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バスの中にて

  「ことの発端は、昨晩の出来事までさかのぼる」

  [[rb:三八 > さんぱち]]はやたらかしこまった物言いで一人語り始める。行く先も降りる先もまだ知らされていない民営バスの[[rb:最後部 > さいこうぶ]]、そこを僕たち一行は半ば独占していた。過剰なまでにきいた冷房は八月の外気に[[rb:茹 > う]]だった身体へスンと[[rb:沁 > し]]み入り、寝不足に煮えたぎりつつある脳内をほんのすこし落ち着かせてくれる。後部座席特有の揺れさえなければいくぶん気分はマシになるだろうか。車窓を流れる風景は住宅の群れをぬうように進むにつれ姿と形を大きく変え、まるでどこか見知らぬ街へと導かれている気がしてならなかった。

  ヤツの言い草を要約するに以下の通りとなる。

  まず昨日の風呂上がり、スマホの画面に見知らぬ通知が表示された。数日前あんなことがあったにもかかわらず不注意だったと本人はかなり反省しているみたいだけれど、お風呂上がりといった誰とてリラックスするであろうタイミングでそんなものが来たら警戒するほうが難しいと思う。

  「イッサとリクトなら大方これでどうなったかわかんだろ? あれよあれよと操作を受けつけなくなって、スピーカー越しにできれば二度と聞きたくなかった“[[rb:野郎 > ヤツ]]”の声が発せられたのさ」

  「……なんて言われたんですか?」

  いかにも申し訳なさそうに指先を合わせてうつむく三八をなだめようとしてか、[[rb:陸斗 > りくと]]はすかした口調で問いかける。

  「『[[rb:人行潟 > にんぎょうがた]]三八、唐突だが招集をかけて欲しい!』ってな。ホント思い出すだけで[[rb:虫唾 > むしず]]が走るぜ」

  ハッキングを用いたあの研究所からの連絡、どうにも向こうは他に手段が選べることを知らないらしい。やはり電話口に出たのは所長を自称する[[rb:那仂 > なりき]]とやらだった。一体なんのつもりかはじめはいぶかしみながら主張を聞いてみるも相変わらず中二病全開なことが災いして、まったく話の本筋がつかめなかったそうだ。

  「確か研究員がなんとか共に世界をどうとか、とにかく電波じみたことを早口で言い放題されちゃオレでもまいっちまうワケだ。通話をブチ切れないことがこん時ほど忌々しく感じられることは、そうそうないだろうな」

  [[rb:余市 > よいち]]は操作不能のスマホなる機械じかけに興味がそそられたのか、率直な疑問をぶつける。

  「再起動のコマンドは試したのか? 最悪、[[rb:SIM > シム]]カードごと引き抜いて通信自体を遮断させる手もあったと思うんだが」

  「直接的な方法を提案するあたりがヨイチらしいな……スマホが壊れるのが怖くてとてもじゃないけどできなかった」

  一方通行の講釈垂れに要領を得ない状況へしびれを切らしそうなことを向こう側は察したのか、ヤゲンさんが代わりに受け応えを担当した。つまるところ、那仂は先日の一件に関して謝りお礼をしたいとのことだ。三八は当初、“お礼”という言葉が悪い意味でのお礼参りを連想させていよいよ警察への通報を思い立ったらしい。けども、なぜか僕と陸斗の他にもあと一人だけ誰か誘うことはできないかなどと注文され思わず拍子抜けしてしまったという。予期せぬ要求が妙な具合に緊張をほぐして、不意に口をついて出たのが余市の存在だった。

  「ヨイチならおそらく荒事には慣れっこだから大丈夫かもってあん時のオレはとっさに考えたわけなんだが……その。面倒な事態に巻き込んで悪かったと思っている」

  「いいや。別に気にしちゃいない。[[rb:一朔 > いっさ]]と三八には恩があるからな、むしろ俺の腕を買ってくれたことに感謝する」

  「聞いたところによると余市さんは相当な怪力無双だそうですね。自分でいうのもなんですが僕は虚弱体質なので、なんだかうらやましい限りです」

  陸斗の発言ではなくたぶんその口調に余市は、ほんの一瞬眉をひそめる。けどすぐさま無表情に戻って仕方がないとばかりに深くため息をついた。

  「……敬語は基本あまり好かないんだが、陸斗は一朔と違って根っからその言葉遣いみたいだな。だったらあえて無理強いはしないでおく」

  僕と余市と陸斗。どうにか三人の名前が挙がったことにより、ヤゲンさんはそれぞれに通達してもらいたいと三八に頼み込んできた。と、ここで根本的な問題を見落としていたことに気が付いてしまう。幼なじみの僕は例外として残り二人の連絡先を知らなかったのだ。

  「思えばヨイチもリクトものんきにアドレスを交換できる巡り合わせじゃなかったよなー、だからせっかくのお願いとてこれじゃ難しいと向こうさんに伝えるしかなかったってことだ」

  がしかし。そこは研究所だ。ただで終わらせる気は毛頭ない様子で、とうとう両者のアカウントを特定できるかもしれないといった旨を伝えてきたのだった。三八はその返事に戸惑いを隠せないのと同時にどこか納得する自分を感じたという。あの日あのような芸当をしてみせたのは那仂ではなくヤゲンさんだったのだろう。

  「でも、よくまあ法に抵触する行為を公的であろう施設の研究者が平然とやるよね」

  「オレらだって似たようなもんだろ? 廃病院の爆破炎上なんて放火と大して変わりゃしないし」

  「ちょっと。いくら最後部座席だからってここ、バスの中なんだけど」

  クソ。また思い出したくもない記憶の数々が掘り起こされる。ヤツの頭にはTPOという概念が本当に存在しているのか疑いたくなった。

  「え。廃病院の爆破炎上?? お二方、一体なにを……」

  「ああ例の事件か。安心してくれ。俺の知る限りではまだバレちゃいない」

  「余市さんも?! 一体全体なんだっていうのですか!!」

  ……正直いえば、陸斗にこのことを話すべきではないと個人的に思っている。きっと詳細に語り明かした日にはお約束の失神は避けられないはずだ。やや心は痛むけれど、どうか許してくれ。

  話は元に戻る。結論を急げば、陸斗の電話番号はあっさり判明した。どうやらアカウントを削除した際に生じた残りカスをたどってデータをかき集めて、個人情報を復旧する技術があるようだ。ヤツがいくつかヒントを述べてものの見事に的中させたのだから驚く以上に恐怖する他ない。

  問題は余市のほうだった。情報がほとんどない上にそもそもSNSをやっていない可能性を考慮すると特定作業は困難を極める。まして個人のメールアドレスや携帯番号を広大なインターネットの[[rb:海原 > うなばら]]から見つけ出すことは、ほぼほぼ無理といっても過言ではなかった。事態が行き詰まる[[rb:最中 > さなか]]ここではたと三八は別のやり方を思いつく。ない知恵をしぼって編み出した案、それはアオイさんを介して余市に連絡するというものである。アオイさんみたいないわゆるキラキラした人であれば間違いなくSNSの一つや二つやっているだろう、とこれまた偏見を地でいくような目星を立てたとのことだ。第三者として聞くにいかんせん根拠が弱い気がしてならないけれど、その場においてもっともマトモな方針であることは確からしかった。アオイさんの思い当たる特徴をポンポン列挙していくにつれて、釣り竿は予想だにしなかった獲物を引き当てることになる。某大手SNSにてインフルエンサーとして活動するアカウント、アイコン部分に見覚えのある人間の女性がバッチシ映っていたのだった。

  「え。アオイさんって企業の広告塔みたいなことやっているの?」

  「そうだ。俺も詳しいことを知らないがアオイはたびたび機材を持って都内に繰り出し、各店舗に依頼されて商品やブランドの宣伝と拡散を行っている。おそらく企業国家に認められた夏季休暇中の女子大学生という身分には、日本のお偉いさんを[[rb:虜 > とりこ]]にする特別な魔力があるのだろう」

  「はぁ……」

  三八に話しかけたつもりが余市がいつにも増して[[rb:饒舌 > じょうぜつ]]になったものだから、僕は生返事するしかない。なんだよコイツ、寡黙かつ無骨なフリして話題に挙がればすぐ自分の年上の彼女を自慢するじゃないか。なにが“詳しいことは知らないが”ってんだバンカラ野郎めけしからん、と嫉妬の炎が心の中でメラメラ燃え盛る。尻尾が今にも暴れたがっているのを必死にこらえた。

  「ほらイッサ、これが証拠だぜ」

  そこへ毛並みを[[rb:逆撫 > さかな]]でして僕のイラ立ちを加速させるかのごとく、ヤツは中腰でしゃしゃり出て画面を見せびらかす。[[rb:失 > う]]せろアホが、と反射的に言いかけそうな口をつぐみ発光する液晶に目をやるとフォロワー数およそ二百万なる素人目にもトンでもなさがわかる桁が飛び込んできてしばらく凝視する。本当にアイコンがアオイさんその人そのままの笑顔だ……余市とはいつ、どこで出会ったんだろうか。ふと、そんな率直な疑問がおもむろに浮かんでくる。ただ一つ僕が確実にいえるのは、アオイさんのアカウントがお金配りのそれでなかった事実に心底[[rb:安堵 > あんど]]したことくらいだった。

  「バスの走行中に立つと危ないよ」

  「わかっているっつーの。……すこしは目、覚めたか?」

  陸斗には電話を、余市にはアオイさんを経由したDMをすることによりそれぞれへコンタクトができると判断したところでヤゲンさんは集合時刻を指定してハッキングを終わりにしようとする。だけど三八にはどうしても引っかからない箇所が二点ほどあった。一つは、なぜヤゲンさん本人が直接連絡しないのか。もう一つはどうしてわざわざ三八のスマホを選んで干渉してきたのか。空白の時間がしばし流れて、最初の質問にはもし自分がアクセスすると間違いなく怪しまれるからだとヤゲンさんは返す。

  「二つ目は?」

  「それが『[[rb:流石 > さすが]]にお答えできないっすよ〜』、とさ。あのちぐはぐキメラ野郎ふざけてやがるぜ」

  「うわわ……純粋に怖いですね」

  結局、研究所の真意は不明のままスマホは正常な動作を取り戻した。あとに残されたのは陸斗の電話番号と、余市に通じるであろうアオイさん宛のDMフォルダだけ。すっかり湯冷めした身体でどうしたらいいのやらと途方に暮れたらしい。言いなりに行動すれば向こう側の思うツボであり、聞かなかったことにすればなにされるか想像すら及ばないという苦境。考えあぐねた末、最終決定の決め手となったのは僕たち四人の反骨精神と爆発力を信じることだった。この面々なら大丈夫、相まみえてまだ間もないもののなんとかなる。自身をそう納得させてヤツはいざ重い腰を上げた。

  「——そして現在、全員が集結した状況に至るって経緯だ」

  窓から見える景色はとっくに住宅街を抜け山肌が迫るものへと様相を新たにしている。かれこれ20分は揺られっぱなしで乗り物酔いを我慢するのに精一杯だ。バスに乗り席に座れば多少睡眠をとれるかもと思っていたけどついヤツの話に聞き入ってしまった。今や、ほおの毛をくすぐる冷風も寒気を引き起こす要因に他ならない。

  「昨夜の着信が三八さんからだったのはホントびっくりしましたよ、研究所について切り出されたときは結構うろたえましたけど一朔さんも一緒だと聞いてなら問題ないかなと思ったんです」

  「アオイが前に用心棒をやってもらったオオカミの子から連絡が来ているといってなんだと思えば三八が出て安心した。その研究所の正体に関してはわからないができる範囲で力を貸そう」

  夏休みにおける中学二年の男子はそれこそ、人生で一番といっていいほど暇を持てあましていることはもはや疑う余地のない一説だ。でも、これではいくらなんでもノリが良すぎやしないか? 見え透いた[[rb:罠 > わな]]かもしれないのになぜこうも僕以外は楽しそうにしているのか理解できなかった。

  あっ——そういえば。

  「あのー、昨日の夜なんで自分にだけ連絡して来なかったの?」

  ヤツが散々喋った内容とは、くだいていうなれば余市と陸斗に急いで連絡をするためヤゲンさんと協力して様々な情報をかき集めたという話になる。とするとはなからアドレスを知っている僕へこそ真っ先に電話なりメールなり送られてくるはずだ。しかし実際に三八からの着信を拾ったのは今朝のことだった。

  「あーその件なんだけどオレ、イッサに電話すんのすっかり忘れていてな。なんだかんだ[[rb:米才 > よねざえ]]駅に一番近いのはイッサん家だろ? だから朝にかけても大丈夫かなーと思ったってわけさ」

  「一朔さんは自転車通学ですものね。電車を待つまでもなく自分の足があるって、素晴らしいことじゃありませんか」

  「学校が地元にあるというだけで一朔にはすさまじい利点があるぞ。今日のようにいきなり誘いを受けたとしても間に合うのだから大したもんだ」

  「…………」

  きっと表情には出ていないけど青筋がプツプツと音を立てて浮かび上がっているのが自分の感覚でわかる。なんだろう、腹の虫がコイツらの全身に今すぐ油性の黒ペンキを塗りたくって強引に炎天の下をフルマラソンさせたいといっている。そうすればすこしは僕の気持ちが[[rb:如何様> いかよう]]なものかその身をもって体感していただけるかと思う。[[rb:喧嘩 > けんか]]上等、売られたものは買ってやるのが作法だ。必ずや[[rb:一矢 > いっし]]報いて泡を吹かせてやろうじゃないか。

  『まもなく、[[rb:停 > と]]まります』

  ここにきてこれまで沈黙を貫いていたアナウンスが鳴り、いつの間にか沈んでいた意識がグッと引き戻される。気づけば元々まばらだった車内には僕ら一行と運転手が残されており、ヤツは停車ボタンをひたすら連打していた。

  「荷物は確認しとけよ。次の停留所で降りんぞ」

  「了解した」

  「はい!」

  「……うん」

  まただ。怒りの感情が膨張する[[rb:行方 > ゆくえ]]を[[rb:失 > な]]くして、空気が抜けた風船のごとくしぼんでしまった。どういうわけか僕の怒りは現実へ形を成す直前に穴が空くようコントロールされているみたいだ。それが[[rb:生来 > せいらい]]の性格によるものなのかはたまた何者かに刷り込まれたものなのか、自分のことなのによくわからない。ただこれのおかげで人付き合いに[[rb:軋轢 > あつれき]]が生まれにくいことも事実らしかった。

  ププー ガチャ

  ドアが開くと外の空気がバスの奥へブワッと広がり熱風に乗せてカンカン照りのニオイを運んでくる。降車するため通路を三八、陸斗、余市、僕の順に進んだ。

  葉月の[[rb:朔 > ついたち]]。なんてことのない月のはじまりの日。この先の、待ちわびた夏の一幕はどんなふうに展開してゆくのだろうか。あらゆる考えが広がる中、ついに僕はその舞台へ降り立った。

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