだ。

  「・・あちしたち人魚は、はつじょうして、つがって、種を受け取ったら、そのあいてを食べる・・食べるのは、愛してるから。それはまちがいじゃない。けど、それだけじゃないの・・やどる子の形を作るのに、あいての・・父になる人の血がひつようで・・あちしたち人魚は群れのみんなでつがうから、みんなで血をのんだら・・死んじゃう・・だから、つがうあいてを大切にするの。命をもらうから。かわりに、あいてが生きた「あかし」・・きおくと「血」を群れできょうゆうして、つなぐの・・それがあちしたち人魚の生きかた・・」

  そこまで言葉を区切り、横に置いていた紙巻を再び咥えた人魚は深呼吸するように数回吸うと、静かに息を吐き出して続ける。

  「でもね・・あちしは・・群れの中であちしひとりだけは・・大人になっても「はつじょうしたことがない」」

  ぎゅうと眉間に皺を寄せて苦しむ心を直接削り出したような声音が、耳にしたこちらの感情を抉り衝撃を与えた。

  「おなじ時に生まれたみんなは、もう何回もつがってる。命をくれた人を愛して、食べて、きおくと血をつないでる。だけどあちしは・・ずっと見てただけ・・はつじょうしないから」

  「ロアーナ・・」

  「リーク。あちし、リークを食べたいよ。愛したい。きおくと血をつないで、リークが生きたあかしをのこしたい・・けど・・」

  きゅぅー・・・と、途切れた言葉の間に悲し気な音が響く。

  「あちし、やっぱりこわれてるんだ・・人魚なのに、リークをだれにもあげたくない。あちしだけのものにしたい。リークの血をのこせないのに、そんなふうにおもってる・・」

  それは、私たち人種の視点から見れば、当然の願望。

  しかし人魚の社会では通用しない。

  独りよがりで自分勝手な欲望・・そんな風に考えられているのだと、目の前の人魚の様子を見て理解した。

  『この手の問題は種族関係なく起こり得るか・・』

  姉は婚姻して数年になるが、まだ子は居ない。

  その件は彼女に相談することになっていたが、上手く話す事は出来ただろうか・・

  それに、『栄光への導き手』の鬼人も、嫁を得て子を設ける為に旅に出たと言っていた。

  黒髪は三つ編みに子を産んで欲しいと望んでいたな・・

  王国では同性婚も認められているし、皆が一様に子を望むというわけではないが・・

  「命を繋ぐ」という事は生き物の根幹であり、生き方の重要な部分を占めるからな。

  相手も自分も子を望んでいるのに、わが身のせいでそれが叶えられないとなれば双方とも深く傷つく・・

  こればかりは、いくら望み願おうとも叶う事は稀だ。

  目の前の2人は、どういう結末を迎えるのだろうか。

  どうか少しでも多くの幸せを・・と、願わずにはいられない。

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