彼の道は真っ暗だった。どこへ行こうにも、それを正しいという人も、悪いという人もいなかった。彼が進んだ道こそが正しいのだと、人々はついてくるだけだった。

  何もない毎日。彼は孤独を寂しいとも思っていなかった。1人を悲しいとも思っていなかった。ただただ自分の後に続く人々が困らないように振る舞うだけだった。

  そんな彼の道は一筋の光がさすことで変わる。その光を追った彼の先には、彼を待っている、彼を導くように立っている人がいた…。

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  「おかえりなさいませ、龍神様。様子はいかがでしたか?」

  側近が頭を下げて問うてくる。これはいつものこと。龍神と呼ばれた男はいつものように答えた。

  「変わりない。」

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  先代の龍神が世を去ってすぐ即位した今の龍神は孤独だった。先代であった父親は番である妻を亡くした悲しみで狂乱の上、命を絶った。それが今の龍神が幼い時。

  体の弱かった母も、母につきっきりだった父も、我が子に会うことはなかった。何度か遠くから見たことはあったが、話をしたことはない。

  交流もなく龍神になってしまった彼はどうしたらいいのかわからなかったーーーわけではない。脈々と受け継がれてきた龍神の血が何をすべきなのかを伝えていた。そのおかげと言っていいのか、今日まで平穏な毎日が続いている。

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  「本日は従臣たちが龍神様に御目通り願いたいと仰せです。」

  食事をする龍神の横で側近が教えてくれた。この側近、先代の龍神にも使えた男で、小さい頃は父や母のことをしきりに尋ねていた。しかし、側近は多くを語らなかった。いや、語れなかった。側近は父が龍神になってから就いていた。その後すぐに母を娶ってあっという間に生涯を終えてしまったのだ。側近が知っていることは少ない。だが、同じ龍として番の存在などは教えてくれた。いわば第二の父親のような存在だった。

  「あぁ。」

  そう答えようと思った龍神はぴたりと動きを止めた。

  「龍神様?」

  龍神自身にもなぜそうなったのかわからなかった。しかし、今まで暗かった先が開けたような、暖かいものが降ってきたような感じがした。以前側近は言った。胸の中に広がる暖かい感触を忘れないようにと。それは…、

  龍神は立ち上がって駆け出した。自室を出て通路を通り、庭を抜けて離れに入る。一回だけ来たことのあった離れ。側近は言っていた。次にここにくるときは、番が現れた時だと。

  その通りだった。中央に立っている女性。自分よりか弱い感じを出しているその女性の髪は白かった。女性はこちらを見ていた。その目は桃色だ。

  あぁ、これか。龍神は悟った。父が母につきっきりだったわけ。母が亡くなってしまったことで狂乱したわけ。確かにそうなってしまうだろう。彼女は自分の唯一の人なのだから。

  女性はすぐさま膝をついて頭を下げてしまった。龍神は慌てて歩き出す。その目を近くて見たい。その目で自分を見てほしい。

  女性のすぐそばまで来た龍神は言った。「顔を上げよ」と。恐る恐る顔を上げた女性の目はやはり桃色だ。しかし、自分を見ていない。龍神が目を合わせて欲しくて問うと、やっと目が合う。

  あぁ、これだ。この目だ。この目こそ、この姿こそ、私が望んでいた者。龍神はたまらずに抱きすくめた。

  もう離すものか。父のようにはならぬ。彼女に共に生きたいと言わせ、長く、長く、2人で生きていくのだ。龍神は抱きすくめたまま口角を上げた。それは小さい頃以降、何十年も見たことのない笑みだった。