蛇は狼に絡めとらされて

  [chapter:【第一章 ヘビは狼に躍らされて】]

  スコル3……恒星系スコル、第三惑星に位置するこの惑星。

  そこに暮らす獣人は、生まれてからわずか三か月で大人になる。

  27年前、生まれてから二カ月、あぁ人間で喩えるなら12歳ころだろうか。

  外の世界を見ようと思った蛇人の俺は、つい過信からか遠出してしまった挙句、うっかりライブ・アライメント(即ち、生存権の在り方)の異なる獣人の奇襲を受け、せっかくおいてきた目印を見失い、迷子になってしまった。

  そんな俺の目の前に現れたのは、俺と同い年くらいの狼獣人。

  (こ、殺される……)

  種族からライブ・アライメントが異なる陣営に属しているのが見て取れる。

  あの時はさすがに死を覚悟したのだが……。

  「お前、蛇人のコロニーのものだな?

  「あいにく、こちらの食料は足りている。

  「特に若い獣人の乱獲は互いのためにならないからな?

  「巣まで送り届けてやろうぞ」

  「なんか、偉そうだが、俺と同い年じゃねぇか?」

  その狼は俺を狩るどころか、コロニーの手前まで送り届けてくれたのだ。

  「ふっ、今回は命びろいしたようだが、次合ったときは敵同士だからな?

  「お前の断末魔、見届けてやろうぞ?」

  「恰好つけやがって、邪気眼にでも目覚めたかぁ……?」

  「甘いなMr.蛇人《サーランスル・サプネット》くん!

  「敵に口調を悟られぬようにするのも、大人のたしなみなのだよ」

  「誰がMrとくんが被ってるし、種族名かなりアバウトだな。

  「俺が何系のヘビかも推察できてねぇだろ?

  「……てか同い年!」

  なんだコイツは……と思ったが、助けてくれたのは違いない。

  お礼、言って置けばよかったなぁ。

  そのことがしばらく心残りで奴から失敬した数本の毛(ガッツリ毛根ごと抜いてしまったが)を眺めていた。

  ところがようやくチャンスが訪れる。

  それから25年後の2年前、丁度、コロニーの新たなリーダーとなって3年の月日が過ぎたころ。

  いとこから急な通信。

  666、獣人を意味するその数字。

  我がコロニーでは、敵と遭遇《エンゲージメント》を意味していた。

  場に走る緊張感。

  だが、ここからでは距離がある。

  その後の追伸か敵の数を聞くも、救出は絶望的と思わるる。

  しかし、奇妙なことにいとこは無事生還。

  聞けば、気でも狂ったか狼獣人が助けに入ったなどというではないか。

  狼獣人に助けられると聞いて、思い浮かべるのは、もちろん彼奴。

  聞けば聞くほど、口調以外は奴そっくりだ。

  いとこが狼からもらったのだというIROGAMI。

  そこには偶然見覚えのある毛。

  すぐに分析すれば、98%のマッチ。

  やはり、彼奴のようだ。

  流石にあの痛々しい口調はなおってしまったようで、それがどこか寂しかったが、それ以外は相変わらずのようで何よりである。

  

  しかし、妙である。

  弟の話から戦況と保有するIROGAMIの枚数を察するにIROGAMIの大半を失っているだろう。

  そうまでしていとこを助けた理由は?

  彼奴、まさか俺のことを思い出して、何も考えずに……。

  この霧では、気づかずに接敵して、誰かに殺されてしまうやもしれない。

  ならば、俺様じきじきに出向いて驚かせてやろう。

  お前の仰せられたあの言葉を後悔させてやる。

  「次は会ったら敵だ」

  あの言葉は後から地味にくやしかったので、俺はすごく根に持っているのだ。

  俺はコロニーを飛び出し、狼の元へ急ぐ。

  にしても霧が酷い。

  レーダーにはかなりノイズが走っている。

  どうか、俺が着くまで無事でいてくれよ。

  しばらく歩き、ようやく遠目に狼を視認する。

  ここでちょいと意地悪をと思いつく。

  恐らく、霧でレーダーにはノイズが走っていることだろう。

  ノイズの死角から狼に忍び寄る。

  霧が薄くなるころには、狼のおびえた姿が見えるはずだ。

  [chapter:【第二章 ヘビは狼に突き放されて】]

  確かにちょっと怖がらせてやろうとは思うたが、何も失禁することないじゃあないか。

  ちょっと傷つくぜ……。

  いや、この霧でよっぽど心細かったのだろうか。

  「お、俺だよ。

  「昔送り届けてくれた」

  「あぁ、あの時迷子だったやつか?

  「そういえば、さっきキミと面影の似たやつを見たな?」

  伝達物質を用いた近距離会話の声色。

  その虚勢の影に、何やらまだ怯えを感じる。

  「あぁ、話なら聞いているぜ。

  「俺ばかりか今度は、彼奴まで……本当に助かったぜ」

  ようやく、お礼が言えた。

  いや、まだだ。

  コイツをお前の元へ帰して、きっちりお礼をしてやるぜ。

  「……あの時の約束覚えてるか?」

  その言葉に、俺はあのときの、後を引くような寂しさ、そして悔しさを思い出し、わざとらしく返す。

  「あぁ、今度あったときは敵同士だっけな?

  「つっても、彼奴を助けるのに充分消耗しちまったと聞いてるが?」

  「あぁ、本当にしくじっちまったよ。

  「まさかこんな最期を迎えるとはな」

  ……最期、まさか本当に殺されるとでも思ってんのか?

  俺はお礼をしようとここまで来たってのに。

  やっぱり、敵同士というのは、恰好付けでもなんでもなかったんだな。

  きっとコイツは、最初から俺のことは喰おうという目論見で、乱獲をせずに生かしておいただけなんだ。

  「……本当は礼をしようと思ったんだが、どうやらお前にはその必要はないみたいだな?」

  まぁ、それでも礼をしたい気持ちには変わりはない。

  だが、ちょっと予定より遠回りしてやろう。

  「とりあえず、ついてきてもらおうか?」

  その様子じゃ俺たちのコロニーまでくれば借りてきた猫のように弱弱しくなってしまうだろう。

  「お、おい、どうせ殺すなら、せめてここで殺してくれよ……?

  「俺は群れのど真ん中に醜態を晒したくなぞないんだ」

  やっぱり、俺のことなんて単なる敵としか認識していないようだな……。

  なんだかとても胸が締め付けられる。

  「それとも、お前の群れのボスにでもかけあってくれるのか?

  「無理だッ……そんなことしたってどうせ許してもらえるはずない」

  その言葉を聞いた途端、先ほどの寂しさがふいに吹き飛び、気づけば誇らしげに自慢していた。

  「あぁ、それなら安心するが良い!

  「何せ、今この群れのリーダーは俺だからな?」

  「お、お前が!?」

  「あぁ、だから今のうちに俺様にたっぷり命乞いしておくんだな?」

  得意げに言い切る。

  ……が、狼からの返事はない。

  振り返れば、狼がバツが悪そうにうなだれ、それが少し可愛かった。

  「どうしちまったんだ?

  「そんなに命乞いさせられるの恥ずかしいか?」

  しかし、狼は俺の予想とは裏腹に、相当悔しそうに涙ぐみはじめる。

  「そ、そうだよな……。

  「俺、ちゃんと命乞いしなくちゃ生きて帰れるわけねぇんだ」

  ……俺は敵として扱われて本当に悔しかった。

  でも、それにとらわれ、コイツの気持ちに気づいてやれなかったようだ。

  コイツにとってみれば、本当に敵に捕まって、怖くて仕方のない状況なのだろう。

  下手を打って本当に窮地に追い込まれてしまい、自分の失態を許せずにいるのだろう。

  もしかしたら、今の狼は俺よりも悔しさを感じているのやもしれない。

  俺は慌てて撤回しようとする。

  だが、それよりも先に、狼は泣き崩れるように土下座し、必死に命を乞うてきた。

  俺の憧れだった狼が、今俺の前に崩れ落ちている。

  こんなはずではなかったのに。

  「悪かった」

  [chapter:【第三章 ヘビは狼に掻き乱されて】]

  それからしばらく、狼へ負い目を感じていた。

  あのまま遠回りなんてせず、すべてを話して、狼の群れの方に引き返せばよかったのに。

  このまま別れたら、本当に敵になってしまいそうで。

  どうか狼に許してもらいたくて、あのまま我が蛇人のシェルターまで通してしまった。

  いや、やはり、コイツは敵、ここはサクッと殺って尊厳を守ってやった方が良いのだろうか。

  この狼、かつて俺を助けたこと、やっぱり後悔しているに違いない。

  いや、後悔していないでくれ。

  「なぁ? いくつか質問良いか?」

  「あぁ、勿論だ!」

  「お前、俺を助けたこと後悔しているか?」

  「いや、そんなわけないだろ?」

  よかった。

  「だが、申し訳なく思っている。

  「次に会ったときは敵だなんて言っておいて、また別の蛇人を助けて、それで武器を使い過ぎたところをお前に見つかるなんてな。

  「お前にも、俺の仲間にも申し訳が立たんよ」

  ……すっかり弱っているコイツを見て、忘れていたが、コイツ結構義理堅いというか、いわば戦士なんだよな。

  「それじゃあ俺からのお礼は素直に受け取ってくれるのか?

  「恩人として丁重に扱われるのと、敗者として俺様のされるがままの末路を迎えるの、お前はどちらを選ぶ?」

  ……もし、お前が敵として誇らしくありたいというのなら、いっそ戦士として対峙して最後まで看取ってやろう。

  それがお前に対する敬意になるというのなら。

  だが、どうかこんなところで終わらないでくれ。

  お前は、俺なんかに終わらされる玉じゃないだろう。

  「確かに今、恩人として丁重に扱われるのは、流石に申し訳が立たん。

  「だが、俺を可哀そうだと思ってくれるのなら、何かチャンスをくれないか?」

  ……なんだか嫌な予感がするな。

  「……俺にリベンジをするチャンスをくれ。

  「俺が勝ったら少しずつ待遇を改善していってくれないか?」

  コイツ……俺に何度も勝つ気でいるのか?

  リーダーとして威厳をずたずたにして俺らの群れを半壊させるつもりか?

  まさかとは思うが、今までの弱さは全て演技で、あの時から俺を利用して俺たちを全滅させる計画だったとでもいうのか?

  「いや、勝つのは一度で良い。

  「この群れのリーダーであるこの俺がそうやすやすと何度も負けるわけにはいかないからな。

  「だが、その代わり、お前が負ける度、どんどん待遇を悪くしていくぜ?

  「なんなら、お前が俺に勝てるまで、元の群れには生きて返すことはないが、それでもお前は良いのか?」

  「あぁ、構わん!」

  「そうかい……」

  もういい、考えるのはやめよう。

  コイツがそこまで企んでなくとも、敵であることを選んだのには違いない。

  さっさと引導を渡してやろう。

  コイツの群れに返すのは此奴のドッグタグだけでいい。

  「んじゃ、後で同じことを皆の前で宣誓してもらうからな?

  「俺様にアンアン泣かされて、少しずつ俺様に絡めとられていき、最期には無様に誇りをへし折られて、蛇人に従順なおもちゃされる……そんな恥ずかしい末路を迎える覚悟、ちゃんとしておけよ?」

  「なんで、俺が負ける前提なんだよ!

  「絶対に俺が勝ってやるし、決してお前に哀し思いはさせないからな」

  ……哀しい思いならもうしてる。

  「それは勝って証明してもらおう」

  できなければお前は俺の手に堕ちるだけのことだ。

  「あぁ、望むところだ」

  交渉成立だな。

  もう容赦はしない。

  [chapter:【最終章 蛇は狼に後悔を刻み付けられて】]

  容赦はしないと自分で決めたはずだったのに。

  俺はこの狼の心を折ってしまったことをひどく後悔している。

  コイツは、もう還ることも生きることも諦め、俺の玩具になることを選んでしまった。

  俺がそう選ばせてしまった。

  いや、それとも、俺がそう狼に選ばせるよう誘導するように、狼が誘導したのだろうか。

  本当のところはわからない。

  マインドコントロールは対話を通してインタラクトする以上、常に双方向なのだから。