「貴和、一緒にいない?」
千秋さんがそう提案してきたのは、ほんの数時間前だった。
「一緒に○○しない?」とかならまだ分かるのだが、「一緒にいない?」というのは何だか違和感がある。
とは思いつつ、寂しがり屋な俺は快くその提案を受け入れ、リビングのテーブルでそれぞれ、千秋さんは仕事、俺は課題と作業をしているのだが…。
「……」
「……💦」
珍しく、難しい問題があった。
今は冬休み。
年末までに課題を終わらせたい俺は、そこそこの課題と睨めっこをしていたが、一番量が多い国語から始める事にした。
その中で引っかかったのは、「何故、人は生きるのか」。
俺自身、答えを探しているからこそ、見つからない。
固まっていると、真剣にキーボードを叩いていた千秋さんが俺に視線を向けた。
「何か難しいものあったの?」
「……ぇーっと…」
千秋さんは今仕事中だし、こんな問題で千秋さんの手を煩わせるのも…と思って俺が尻込みしていると、千秋さんがパソコンを閉じて冊子を覗き込んできた。
「っ!ぃ、いいです…こんな事で千秋さんの手を煩わせるのもアレですし…💦」
「こら、貴和?“こんな事”なんて言わない。」
「っでも…」
「こーら?」
「は、はぃ…」
この間のちょっとした不安定事件から、千秋さんは俺の自分を傷付けたり追い詰めたりする言動に特に厳しくなった。
当然と言えば当然なんだけど、やっぱり癖になってる分お仕置きの回数が増えそうで怖い…💦
「…で、どこに引っかかってるの?」
千秋さんにそう聞かれ、俺は問題を指さした。
「これです…」
「〔何故、人は生きるのか〕…なるほど」
「……難しくないですか…?」
「確かに難しいかもしれないね。」
千秋さんは顎に手を添えて考えていたけど、少しして、口を開く。
「うーん…私は、生きる意味を探す為だと思うな。」
「…生きる意味…」
「そう。何で私は生きているんだろうって疑問の答えを見つける為に、毎日過ごしているんじゃないかな。
何気なく過ごしていても、ふとした時にあ、これが生きがいだ、私はこの為に今まで生きてきて、これからも生きていくんだって思える何かが見つかるかもしれない。
それをゆっくり探していくための、長めの人生だと思う。」
「……そっかぁ…」
「…貴和はどう思う?」
「…うーん…」
〔何故、人は生きるのか〕…か。
千秋さんの言葉もそうだけど、もう少しロマンティックに考えるなら、運命の人を探す為、かな…(苦笑)
ロマンティック過ぎるかもしれないけど、運命の人っていると思うし、、実際俺にはいた。
「…運命の人を探す為、じゃないかと思います。」
「良いね!ロマンティックだ。」
千秋さんは満足そうに微笑む。
「貴和は運命の人いる?」
「…はい。」
千秋さんも、ある意味運命の人だけど、あの人には勝てないな…(苦笑)
「…前の恋人が、そうだったんじゃないかと思います。
5年前、事故で死んだんですけど…」
「……そうだったの。」
「俺を庇って、歩道側に突き飛ばして、轢かれました。
だけど何でか、状況も何も知らないマスコミが、俺を殺した犯人に仕立て上げちゃって、暫くの間行方を眩ませたり、死のうとしたりした事がありました…。」
「……そっか…」
「彼女は、、レイラさんは、俺の運命の人だったんじゃないかと、そう思います。」
「…レイラって、人気歌手の?」
「はい、あのグループに、俺も入ってて。
今どうなってるのかは、分からないけど…」
「メジャーデビューして、かなり人気だよ。
新しい曲もどんどん上げてるし。」
「……」
そうなんだ…。
皆、前向けてるじゃん笑
歩けてるじゃん。
動き出せてないのは、俺だけか。
どんなに悲しい出来事が起きても、時間は止まってくれないし、周りも前に進み続ける。
俺が追い付くしかないんだ。
俺が、皆のその背中を追うしかない。
そうしないと、どんどん置いてかれるだけになる。
取り残されたら、多分俺は生きていけない。
「……」
「…何かあったの」
確信的に聞いてくる千秋さんは、やっぱり勘が鋭いなぁ。
「…キツいです…」
「…何が?」
「……みんな前に進んでる…俺だけ……」
胸が苦しいし、痛い。
多分俺は、今まで皆が進み続けてる事から目を逸らしてたんだ。
だから余計、認めた今、胸が痛む。
現実から目を背けても、その事実が無くなったりすることはなくて、結局いつか突き付けられるなら、目なんて逸らさなきゃ良かった。
あぁ、苦しいなぁ。
この苦しみは、あの時逃げた罰なのかな。
必死にレイラさんの死に向き合おうとする仲間から逃げた、罰かな。
だって、ね?
受け入れられなかったんだ。
自分の恋人が死んだなんて。
腕の中でだよ?
俺を庇って死んだんだよ?
そんなの受け入れられる訳なくない?
俺当時11歳だよ?
まだ小学生なのに、そんなの受け入れられないよ…。
ただ、レイラさんの冷たい身体を抱き締めて、泣き喚くことしか出来なかった。
星の綺麗な夜空に、あの東京の交差点に、俺の泣き声が響いていた。
話す度に口から零れる血を、全身から流れる血を、止めるすべもなく、段々と光を失っていく瞳を、戻すすべさえ知らなくて、ただ抱き締めて、ただ揺さぶるしかなかった。
『レイラさん!』
『レイラさん!!』
『レイラさんっ!』
頭の中に文字が溢れていく。
嫌だ、死なないで。
お願い。まだダメなんだ。
俺、レイラさんがいないとダメなんだよ!
一緒にいてよ、こんな世界に置いて行かないで!!
「っ……」
きつく唇を噛む俺に、千秋さんはただ隣にいてくれた。
両手で顔を覆い、溢れる涙を堪えようと努力しても、指の隙間からボタボタと落ちていく。
「っ……ぅぅ………」
恋人との死別。
それがどれだけ苦しく、辛く、寂しい事か。
「ぅ……あぁ……」
何度叫んだだろう。
何度名前を呼んだだろう。
何度夢だと思おうとしたか。
「っあぁあ"あぁ"!!」
限界になって、喉を潰さんばかりに叫んだ俺を、千秋さんは強い力で抱き締めた。
一緒にソファーから降りて、床に座り込む。
「うわあああぁ!!」
いなくならないで欲しかった。
傍にいて欲しかった。
いつまでもあの笑顔を見せて欲しかった。
あの瞳で笑って欲しかった。
時に叱って欲しかった。
レイラさん、レイラさん、レイラさん。レイラさん!
苦しいよ。
レイラさん。
会いたいよ…寂しい…。
何で会えないの…?
ねぇ、、何で俺を、置いて行ってしまったのっ………?
「……なんでぇえ……逝かないでよぉお!」
泣き崩れる俺を、千秋さんは何も言わずに抱き締め続ける。
ごめんね、他の人の名前なんか呼んで。
傷付けてごめんなさい。
だけど今は…浸らせて。
あの思い出に。
俺が立ち止まっても周りは何一つ変わらなくて、ただ周りが俺を追い抜いていく。
それが怖いから、今まで目を逸らしてきたけど、そろそろ向き合う時なのかもしれない。
…それでも尻込みするのは、もう既にかなりの遅れを取っているからで…。
「貴和。“Look”」
不意に凛とした響きの千秋さんの声が聞こえた。
Command通りに顔を上げれば、真っ直ぐに俺を見つめる千秋さんがいて…。
「…大丈夫。」
その言葉と共に柔らかく微笑んだ千秋さんは、俺を抱き締め直す。
「例え周りから遅れていても。例え周りに理解をされなくても。私が一緒にいる。」
その途端、暗闇の中に光が差したような、僅かな期待に包まれる。
「…良いよ。周りが貴和を理解しようとしなくても。
私が理解するから。貴和の恋人の事も家庭の事も全部。
私が貴和を支える。」
その期待は大きさを増していく。
「遅れているなら、誰かが下がればいい。
そこまで、戻ってあげればいい。
私が、貴和と一緒に歩いていくから。」
そして突然、パチリと弾けた。
そこから生まれたのは温かさ。
人肌とは別の、絶対的な安心感。
そして安心感と共に存在するのが、絶対的な信頼関係。
俺は千秋さんのその言葉だけで、Sub spaceに入った。
「っうぁ……」
「…クス」
千秋さんはほっとしたような表情で、俺を寝室に運ぶと、ベッドに寝かせる。
「…大丈夫。安心していいから、ゆっくりお休み。」
千秋さんの言葉に、俺は小さく頷いて、意識を手放した。
END