乾いた風が、砂を巻き上げて市場のざわめきに溶けていく。
この街の奴隷市場は、獣人にとって地獄そのものだった。
――獣の血を持つ者は、差別される。
それが、この国の当たり前。
その喧噪の中を、一人の狼獣人の女が歩いていた。
銀の毛並み、背は高く、しなやかに鍛えられた身体。
その姿を見た人間の商人たちは、ざわめきを潜める。
彼女――フォルナは、この辺りでは有名な冒険者だった。
獣人でありながら、S級に近い実力を持ち、誰も彼女を軽んじることはできない。
しかし、彼女は笑わなかった。
どれだけ強くなっても、人間の視線は変わらない。
「獣が人間の真似をしている」と、そう囁かれるたびに、心の奥にある古傷が疼く。
今日も、依頼の途中で立ち寄っただけ――
そう自分に言い聞かせながら、市場を通り抜けようとしたその時。
――視界の隅に、細い影が映った。
檻の中。
鎖に繋がれ、布きれ一枚をまとった少年がいた。
小柄で、痩せて、かすかに震えている。
瞳は曇り、焦点が合っていない。
そして、声を出そうとしても出せないようだった。
人間の子だ。
だが、フォルナは目を逸らせなかった。
――あの目。
あの怯えと諦めの混じった光。
それは、かつて自分が迫害された頃と同じものだった。
「……いくらだ」
フォルナの声が低く響く。商人が振り向き、戸惑いを浮かべる。
「え、ええと……この子ですか? ほとんど喋れませんし、目も悪い。使い道が――」
「聞いてない。値を言え」
金貨が数枚、木箱に落ちる音がした。
その響きが、鎖の擦れる音に重なる。
フォルナは無言で檻の鍵を開け、少年に手を差し出した。
少年は、ぼんやりとした視界の中で彼女 を見つける。
恐怖と戸惑いの中で、それでもその手を掴んだ。
フォルナはその小さな手を包み込み、静かに呟く。
「……行こう」
声を失った少年は、何も言えなかった。
けれど、握られた手の温もりが確かに伝わった。
それは、
二人の孤独な魂が初めて触れた瞬間だった。
そしてこの日から――
声を失った少年と、心を閉ざした狼獣人の旅が始まった。
少年の声を取り戻すための、長くて優しい冒険が。