奴隷市場を離れたあと、フォルナはまっすぐ街の外れにある古びた宿へ向かった。
この街では、獣人を泊めてくれる宿など限られている。
フォルナが扉を開くと、受付の男は一瞬顔をしかめた。
彼女はお風呂付きの部屋をお願いし、腰の袋から金貨を出すと何も言わず鍵を渡した。
「二階の奥だ。……他の客とは顔を合わせないようにな」
冷たく突き放す声。
フォルナはそれを聞き流し、少年の手を引いて階段を上がる。
部屋は狭く、壁には古い染みがある。
フォルナはため息をつき、窓を少し開けて外の空気を入れた。
少年は部屋の隅で座っていた。
鎖はもう外したが、まるでまだ首に重みが残っているようだった。
視線は落ち、動きもおそるおそるだ。
フォルナは荷物を下ろし、マントを外した。
「……おいで。」
少年は反応しない。
声が届いていないのか、それとも恐怖で動けないのか――。
フォルナは少し考え、ゆっくりと手を伸ばし、ベッドを指差した。
ようやく少年が動く。
ぎこちない動作でベッドの端に腰を下ろす。
フォルナは反対側に座り、しばし無言のまま。
沈黙が続く。
外では雨の音が聞こえ始めていた。
「……食えるか?」
フォルナは包みからパンを取り出す。
焼きたてではないが、腹を満たすには十分だ。
少年は目を瞬かせ、恐る恐る手を伸ばす。
そして、一口かじる。
その瞬間、彼の目が少しだけ見開かれた。
きっと、こんなまともな食事は久しぶりなのだろう。
フォルナは静かにその様子を見守っていた。
食べ終えたあと、少年は小さく頭を下げる。
言葉はない――
けれど、その仕草だけで十分に伝わるものがあった。
フォルナは視線を外し、窓の外を見た。
冷たい雨が、石畳を打つ音が静かに響いている。
(……似ている。)
少年の姿に、自分を重ねていた。
声も出せず、誰にも助けを求められず、
ただ生き延びるだけだったあの頃の自分。
フォルナは目を閉じ、息を吐いた。
「よし。次は体を休めなきゃな。……汗も血もついてるし。」
フォルナは少年の肩にそっと手を置き、微笑む。
「今日はゆっくり……お風呂に入ろう」
少年は穏やかな表情でフォルナを見て、しばらくして小さく頷く。