第8話 触手に絡めとられるイチ 触手なんて怖くない!11

  「出口だ!」

  アニスは洞窟の出口にたどり着き、天から差すほのかな光がやわらかく漏れているのを見て喜んだ。

  

  「まさか、本当に切り抜けられるなんてな。すまない。この礼は、必ずさせてもらう」

  ダディスはやはり出血が多く、歩くのが辛そうだったのでイチが肩を貸してやっている。

  「大丈夫か? 梯子が昇れなければ、ここで治癒魔法使いが来るのを待つことも考えた方が良い」

  ひとまず緊張状態は抜けたが、早く何かしらの治療を受けねば命に係わるだろう。

  「いや。大丈夫だ。あと少しで命を繋げるんだ。ここで死んだらあまりにもバカバカしい」

  「そうだな」

  イチはそう言って笑みを返した。

  正直イチ自身、ダディスとスエッタを無事に連れ帰れるとは思ってなかった。

  それが困難の末に4人揃って洞窟を出る事ができる。

  冒険者としてこんなに達成感を感じる瞬間もなかなかないだろう。

  報酬額を考えると消費した装備の事を考えればむしろ赤字なのだが、今は身体の疲労と痛みすら心地よい気がした。

  しかし、イチはダンジョンアタックの基本的な心得を忘れていた。

  それは、「ダンジョンから脱出するまで決して気を抜かない事」という大原則である。

  ◆

  「よし。まずスエッタ、その次はダディスが上がってくれ」

  4人は洞窟の出口に辿り着いた。後は全員が梯子を昇って外に出るだけだ。

  イチの気がかりはダディスに梯子を昇れるだけの体力があるかどうかであるが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

  ダディスはアニスが梯子を昇っていく後からゆっくりではあるが

  追いかけて行った。

  「よし。ダディスが昇り切ったら次は君だ」

  アニスは元気よく「はい!」と答えた後、思い出したようにイチから預かっていた狼の階級章を返した。

  「イチさん。ほんとうにありがとうございました。もしイチさんがいなかったら、父も妹もどうなっていたか……」

  「いや。結果だが君がいてくれてよかった。君がいなかったら親父さんたちは助けられなかったかもしれん」

  「ほんとうにイチさんはかっこいいです……! 僕、妹だけなんでイチさんみたいなお姉ちゃんがいたらよかったのにって思ってしまいました」

  「やめてくれ!」とイチは強く否定した後に、

  「褒められ慣れてないから、正直、照れる」

  と小声で言って顔を赤らめた。

  そうはいいつつも内心悪い気がしていないイチ。ダンジョン攻略の疲労感を感じながらもそれ以上の達成感を感じていた。

  その為彼女にしては珍しく気を抜いていた。

  実際に獅子奮迅とも言える活躍をしていたので高揚感に酔っていたのもあるのだろう。

  そのせいですぐそばに這いよる怪物の気配に気が付くのが遅れてしまった。

  「_____!?」

  ウゾゾ、と何か酷く不快な物体が蠢く音を聞いて振り返った時には遅かった。

  イチはその邪悪な姿を見て顔をひきつらせた .

  その怪物、ダンジョンスクイの女王はこの世の物とは思えない醜悪な姿をしていた。光のない世界で低下する視力を補う為に無駄なまでに巨大な濁った眼球、生殖器としての機能を持ち犠牲者を弄ぶために奇妙な形に発達した無数の悍ましい触手、そのふたつがこの怪物の性質を全て表していると言っても過言ではない。

  あろうことかイチはこの怪物の射程圏内に入っていた事に気が付いた時には既になんの防御反応もできないまま太く無数のイボがついた土気色の触手に胴体を絡めとられてしまっていた。

  「逃げろ! 少年!」

  「イチさん!」

  アニスはダンジョンスクイの女王に捕まり再び暗闇の洞窟へと引きずり込まれてゆくイチを見て叫んだ。

  「大丈夫だ! 触手なんか怖くない! 必ず戻るから外で待ってろ!」

  そう言いながらイチはどんどんと暗闇の方へ引きずり込まれてゆく。

  ダンジョンスクイの女王は兵隊とは違い獲物や外敵と戦うために触手を進化させていない。

  なので多少であればイチのように小柄な少女でも辛うじて抵抗もできる。

  しかしながらダンジョンスクイの女王はその無数の触手でイチの身体を自分の体に磔にしようと地獄の亡者が生者に縋るように絡めとろうとする。

  なんとか一矢報いようと眼球に銃口を向けるもすぐに右腕を絡めとられてしまった。

  「ちくしょう!」

  イチの体には既に長く太い腕のような触手、短く細いブラシめいた触手などが肉体を包み込もうと絡みついている。

  その触手のそれぞれはまるで意志をもっているかのようにイチの乳房や太腿、鼠径部をなぞるように絡みついてくる。

  イチは自分の服の間から侵入してきた触手の先端が素肌に触れ、その冷たい感触に思わずダンジョンスクイの苗床になってしまった自分の未来が頭をよぎった。

  _____冗談じゃない!

  徐々にイチの身体が絡めとられてゆく様は、女郎蜘蛛に捕らえられた蝶を思わせる。

  四肢や下腹部に侵食しようとする触手と格闘している間にもイチは洞窟の奥にどんどんと連れ去られていった。

  _____こんな所で、終わってたまるか!

  こうして絶体絶命の状況で物語は章の冒頭に戻る。

  イチの冒険はこのまま洞窟の奥底でダンジョンスクイの触手に嬲られているうちに火炎魔法でダンジョンスクイごと焼き払われるという残酷な終わりを迎えようとしていた…………。