「再会」
「おーい、誰か種芋の場所知らないか?」
「ねえ、あなた。ウチの織ったこの外套どうだい?ああ、今回はタダにしておいてあげるよ」
「この壁、大分痛んでるな。誰か空き家から使えそうな端材持ってきてくれないか?」
辺りを魔物たちの声が飛び交っている。
マリの長い説教は、リュバンの応援の到着のおかげで一先ず中断となった。
全身の激痛に顔を引きつらせながらブラムが外に出ると、彼らは既に各々の仕事に取りかかり始めていた。
突然の魔物の集団の訪問に村人たちは恐々と言った様子だったが、一行はお構いなしに黙々と自分たちの仕事をこなしていた。
ふと、ある一角を見ると、マリと村の代表がガルムと立ち話をしているのが見えた。
書記だろうか。見たことのない人狼が、三人の近くで話しを聞きながら羊皮紙に何か書き込んでいる。
「ああ、やっと目が覚めたんですね? もう動いても大丈夫なんですか?」
村の代表が、ブラムに気づいて問いかけた。
魔物の脅威がなくなったためか、最初会った時よりも印象が柔らかい。
「本来ならベッドに縛り付けてでも安静にしてやりたいんだが、どうもコイツは動き続けないと身体に変調をきたすらしいから、仕方なく好きにさせてやっている」
マリが後ろからブラムの代わりに返答すると、ガルムが勢いよく吹き出し豪快な笑い声を上げた。
「はっはっはっは!間違いない。ブラムに安静と言うのは、酷と言うモノだ」
人狼の言葉にブラムは眉をひそめたが、代表とスヴェートが納得したようにうなずくのを見て大人しく引き下がった。
「ところで、今は何の話をしていたのですか?」
スヴェートが、話題を変えてマリに尋ねた。
「物資のことで、ちょっとな」
マリはそう答えると、ガルムに説明するよう目配せした。
「状況を鑑みて、リュバンの行商を何人かつれて来たのだが、如何せん、こちらもあまり品物がなくてな。
ちょうど今、アリシアに近くの行商をつれて来てもらおうとしていたところだったんだ」
そう説明して、ガルムは書記官らしき人狼の方を見た。
「アリシアは、情報の収集や拡散なんかを集落の外でやっているんだ。
彼女の手にかかれば、三日の内に十分な物資が揃うはずだ」
マリは、人狼の頭を撫でながら説明した。
「過大評価ですよ、マリ。私は、そんな大それたヒトじゃありませんから」
アリシアは、そう言いながらもまんざらでもない表情を浮かべていた。
「まあ、私も長いこと待たせるつもりはないので、期待して待っていて下さい」
彼女は、そう言うが早いか一同に背を向けると、獣らしい素早さで村の外へ向かって駆けだした。
「さて、我々も仕事に戻ろう」
アリシアの姿が完全に見えなくなるまで見送った後、ガルムが言った。
「マリと私は先行隊と交代で村の周囲の警戒、代表殿は引き続き民たちの先導を頼む。
スヴェートとブラムは武具の点検を頼む。行商が来るまでは狩りが中心となるので、可能なら弓矢の量産もお願いしたい」
人狼の素早い指揮に一同は一様にうなずくと、それぞれの持ち場についた。
※
アリシアの働きは、期待以上だった。
彼女が村を出てから二日目の正午、エイルワカ村は行商の集団であふれ返っていた。
村は、必需品を買う者やわずかに残った財産をやりくりし娯楽品を買い求める者で賑わい、前日までの様子から想像もつかない活気に満ち溢れていた。
ブラムとスヴェートは、そんな人々の様子を遠くから眺めながら鏃の研磨をしていた。
「ずいぶん賑やかだね」
ブラムは作業の手を止めて言った。
「ええ。何だか、こうしていると久々に穏やかな気分になりますね」
スヴェートの返答に彼は無言でうなずいた。
そんな他愛のないことを話していると、マリが誰かを伴ってこちらに近づいてきた。
「やあ、マリ。もう見張りは交代―」
ブラムは、そこまで言って思わず声を詰まらせ、彼女の隣にいたヒトを見た。
「レベッカ?」
以前、盗賊から助け出した行商の娘は、最後に見た時とは容姿がすっかり変わっていた。
ゆったりとした贅沢ではないが煌びやかなドレスは、白と茶を基調とした地味なシャツとズボンに変わり、長いブロンドの髪もバッサリと切られていた。
さらに意外だったのは、彼女の腰にぶら下がる一振りの短剣と二丁の銃だった。
行商が護身用に武器を持つのは珍しくないが、この武装は些か過剰に見える。
「お久しぶりです、ブラム、スヴェート」
別人のような容姿の変化を遂げたレベッカは、二人に向かって恭しく礼をした。
見た目こそ変わってしまったが、優しげな表情と上流階級の人間に負けない優雅な仕草は以前見た時のままだった。
「久しぶり、レベッカ」
彼女の容姿に戸惑いながらもブラムは返礼した。
「お久しぶりです、レベッカ」
スヴェートも続けて礼を返す。
「一か月ぶり、でしょうか?見ないうちに随分と雰囲気が変わりましたね」
妖精がそう言うと、レベッカはニッコリと笑った。
「ええ。今は行商をしながら退魔騎士もやっているんです」
「退魔騎士?」
彼女の返答にブラムは思わず声を上げた。
「はい。とは言っても所属なしの単騎ですけどね」
レベッカは、はにかみながら言った。
「それで、そんなモノを持ち歩いているのですね?」
スヴェートは、彼女の腰にぶら下がっている装備を見ながらつぶやいた。
「だが、行商の護衛なら、これまでのように近くのストレイや退魔騎士に任せた方が良いんじゃないか?
現に他の行商もそうしてるだろう?」
マリは、そう尋ねると即席の市場に目を向けた。
行商人と村人の間に交じって武装した人間や魔物の姿が見える。
全員、行商人たちが金で雇った用心棒だ。
「確かにそうかもしれません」
レベッカは、マリと同じ方向を見ながら答えた。
「でも私、皆さんと出会って思ったんです。他人を危険に晒して自分だけが安穏と生きていていいのかと」
「ほとんどの者は、望んで仕事についてる。そうでない者も、心の中ではしっかり折り合いをつけている」
マリは分かりきったことだと言うように淡々と言った。
「私は、それが嫌なんです。誰かの安全のために誰かが傷つくことが」
「この世は、そうやって成り立ってる。今更、どうこうできることじゃない」
「そうですね。レベッカには申し訳ありませんが、率直に言って、それは綺麗事です」
ブラムとスヴェートもマリの言葉に同意し言ったが、レベッカの目には強い決意の色があった。
「たとえ綺麗事でも、私は変えたいんです。
世界を皆が対等に生きられる世界に」
彼女は、そう言うと三人の顔を見回した後マリの黄色い目に強いまなざしを向けた。
「…好きにすれば良い。どうせ、すぐに思い知るさ」
マリは、そう言うと目の前の少女の視線を避けるように踵を返した。
「もっとも、人間は一度絶望しただけでは心を亡くしたりしないがな」
人狼は去り際にそう言った。