復興

  水の大陸、ワイワイタウン。

  かつて暴動が発生した街は治安を回復させ、穏やかな雰囲気に包まれている。破壊された家屋や商店は住民達の手で再建され、市場も活気を取り戻している。

  街の中心に近い箇所にある調査団の拠点前に設立された避難民向けの物資の補給拠点も解体され、子供達が走り回り、楽しそうに遊んでいる光景が広がっている。

  拠点前の広場では街の老人達が遊ぶ子供達を見守り、若い牡や牝はそれぞれの仕事に励んでいる。赤子を背負った牝は食品を買いに市場へ行き、荷物を背負った牡は復興途中のエリアの再建のために走り回っている。

  街の中心部にある広場に面したレシラム教の教会、壁に掘られたレシラム像が街を見守り、旅人や住民達が祈りを捧げる光景が広がる。

  教会の上層階に設けられたレシラム教幹部の集まり、円卓の会議室の窓辺には、牝のエースバーン、エリースの姿がある。白い司祭服に袖を通すエリースは穏やかな街の光景を見渡し、嬉しそうに目を細める。

  教皇オズボーンが殺害された後、彼と巫女の実子である色違いの牡のゼラオラ、ロアが次期教皇となる事が正式に決定した。しかし、産まれたばかりの赤子が政治を仕切れる筈がないため、ロアが成人するまではエリースが摂政の地位に就き、一時的にレシラム教を仕切る事になった。

  摂政となったエリースは、いつもと同じく医療支援やルール共に慈善事業に力を入れており、またゼクロム教との衝突を避けるために積極的な話し合いの場を設けた。それはゼクロム教の新人大司祭であるハルも望んでいるものであり、時の守護者を殲滅できた現在、円卓とハルの話し合いの場が設けられる事になった。

  窓辺から離れたエリースは視線を室内に向ける。

  カウフマンとヴィレムの死亡が大々的に報じられ、数ヶ月が経過した。

  かつての円卓はオズボーン、カウフマン、リラ、ヴィレム、アイザックス、サリバン家、ルドルフ、エリース、ルールで構成されていた。だが、サリバン家は取り潰され、オズボーンとアイザックス、リラが死亡し、敵方と繋がっていたカウフマンとヴィレムが仕留められた現在、円卓のメンバーはルドルフ、ルール、エリースのみとなった。

  意志決定機関である円卓の存続、そしてゼクロム教との関係のためにも、エリースは新たな方式を打ち出した。

  それはレシラム教の信者でのみ構成された円卓に、ゼクロム教の信者を招き入れるというものである。

  即ち、レシラム教とゼクロム教の融和という形である。

  円卓の残りのメンバーの内、次期教皇となるロアの育ての親、ルドルフは権力の一元化を避けるレシラム教の法律により、円卓の一員ではなくなる。代わりにロアの名前が円卓に連なるが、赤子であるロアに意志決定は不可能なため、成人するまではルドルフがロアの席に就くことになる。

  また、ゼクロム教から大司祭ハルと助司祭ランプが円卓へ招かれる事になった。

  キールリンクの騒動と時の守護者の殲滅から数ヶ月が経過し、ようやくハルとランプを円卓に招けるようになり、本日は初の顔合わせとなる。

  会議室の中にはエリースの他にルール、ルドルフ、ロアを抱いた巫女の姿があり、巫女以外はそれぞれの椅子に腰かけている。円卓に籍を持たない巫女であるが、ハルと親しい仲であり、顔合わせをスムーズに行うためにエリースが参加できるように手配した。

  「…そろそろ時間ですね」

  懐中時計の文字盤を見たエリースは呟き、視線を会議室の入り口に向ける。彼女の声を聞き、ルドルフとルールの視線も入り口に向けられる。

  唯一、巫女のみがロアの相手をしており、視線を向けられずにいた。

  やがて、会議室の扉が開かれ、エリースの付き人である牡のインテレオン、レオンに案内されたハルとランプが会議室に入ってきた。

  ハル達は室内を見渡し、椅子から立ち上がり、お辞儀をしてくるエリース達に向かって頭を下げる。

  その後、ハルの目にロアをあやしている巫女の姿が映り、彼女は顔を綻ばせた。

  「アキ姉様‼︎」

  ハルは巫女の名前を呼び、会議室内を駆ける。巫女、いやアキもまたハルを見て、満面の笑みを浮かべた。

  「ハル‼︎」

  ロアを抱いており、アキは動けずにいたが、彼女の傍にハルが駆け寄り、そのまま抱きついた。ハルは大きな瞳から涙を溢し、アキに抱きついたまま甲高い泣き声をあげる。

  「心配したんですよ‼︎相談もなくオズボーン様に嫁いで…私がどれだけ悲しかったか…」

  えんえんと大声で泣くハルの姿を見たアキは、苦笑しながら「悪かったよ」と返し、ハルにロアを見せた。

  「ほら、自慢の息子のロアだよ」

  アキは腕の中で眠っているロアの顔が見えるように身体を動かし、ロアの顔を見たハルは顔を綻ばせた。

  「可愛い…やっぱりアキ姉様にそっくりですね」

  ハルの反応を見たアキは「当たり前だろ」と言いながら笑い、ロアの頭を撫でる。微かな寝息をたてるロアは、額を走るアキの指の感覚に擽ったそうに身を動かした。

  「で、あちらは自慢の旦那様だ」

  アキは視線を円卓に座るルドルフに向ける。突然、話しかけられたルドルフはゆっくりと立ち上がり、ハルに向かって深々とお辞儀をする。

  「オズボーン様の亡き後、巫女様…いえアキ様とロア様をお守り致します。騎士団長のルドルフです」

  権力と金と牝好きであるオズボーンとは異なり、騎士として武人として質実剛健なルドルフを見上げたハルは驚きの顔を浮かべるが、すぐに笑顔をみせた。

  「あなたがルドルフ様ですね…お姫様と騎士の恋に憧れていた姉様の…まさに好みのタイプですね」

  ハルの言葉を聞き、アキは「おいっ!」と恥ずかしそうに声を上げた。彼女の反応を見たハルはくすくすと笑い、ルドルフは満更ではないという雰囲気で指先で頬を掻いた。

  ルドルフの潰れた右眼には眼帯が充てられており、残った左眼が優しくハルを見つめる。

  「アキ様とロア様は、私が支え守り抜きます。ハル様もご安心ください」

  レシラム教だけでなく、ゼクロム教でも名の知れた武人であるルドルフが胸に手を当てながら宣誓する。その姿を見た元軍人のランプは笑顔で頷き、ハルも安心したように目尻を緩める。

  ハル達を見たアキは満面の笑顔を浮かべ、口を開いた。

  「さすがはパパだな…この調子で私とロアと、お腹の子の事も守ってくれよ」

  突然のアキの言葉を耳にしたルドルフは、アキに向かって微笑んだまま、動きを硬直させた。エリースやルールも同じく動きが止まり、ハルとランプは驚きの顔を浮かべる。

  やがて、ルドルフは震える口を動かし、ハルに尋ねる。

  「…お腹の子?」

  ルドルフの震える指が自分自身を指差す。武人であり、騎士団長を務めるルドルフの反応を見たアキはケラケラと笑い声をあげ、目尻に涙を浮かべる。

  アキはルドルフに向かって微笑み、大きく頷いた。

  「そうだよ、ロアの弟か妹だな…とはいえ、産後の身体でお前の相手をするのは辛かったぞ」

  ルドルフはアキの言葉から我が子が増える事を知り、嬉しそうに破顔する。同時にアキから思いも寄らぬ情報を暴露され、ルドルフは恥ずかしそうに咳払いした。

  ルドルフは周囲の視線が突き刺さる感覚を覚えたが、誤魔化すように席に座る。

  彼らのやり取りを見ていたハルは微笑ましそうに顔を緩め、ランプは安心したように笑顔になる。

  「…心から愛している方と一緒になれて、良かったです。巫女様…」

  ランプは呟き、ハルと共に席に座る。アキ以外の面々も席に座り、アキはロアを抱えたまま、円卓の横にあるソファーに腰かけた。

  エリースは仕切り直すように咳払いをした。

  「それでは…本題に入ります」

  エリースは円卓に座る面々を見渡し、口を開く。各席には紅茶の入ったカップが置かれており、緊張した表情のハルは紅茶を口に含む。

  「本日、私から皆さんに相談したいことは3点…事務方の席と資産管理の席の空白について、レシラム教とゼクロム教の今後について、そして次期教皇であるロア様についてです」

  エリースの話を聞き、円卓の面々は頷いた。それを見渡したエリースは慎重に言葉を選びつつ、話を始める。

  「まずは最優先事項である次期教皇とレシラム教、ゼクロム教の今後について…私はレシラム教とゼクロム教が対立する時代は過去の物…今後は融和と共存の時代だと考えています」

  エリースの言葉を聞いたハルとルールが真っ先に頷く。ゼクロム教の新人大司祭とレシラム教穏健派としては、互いに争う事態は避けたく、エリースの提案は絶好の機会といえた。

  対して武人であるルドルフと元軍人であるランプは現実的な思考をしており、まずはエリースの発言を把握すべく、沈黙に徹していた。

  円卓を見渡したエリースは口を開く。

  「…共存と融和の時代を、次の世代に残す事が我々の役目です。それこそ…ロア様や巫女様とルドルフ様の子のように…レシラム教とゼクロム教は手を取り合えるのです」

  レシラム教のオズボーンやルドルフとゼクロム教の巫女が子を成した例をあげながら、エリースは話す。その一言を聞いたルドルフは恥ずかしそうに俯き、そんなルドルフを見たアキは苦笑している。

  エリースは円卓を見渡し、話を続ける。

  「オズボーン様亡き後…一時的な暴動により多く者が亡くなりました…今後も同じような悲劇を避けるためにも…円卓はレシラム教だけでなく…レシラム教とゼクロム教の合議の場とすべきだと思います」

  エリースの提案を聞き、ハル達は嬉しそうに微笑む。しかし、ランプは硬い表情でエリースに目を向け、口を開いた。

  「…質問があります」

  ランプに尋ねられたエリースは頷く。

  「円卓はゼクロム教とレシラム教の合議の場と仰りましたが…では次期教皇のロア様と摂政のエリース様の立場はどのようになりますか?」

  円卓がレシラム教とゼクロム教の合議の場になるという事は、少なからずゼクロム教にもレシラム教の力が影響する事を意味する。その力を行使する立場にある教皇と摂政の立場を明確にするためにも、ランプは慎重な口調で尋ねる。

  ランプに問われたエリースは微笑み、丁寧な口調で話す。

  「仰る事は理解できます…私としても、摂政の権限はレシラム教の内部で留めておいて…円卓と対等な立ち位置が相応しいと考えています」

  「…」

  エリースの言葉を聞き、ランプは考え込む。

  「円卓は少なからず、ゼクロム教にも影響する可能性がある…ならば、円卓と摂政の立ち位置を同等に保つ事で、ゼクロム教にも拒否する権力が持てるようになります」

  ランプはエリースの話を聞き、頷いた。

  「…では、エリース様の意向としては、円卓の決定をゼクロム教に押し付ける気はない、という事ですか?」

  ランプの問いにエリースは頷き、微笑んだ。

  「はい。あくまでも円卓は合議の場…仮に争いが起きそうな場合は円卓で話し合い、未然に防ぐ事が目的です」

  エリースの説明を聞き、ランプは納得したように頷いた。彼は「わかりました」と返し、考え込む。

  「我々としても…今この場で決定するのは難しい…一度、砂の大陸に持ち帰り、ゼクロム教内でも話し合いの場を設けたいのですが、よろしいですか?」

  ランプの提案にエリースは頷き、ハルも頷く。交渉に不慣れなハルとは異なり、ある程度の修羅場と実戦の経験があるランプのサポートはハルにとってもありがたく、安堵の溜息を漏らす。

  彼らの反応を見たエリースは続けて口を開き、話を続ける。

  「では、残りの議題に移りたいと思います。円卓内の空席についてです」

  エリースの視線が円卓に設けられた座席の内、誰も座っていない箇所に目が向く。オズボーンの席には将来ロアが座るため、現在は空白になっている。他に死亡したリラとヴィレムの椅子にはハルとランプが座り、カウフマン、アイザックス、サリバン家の椅子が空白のまま、残っている。

  それらを見たエリースは微かに息を呑み、通りの良い声で話した。

  「単刀直入に申し上げます。事務方と資産管理に長けた者を円卓に招き入れ、円卓の機能を維持させる事が必要不可欠だと私は考えます」

  「…その意見には私も賛同するが、適切な人材が居るのかが問題だな」

  エリースの提案を聞き、難しい表情で答えたのはルドルフであった。彼の言葉の裏には「ヴィレムとカウフマンが敵方に繋がっていた事例があるため、信頼できる者でないと認められない」というニュアンスも含まれている。

  エリースや他の面々もそれを理解しており、特にエリースは笑みを浮かべ、ルドルフに応えた。

  「もちろん、事前に候補者のピックアップは終わらせています」

  エリースは話し、円卓の入り口に立つレオンに目を向ける。エリースから視線を向けられたレオンは扉を開け、通路にいる人物を室内へと招き入れる。

  「あらかじめ申し上げますと…先のアイザックス大司祭の許婚であったサリバン家の寄付金横領の疑いに関する件ですが…オズボーン様の亡き後に摂政として調べたところ、事実無根である事が確認できました」

  エリースは円卓の面々に話しながら視線を人物に向ける。

  入り口に立つ人物を見たルドルフとルールは目を丸くさせた。対してエリースは満面の笑みで人物の名前を呼ぶ。

  「ルドルフ様とルール様は知っている顔だと思いますが…改めて紹介します。サリバン家当主、ヘレン・サリバンです」

  会議室の入り口に立っている牝のマフォクシー、ニコルと共に薬剤師として活動していたヘレンは恥ずかしそうに苦笑し、手を振ってみせた。

  ルールとルドルフは取り潰されたサリバン家のヘレンが姿を現した事に驚きを隠せず、視線をエリースとヘレンに向ける。対するハルとランプはラムルタウンの医療支援で世話になったヘレンの顔を見て破顔し、「お久しぶりです」と深々とお辞儀をした。

  ヘレンがゼクロム教の幹部とも既に関係を築いてる事に驚愕したルドルフとルールは、互いの顔を見た後にエリースを見た。

  エリースはニコニコと満面の笑みのまま、話を続ける。

  「先の寄付金の件ですが…書類や控えを再審査したところ、指示役はアイザックス大司祭でした。サリバン家は知らない内に身代わりにされ、円卓とレシラム教内での内部争いを嫌ったオズボーン様がサリバン家を生贄にする事に容認した、という事です」

  エリースは説明しつつ、机上に会計書類や銀行の口座記録、寄付金の流れを示す証拠を続々と置く。それらに目を通したルドルフだったが、身体を使った労働を好むルドルフにとって、書類上の数字の羅列は頭痛の種になる。彼は嫌そうな表情で書類から目を逸らし、書類仕事に長けたルールが代わりに目を通す。

  やがて中身を確認したルールは「間違いありません」と話し、頷いた。

  それを視認したエリースは続けて口を開いた。

  「当人が既に死亡している以上、裁く事は難しいです…しかしサリバン家の名誉を回復させる事は可能です」

  エリースはヘレンを見つめながら話す。彼女に見つめられたヘレンは恥ずかしそうに苦笑し、頬を指で掻いた。

  「我々にできることはヘレン・サリバンの円卓への復帰とサリバン家の名誉の回復…取り潰しの撤回を認める事です。オズボーン様が死亡しているため、これには円卓の全員の合意が必要です」

  エリースは室内を見渡しながら口を開く。ラムルタウンの医療支援にてヘレンの人柄を把握しているハルとランプは首肯し、書類の数値を読解できるルールも頷く。一方、書類仕事が苦手なルドルフは数値の羅列を読み取る事ができず、判断に困った顔を浮かべるが、人柄を良く知るルールが頷いている様を目の当たりにして、ルドルフもまた首肯した。

  彼らを見渡したエリースは笑みを浮かべ、大きく頷いた。

  「現状の円卓の全員から賛同を得られたので、ヘレン・サリバンの円卓への復帰とサリバン家の復興が認可されました」

  エリースが宣言し、円卓の面々は拍手で応える。その光景を見たヘレンは嬉しそうに目を細め、小声で「ありがとう」とエリースに声をかけた。エリースは手を小さく振り、ヘレンに応える。

  ヘレンはサリバン家の椅子に腰かけ、他の面々と言葉を交わす。

  やがて拍手が止み、エリースが再び声を上げた。

  「続きまして、事務方を纏める席として、ノア・ヘルマン様を推薦致します」

  エリースが声高に宣言し、レオンが扉を開けた。円卓の面々が目を向けた先には亡きカウフマンと良く似た姿をした牝が立っている。

  濃い紫色と薄い黄色の体毛、流し目で室内を見渡した牝のヒスイバクフーン、ノア・ヘルマンはニヤリと笑い、口を開いた。

  「…初めまして、或いはお久しぶりですね…ヘルマン家当主のノア・ヘルマンです」

  ハルとランプは笑顔で握手し、エリースとヘレンは微かに目を伏せ、笑顔で拍手をした。ルールは表情を一瞬だけ凍らせ、ルドルフは驚愕の目でヘルマンを見た。

  円卓内に拍手の音が広がり、ヘルマンは小声で笑いながら円卓の席に座る。

  ルールとルドルフは横目でエリースを見るが、閉口したまま拍手をしている。エリースは室内に広がる拍手の音を聞き、笑顔で高らかな声をあげる。

  「円卓の全員から賛同を得られたので、事務方の管理をヘルマン様に一任致します」

  エリースの宣告を聞き、ヘルマンは「よろしくお願いします」と静かな声で話した。

  ハルとランプ、そして円卓の横にあるソファーに座るアキは笑顔でヘルマンと挨拶し、ヘレンとルドルフ、ルールは横目でエリースに目を向ける。

  彼らの目には恐怖の色が浮かび、エリースに救いを求めている。

  だが、当のエリースは満面の笑みを浮かべ、彼女らを眺めていた。

  室内の面々は気づいていない。

  エリースの口角が微かに震え、彼女は大きな瞳を僅かに細めた。ルドルフとルール、ランプはヘルマンに注意を向けており、アキやハルはそもそもエリースを警戒していなかった。

  唯一、幼馴染で友人であるヘレンのみがエリースの変化を見抜いているが、言及せずにハル達を見ていた。

  *

  草の大陸、トレジャータウンの近くにある海岸には、街で孤児院兼保育所を運営するガルーラと彼女が世話する幼児や赤子の姿がある。

  昼下がりの穏やかな日光が海岸を照らし、子供達は楽しそうに水遊びに興じている。ガルーラは赤子の世話をしつつ、視線を子供達に向け、様子を見ている。

  海岸にはガルーラ以外にも牝のニドクイン、レシラム教から派遣された産婆であるカヌレと慈善事業の職員達の姿があり、ガルーラをサポートしている。

  彼女らから少し離れた箇所にはヨノワールのフランツとヤミラミ達、ラプラスのノアの姿もある。

  暴動が終結し、時の守護者が壊滅し数ヶ月が経過した。

  レシラム教とゼクロム教に攻撃をしかけたディアルガ教徒、時の守護者達は滅ぼされ、捕虜への司法の裁きが待たれる状況である。各地の街は復興していき、レシラム教やゼクロム教から慈善事業団や医療班が派遣され、住民の生活をサポートしている。

  トレジャータウンでも孤児院兼保育所がレシラム教とゼクロム教により開設され、ガルーラや応援のスタッフが忙しなく働いている。

  フランツもまた、トレジャータウンの復興に従事し、彼の部下であるヤミラミ達は孤児院兼保育所の手伝いをしている。

  「…平和だな」

  海辺に広がる光景を眺め、フランツが呟く。波打ち際で子供達の相手をしているノアは水鉄砲や冷凍ビームを器用に放ち、子供達に氷の彫像を作っている。ヤミラミ達も子供達の世話をしており、フランツは満足そうな表情で水の入ったグラスを傾ける。

  「未来の世界では…決して見れない光景だな」

  滅び行く世界とは異なり、過去の世界は非常に穏やかである。

  時の守護者の残党からニコルとオズワルド、カフカが時の歯車とディアルガの秘宝を回収した事により、彼らの存在する過去の世界、そして彼らが渡ってきた未来の世界は星の停止を回避し、世界の崩壊は免れた。

  同時に、カフカとエミル、ノア、フランツ、ヤミラミ達の存在が消える時間軸に至る可能性も潰えた。また過去の世界で星の停止を阻止した事により、新たな未来へと進む時間軸にカフカ達は存在しており、彼らは過去の世界に取り残される事になった。

  当初は驚きを隠せなかったカフカ達であったが、ニコルとエミルから上記の話を聞き、彼らは状況を理解し受容した。

  以降は過去の世界で生きていくために、それぞれの生業を得た。

  ノアはトレジャータウンを拠点とした海の運び屋と便利屋を開き、フランツとヤミラミ達はレシラム教の要請による医療支援や慈善事業の要員として雇用されている。カフカはエミルと共にキザキの森の復興活動と便利屋として活動し、オズワルドはトレジャータウンで活動している。

  仲間が誰一人欠ける事なく、共に生存できる世界を享受でき、フランツは嬉しそうに目を細めた。

  カフカ達は将校やグレーテ、ヴィレムとは異なり、他人を思いやる気持ちに溢れている。それを肌で感じるフランツは、過去の世界で送ってきた日々、そしてこれからも続くであろう日々を考え、微かに頬を緩めた。

  ヤミラミ達は子供達に付き合い、ノアと共に海で遊ぶ姿を見たフランツは、未来ある子供達の輝かしい笑顔を見て、心地良い感情を覚えていた。

  子供達が遊ぶ海辺に水飛沫が舞う。

  子供達を世話するノアが「泳ぐのは浅瀬だけです」と言い、彼らが溺れないように目を光らせている。

  ふと、フランツは思い出した。

  キールリンクで殲滅された時の守護者達の遺体は回収され、騎士団が検分した。その中にはヴィレムや『ヴォセク』の船長の遺体が確認されたが、航海士のティトレリの遺体は見つからなかった。キールリンクの廃墟や港を捜索したが、ティトレリの遺体は発見されず、溺死か行方不明という形で捜索は打ち切られた。

  「…水タイプのティトレリが溺れるのか?」

  フランツは疑問を抱いたが、事態の早期決着を望むレシラム教とゼクロム教に配慮し、沈黙を貫いた。

  もっとも、フランツの疑問は的を得たものであった。だが、彼は知る由もなく、眼前の平和な光景を眺め、満足した笑みを浮かべた。

  *

  円卓の会議室を後にしたエリースはレオンを連れて通路を歩いている。新しい円卓のメンバーであるヘルマン、ハル、ランプ、ヘレンはルドルフ、ルール、アキと共に談話室で話をしており、その間にエリースは別の仕事を処理すべく、教会内を移動していた。

  エリースの顔は微かに笑みを浮かべており、長年の付き合いであるレオンは周囲の気配を探りつつ、口を開いた。

  「満足の行く結果になりましたか?」

  レオンに尋ねられたエリースは微かに笑い、視線を彼に向ける。その顔には普段の穏やかな表情はなく、狡猾な笑みを見せる。

  「えぇ…最高の結果ですね」

  幼少期の頃から見慣れたエリースの狡猾な表情を見たレオンは溜息をこぼし、辺りを警戒しながら応える。

  「私から尋ねておいて…おかしな話ですが…僭越ながら笑い方には、くれぐれもご注意ください」

  小さな頃から傍に控える従者の忠告を受け、エリースは慌てて表情を変える。第三者の目には聖女や淑女のように映るエリースではあるが、本性は普通の牝であり、自身の目的のために器用に立ち回れる才能がある。

  エリースは「ありがとう」とレオンに言い、視線を窓の外に向ける。

  眼下には穏やかな街の光景が広がり、エリースは目を細める。教会前の広場では子供達が遊んでおり、暖かな日が彼らを照らしている。

  エリースは口元を手で抑え、込み上げる笑いを堪えている。

  「…予想通りに事が運べて、自分でも怖いくらいです」

  エリースは呟いた。

  エリースの目的、それは幼馴染で友人のヘレンの円卓へと復帰とサリバン家の復興であった。以前から医療事業と慈善事業の一環で多様な身分の者達と交流のあったエリースは、『アイザックスがサリバン家を陥れ、オズボーンが黙認した』という噂を耳にしていた。多くの者は眉唾物の噂と笑い飛ばしていたが、ヘレンの両親が寄付金を横領したと信じられなかったエリースは、密かに調査していた。

  その最中、カウフマンの陰謀を知り、オズボーン殺害に伴い摂政の地位に就いた。

  以降のエリースは摂政という立場を使い、一連の証拠を収集していた。そうしてエリースは必要な証拠を集め、それらを吟味した。

  結果、アイザックスの関与は間違いなかったが、サリバン家にも一定の過失が認められた。だが、エリースは証拠品の中から、ヘレンにとって都合の良い証拠品のみをルール達に見せた。

  ヘレンの立ち位置を悪くさせる証拠品は全て自身が保管し、秘密裏に処分していった。

  幼馴染で友人であるヘレンを救うためとはいえ、ヘレンの許婚であり、死亡したアイザックスに全ての責任を負わせる事になる。だが、エリースは狡猾な笑みを浮かべ、悠々とした態度で歩いていく。

  その背中を見たレオンは溜息をこぼし、彼女の背中を追いかける。

  「…恐ろしいですね」

  エリースの本性を知っているレオンは小声で呟き、視線を窓の外に向けた。

  よく澄んだ青空が広がり、非常に心地よく感じられる天気であった。