7話 ハーフエルフの識字率は最低レベル ハーフエルフを狩る者たち3

  イチが自身の借り部屋であるルーナハイムに戻ったのは深夜であったが、外から見てもまだ灯が点いていた。

  ルーナハイムはスウィートバウムの冒険者通りから近いどこにでもある2階建てのアパートだが、この時代にしては先進的な女性専用アパートであった。

  1階の半分は寮母の部屋であるが、もう半分は入居者が共用で使う広いリビングダイニングキッチンであり、入居者の冒険者達がここで寛いでいる事が多い。

  この時ルーナハイムに残っていたのはハーフエルフのタオ・メイメイ。北部出身の少女騎士であるイルハ・ルチオリーヌ。2名。

  他にも入居している冒険者が4人いるのだが彼女らは商隊キャラバン護衛依頼のために旅に出ていてしばらく戻らない。

  メイメイとイルハの2人はマナ・ランプに照らされたソファーテーブルに粗雑な紙を広げ、どうやらイルハがメイメイに手紙の書き方を教えているようだった。

  「どうかしら?」

  「メイメイ。元気の“げ”と“き”の字が違うよ。“げ”の字は棒が一本足らないし、“き”の字は棒が一本多すぎる」

  イルハは北部の農村出身の少女ではあるが、曲がりなりにも騎士としての称号を与えられているので一通りの読み書きはできるようだ。しかし、タオ・メイメイというハーフエルフの少女はインダスバウムの孤児院を18歳で出された。(人族に換算するとたったの6歳だ!)

  それ以降、冒険者になるまでは路上生活者として悲惨な暮らしを送っていたので当然読み書きなどできるはずもない。

  辛うじて自分の名前だけは書けるだけでも及第点をあげるべきだろう。

  「なによ。文字って難しいわ」

  「気長に練習する事だよ。僕だって苦労したんだから」

  唇を尖らせて言うメイメイにイルハは笑顔を見せた。

  実はこの書き文字も3日前に教えたのだが、イルハはメイメイがハーフエルフの特性で物事をしっかり体得するまでに非常に時間がかかるのを知っている。

  ハーフエルフの特徴として短期的な記憶力は他の種族と変わらず、一度覚えた事は長く忘れない。その分、中期的と言うべき記憶力が他の種族より劣って見える。

  なにしろ成長に3倍の時間を要するのだ。

  人族で例えると、10年前に覚えた歌と昨日覚えた歌はよく覚えているのだが1週間前に覚えた歌は練習し返さないと忘れてしまう……とでも言えばイメージが湧きやすいか。

  この感覚は健常の他種族にはなかなか理解できず、時折発達障害の者と混同されてしまうが、単に成長速度が遅いと言うだけである。

  逆に、他種族であれば30歳に相当する90歳まで生きたハーフエルフは労働力として優秀な者が多い。なにしろ、体力面でも精神面でも成長し社会経験も積んだ若い労働力が他種族の3倍の持続力で働くのだ。

  少々話が逸れたがハーフエルフはとにかく学習に時間を要するし、タオ・メイメイも同じであった。

  しかしイチはそんなメイメイとイルハのやりとりを見ていると不思議と心が落ち着いた。

  「あら。なによ。帰ってたの?」

  「遅かったですね。何かあったんですか?」

  2人はイチに気が付いたようである。両者共に麻のパジャマを着ていた。下着姿でいるには流石に肌寒い季節であるからだろうが、既に寝支度を済ませているらしい。

  

  「イルハ、メイメイ。直近で、何か大きな依頼は入ってるか?」

  イチの質問に二人は素直に答えた。

  「いえ、特に何も」

  「つい最近までまともに右腕が動かせなかったの知ってるでしょ?あるわけないじゃない」

  イルハはともかく、タオ・メイメイは7月に右腕を負傷し、イチと同じくまともな依頼からは遠ざかっていた。

  メイメイの場合困ったことに家事手伝いや酒場の手伝いのような簡単な依頼を受けようにも前述の通り人族より信用がないので、ゴミ拾いやどぶさらいなど、おおよそ冒険者らしくない仕事で減ってゆく貯蓄をなんとか抑えるしかできなかった。

  二人の身が空いていることを確認できたのでイチは本題を切り出す事にした。

  「実は、非公表の依頼がある。賞金式だが、手を貸してほしい。内容は他言無用。ほかの冒険者は勿論、エルビアニカやミュルガルデにも漏らさないでほしい」

  イチの言葉を聞いてメイメイはペンを止めた。イルハも神妙な表情でイチを見ている。

  「更に、恐らく目標はハーフエルフになる。____どうだろう?」

  イチの口からハーフエルフという言葉を聞いてもメイメイは特別に反応するようなことはなかった。

  過去にハーフエルフが依頼の目標であったことがないわけではない。同じハーフエルフだからと言ってそれだけで心を乱すような事はないのだろう。

  「誰にも言わないから話してちょうだい。やるかどうかは別だけど」

  「僕もです。騎士の名誉にかけて、決して他言しません」

  イチは二人の返事を聞いてうなずいた。内心安堵していた。この二人が協力してくれれば心強いし、口の堅さも信用できるとイチは思っている。

  もっとも、イチはメイメイが人族に換算するとたったの12歳であるということをしばしば失念している節があるが。

  「実はつい先ほど、アリス・ヨルゲンという冒険者が何者かに殺害されたのがわかった」

  しかし、タオ・メイメイはイチの言葉を聞いてわずかだが動揺した様子を見せた。どうやらメイメイはアリスを知っているようだった。

  「アリスを知っているのか?」

  「ええ、多少ね」

  メイメイから見て階級こそ同じ山猫ではあるものの、アリスは見習うべき先達であった。

  同じハーフエルフである。

  しかも聞くところによるとアリスもインダスバウムの出身だと聞いている。

  実はメイメイとアリスは一度だけ冒険を共にした事がある。

  幼い冒険者のタオ・メイメイにとって同じハーフエルフであり己の力で他者に実力を認めさせたアリスがどのようにその目に映っていたかは想像に難くない。

  イチはメイメイの様子に僅かな感情のゆらぎを感じたが、そのまま話を続ける事にした。

  「……下手人は、ハーフエルフの独立を目指す耳派の者と思われる。死体が見つかった場所から、敵はインダスバウムに潜伏している可能性が高い。我々は現地で調査を行い、下手人を突き止め、可能であれば確保する____」

  その日はまだイチの中で具体的な行動方針の構想が不完全であったので参加意思確認だけにとどまった。後日、具体的なブリーフィングを行うことになるのだが、イチは先ほどメイメイが見せた表情の翳りを見逃していなかった。

  何か行動を起こす前には可能な限り不安要素は共有しておきたい。

  イチはイルハが先に部屋に戻ったので、それとなくメイメイに事情を聞いてみることにした。

  「メイメイ。アリス・ヨルゲンと関りがあったのか?」

  イチの問いにメイメイはすぐには答えなかった。

  彼女は他人に対して本心を見せるのを好まない。

  特にイチに対しては対抗意識のようなものがあったのか、尚更だった。

  それは、思春期の少年少女特有の、仲間に対する“かっこつけ”のようなものであったが、この時は誰かに気持ちを吐露したかったのだろう。

  「前に、一度だけ同じパーティになったことがあったの。あまり喋らなかったけど、良くしてくれたわ。良い人だった」

  「____そうか」

  普段、あまり他人をよく評価しないメイメイがそう言うということは、言葉に出した以上の重みがある。

  イチはそれでもメイメイに聞かずにいられなかった事がある。

  「相手は、メイメイと同じハーフエルフかもしれない。戦えるのか?」

  メイメイは間を置かずイチに答えた。

  「あたりまえよ!」

  そう答えたメイメイの言葉には多少強がりが含まれる。

  ハーフエルフ同士の仲間意識があるからこそ、メイメイはアリス・ヨルゲンの死に心を痛めたのではないか。

  で、あれば同族のハーフエルフと敵対するのが気持ちよいわけがない。

  しかし、イチはメイメイの言葉をそのまま受け取る事にした。

  本人に戦う意思があるのであれば、それを疑うのはナンセンスだし、メイメイへの侮辱にもなる。

  「すまん。くだらん質問をした」

  イチはメイメイに詫びるとその日は寝室に戻り、飼っているダンジョンネズミに餌を与えてシャワーを簡単に浴び就寝した。

  ◆

  翌日、イチは一度冒険者協会某支部に赴き改めてモーリンから依頼の達成条件、報酬などを聞いた。

  目標を確保、或いは始末した場合は十分な報酬が与えられ、敵の有力な情報を得て報告するだけでも満足できる額の報酬が約束されている。

  依頼の内容的に限られた冒険者にしか声をかけないつもりらしく、これから人選を進めるとの事で偶然ではあるが真っ先に事件を知ったイチには一日どころではない長がある。

  現実問題としてイチは(タオ・メイメイも)貧しており、心情的にもアリスの仇を討ちたかった。

  物語の舞台はインダスバウム。汚れた蒸気と酸化した油の臭いが漂う灰色の街である。