「まずは龍神への御即位をお祝い申し上げます。」
自分の前に片膝をつき、頭を垂れた男はそう言い出した。
「本日より龍神様にお仕え致します。何なりとお申し付けください。」
そう言って顔を上げた男はまだ若かった。
父が亡くなって即位した私の周りには、職を辞す者と新しく入る者がいる。彼はそのうちの1人だった。
「妻はいるのか。」
朝に一番に会い、夜最後に会うのはいつもこの男だ。当然、執務の時も常に傍にいる。
「いえ、まだおりませぬ。」
若く見えたのだが、自分より大人であることは見てわかった。
「そうか。」
それだけだった。お互いにあまり話さなかった。
「番を待つのか。」
少し踏み込んだこともあった。淡々と聞いてみただけだが。
「もう少し待ってみたいと思っております。」
彼は淡々と答えた。
「少し外に行ってくる。」
信頼していた。
「いってらっしゃいませ。」
こちらの考えをよくわかった上で行動していた。
*
そんな関係が変わったのは番が来た時。
「お祝い申し上げます。」
即位した時と同じ同じ言葉でも違った。
顔を上げた彼は晴れやかな笑顔だった。
「礼を言う。番を頼むぞ。」
そう言った自分も笑っていた。
*
番が来てすぐに命じた。
「ベルダはか弱い。不自由なく、安全に暮らせるように手配するように。」
「承知致しました。」
*
ベルダが妊娠した時に話をした。
「妊娠したのだ。我の、我の子を…。番との子だ…!」
「本当に、ようございました。」
「我が子が生まれたら其方に教育を頼みたい。」
男は何かをこらえるように少し間をおいてから頭を垂れた。
「主の命とあらば。…光栄でございます。」
*
ベルダが人間として生きたいと願った後も話をした。
「あの子は人として生きたいと言うのだ。」
「左様でしたか…。」
「龍として生きて欲しかった…。」
「番様の御意志を尊重されるのでしょう?」
「そうだ。そうなのだ。だが、」
「お辛いのですね。」
弱音も吐くようになった。
*
彼も自分のことを話してくれた。
「実は、番が見つかりまして。」
「そうだったのか!」
「おめでとうございます!」
ベルダと2人で言葉を送った。照れくさそうにする男を初めて見た。
だんだんと本当の主と側近のように接するようになってきた頃。
ベルダは起き上がれなくなっていた。
*
「お前の番は息災か…?」
悲しくて。辛くて。現実から目を逸らそうとしたのか。ただ聞いただけだった。
「…はい。」
間を置いて彼が落ち着いた声で言った。
それ以来、会話はしなくなった。ただ命じ、ただ応じるだけだった。
*
ベルダが死んだ。死んでしまった。それしか考えられなかった。どこへともわからず駆けだしていた。駆けだした先は庭だった。庭だろうと関係なかった。人の形から龍へと転身した。
転身する直前、彼と目が合った気がした。
*
荒れ狂うことしかできなかった。彼女がいない。しかし幼い我が子がいる。だが彼女はもういない。1人でも育てなければ。だが1人だ。共にいてくれる彼女はいない。
最後に咆哮した。悲しかったからなのか。何か言いたかったからなのか。思い出すのは愛する彼女と、信頼した男。
我が子をお前に託そう。以前約束したように、教育してやって欲しい。
すまない――