Ad
[戦場のフーガ2if] 第一章 序奏とアレグロ ─前編─
風が、頬を掠めながら、高い空へ吸い込まれるように流れていく。
村の外れの、大きな高い丘。
そこでは村全体が見下ろせるだけでなく、はるか遠くに連なる山々やそれに掛かる雲を眺めることもできるし、ぽつんと一本だけ立っている大きな木の下で、のんびり木陰で昼寝も出来そうであった。
ただそれだけの、静かなその場所で。
僕は、木陰の中からその景色を眺めながら、肩掛けにした外套とその下に羽織ったコートを時折吹く風に遊ばせていた。
「ふぅ……」
小さくため息をつくと、鼻ですうっ、と息を吸い込み、静かに吐く。
村に来て半年。
部外者とはいえ、ハンナさんとその家族による図らいもあり、居候としてもそれなりに馴染めてきていた。
だがやはり、その相手はハンナさんの周りを除くと、村の中の一部の子どもたちに限るわけで。
元々村という閉鎖的な環境にあっては、こういった扱いも仕方の無いものではあるが、とほぼ諦めていた。
(まぁ、村八分で後ろ指を指され続けるだけよりかは遥かにマシだよな)
そう思いながら、ウインドは眼下に広がる村の一角……他の住居や建物に比べて、比較的新しい一軒家へと目を向ける。
その家の庭では、母親と思われる女性が洗濯物を干している様子が見て取れる。
そしてその家の玄関──
そこにはマルト達に囲まれながら、遊びにでも誘われたのか、やや面倒臭そうな態度を見せつつも満更ではなさそうな不器用な笑顔を見せ、共に向かおうとする少年──カイル君が居た。
その表情を眺めると、顔をわずかにしかめる。
村に来て以降、彼とはあまり言葉を交わせてはいない。
最初の挨拶の時に自己紹介を交わして以来、何もなくぱったり。……肝心のその挨拶も、にこやかな彼のご両親に比べて、彼の方はものすごく淡々としたものだったが。
当時は、何か機嫌を損ねてしまったのかと思ったものだ。
だが、理由を尋ねても彼は無視するばかり。
それで一度、彼と比較的仲が良いという、村の子どもたちのリーダー格……もとい彼曰く、みんなの長男であるマルト君に尋ねてみたことがあった。
答えは単純。僕がハンナさんの家に居候することが相当に気に食わなかっただけらしい。
理由は、彼がハンナさんを好きだからじゃないか、とも。
正直、気持ちは分かる。
一緒に過ごしていて改めて思ったが、あんなにかわいくて献身的で、それでいてしっかりとした芯のある強さと優しさを兼ね備えている女の子は、そう滅多にいるもんじゃない。
それが都会育ちの彼ともなれば、同じ年頃の異性を見かけ、関わる機会も多かっただろう。それ故に無意識にでも比較し、同じネコヒトであるという点も相俟って、彼女が魅力的に感じるのもそう無理からぬ話ではない。
とはいえ。
(僕には僕で、ちゃんとした理由があるしなぁ)
どうしたものか、と思いながらため息をつく。
先日、と言っても半年前。文無し同然の状態でこの村に辿り着いた僕は、色々あって宿なしで過ごす必要はなくなった。
他の誰でもない、彼女──ハンナさんのおかげで。
それ以来、僕なりに出来ること──平たく言えば、男手が必要な力仕事や、家事手伝い。自分にできることは、思いつく限りほぼ何でもこなしてきた。
僕としては、一宿一飯以上にお世話になっているつもりだったし、実際そうだったから、少しでも恩返しできればとの思いで懸命にこなしてきたつもりだったが……それが功を奏したのか、ファラオに現在出稼ぎに出ている彼女の父親からが帰ってきた時も、最初こそ訝しがられたが、ハンナさんと彼女の母親からの説明もあり、比較的好意的に受け入れられるようになった。
だけど、それが彼──カイル君にとっては、殊更気に食わなかったのだろう。
今では、彼からはほぼ無視同然な状態だ。
だがどんな形であれ、交流はある程度しておくべきだろうとは思う。
一つ彼の名誉のために言っておくと、彼は決して悪いヒトではない。
むしろ、ぶっきらぼうのようでいて、ソックスくんやボロンくんにアドバイスする結構仲間想いなところもあるし、あれでマルトくんとは結構息がピッタリだ。
もちろん女性に対しての扱い……特にハンナさんに対しての対応や、想い人に対しても動じない会話術なんかは、目を見張るところがある……悔しいけれど。
一旦、それらはさておくにしても、彼とこのまま交流できないのは、子ども達──ひいてはハンナさんとの関係にも影響が出ることは間違いない。
何か出来たはずなのに、その何かを行わなかった、時間もあって行動出来たのにしなかったこと、その小さな過ちの積み重ねによる一つ一つが、やがてどこかで、とんでもないことになる可能性だって十分にある。
ならばこれだって、生きる上で乗り越えるべき「試練」の一つなのだ。
そう考えていると。
「あ、いた!ウインドさーんっ!」
背にした丘の下の方から、透き通る様によく通る声が響き、見慣れたシルエットが手を振りながら歩いて近づいてくる。
「やぁ、ハンナさん」
坂を上ってきたその人……ハンナさんにそう声を掛けると、ハンナさんはふぅ、と一息ついてから、少しむくれたような、困ったような表情を浮かべた。
「もう……まだわたしのこと「さん」付で呼ぶのね?ウインドさんはわたしより年上なんだから、わたしのことはみんなみたいに『ハンナ』って、呼び捨てでいいのよ?」
メイちゃんだってたまにそう呼ぶのに、と付け加えながら、ハンナさんは両手を後ろに回しながら、軽く小首を傾げる。
この娘はハンナさん。フルネームはハンナ・フォンダン。
雪のように真っ白な毛並みと、ウェーブのかかった亜麻色の長髪。そしてそれに負けず劣らず長く、それでいてきめ細やかな毛並みを誇る尻尾。
そして、そんな眩しいくらいに綺麗な毛並みを損ねることなく、むしろ抜群に調和させるような、深めのブラウンを基調としたゆったりとしたエプロンドレス。
そしてこんなことを言えばネコパンチ……もといネコエルボーやチョップが飛んできそうだが、身体つきも13歳とは思えないくらいに成熟しているというか。
幸い服装のおかげで目立たない様に抑えられてはいるが、もしこの身体でハグされようものなら、たちまちそのポテンシャルを理解するというか、女の子として意識せざるを得なくなるというか。
それでいて、この小悪魔的な仕草だ。本人は無意識だろうけれど、その一挙一投足にドギマギさせられる方はたまったものではない……もちろん、良い意味で。
というか、僕もまぁ、それに当てられてきているというか、元からというか……まぁその辺は置いておくにして。
「あはは、ごめんね……けどやっぱり僕には難しいよ。女の子に“さん”付けするのは癖みたいなものだし……それに、ハンナさんはあの時からずっと、僕の恩人だから」
そう申し訳なさそうに告げると、ハンナさんは僕の顔を見て、ふっ、とむくれた表情を崩して、軽く噴き出した。
「ふふ、さすがに大げさよ。……けど、もう半年よ?今は家族みたいなものなんだし、いつまでも他人みたいな感じだと、少し寂しいわ」
それはきっと、彼女にとっては何気ない一言なのだろう。
家族。
胸がなんだか温かくなるような、そんな不思議な響き。
嬉しくて、すぐにでも「ありがとう」と言いたくなり口を開きかけ──
けれどすぐに、僕はそれを飲み込んだ。
「……それこそ大げさだよ。僕はまだこの村のことも、みんなのことも、何も知らない。例え半年だろうと、そうである以上はまだまだ部外者だからさ」
きっと、ここは無理にでもウソをついて肯定すべきところなのだろう。いや、無理をするべきところでは到底無いのであろう。
けれど、僕の中の何かが、それを強く否定している気がして。
それには何故か、ウソをついてはいけない気がして。
そう言って静かに首を横に振ると、ハンナさんは少し悲しそうな顔をして「そっか」と俯き気味に呟いた。
あれ?と思って顔をチラリと覗き込む。
その表情は、思ったより深刻そうで。だから僕は、慌ててわちゃわちゃと自分でもよく分からない身振り手振りを交えながら、
「あっ、いやっ!えっと、えっとね!?その……僕、まだほとんどハンナさんとしかお話してないしさ!だから、村のみんなとも仲良くなって、それで初めて家族になれるっていうか、ハンナさんの傍にいられるっていうか、えーっと……!」
と、自分でもよく分からずまとまらない説明をすると、ハンナさんはそれがおかしかったのか、ふふっ、と笑ってくれた。
「大丈夫よ、ウインドさん。そうよね、そういえばわたしもウインドさんの事、まだまだ知らないことがいっぱいあると思うし……じゃあこれからもお互い、ゆっくり──くしゅんっ!」
と、意気込みを語ろうとしたところで一際冷たい風が吹き、ハンナさんはくしゃみをした。
「あっと、大丈夫ハンナさん?ここ、それなりに高い場所だから、寒いでしょ?」
「え、ええ……でも大丈夫よ、これくらいなら全然──」
と言いかけてまた風が吹き、ハンナさんは再びくしゃみをする。
ネコヒトは寒さに弱いという傾向がある以上、無理もない。それに加え、高所であるここにきっと休まず登ってきたのだろう。目立ってないとはいえ、汗もかいているはずだ。
僕は肩掛けにしていた外套を外すと、そっとハンナさんを覆うように肩へと掛ける。
「え?あっ……」
「それから、ちょっとごめんね?」
そういって、戸惑うハンナさんの額をポケットに忍ばせていたハンカチでそっと拭う。
「えッ、ひゃっ!?」
ちょっとした悲鳴を上げて、ハンナさんはギュッと目を閉じる。
やはり女の子である以上、男である僕にべたべたと触られたりするのはイヤなのだろう。
だから、あまりいやな思いをさせない様に軽くではあるが……拭かないよりは断然良いだろう。
そう思いながら、ハンナさんの汗を拭きとる。
これで、きっと寒さも多少はなんとかなるはずだ。
「……これでよし、と。どう?ハンナさん、寒くないかい?」
汗を拭ったハンカチを仕舞い、ハンナさんに問いかける。
けれど、なぜかハンナさんは止まったままだ。
もういいよ、と声を掛けてみても、目を瞑ったままで。心なしか、顔も赤い気がする。
……もしかして、熱が出たのだろうか?
「ハンナさん……?」
失礼とは思いながらも、そっとおでこに手を当ててみる。
するとその瞬間、ハンナさんはぱっと目を開けると、
「へっ!?は、はいっ!?」
と、やや噛み気味に返事をした。
返事を確認して、おでこから手を離す、ハンナさんは「あっ……」とどこか名残惜しそうな声を出した。
まぁ、十中八九勘違いか空耳だと思うが。
「大丈夫?なんか顔が赤いみたいだけど、風邪とか──」
「あッ、ううん!?大丈夫よ!むしろウインドさんがかけてくれた外套のおかげで寒く──」
そう言って、ハンナさんは肩にかけられた外套を更に引っ張る様にして笑顔を見せる。
そして、少しだけ鼻をヒクつかせるような動作をした後、再び顔を赤らめながら俯き……
「……その、とっても、暖かいです……」
恥ずかしそうに、けれど、どこか嬉しそうに笑った。
[newpage]
「そういえばウインドさん、さっきマルト達から誘われたのだけれど……もう聞いたかしら?」
木陰の下でそよ風に吹かれながら、二人でハンナさんの作ってくれたサンドイッチに舌鼓を打っていると、ハンナさんは小さく首を傾げながら尋ねてきた。
「むぐ?もぐもぐ……ごくん。ううん、誘われた……って何だい?どこかに行くの?」
口の中のサンドイッチをしっかり咀嚼して飲み込み尋ねると、ハンナさんはそれがね、と前置きしてから話し始める。
「なんでも、ファラオに駐留してるガスコ軍の人達から手紙が届いたらしいの。詳しい内容は会って直接話したいって言ってるらしくって」
「ガスコ軍……?でも、表彰式はもうとっくの昔に終わってるんでしょ?それで彼はあのジャケットを着てるわけなんだしさ」
僕が、プチ=モナ村へ訪れる半年前。
かつて、巨大戦車タラニスによって、村だけでなくガスコ全体を救う偉業を成し遂げた、マルト君やハンナさんを含む、12人の子ども達。
その功績は凄まじく、彼ら子ども達は首都パレシアに代わる大都市、ファラオにてささやかながら表彰を受ける運びとなった。
中でも、みんなを率いたリーダーであるマルト君は“ガスコの英雄”感謝状のみならず様々な待遇や報奨金が約束されたらしいが、彼は、
「僕はみんなの長男として頑張っただけの、ただのヒツウシ飼いです。英雄だなんて、そんな大したものじゃありませんよ」
と、その待遇諸々を断ったらしい。
彼らしいといえば彼らしいが、その中でどうしても、と渡された軍用ジャケットは気に入ったらしく、結局はそれだけを受け取るに留まって、表彰式は幕を閉じた──と、聞いているけれど。
「ええ、でも今回はなんだかそれとは違うんですって。それで、手紙には出来ればわたし達も来てほしいって書いてあったらしくって……」
「ふぅむ……」
サンドイッチを口に運びながら、少し思案する。
先の戦争から、もう一年が経つ。
未だに各地における戦争の爪痕は残ってはいるけれど、それでもこの一年でガスコとベルマン帝国の間に停戦条約が結ばれたほか、復興の為に帝国の技術が持ち込まれたこともあり、たった一年とは思えないほどに国家機能は回復した。
それに伴い、市場における貨幣価値も回復したことで、当時のような露天商や人々による物々交換はほぼ無くなったし、それどころかこの戦争の影響で物流事情が陸路から空路へと全面的にシフトしたこともあって、以前より活気が増している、という不思議なことも起こっているほどだ。
停戦ではない以上、いつ何が新たな戦争の火種になるのかは予測できないが……少なくとも、怪物、ヴァナルガンドを討伐したタラニスがガスコに回収されている以上、今のガスコを攻めるメリットはなく、むしろリスクが高いともいえるだろう。
となると、新たな戦争のために駆り出される……といったことではなさそうだ。
もっとも、子ども達……僕のような年齢的に大人になりかけの存在ならともかく、ハンナさん達が駆り出されようものなら、いくら非常事態であろうと全力で反対するが。
とはいえ。
(可能性は万が一にも否定しきれない、か。なら……)
「ウインドさん?」
やや熟考し過ぎたのか、ハンナさんの呼びかけでハッと我に返る。
「急に空を見て固まっちゃうからびっくりしたわ……大丈夫?」
「あ、ああ……ごめんね。考えこんじゃうと、どうにもこうなっちゃうんだ」
「まぁ……だったらむしろ、わたしの方こそごめんなさい。そんなに考えてるのに遮っちゃって」
「あ、ううん!丁度考えがまとまったとこだし、大丈夫だよ!」
うん、やはりこれがいい。彼女を……ひいては子ども達を“万が一”に巻き込まない為にも。
僕は手に持っていた食べかけのサンドイッチを口に放り込むと、逸る気持ちをグッと堪えながら、ちゃんとゆっくり咀嚼して味わう。
例え気持ちが急いていても、ハンナさんが愛情込めて作ってくれた手料理なのだ。
これだけは、例え一刻を争う事態だろうが、死にかけていようが、しっかり味わいたい。
その気持ちと共にサンドイッチを飲み込み、ハンナさんの方を向いて「ごちそうさま」と伝えると、既に返事が来る前に、僕は身を乗り出していた。
「ねぇ、ハンナさん。さっきの話なんだけどさ──」
[newpage]
── ファラオ 中心街大通り ──
「へぇ……ここがファラオ……!かつての首都パレシアに変わる、ガスコの新しい首都なんですね……!!」
「ま、パレシアにはまだまだ及ばねーけどな。……っておいソックス、感動してる暇があるなら置いてくぞ?」
「ソックスおにいちゃん、はやくはやくー!」
「あっ、すみません!今行くのですー!」
ソックス、と呼ばれた白衣に身を包んだイヌヒトの少年が、慌てて丸い縁取りのメガネを整えながら、綺麗に敷き詰められた石畳へ足音を響かせ駆けていく。
ファラオ。かつての首都パレシアに代わる、ガスコの新たな中心都市。
先の戦争においてほとんど被害を受けていなかったこの都市は、あれから僅か一年しか経過していないにも関わらず、今やガスコ国家の中心都市として恥ずかしくない程の発展を遂げていた。
大統領の邸宅が元々こちらにあったから……すなわち、御膝下というのも関係しているかもしれないが、それに伴う内閣や行政、司法などの機能は大統領の主導により瞬く間に元の体裁を取り戻し、それが国家の復興に繋がる形となっている。
無論、ベルマン帝国の捕虜を含めた技術者流入による技術、交易能力の発展も目覚ましく、中でも内閣府が景観保全よりもその点に注力した事が大きく功を奏した結果、これらの発展に繋がった──と、世間では噂されている。
『先の戦争で文字通り壊滅状態になったパレシアは今や小島郡帯となり、かつてガスコと共に歩み成長したパレシアにおける様々な発展のイロハ──すなわち歴史とそれに伴う功績は、多くの大地、尊き人命と共に失われた。だが、だからこそ今、その痛みを越えて、かつての敵とも手を結んだことによるこの発展は、間違いなく、これからのガスコにとって、新たな一歩足り得るに違いない──』
そう語った大統領のスピーチは、停戦後にラジオを通してガスコ全土に広まったことで、戦争で身も心も傷ついた人々の、今現在における新たな希望の灯になっているそうだ。
「ハァ……ハァ……お……お待たせしたのです……!」
ソックスが両膝に手を突き、肩で息をしながら答えると、いつもとは少し違った雰囲気の、より都会風な服装に身を包んだカイルが、呆れたように溜め息をついた。
「あのな、せっかく村から出て、観光したいって気持ちは分かるぜ?だけど、今オレ達には約束があるんだ」
「は、はい……『紳士たるもの、レディと約束は最優先』でしたよね……ちゃんと……はひ……覚えてはいるのですが……」
「もぐ……まぁまぁカイル~、そんなに急いだところで時間は十分にあるんだし、のんびり行こうよ~?……もぐもぐ」
そういってしょげるソックス君を、飾り気のないオーバーオールに身を包んだ、大柄な体躯のネコヒトの少年──ボロン君が、何かを頬張りながら満面の笑みで励ます。
その大きな両手に抱え込まれた紙袋には、チラリとそのかわいらしい形状を覗かせるほどに詰め込まれた、大量のプニオッシュを抱えていた。
「お前はどこでものんびりしすぎなんだよ!っていうかそのプニオッシュどうした!?」
「えっへっへ~、美味しそうな匂いがしてたから、つい買っちゃったんだ~。はい、ソックスの分も、カイルの分もあるよぉ~?」
「いらねぇよ!っつか街中で買い食いなんかすんな!みっともねぇだろ!?」
「えぇ~?でもせっかく焼き立てなんだし、どうせ食べるなら今食べたほうがおいしいと思うんだけどなぁ~……」
「あ!ならメイもたべたい!ボロンおにいちゃん、ひとつちょーだいっ!」
ふと、そんな彼らの横に先ほどソックス君を呼んだ、マルト君の帽子をかぶった少女──メイちゃんがニコニコしながらボロン君にプニオッシュをねだる。
「うん、いいよぉ~!はい、メイちゃんには一番大きくて美味しそうなのをあげるねぇ~!」
「わーい!ありがとう、ボロンおにいちゃんっ!」
「ふふ、どういたしまして~」
ボロン君からプニオッシュをもらったメイちゃんは、嬉しそうにきゃいきゃいとはしゃぎながら、僕らの周りをぐるぐると走り回る。
「こら、メイ、あんまり走り回ると転んじゃうし、迷子になっちゃうよ?ほら、お兄ちゃんと手をつなごう」
「はーい!」
「ふふっ、メイちゃんは本当にどこでも元気いっぱいね♪」
そう言って先行する彼らの背を見つめながら、ハンナさんは僕の隣でくすくすと笑う。
そんな、どんな場所でも、どんな時でも変わらない彼らの賑やかな光景に、僕はつい顔が綻んでしまう。
そう、これが彼らの日常なのだ。
そこに僕が居なくても何も変わることはない、ただそれだけの──
「──ンドさん……ウインドさん?」
呼びかけられて、ハッと我に返る。
「どうしたの?俯いていたけれど、飛行船酔いでもした?」
そう顔を覗き込みながら、ハンナさんが心配そうに見つめる。
「あ、ううん。大丈夫だよ」
「本当に?」
「うん」
「そう?ならいいんだけれど……もし気分が悪くなったら言ってね?お薬は持ってきてるから」
「うん……ありがとう、ハンナさん」
「いいのよ。みんなが笑顔でいることが、わたしの一番の幸せだから」
そう言って微笑むハンナさんをみて、ああ、要らぬ心配をさせてしまったな、と感じる。
さっきみたいに、色々と変なことで考え込んでしまうのは、僕の悪い癖だ。
僕としても、こんなことで悩む必要なんてないと思っているし、実際悩む必要なんてどこにもないんだろう。
けれど、どうしてもさっきみたいに、自分の必要性……[[rb:存在理由 > レソンデートル]]を考えてしまう。
なぜ、僕がここにいるのか。
なぜ、僕は生きているのか。
改めて考えても、キリがないような事ばかりだ。
(……けれど)
自然に、隣を歩くハンナさんを見る。
煌びやかなファラオの街にいても変わらない、自分というものをしっかりと持って、一歩一歩を今あること注ぎ、そしてそこから更に夢へと向かって歩いて行くハンナさん。
その姿は、ファラオどころかガスコ全土……いや、この空全てに生きるヒトと比べても、きっと一際輝いているのだろう。
「うん?どうしたのウインドさん、やっぱりお薬飲む?」
ううん、と首を振って、ハンナさんの目を見つめ返す。
その瞳には、確かに僕が映っている。
今まで、そこに僕が居なかったとしても。
そこに、理由がなかったとしても。
彼女の瞳はきっと、いつでもさも当たり前のように、僕を見つめてくれるのだろう、きっと。
だから。
「ありがとう、ハンナさん」
「え?」
「え?……あっ」
急にお礼を言われたことに、ハンナさんはきょとんとした顔をする。
その反応で、僕も一瞬戸惑い……すぐに、思うばかりで内容を伝えていなかったことに気付いた。
けれど、急に存在理由がどうとか言ってもよく分からないに決まっている。
しかも、いざ言葉にしようとすると自分でも難解すぎて、上手く言葉にまとまらなくなってきてしまった。
「あ、いや、その、ええっと、今ありがとうって言ったのはもっと別の事で、このありがとうは確かにありがとうなんだけど、これは別にさっきの話じゃなくて……」
……もう滅茶苦茶。
そんな風に頭を抱える僕の様子を見て、ハンナさんはくすくすと笑った。
「ふふ、おかしなウインドさん。じゃあ……どういたしまして、かしら?」
そういってなおも笑うハンナさんの様子に苦笑いを返していると、前の方からカイル君の大きな声が飛んできた。
「おいコラお前ら!シャカシャカ歩かねぇと置いてくぞ!特に──!」
そして、僕をビシッ、と真っすぐに指さしながら、
「そこのエクレア尻尾!!保護者として来てんならもっと俺たちの傍にいろって!!」
「え、エクレア尻尾??」
僕は自分の尻尾を手繰り寄せながら見つめる。
……確かにエクレア尻尾だ。
そう気づいてふっ、と笑う。突発的な呼び方にしては、中々愛嬌のあるニックネームだ。
カイル君からしてみれば、もしかしたら蔑称なのかもしれないけれど。
「あら、ごめんねみんなー!?さ、ウインドさん、行きましょう!」
そういって少し駆けだした後、ハンナさんは振り返って僕へと手を差し伸ばす。
その手とハンナさんの笑顔、そして向こうで待つ彼らを見て、僕はハッとする。
そっか。
ハンナさんだけじゃない。
あそこで僕を呼ぶカイル君も、その横で「ひとにゆびさしちゃメッ、なんだよ!」と注意するメイちゃんも、その手を繋いで苦笑いするマルト君も。
プニオッシュを頬張りながら、大きく手を振るボロン君も、その横でまぁまぁとカイル君を宥めるソックス君も。
ハンナさんだけじゃない。ちゃんと僕を見ている。
見つけて、くれている。
(そっか…!)
安易かもしれない。確証もない。
けれど、
けれど、それでも。
(僕、ちゃんとみんなの傍にいていいんだ──)
「……うんっ!」
ハンナさんの手を取って、二人で彼らのところに駆けだす。
また、色々悩んでしまうかもしれない。
けれど、この子たちと一緒なら。
僕は多分、見つけられるのだろう。自分が何者なのかを。
………
……
…
けど。
そんな未来への希望は、始めからなかったのだと──僕はこれから、否が応でも知っていくことになったのだった。
[newpage]
[chapter:──インターミッション──]
[newpage]
[chapter:『変わらないもの』]
[chapter:ウインド×ハンナ ]
「それにしてもハンナさん、服、変えたんだね?なんだか明るいっていうか、都会的っていうかさ」
街道を歩きながら、ウインドは横を歩くハンナの服をまじまじと見る。
ハンナの服は、今までの牧歌的かつ落ち着いた色合いの服から、まるで青空のような、ともすれば透き通る海のような色合いのワンピースへと変わっていた。
「ええ、せっかくの機会だからって思って。ただ、少し明るすぎるかも?って思うのだけれど……似合ってるかしら?」
「うん、とても。いつもは優しいみんなのお姉さん、って感じだけれど、その服だと都会の綺麗でおしとやかなレディ、って感じがして、とても新鮮な感じがするよ」
「あら!ありがとう♪ふふ、着て来てよかったわ!」
ハンナは足を止めてくるりと回ってみせると、まるでお嬢様がするかのようにワンピースの裾を持って、軽くひざを曲げてお辞儀をする。
するとウインドも、それにあわせるかのように片腕を腰に、もう片方の手を胸に当てるようにしながら、恭しくお辞儀を返し。
そのまま、2人はお互いの顔を見合わせてくすくすと笑い合った。
「それにしても、そんなに素敵な服、いつ買ったの?少なくとも、僕が村にいる間は見たことなかったけれど……」
「ふふ、実はこれ、この前パレシアに行ったときにカイルに見繕ってもらったの。でも普段着にするには、少し綺麗すぎるでしょう?だから、今回みたいな外行き用のお洋服にしようかと思って」
「ああ、だから僕は見たことなかったのか。なるほどね」
その答えにウインドは手をポンと打ち……何かに気付いたように「あれ?」と呟く。
「でも、それなのにその外套、まだ着てくれてるんだね。嬉しいけど、その……」
「あら?何か変?」
ハンナが首を傾げると、ウインドはやや慌てた様子で首と両手を小さく振る。
「あ、ううん!とても似合ってるよ!けど……せっかくのおめかしなんだから、無理に着てこなくてもよかったのになって思って」
それを聞いて、ハンナは一瞬キョトンとすると、ふふ、と微笑んだ。
「無理なんかじゃないわよ?むしろわたし、これが気に入ってるの。あの時ウインドさんがわたしに着せてくれた、あの温もりが感じられる気がして、ね♪」
「えっ!?あっ、えっと……」
ハンナのその不意打ち気味な言葉に、思わずウインドは顔を赤くしつつ、しどろもどろになる。
それを見て、ハンナはくすくすと笑い……ふと、ウインドと初めて会った時のことを思い出す。
(ミステリアスな雰囲気を漂わせているかと思いきや、実は恥ずかしがり屋の照れ屋さんで、でも、どんな時でもまっすぐで、心優しくて。
それでいて、みんなが少しずつ大人になっていく中でも、唯一変わらない何かを持ち続ける、不思議な人……)
「ねぇ、ウインドさん?」
「な、なんだい?」
「……変わらないでね、ウインドさん。わたし、そのままのウインドさんが、大好きだから」
予想外の言葉に、ウインドはぽかんと口を開けて少し呆けると……
やがて何かを理解したように笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。
「……うん。それで君を支えられるのなら」
そうして、2人は互いを見つめあうと……ただ静かに、微笑みあった。
Ad