「親子」
「マリー!」
森のなか、ブラムは、あらんかぎりの声でマリの名を呼んだ。
「いたら返事をして下さーい!」
彼の呼びかけにあわせてスヴェートが声を上げる。
マリの失踪に気づき、森を捜索してからすでに長い時が経っていたが、彼女の姿はどこにもなかった。
「やっぱり、ここにはいないんじゃいかな?
あんなに怖がっていた魔物がいる森に、わざわざ入るとも思えないし…」
ブラムは、近くの草むらを鎌の石突で払うスヴェートに向かって言った。
「あのヒトは、ここにいます。そんな気がするんです」
スヴェートは、鎌をせわしなく動かしながら答えた。
その時だった。
「スヴェート!」
名前を呼ばれ妖精は、ブラムのいる方に目をやった。
彼は、森のある一点を指さしている。
その先を見ると、木々の間から人影らしきモノが見えた。
スヴェートは、人影に向かって駆けだした。
人影は、マリに姿を変えた。
人間の姿であるところを見ると、精神はだいぶ落ち着いているようだったが、全身血塗れでフラフラと歩く様はとても健康的には見えなかった。
マリは、スヴェートの姿を見つけると、ホッとしたような表情を浮かべそのまま倒れた。
「マリ!」
スヴェートは、慌ててマリの方に駆け寄り彼女の身体を抱き起した。
「すまない。お前の顔を見たら気が抜けた…」
マリは、か細い声で言った。
「アレを討伐に行っていたのですね?」
妖精の問いに人狼は、ゆっくりとうなずいた。
「どうして…」
「これは、私の戦いだった。私一人でやらなければ、意味がなかったんだ…」
マリは、そう言うと目を閉じた。
しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてきた。
スヴェートは、喉元まで上がってきていた数々の小言を呑み込むと、マリの身体を抱え上げた。
その後、一行は丸一日カタリナの家で過ごし、早朝に村を出た。
カタリナは、魔物討伐の報酬を渡そうとしたが、証拠品である首がなかったためマリの方から受け取りを断った。
「早く次の仕事を探さないとな」
村を出てからしばらくして、マリは独りつぶやいた。
「今度は、ちゃんとカラスたちの忠告も耳に入れて下さいね。もう、ただ働きは御免ですよ?」
スヴェートは、半ばからかうように言ったが、マリは大して気にしていない様子だった。
「ああ、そうするよ」
マリは、憑き物が落ちた様に微笑みながら言った。
それからどれくらいの時間が経った頃だろうか。一行は森を出て街道そばまで来た。
街道の方が人が多く、仕事の話にありつけるかもしれないと言うブラムの考えに基づいての行動だったが、街道には人一人いなかった。
ブラムは、諦めて戻ろうと思ったが、マリはそのまま街道沿いを進むと言った。
「ここは、どの村や街からも遠い。もう少し進めば、誰かにしらには会えるさ」
そうして一行は、さらに街道沿いを数時間歩き続けた。
しばらくすると、目の前に大きな馬車が停まっている姿が見えた。
行商人のモノらしい。
馬車の周りには、行商人とは程遠い身なりの人間の男数人が手に武器を持ち周囲を鋭い目つきで見回していた。
馬車そばには、他の男たちとは違う服装の男が、頭から血を流し倒れていた。
馬車の陰に隠れて服装は確認できないが、綺麗に整えられた髪や髭からして彼の方が馬車の持ち主なのだろう。
「盗賊か…」
マリは、馬車の周りを徘徊する男たちを見ながらつぶやいた。
「このご時世に時代遅れなことをする輩もいたモノですね」
スヴェートは、ため息をつきながら言った。
「この時代だからこそさ。ただでさえ魔物の襲撃で国内が疲弊しているのに、国の代表どもは、国境で仲良く戦争をしている。
物取りをしなければやっていけないヤツらがいても当然さ」
マリは、そう言うと街道から森の方に向かって足を進めようとした。
「待って、マリ。どこに行くの?」
ブラムは、慌てて呼び止めた。
「森に決まってる」
マリは、当たり前だと言った様子で答えた。
「助けないの?」
「私たちの仕事は、あくまで魔物の討伐だ。人間同士の厄介ごとは人間が解決すれば良い」
マリは、そう言いながら馬車のそばで倒れている男を見た。
「それに、あの行商人。見たところ、もう長くない。助けたとしても、無駄骨に終わるだろう」
ブラムは、行商人の方を見た。
まだ息をしているようだが、マリの言う通り瀕死の状態だった。
確かに助けても無駄かもしれない。
だが…。
「やっぱり、僕には無理だ。目の前で苦しんでいる人を放っておけないよ。
すぐに追いつくから、二人は先に行ってて」
ブラムは、そう言うと剣を鞘ごとベルトから外し、馬車に向かって駆けだそうとした。
「待ってください」
スヴェートの声が聞こえ、肩を掴まれた。
「少し様子を見ましょう。恐らく馬車のなかにも何人かいるはずです」
彼女は、そう言うとブラムの隣に立ち鎌を構えた。
「スヴェート?」
「お手伝いします。人間とは言え、目の前で死なれては寝覚めが悪いですからね」
「勝手にしろ」
マリは、呆れた口調で言うと森の中に入っていった。
ブラムとスヴェートは、気にすることなく近くの木に身を潜めると、盗賊たちの様子を見た。
馬車の周りにいる盗賊は、全部で四人。あと二、三人は増えても問題ない数だ。
「どうします?」
スヴェートは、ブラムに尋ねた。
「先に外の四人を片付けよう。スヴェートは、中にいる方の警戒をお願い」
「分かりました」
そうして二人が作戦を決めた時だった。
「やめて。放して!」
突然、馬車の中から声が聞こえてきた。
若い女性の声。ブラムと同じくらいの年ごろだろうか?
間もなく馬車から男が一人姿を現した。
声の主と思しき少女は、その男に腕を掴まれ引きずられるようにして出てきた。
「お父さん!」
少女は、馬車のそばで倒れる行商人を見つけると声をあげた。
少女は、行商に近づこうと激しく暴れた。
だが、盗賊は少女の腕をしっかりと掴んで放そうとしない。
「お父さん!お父さん!」
少女が何度も叫ぶと、行商人は身体を震わせながら手を少女の方へ差し出した。
見ていられない。
ブラムは、スヴェートに合図を送ると、すぐに飛び出そうと身構えた。
その時、突然何かがブラムの脇をすり抜けた。
そして次の瞬間、気がつくと少女の腕を掴んでいた盗賊の男の腕が宙を舞っていた。
いつからそこにいたのか。男と少女の間には、マリが血の滴る大剣を持って立っていた。
腕が鈍い音をたてて地面に落ち、男が初めて悲鳴をあげた。
「今すぐ消えろ!私が、貴様らの首を刎ねる前にな!」
マリは、盗賊たちに向かって叫んだ。
男たちは、血が流れる仲間の腕とマリの鋸のような大剣を交互に見た。
そして、彼らは事態を飲みこむと悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
盗賊たちの姿が見えなくなると、マリは倒れた行商人のそばに座り込んだ。
「ブラム、救急箱!」
マリは、怒鳴るように言った。
ブラムは、いつの間にか隣に置かれていたマリのカバンの中から例の箱を取り出しマリに渡した。
マリは、箱を乱暴にひったくると今度はスヴェートに向かって叫んだ。
「スヴェート、煮沸用の湯だ。急げ!」
彼女の語気の荒さに押され、ブラムもスヴェートも少女でさえ口を開くことができなかった。
準備が整うと、マリは行商人の治療を始めた。
治療が済むと、彼女は行商人から一歩離れ少女の方に目を向けた。
「もう大丈夫だ。明日くらいには目を覚ますだろう」
少女は、行商人に駆け寄り彼の身体を抱きしめると、目を潤ませながらマリに向かって頭を下げた。
「ありがとうございます。あの貴方たちは…」
「ただの通りすがりのストレイですよ」
マリが答えようとしなかったので、スヴェートが代わりに答えた。
少女は、彼女の人ならざる姿に一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに平静を取り戻した。
「そうでしたか。
ああ、申し遅れました。私の名前は、レベッカ。父と行商人をやっている者です」
「スヴェートよ」
スヴェートは、そう言うと手を前に差し出した。
レベッカは、妖精の黒い手を握るとニッコリと笑った。
「初めまして、スヴェートさん」