悪い狼さんと悪巧みする善い山羊さんの話

  ●

  獣人は動物ではない。

  似た動物が肉食だからと言って肉しか食えぬ訳では無いし、草食もまた然り。そこに種族としての差はあれど格差は存在しない。

  「だが、やはり彼らには敵わないと思うときもあるのだよ。種族などは関係なく、な」

  そんな言葉と共に朗らかに笑ってみせた父親を生まれて初めて「嫌だ」と思った。穏やかで日和見主義な王である獅子を宰相として支える。そんな父を誇りに思っていたから、私はその言葉が許せなかった。

  「ああ、お前はそれに縛られずとも良い」

  それを正直に告げると、父は私の頭にその大きな手の平を差し出した。育ち始めた角を優しい手付きで撫でてくれる。

  水平に伸びた瞳孔が私を見つめながらも、周囲で動く人々を観察しているのが分かった。怯えているのではない、父は学んでいるのだ。

  汗と薬のような苦い香り。仕事を終えた父の匂いを吸い込みながら、私は己が信念を自覚した。

  その父の言葉を否定して、矜持を持って尊敬を示すのだと。

  それから時は過ぎ。

  当時の王は今、私の目の前にいる。

  厚い布袋を頭に被り、腕を後ろ手に縛られた姿。上等な衣服は剥ぎ取られて晒された緩んだ身体。そのぶくぶくと太った体を疲労に上下させているのは紛れもなく、かの前王に他ならない。

  私は蟠る不快感を拭い去るように、その袋を無造作に掴み取った。

  

  ●

  「やれ、面倒なことだの」

  と、老獅子は馬車の窓から退屈そうに呟いた。

  石が車輪を持上げる度に揺れる腹を摩る。褪せた金色を宿す鬣は未だ威厳が残っているが、その肥えた体には歳月の重みが確かに宿っていた。

  気にしていない訳では無かったが、ここ最近というもの。前王という獅子の立場を気にもせず、まるで子を孕んだようなこの恵腹を揶揄う男がいるからして、老獅子としても流石に気にせざるを得ない。

  何より悩ましいのは、それで我が心身が悦びに震えてしまうという事なのだが。

  「……」

  獅子――ラムリスは、そんな益体も無い思考に耽る。

  退屈なのだ。

  どうにも隣国からの重鎮が城へ訪れるらしい。隠居して政治からキッパリと縁を切ったラムリスなれど、その会食の席の箔付けとしてどうか、と懇願されては断りようもない。

  それも現役時代に支えられた右腕にも等しい者の親族からの頼みだ。

  「あと二日は馬車旅か」

  馬の調子が良くてもそれだ。ともすれば三、四日は護衛に囲まれたまま馬車に篭もり続けなければいけない。

  当然、趣味の調薬道具を持ち込むことも出来ず手持ちは幾つかの私物ばかりで、気を紛らわせるものと言えば、緩やかに過ぎ行く景色くらいのもの。

  「……ん?」

  それ故に、ラムリスは異変に気付いた。

  のそりと窓の傍に顔を近づけ、周囲の景色をよくよく観察する。背後には騎馬に跨る護衛の騎士と、数台の馬車。食料と世話役として屋敷から連れ出した侍従がそこにいるはずだ。

  「これ、御者よ」

  「如何なさいましたか、ラムリス様」

  手綱を握る騎士に声をかける。

  「方角が違うておるぞ」

  「方角でしょうか? いえ、こちらの道を辿り王城へと参ります」

  「……随分遠回りをするのじゃな」

  軽く騎士の背を睨む。その設えは確かに正規の騎士のものに違いない。簒奪されたような傷も無い。

  だが、騎士としてあるまじきことに、問いには答えない。政治的権力はないが、それでも王族からの問いかけに許可を得ているにも関わらず無言を返すことなど。

  「どうした」

  と騎士に問いかけたのは、馬車の後ろにいた別の騎士だ。ラムリスの異変に気付いたのか、馬を馬車に並べる騎士。その彼に御者台の騎士は軽く笑む声で返事を返していた。

  「いえ、ラムリス様が道が違っているのではないかと仰せで」

  「そうか。ならば一度馬車を止めて確認しよう。宜しいですか、ラムリス様」

  蹄の音が、覗く窓とは逆からも聞こえる。兜の内側から覗く剣呑な瞳は、とてもラムリスを慮るようには感じられず。

  「……ああ」

  そう発せば、即座に馬の足が緩やかに速度を落とし始める。

  数秒、静止を待ち。

  「失礼します」

  と馬車に乗り込んできた騎士たちが剣の柄に手を添えながら、縄を手にしている。抵抗を示すこともなく捕縛を受けるラムリスは、その事に驚く事は無かった。

  あの報せからして策謀だったのかもしれないと、その時にはもう悟っていたのだから。

  

  ●

  「むぐ、あッ……!」

  厚い布が剥ぎ取られたラムリスは、その雄々しさを残すマズルを広げて求めていた潤沢な空気を吸い込んだ。

  喘ぐように肺に放り込んだ空気は、灰と埃の匂いがこびりついている。日差しが差し込む石造りの建造物は、まるで巨大な赤子が無造作に掴み取ったように抉れて崩壊していた。

  半壊した砦。

  元は会議室でもあったのだろうか。日差しが差し込む広い一室に瓦礫が散らばり、その中心にラムリスが座っていた。

  目の前に山羊の男が立ち、その後ろの壁越しに数人の騎士が控えているのが見えた。

  「如何なさいましたか、ラムリス様」

  「いや、いささか老骨に堪える……歓迎だな」

  息を荒らげながらも、言葉をひり出す。

  日頃、森へと薬草採取の為に出向いているとはいっても、険しい道を歩くわけではない。視界と腕の自由を奪われたままのおぼつかない足取りで、荒れた階段を登らされたのだ。

  これで膨らんだ腹が少しでも削れてくれるのなら、儲けものとでも思えるのだろうが。

  「それはそれは、失礼いたしました」

  悪びれもしない態度で謝意を述べる山羊に、ラムリスは見覚えがあった。

  「オルド」

  「……覚えていただけているとは、幸甚の至りでございます、殿下」

  よく覚えている。何せ、己の施政を傍らで支え続けてくれた大恩ある親友の息子だ。遅くに産んだ子故、ラムリスの子とは歳が離れてはいたが、むしろ仲の良い兄弟のように睦まじく過ごしていたのを覚えている。

  ラムリスが知っているのは幼少の頃ばかりであったが、その父譲りの鋭い目付きと、噂に聞く立派な角ですぐにわかった。

  能力も申し分なく、親友が退いた後はこのオルディニスが執政の右腕になるだろうと目されているはずだ。

  だというのに。

  「退いたとはいえ、王の血族を拐かすなど……」

  ラムリスの脳裏に友人の顔が過ぎる。これは彼の差し金か? いや、現宰相である彼がそんな欲も体力も、ましてや暇など有り様も無い。

  となると、これは目の前の山羊が首謀なのだろうが。

  「要求はなんだ?」

  政治的にも一線を退いた隠居の身だ。あの場で殺さぬのなら、彼らの目的は殺害にはない。交渉材料として確保されていると考えるのが自然だったが。

  「貴方の陛下への態度は、もはや見るに堪えないのです」

  「……ぬ?」

  帰ってきたのはそんな予想外の言葉だった。交渉や脅迫でもない。目的そのものがラムリスであるような言葉だ。

  それに。

  見るに堪えないと言った息子への――いや、現国王という立場の人間への態度ということか。

  ラムリスが息子を、国王を軽んじたことなどは無い。親子として多少砕けた関係にあることは確かだが、そもそも年中交流を行えるような立場でもないことは互いに理解している。

  時折私的な場で、親子として、そして希少な同業者として、最高権力者に対して敬いの薄い関係性となることを誰も咎めることなどは無い。だが、いずれにしても、ラムリスにはそれは得心がいく答えではなかった。

  「身に覚えがないといったご様子でいらっしゃる」

  そんな表情を読み取ったのかオルディニスは嘲笑を込めて鼻を鳴らし、ラムリスを見下ろす。その瞳には確かな憎悪が浮かんでいる。

  「殿下の屋敷の正面に飾っていらっしゃる肖像画」オルドはラムリスの反応を探るように数秒見下ろした後にそう言った。

  彼の言うそれは、ラムリスが椅子に座る傍らに息子である獅子が王の出で立ちで立っている様子を描いたものだ。それがなんだというのか、と沈黙で先を促す。

  「まるで国王であらせられる陛下よりも貴方の方が立場が上だと誇示するような趣味を持たれるお方には、少々理解しづらいことやもしれませんね」

  「な、……お主も知っておろう。あれはあの子が是非にと……」

  「ええ、貴方が一言述べれば陛下はそのように仰るでしょう。陛下は、お優しい方ですから」

  素早く切り替えされた言葉に、ラムリスは思わず黙ってしまった。

  勿論、オルディニスが語るような意図はない。だが、オルディニスは完全にその考えに固執してしまっているようですらあった。そして、オルディニスの言葉はそれだけではない。

  「国政から退かれた後も式典に参加しては、陛下に向けられるべき敬愛を掠め取り悦に浸っておられるのでしょう」

  ラムリスは、その太い首をゆるゆると振った。

  「何を言っておる。式辞やらをさせられる事も多いが、それは請われてのことだ」

  諭すような優しさで言葉を紡いでいく。公正な態度が評価されていたはずの彼だ。何故か妄執にとらわれて正常な判断ができなくなっている。これがもし、何者かに唆されたのであれば、それはラムリスのみならず国家を狙う思惑が蠢いているとしか思えない。

  「儂に陛下の威光を削ぐような思惑などない。……解放するのじゃ、オルド」

  オルディニスの不安を取り除くようにと言葉を重ねていく。彼の顔は少しずつ俯きがちになっていき。

  「アウルムも儂から話をすれば――」

  「軽々しく、陛下の御名を口にするなッ!!」

  「……ッ」

  その一言で、オルディニスはバッと顔をもたげ、怒声を張り上げた。

  「父に頼るばかりの為政に胡座をかくばかりの貴様が、陛下の名を軽々しく口にできると思っているのか」

  「っ、ぉ……、お」

  オルディニスのブーツの先がラムリスの腹に向けられる。肉厚の脂肪を凹ませながらそれはゆっくりと下がっていき、横柄にも床に垂れた性器を押しつぶせば、ラムリスは苦しげな声を漏らしていた。

  だが、それだけで憤りが覚めることはない。オルディニスは懐から小さな瓶を取り出すとその栓を抜いて、目の前の雄へとそれを差し出した。直後、ラムリスの鼻先にその液体が一滴落とされた。

  「ふ、ぐ……ッ!?」

  その途端。ラムリスの鼻腔をぴりぴりとした感覚が走り抜けていく。鼻と肺から、じわりと何かが溶け出ていく感覚。

  興奮剤。即座にその効能をラムリスの頭が理解する。

  「ごほ、げほッ……!」

  強い香りに噎せ返る最中に、オルディニスが半壊した壁の向こうに待機させていた騎士たちを呼び寄せる声が聞こえていた。

  「彼らは私と共に鍛錬をしている分隊です。彼らも私に賛同してくれているのですよ」

  「……何を、するつもりだ?」

  落ち着かせるように自らの角を撫でていたオルディニスは、ラムリスの顎を掴み上げ強制的に見上げさせる。

  「お分かりになりませんか」

  効能が出始める。掴まれた顎から、人肌を感じ取った脳が欲情を始める感覚。オルディニスは靴裏に感じる反応に一層嫌悪に眉を顰め、その薬瓶を騎士たちへと渡す。

  「貴様を慰み物にして二度と表舞台に出ようとなど出来なくして差し上げるのですよ」

  じくじくと、体に熱が溜まっていくのが分かる。

  騎士たちもこの薬を嗅いで、己を辱めるということなのか。嫁ぐ前の娘のような扱いに、しかし、王族がそれだけの醜聞を受ければ、確かに人前に出ることは出来なくはなるだろう。

  そんな事を思いながらラムリスが見たのは、旅装の下穿きを寛げようとするオルディニスと、やはり憎しみの光を宿す目をした騎士達。

  「へえ? そりゃあ楽しそうだ」

  そして、崩れた天井に蹲踞する見知った狼の姿だった。

  「……っ、誰だ、ぐぁ!?」

  狼は豪快に飛び降りて騎士の一人をクッションにして広間へと転がり込んできた。金属音が連続する。騎士たちが一斉に腰の剣を引き抜いた音。

  「救援か……!? 早すぎる……っ!」

  「誰が助けになんざ来るかよ。俺様は散歩がてら様子見に来ただけだぜ?」

  見知った黒服に身を包む狼――フォルティスは、己を取り囲む騎士達を見回し、いつでも飛びかかれるようにと構えを取る。

  「そしたらよ……楽しそうな事になってんじゃねえか。なあ、前王様よ?」

  「ちっ、――殺せ!」

  ラムリスの素性を知っている。それを危険視したオルディニスが一喝、騎士たちが一斉に動き出した。ここで口封じをしておきたいということなのだろう。

  剣を握る騎士達に反して、フォルティスはその爪と牙ばかりが武器だ。戦力の差は歴然。そうであるはずなのに、いざ始まった乱戦は拮抗すらしていた。

  「ご……っ、ぁッ……ぁああっ!」

  一人弾き飛ばされた騎士が壁から砦の外に弾き飛ばされていく。鎧を着て、この高さから落とされれば無事では済まないだろう。その悲鳴が聞こえる束の間にもフォルティスは剣を受けながらも大立ち回りを繰り広げていた。

  服が刃に刻まれて、皮膚が裂けていく。だが、騎士たちの振るう剣はフォルティスの命を奪うどころか、その骨一つ断つことも敵わないでいた。体力の温存を考えない動き、だが、そこに疲れが見えない。フォルティスの動きを無理に追えば、疲労で動きが鈍りそこから瞬く間に切り崩されていくのだ。

  無尽蔵とも言える体力が剣を受け、時に流し、騎士たちの疲れが生む隙を突いては、その意識を奪っていく。

  「……っ、この!」

  気付けば残るはオルディニスのみとなっていた。斬りかかるオルディニスの剣とフォルティスの爪が甲高い音を立てながら、火花を散らすようにぶつかり合う。

  「賊が……っ、とっとと死に失せろ!」

  「おいおい、言葉遣いが乱れてんじゃねえか? 国王サマに嫌われちまうぜ」

  苦虫を噛み潰すように唾を散らすオルディニスに、フォルティスは挑発を吐き出す。いつからそこにいたのか、話は聞こえていたらしい。

  「――貴様ッ!」

  安い挑発だったが、オルディニスにとってはそれで十分だったらしい。踏み込み、一気にフォルティスの命を奪おうと

  したその一撃。剣を大振りに振り上げるという今まではしなかった攻撃動作、その無防備に開かれた胴体の真ん中に。

  「ぐ……ぁッ!?」

  フォルティスの拳が強烈に叩き込まれていた。

  山羊は飛び込んでいた勢いも上乗せされた狼の一撃に、瞬く間にその意識を飛ばしてその場に倒れ伏した。

  「よお」

  オルディニスが転がったすぐ近く、そこに囚われたままのラムリスにのそのそと歩み寄っていく。

  「合図に来てみりゃ家にはいねえし、探してみりゃ……随分美味そうな状態に料理されてんなあ?」

  興奮剤で頬を上気させるラムリスを見下ろし、フォルティスはそう舌なめずりをした。

  ●

  父の言葉が嫌だったという幼い私の悩みに寄り添ってくれたアウルム王は、私にとって血の繋がらない兄同然の存在であった。

  彼は私の悩みを聞き、そして、彼も父への悩みを抱えているのだと教えてくれた。

  「私とお前だけの秘密だ」

  そう言って、アウルム兄様は私の頭を撫でてくれる。それがとても心地よかった。憧れであり、目標であった彼にそうしてもらうのが、何より幸せだった。

  頭を微かな振動が揺らす。

  そんな感覚。

  「……何を、しておる」

  「あ? はっ……お仕置きって奴だ」

  朦朧とする意識の中でそんな声が聞こえた。布が裂ける音。振動が直に肌に触れてそれが己の服がなにか鋭利なものに

  よって引き裂かれる音だとは理解しながら、それ以上の思考が働かない。

  「それよりも、儂の手を解放してはくれんか」

  「後でな、っと。いやあ、やっぱ良い角持ってんじゃねえか」

  何者かが角を掴む。頭がゆっくり持ち上がっていく。うっすらと開けた目に明るい空が見えた。

  そうだ、砦。放棄された砦にいるのだ。陛下の柳眉を逆立たせるあの老害を除かんとして、そして。

  泳いでいた視界が正面に定まる。毛皮。狼。ぼんやりと掠れた視界に映るのは、たしかに直前まで戦っていた狼の毛並み。そこから声が降る。

  「おら、口開けろ」

  私は理由もなくそうした。朧気な意識でそれを拒むという考えさえ浮かばなかった。開いた口に何かが挿し込まれる。

  熱く、硬い、肉質のある棒状のもの。

  「案外素直じゃねえか、舌も使え」

  口蓋から舌までを埋める巨大なそれ。鼻を充満する汗と雄の匂い。

  これは、下劣な狼の男性器だ。

  「お、ご……ッ!!」

  それを理解した瞬間に意識は覚醒した。

  私は今、裸に剥かれた状態で狼の極太な一物を咥えさせられている。

  (な、んっ)

  理解できない。だが、それ以上に只管な嫌悪が体を動かした。仰け反るようにして頬張るそれを吐き出そうとして、勢いよくその肉杭が喉奥へと押し込まれる衝撃に嗚咽が漏れ出ていた。

  「ごぼ……、おぁっ……!?」

  自由が効かない。その理由は明確だった。この狼は私の角を両手で握り、まるで舵取りをするかの如くその醜い男根を突き込んでいる。

  それも何度も、何度も。

  淫らにグポグポ、と響く水音が己の体の内部から発されているなどと認めたくはない。だが、現実として口を、喉を蹂躙される苦痛は無視しうるものではなかった。

  「オ、……ゲォ……!」

  「もっと喉開けろよ、死んじまうぞ。なあ?」

  見下すような笑い。その気遣うような言葉とは裏腹に、喉を犯す手付きに遠慮などはない。掴まれた角を引き寄せられれば容赦なく喉をその肉塊が押し広げる。引き締まっているとはとてもいえない狼の下腹部に鼻先が押し付けられては問答無用に狼に野生じみた匂いを嗅がされる。

  「見てねえで、お前も来いよ。ちょうどそっち側が空いてんだから」

  「……っ」

  腰を押し付けるように喉に己の淫欲を突きつける狼が、不意にそんな言葉を放った。私にではないことは分かっている。ならば誰かと目だけで周りを見回し、私の背後にいる一人の男の姿を見つけた。

  前王。敬愛する国王陛下を生んだ雄獅子。

  確かに引き継がれている顔立ちには明瞭に欲情の色が浮かんでいる。その下腹部は粗野に暴かれ、赤黒く色づいた棍棒が聳えていた。びくびくと脈打つそれの先からは透明な液体がこぼれ落ちる。それを後ろ手を縛られたままの獅子は拭うこともできない。

  「ああ……ちいさく引き締まった、佳い若尻だ……懐かしさすらある」

  彼は思い詰めたような表情でそんな気味の悪いセリフを吐き、ゆっくりと私の背へ……いや、這いつくばる私の裸にさらされた臀へとその屹立を近づけるのだ。

  「ん、ッ……んぐッ!!」

  「おうおう、元気なこったなあ!」

  訪れる最悪が確信に変わる。

  この老獅子は、私の純潔をも奪おうとしているのだ。嫌だ。身を捩り、喉に食らいついた肉枷から逃れようとしても、角を掴まれたままでは満足に体を動かすこともできない。

  「ああ……、すまんなオルド。儂ももう、我慢がきかん」

  父が、母が、仲間が、同僚が……そして、国王が称賛する誇りである角が、凌辱の為の道具に成り果てている。その事に胃を破られるような屈辱を覚えながら、後孔に滾る熱が押し当てられたのを感じ取っていた。

  「ぬ、ぐ……ぅ!」

  「――っ、お、ぶッ!」

  獅子の発するくぐもった声とともに、拒む肉を押し退けるように押し込まれる痛覚が背骨を貫いた。それと同時に狼の巨杭が喉奥を引き裂いて、粘ついた液体を絡ませてくる。

  「おう。どうだ、具合は?」

  「……っ、熱い……っぁ、あ、キツイが、……それも」

  良い。

  耽溺する声が背から響いて、徐々に体へと侵入してくる熱がビクビクと脈打ち跳ねる。口を埋める狼ほどの大きさでなくとも、己の雄と比較して明らかに大きなものだ。そんなものに、強引に体を拓かれている。その屈辱は紛れもなく私自身が、その快楽の声を漏らす男に与えたかったものに違いない。

  「ぐぅ……っ」

  大粒の涙が無意識にこぼれ落ちていた。ただただ屈辱の中で、狼の声がやけにうるさく耳朶を打つ。

  「へへ。何嫌がってんだ、喜べよ」

  揺さぶるように角を掴む狼に、グプグプと打楽器のごとく婬音を奏でさせられながら。

  「それが、お前の大好きな王様を孕ませたブツだぜ」

  放たれた言葉に、突如としてその熱の存在感が増したように思えた。

  いや、そんなはずはない。臀たぶの上に乗った老獅子の腹が重く伸し掛かっているだけだ。そうでなければいけない。

  興奮などしたくない。だというのに、私の腹を犯すこの燃えるような熱から国王陛下が作られたのだと一度思ってしまえば、それが頭から離れない。

  私を認めてくれた国王陛下が作られた、その行為を受けている。そんな倒錯的な感情が灯って良いはずのない熱を腹の中で昂ぶらせていく。

  私の頭を優しく撫でて指標を示してくれた王と、良く似ている老獅子の剛直。かの王に抱かれる時も、この感覚があるのだろうか。

  「ん、そうじゃ……良い締り具合になってきたぞ」

  (……っ、違う、違う……私は……ッ!)

  まるで自分がその婬欲を受け入れているような言葉を受けて、腹に力を込める。だが、それは逆効果だったのかもしれない。

  喉と臀を犯される中で正常な判断など出来はしない。

  私の脳裏にあるのは、裸の王の姿だった。

  幼い頃は共に湯浴みをすることもあった。鍛錬後に汗を拭う王の姿を見ることも度々ある。あのたくましい肉体。柔らかく、そして強い毛並みに隠しきれぬ秘部。それを漲らせた国王を夢想しては、まるで自分がその剛直に嬲られているよ

  うな錯覚さえ覚え始めていた。

  「ォ、お」

  腹に力を入れれば、腰を抉る槍穂の形状が明瞭に浮かび上がる。その形も、彼に引き継がれているのだろうか。

  「ぁ……ぉ……?」

  とめどなく溢れる唾液が泡立ち、口から零れ落ちて床を濡らしていく。だが、私にとっては、そちらはもはやどうでもよかった。

  獅子の穂先がストロークを開始する。何故か慣れ親しんだように迷いのない腰つきで狭い洞窟を貫くその痛覚に、私の雄も硬く腫れ上がっていたのだ。管の中を先走りが伝っていく感覚が鋭敏に己の醜態を伝えてくる。

  「ふ、ぐぅ……ッ」

  この強姦以外の何物でもない悪業を受け快感を得ているなど、認められようもない。

  だというのに、この体は私の思考をシャットアウトしたように熱を澱のように留めていく。種を吐き出したいという強い欲が理性を体の外へと追いやっていく。喉が熱い。下半身全てがヤスリを掛けられるような痛みと共に痺れるような微弱な悦楽が蔓延っている。

  二匹の獣に雌のように犯され、現実逃避のように王への恋慕と劣情を綯い交ぜにした妄想を止める事は出来ない。

  (嫌だ。陛下……陛下っ! 私は、陛下に……ッ!)

  あの優しい兄として、逞しい若い雄として、凛として佇む王として。私の目標であり続けた王に、――このように嬲られたのなら。

  ずぐん、と秘孔に深く、深く杭が突き立てられる。その衝撃に仰け反れば、口腔に含んでいた狼の剛直が気道を完全に塞ぎきる。ヤギのマズルを埋めつくした雄の香り。

  もはや己から乖離した雄として絶頂を求める欲求を抑えきれない。

  水を注いだ器に同じ器を上から被せるように、どうしようもないうねりが私を苛んで、限界を悟らせる。

  背筋が波打つような強い前兆から、それは一瞬だった。

  ビュグ……ンッ!! と全身が強ばり、勢いよく放たれた白濁が無様に床に跳ねる。ビチビチと、数度に分かれて放たれる敗北の音に、全身の力が失われていく。

  「あ? んだ、イっちまったか」

  狼がズル、と私の口からその盛る陰竿を引き抜いては退屈そうに呟いて、角から手を放す。重力が私を引きずって種汁の飛び散る床に叩きつけた。

  頭蓋に響くような衝突。意識が白く弾けた。

  ●

  「あーあ、終わっちまったなあ」

  泡立った唾液と先走りに濡れた竿を扱きながら、狼は床で気を失った山羊を見下ろした。

  さて、このいけ好かない雄をどうしてやろうか。このまま食らうのも味気ない、と晴れやかな空の覗く天井を見上げ。

  「お……っ」

  不意に感じた快感に、小便を放った直後のように体を震わせた。

  「……随分乗り気じゃねえか」

  縛られたままの老獅子が、まるで餌を強請る犬のように狼のいきり立つ剛直の先端をかぷかぷと咥えていた。

  潤んだ目で見上げるのは、狼を扇情しようとしているのだろう。見え透いた健気な誘惑は、狼の嗜虐心を擽るのに成功していた。

  「そんなに山羊と間接キスがしたかったのか?」

  握った雄茎を上下に揺らしマズルの照準を狂わせれば、その牙の除く口から飛び出た舌がそれを追って右往左往に彷徨

  う。

  焦らされている。それでも獅子の股間に聳える怒張はまだ衰えず、その先端から朝露のような雫を垂らしていた。

  「んあ、違う……儂は」

  腕が使えず、マズルを開いてその肉茎を追う獅子がその褪せた毛並みを汚すように頬擦りをした。

  「お主のこれが、欲しい……」

  「あの山羊を掘ってる時ぁ、雄っぽさも残ってたってのになあ。雌猫に逆戻りか、ん?」

  ニタリ、と笑う狼が剛直の根元を指で輪を作るように抑えて、獅子の鼻先へと突きつける。

  老獅子の黒い鼻がヒクヒクと喜んで、熱ぼったい息をその肉厚な淫欲に吐きかけている。その口から放たれる湿った空気が濡れた茎に絡みつく。

  砦室内。とはいえ野ざらしの廃墟だ。風が通れば、竿に絡む唾液も瞬く間に乾いてしまう。狼は皮が突っ張るように乾き出していたそれを、老獅子の熟れた口蓋の中へと挿入する快感を思い唾を呑みこんだ。

  そんな狼に獅子が負け惜しみのように言い放つ。

  「……ふん、誰のせいだと思っとる」

  男女とも少なくない経験があったらしい老獅子に雌の満足を教えこんだのは他ならぬこの狼だ。

  とはいえ、初めから狼の巨根を受け入れ、尚且つ感じていたその素養こそ原因だろう。そんな言葉を飲み込んだ狼は、マズルをぐぱりと開いた老獅子の中に、熱欲が迎えられていくのをじいと見つめていた。

  太く、長い。まさに巨大な根と呼ぶにふさわしいそれを咥え込む為に唾液を分泌していた口内は正しく濡れた性器そのものだった。

  ざらついた舌と柔い肉が獅子の口を満ちさせる狼に絡みつく。獅子は狼の弱い所を知り尽くしている。夢中にしゃぶりつくようにしながらも、その舌と口は狼を責め立ててもいた。

  「んっむ……、は、あ……あむ……」

  まるで氷菓子を舐るように、獅子は剛直に吸い付く。その太い茎を締め付けるように吸い出せば、だくだくと溢れる先走りの一滴すら勿体ないと舌で掬いとって喉奥に流していった。

  「は、ぁ……」

  蕩けた吐息を吐いた獅子は、わざと煽るように狼のそれをゆっくりと口に沈めていく。あの山羊は苦痛の表情しか見せていなかったというのに、この獅子はといえば恍惚とした表情を晒している。

  「美味そうに喰うなあ?」

  「ん、ぅ……」

  肉厚の舌を絡め、ぐぷちゅ、ぬぐちゅ、と音を立ててしゃぶりつく獅子は、離したくないとばかりにそれを咥えたまま上下に首を振っていた。マズルの奥の硬い口蓋に先端が触れたかと思えば、その周りを舌が撫でていく。

  美食の髄を味わってきただろう獅子が雄の漲りに貪りつく。その雄を喜ばせる為の手管に、狼の獣欲は今にもその根本に垂れ下がる袋の中身を吐き出してしまいそうに、痛いほど屹立を張り詰めさせていた。

  「は、……ふ……」

  「んで、アンタはコイツをどうしてほしいんだ? まさか、これで終わり、なんて言わねえよなあ」

  息を求めるように獅子が屹立から口を離す。己が育て上げたその樹をまじまじと見つめる獅子に、狼は鋭い声を発した。その言葉は、誘導というよりは尋問のそれに近い。

  「ん、う……ああ」

  背中に腕をくくられたまま、獅子は腰を浮かせて背を向ける。床に頬を付けるような姿はそれだけで屈辱的であろう。だが獅子は尾を上げ、怒張した一物も垂れ下がる睾丸も、そしてその上にある蜜孔を恥もなく曝け出していた。それは正しく雄を誘う雌そのものだ。

  「なあ、早く」

  獅子が濡れた声色を震わせる。

  「疼いて堪らん……、儂の中をかき混ぜてくれ……!」

  狼はその滑稽さに笑いを漏らし、その望みを叶えてやろうと声をかける。

  よりも、早く。

  「ん、ぬ、……ぐぅうッ!?」

  狼の剛直が熟れた蜜肉を貫いた。

  もはや何かが潰れるような接合音が日光指す廃墟に響き渡る。途端に己の竿を包む熱。ばちゅん、と弛んだ尻肉を叱咤するように腰を打ち付ければ、絡みつく肉襞が狼の雄を愛撫して離さない。その抱擁を振り払うように引き抜けば、脊髄を直接鳥の羽で撫で付けるような快楽が狼の脳を埋め尽くしていった。

  理性を焼く心地いい電流が舌の根元で踊る。

  「っ、はあ……堪んねえなぁ……?」

  「ぬぉ、お、ォぉっ! はッ、ぐぁ、……ぅくううッ」

  再び秘奥までを一気に攻め立てれば、獅子の背中が震え上がってくぐもった音声を放り出していく。苦悶を上げながらも獅子の雄襞は太い幹をしっかりと咥え込んでいる。キツイ締り具合ではなく、かと言って物足りない訳では無い。

  狼という槍刃に合わせて作られた鞘のごとく、老獅子の蜜壺は狼の形をしっかりと覚え込んでいる。

  「たまにゃ、場所を変えてやんのも良いな。お前もそう思うだろ」

  「ん、ぐう……っ!?」

  問いかけながらも答えを待つこともなく、狼は獅子の腰を掴んでその漲りを挿入していく。泡立つ接合部が淫猥な音を立てる。突き立てる、引き抜く、そして、また杭を打つように肉を割る。

  「オ……っ、ソコ……ぁ……ッ!!」

  じっくりと、雌には不相応に膨らんだ獅子の雄。その後を太い茎の腹で押し込むようにえぐり込んでやれば、手首を縛られた背中がビクビクと痙攣するように振動する。まるで作物を育てるために草木ごと巻き込むようにして土を耕すような穿孔が獅子の弱点を的確に突いていた。

  のどかな青空が天井にある。仲睦まじい鳥の声がどこからか聞こえる中、老獅子と狼の意識の中にあるのは、ただ目の前の快感ばかりだった。

  いつもなら逃げるような素振りをする責めにも、獅子は従順に従っている。この晴れた環境のせいもあるのか。

  「次は屋敷の廊下あたりで盛るってのはどうだ?」

  「っ、ん……なっ、そ、んなのは、ぁあっぃ……いか、ん……ッ」

  ゆさゆさと狼に貫かれる衝撃をそのふくよかな体で吸収しながらも、獅子はその言葉に首を横に振っていた。

  「どうせ屋敷の連中にゃバレてんだろ? じゃあ良いじゃねえか、お前らの元国王様の大きなお腹に何が詰まってるのか、教えてやりゃあいい」

  「んぉ……ッ、ぁあ」

  腰から手を離してその重力に負ける腹の横を撫で、抽挿を繰り返す。その内容量を遥かに超える白濁を既に獅子は受け取っていることだろう。腹を膨らませるものが雄種から生成されたのだと言われても納得は出来てしまいそうな量を。

  「それに」

  獅子の背に覆いかぶさるようにして、耳に染み込ませるように囁いた。

  「俺様がヤる、つったらヤるんだよ」

  「ぉ――ッ」

  躾けるように腰を落とせば、獅子の体がびくんびくんと大きく跳ねる。と同時に風の中に慣れた独特の臭気が混ざって

  いく。

  覗き込んだ獅子の表情は恍惚としていながらも羞恥に彩られている。この締め付けはよく知っている。絶頂へと至った雌の震えだ。

  「想像してイっちまったのか。なあ、淫乱前王様?」

  「ん、ぐ……ぅ」

  触ってもいなかったその漲りを探り当てて、狼は強く握りしめてやった。指を濡らすのは紛れもなく獅子の雄汁だ。射精直後で敏感なそれは狼の手の中でまだ脈を打っている。

  「あんただけ楽しんでんじゃねえよ」

  「ふぐうッ……おぉ!」

  腰を引き、再度打ち込む。グブリと獅子の中へと押し入っていく屹立にまだ痙攣の震えを残す内壁が呼吸にあえぐようにして、男根を包み込む感触。熱鉄の如く滾る肉襞を削ぐようにストロークを繰り返し、獅子を道具に狼は快楽の絶頂へと上り詰めていく。

  「くっ、は……っ! 良いぜ、出すぞっ……?」

  無数の肉襞が来たるそれを催促する。

  それが何よりも雄弁な返事となって、狼は獅子の望むまま、体内を侵したまま雄種を放出する。管を通り抜ける振動が獅子の腰を伝い、自分に返ってくるような強烈な快感。

  ビュゥ――ッ! と獅子の中で跳ねるのは期待と戦闘によって溜め込んだ半個体状に粘つく淫欲だ。

  「あ、ああっ……ナカ、ッ、……っ」

  「ふぐ……ッ、ぁあ……」

  獅子の腹の中に白濁を撒き散らし、狼はその屹立を蜜壺から引き抜いていく。糸を引くのは腸液と先走り、そして白濁

  の混ざりあった雄蜜だ。慣れ親しんだ圧迫感を惜しむように待ったをかける襞から抜け、外気にさらされた狼は、びくんと、残っていた一拍を閉じきらない窄みに吹きかけて、息を吐いた。

  「んぐ」

  爪の先で獅子の腕を縛っていた縄を千切った。

  「おら、解いてやったぜ」

  「んむ、……ああ、助かった」

  もそりと獅子は起き上がることもなく仰向けに寝そべっては、犯されぬいたその秘孔を見せつけるように脚を開いていた。

  「ああ、腹が熱い……、お主は満足か……?」

  「……」

  先程吐き出した白濁が、蠢く孔から滴り落ちていく。濃さも量も相当なものだ。それを吐き出したばかりだというのに、老獅子は物欲しそうに誘惑を続けているのだ。

  「まだ、足りんだろう?」

  そのふくよかな胸をいじりながら、獅子は挑発的に笑う。狼とてそれを無下にするような雄ではない。そもそも、この獅子が疲れたと言おうが失神しようが構わず犯して満足することも厭わぬ非道が、そこに遠慮など持ち込むはずもなかった。

  「今日は随分乗り気だな」

  それでも、この獅子がこれほどまで赤裸々にその淫欲を曝け出すことは珍しく、再び硬さを取り戻す屹立を握りながら、その風船のように膨らんだ体を逃さぬように手をついた。

  「俺様を挑発して、あんたが満足するだけで済むと思うなよ?」

  脚を掴み上げ、股を開かせるとそこに剛直を押し込んでいく。

  「はは、迷惑料、だ……っあ、キ……だぁッ」

  肉を打つ音が響き始める。獅子と狼の淫らな咆哮は鳴り響き続けていた。

  ●

  薄っすらとした意識の中で、獅子が狼に犯されるのを見た。

  己を犯していた雄が、どこお誰とも知らぬ雄に犯され、悦びの声を上げていた。その光景は悪夢のように脳裏に張り付き、剥がれてくれない。

  更に、その中に己も混ざっているのだ。

  喉を犯され、尻を犯され。

  そして、あの老獅子のように悦楽の叫びを上げる山羊の姿。それを見下す人影がある。

  老獅子に似た、獅子。若いとは言い難くとも、衰えを見せぬ肉体を持つ金色の獅子。その目が私を蔑んだ目で見つめている。

  汚れた私を、汚されきったこの私の痴態を。

  違う、こんなのは。私じゃない。と叫んでも、乱れる私は惨めにもその膨らませた淫欲の先から迸りを走らせて果てるのだ。

  それを見ていた王は、軽蔑の視線を乱れる私からそれを見つめる私へと向けた。

  拒絶される。そんな思いに私は耳を塞ぎたくなるが、塞ぐ腕も無い。

  王の口は、静かに開き、そして。

  「――ッ!!」

  私は飛び起きた。まるで全力疾走を繰り返した後のような倦怠感が全身を包んでいる。体を横にしていただけだというのに、全身から汗が吹き出して呼吸は荒く両肩を揺らしていた。

  いや、体を横に?

  「……ここは」

  自分が寝ていたベッドは上質なものだ。悪夢の光景を忘れるようにゆっくりと周囲を見渡す。見覚えのある広い空間だ。豪華でありながら実利を求めた構造。

  「王宮の医務室か……?」

  「目が覚めたか、オルド」

  自分の場所を確認した私は、もっとも今聞きたいと願い――そして、会えずにいれたならと願うその声に、背筋を凍らせた。

  「国王、……陛下」

  見れば、入り口から歩を進めてくる軽装の王がそこにいた。

  思わずベッドから降りようとするオルドを手で制した彼は、重厚な椅子を容易く片腕でオルドのベッド脇に移動させて、そこに腰を下ろす。

  「具合はどうだ」

  尋ねる王に、私はただ混乱していた。

  それはそうだろう。明らかに前王を拉致した大罪人に対する対応などではない。座敷牢へと軟禁されることもなく、医務室――それも騎士が使うような場所ではなく、王族が脚を運ぶような王宮内の施設で治療を受けている。近衛ですら、室内までは入らないような最奥だ。

  「何がどうなっているのか、まだ分からないだろうからな」

  と陛下は私に微笑みかけ、優しく角を撫でてくれた。陛下の手が角に触れるのすら何年ぶりだろうか。心地の良い振動に目を細める。

  「とにかく、お前が無事でよかった」

  そして、王の口から述べられたのは『前王と次代宰相の拉致監禁事件』についての顛末だった。

  前王ラムリスと。

  「私……の」

  「ああ、記憶が混乱してしまっているのも無理はない。お前も辛かったろうからな」

  労る言葉を掛けてくれるが、何一つ理解できていない。ただ、語られる話を噛み砕いていく。

  その話は、こういうことだった。

  ラムリスを迎えに行った私は、騎士の一部と通じていた賊の襲撃に遭い、身柄を拉致される。その後、予定日時に通過地点に到着せず、早馬もない状況に異常を察知した別の騎士達が両者を発見、保護したのだという。

  襲撃者は大柄な狼獣人。黒い体毛に左目を大きく負傷していると。すでに全騎士に手配が回っており、その行方を捜索しているが手がかりは無し。

  「……狼」

  それを聞いて、私はこの異常な事態の原因に思考が追いついた。

  騎士は全員、その賊に殺されたということになっているのだろう。生存者は前王と私のみ。となれば、この歪な状況を作り上げたのは、他ならぬ、あの老獅子だ。

  情けをかけたとでも言うのか。あの狼に尻を掘られて悦楽に乱れていたような害悪が、私に。思わずマズルに手を当てる。屈辱に怒りの声が溢れそうになるのを抑えていた。

  そんな私をみて、拉致されている間の恐怖に震えていると思ったのか。

  王は穏やかに。

  「ゆっくり休むと良い」

  私を抱きしめる。

  老獅子とも、狼藉者とも違う、鍛えられた肉体美。それを王衣の上からでも感じ取ることができる。

  突然の出来事にそんな感想を抱くも、それすら次の瞬間にはさらなる混乱の坩堝に放り込まれてしまっていた。

  「へ、陛下……っ!?」

  彼は私の首元にその鼻先を埋めたのだ。そのまま、簡素な医療衣の上を首から胸の辺り、腕へとその高貴な鼻先が汚されてしまった私の体を愛でるように動いていく。

  それは明らかに家族や友人に対する熱量などではないことは明白で。

  「それにしても全く」

  くちり、と開いた口。そこに覗く牙に、私は何故か心臓を掴まれたような心地がした。恐怖とはまた違う、その牙が私の血で濡れている。そんな光景を夢想し、胸を高鳴らせたのだ。

  「お父上は嘘が変わらず下手なままだ」

  そう言ってから鼻先を離した王は、私にその目を向けた。

  父と。そう語る時の陛下はいつも目の前の私を世界から消し去ったように、柔らかくどこかへと思いを向ける。鋭くも優しく、実直に誠実に、そして強欲を滲ませる光。震え上がる。まるで心の芯にその爪を立てられたような甘美な恐怖。

  先程明かされたことの顛末を偽りだと見抜いた上で。

  目の前の私がどうしようもない罪人であることを見抜いた上で。

  「なあ、オルド。分かっているさ。私の為を思ってくれたのだろう」

  低く落ち着いた声色。獅子の爪が角と擦れて乾いた音を立てる。表皮が削られる感覚がした。陛下の瞳を彩る感情は複雑に過ぎて今の一瞬では判断ができない。それでも、私が名前を呼ばれたその時に理解した。

  例え、老獅子に純潔を奪われようとも。狼に凌辱されようとも。私は矜持を手放そうとはしなかった。志を折ることはしなかった。

  それでも、暴力的な慈しみを以て口に触れる指の持ち主が名前を呼ぶ。たったそれだけで理解してしまった。かつての

  父の声が蘇る。

  彼が好意的にすら感じられるように放ったあの言葉。それを胸中で唱える。

  「……陛下」

  ああ、どうしようもなく、私は彼には敵いはしないのだと。

  

  ●

  穏やかで、悪く言えば日和見。

  その評判を否定はしない。むしろ同意を覚えはするが、果たしてこの雄はそれだけで片付けていいものか。気づかぬ内に現王の側近とその父親を拉致したなどという濡れ衣を被っていた狼は考える。

  「国家犯罪人だってよ、なあ?」

  実際これまで行ってきた行為全てが詳らかにされてしまえば、今回の冤罪が小さく見える程には罪業を重ねてきた身分として、あまり強く言うつもりもないが、それはそれ、これはこれだ。

  「特徴は、ぁ、全くの……別人で、手配されとる」

  ベッドを軋ませ、月無の夜であれば黒く染まって見えそうな緑がかった体毛の狼は、組み敷いた老獅子から漏れる白濁を睨みながら渋面を晒した。

  「折角、助けに行ってやったってのになあ」

  「何を。『散歩がてら様子見に来ただけ』だっただろう、のう?」

  「……」

  茶目っ気をみせるようにのらりくらりと躱す。狡賢い。そう思いながらもそういえば、そんな事を言った気もする、と狼は口をつぐんだ。どうにも口論で勝てる気はしない。

  ちろちろと己の中に入っていた雄根を舐める獅子に、その全容を喉に押し込んで鬱憤を晴らした狼はその鬣を乱暴に梳いた。

  「俺様もグルメになってきちまった」

  ふと思い出すのは、あの日に食った味。鍛えた肉は歯ごたえがあったが、如何せん物足りなさを覚えてしまった。とはいえ、悪食も上等な食事を知る上では悪くはないような気もしている。

  「ん、何を言っとる……今日は夜食の準備はしとらんぞ?」

  「……毎度毎度、高貴なお食事なんざ食ってりゃ腹ぁ壊すってんだ」

  首を傾げる最上級の料理。狼はその頭をグイと押し下げ、硬さを取り戻してきた肉欲を深く咥えこませた。