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ポケモンシールで大団欒(だいだんらん)

  正月になると、敏雄と孫達が我が家にやって来る。普段は閑散とした部屋もこの時期だけは孫達の賑やかな声で満たされるのだ。若い彼らと共にいると、自分の年齢を忘れてしまうぐらいに新鮮だ。

  正月の楽しみは色々挙げられるが、何よりも自分の料理を食べてもらえることが一番大きい。数年前に妻を失ってから、独学で料理を作り、隣人にお裾分けをすることが多くなった。だが、目の前で会話をしながら食べてもらう方が、作り手にとっては最上なる幸福だ。

  では、今年も特製のかす汁を食べてもらおうか。

  「おーチ○カス汁ぅ」

  遥馬が下品な言葉を使うと、陽子さんが彼を小突く。

  「コラ遥馬! おじいちゃんの料理に対して失礼でしょ。あと、あんた今年で小五よ。少しは言葉遣いを改めたらどう?」

  「まぁまぁ。正月だから、あんま気にしなさんな」

  「じいちゃん、わかってるじゃーん」

  「そこはありがとうか、ごめんなさい、でしょ⁉」

  息子に対して刺々しく言わなくても良いと思うが、また自分が口を出せば「孫に甘い」と言われるのだろう。幼少期にたくさん暴れさせておけば、隣の敏雄のように真面目な好青年になると思うがね。

  「ゴホッゴホッ」

  「物がつまっちゃった?」

  咳こむ蘭花の背中を敏雄が優しくさする。咳が治まれば「あー、でもおいちかった」と、蘭花は大輪の笑み。

  「ほー、良かったよかった。パパ、蘭ちゃんが死んだらどうしようかと思っちゃったよぉ」

  「相変わらず大袈裟だな、敏雄は」

  「そうだよ。じいちゃんがバカ食いしてモチつまらせたワケじゃあるまいし」

  「遥馬くぅん?」

  彼はママの妙に甘ったるい声を聞き、慌てて口を手で塞ぐ。自分は口元に笑みを浮かべて、大根を箸でつかんだ。

  この後も屈託のない会話が続き、料理も美味しくたいらげた。

  だが、徐々に自分の頭の中にもやもやがかかってきた。いや、病気の前触れという訳でなく、いつもの正月との違和感がそうさせているのだ。

  

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  昼ご飯の後、敏雄は中学校の同窓会、陽子さんは神社の初詣でに出かけた。遥馬と蘭花は今朝から遊び過ぎたせいか、大の字になってソファで昼寝を始めた。

  「何もつけんと風邪を引くぞ」

  独り言を言いつつ、毛布を二人にかける。子どもは風の子だから大丈夫だと思うが、念のためだ。二人は互いの手を重ねていて、恋人同士のように見える。

  「ハルとランは本当に仲良しだ。それに比べて…、あっ」

  ずっと気になっていた違和感。それは正月に一家が来てから、敏雄と陽子さんが全く会話をかわしていなかったことだ。

  さっき蘭花が咳こんだ時にママとして何らかの反応を示してもおかしくなかったが、平然と飯を食っていた。逆に遥馬に対してはささいなことでも注意する。これが敏雄の場合だと、あまりにも遥馬の言動に対して、無責任・無関心過ぎる。

  つまり、二人の仲は冷え切っており、パパは娘、ママは息子を引き取ろうと考えているのだ。当の本人達は別れを望んでいないというのに。

  「何でハル君とランちゃんも連れて行かんのだ?」

  「二人とも長旅で疲れているし、それに…、あ、あと人も多いから。私一人で行ってくるわね、お父さん」

  一瞬言葉に詰まったのも、子どもに対してうしろめたい気持ちがあったからだろう。嗚呼、自分はボケボケじいさんだ。もっと早く夫婦について気付くべきだった。

  自分がもう少し若かったら、二人を一緒に引き取れただろう。しかし、今は節々が痛くて、動き回るのが大変だ。悲しいかな、元気な彼らに合わせられやしない。

  溜め息を吐いてこたつに体を突っ込ませる。何か良い解決方法はないものかと、思案を重ねる。

  ふと目に留まったのはシールの束である。何かの動物が描かれている。

  虫眼鏡で動物の左上にある文字を読めば、「イーブイ」であった。そんな名前の動物は聞いたことがない。他のシールの名前を確かめてみれば、「ナゾノクサ」、「エンペルト」、「ダイケンキ」など何かの言葉をもじったような名前ばかりだ。

  「ハル君はこういう生き物が好きなのか」

  犬や猫を飼うことで再び家族の絆を取り戻せるかもしれん。大金をはたいて買ってあげようと思ったが、敏雄の家はペット禁止のマンションだった。

  妙案が思い浮かばぬものか。首を傾げつつシールをめくっていれば、ペロリと全てが剥がれてしまう。慌ててシールを元に戻そうとすれば、手がかさついて掴めない。舌で人差し指をなめたら、再び掴めやすくなるだろう。

  むむ。食器が激しく揺れている。大地震であれば、安全な場所へ移さねば。早急に子どもを起こす。

  「ハル君! ランちゃん!」

  大声で呼びかけるも無反応である。やはりゆり動かさないと起きないか。ええい、間に合わん。例えこの腰が砕けようと二人をテーブルの下へ入れるのだ。

  膝をついて蘭花の首と足を持とうとするが、ちと重い。両足に力をこめてすっくと立ち上がる。だが、左右に揺さぶられて前へ進めない。足がそろそろ限界へ近づく。早くテーブルの下へ行きたいのにもどかしい。

  そうこうしている内に地震は収まっていた。一息吐いてから彼女を目覚めさせないようゆっくり降ろす。結局、自分の取り越し苦労に終わった。

  

  [newpage]

  

  例のシールを戻してから、自分も寝るとしよう。おや、あのシールはいずこへ消えたのか。机上に置いてあったはずなのに。

  孫達を一瞥すれば、蘭花の首筋にシールがついていた。こんなところにあったのか、すぐに剥がしてやろう。シールのへりを触って、熱い!

  指の皮がむけてヒリヒリと痛む。シールに熱気があるようだ。どうなっているのだ?

  彼女を見れば、顔や手足に毛が生えていた。しかも黒でなく、絨毯のように鮮やかな金色である。あらゆる手を使ってでも彼女を元に戻してやりたいが、誰に相談すればいい。病院に連絡すれば、狂人扱いされてしまうだろう。

  否、直接運べば取り合ってくれるだろう。だが、今は正月。開いているのは緊急病院ぐらいである。あそこは遠いので、タクシーを使って行くべきだ。

  動物になりつつある彼女を持ち上げるのは困難なため、遥馬を起こして手伝ってもらおう。

  「ハル君、ハル君! 起きて」

  彼をゆり動かせば、目をこすり合わせながら大あくびをする。

  「何だよじいちゃん。ふあああ」

  「ランちゃんがおかしなことになっていて、とにかく見てくれ」

  自分が指差したものを彼は目を凝らす。糸目の寝ぼけ眼だったが、急に真ん丸の大目に変わった。

  「ワオ! ランちゃん、キュウコンになってるじゃん!」

  「球根?」

  「ポケモンのキュウコンだよ、じいちゃん! じんつうりきが使えるほのおポケモン」

  神通力が使えて炎を身にまとうとは、実に危険で怪しい生き物ではないか。彼女の体と同等の太さの尻尾が幾つも飛び出て、最早妖怪の風貌である。彼女が目を開くと、炎の真っ赤な瞳が見つめてきた。

  「じいちゃんん、からだがあついのう」

  鼻先が尖った狐の顔だが、声は蘭花のままである。意思疎通は取れるので、ひとまず安心である。

  「ねぇねぇ。どうしてランちゃんはキュウコンになっちゃったの>」

  「ええと…、たしか……」

  例のシールを彼女の首筋につけてから変身が始まった。ということは、あのシールが原因なのか。

  「そうだ。このぽけ何とかというシールを誤って彼女に付けてから、変わり始めたな」

  こう言えば、彼はシール束を取って、一心不乱に探し始めた。彼も妹のような姿になりたいのであろうか。

  「あったぞ。これでヌメルゴンになれるゴン!」

  彼はシールを高々と掲げて、満開の笑みを見せる。

  「ちょっとお待ち。ハル君まで変な生き物になっていたら、ママやパパが悲しむよ」

  「ママとパパはいつもケンカしてメンドくさいし。ポケモンになって遊びまくろうよ、じいちゃん、ランちゃん!」

  彼は妹狐に抱き付いて、頭や胸の毛をわしゃわしゃとかきむしり出す。狐は当初嫌そうに低くうなっていたが、次第に目を閉じて鼻を斜め上に向けるようになった。

  それにしても、敏雄と陽子さんの仲の悪さは予想通りだったか。引き離されるのが嫌で人間をやめようと考えるなんて、急に目頭が熱くなってくる。

  祖父の気持ち孫知らずか。

  遥馬がヌメルゴンなる生き物のシールをへそに貼ると、腹の表面がトロトロの山芋状になった。手足も溶け出して、動物と言うよりもナメクジのようだ。そんな体になって大丈夫なのか。

  「ハル君、気持ち悪くないかい?」

  彼は溶ける蝋燭のごとき顔を弛ませて答える。

  「ヘーキヘーキ。むっちゃ気持ちいいよぉ」

  腹がぷっくらと膨らみ、足が短く大黒柱の太さになる。大昔の怪獣映画で見たことがある形状だ。

  ただ、その怪獣と違う点は、表面に光沢のあるぬめりがあることだ。狐の蘭花は兄の体をおっかなびっくり触って目を細める。

  「うぬぅ。兄者、べちょべちょしてて気持ち悪ぅ」

  「ヌメルゴンの粘液は健康にいいんだぜ。ヌメヌメー」

  そう言うと、辺りに粘液をまき散らす。嗚呼、TVやテーブルが汚れてしまった。これは洗うのに手間がかかる。

  「おじい様も変身したら[[rb:如何 > いかが]]かな?」

  おとなびた口調になった狐が不思議な生き物シールをくわえている。あまり気乗りしないが、彼の暴走を止めるには、自らも変わった方が良さそうだ。

  頭からうねうね動く角を出して、紫色の体と化した遥馬はサッカーボールを緑の粘液まみれにして恍惚の表情を浮かべる。今は彼自身の持ち物を汚しているが、この分だと我が家の大事な物までも汚されかねない。

  「何か好ましい物はないものかね」

  虫眼鏡で変わっても良さそうな生き物を探し出す。リザードンという怪獣は強そうな面構えだが、炎の尻尾を持っている。家を焼いてしまうのは怖い。別の生き物にしよう。

  やっと見つけたのは、エ―フィという猫に似た生き物だ。これならナメクジ怪獣と九尾の狐のせいで狭くなった家の中でも動き回れるだろう。それに昔は猫を飼っていたこともある。

  

  [newpage]

  

  自分の頭にエ―フィのシールを貼る。途端に頭が締め付けられる痛みが生じる。体中に薄紫の毛が生え始め、手が丸まってもう物が掴めない。

  「じいちゃん可愛いヌメな」

  髪の毛が抜け落ちて亀の顔みたいになっても、遥馬のイタズラ好きな目は輝きを放っている。ただ、人の時と違って、緑に変わっているが。

  服がぶかぶかになり、自分の体が縮んでいるのがわかる。猫の容姿だから大きくないと予想していたが、孫達より小さくなるのはやや恥ずかしい。

  服で眼前が見えなくなり、手足を動かすも余計に絡みついて身動きが取れない。

  「ぐ、ぐるじい。“お“おん」

  「よし、俺に任せて」

  ハルゴンがワシの服を脱がそうとするが、手の粘液が服にまとわりついて、服と密着していしまう。

  「全く、兄者は愚か者すぎるな」

  「ごめーんヌメー」

  「服を焼きつくせばよろしいのに。エエーイ!」

  ランコンの奇声とともに体中が熱くなってきた。皮膚がヒリヒリと裂けるように痛い。これは本当に燃えているじゃないか⁉ こんな時に死にたくない。ワシは本能で風呂場へ向かう。昨日の湯の残りがあるはずだ。

  とじ蓋を口で取っ払い、中に飛び込む。

  やっと落ち着いた。

  体が軽くなったせいか、湯船の上にプカプカと浮いている。風呂場なのにプールにいるようだ。もっとも、そのプールも数十年行ってないから、比喩として合っているかどうかは知らないが。

  「おじい様、唐突に炎を吐きかけてしまい、申し訳ないのう」

  ランコンが湯船のワシを覗きこむ。ワシの孫のはずだが、喋り口調と年を経た顔はどうもばあさんに思える。

  「気にするな。変身前にワシが服を脱いでいなかったのが悪いんだから」

  それにしても、このエ―フィの体は宙に浮きそうなぐらい軽く感じられる。今まで節々が痛んでいたのが嘘みたいだ。ぬるま湯から体を離すと、視線が窓まで高くなる。

  おや、いつの間に浮いたんだろう? いいや、何でワシは浮いているんだ‼

  「う、う、う、浮いてるぅ?」

  「そりゃエスパーなんだから、空中浮遊できるよぉ」

  ハルゴンがニヤニヤして風呂場へやって来た。彼の身長は今や天井すれすれになっている。ちょっとでも大暴れしたなら、我が家が粉々になってしまうだろう。

  「蘭ちゃんはかえんほうしゃ、じいちゃんがサイコキネシス出したから、俺も何かの技を出すヌメ」

  周囲をヌメヌメにするだけじゃないのか。彼が長い角の先端を触ると、その角が伸びてワシの体を持ち上げたのだ。

  「おぉ、これは凄い」

  「ヌメルゴンの角はプロボクサー百人分のパンチ力があるんだぜ。じいちゃんを持ち上げるぐらい、朝飯前だヌメ!」

  そんな力を持っているなんて、ポケモンという生き物は地球上の生き物より優れいているな。

  「嗚呼、ついでに私も乗せてくれんかの、兄者? ちょっと歩いただけで疲れてしまった……」

  若返ったワシと対照的に、ランコンは荒い息を吐いて鼻づらを風呂のへり上に置いていた。

  「しょうがないなぁ。一緒にリビングまで運んであげる」

  ハルゴンは器用にワシを右角だけに持ちかえ、左角で妹を軽く持ち上げた。

  

  [newpage]

  

  ポケモンになったワシ達は、いつもより親密にふれ合っていた。ランコンは体毛が濃くて、ワシは何度も彼女の尻尾に挟まれた。ハルゴンも入りたがっていたが、自慢の毛が汚れることを嫌がられていた。

  「なぁじいちゃん。ママ達もポケモンに変えてみたいんだけど、どれがいいと思う?」

  「うーん。あまり大きいポケモンだと、この家が傾いてしまうからな」

  サイコキネシスでシールを空中に浮かべて、めぼしいものを皆で探している。

  「パパとママは仲が悪いから、ポケモンになってもケンカしかねんのう」

  ランコンは一本の尻尾をくわえて、眉間にしわを寄せている。お気に入りのケイティちゃんのリボンをつけていなければ、彼女は年老いた狐にしか見えない。

  ハルゴンは中身が変わらないものの、くねくね動く角や粘液がまとわりつく体で、一目では両親でも彼と気付けないだろう。ただ、サッカーボールをいじったり、お菓子を食い散らかしたりする仕草でわかるはずだ。

  「なかよしポケモンっていたかヌメ―」

  「双子ポケモンというのはいないのか?」

  「双子じゃないが、兄妹はいたのう。確かラティナントカ」

  目が良くなったので、浮いているシールの中から目当ての物を探し出す。ライボルト、ライチュウ、いた。ラティアスとラティオスだ! 他のシールは机上に置いて、そのシールを二匹の前に掲げる。

  「これが兄妹のポケモンか。もうすぐ帰って来るであろうママには、どっちを貼ればいいかねぇ」

  どちらも短い手足が着いた細長い形状のドラゴンだが、ラティオスは青、ラティアスは赤という違いがあった。愛らしい目つきのラティアスが妹だと思うが、そのまま彼女に貼っていいものだろうか。

  「ラティオスにしようぜ。ママがパパになれば面白いし」

  「面白いのうおもろいのう」

  二匹は笑顔でラティオスをすすめてくる。孫がそれを望むのなら仕方ない。陽子さんのラティオス化が決定した。

  

  [newpage]

  

  「ただいまぁ」

  陽子さんが玄関でそう言っても、誰も来ない。彼女は首を傾げつつハイヒールを脱ぐ。家に上がって数歩進めば、緑の水たまりに足を取られて尻餅をつく。

  「ちょっとぉ! 何をこぼしたのよぉ⁉」

  彼女は足にこびり付いた液体を救う。妙に粘り気があるので、表情が険しくなる。

  「スライムかしら? さては遥馬の仕業ね」

  「いいや、ポケモンの仕業だ」

  ワシが低い声で言うと、彼女は瞬時に固まった。驚くのは無理もない。猫のような生き物が喋ったのだから。

  サイコキネシスで、一気に彼女の額へラティオスのシールを貼り付ける。シールが貼られた途端、彼女はワシが今まで見たことがないぐらい取り乱した。

  「ひぃぃ⁉ チクチクするぅ」

  彼女はコートをかなぐり捨てて、必死に奇妙な感覚を幾分か軽減しようとする。手首が青い毛に、首筋が白い毛に覆われて、次第に人間から遠ざかっていく。

  それを玄関前の鏡で見てしまった彼女は青ざめた顔になり、唇を震わせる。

  「ちょっとぉ、どうなってるの、私?」

  その疑問に答えることなく、変化は容赦なく続く。首がキリンのようにニュッと伸び、背中からは服を突き破って青く尖った翼が出てきた。

  彼女がその翼を取ろうとするも、両手が短くなって届かない。さらに足も短く小さくなり、重厚感溢れる体を支えきれない。前のめりに倒れて腹ばいになる。

  「お義父さん? 遥馬? 蘭花はどこにいるの?」

  「ワシはここだよ」

  「ママ、かっくいい!」

  「私がランコン! それにしても、よく似合っとるのう」

  狐や猫に湿り気怪獣がワシ達とわかった途端に、彼女は物理的に口を尖らせて文句を言う。

  「こんなイタズラしちゃダメでしょ! どんな薬を使ったか知らないけど、もし他の人に…、アレ?」

  彼女は自身の声が低くなっていることに気づき、首を数回傾げる。すでに目は充血し、口から上は額を除いて青い羽毛が生えてきている。

  彼女は首をもたげて、鏡でもう一度姿を確認した。狐のお面のごとく鋭い目が彼を睨み返す。

  「まさか、男になっているの?」

  低い声で女口調を使うため、ラティオスがオカマに見える。ランコンのように精神が見た目に引きずられて変化しないのだろうか。

  「新パパだーい好き!」

  ハルゴンがラティヨスの首に抱き付く。たちまちにヌメヌメが顔にかかり、彼はあからさまに不快な表情を見せる。耳が変形した触角は小刻みに震えていた。

  「お義父さん! どうしてこんなことになったのか説明して‼」

  シールの絵よりもさらに鋭利な目つきになったので、ワシは丁寧に説明してあげた。ランコンの変身は不可抗力だったこと、ハルゴンは自ら望んだこと、そしてワシはポケモンになると幸せな気分になれることを話した。

  ずっと怒りっぱなしだったラティヨスは変わり果てた子ども達を交互に見ると、穏やかに喋り始めた。

  「そうだな。ママはあなた達がこんなにも一緒にいたいことを、わかってあげられなかったのね。ごめんなさい」

  ラティヨスが頭を深々と下げる。

  「母君よ、謝る必要は全然ないのう」

  「悪いのは女の子とイチャイチャしてるパパだもん」

  ハルゴンの言葉は聞き捨てならん。こんな美人な奥さんを持ちながら浮気をするなんて、とんでもない輩だ。メスのポケモンにして成敗してやらんと。

  「敏雄はラティアスにして、女の子の気持ちをわからせてやろう」

  「オモシロそー!」

  「そういうイタズラ、わた、ボク大好きよ」

  ラティヨスはぎこちなく笑う。自然に満面の笑みになるハルゴンと大違いだ。

  だが、この姿に慣れてきたら、心から笑えるようになるだろう。

  「ところで、ボクはどう動いたらいいのかしら? 足が地に着かないのよ」

  「鳥のように飛べばいいのでは?」

  「ええと、こんな感じ?」

  彼が空飛ぶ鳥の映像をワシに見せてきた。鳩が激しく羽ばたく様子が目の前で繰り広げられている。

  「違うよマ、パパ! ラティオスはじいちゃんと同じサイコキネシスで浮いてるんだよ」

  ハルゴンにも親の考えていることが伝わったのだろう。

  「さいこえきす?」

  「とりあえず、翼を動かさないで、宙に浮く自分を想像してみようか。ワシもそうやって浮けるからな」

  地球の重力に逆らって浮くことは、とてつもなく体力を消費する。せっかく若返って体が軽やかになったと思っていたが、空中浮遊の後は体の筋力が悲鳴を上げることがわかった。

  果たして、彼は無事に浮けるものかとヒゲを足でかきながら見ていたら、徐々に巨体が浮き上がってきた。ワシの頭と同じ高さに上がれば、彼の声が音符に弾む。

  「あらー? 意外と気持ちいいわね」

  「ラティパパ、その勢いで前に行ってみよー!」

  「よっしゃ、行くよ!」

  彼は調子づいて体内のアクセルを踏み、急発進した。しかし、強く踏み過ぎたせいか、廊下のつきあたりの浴室の鏡に激突したのである。

  頭がめり込んで、短い足をジタバタさせる様子を見て、思わず笑ってしまう。

  「そそっかしいなぁ」

  「道化者じゃのう、オホホホホ」

  「笑ってる場合じゃない。早く助けてあげよう」

  ヌメルゴンの怪力によって彼は救出された。「あまり無理はしてはいけないよ」と息子から説教される彼は、ただただうつむいて、[[jumpuri:反省ザル > http://youtu.be/XZ08ub7Rx-o]]の想像図を伝えてきた。

  

  [newpage]

  

  ろれつの回らない酔っ払いが、引き戸を強引に開ける。

  「うう、きみぃ、さみぃねぇ」

  体をガタガタと震わせて、玄関の絨毯にどっかと座り込む。その絨毯はこんもりと熱を帯びて温かい。その奇妙な温もりを感じると、彼の眉が吊り上がる。

  「おや、どうしたんだろう?」

  そう彼がつぶやくや否や、絨毯が暖炉にくべた薪のごとく激しく燃え上がる。ほうほうのていで火元から逃げ出して、四つんばいの格好で息を荒げる。

  「ハァハァ。どうなって、どう?」

  彼の手足は紫の粘液が絡みついて、身動きが取れない。必死に引きはがそうとしたが、余計にまとわりつくだけである。

  「クソッ! 何だこれは⁉」

  「ハルゴンだよーん!」

  床の液体から頭が飛び出て、彼の頭ごと口に入れる。べっちょりした暗闇の中で、彼はこれまでの怪奇現象の意味を理解しようとしているが、ワシとラティヨスは待ってあげない。

  「とける」を使っていたハルゴンが彼の体から離れたら、彼の妻であったラティヨスがのしかかる。巨体で押しつぶされそうになった彼は、ついに助けを求めた。

  「ぐ、苦しい…、誰か来て…、父ちゃん!」

  父を呼んでくれてありがとう。ワシは颯爽と浴室を出て、ラティヨスの下でべちゃ緑の息子を凝視した。

  「敏雄。お前はまだまだ父としての自覚が足りんようだな」

  「えっ? 父ちゃん、何で」

  見た目が猫でも、声がワシのままだから、すぐに気付いてくれた。その疑問の答えはシールで返す。ラティヨスの時と同様にサイコキネシスで、彼の額にシールを貼りつけてやった。

  「何だこれ、うああああ」

  体中のあちこちに散らばるチクチク感を押さえようとしても、手が届かない。彼の顔中に白い毛が生えて、猫のように見える。

  ラティヨスが徐々に持ち上げられる。彼の腹が相撲力士みたいにぽっこりと張り出せば、ラグビーボール体型に変化しつつある。その様子をハルゴンとランコンは口元を緩めて、じっくりと見ている。

  服が破けると、人としての証を失ってしまう。体中に人毛ではない白の羽毛が生えていき、三角錐の翼が出てくる。ラティヨスは彼から離れて、変化が終わるのを待った。

  「嫌だ…、こんなのイヤ!」

  甲高い声になっているの気付き、目を大きく見開く。その瞳は柔らかい色合いの黄で、丸味を帯びている。鋭い吊り目のラティオスとは対照的だ。

  短い手足をばたつかせて必死にもがく。だが、変身は容赦なく続く。首が長く長く伸びる。耳は細長い毛の塊になる。口もちょっと尖れば、もうラティアスだ。

  「パパ…、じゃなくて、ママかわいー!」

  ハルゴンがラティトスの背に飛び乗って、首筋に頭をすりすりする。

  ラティトスはラティヨスより一回り小さくて、ランコンより少し大きいぐらいだ。ただ猫サイズのワシよりは遥かに大きい。

  「敏雄。何でこうなったらわかる、か?」

  ラティヨスがドスの利いた声でラティトスの顔を覗き込む。ラティトスは怯えて体中を震わせている。

  「陽子ちゃん…、おれぇ…、何かしたっけ?」

  「とぼけんじゃねぇ! 若い女のキスマークつけられたくせにゴルァ⁉」

  「ひぃぃぃぃ!」

  ラティオスの怒りの波導にラティアスは大きな重圧を受けた。父親の威厳はどこにも見当たらず、兄に叱りつけられる妹に見えた。

  「まったく。プロポーズの時には、「もう君以外愛せない。例えこの世が滅びても手をつないでいよう」と言ったクセにさぁ。もしかして、クラブのママにも言ってんじゃないでしょうね!」

  「そんなこと言ってないよう。お酒を一緒に飲むぐらいだから……」

  「そんな関係で、どうしてキスマークがつくのよ⁉」

  「ごっ、ごめんなさぁい!」

  家中に轟くラティオスの怒号。キュウコンは尻尾で耳を塞ぎ、ヌメルゴンは「とける」を使って上半身だけを廊下から居間に移していた。ワシの耳はさっきからツーンと金属音が鳴り続いている。

  うむ、ワシが二人を[[rb:宥 > なだ]]めるしかないな。

  「静かにせんかい!」

  ワシが怒鳴ると、二匹の頬にサイケ光線が当たる。効果は今一つでも、父に叱責を受けたことで押し黙り始める。

  「確かに敏雄の浮気が不仲の原因だが、だからと言って、子ども達を巻き込んでいいのか?」

  ラティ兄妹が互いの目を見合ってから、バツが悪そうにうつむく。

  「ハル君とランちゃんは離ればなれになりたくない。だから、両親を兄妹ポケモンに変えてでも、仲良くさせようとしたのだ。そのことを知っても、まだ争うとするのか?」

  ラティオスが頭を垂れて、ラティアスの瞳をじっと見つめ出す。鋭い視線ながらも、いもうTのことを思いやる優しさがひしひしと伝わってくる。

  一方のラティアスは、潤んだ瞳で兄を見つめ返す。そのまま頭を上げて、そっとラティオスと鼻先を合わせる。

  「キッ、キス……」

  「ええ夫婦だのう」

  子ども達の前で、一切構わず、二頭は熱い唇をかわした。青と赤が一つに交わり、水面に波紋をもたらした。

  この瞬間、異常な姿の我々に日常が戻ったのだ。

  

  [newpage]

  

  「ママぁー。もっと飛ばせー!」

  「ハルゴン、これ以上はムリだよ」

  ラティトスは涙目になって首を横に振る。

  夜空のラティトスとラティヨスが翔けていく。軽いワシとランコンは兄妻の方に乗って、先に進んでいる。

  「ランコンの毛はやはり温まるなぁ。ワシももっと毛が長かったら良かったのに」

  「じいちゃんはそのヒゲで天気予知ができるから、いいじゃないの」

  「えー? 天気予知が出来るの?」

  兄妻は目だけをワシに向けて、まじまじと見つめてくる。

  「いやいや。飛ぶことの方が、遥かに凄いと思うぞ」

  「そうね。ママは蘭ちゃんぐらいの頃は空を飛びたいと思っていたけど、まさか飛べるなんて、嬉しいな」

  風を切る速度が上がる。翼を折りたたんで体が棒状に長くなり、最早ロケットだ。

  「ヨーコ兄さん、待ってよぉー」

  すっかり妹と化したラティトスがべそをかいている。彼女の顔はハルゴンの粘液と涙が混じって、夜空の星よりも輝きを放っている。

  「ったく、しゃあないなぁ」

  ラティヨスはUターンして妹夫の方へ近寄る。彼は手を彼女の顔の前へ突き出した。

  「ほら、この手を取って一緒に飛ぶよ」

  「うん。ありがとう」

  二匹が手を取り合ってからも夜間飛行は続いた。ハルゴンのぬめぬめ地獄やランコンのくすぐり攻撃があったものの、とても楽しく過ごせた。

  こんなに心が穏やかになれたのは十年ぶりぐらいだろうか。家に帰ってシールがはがれてからも、念動力で浮いていた高揚感、夜間飛行の疾走感を思い出しては、また変身したいと思った。

  

  [newpage]

  

  正月が過ぎても、敏雄は陽子さんを兄と慕い、陽子さんは敏雄を妹のごとく可愛がるようになった。蘭花はおとなびて料理を手伝ったり、生活の知恵を友人に披露したりしているらしい。遥馬は友達とポケモン化を楽しんでいる。先日はルカリオとアブソルの子を連れて来た。

  そして、自分は時々エ―フィになって、猫友達と一緒にゴロゴロしている。彼らとは言っていの距離を保てば、とても良い友達になる。

  「今日もいい天気だニャア」

  エ―フィになったワシは、今日もあくびをしながら屋根の上で優雅に寝そべっている。

  「じいちゃん! 今日はサッカー部のメンバー連れて来たよぉ!」

  「ありゃりゃ。また忙しくなるぞ」

  ワシは伸びをしてから屋根を下りていった。

  (結)

  

  

  

  

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