Life is love [FOREVER & EVER]
[1] Jumpin’ higher
ズシン、と重たい音が背後から響いた。何事かと思い振り向いてみると、我が相方さんが階段からジャンプして飛び降りたのだった。綺麗な着地ではあったようだが、あまり驚かせないで欲しい。
「なぁ雪坊、何段も上からジャンプなんかして、足の裏とか痛くないのか?」
「全然。余裕、余裕。」
この目の前の巨大な物体のことをこの学校の連中は皆、雪坊と呼ぶ。ちなみに僕はヤマアラシと呼ばれている。
この私立高の連中は、小学校から持ち上がりで進学して来ている奴も多い。雪坊や僕もその口だ。
親戚の家に預けられている雪坊。生活には不満はないようで、いつも申し分ないというのだが、何しろ両親が居ないのだ。
不慮の事故で、空の星となったのである。
寂しいだろうと思い、僕は側に居てやるのだが、本人は迷惑がってみせる。まぁそれが冗談なのはハナから分かっていたので、別にこれといって問題はないのだが。
それはそうと、この巨大な物体が何故雪坊と呼ばれているのか、ということについては、クラスメイトの中にも知らない奴は多い。話は簡単で、最後の両親との思い出の場所がスキー場だったからだ。それだけのことである。
中三の頃、スキー場からの帰り道。逆走トラックと衝突して、運転席と助手席にいた雪坊の両親が、帰らぬ人となった。以来ずっと雪坊と呼ばれているのだが、怒りっぽい雪坊がこのあだ名について何の怒りも持たないのが、かねてから不思議でならなかった。なので、聞いてみることにした。
「雪坊、お前はそう周りから呼ばれるの、苦しくないのか?よければ別にいいんだけどさ。」
と、ここで意外な回答。
「別にいんじゃね?忘れたくない思い出、っていうのもあんだろ。」
そうか、なるほど。腑に落ちた。
雪坊にとって最後の思い出は、忘れたいことではなく、忘れたくないことだったのだ。見るも無残な両親の遺体を見てもなお、そう思える。やはり雪坊は、強いのだ。少なくとも僕は、そう思った。何しろ僕はその車に、同乗していたのだから。泣き喚く僕をよそに、一番辛い筈の雪坊は歯を食い縛って、隣で必死に耐えていた。今でも鮮明に覚えている。僕にとってはそれは忘れたい思い出の筆頭だったから、雪坊の話を聞いて、両親孝行の息子なんだな、と改めて感心した。
そういえばお墓参りも欠かさない。今度の連休も行くとか。
「なぁお前、今度の休み空いてるか?」
とまぁ、こんな調子。月命日なのだ。いつものことだ。
「行くよ、もちろん。途中銀座に寄って、お供え物に丸福堂の最中、買って行けば?」
丸福堂の最中は、みんな大好きだった。値段は大変邪悪だが、あそこの和菓子はどれも美味しいのである。
さて、僕はクラスメイトからはヤマアラシと呼ばれている。もちろん、かの有名なヤマアラシのジレンマから取られているのだが。何故そうなったかというと、僕は昔、荒れていたのだ。理由は、特にない。ただ心の奥底から、沸々と怒りの感情が湧き上がってきて、抑えられなくなったのだ。
それでも、誰かと一緒に居たかった。たぶん、寂しかったのだろう。
その原因を他者に求めたのが、いけなかった。で、様子を見ていた当時の担任に一言、こう言われたのだ。皆の前でである。
「あなたは、ヤマアラシね。」
それ以来学校中の連中が僕のことをヤマアラシと呼ぶようになった。あっという間に広まったのである。それはもう、ありがた迷惑である。
[2] 月命日
月命日の前日。雑踏の中に居た。渋谷のスクランブル交差点の前で、信号待ち。
今日は、雪坊と一緒。連休初日、遠出なのだ。ここなら、同級生に見つかる恐れも、ほぼない。手なんて繋いでみたりして、ちょっと浮ついている。
信号が変わる。歩調を合わせて、一歩ずつ進む。ぶつからないように、人と人との間をすり抜けて行く。
そこへやって来たのが、砂乃猿だ。厄介な奴に目を付けられた。砂乃猿とはいわゆるあだ名で、我らが担任のことを指す。砂を噛むような猿顔だからという、失礼極まりない理由で名付けられたのだが、本人は気に入っているようだ。
「おぉ、雪坊にヤマアラシ!こんな所で出会うとは奇遇だなぁ。デートか?まぁいい。暇ならお茶に付き合え。お代は出してやる。」
奢りだというので、渋々付いて行く僕ら。
カフェの店内。騒々しい。流石は渋谷だ。
テーブルの上には、エスプレッソが三つ。僕達は甘党だが、選択の余地はない。砂乃猿の奢りである上に、この人は自称エスプレッソアンバサダーなのだ。
顔を突き合わせる、三人。距離が近い。
「先生、この距離感、おかしくないっすか?」
雪坊が突っ込む。
「いやぁ、すまんすまん。椅子を引こうか。ところでな。今度うちのクラスに転校生が来るんだが、札付きの悪でな。しかもまずいことに、その転校生は、理事長の弟である県議会議員の孫なんだ。」
「で、それが僕らと何の関係が?」
僕はキョトンとして砂乃猿の顔を見遣る。
「鈍いなぁ。お前たちは悪ではないが、血気盛んだろ?騒動を起こしてくれるな、ということだ。何かあっても俺の力では、お前達を救えないかも知れんのだ。」
凍り付いた僕ら。何も言えなかった。
「ま、そういうことだ。間違っても校内では、手なんか繋ぐなよ。悪いことではないが、格好の餌食になるといけないのでな。あと、危ない場所には近付かないように。夜の道玄坂とかな。じゃ、また!」
見送る僕らは、呆然としていた。どうしたらいいというのか。
話の内容からすると、僕らが何もしなくても、襲って来そうな奴に思える。だが、僕ら二人共運動部所属で体力は人一倍あるとはいえ、いやだからこそ、手を出したらそれで終わりだ。退学だろう。
僕は特に熱血漢な所のある雪坊を、全力を懸けて止めてみせようと、心に誓った。
翌る日。雪坊の両親の月命日。僕らはまだ子供といえば子供だから、お安い礼服を身に纏っての出陣だ。
着くと予想通り、雪坊の親戚は、誰も居なかった。仮にも社会人が月命日の度にお墓参りをする訳にはいかないというのは、頭の悪い僕にでもすぐに分かる。
掃除、お供え、一通り済ますと、一休みだ。するとそこへすかさず、雪坊のお姉さんがやって来た。
「あら、やっぱりここに居たのね、雪坊。もうだいぶ経った話だけど、あなた随分と相続したんだって?ガキには要らないわね。住むところもあるんだし。五千万で手を打つわ。払っておいた方が身の為よ。」
怒りに打ち震える雪坊。何があっても殴りかからないようにと、僕はその手を、ぎゅっと力強く掴んで離さなかった。
次の瞬間、怒号が繰り返し響いた。
「お前は父さんや母さんに一体、どんな孝行をしたっていうんだ!ゲイだって甘く見ていると、痛い目を見るぞ!」
「でもあなた、子供作らないんでしょう!」
「好きでゲイやってる訳でもないんでな、生憎。偽装結婚に不妊治療、真っ平御免だ。子供なんてお前が作ればよかろうよ。人にとやかく言う前に、自分が手本を見せろや!」
「本当に憎たらしいガキだわ、この銭ゲバ!」
「銭ゲバはお前だ!お前の取り分もしっかりとあったはずだ、それはどうした!遺言は父さんと母さんの意志だ。無碍には出来ない。それくらいは分かれ、このアホンダラ!」
雪坊のお姉さんは、ハイヒールの底をカツカツと鳴らしながら、挨拶もしないで去っていった。大方、遺産を遣い込んでしまい困っていた、といった所だろう。
幸いなことに、これ以降二度とお姉さんは、雪坊の前に姿を現すことは、なかったようだ。
[3] 大杉瓶太、登場
翌日、一難去ってまた一難、そんな予感のある朝。雲行きが怪しい中での、休み明けの登校風景。雪坊と僕は、それぞれの胸に不安を抱え込んでいた。
それでも今日からはまた、再び平和な日常が始まる。ただ一つのクラスを除いては。
ホームルームで砂乃猿が紹介する。
「転校生の大杉瓶太君だ。みんな、仲よくするように。」
と言われても、高校にドレッドヘアで来るような学生と、誰が仲よくしたがるだろう。
ドレッドヘアなんてのは、自活出来るようになってから自分のお金でやるものだと思っている。筋が違うのだ。そもそも、校則違反だし。
などとつらつらと思っていると、不意に目が合ってしまった。
「やば。」
僕は慌てて視線を逸らす。だが遅かったようで、自席に向かって歩いている最中の瓶太君と、再び目が合った。睨まれているのだ。まぁ、当然ではある。ここは強がってもいけないし、弱気でもいけない。強がっていると不要ないざこざが起きるし、弱気でいると付け込まれるからだ。僕は極力平静を保つことにした。そんな僕に、隣の席の雪坊が物騒なことを言う。
「あいつ、お前のこと睨んでたから、背負い投げでもお見舞いしてやろうかと思ったんだがな。」
雪坊は柔道部のエース。うちの学校における100kg超級の代表で、試合にはしばしば勝っている。腕っ節には自信があるのだ。だからこそ危ないのである。
「いいかい、雪坊。あの瓶太って子には、絶対に手を出しちゃ駄目だよ。ここの理事長の弟さんの孫だから、正当防衛だろうと何だろうと、雪坊が悪いことになって、退学になっちゃうよ。」
「分かった。気を付ける。ありがとな。」
それから、呆気ない程に平和な日常が続いた、ある日。クラスメイトの優希君が学校を休んだ。
これまで皆勤賞だったから、クラス中が騒めき立っていた。
「あいつ、どうしたんだろうな。」
「そうだな、風邪でも引いたんじゃね?」
だが事態は、彼らの予測を遥かに上回るものだった。
ホームルームの時間。砂乃猿がやって来た。
「優希はしばらく学校を休む。肋骨を六本折ったとのことだ。誰か見舞いに行ってやれ。」
放課後、病室で。花より団子だろうと思い、親に奮発させてフルーツバスケットを持参したのだが。そこそこ仲がよかった筈の僕と雪坊の前で、優希君は明らかに怯えているのだ。
「どうしたの?僕らは怖くないよ。誰にやられたの?」
「話してくんねぇと分かんないだろが。いざとなったら俺が守ってやっから、安心しろ。」
次の瞬間、優希君は何も言わずに、ただほろほろと涙を零し続けた。
「あいつか!転校生か!そうなんだな!」
それから一分もの沈黙の後に、優希君はようやくひとつ、こくりと頷いた。
後で聞いた話だが、優希君、階段を駆け上がっていて不意に瓶太君とぶつかってしまったのだという。それで逆鱗に触れて、蹴落とされてしまったのだとか。
公園のベンチで、二人。僕と雪坊が並んで腰掛けている。今の僕らに、何が出来るか。果たして、優希君を救うことは出来るのか?
重苦しい沈黙が、辺りを包み込む。陽は、傾きかけていた。
そろそろ、時間がない。
ここで雪坊、何かを思いついたように声を上げた。
「あ、ひとつあるんだ。」
「何がよ?」
「果たし状!今晩書いて、明日学校に持って行く。」
「そーいうの駄目だって、砂乃猿言ってたじゃんか。無理。」
だが事態はこの後、予想を超えた展開を見せることとなる。
[4] I’ll be with you forever
「なぁ、結局俺ら何にも出来ないのな。」
「仕方ないよ。他人同士の争いに首突っ込んでる場合じゃないと思うよ。砂乃猿も言ってた通りで、僕ら突っ込みどころ満載で狙われやすいんだから、まずは自分たちを守らなきゃ。」
「ま、それもそうなんだけどよ……。」
そこへ、何と。転校生の瓶太君がやって来たのだ。僕のことなど眼中にない感じで、一目散に雪坊の元へと近付く。
開口一番、瓶太君はとんでもないことを口にした。手には小さな紙の包み。
「果たし状だ。受け取れ。」
「何のつもりだ。」
雪坊が睨みを利かせると、瓶太君は雪坊の耳元でぼそぼそと何やら話し始めた。耳をそばだてて聞いてみるのだが、それは僕にとっても一大事だったのだ。
「勝負しろ。俺が勝ったら、あいつを捨てて俺と付き合え。負けたら友達でいい。」
これは大変だ。瓶太君が勝ったら雪坊を取られてしまうし、負けた所で大人しく引き下がってくれるような人だとも思えない。そんな空気を切り裂くように、辺りに声が響いた。
「俺は勝つ!ヤマアラシのことが大好きだから、死んでも勝つ!」
程なくして、勝負は始まった。相手は名うての悪。やはり真っ当な勝負など望むべくもなかった。ポケットからバタフライナイフを取り出して、一目散に雪坊の腕に傷を付けようとする。
何が付き合えだ。好きな人間にこんなことを出来るなんて、よくて外道だ。
僕は叫んだ。
「やめてーっっ!!」
もう、見ていられなかった。
だが次の瞬間、雪坊はバタフライナイフなどものともせずに、瓶太君を一本背負いで倒した。そのまま寝技に持ち込んで、落とそうとする。瓶太君、ギブアップだ。
瓶太君、昔から雪坊のことが好きだったらしい。
学校が違っていたのに何処で見つけたのかは、定かではない。その頃には僕らはもう付き合っていたので、いわゆる横恋慕という奴だった。話を聞くと、それで長年、荒れていたらしい。ちょっと不憫に思えて来たかも。でも、雪坊は渡さない。絶対に、何としてでも。
「悪いけどそもそも、タイプじゃねぇんだよな瓶太は。」
雪坊にそう言われた後、抜け殻のようになってしまった彼の顔を見ていて、可哀想だとは思ったのだけどね。だからって僕だって、そこまでのお人好しじゃない。そんなの、当然のこと。
いつの間にやら、季節は夏。そう、夏休みなのだ。
あれから瓶太君は不登校になっていた。学校に行く理由がなくなったとか何とかで。
このままでは何だか気分が悪いので、友達になってはと改めて雪坊に提案。「そうだな。」と一つ返事で了解が取れた。
瓶太君の家の場所は、分かっていた。というよりも、この近所では有名な屋敷なのだ。知らない方が珍しいというような、そんな感じ。
インターホンを鳴らす。簡単なやり取りを済ませ、その場で待つ僕ら。すると中からお手伝いさんと思しき人が出て来て、門を開けてくれた。
二階の突き当たりに、瓶太君の部屋はあった。中に入ると、瓶太君、ベッドに転がって枕に顔をうずめている。僕が声を掛けてもややこしくなりそうなので、ここは雪坊に任せることにした。
「なぁ瓶太、俺たちは恋人同士にはなれねぇけど、友達にならなれるぞ。それじゃ駄目か。」
瓶太君、号泣である。ちなみに瓶太君、ビンタと読む。ビンタ位では折れない強靭な心の持ち主になって欲しいとの両親の願いが込められているらしいのだが、逆効果だったようで、見ていて残念だ。瓶太君は根っからの悪だとばかり思っていたが、この時、そうとばかりは限らないのかも、という小さな予感が生まれた。
どうも、暴れることによって、強がっているようなのだ。鎧を身に纏うことで、本当は弱い自分を守っていたのだろう。何だかとても印象に残った、ある夏の出来事だった。
それからのち、学校からの帰り道、楓並木の下を通る。いつの間にか季節は晩秋、散りゆく紅葉が綺麗だ。時々人とすれ違う。
今日は三人で歩いている。この頃、そうしたことが多い。もちろん、僕と雪坊、それに瓶太君の三人だ。広い歩道を横一列で歩く時は、僕が決まって真ん中になる。瓶太君はもちろん、雪坊の隣がいいようだが、彼氏は僕だ。ここは絶対に譲らない。
最近、気になることがある。どうも雪坊と瓶太君の距離感が縮まっているような気がするのだ。ここは単刀直入に聞いてみることにした。
「ねぇ雪坊、もしかして瓶太君のことがタイプになっちゃったの?だったら別れてあげるけど。」
僕なりの、精一杯の愛情のつもりだった。だがその瞬間、雪坊の顔付きが険しくなった。
「何でそんなこと思う!?俺にはお前しか居ねぇ!」
ついには雪坊、泣き出してしまった。初めて見る、雪坊の涙。
「ご、ごめん……。」
つい吃ってしまった。動揺しているようだ、自分。
「いや、分かってくれればいいんだけどよ。瓶太はただの友達だよ。」
雪坊は鼻を啜る。その時、瓶太君の瞳に諦観が宿ったのを、僕は見逃さなかった。
そもそも瓶太君は、かつては偏差値が低かったために、雪坊と同じ高校に進学することを諦めていたのだ。雪坊や僕が在籍していたのは、一応そこそこ有名な大学の付属校なので。
父親経由で頼んでみたものの、裏口入学はリスクが大きいから、理事長に断られたのだ。
よくよく話を聞いてみると、雪坊と同じ学校に編入する為に、高校に入ってからは猛勉強をするようになったとかで。そのストレスもあり、益々荒れていたという訳だ。
突然、瓶太君が叫んだ。
「俺、邪魔だよな!前の学校に戻る!ここに来てから授業もちんぷんかんぷんだし、留年しかねないし。」
風が吹く。冷たかったかもしれない。
でも、今の瓶太君には、その方がいいような気がしたのだ。
もちろん、雪坊も同じことを考えていたから、「それがいいな、頑張れよ」、そう言って肩を叩くのだった。
その場に崩れ落ちて号泣する瓶太君に、僕ら二人は、休日には三人でつるもうと提案した。瓶太君、今更ながら子供っぽい所があるようだ。
聞けば瓶太君、幼少の頃から母が病弱で、ろくに構ってもらった経験もなかったらしい。父親は仕事人間で、子供には興味がないようだった。非行を重ねて行く瓶太君に、親族はとても冷たかった。母親の愛情を欲していたが、瓶太君が高校に進学する直前に、その人は空の星となってしまった。父親は相変わらず冷たい。味方が、居なかったのだ。いわば一匹狼なのである。
瓶太君、再びの転校の日。いつもよりも早く家を出て、駅まで三人で歩いた。
僕たち、瓶太君の見送りをするのである。これが、今の精一杯。雪坊の前で、必死に涙を堪えているのがよく分かる。
「またいつでも会えるんだから、そんなに落ち込むな。」
瓶太君は小さく頷くのが、精一杯だった。瓶太君、背中が震えている。恥ずかしいのかこちらの方を見ずに、「また会おうなぁ〜!」と言って、手を振る。
特段何があったという訳ではない。ただ、この時を最後に、僕と雪坊が瓶太君と会うことはなくなってしまった。
たぶん、未練がましい気持ちとほろ苦い思い出とを、根こそぎ忘れたかったのだと思う。
僕には、雪坊が居る。
もちろん雪坊にも、僕が居る。
僕らは幸せなのだ。
優希君は元気に学校に通っている。こんな言い方をすると瓶太君に可哀想だが、瓶太君が転校したのと入れ替わりで、学校に来るようになったのだ。瓶太君が怖いあまりに休み過ぎたせいで進級は厳しいが、表情は明るい。僕と雪坊は学校では、優希君とつるむようになっていた。優希君はヘテロだが、ゲイのことは理解してくれている。一番付き合いやすい相手なのだ。
ある日、ツンとした空気の下で、大人になっても一緒に居よう、僕と雪坊の二人は、そう誓ってみた。案外可能かもしれない、僕はそう思っていた。何故って、絆があるからだ。ただの惚れた腫れたといった話とは、もう訳が違う。
このお話は、僕なりのいわばダイアローグでもあり、モノローグでもあるのだ。
今日は雪坊の誕生日。雪坊が身を寄せる親戚の家から、パーティーのお誘いが来ている。だから僕は、I’ll be with you forever、そうメッセージカードに書き記して、プレゼントとともに渡すのだ。どんな顔をするだろうか。それがどんな顔でも、僕の記憶に残るだろう、いつまでも。
一緒に居られることがどんなにも幸せで奇跡的なことか、瓶太君の件で痛感した。
雪坊は誰にも渡さない、そう固く心に誓って、夕暮れ時の空を眺めていた。
大好きな人の住む家はもう、すぐそこだ。
-完-