悪い狼さん、飢えた獣さん

  ●

  獣は今宵も飢えている。

  目覚めた獣は、飢えを満たすまで眠ることはない。

  あばら家で空きっ腹を擦る狼は、安物には見えないペンダントを粗暴に握りしめる。微かに体内から何かが吸い取られるような感覚と共に、その中心のターコイズの宝石に光が灯った。

  刻まれた線は二本。その一つが狼の意思によって灯り、数分を置いて二本目にも光が宿る。それを受けて狼は獰猛な――さながら無邪気な山羊を見つけたような――笑みを浮かべ、あばら家を後にした。

  

  ●

  チチチ、と朝露に濡れる森の中で小鳥のさえずりが木霊する。豊かな緑に覆われた静謐な森の中。木漏れ日が露に触れては跳ね返る、幻想的な涼やぐ朝の景色。

  その中を一人の老獅子が、ゆったりとした足取りで歩いていた。ふくよかな体は、若い頃であれば雄邁ゆうまいたる力強さを湛えていただろう名残を、豊かながら弛みの少ない曲線に残している。張りのあるその丸い腹や胸は、ともすればその歩き姿を滑稽な不恰好にしてしまいそうなものではあるが、しかし、彼が森を行く姿はさながら絵画に描かれるような凛々しさを感じさせる佇まいであった。

  簡素ながらも繊細な仕立ての為された衣服へと自然に袖を通している老獅子は、褪せて尚、高貴な金色を宿す鬣たてがみを軽く風になびかせる。

  この獅子は、かつて一国の王であった。

  四十を超えた辺りで受け継いだ王の座を数年前に立派に育った息子へと譲り渡し、彼は王族所有の森に立つ屋敷で数人の使用人と共に隠居生活を送っていた。警備が難しい場所で、他の家族からは渋られはしたが、どうせもう国政には関わ

  らないとして半ば強行した結果だ。

  「ふむ、今朝も心地が良い」

  清清しい森の香りを肺へと吸い込んで、獅子は円やかに弧を描く腹を膨らませる。木々の香り、草花の匂い。目で、鼻で、森の植物を眺めながら彼はそう呟いた。

  彼がこの森を隠居崎に選んだのは、ただ衆目から離れたかったというわけではない。若い頃、王としての教育と平行して没頭した調薬。下手の横好きではあったものの、この豊かな森は、獅子が調薬の勉学を再開するにはうってつけであったのだ。

  老獅子の一日は、この散歩から始まる。

  屋敷の敷地内の森を散策し、朝食を済ませた後は気ままに勉学や趣味に耽る。時折、現王やその他施設からの打診が舞い込むが、つい先日国の式典に出席したばかり。すぐさま次の用事を寄こすような国臣たちではない事は良く知っていた。

  暫くは、忙しさから遠のいた生活が約束されている。

  「――ふ、ぅ」

  軽く伸びをして、老獅子はたわわと実る腹を撫でた。眠気は醒め、代わりに心地のいい空腹感がそこに溜まり始めている。

  さて、帰るとするか。と一人語ちた老獅子は踵を返し屋敷へと慣れた足取りで戻っていく。そして、獅子が屋敷の扉を開けて数秒、違和感に足を止めた。

  正面階段の踊り場には、巨大な肖像画が飾られていた。獅子の傍らに息子である現王が佇んでいる姿が描かれている。いつものエントランスだ。

  だが、人の気配が無い。

  王城と比べればいないと同然の数とはいえ、十を超える使用人がこの屋敷で働いている。この朝食前の時間など、いつ

  もであれば特に忙しく働いている時間だろう屋敷の中に、しかし、人の動く気配がまるでないのだ。

  獅子が起き出した時には確かにいつもどおり働き出していた使用人たちの気配は一切無く、まるで今の屋敷は真夜中のように静まっていたのだ。

  

  

  ●

  (……なんだ?)

  ピリ、と眉尻が静電気を発するように広がった。老いはすれど百獣の王たる獅子の瞳に鋭い光が宿る。と同時に、五感が研ぎ澄まされていく。

  血の匂いは――無い。

  まずは何よりそれを確かめて、獅子は安堵した。使用人たちが殺されている、などという事態ではないだろう。とはいえ、何かしらの異常事態が起きていることは疑いようが無い。

  懐の短剣をすぐに抜けるようにと、柄に手を添えて耳を澄ます。

  すると。

  (なんだ? これは――咀嚼音、……か)

  獅子の耳に、物を食べる――というよりも貪るような音が飛び込んでくる。耳の角度を数度変え、方角と距離を測り、そして。

  「……食堂か」

  その音の発生場所を探り出した。

  来客をもてなすこともある食堂はエントランスからすぐの扉に繋がっている。獅子は、間違いなくそのクッチャ、クッチャと鳴る咀嚼音がその向こうから聞こえてくることを確認して、扉に手をかけた。

  罠の気配は無い。

  どころか、欺くような匂いも無い。言うなれば、まるで己の城のように寛いでいるような無警戒ささえ嗅ぎ取れる。

  (……愚かしいの)

  穏やかな王と謳われた獅子は、怒りよりも先に憐れみすら覚えて扉を押し開いた。だが、短剣の柄を握る手に迷いはな

  い。

  そして、果たして、罠などはやはり無く。

  食堂の上座には一匹の狼がいた。この屋敷の主たる獅子が座るべき場所に、黒いスーツを着崩した狼は、机に肘突き気怠げに煮込まれた獣肉へと牙を立てていた。周囲に汚らしくばら撒かれた歯型の付いた骨は、その侵入者が平らげたものだろう。

  昨日、料理長が良い獣肉を仕入れたのだと嬉しげに語っていた事を頭の片隅で思い出しながら、獅子はその驕傲たる狼が差し向けてくる視線を受け止めた。

  「ああ? ……んだ、生き残りがいたのか」

  狼は、獅子が食堂に入ってきた事を意にも留めないようにそう呟いた。厨房の鍋から適当な皿に寄せた、というように山に盛られた肉の一つを掴む。

  「生き残り、と?」

  横柄な態度を崩さない狼が発した聴き逃がせない言葉に、獅子は剣呑な響きを声に乗せる。その言葉が正しいのであれば、この屋敷の使用人は殺されてしまっている事になる。

  その殺意に、さしもの狼も口許に運んでいた肉を下ろしていた。

  「あ? ああ……」

  怪訝そうな視線が返され、もう一度獅子が問い質すより先に狼は納得したように声を上げた。

  「勘違いすんなよ。生き残りってのは言葉の綾だ」

  狼は骨付き肉に齧り付き、その強靭な顎で骨から肉を引き剥がす。肉の繊維をその鋭い歯が乱暴に切り裂く音。それが喧しく食堂に反響する。机に肘を突く姿から想像に難くは無かったが、この狼には食事のマナーという概念は存在しないらしい。

  「すやすや眠りこけちまってるだけさ」

  眉を顰める獅子に、狼は肉汁に汚れた口で下卑た笑みを形作ってみせて、机の上に薬液の瓶を転がした。

  その瓶の見覚えはあった。いや、よく知っているというべきだろう。

  それは獅子が研究をしていた睡眠薬だった。まだ世に出回っているものではない。獅子の研究室に保管してあったもので、薬事局への提出の為に効能や副作用を纏めていた最中だったはずのもの。

  「それは、わしの研究しておった……」

  「へえ、お前がコイツを作ったのか? スゲエ研究者サマだ、コイツはいい薬だぜ。特に前後の記憶が曖昧になるってのが最高じゃねえか」

  「……」

  狼が語るのは明記した副作用の一つだ。そこにあった作成途中の資料にも目を通したのだろう。とはいえ――。

  ガタリ、と。獅子が思案する一瞬に、狼は手にしていた肉片の残る骨を背後に放り投げて、椅子を押し退けるようにして立ち上がった。

  「んで、まあ? 美味そうな匂いがしたからよ。ちょっくらこの薬の効果を確かめてやるついでに、被験代を頂いてたわけだ」

  まるで悪びれもせず抜け抜けと言い放ちながら、重い足音を響かせるように獅子へと歩み寄ってくる。

  その姿は、獅子の知る狼獣人の体躯よりも一回り二回り大きく、まるで熊にでも対峙しているような感覚さえ覚えていた。だが、退くわけにはいかない。

  「腹減って仕方なくてよ、助かったぜ」

  獅子はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべた狼を睨み、その狼が間合いに入るのと同時。床を蹴り上げる衝撃とともに体を弾き出し、引き抜いた短剣を――。

  「ぬ、んッ!」

  一気に、突き込んだ。狼の喉笛を裂くように最短距離で放った刃の一撃は、しかし、その途中でたった一つの掌によって阻まれていた。

  裸の刃を握る手。

  それは紛れもなく狼の手だ。手入れを欠かしてはいない鋭利な刃ですら、掌に浅い傷を作っただけだというのか。そんな驚愕に目を見開くような暇さえ与えられず、老獅子の体は食堂のテーブルに吹き飛んでいた。

  「……が、ぁ……ッ!?」

  何が起きたのか一瞬分からず。しかし、直後に襲い来る腹部の痛みに蹴り飛ばされたのだと知る。肺が呼吸を拒み、全身が痺れ上がって自由が効かない。短剣が床に放り捨てられて乾いた音を奏でた。

  「んなちっぽけなナイフじゃどうにも出来ねえよ」

  「ふぐ、ぅ……っ!」

  テーブルに後頭部を叩きつけられ、視界に星が散る。首を掴まれたまま呻き声を上げれば、狼は嗜虐的にその目を歪ませては、その巨大な舌で口の周りについた肉のソースを舐め上げた。

  品定めをする目。

  「後で一人ずつ美味しく頂こうかと思ってたんだけどなあ……」

  遠慮のない不躾な視線。

  敬仰に慣れた獅子にとっては、はるか遠くに忘れた感覚。全身を弄られるような不快感と痺れるような緊張感。

  「気が変わったぜ」

  「ん、ぐッ……!?」

  死臭が漂う。殺しにすら手を汚してきただろうこの狼が、屋敷の使用人たちを殺さなかったのは、偶然目の前に睡眠薬

  という玩具があったからに過ぎないのだろう。

  気まぐれに人を殺さず。ならば気まぐれに人を殺してもみせる。

  「こんなに美味そうなメインディッシュが隠れてたなんざ思わねえよな」

  粘つくような声が、冷え固まるように耳に絡みついてくる。

  マズルを掴む手を両腕で払い除けようとするも、衰えた老獅子の力では強靭なその腕はびくともしない。

  「俺はなあ、美味いとこだけかっさらって喰うのが好きなんだ」

  中にどれだけ肉が詰まっているのか。それを確かめるように獅子の腹の曲線を狼の手が歪ませたその直後。狼の獰猛な爪が獅子の腹を乱暴に切り裂いた。

  「……っ!」

  悲鳴が上がる。

  だが、それは老獅子のそれではなく、彼が身に付けていた衣服の悲鳴だった。

  力任せに引き千切られた上等な布は傷ましく破れ、老獅子の風船のように膨らんだ腹が窮屈でない程度の締め付けから解放される。球状のゼリーを皿に給したような流体めいた弾力をもって揺れる腹を、狼は鋭い爪の生えた指でもう一度撫でつけていた。

  「っ、ひ……ぁ」

  いつ、その爪が腹を食い破るのかと慄くのも束の間。

  獅子は狼の次の行動に、己の目を疑った。バヅン! と音を立てて弾けたのは獅子のズボンを留めていたベルトだ。続けざまにそのスボンが下着諸共に破り去られ、獅子の体は狼の眼前にその全容を示す。

  これではまるで、雌を襲っているような。

  「ま、まさか……ッ、おぬし……むぐ、ぅ!」

  首を抑えていた手が獅子のマズルを掴み直す。

  蹴られた痺れが収まらず、満足に抵抗することもできない。テーブルに押し付けられながら見下ろすようにして睨む視界で、狼はそのスラックスを床に落とす。

  力強い大腿。鍛えられているのだろうその脚力で蹴り飛ばされたのなら、あれ程の衝撃も理解出来よう。だが獅子の意識が向けられていたのは、そこではなかった。

  太腿の、その上。今にも下着を突き破らんばかりに膨らむ雄の象徴。

  既に先端を濡らしているその凶悪な質量に、雄としての劣等感と同時に確信が獅子の脳裏によぎる。

  狼は筋肉ばかりではなく、腹や胸に脂肪を蓄えた肉体をしている。齢としては四十程だろうか。老獅子にとっては息子と同じような年齢だ。

  ――そんな男に、己は今から犯されるというのか。

  確信すれど信じがたい推測を読み取ったように、狼はその下着をずらしてその中身を露わにしてみせた。それは、もはや凶器と呼んでも差し支えのない巨大さだ。

  斜めに聳え立っていても尚、へそよりも高く持ち上がる雁首。太い血管ののたうつ腕ほどもある巨大な肉茎とそれに見劣りせず存在感を放つ子種袋。

  獅子自身、人よりも立派な雄に密やかに持っていた自信を容易く打ち砕かれる程に、その全てがこれまで獅子の知る男の中でも最上位であった。

  「んぐ……、ッ、ぬ、ぅ……っ」

  獅子は片足を掴まれ、それを突き込める場所を開かせる狼に懇願するように首を振る。

  殺される。

  そんな物で無理矢理に体の中を抉られれば、壊されてしまう。

  やめてくれと叫ぼうとも、狼の動きに迷いはなく。

  獅子は己の秘部に、他者の熱を感じ取る。

  「ぁ……っ」

  直後。

  熱く漲る何かが自分という形に罅を走らせるように押し入ってくる。

  「……ぁあッ、い、ぎぃ、……ぃ……ぁあッ」

  激痛。

  気付けば、口を塞いでいた腕は離れていた。だが、凌辱の最中にあってそこから逃れる手段を考案する余裕などありはしない。

  腰の中に熱した鉄を埋め込まれたような痛みが、目の奥で火花のように弾けて脳を焼く。知らぬうちに涙が溢れ、マズルから伝う鼻水がそれと混ざっては鬣を汚していく。

  経験が無いわけではない。だが、結局そういった教育以外でそちら側に回ることは無かった。そんな閉じた狭い洞窟の中を熱鉄の頭蓋を持つ蛇がたっぷり数分をかけて侵入り込んでくる。押し広げられ、内蔵が悲鳴を上げる苦痛に獅子は力なく嘶くばかりだ。

  その挿入の緩慢さも、獅子の体を慮ってのことなどでは、当然ない。

  「ぁあ゛、堪んねえな……お前の全身で俺様を嫌がってやがるぜ」

  獅子の体内の襞が、侵入者を拒むようにきつく絡みつく。その感触を楽しむ為に狼は己の獣欲をゆっくりと沈めていたのだ。

  そして今度はそれを緩やかに引き抜き。

  「そういうヤツをグチャグチャに俺様のモノにするのが最ッ高によ、気持ちいいんだよ、なアッ!」

  「ぉガ――ぁあア゛ア゛ッ!?」

  ズ、パァン!! と盛大な音が弾けた。まるで爆竹が爆ぜたのかと紛う音量に糸を引くような粘ついた水音が重なる。もはや錯覚などではない。凶悪な肉杭が獅子の内蔵や骨を突き上げては、その衝撃が脳天にまで走り抜けていく。

  電流、と呼ぶにはあまりに鈍器じみた衝撃。解放された口で出来るのは、ただ雄叫びを上げるばかりだ。

  声を張り上げずとも主と客が会話出来るよう、スプーンがスープ皿の底に触れればそれだけで音が全体に響くような食堂だ。

  そんな場所で、激しく抽送を行えばどうなるのか。

  柔らかい肉に容赦なく腰を打ち付ける音が室内全体に反響して轟く。ともすれば屋敷全体がその淫猥な殴打音に包まれているのかもしれない。

  二十人程は悠々と座れる広い食堂。そこをステージにするように淫らな破裂音と獅子の叫びが連続して鳴り響く。

  「ふ、ぐぅ……ッ! ぁ、ぉお、オォッ!」

  己の尻を犯す肉杭が接合部で掻き鳴らす淫音。それが脳の中でグルグルと渦巻いている。痛みと音の嵐のような中、息一つ荒げない狼の腰が深く、己のもっともいいタイミングを探るような動きへと移り変わり。

  「そら、たっぷりくれてやる」

  バチュン、! と勢いよく根本までを突き入れたかと思えば、その巨体で獅子の体を押し固めるように伸し掛かった。

  そして。

  「ん、ぐぅ……っ」

  中で熱が爆ぜた。

  その太さの恩恵を遺憾なく発揮した量と勢いで、腹の中にあるはずの雄肉から粘液の迸る噴射音が耳朶を打つ。奥に押し込められた空気と肉壁に跳ね返る雄種が混ざり泡立つ感触が手にとるように分かってしまう。

  「あ、ぁ」

  言葉が出なかった。

  固く形を保ったままの剛直が、尻の口を抜けていく。短い間の穿孔だったというのに、その大きさのせいでぽっかりと空白が生まれてしまったような空虚感に襲われる。

  「ぁ……ぅ」

  尊厳ごと汚されてしまったという屈辱と、ようやく終わってくれたという安堵で涙を零しながらしゃくりあげる獅子に。

  「何終わった気になってんだ?」

  狼が無慈悲に言い放った。

  太い腕が獅子を掴んだかと思えば、獅子の視界は勢いよく反転していた。ぐん、と回る視界に獅子はシワの寄ったテーブルクロスを眼前に見つめ、つい先程大量の雄汁を注ぎ込まれたその秘孔に硬いあの感触が触れるのを感じていた。

  「ぁ、あ……っ、やめ……ッ! や、ぁぐぅう゛ッ!?」

  再び、熱が内蔵を焼く。うつ伏せのままテーブルのクロスを掴み這うように逃れんとするも、強引に引き戻される。

  まるで逃げた罰だというように、深く奥へ。先に吐き出した白濁を逆流し溢れさせながら、狼の熱槍が獅子を貫いていく。

  「例え、お前が孕もうとやめねえからよ」

  侍従達の手入れによって整っていたテーブルは見る影もなく乱れていく。狼は被毛に張り付いてくるシャツを煩わしいとばかりに開はだけさせ、その筋肉の上にこんもりと脂肪の乗った腹と胸をさらけ出した。

  終わらない。

  重なるピストンによってゴプゴプと泡立つ粘液の中に、新鮮な白濁が注ぎ足されていく。四度、五度と脈打ち、その総量の重みが分かる程に大量の精液が流れ込んでいる、というのに。

  「っな、ぁ……今出した……ばかりじゃ」

  「あ? なに舐めたこと言ってんだ」

  狼はまだ止まろうとしない。

  「まだ入んだろ、でけえ腹してんだからッ」

  微かな痙攣の直後に、収まりを知らない憤怒の如き剛直が再び獅子の肉壁を削りはじめる。

  己がいつ枯れるかも分からぬ性欲の餌食に嬲られるのだと気づいた時には、もう獅子には逃れる体力など残されてはいなかった。

  

  ●

  「か、は……っ、ぁあ」

  テーブルから床に引きずり下ろされ、そこでも淫虐にさらされた獅子は、注ぎ込まれた雄種で更に膨らんだふくよかな腹を仰向けに晒し、呼吸の度に拓ききった雄膣から幼子が作った下手な水鉄砲のように白濁を吹き出していた。

  日は既に暮れかけている。日中の殆どを交合に終始した狼はもはや数え切れない数の射精を繰り返し、そしてその全てを獅子の腹の中へと注ぎ込んでいたのだ。獅子が雄であるとはいえ、それだけ腹に子種を詰め込まれれば子を宿してしまうのではないかと思えるほどの行為に及び。それでも尚、狼は運動を済ませた程度の疲労しか見せてはいない。

  「おいおい、本当に孕んじまってるみてえだな」

  と、触れれば破裂してしまいそうな腹を嘲笑と共に足蹴にした狼は、その重みで床に広がっていく白い水溜まりを避けるようにその場を飛び退いた。

  それだけの体力が残っているということだ。

  「ぁ、……く、ごほ……コホ」

  獅子の喉はもう枯れ切っているというのに、その体力の底すら全く見えてこない。

  「そんじゃ、ご馳走になったな」

  散々好き勝手に貪り満足した狼は、力なく咳き込む獅子を顧みることもなく背を向けた。

  息も絶え絶えな獅子は、その背中を不意打ちすることも出来ず、ただ視線を犯された己の体へと向け。

  「……、ぇ?」

  そこにべっとりと付着した白濁に、息を呑んだ。僅かに逡巡するように、それを見つめ、そして。

  「ま、まて!」

  その瞬間、残る力を振り絞るようにして獅子は去ろうとする狼を呼び止めていた。

  獅子の目は理知的な光を宿して、乱れたままの狼の体をもう一度見上げる。その垂れ下がった幹からは残っていた白い樹液がボタリと落ちていく。

  「おぬし、このままだと殺されるぞ」

  「あ?」

  喉を潤すように唾を飲み込んだ獅子の言葉に、狼はただ失笑を返すばかりだ。

  「こんな辺鄙なトコで住んでるジジイが犯されたからなんだってんだ? 見つかるより先に逃げりゃいいだろうが」

  破り捨てた獅子の衣服で己の汚れを拭き取りながら、狼は肩をすくめる。獅子はその様子にやはりか、と僅かに口角を引き上げた。

  「……一国の前王を辱め、その屋敷に侵入しておいて、か」

  「はあ? お前が前王……?」

  否定しようとした狼は、床で粘ついた白濁に塗れている獅子の衣服を見遣った。そこに一介の貴族らしからぬ意匠が施されて居ることに気づいたのだろう。予想通り、その表情をみるみると驚愕に染めていく。

  やはり、彼は獅子の正体に気づいてはいなかったのだろう。

  獅子の姿を見たときに、狼は特に反応を示すこと無く「生き残りがいたのか」とだけ言い、薬の開発を行っていたと言えば「研究者」といった。あの報告書には未だ署名を施してはいない。

  だが屋敷を注意深く見ていれば、正体の推察はできたはずだ。

  国王の徽章を身に着けた現王と共に描かれた肖像画がエントランスに大々的に飾られ、現王である息子よりも父獅子が目立つような構図で描かれている。本来最高権力者であるはずの王より目立つ事が良しとされるはずはない。それこそ、他国の王族や王の肉親のような存在でなければ。

  「ちっ、面倒くせえな」

  狼もその事に思い至ったのか。表情は疑念から確信へと変わっていく。興味を失せさせていた狼の目に、明確な殺意が宿る。獅子はそんな狼の変化をつぶさに観察し、そして。

  「助けてやってもよい、だが、交換条件がある」

  「そんなうまい話が……」

  あるはずがないと即座に否定を返そうとした狼の視界に、思ってもみなかった光景が写り込んでいた。

  この状況にも関わらず若々しく熱り立つ己の獣欲を、獅子はその手で慰めていたのだ。

  膨らんだ腹には、いつ放ったのか白い粘りがこびりついて、年甲斐もなく張り詰めた雄根は、何度目かの吐精によってほぼほぼ透明になった迸りが確かに滴っている。

  それは、無理矢理に犯されたはずの雄が晒していい媚態ではない。

  「……へえ?」

  獅子の瞳に映る情と欲。どこか己に似通った光。狼はそれを見て、早々に目撃者を殺し逃げ去ろうとしていた脚を止める。

  見上げてくる獅子へと歩み寄り、膝を突いたまま座り込んだ獅子の顎を掴み上げた。

  「良いじゃねえか。あんた、割りと気に入ったぜ」

  「……っ」

  狼は己に向けられた歪んだ好意に興味をそそられていた。

  試すようにその口先にへと己の凶悪な男根を近づけ。

  「助けさせてやってもいいぜ。ただ――」

  交換条件があるけどな。と。残る滴りに舌を伸ばす獅子に、嘲笑うように肯いた。

  

  ●

  夜。

  森は静かにざわめいている。

  老獅子は机から小さな魔法具を取り出した。嵌め込まれたターコイズが淡く光を纏っている。

  あの狼を思い出す色、それが一条の光を帯びている。老獅子はその合図を受けて、自室の窓の鍵を開けた。

  あとは料理長に夜食を頼みに行こう。最近は、またですか? と軽く睨むように言われるようになった。何者かを招き入れている事は勘付かれているのだろう。

  あの日、『厨房から勝手に拝借したシロップと睡眠薬の瓶を間違えて返してしまった』という言い訳で表向き納得はされた。のだが、主の言葉に異を唱える事などできはしない。獅子の言い訳、それは実際の所『あの時の事に関する一切は知らない事にしろ』という命令でしかなかった。

  正しくはない。だからといって、料理長では老獅子の飢えを満たしてはくれない。目覚めてしまったその飢えは。

  獅子は穏やかな王ではあったが、それ故満たされぬものもあったのかもしれない。

  あの時――あの狼藉者に犯されながら感じていたのは苦痛や屈辱――だけではない。少年期に草原を駆け抜けたあの一歩目のような、期待と後ろめたさ。それらが混ざり合い、体と共に溶けていくような熱と悦楽が自分の中に弾けるあの濃密な興奮。

  知らぬ内に精を何度も吐き出してしまっていた、内側を抉られる快感。

  それを自覚してしまえば、到底忘れ去られるものではない。

  「あとで若いのに持って行かせますから」

  「いや、構わんよ。わしの我儘だ」

  「……かしこまりました。シーツに溢さないよう気をつけてくださいね、侍従が泣きますよ」

  と厨房から追い返すように言った料理長に背を向けて、獅子は自室へと帰ってきた。銀のクローシュの中身は夜食と言うには些か重い。

  夜風が褪せた鬣を揺らす。鍵を開けていただけの窓が開いている。部屋の片隅にもぞりと動く影の塊があった。

  「よお、来てやったぜ」

  暗闇に黄と青を浮かばせる狼は、鋭い牙を覗かせる。

  黒のスーツ、金のバックル。そのいつもの出で立ちに、空いているはずもない腹が嘶くような錯覚を覚えた。夕食は十分に摂った。

  それでも、まだ。

  獣は今宵も飢えている。