Scape wolf 3-6「シルバガント」

  「シルバガント」

  

  その夜、マリたちはレベッカたち親子の馬車で泊まりこんだ。

  不寝番として外に出たマリ以外は、馬車の中で一夜を過ごした。

  ブラムとレベッカは、歳が近いと言うこともあってか、すぐに打ち解けることができた。

  意外だったことは、人間嫌いのスヴェートが二人の間に入り談笑を楽しんでいたことだった。

  談笑のなか、レベッカは、自分の身の上話を二人に話した。

  その話によると、彼女は現在ブラムと同じ十七歳。

  物心つく前から父と二人きりで行商人として各地を回っており、普段なら行く先々で会った退魔騎士やストレイを用心棒として雇って旅をするそうだが、今回は次の用心棒を探している途中で運悪く盗賊の襲撃にあったと言うことだった。

  「でも、今回もなんとか皆様のおかげで生き延びることができました」

  レベッカは、そう言うと額が地面につくほど深々と頭を下げた。

  「本当にありがとうございます…」

  「お礼なんていいよ。半分おせっかいみたいな感じだったわけだし…」

  ブラムは、気恥ずかしそうに頭の後ろをかきながら言った。

  「何だったら、この先しばらく用心棒として同行しようか?」

  突然、馬車の出入り口からマリが入り込んできた。

  「良いのですか?」

  レベッカは、マリに尋ねた。

  「報酬次第だがな」

  マリの返答にレベッカは少し思案するようなそぶりを見せてから口を開いた。

  「そうですね。ひとまず手付金として金貨一枚でどうでしょう?

  この先にあるシルバガントという街まで護衛していただければ、品物を売って金貨五枚は用意しますよ」

  「ほう、ずいぶん羽振りが良いな…」

  「助けていただいたお礼も含まれていますからね。何だったら、もう少し上げても良いですよ?」

  「いや、それで十分だ」

  「では、契約成立ですね」

  レベッカは、そう言うと手慣れた様子で懐から金色に輝く硬貨を取り出しマリに手渡した。

  

  翌朝、レベッカの父も目を覚まし馬車は街に向けて出発することになった。

  ブラムは御者台のレベッカの父の隣に腰かけ、マリとスヴェートはレベッカとともに馬車の中で街の到着を待った。

  道中、レベッカの父は、ブラムに色々なことを教えてくれた。

  行商の旅で行き着いた街やそこに暮らす人々のこと。レベッカのこと。品物を売る時のコツ。

  彼は、実の息子に話すかのようにブラムに語りかけてきた。

  「君と話すのは、とても楽しいよ」

  どれくらい進んだ頃だろう。レベッカの父は、そうブラムに言った。

  「実のところ。昔から男の子どもが欲しいと思っていてね。

  レベッカのことは、もちろん愛しているが、最近は少し気難しくてね…」

  彼は、苦笑いを浮かべながら言った。

  「僕も楽しいですよ。父親と話すって、きっとこんな感じなんでしょうね」

  ブラムは、隣に座る御者に微笑みかけた。

  日が傾き夜の帳が降り始めた頃、馬車はシルバガントに到着した。

  街は思っていたよりも小さかったが、それでも小さな村くらいしか行ったことことのないブラムにとっては何もかもが新鮮に見えた。

  「それじゃあ、私は品物を売ってくるので、皆様はレベッカを病院まで送っておいてください。

  報酬は、後ほどそこでお渡ししましょう」

  街に入り中心部まで差し掛かると、レベッカの父は馬車を止めマリたちに言った。

  「病院?宿じゃないのか?」

  マリが尋ねると、彼はコクリとうなずいた。

  「はい。ここの宿の主人は信用できないので、医師の方のご厚意でここに来る度に厄介になっているのです。

  場所は、レベッカが知っているので、尋ねてみて下さい」

  

  レベッカの案内でマリたちは、街の隅にある建物にたどり着いた。

  外観は、病院と言うよりも民家のような雰囲気だった。

  レベッカが戸を叩くと、女性が中から顔を出してきた。

  黒い絹のように艶やかな髪と紫色の瞳。

  ブラムは、女性の顔に見覚えがあるような気がしたが、どこで見たのか思い出せなかった。

  「あら。久しぶりね、レベッカ。お父さんは?」

  女性の問いにレベッカが口を開こうとした時だった。

  「デボラ?」

  マリが、突然目を見開き女性の方を見ながらつぶやいた。

  その時、ブラムはようやく女性をどこで見たのか思い出した。

  ウールヴヘジンから逃げた後に見せられたマリの記憶の中だった。

  女性は、ロキと一緒にいた。

  「マリ?」

  デボラと呼ばれた女性は、マリに目を向けると彼女と似た表情を浮かべながら言った。

  そして次の瞬間、彼女はレベッカをはさみ込むような格好でマリに抱き着いた。

  「ああ、マリ。本当にマリなのね?

  カラスたちから話しは聞いていたけど元気そうで良かった。

  本当に会えて良かった」

  デボラは、まくしたてるように言うと、ようやくマリとレベッカを開放した。

  「お二人は、知り合いなんですか?」

  レベッカは、マリとデボラを交互に見ながら尋ねた。

  「まあ、そんなところね」

  デボラは、そう言うと一行に中に入るよううながした。

  「さあ、みんな入って。セワードも、きっと喜ぶわ」

  「セワード? アイツも、ここにいるのか?」

  デボラの言葉に、マリはさらに目を見開き問いかけた。

  「いるも何も、彼はここのお医者様よ」

  

  病院内の応接間に通されしばらくすると、セワードと思しき男性が現れた。

  首に包帯を巻き車イスでやって来るその姿は、医者と言うより患者のようにも見える。

  男性が現れると、マリは一目散に彼の方へ駆け寄りその身体を抱きしめた。

  「良かった。生きていたのね、セワード」

  マリは、目に涙を浮かべながら言った。

  その口調は、どこか弱弱しかった。

  セワードは、マリに向かって微笑みかけると、膝の上に置いていた黒板を持ち上げ文字を書き込んだ。

  〈会えて嬉しいよ、マリ。こんな形でしか話せなくてゴメン〉

  黒板には、そう書かれていた。

  「セワード、貴方もしかして…」

  マリが尋ねると、セワードは首を横に振り、黒板に再び文章を書きこんだ。

  一通り書き終わると、彼はマリにそうしたように黒板の文面をブラムたちに見せた。

  〈レベッカ、久しぶり。他の二人は、初めましてですね。

  私は、セワード。ここで外科医をしています。

  訳あってこのような形でしか意思疎通ができず申し訳ありません〉

  「スヴェートと申します。今は、ストレイとしてマリと一緒に旅をしています」

  スヴェートは、そう言うと頭を下げた。

  セワードは、黒板に新たな文章を書き込んだ。

  〈初めまして。

  大陸の言葉で“光”という意味ですね? 良い名です〉

  「ありがとうございます」

  妖精は、髪をいじりながらはにかんだ。

  セワードは、彼女にほほえみ返すとブラムの方に視線を移した。

  ブラムは、彼の視線に気づき挨拶をした。

  「初めまして、セワードさん。

  僕は、エイブラハム・ハーカー。マリたちと同じストレイです」

  と彼が自己紹介をした時だった。

  セワードは、急に目を見開くと口を開いた。

  声は出ていなかったが、その唇の動きは確実に「エイブラハム」と囁いていた。

  医師は、マリの方を見た。

  マリは、気まずそうな表情を浮かべると顔を背けた。

  デボラが、レベッカの父をつれて応接間に入って来たのは、ちょうどその時だった。

  「今日は、どうだった?」

  レベッカは、父に尋ねた。

  「あまり良いとは言えないね。ほとんどの店が閉まっていたよ」

  レベッカの父は、そう言うとマリたちの方へ目を向けた。

  「明日になれば、また品物が売れると思うので、報酬はもう少し待っていただけますか?」

  「かまわないよ」

  マリは、穏やかな表情で言った。