Scape wolf 1-18「破滅の記憶」

  「破滅の記憶」

  

  再び目の前が暗くなる。今度の暗転は長かった。

  次の記憶にたどり着く間、姿のないマリの声がその間を埋めるように説明を始めた。

  「この時の私の予感は二つの意味で当たっていた。一つは、モリガンが生きていたということ。故郷に帰った私は、そこで急遽彼女の討伐をすることになった。

  申し訳ないけど、あなたにその記憶は見せられない。あの記憶は、できれば思い出したくないの」

  「別にかまわないよ」

  ブラムは虚空に向かって返した。

  「ありがとう…」

  マリの声は、どこか弱弱しくなったように聞こえた。

  「今から見せるのは、モリガンを討伐して父のいる家に帰った時の記憶。ここが終わりであり始まり」

  彼女はそこで言葉を切ると、深く息を吸った。

  泣いてる。

  ブラムは直感的にそう思った。

  一体この先にどんな辛い光景が待っているのだろう?

  彼は不吉な思いに駆られながらも、毅然とした態度でマリの言葉を待った。

  「準備は良い?」

  マリの問いにブラムはうなずいた。

  「良いよ。見せて」

  

  次の瞬間。世界に色と形が戻った。

  そこは、街の街道だった。

  夜。空には赤い満月が南の空高く昇っている。

  街道の真ん中では全身血塗れのマリがフラフラとどこかに向かって歩いていた。

  彼女のそばには、ロキのテントにいたデボラが使用人の服を纏い付き従いその身体を支えていた。

  ブラムの身体は、彼自身の意志に関係なく合わせて二人を追いかけるように動いた。

  しばらく進むと三人は、小さな豪邸の前で止まった。

  マリは、デボラから身を引きはがすと長剣を杖代わりにして家の玄関のノブに手をかけた。

  そして扉が開け離れた瞬間、一同は息を飲んだ。

  薄暗い部屋の中、使用人が血の海の中で倒れていた。

  一人ではない。数十人が折り重なるようにして床に倒れていた。

  マリは剣を落として中腰から立ち上がった。

  「デボラ…」

  彼女は部屋の中を見つめながら後ろの女性の名を呼んだ。

  「教会…いやロキに連絡して…」

  デボラは、マリと同じ方を見つめたまま動かない。

  「早く!」

  マリが声を上げる。

  ようやく放心状態から覚めたデボラは弾かれたようにきた道を戻って行った。

  マリは、振り返りもせずに屋敷の中に入った。

  「行くな!」

  悪い予感に駆られブラムは思わず叫び声を上げ、彼女の肩を掴もうとした。

  だが、彼の手はマリの肩をすり抜け、そのまま腰の横でだらりとぶら下がった。

  ―あなたは、この光景を見ることはできても干渉はできない。

  姿のないマリの言葉が頭の中で反響した。

  ブラムの身体は、目の前のマリを追って滑っていく。

  「クソッ!」

  彼は、少女の後を追いながら叫んだ。

  道中、二人はたくさんの遺体に出会った。普段のブラムなら特別な感情を抱くことはなかっただろうが、彼らが皆マリと親しい人たちだったのだと思うと胸が締め付けられるような思いになった。

  しばらくするとマリは、ある部屋の前で立ち止まり勢いよく扉を開けた。

  部屋の中では、また一人の男がうつ伏せに倒れていた。

  燕尾服の背から流れ出る血が床に広がり赤い水たまりを作っている。

  男の隣では、一人の少年が血に染まった剣を持って立っていた。

  ブラムは、その少年を知っていた。

  あの時自分が闘ったウールヴヘジンの人狼だ。

  少年はマリに気づくと彼女のもとに駆けて行った。

  目の前の光景にショックを受けていたマリは、すぐに反応できず少年の剣に胸を貫かれた。

  剣は、背中に突き抜けるほど深々と刺さった。

  マリは口から大量の血を吐きながら、少年の方を見た。

  「どうして?」

  彼女の目は、そう言っていた。

  「君の父は、知り過ぎた。そして君は、彼が知り過ぎたことを知ってしまった。

  残念だけど、こうするしかなかったんだ」

  少年は、そう言うと剣をマリの身体から引き抜いた。

  鮮血が噴水のように噴き出し、部屋一面を朱に染めた。マリはその場に仰向けに倒れた。

  少年はポケットからマッチを取り出し火をつけた。

  「ごめんよ、マリ。そして、さようなら」

  彼はそう言うと、火を床に落とした。

  あらかじめ、酒か燃料を撒いていたのだろう。火は瞬く間に広がり部屋全体に広がった。

  少年は、そのまま部屋を出た。

  燃えさかる部屋の中、マリは身体をねじりながら部屋の中央で倒れている男に向かって左手を伸ばした。

  近くで燃えていた火が獲物を見つけた蛇のように彼女の腕に絡みつき皮膚を焦した。

  だが、マリは手を引っこめようとしなかった。

  「父さん…」

  彼女がそうつぶやいた時、ブラムの目の前に焼けた柱が落ちてきた。

  思わず目を閉じた瞬間。彼は何かに身体を引っ張られるのを感じた。