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「魔導システム3課」....通称「この世の果」「ふきだまり」等々.....社内では様々な言われ方をしているが、要は「此処に配属されたらもう一生出世できない」....所謂左遷部署である。社内外の一般的な認識ではそうなっている。
『茶毛商会』の社内外全てを結ぶ魔法陣通信ネットワークの維持・管理・改良を担う「魔導システム1課・2課」は出世街道の花形であり、社内外からよりすぐりの魔導師達が集められていた。その通信ネットワークに障害が生じた場合、真っ先に対処するのは1課であり、或いは2課である。正直、この二つの課が総力戦で当たって対処できなかった事例は無い。その予備部門として作られている3課は、つまり普段は殆ど仕事をしてない訳であり、有事の際でも1課・2課の奮闘により、3課の出番など無かった。つまり作られてから日がな一日暇であり、まともな仕事を充てがわれる事も無かった。その上である。出社してくる3課の社員達は、出社時間もバラバラなら帰る時間もバラバラ。時には何日も会社に出てこない事すら珍しくない。そんな様子を見れば、一般社員は当然、3課の人間の事を「社会不適合者」「ふきだまり」「給料泥棒」と噂する訳で....必然的にまともな社員は近づかなくなる。中には「なんであんな部署を存続させているんですか!?」と残業で疲れ果てて苛立ち上司に訴えた社員さえ居るくらいであった。しかし、一般社員は知らない。この3課こそ、会頭である趙の肝入りで設立された部署であり、本当の業務内容は1課・2課など比べ物にならない厳しい.....本当の意味で『茶毛商会』の将来を左右させかねない物である事を.....
昨日、4日前に起きた趙会頭誘拐事件の主犯である賊から魔法陣通信が商会に入り、其処に同席していたワノクニ出身の「夢幻一刀流」の使い手である木之本 貴文(きのもと たかふみ)とのやり取りから、賊の正体がかつてワノクニ全土を震撼させた伝説の殺戮集団『闇ノ獄衆』の、百数十年前の「夢幻一刀流」との戦いで死んだ者の魂が100年の時を経て数十年前に再び実体を得て復活した亡霊であるという衝撃的な事実が明らかにされてから一晩が過ぎていた。
その際に同席していたS級冒険者:ゴードフ・ゴーン、第1騎士団長:シューヴァ・アイントロンズ(事件当時に警備を担当)、第7騎士団長:ガルディン・ロジャー(ジークランド全土での犯罪捜査責任者)、交渉を担当した秘書のハッサム(実は趙の私的諜報部隊-烏(からす)のNo.2)が、通信終了後に各々が通信時のやり取りで気がついた点を話し合っていた。通信時に聞こえた「時刻み」の報知音がジークランド国内の特定の地域でしか使われていない物である事。転移ゲート魔法で国境を超える事は国境沿いに張り巡らされた結界により不可能である事。賊は各国を荒らし回っていたが、ジークランドでの犯行は始めてある事。それらから導かれる推論を話し合い、3人は各々の持ち場へと戻って行った。ゴードフは巨龍対策の斥候を命じられていたので、後の事をその場に残る者達に託して巨龍探索へと出立した。シューヴァは賊の居場所が判明した場合に備えての救出部隊の編成....特に賊が実体を持った亡霊であり、何度も通常の暗殺集団で殺されても復活してくる事から、対霊戦闘が可能な人材と装備の選定を。ロジャーは是迄で判明した事から少しでも賊に近づく手がかりを求めて第7騎士団の捜査部門に発破をかけていた。ハッサムは烏の情報網と社内の情報を総動員して賊に繋がる手がかりを探していた。そんな時である。魔導システム3課から、ハッサムとロジャーに呼び出しがかかったのは。
『急いで3課に来られたし』
そのメッセージを受け取った二人は、商会の魔窟....魔導システム3課へと足を運んだのだった.....
その3課の課長室に4人の男が集まり、その内の二人の男が睨み合っていた。否、正確には一方が睨みつけているのを、もう一方がヘラヘラ笑って受け流しているのだが。睨みつけているのは、趙の秘書のハッサム.....しかしその実態は趙の私的諜報部隊『烏(からす)』のNo.2である。今、ハッサムは烏のNo.2として眼の前の男と対峙していた。その反対側に居るのは、この3課の主である課長:イサーク・オルティス....見た目が冴えないくたびれた中年の狼である。しかし見た目に反して、その目はじっとハッサムから目を離さず、時折鋭さを見せるのだった。
ハッサムが口を開く
「昨日、親方様が置き手紙を残して、姿を消された。私に『烏の指揮の全権を任せる』との言葉だけを残してだ。その前に、親方様が貴公と話していたのを見た者が何人か居てな....一体、親方様に何を話した?」
普段は閉じている目をカッと見開いてじろりと睨みつける。人を殺せそうな目である。いや、実際既に100人以上の人間を「自然死」させている元第9騎士団の暗殺者である。烏に属する様になってからは、趙の性格的な物もあって直接的な暗殺行為は殆ど無くなったが、腕は今でも衰えていない。無論、イサークもそんな事は百も承知である。なぜなら3課こそが、趙にでは無く、商会に属する唯一の情報機関であり、緊急時において、その権限は重役達よりも大きい物を与えられているからだ。烏は趙の私的諜報部隊という性格上、先ず『趙の安全ありき』である。それに対して3課は、先ず『商会の最終的な利益ありき』であり、その為に趙がどうしても障害になると判断すれば、趙を切り捨てる事も辞さない.....そういう部署である。この会頭・趙の誘拐という非常事態に於いて、ともすれば対立する事が避けられない。そういう関係であった。
ハッサムが言う所の『親方様』とは、烏のNo.1である趙の屋敷の執事長である雪芹(ゥエクィン)の事である。この重大事に烏のNo.1が居なくなるとは、ただ事では無い。余程の重大事が雪芹を単独行動に走らせた事は、何となくは判る。しかし、気に入らないのは、自分達に黙ってである。それもこれも、目の前のこの男がそうなる様に振る舞った為である。だから、ハッサムは怒っていた。せめて説明しろと.....
一方、ロジャーはやや呆れた様子で二人のやり取りを眺めていた。その目はこう言っていた。
「またか....」と....
眼の前のくたびれた中年の狼.....イサークは、頭をボリボリと掻きながら
「本来、貴方への説明は雪芹さんの責任なんですけどねぇ....」
とボヤけば、ハッサムの目つきが一層鋭くなる。しかしイサークは動じない。ハッサムもイサークを恫喝する意味で睨んでいる訳では無い。この男とて、殺しこそしてないものの、「こちら側」の人間である事は判っている。元第7騎士団にて、国家絡みの謀略の末に起きた事件を担当し続けて、何度も「口封じの為の殺し」という危地を切り抜けて、様々な事件を調査し続けた男なのだから.....
ふーっと息を吐き出すと、手を前に組み、あの独特の『悪相の笑顔』で
「そうですな。少し状況を整理しましょうか....」
そうしてイサークは語り始めた.....現在の推測される状況を、自分の考えを.....
「そもそもあの賊、何者だと思います」
悪戯っぽい目で問うイサークに、ハッサムが少し戸惑いながら
「其れは.....昨日の賊のとの通信で、貴文殿とのやり取りで賊自身が明らかにした通り、ワノクニの伝説の殺戮集団『闇ノ獄衆』の亡霊が実体化した物だと....それ以外の事という事か?」
昨日、賊との魔法陣通信の会話の中で、同席していた貴文と賊とのやり取りで、賊自身の口から賊の正体が、かつてワノクニ全土を震撼させた伝説の殺戮集団『闇ノ獄衆』の亡霊が実体化した者だと衝撃の事実が明らかになった。しかし.....イサークは
「ええ、確かに大本はそうなのでしょう。しかし、我々が一番知らなくてはならないのは、あの者が今現在、「何者」で「なんの意図」でこうした事態を引き起こしているのか。という事です。我々は其処を勘違いしてはいけないんですよ。昨日の会話だけで、あの賊が何者なのか、完全に判った様に錯覚する事がね」
ハッサムが
「続けてくれ」
と応えれば、ロジャーも同意の頷きを返す。
「会頭が誘拐されてからこの4日間、賊に関係すると思われる情報を、其れこそ私の全てのツテを使って集めました。賊がこの数十年間の間に起こしたと思われる事件まで遡ってね」
「数十年....確かに賊が実体化した主張している時期と一致しているな....」
頷くハッサムに
「まあ、他所の国の犯罪ですし、今ほど魔法工学も発達してませんから、昨日話した本人が起こした事件か確証は得られませんでしたが、関係ありそうな事件という事で色々と集めてみたんですよ」
「先ずは35年前に、リガルド共和国、アイナス教国、ファムス王国、ナルガー王国等で暗躍していた、『闇の手(ダークハンド)』と呼ばれていた犯罪者に関する資料です」
上記4国は隣国ではないが、ジークランドの近隣諸国である。
「犯行手法は、今の賊と同様。目当ての人物や、或いは小さな村なんかを、召喚した魔物で襲い、人々を拐ってアジトに連れ込みます。アジトにて、被害者は、賊が楽しむ為に、様々な拷問や調教を与えられ、飽きる頃には、奴隷として仕込み直して売り飛ばして資金源にするか、気に入った者は、賊自身に食されたりと....拐われた被害者の中に有力者が居た場合、今回の様に身代金を要求する事がありましたが、実際に身代金が支払われても戻された被害者は居ません。ゴードフ氏の言う通り、金を奪うだけで人質を返す気は欠片もなかった事が示されてますな」
「そうか.....」
「これから先の説明は私よりも、この方に頼んだ方が良いでしょう。お願いできますか、オットーさん?」
部屋の隅にて黙って静かに座っていた老紳士が立ち上がる。もう60歳近いだろうか?穏やかな雰囲気の白顎髭を生やしたコーギーが近づいて手を差し出す。
「どうも初めまして、ハッサムさん。ロジャーさん。DHCのオットー・ヤネンツと申します。以後、お見知りおきを...」
差し出された手を握り返して握手しながらハッサムが
「DHCとは?」
「ダークハンドチェイサー(DarkHand-Chaser:『闇の手』の追跡者)の略ですよ。公的な組織という訳ではありませんが、我々....そう、各国の捜査官達は、『闇の手』に散々悩まされて来ましたからな。国を超えて協力して『闇の手』を捕らえよう。そうした意志の元に集まった者達です。もっとも、情けない事に今でも、こうして捕らえられぬまま、貴方方にまで被害が及ぶのを許してしまっている....情けない事です」
「いえ....会頭をお守り出来なかったのは我々自身の不甲斐なさによるものです。貴方方こそ、そんなに長くあの者と....」
「ふふ....単に無駄に歳を重ねてしまっただけ。かも知れませんな.....」
その時、オットーの瞳に何か燃え上がる様な光を、ハッサムは見たような気がした。
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「さて....早速ですが、本題に入らせていただきます。あまり時間の猶予があるとも思えませんのでね」
「お願い致します」
「お願いします」
ハッサムとロジャーが頭を下げた。
「我々、DHCが結成されたのは、先程述べた経緯の通りです。当時は、今の様な魔法陣通信装置の様な、誰でも使える通信機器などありませんでしたからなぁ。いつも、先手を取られて、駆けつけた時は、『闇の手』の残した残虐な爪痕を見せつけられる....そんな日々が続いてました。もっとも、偶々先回り出来て迎え撃つ事が出来ても、力の差を見せつけられるだけで.....何人もの同僚が命を落としました......」
一瞬だがオットー氏の顔に苦渋の表情が過った様にハッサムには見えた。しかしすぐに元の淡々とした口調で話を続けていく。
「ですが、己の無力をただ嘆いていた訳でもありません。本当に少しづつですが、『闇の手』に関する手がかりを蓄積していきました」
「現れる時は「転移ゲート魔法」とは限らないが、帰る時は必ず「転移ゲート魔法」を使用する事。多数の召喚魔獣による蹂躙。魔獣も同じ種類の物よりも遥かに強化された改良された魔物である事.....」
「常に一人で多数の魔獣を従えている事。同時刻に複数の箇所に現れた事が無い事.....」
「直接、現金輸送の馬車を襲ったりはせず、必ず人を拐う事。そして金を得る手段も、身代金の強要や、奴隷市場への被害者の売りつけ....」
「これらの事から、我々は『闇の手』の実像を少しづつ絞り込んでいきました....」
「一見すれば、利益を求める犯罪者にも見えますが、実際の所は人の命を弄ぶ事を愉悦とする快楽殺人者であろうという事」
「金品を得るのも、贅沢がしたい訳ではなく、今までの様な人の命を踏みにじる様な犯行を続ける為の費用を得るのが主目的であろうという事」
「魔獣達も、襲撃の際の戦力というよりも、人を切り裂き踏みにじる為の道具としての側面が強い事」
「これらから、我々は『闇の手』の事を、「高度な技能を持った「快楽殺人者」」.....そう定義づけしました。もっとも、そうした所で、我々は『闇の手』に弄ばれるだけ、の無力な存在に変わりありませんでしたが.....」
溜息混じりに自嘲するオットーだが、次の言葉で、やや力が入った様に見えた。
「事態が変わったのは25年前です。そう、その5年前にザンベンドルフ博士による、とある魔導式が発見されてからです」
「その....ザンベンドルフ博士と、、魔導式というのは?」
ハッサムが口を挟む。オットーは
「ジークランドの様な、国の為に己の身を捧げて強固な魔導結界を国境に張り巡らせてくれるヴィクトル騎士長の様な立派な人物が居られる国では実感が無いでしょうが、其れまで普通の国々は常に「転移ゲート魔法による他国からの奇襲侵略」の脅威に晒されて来たのです。無論、王都などの重要拠点に強力な結界を張って防御はしてましたが、消費魔力が非常に大きい為に、全ての重要箇所を覆う事までは出来ませんでした。その時代、我々の様な国は、他国の転移ゲート魔法を使用した奇襲による軍事的な侵略だけでなく、他国の山賊さえもが転移ゲート魔法を使って来襲する脅威に怯えていた時代だったのですよ」
「はあ....」
「ザンベンドルフ博士が発見した魔導式とは、低コストで転移ゲート魔法を妨害出来る魔法陣を構築できる式だったのですよ。それこそ国全体を覆っても問題無い程に低コストな魔法陣で転移ゲート魔法を妨害出来る」
ロジャーが口を挟む。
「成る程....それで、それがこの賊とどういう?」
「25年前、近隣諸国の一つであるファルムントという国が、その式を使用した魔法陣で国全体を覆って、国境を超えた転移ゲート魔法を使用不可能にする実験を実施したのです。我々DHCもさほど注目はしておりませんでした。ただ、その実験が上手く行けばいずれは自国にもその様な魔法陣が敷設される事が検討・施行されれば、今までの様な『闇の手』による被害も減るのではないかと期待はしてましたが.....実際には、其れ以上の事が起こったのです」
努めて冷静さを保とうとしているが、オットー氏の握りしめた拳が興奮を物語っていた。
「其れは、どんな?」
「あれほど頻繁だった『闇の手』による襲撃事件がパタリと止まったのですよ。どの国にもです。そこで漸く我々も気が付きました」
「つまり?」
ロジャーの問いに
「我々は当初、『闇の手』のアジトが被害にあっている我々4カ国の内の何処かにあるのだと思いこんでいました。しかし実際にはアジトはファルムントに有ったのですよ。そこから転移ゲート魔法で国境を超えて犯行を繰り返していたのです。我々は狂喜しました。今まで全く打つ手なしと思われていた『闇の手』にも弱点が有ったのだと....」
「しかし喜んでばかりも居られませんでした。なぜならファルムントに張られた結界に弱点がある事を既に知っておりましたから....」
ハッサムが問う。
「弱点とは?」
「このゲート転移魔法妨害結界魔法陣ですが、他の国でも試験的に試されてまして、その中でとある密輸業者が、その弱点を突いて密輸を働こうとした所、ちょっとした偶然に依る手違いで企みが露見して、その業者が摘発されたのですよ」
「ほう?」
「この結界は防壁の様に転移ゲート魔法を妨害します。しかし、10mも離れれば、その効力は失われます。まあ、国内で転移ゲートが全く使えなくなると逆に色々と不便になりますからな。しかし、業者は其処につけ込んできたのです」
「国境を挟んで20mの、出入り口の無い地下トンネルを掘り進めます。そうしてトンネルが出来たら、後は、国内の秘密の場所から、国境近くの地下トンネルに転移ゲートで移動します。其処からトンネルを歩いて国境を抜ければ、後は再び転移ゲートを使って隣国の秘密の場所へ気づかれずに移動する事が出来ます。偶々、穴が陥没して、企みが露見して業者は捕まりましたが....しかし『闇の手』もいずれ同様の手口で国境超えをしてくるだろうと我々は予想しました。そこで....罠を張る事にしたのです」
ロジャーが問いかける。
「罠とは?」
「ザンベンドルフ博士の式は小規模な結界にも応用可能な物でした。そこで我々は各々が、ファルムントの国境沿いに小規模な結界を張れる装置を設置しました。ファルムントの国境から500m以内は転移ゲートが使えない様にする装置です。そして機会を待ちました」
「機会とは?」
「再び『闇の手』が我々の国を襲ってくる機会をです。その際には、例の摘発された密輸業者と同じ手を使って来るだろう事を予想して」
ハッサムが慌てて口を挟む。
「ちょっと待ってください。すぐにその装置を作動させれば、そもそも侵入されないのでは?」
「我々は『闇の手』とアジトを分断する事を計画したのです。我々の国のどれかに侵入した時点で装置を作動させれば、『闇の手』はファルムントにあるアジトに帰還する事が出来なくなります。確かに最初に被害が出る事を覚悟しなくてはなりません。しかし、これは絶好の機会でした。いくら強力な魔獣を引き連れていると言っても、補給なしに魔獣をいつまでも連れ回す事が出来る筈がありません。我々の目論見では、そうして魔獣が弱体化した所で、一斉に攻撃して『闇の手』を捕らえる。そういう計画でした.....ですが....」
「賊は私の国、リガルド共和国に現れました。そして手筈通りに、装置を起動させました。『闇の手』をファルムントのアジトから分断する試みは成功しました。しかし....賊の連れている魔獣は予想外に奮戦しました。『闇の手』もヤケクソとばかりに暴れまわって、国軍でさえも手を焼いた程です。ですが確実に戦力を削いでいきました。確かに国内では転移ゲートを使えますから国軍が駆けつけた時には転移ゲートで逃げられている事もしばしばでしたが、その頃には我が国でも、国境沿いに転移ゲート魔法を妨害する結界を張れる様になりましたから、国内から逃すという事はありません。そうして我々は『闇の手』を包囲しました。逃げられぬように、例の装置で取り囲んで転移ゲート魔法が使えない様にして。そして闘いが始まりました。魔獣達は最後の力を振り絞って反撃してきましたが、流石にもう限界で一匹一匹と倒れていきました。やがて残るのは『闇の手』一人となりました。無論、単独でも強力な術を使う危険人物である事は知っていましたから、慎重に包囲を狭めていきました。後、5m程だったと思います。『闇の手』が自爆したのは....幸いにして気がついた国軍の魔導師が咄嗟に結界を張ったので、負傷者は出ましたが死者は出ませんでした。そうして『闇の手』は我々の前から姿を消しました。死んだのだと我々は思いました。実際、其処には形ある物は何も残っていませんでした。だから、我々も一連の『闇の手』による事件は収束した物と思いました」
オットーが穏やかな口調で話を続ける。
「朗報もありました。ファルムントにあるアジトが見つかったのです。どうやら主人が戻って来ないことに不安を覚えた魔獣が、縛めを破って外へと逃げ出したのを、住民に目撃された様です。現地に共同で調査に入った我々は様々な収穫を得る事が出来ました。関係していた密輸業者や奴隷業者のリスト。使われていた独自の強力な術や魔獣改造の技術。何よりも、本当に僅かですが、拐われた被害者の一部を助け出す事が出来ました。敗北続きだった我々が、漸くあの『闇の手』に勝利したのだと実感しました。そしてもう『闇の手』の事件は終わったのだと.....あの時はそう思いました。ただ一点を除いて.....」
「と、言われますと?」
「アジトには様々な文献が残されておりました。どれも技術的な物や、関係者のリストの様な実用的な物ばかりだったのですが.....一つだけ、全く違う....巻物が、アジトの奥に隠されてました。書かれている言葉もさっぱり判らない物でした。なんだか酷く嫌な感じがして、厳重に封印して持ち帰った後、倉庫の奥に放り込みました。兎に角「もう終わった」のだと自分たちに言い聞かせました。其れが25年前の事です」
再び、オットーの口調に苦渋の響きが混じる。
「ですが、其れが間違いであった事を3年後に知る事になりました。アッサムド皇国、そこで事件が起きた事を知らされて.....」
「兎も角、連絡を受けて我々は慌ててアッサムド皇国に向かいました。我々が現地で目にしたのは、まさしく『闇の手』の犯行後の惨状そのものでした。そして....敢えて生き残らせた少女に一片の紙が渡されてました。其処にはこう書かれていました「帰ってきたぞ」と....」
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一拍の沈黙の後、オットーが再び語りだす。
「我々は、先ず混乱しました。私自身がこの目で『闇の手』が爆散する所を目撃しておりました。そしてアジトも完全に我々が掌握しました。どうやって生き延びたのか? アジトを根こそぎ奪われた筈なのに、僅か3年でどうやって立て直したのか?」
「何よりもアッサムド皇国は、例の転移ゲート妨害魔法陣を国全体に張り巡らせていました。しかも、アッサムド皇国は砂漠の国です。我々はアジトを調査してますから、アジトの維持に大量の魔力や空気や水が必要な事が判っています。しかしそんな設備は、アッサムド皇国内ではオアシスにしか設置できません。しかし、数少ないオアシスにそんな設備を作ればたちまち露見してしまいます」
「そうして我々が困惑している間に、更に別の事件による衝撃が走りました。隣国のフラリスでも同様の事件が起きたのです。その国も転移ゲート妨害魔法陣を国全体に張り巡らせていました」
「そうして更に隣国へと犯行が広がりました。5カ国が同じ時期に『闇の手』の手で蹂躙されたのです。どの国も全国土に転移ゲート妨害魔法陣を張り巡らせていたというのにです」
「再び、一方的に蹂躙されるだけの時期が続きました。我々は現場に足を運びましたが、一向に手がかりは掴めませんでした。『闇の手』は以前の様に人々を蹂躙し、我々を嘲笑い続けました......そうした時期が6年間続きました」
オットーの握りしめた拳が震えていた。
「転機は、やはり唐突にやって来ました。アッサムド皇国の国境付近で不思議な布が見つかったのです。一見すれば唯の布切れですが、僅かに魔力を通すと反対側の景色を映し出したのです。我々はファルムントにあったアジトで見つけた資料を調べ直しました。其処には魔力を通す事で反対側の景色を映し出す事で大きな物を視界から隠す布の事が書かれていました。ファルムントのアジトでは、まだ実用化までには至ってなかった様でしたが.....」
「我々は、ここ最近襲われた国の、襲われた時期を調べ直しました。すると以前とは全くパターンが違っている事に気が付きました。以前、転移ゲートを好きな様に使えていた時は全く出鱈目な順番で国が襲われてました。しかし....この6年間、襲われた国は必ず隣り合ってました。違うのは順方向か逆方向か、もしくは間の国を飛び越して襲っているか、です」
「我々は確信しました。この国を跨いだ犯行は、転移ゲートでは無く、物理的な輸送手段に依る物だと。そして、見つかったその布....我々は、国境付近でひたすら目を凝らしました。最初は何も見つける事は出来ませんでした。その間にも国は蹂躙されて行きます。我々は犯行が起きた国には行かずに、その隣の国の国境にてひたすら目を皿にして、待ちました。何か手がかりが見つかる事を信じて....」
「本当に偶然でした。誰かが「あ!」と叫んで指差す方向の空にて、一瞬ですが、太陽が歪んだのです。そしてその後、じっくりと見つめていると、ちょっと見では判りませんでしたが、空の風景の一部分が僅かに歪んでいる箇所があり、それがゆっくりと移動していたのです」
「我々は、それが何処に向っていくのかを慎重に追いました。やがて日が落ちる頃、それも下の方に降りていきました。夜の間に慎重に忍び寄って行けば、砂漠の真ん中に何やらテントらしき物が設置してありました。我々は其処から隠れる様にしてテントを張り、夜中中監視を続けました。やがて日が登る頃、テントが取り払われました。其処には馬車をつなげた様な、大きな箱が置いてありました。其処の上に被せられていた布が徐々に膨らんでいくと同時に、周りの風景を映し出して、一目では何も無い様に視える様になったのです。しかし、我々は前日から追いかけてましたから、映し出す光景の僅かな歪みで、それが其処にある事を判ってました。それから.....昼前でしょうか。ジリジリと照りつける太陽の日の下で、それがゆっくりと空に浮かび上がっていったのです」
「我々はあんぐりと口を開けて、それが空を移動していくのを見つめてました。魔力反応は殆ど検知されませんでした。後に、それが『熱気球』と呼ばれる、魔法とは別原理の技術で作られた物だと知りました。砂漠にて太陽の熱を受けて布の中の空気を熱して膨らませて浮力を得て、空に浮かび上がる乗り物だと。『闇の手』がどうしてそんな技術を知っていたのか、今でも判りません。恐らくですが、昨日のお話に出てきた『闇ノ獄衆』に伝わる秘術だったのかと、今では考えております」
「空からの侵入という事を警戒していなかった訳では無いのです。しかし、我々が知っている空を飛ぶ技術は、魔法で宙に浮かぶにしろ、飛行魔獣を使うにしろ、大きな魔力を消費します。それだけ大きな魔力ならば、国境沿いに設けられた監視装置の魔力センサーに発見される筈だと。しかし『熱気球』という方法は、殆ど魔力も、他の何かも消費する事なく空に浮かび上がる方法でした。『闇の手』は白昼堂々、空の上から国境を超えていたのですよ。移動方法が判明した事から、アジトの位置も割り出す事が出来ました。やはり、被害の出ていない国、アルカーバ王国....比較的水等に恵まれた国です。其処の川の近くにアジトがありました」
「今度は、同時に『闇の手』が居る熱気球と、主の居ないアジトを襲撃しました。アジトは随分前から色々と下調べしてましたので、無事に占拠する事が出来ました。熱気球の方ですが....我々に気がついた途端に、全ての魔獣が飛び出してきて、一斉に爆発したのです。多数の死傷者が出ました。それでも、我々は奴を追いかけ、街の一角に誘導しました。今度は自爆させる隙を与えるつもりはありませんでした。我々の中の弓の達人が、間髪入れず賊の急所数箇所に同時に矢を当てました。奴は、そのままゆっくりと目の前で倒れていきました.....」
「しかし....いざ死体を回収しようと近づけば、奴が普段被っているフードの下が空である事に気が付きました。我々はまたしても奴を逃してしまったのです....」
オットーの言葉に苦渋の響きが再び滲んだ。
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「3年後、再び『闇の手』が姿を現しました。ボンパルマという国で、またしても凶行と共にメッセージを残して....」
「ですが、その頃になると、だいぶ様子が違ってきました。我々が『闇の手』の技術や手口を学んでいった事もあります。しかし、それ以上に魔導工学....特に魔法陣通信装置が普及した事が大きいかったです。大手海運会社『白牙運輸』から世間に広がっていった通信装置が、『闇の手』の目撃情報を迅速に知らせてくれる様になりました。例の転移ゲート魔法妨害魔法陣の更なる改良と普及により、ちょっとした村でも転移ゲート魔法が直接使えなくなってきていました。それは単に『闇の手』に直接、転移ゲートで乗り込まれなくなったというだけではありません。『闇の手』は必ず大掛かりなアジトを作ります。何故ならそうしなければ、折角拐った人々を、自分の欲望のままに嬲る事が出来ないからです。魔獣も、拷問部屋も、調教室も、様々な魔法素材を採取・備蓄する家畜部屋も....全て『闇の手』が犯行を楽しむ為には欠かせない物です。しかし、其処かしこが転移ゲートが使えないエリアになってくれば、アジトを作れる場所は必然的に限られた場所しか残りません。この時は3年でアジトを突き止め、急襲しました。またしても『殺害した筈』の『闇の手』には逃げられましたが....しかし幸いにして、今まで程の被害は出ませんでした。国を跨いだ犯行の手口が尽く封じられ、一国だけでの犯行に終始した為、皆が対応に慣れ、通信網の発達により迅速に国軍が出動して被害を防げたのも大きいです。そして、我々がボンパルマの裏社会にいち早く手を回していた為に、思う様に奴隷売買といった資金稼ぎが上手く行かなくなった事もあります。逃げられこそしましたが、我々は『闇の手』との戦いに勝利を納めつつある事を実感しつつありました。もう、かつての様に一方的に蹂躙されるだけでは無い。被害も未然に防ぐ事が出来る様になってきた。アジトもすぐに見つけられる。資金稼ぎも迅速に潰していける。後は『闇の手』が、毎回どうやって逃げる事が出来るのか、それさえ暴けば....」
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「3年後、再び『闇の手』が姿を現しました。リースナル王国....そう、このジークランドの隣国です。丁度10年前になりますね」
「我々は今度こそ『闇の手』の事件を収束させるつもりでした。手口は知り尽くしている。商売の潰し方も判っている。何よりも一番の弱点であるアジト....其処さえ見つければ、すぐに片がつく。そう、我々は思ってました.....」
「ですが....魔導通信網の発達で、大きな被害になる前に犯行を中断させる事は出来たのですが.....其れ以外の事が全く上手く行きませんでした。裏社会に手を回そうとしても、彼らは協力的ではありませんでした。それでも資金稼ぎのやり方が判っている(奴隷売買・魔法素材の売買)ので、潰す事は可能だと思ってました。しかし....いくら調べても『闇の手』がリースナル王国でどういうルートで資金稼ぎをしているのか、全く判りませんでした。そして何よりも....アジトの場所が判らないのです。どれ程の施設で、どんな条件の場所に建設可能なのか判っているのに、その条件に該当する場所の何処を当たっても、全てハズレだったのです。そうして、あっという間に10年という時間が過ぎてしまいました。まるで戦いが振り出しに戻ったかの様にです。そしてこの10年間、『闇の手』の手がかりさえ掴めない状況は、我々のリースナル王国における立場を悪くしていきました。最初は協力的だった市民も、我々が『闇の手』に無力である事が判ってくると、復讐を恐れて近づかない様になりました。貴族達も、まだ表面化してないものの、一部が『闇の手』に買収されているという話も入って来ています。この10年間で、我々DHCは『闇の手』に敗北しつつあるのです」
努めて冷静さを保とうとしているが、オットーの言葉に悔しさが滲んでいた。
「そんな時でした。そう、丁度2日前にイサークさんから連絡を受けたのは。今回の事件の概要と、出来る限り早くジークランドに来て欲しいとの要請の文章でした。私が此処に居るのは、そのお陰なのです」
そして、再び上げた目は希望に満ちた目だった。
「兎に角、イサークさんと話すために、着いたその日に此処3課に駆け込みました。そして、イサークさんと話して、此処に来た事が正しかったと確信しました」
其れまで黙っていた中年の狼....3課課長のイサークが、例の悪相の笑みを浮かべながら口を開いた。
「この10年間、『闇の手』はリースナル王国で暗躍し続けた。いくら隣国の犯罪とは言っても10年間もジークランドとは無縁だったんだ。警戒しようがない。何よりもわざわざこっちで犯罪を犯す理由が判らない。リースナル王国で『闇の手』は勝利を収めつつあったんだ。何故、わざわざ他国に手を出す理由がある? 欲しいものは全て足りているのに? それとも慢心して、更に欲が出て、他国の雄共を蹂躙したくなった? 確かに快楽殺人者だ。しかし馬鹿じゃない」
机の上に肘を付き、手を顔の前に組んで、笑みの悪相が一層濃くなる。
「どうしてもやる必要があった。そう考えるべきだ。でなけりゃ、下手すりゃ国が無くなるかもしれない国に出稼ぎにくるか? 身代金を要求している間に巨龍どもに全国土を蹂躙されりゃあ、持ち込んだ資材も魔獣も全て投げ捨てて逃げ帰るしかない。大損だ。手を出すにしても、巨龍達が居なくなった後の方が、安全だし、何よりも騎士団も被害を被っているだろうから、色々とやりやすくなるだろう。何故、其処まで待つ事が出来なかった?」
ハッサムがイサークを見つめて口を開く
「『闇の手』の協力者が、このジークランドに居る。その者は、この巨龍への対応で国全体が右往左往している状態で、趙会頭を亡き者にしたがっている。出来るだけこの事件が皆の記憶に残らないように....だから巨龍襲来前に事をなす必要があった。違うか?」
「ああ、そしてそう考えた時、パズルのピースが埋まっていった。何故、リースナル王国でアジトが見つからないのか? 『闇の手』のやり口を思い出してみよう。そもそも出来る限り、犯罪を行う国にはアジトを作ろうとしない。今じゃどの国も転移ゲート妨害魔法陣で国全体を覆っているから、ボンパルマでは仕方なく国内にアジトを作った。しかし結果は先にオットー氏が述べた通りだ。もしもリースナル王国にアジトを作らないで済む方法があるなら間違いなく『闇の手』はその方法を選ぶ筈だ。例えば....ジークランドにアジトを作って、犯行をリースナルで行う事が可能ならばな....」
其処でハッサムが口を挟む。
「しかし、お前だって知っているだろうが、転移ゲート魔法を使った国境超えは不可能だ。地下トンネルを作るにしたって、今じゃ国境線から500m以上離れなければ転移ゲート魔法は使えない。両方合わせて1kmもの長さのトンネルだぞ? そんな大工事、誰にも気づかれずにやれる訳がない」
「そう。これから作ろうって言うなら確かに無理だ。しかし、忘れてないですか? そもそも今回の犯行現場である地下遺跡。遥か昔に作られて、地下に埋没して忘れ去られていた物がたまたま見つかった。もしも、ジークランドとリースナルの国境にそんな、長さ1km以上の地下遺跡が存在していたとしたら?」
暫くその意味を考えていたハッサムはゆっくりと
「.....確かに可能だ。ジークランドから、その地下遺跡のトンネルを歩いて国境を超えれば、リースナルの好きな場所へ転移ゲート魔法で行く事が出来る。しかし....あまりにも都合が良くないか? それだけ大きな遺跡、先ずジークリアの領主が先に見つけて、報告を.....」
其処でハッサムは口をつぐんだ。
「....もしかして、」
「そう。そもそも領主が、そのトンネルを利用して密貿易をしてたら、報告なんてしないでしょうな。自分の過去の悪事を報告する様なものですから。そしてその遺跡をアジト用地として『闇の手』に貸し出した。『闇の手』の商売の利益の一部を巻き上げているのか、それとも、いざという時の手駒として使う為に飼っておく意味で貸したのか、どちらか判りませんが....それとも両方かも」
ハッサムが口を開く。
「リースナルで、DHCが『闇の手』の裏社会での動きを掴めないのも....」
「ええ、その領主の密貿易の人脈を利用すればね。何せ、ずっと昔からの人脈だ。入り込めないのも無理ない」
「しかしだ....何故、会頭を亡き者にする必要がある?」
「ウチはジークランド最大手の交易商社です。そして、先進的な売買システムを持っていて、それを他社にも売り込んでいる。取り入れる側も、煩雑な帳簿作業の簡略化、何よりも『茶毛商会』と同じシステムを使った方が、うちとの商売がしやすくなる。だが、一つだけ問題になる箇所があります....」
「それは?」
「ウチのシステムを取り入れると、必然的に、商品の出処まで記録しなくちゃならなくなる。少々の密輸なら、バラけさせて誤魔化せるでしょうが、恒常的に密輸貿易で利益を上げるには邪魔でしょうがないでしょうね。しかし、システムの有用性が他の業者にも認められてきて、このままなら広がるのは時間の問題でしょう」
「しかし、それなら会頭を亡き者にしても、何も....」
「まだ表面化してないが、このシステムの対抗馬を導入させようとする動きがあります。商品の出処の記録なんかを省いた物です。建前上の理由としては『ウチのシステムは杓子定規で使い難い。もっと緩やかなシステムを皆が望んでいる』だそうですよ。会頭亡き後、巨龍での混乱に乗じて一気にこのシステムを他の業者に導入させようとしているとしたら?」
ハッサムが大きく溜息を付いた。
「其処まで調べがついているっていう事は、もう『闇の手』の協力者が誰なのか見当が付いているという訳か.....となればアジトのおおよその場所も....親方様には、その場所を調べに行ってもらったという訳か」
「ご明答。流石に確証が少しでも早く欲しいんでね。時間との勝負ですからね。そして、あの人(雪斧)は一人の方が行動が早い。まあ、今回はDHCの魔法工学者と一緒に動いてもらっていますがね....なにせ、アジトの探索に関してはDHCに協力してもらった方が確実だから」
「で....もう回答は来ているのか?」
「ああ、貴方が此処に来る前に連絡が届いてます。アジトを見つけたそうですよ」
「じゃあ、そろそろ話してくれても良いだろう? 敵は何処の誰だ?」
「ボロミア・フェムト・オーディウム....リースナルとの国境に領地を持つ貴族です。まあ、そこそこの大物ですな。しかし本人はもっとのし上がるつもりなんでしょう。その為には密貿易でもっと稼いで金をばらまかないといけないという訳です。因みにだが、ファミウム商会っていう中堅商社のオーナーになっています。密貿易を誤魔化すには、正に丁度いいポジションですな。一度だけだが、其処から取引の話があったそうです。物自体は良かったそうなんだが....出処がはっきりしなかったんで、こちらから取引を断ったんだそうです」
ハッサムは立ち上がると
「で、我々(烏-からす)残留組は、そいつの身辺調査か?」
「ええ、多分、誘拐事件に関しては決行時に騎士団の敷いた防御陣に細工をした事以外は『闇の手』に任せっきりだろうでしょうが、例の対抗馬のシステムに関しては今も色々と動いている筈です。出来る限り証拠を集めて欲しい。特に政界関係のを。ウチもフル回転して連日、同業者の動きを探っているから、そっちまでは手が回りそうもないのでね」
「了解した」
そのまま立ち去ろうとしたハッサムに、途中から口を挟まずに聞く事に徹していた第7騎士団長:ガルディン・ロジャーが声を掛ける。
「あー....非常時なので、堅苦しい事を言うつもりは無い。しかし犯罪調査は第7騎士団が担う事になっている。ある程度までは目を瞑っておく事も出来るが、派手にやらかされると、こちらも、そちらを逮捕せざる負えない状況になる事も考えられる。くれぐれも慎重にな」
ハッサムはニヤリと笑うと
「ご忠告、確かに胸に刻みました。ありがとうございます」
そのまま足音も立てずに部屋から姿を消した。
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やや呆れた様な様子で事の成行きを見守っていたロジャーが口を開く。
「流石というか、相変わらず人を巻き込んで使うのが上手いですね。先輩」
ジークランドにおける犯罪調査は第7騎士団が受け持っている。本来なら、イサークの行為は第7騎士団の職務を犯していると厳重注意されてもおかしくない所である。
「なんか悪意がこもってない?その言い方。ロジャーちゃん?」
背伸びしながらイサークが応える。イサークは10年前に3課に移ってきているので、その頃のロジャーは27歳。丁度中堅の団員だったといった所か?
「全く....で、今度はウチをどう巻き込むつもりで?」
「いやだなあ.....ウチには逮捕権限なんて無いから、集めた証拠を全部渡す代わりに犯罪者を正当な権限で取り締まって欲しいだけだよ」
「ま、良いでしょ。しかし、それじゃそちら(3課)は、働き損でしょうに....」
「元々、目立たない事も仕事のウチなのよ。そうして悪い虫が近寄ってくるのを、出来るだけ合法的な方法で排除するのが本来の役割よ」
「虫ねぇ....今回はえらくデカイ虫ですな....」
「そう。だからしっかり仕事してよ? 出来る限りの証拠を集めてそちらに渡すからさ」
「判りましたよ....で、捜査に関してウチで協力出来る事は?」
「いや.....下手に第7騎士団が動いて感づかれるのは困るんでね。お願いだからウチが証拠揃えるのを待ってくれないかな。あ、でも、そちらの記録でオーディウム家が昔から密輸に関わっていた事を匂わせる様な公的な記録が残っていないか調べてくれない? こっちが集めた記録は公的な物では無いし、其れだけだと押しが弱いからね。後、救出部隊は第1騎士団が主体だしね」
「判りましたよ....」
ロジャーは部屋を後にした....
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一方、ボロミアの領地に潜入している雪斧と、DHCの魔導工学者である50歳のマズル髭を生やしたシロクマ:デニス・ランセルは....
「どうですかな、首尾は?」
雪斧の問いかけに
「まあまあと言う所ですな。特に凝ったトラップが仕掛けてある様子も無い。順調に行きそうです」
と笑顔で答える。雪斧が
「しかし、技術者の方だと聞いていたのですが、先程の潜入の手腕。大した物ですな」
「本職の方にそう言われると、照れますな。まあ、アレを生涯掛けて追いつめると妻に誓ったんです。この程度の事がこなせない様では、追い詰める前に殺されるだけですからな」
雪斧が
「奥様、ですか.....」
「ええ、『闇の手』の魔獣から娘たちを庇って死んだ妻にね....ああ、お気遣いなく。DHCの構成員の半分以上は、『闇の手』に肉親を奪われた者達ですよ。でなければ私だって、こんな命がけの仕事、敢えてやろうとも思わなかったでしょうね」
雪斧は基本的に組む相手の履歴は事前に頭に入れてから仕事に入る。予想外の事態に対して、どんな行動を取るのか予想がつかないからだ。先程言われた事も知っていた。会話をしたのは緊張してないかどうかを確認する程度の意味合いだったのだが.....
デニスがため息混じりに話す。
「しかし、まさか自分達が追いかけていたのが、不死身の亡霊だったとはねぇ....」
「不死身ではありませんよ。ただ、死ににくいだけです。その為の装備も持ってきてあります」
雪斧は自身の装備を確認する。袖口に仕込んであるオリハルコンワイヤー:天使の糸は、物理攻撃に優れた武器であるが、もう一つの特徴を持っていた。オリハルコンはもっとも硬い金属になりうると同時に精神に反応してその形状を変える。その性質を利用して、オリハルコンに自分の魂を同化させる事で、極力『魂』に近い物質に変化させる事で、霊的存在に対する攻撃力を持たせる事が可能だった。しかし、それは自身の魂も消耗させる諸刃の剣である。出来れば使わずに越した事はない。しかし....イサークから手渡された聖なる加護を受けたナイフ:十束剣の欠片(とつかのつるぎのかけら)で、あの賊を殺しきれるのか、甚だ心許ないのも事実だった。まあ、しかし....雪斧達の本来の任務は救出部隊が速やかに突入する為の下準備である。あくまでも烏(からす)本来の仕事は裏方である。自分が諜報部隊の一員である事は知られるべきではないのだ。やれる事はデニスが行っている作業がスムーズにこなせる様に手伝う事のみ。それを自分に言い聞かせてから、デニスに質問する。
「所で、作業はどれ位で終わる見込みですか?」
「気が付かれない様に、賊の逃亡防止用の転移ゲート妨害魔法陣を仕掛け終えるのに2日、救出部隊が転移ゲートで速やかに突入できる様に、転移ゲートの設置と、此処の防護魔法陣を一定時間無効化する仕掛けを敷設するのに3日....合わせて5日間という所ですね」
「判りました。本部に連絡します」
雪斧は、高度に暗号化され分割された文章を秘匿回線の魔法陣通信に乗せた。万が一、横から傍受されたとしても、意味の無い記号の羅列となる文章だ。正しい手順で商会の3課に届いた時にだけ、意味のある文章に解読する事が出来る。文章の意味はこうだ。
『救出部隊の突入の下準備に後5日必要。時間の引き伸ばしを頼む』
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