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正直言って、退屈だった。
「おはよう、カイル!!」
「ああ、おはよう」
朝。学校に着いて自分の教室に入るなり、黄土色のスポーツ刈りをしたイヌヒトの──あれ、名前なんだっけ……まぁいいか。
男子クラスメイトが尻尾を勢いよく左右に振りはしゃぎながら、オレの傍で声を張り上げる。
いつものことながら、かなりうるさいし鬱陶しい。
「なぁなぁ、昨日のラジオ聞いたか!?あれすっごい後半盛り上がってさ──!」
「ワリィ、勉強してて聞いてない」
「はぁー!?お前もったいないぞあんなにすっげぇ面白かったのにーッ!」
「もうすぐテスト近いから集中したいんだよ……ってかお前、その調子で大丈夫か?またオレやアイツに“ノート貸してくれ”だなんて言っても絶対見せないからな」
「ええーッ!?そりゃねーだろカイルー!あれ見せてくんなきゃ、オレ赤点間違いなしなんだよーッ!!ほらドゥーシャ、お前もなんか言えって!?」
オレの肩を掴んで、ぐわんぐわんと勢い良く揺さぶりながらそいつが窓際の席に座している少女に向かって叫ぶ。
正直、せっかく整えた髪や服がヨレるから止めてほしいのだが、少し前まで何度か抗議しても、聞こえてないか忘れるかでどうしようもなかったから、今はもう諦めた。
「……ハァ」
そんなオレ達の様子を、ドゥーシャ、と呼ばれたネコヒトの少女はチラリと一瞥し小さくため息をつくと、橙色のショートヘアを軽く掻き上げながら、
「私も勉強してたから、ラジオ聞いてない。それに私はむしろ貸す方だから、見せられなくても全然困らない。以上」
と、まるで我関せず、といった様子で淡々と告げ、再び手元の本へと視線を落とした。
「……だってさ。お前もいい加減勉強しろよ?……えっと」
「シューだよ”シュー”!ってかその反応……!さてはお前!また俺の名前忘れてたろ!?」
「さぁ、なんのことやら……さーてと、オレは今日の予習でもしようかな?」
「はぐらかすなーっ!」
そんな騒々しい朝の一幕を過ごしていると、ホームルームの開始を告げるベルが鳴り、先程まで思い思いに過ごしていたクラスメイト達は皆、学級委員長の「みんなー!席についてー!」という言葉を受け、それぞれの席へと戻っていく。
少々賑やかだが、いつもの日常。変わらない日々。
ただ、それだけに──退屈だった。
[newpage]
──空に浮かぶ浮遊大陸、ガスコ。
大地と名を同じくするその国の中心には、“パレシア”と呼ばれる、周辺国の都市部と比較しても、特に産業、文化、多様性など各方面において随一の栄華を誇る、まさに“華の都”とも言うべき中央都市が成り立っている。
そしてガスコは、その都市を基幹として、様々な町や村を形成、発展させながらも、各所に溢れんばかりの豊富な自然を有し、まさにそこに暮らすヒトビトにとって「自由の地」の別名を語られるにふさわしい国家を形成していた。
……まぁ最近では、国外でそんな豊かな国を侵攻し、領土拡大を目論んでいるとかいう、何やら不穏な動きを見せている国もあるって噂だが……まぁ所詮、ウワサはウワサ。今のオレ達には関係ない、他所の国の話だ。
ホームルームで担任が今日のカリキュラムなんかについて話すのを聞き流しながら、フン、と鼻で軽く息を吐くと、オレは頬杖を突いたまま視線を横に映し、窓枠に四角く切り取られた青空を眺める。
今日も、ガスコの空は青い。
それこそ、一片の白雲すら許さぬとばかりに──どこまでも。
──っと、自己紹介が遅れたな。
オレはカイル。ネコヒトで、年齢は10。
[[rb:小学校>École Élémentaire ]]のなかでは、最高学年である[[rb:5年生 >CM2]]に当たるな。
年齢的に、来年はいよいよ[[rb:中学校 >Collège]]ってな感じだが……
まぁ、そんなことは今はどうでもいい。
問題は、この国のそんな場所に住んでいるオレがどうして、“退屈”だと感じているかだ。
……結論から言うと、オレにもわからない。
漠然とただ、胸の内には、虚無感というか……不思議とどこか、満たされない感覚があった。それだけだ。
それについて、正直、長々と言うべき理由も、心当たりもない。
ただそこに存在する、中々埋められないほんの小さな、心のスキマ──
ある意味、何でも揃うこの街においては、こんなのはとても贅沢な悩み、とも言うべきものなのかもしれないが。
(家に帰れば、“アイツ”のおかげで考えなくて済むんだけど……なんかこう──色々なことが簡単に吹っ飛ぶような事、起きねぇかな……)
ようやくホームルームがおわり、授業のテキストとノートを机上に広げながら、何の気無しにそんなことを考える。
例えば、空から隕石が校庭に落ちてきたとか、いきなり雪や台風がやってきた─とか。
……あ、台風はカンベンしてほしいな。雨だけならともかく──いや、雨もイヤだけど──風もセットで付いてこられたら、せっかく整えた毛並みとヘアスタイルがめちゃくちゃになるし。
雪も、窓から眺める分には良いけど、積もったりした時がめんどくさい。
特に、雪掻きなんかの除雪作業は、寒いのが苦手なネコヒトにとってはまさに拷問とも言うべき作業だ。
──とはいえ、そんなことが突然起こり得ることなんかなく。
極めて普通の、いつも通りの学校での時間が流れていった。
[newpage]
「ただいま」
学校が終わり、やや日が傾き始めた頃。
家に着いてから、玄関で抜け毛なんかをローラーで丁寧に取り除くと、この時間はキッチンでいつもの様に紅茶を淹れている母さんに声を掛けた。
「あら、お帰りなさい、カイル。丁度お紅茶が淹入ったのだけれど、一緒にどうかしら?」
そう言いながら、母さんはティーカップを2つ用意すると、自分のカップにゆっくりとティーポットで紅茶を注ぐ。
今日はカモミールだろうか。注がれたカップから漂う、独特ながらも甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
だが、オレの部屋でオレの事を今か今かと待ってくれているであろう“アイツ”の事を考えると、そうゆっくりはしていられない。
「いや、遠慮しとくよ」
苦笑いを浮かべつつ手をひらひらさせながら、「大丈夫」のジェスチャーを取ると、母さんはいつもの様に柔和な笑みを浮かべながら、手にしていたティーポットをテーブルに置いた。
「あら、そう?それじゃあ飲みたくなったらティーポットにまだあるから、いつでも言ってね」
「ありがとう、母さん。それじゃあ宿題が終わったら一杯頂くよ」
そう言い残して、オレは自宅内の階段を上がっていく。
2階には、階段を上ってすぐに廊下を挟んで自分の部屋のドアがあり、その廊下が続く途中にはたまに父さんが籠る書斎、そして突き当りには両親の寝室がある。
昔は、父さんの書斎に真っ先に向かっては、部屋の壁一面に所狭しと敷き詰められ、四方を囲んだ本棚から仕事用の本を適当に見繕っては読み、その度に意味の分からない専門用語や機器も読みも慣れない言葉や数式たちに目を回していたが……
まぁ、昔の話だ。……ほんの数年前だけど。
そんなことを思い出しながら階段を昇りきると、オレは目の前のドアノブを捻り、扉を開けながら「ただいま」と、誰も居ない部屋に本日2回目のただいまを言う。
すると、ドアを開けてすぐ脇から「チチチッ」という声が、そう広くない部屋に響いた。
「よう、元気にしてたか?」
部屋の窓際に寄せて置いてある、所謂学習机の脇に教科書が詰まった手提げバッグを下ろすと、オレは部屋の入り口横に設置された鳥籠へと声を掛ける。
すると、チチッ、とまるで返事をするかのように青い羽根にほんのり黄色みがかかった嘴を携えた小鳥が、鳥籠の中から一鳴きした。
そのまま小鳥は、鳥籠の中に吊られた止まり木からぴょんっと跳び降りて籠の格子状になっている入り口近くに陣取ると、ぴょんぴょんと跳ねながら、早く開けてほしい、と言わんばかりにこちらを催促する。
「よしよし、わかった、わかったって」
小鳥の期待の眼差しを受け流すようにしながらオレは、小鳥を驚かせない様にそっと籠の扉を開けると、その出口の傍に左手の人差し指をそっと近づける。
その仕草に小鳥は、待ってました、というようにひょいっと指に飛び乗り、羽をばさばさとその場で仰ぐようにはためかせ、嬉しそうに囀り始めた。
「ははっ、お前はいつでも元気だな」
そう言いながら頭を右の人差し指でちょいちょいと撫でてやると、小鳥は心地よさそうに目を細めながらその身を委ねる。
この小鳥には、名前はない。
……いや“付けられていない”と言えば正しいのだろうか。
父さんが「仕事関係で知り合った人が里親を探していたから譲ってもらったんだ」と言い、雛のまま親から離されて鳥籠に入ったこいつを「ちゃんと世話するんだぞ?」と、オレに押し付けて数年。
鳥どころか動物なんてロクに触れてこなかった自分にとっては、雛鳥の世話なんて大変なんてもんじゃなく、餌のやり方も、フンの処理も、接し方も毎日まいにち四苦八苦しながら、あーでもないこーでもないと試行錯誤しながら、学校の図書室でそれっぽいことが書いてある本を片っ端から集めて読んでは、合いそうなやり方を懸命に試す日々。
父さんに胸を張りたい、期待に応えたい、という想いもあったが、とにかく当時のオレは、この目の前の小さな命を明日も生きられるようにする、ということで頭がいっぱいで──気付けば、名前を付ける余裕も、タイミングも失くしてしまっていた。
だがその甲斐あってか、そういう毎日を繰り返していくうちに、こいつにはこのやり方があってるかもとか、こうするとなんだか喜んでくれてるとか、そう言うのが分かってきて。
ついでに、その図書館通いの様子が目に留まったのだろうか。図書館にいつも入り浸っていた奴が本探しで協力してくれたり、オレがふと無意識に漏らした独り言を聞きつけて、鳥仲間だ、なんて言って急に距離を詰めてくる奴もいて。
最初は小鳥の命を繋ぐことで必死だったはずなのに、気付けば、それまで友達なんてロクに居なかった俺の周りにそいつらを始めとして、少ないけれどそれなりに友達が出来ていた。
「ホント、ずっとオレ一人でもよかった……なんて言うとウソになるんだけどな」
小鳥を肩に乗せ、母が活けてくれた花瓶の花を一輪抜き取り小鳥に近づけると、小鳥はそれを咥え、まるでおもちゃを貰った子どもの様に肩の上でそれを左右へリズミカルに振り回し始めた。
「ちょ、はしゃぐな、はしゃぐな!?痒いって!」
小鳥が大きく全身で振りかぶるたびに、花びらの部分と茎の部分が交互に首に当たり、くすぐったいやら痒いやらで滅茶苦茶な感触だ。
堪らずオレは載せている肩とは逆の手で、そっと小鳥を掬い上げるように持ち上げる。
暴れるか?とも思ったが、小鳥は意外と落ち着いた様子で受け入れると、そのまま下ろした先の机の上で再び踊る様に花を振り回し始める。
「まったく、お前ってヤツは……いつもそうだけど、少しはオレを見習って、落ち着いた紳士にだな──」
あまりの元気さに呆れた表情を見せると、小鳥はオレの視線に気付いてか、咥えていた花をそっとその場へ置くと、じっ……とオレの目を見つめ返した。
いつもなら散々喜び倒した後に啄んで食べるほどに、こいつにとっては好物のはずな花。
それを渡したオレへと、手を……もとい、嘴を付けずに返すとは、中々珍しい。
「……もしかして、プレゼントしてくれてるのか?」
そういうことなら、と小鳥の目の前に置かれた花を手に取ると、小鳥はやった!受け取ってもらえた!とばかりにその場でぴょんっ、と跳ねると、喜びを表すかのように机上をチャカチャカと音を鳴らしながら、駆け回り始めた。
推測からの行動だったが、どうやら正解だったようだ。
……にしても。
「プレゼントなんて、確かに紳士的ではあるけれど……」
手元の、例え振り回されようともたおやかに己を保つ花と、相変わらず無邪気に飛んで跳ねて駆け回る小鳥とを交互に見て、フッ、と口元を緩んだ。
「流石に、受け取ってもらえたからってその場ではしゃぎ回るのは、紳士とは言えないな?」
果たして、本当にプレゼントだったのか、そうでなかったのか。
まぁ、仮に気持ちを聞けたとしても、こいつは首を傾げるだけかもしれないが。
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「そういえば……」
小鳥を机の上で遊ばせながら宿題を進めつつ、シューにまた見せてくれだなんて言われたらどうあしらおうかと考えている内に、ふと父さんの事を思い出した。
あれは確か、小鳥の世話が出来る様になって、シューやドゥーシャといった友人も出来た頃だろうか。
普段は自分の会社で寝泊まりする父さんが、何か月かぶりに会社から家に帰ってきた時に、オレは父さんの書斎で、それまであったことを沢山話した。
中でも、自分の中のビッグニュースとして、小鳥の世話が出来るようになったこと。なんだかんだで小鳥を通じて友人が出来たことの二つは、特に熱烈に語ったことを覚えている。
そうして父さんはうんうん、と頷きながら話を聞いてくれて──そうして話し終えると、父さんは「そうか、よくやったな」と笑って俺の頭を撫でてくれたっけ。
その時確か、こんなことを言っていた気がする。
『いいかカイル。小鳥の世話も、その中で色々と試行錯誤したことも、その中で協力者や繋がりができたことも。全部ぜんぶ含めて、それ自体が小さな仕事のようなものだ。
お前が将来、父さんの後を継ぐのか、別の仕事をやるのかは分からない──が、お前がこうして得た経験は必ず、どんな仕事においても役立つ。人生を生きる上でもだ。
それを忘れるなよ』
と、いつもの様にいつもの様に優しい顔をしながらも、あの時の父さんは、どこか大人というか──オレを、同じ“仕事”をする対等な存在として見ているような眼をしていて。
離す内容は何となく理解していたけれど、そんな風にとても真剣な眼で話す父さんを、オレは初めて見たのを覚えている。
「懐かしいな……」
手元のペンをくるくると回しながら、ぼそり、と呟く。
今でも正直、繋がることの大切さ、とか、仲間や友達がどうの、だなんて、オレにはいまいちピンとこない。
けれど、父さんの言葉は言葉以上に何かとても大切な意味を含んでいる……という事だけは、ちゃんと分かる。
それさえ分かっていれば、なんだかんだ言ってまだ11歳なんだ。
きっといつか、頭だけでなく身をもって、それを理解できる時が来る……と、思う。
「そうだよな?」
まるで尋ねる様に小鳥に話しかけると、当の本人(本鳥?)は「なぁに?」と首を傾げる様にしながらこちらを見つめてくる。
「ははっ、ま、分かるわけないよな」
そう言って、小鳥が乗っている目の前を爪でコンコン、と鳴らすと、小鳥はワンテンポ遅れながらそれに合わせる様に、その場でタンタンタンッ、と飛び跳ねる様に、足元の木板を鳴らした。
こいつは、こうして遊んでもらうのが好きらしい。
けど、夢中になっているときにこちらが指を鳴らさなくなると「遊ぼう?遊ぼう?」と何度か飛び跳ねた後、「遊んでくれないんだ……」と言わんばかりにしょんぼりすることがある。
そこでもう一度コンコン、と鳴らしてやったり、撫でてやったりすると、とても嬉しそうに跳ねたり、目を細めて喜んでくれたりする。
他の動物と比べて表情がない割に、身体全体で感情を表すから、こう見えて結構表情豊かだ。
普段、取り繕ってばかりで感情をストレートに出すことがないオレ達“ヒト”にとっては、それが妙に新鮮というか、見ていて気持ちがいい。
……まぁ、シューなんかはシッポも合わせて結構感情表現しまくるが。
「さて、宿題は終わりっと」
仕上げた宿題のレジュメをファイリングし、うーん、と伸びをしながら時計を確認すると、16時30分ほど。
これなら夕食までに、復習も予習もこなせそうだ。
「少し休憩したら、またやるか」
ふわぁ、とあくびをしながら背もたれに身を預けると、丁度目のあたりに眩しい光を感じて、思わず目を細める。
そのまま薄目で確認すると、丁度夕日が立ち並ぶパレシアの建物の間から顔を覗かせつつ、沈んでいくところだった。
この時間から沈むなんて随分早いな、と思い、卓上にあるミニカレンダーへと目を移すと、予め赤く丸で囲んでおいた、冬入りを示す日が近付いているようだ。
(ほんと、[[rb:“光陰矢の如し” > Le temps file]]だな)
……我ながら少し、爺臭い例えだったかもしれない。
毎日が繰り返しで、いつもの会話に同じような返事を返すような、退屈な毎日。
でも、この小鳥と過ごし始めてから……本当に色々と変わった。
埋まりはしなくても、心の中で風穴を作り続けている『退屈』さなんて、感じさせる暇も、そんな瞬間すらもないくらいに、いつも驚きと笑顔を忘れないで居させてくれる──なんだかんだ賑やかで喧しいけれど、けれど何物にも代え難い、大切で楽しい時間。
(ずっと、は無理でも……せめて、少しでも長く続いてくれたら、オレも何かが変わるのかもな)
確信はない。
けれど、長い人生だ。いつかは気にならなくなるだろうし、いつの間にかそういう事なんて、忘れるのかもしれない。
そんなことを思いながら、オレは両手を組んでうーん、と前に伸ばしてストレッチをすると、ふぅ、と一息ついてから教科書とノートを開き、再びペンを取る。
「さて、休憩終了──やるか!」
そう呟きながら、広げたノートに颯爽とペンを走らせ始めていく。
──だけど、オレは気付いてなかった。
楽しい時間も、かけがえのない時間も。
オレが朝思ったように、唐突で。
それでいて、地平線に夕日があっという間に沈んでしまう様に。
──簡単に、終わってしまうんだってことに。
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