Scape wolf 4-22「生と死」

  「生と死」

  

  気がつくとブラムは真っ暗な空間の中にいた。

  自分の身体と足元の水たまり以外周囲を確認できるモノはない。

  「ここ、どこだろう?」

  自分は確かマリを助けにスヴェートともにバートリーと名乗る魔物のもとへ行き、件の魔物を倒したはずだが、それ以降の記憶がない。

  「そうだ、マリとスヴェートは?」

  とにかく、二人を探さなくては。

  ブラムは、足元の水をバシャバシャと言わせながら前に進んだ。

  だが、どれほど進んでもあるのは闇ばかりでマリたちの姿はおろか生物の影すらない。

  「おーい!」

  ブラムは立ち止まり天に向かって声を上げた。

  「マリー! スヴェートー!」

  二人の名も呼んでみる。

  返事はない。

  「本当どこなんだよ、ここ?」

  焦りから水を蹴り上げる。

  とその時、突然背後に人の気配を感じた。

  驚いて振り返ると、彼はさらなる衝撃を受けた。

  「ミナ?」

  間違えるはずない。

  目の前に立っているのは紛れもなく数十年ともに旅をし死に別れた恩師だった。

  「相変わらず落ち着きがないな、ブラム」

  ミナはそう言うとニッコリと微笑んだ。

  懐かしい表情を前にした瞬間、喉元を何かが込み上げてきた。

  「ミナ、僕…」

  「ああ、何も言うな。こっちまで変になる」

  師匠はブラムの頭を撫でながら言った。

  「さあ、もう行く時間だ」

  そう言った途端、彼女は突然ブラムの胸を押し突き飛ばした。

  奇妙なことにブラムの身体はすぐに倒れず、重力に逆らうようにゆっくりと倒れていった。

  いつもと違う感覚に身体のバランスも上手く定まらない。

  「師匠!」

  ブラムは、手を前に伸ばしながら叫んだ。

  「早く行け愚弟子。新しい家族が待ってるぞ」

  ミナの言葉とともに重力が蘇った。

  ブラムは、水たまりの中に落ち意識を失った。

  

  ※

  

  次に意識を取り戻した時、ブラムは小さな小屋の中で簡素な藁布団の上に寝かされていた。

  意識がはっきりしてくると、ミナのいた空間で感じなかったはずの激痛が身体中を駆け巡った。

  「痛ったたたた!」

  痛みをこらえ上体を起こし、自身の身体を確かめる。

  獣化の収まった裸体に素肌が見えないほど大量の包帯が巻かれ、そこから強烈な薬草の匂いが漂っている。

  ブラムは小屋の天井を見上げながら、ついさっき見たミナの顔を思い出した。

  「夢、かな…」

  たぶん違うだろう。

  彼の中の別の意識がポツりとつぶやいた。

  その時、突然カチャっという軽快な音を立て小屋の扉が開いた。

  「ああ、気がつきましたか?」

  扉から見知った狐頭の妖精が現れた。

  「おはようございます、ブラム。気分は、どうですか?」

  スヴェートは優しい笑みを浮かべながら尋ねた。

  首に木でできたギプスのようなモノを付けているが、それ以外は変わった様子はない。

  「お、おはよう、スヴェート。えっと…、ここは…?」

  「エイルワカ村です。いくつか空き家があったので、その内の一つを借りています」

  「そっか。ってことは村の人は?」

  「ええ。隠れ家と地下牢で囚われていた人は、皆戻ってきてます。

  土地は私が浄化しましたし、魔物の脅威も今はほとんどありませんからね。

  今夜あたりリュバンの応援も来るので、当分危険はないでしょう。

  あ、そうそう。マリも無事ですよ。

  今、村の人の手当てをしていますが、じきに戻ってくるはずです」

  「良かった」

  ブラムは、ほっと息をつくとスヴェートの首についたギプスを見た。

  「スヴェート、それは?」

  ブラムは、ギプスを見ながら尋ねた。

  「骨にヒビが入ってるらしいので、しばらくつけているんです。

  ちょっと動きづらいんですけどね」

  スヴェートは苦笑交じりに答えた。

  「それって大丈夫なの?」

  「それは、こっちの台詞です。傷の具合を確かめるので、じっとしてて下さいね」

  そう言うと、妖精はブラムの前で膝をつき彼の包帯を外し始めた。

  身体の傷は想像していたよりも深かったが、その後の処置が良かったらしく、それほど酷いようには見えなかった。

  ブラムは消毒液のヒリヒリとした痛みに耐えながら大人しく治療を受け続けた。

  「それにしても、驚きました。ブラムが、アルプだったなんてね」

  突然、スヴェートが治療を続けながらつぶやいた。

  「アルプ?」

  ブラムは首を傾げた。

  「ここより西の地に住んでるヴァンパイアの一種族です。ヴァンパイアと言うよりは、妖精や人狼に近い種族ですがね。

  たぶん、ブラムの実のご両親かそのご先祖様は新天地を求めてこの地にやってきたのでしょう。

  この土地には、私みたいな異国の魔物が毎日のように移住してきますからね」

  「そうだったんだ。ごめん、僕自分のことなのに良く分からなくて」

  ブラムは、目を伏せながら言った。

  「気にする必要はありません。

  私も自分以外のキキーモラに会ったことは数えるほどしかありませんし」

  「えっ?」

  思わず顔を上げると、妖精はバツが悪そうな顔で視線をあらぬ方に向けていた。

  「私が兄と呼んでるヒト、本当は人間なんです。

  人間でも、とても優しいヒトでした。

  だから、私の中では兄は兄で、兄と私の実の家族を殺した人間とはどうしても一緒にしたくなくて…」

  「分かるよ、その気持ち」

  ブラムは、スヴェートの手にそっと自身の手を添えながら言った。

  「僕自身は覚えてないけど、ミナの…師匠の話だと、僕の本当の家族を殺したのはヴァンパイアだったんだって。

  だから、その気持ち分かる…と思う」

  「やはり、貴方は優しいですね、ブラム」

  ちょうどその時、小屋の扉が再び開きマリが姿を現した。

  「マリ!良かった、無事で…」

  そう言いながらブラムが身を乗り出そうとした瞬間、マリは物凄い形相で彼に駆け寄り頭の真上目掛けて握りしめた拳を叩きつけた。

  「痛ったーーーーーー!

  何するんだよ?」

  ブラムは、殴られた頭を抑えながら尋ねた。

  「それは、こっちの台詞だ大馬鹿野郎!

  逃げろと言ったのに、わざわざ戻ってきて。

  裂傷、打撲、内臓の損傷、それに毒!こんなに面倒をこさえやがって。

  そこらへんの悪餓鬼の方が、まだ大人しい。

  当たり所が良かったことに加え、お前が魔物だったから良いモノだが、下手をすれば死んでいたんだぞ?

  スヴェート!お前も同罪だぞ?」

  突然怒りの矛先を向けられ妖精はビクリと震えた。

  「スヴェートは関係ないだろ?

  まさか、首を怪我したヤツを殴るのか?」

  ブラムは、マリの手を掴みながら言った。

  「失礼な!私は、患者の様態を悪化させるようなことはしない。

  それに、そいつの仕置きはもう済んでる」

  マリがそう答えると、スヴェートが突然苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら左の肩をさすった。

  どうやら彼女も相当キツイ仕置きを受けたらしい。

  彼女の説教は、それからもしばらく続いた。