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こちらとあちらでは姿を見る事も、声を聴くことも叶わない。
私と、彼女以外は。
この如何ともし難い状況を、どうにか動かしたいと考えを巡らせる。
「まず確認したいのだが、友人のアキ殿はこちらの・・異世界の事を信じているのか?」
「え?えと・・一応は?こっちから鏡に物が入る様子は見せたし・・」
彼女が友人に向けてチラと視線を向けると「ん?なんて?」と首を傾げた。
「アド君が「異世界を信じるのか?」って」
「あぁ。まぁね。だってアコだし。こんな手の込んだイタズラするような子じゃないのは、長い付き合いで解ってるつもりだよ?それにあたし自身も「れいかん」あるからさ、普通の人よりかは不可思議ってやつを理解してるつもり」
「アコ」は、彼女の渾名か、友人同士での呼び名だろうか?「れいかん」とは?・・言葉の節からして、何かしらの能力を有している事を指しているのであろうが・・
「そうか。だが、理解しているつもりでも、心のどこかで疑念を抱いているだろう?いや、それが悪いとは言わない。普通の事だからな。しかし、その疑う気持ちは払拭しておいた方が後々の助けになりそうだ・・アヤ、今からこちらの本を見せるとアキ殿に伝えてくれ。それが疑念の解消に役立つかもしれん」
「え?うん、わかった」
「お?アド氏、なんて?」
友人に説明する彼女の声を聴きながら、部屋の中にある本棚から適当に一冊抜き出し、鏡の前に戻る。
「良いか?」
「うん。アド君が今から見せてくれるって」
「やった!異世界の本ってどんなだろ?!」
友人にこちらの状況を伝えた彼女と視線を合わせ、時を見計らう。
彼女が僅かに頷いたのを確認して、閉じたままの本を向こう側に差し入れた。
本の端を両指で挟み持ち、まずは表紙を見せる。
そのまま開き、ぱらぱらと適当に中を捲って見せたら本を閉じ、裏表紙を見せてまた表紙を表に戻した。
「アヤ、アキ殿に本を」
「手に取って良いの?ありがと!」
礼を言った彼女に頷いて本に触れる許可を出すと、早速友人に「本を受け取って、自分で見てもいいって」とこちらの意図を伝えてくれる。
「お、おぉ・・リアル異世界本。ちょっとビビるわ」
「希少でもなんでもない、普通の本だから自由に見てくれて構わない」
「気にするなって言ってるし、好きに見せてもらったら?」
「それなら、お言葉に甘えまして・・」と、友人は私の差し出す本を手に取った。
しっかり握ったのを確認して手を離す。
興味深げに頁を捲る様子を眺めていると、アヤが飲み物を差し入れてくれた。
透明なグラスの中身は黒々とした液体が八分目まで満たされている。
たしかこれは・・
「良かったら「あいすこーひー」でもどうぞ!アキに本を貸してくれてありがとね!」
「有難く貰うとしよう。本についてはさっきも言っただろう?気にするな」
「そうなんだけどお礼くらい言わせてよ~アキは本大好きだからさ、ほら!あんなに集中してる!」
「そうか、後で返してくれるのなら、それまで好きにすると良い。ところで・・「アコ」というのは・・」
「あぁ。それは私の「ぺんねーむ」本を出す時に使ってる名前だよ。アキも「こすぷれ」する時用の名前で本名じゃないんだけどね「おたく」同士で呼び合う時の暗黙の了解みたいなもの・・かな?」
「そうか。では「れいかん」というのは?」
一つ訊ねたらもう一つ気になっていた言葉にも興味が湧き、そう続けざまに問う。
「「れいかん」ってのは一定数の人が持っていると思われている体質?的なもので・・所謂「おばけ」とか「ゆうれい」・・亡くなった人の姿が見えたり声が聞こえたりする力の事を言うよ?」
「成程・・「ゆうれい」とは[[rb:幽霊 > ゴースト]]のことか。こちらにも魔物がいるのだな」
魔力は存在しているのだ。居るのが当然というものだろう。
しかし、彼女は慌てたように首を左右に振って否定してきた。
「魔物?!いやいや!いないよ?!もしかしたらいるかもしれないけど、一般的には存在しないって認識だよ?!」
「・・幽霊は魔物では?」
「え~・・そっちでは幽霊って魔物の枠に入ってんの?」
「あぁ。日光が弱点の夜行性の魔物という認識だな」
「そちらでは違うのか?」と問うて、結露してきたグラスを傾ける。
よく冷やされた苦みのある液体が喉を通り過ぎると、すっと体温が下がったように感じた。
舌の根辺りに残った苦味も、程よくて心地よい。
「う~ん・・幽霊は幽霊としか・・「しゃしん」や「どうが」に映り込む事があるらしいけど、普通の人には視えないから・・私もそうだし。こっちでは存在が立証されてないんだよねぇ・・「れいかん」無い人からしたら[[rb:い > ・]][[rb:る > ・]]のかいな[[rb:い > ・]][[rb:な > ・]][[rb:い > ・]]のか、何ともあやふやな存在だよ」
「ふむ・・存在自体が希薄なのかもしれんな。そちらの魔力の性質なのかは解らんが・・しかし、幽霊がそのような不確かなモノとなっているなら、呪いはどうだ?今こちらの呪詛師に呪具を作らせているが、防がれる可能性は?」
呪具と聞いてきょとんと首を傾げた彼女だったが、すぐに報復の件だと思い至り「ああ例のヤツね」と理解を示した。
「一応こっちにも「お守り」や「厄除け」って品があるけど・・多分気休めが殆どで、実際に防いだり出来るような[[rb:本 > ・]][[rb:物 > ・]]を一般人が用意するのは無理なんじゃないかなぁ?」
「そうか。それを聞いて安心した」
元より急ぎの案件だ。
彼女の安全の為にも自分で魔石を狩りに行くような悠長な事はせず、兄上にも相談した上で上級の魔石を用意するとしよう。
一日でも早く「梟の黒」から呪具を受け取りたい。
自分の個人資産が如何程であったか記憶を辿っていると、アキ殿が本を片手に彼女の隣にやってきた。
「アド氏!本を見せてくれてありがとう!すっごい興味深かったよ~!んで?何の話ししてんの?」
友人から本を受け取り「あ~、いや~・・」と言い淀んだ彼女は、視線を明後日に逸らして言った。
「そ、その話はまた今度!私ご飯準備しなきゃだから、二人は適当に時間潰して待っててくれるかな?!」
本をこちらに押し付ける様にして手渡し「あ~忙しい忙しいっ!」と言いながら調理場に移動した彼女の背を見送る。
その『隠すつもりがあるのか?』と疑問に思うほど不自然な挙動に、何と無く彼女の意図を察した。
「・・刺された事をアキ殿に未だ話したくないという事か・・」
放置された形で鏡の前に立つ友人は、案の定疑いの眼差しを彼女に向けている。
「・・アコがあんな態度の時はよろしくない隠し事してる時なんだよね~・・」
「逆に心配になるからさっさと話せっての」と独り言ちて乱暴に頭を掻いた友人はこちらに視線を向けて問う。
「もしかして、アド氏は何か知ってる?」
「・・勘が良いな」
やや鋭い繋がらぬ視線が「知っているなら教えろ」と問うてくる。
だが、答えようにもこちらの声は届かない・・
何かで意志疎通を図れれば・・そうだ。
思い立ち、手元の「あいすこーひー」に魔力を浸透させる。
そのまま水操魔法で簡易的な人形を作り出し、向こう側に送りだした。
「うおっ?!なんじゃこりゃ?!」
「ん?どしたー?」
驚きの声を上げた友人に彼女が調理器具片手に振り返る。
「なんか黒いスライムみたいなのが出て来たんですけど?!」
「あぁ、それは多分アド君の魔法じゃないかな?水分を操ってるんだよ」
「さっき「こーひー」あげたから、それじゃない?」とだけ言うと、彼女は正面に向き直って調理を再開した。
「へー!魔法かぁ・・マジで異世界なんだなぁ・・」
右、左と動かした黒い人形を目で追って、アキ殿は何やら考え込んでいる。
・・こちらからの意図を伝えられたらと思ったが、人形の動きだけでは難しいか。
不格好にぐねぐねと動く人形を見下ろし『自分に人形を使った意志伝達の才能は無いらしい』と悟った。
結局、手持ち無沙汰だった事もあり、昼食が完成するまで黒い人形をぶよぶよと動かしてアキ殿の視線を集め続け時間を潰した。
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