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光なき途 11

  「夏、なにしてたっけ。俺もう最終日に課題を一気に終わらせた記憶しか無いんだけど」

  「遊ぶ前に課題を終わらせなかったのが悪いな」

  始業式の後、妙に長い空白時間にまだ碧い羽角を目で追っている。ふわふわしてて綺麗だな、俺も夏の間にイメチェンしていれば良かった。

  「忘れないぞ!寝虎が私に掛けてきた諸般の迷惑は。自慢の羽毛を揉むだけに飽き足らずよだれでベトベトにして抱きついてくるしパンツを弄るし、興奮して尾翼に飛びついて来たり非常識にもほどがある。まったく友人として恥ずかしい、これだから寝虎は」

  カチカチと開く嘴、撫でるとすべすべしてるんだよなー

  「いつも感謝してるって」

  「……仕方の無いやつだな」

  そっぽ向いて頬を染める鷲己はからかい甲斐がある。換羽期に入ってきたのか羽角の近くから羽が飛び出ているから、一本摘まんで学ランの内ポケットにそっと入れる。

  「期末試験、赤点取って補習に出ていたんだってな。私の友人なら日頃から授業をちゃんと受けて_」

  鷲己の羽、鷲己は思い入れなんて無いんだろうしすぐ捨てちゃうけれど手入れをしっかりしてるから触り心地良いんだよな。中学生の頃から集めてきた分と合わせてコンビニのちっちゃい袋一袋くらいは家に貯まってる、何に使おう。

  「聞いているのか」

  「もちろん」

  「ならいいんだ、授業も私の話と同じくらい神妙に聴いていれば赤点を取る事なんて無いだろうに」

  素材を存分に活かして実用性のあるもの。あ、そうだ枕に使おう。

  「立ち上がってどうした……あ、もうすぐ先生の来る時間か。寝虎も自分の席に戻りたまえよ」

  「そうだな、ありがとう」

  なにやら羽角をバタバタさせている鷲己に背を向けて数歩先の自分の席へ。このHRが終わったら次は部活に顔を出さなきゃいけないんだな。兄貴が居なかったら良いんだけど部長だし絶対居る、気が重いな。チャイムが鳴る前に瞼が下りて机に突っ伏して行ける、良いことも無いけど悪いことは無い夢の中へ。

  「みぎゃぁ!」

  尻尾からのSOS!腰、背骨とビリビリする痛みとほんの少し血流が良くなった気がする。

  「ほら、HR終わったぞ。授業だけでなくHRも居眠りするなんて、さっき感心した私が愚かだった」

  尻尾を見ると茶褐色の見慣れた手。表面は柔らかいのにこの強硬手段に出る時は容赦がない。

  「うぅ、鷲己か~もう少しマシな起こし方はないのか」

  「それは一狼か玲音さんに自分から訊くことだな。まったく先生も呆れていたし、私は寝虎のお守じゃないんだから」

  クラスメイトが出払った教室の中、鍵を預けられている鷲己と俺の二人きり。鷲己は風紀委員の仕事で忙しいだろうから俺も早く教室を出なきゃ。

  「俺も努力するよ。じゃ、部活行ってくる」

  教室の隅、俺の胸下まである大きく重いベースを乾いた指先で取っ手を掴み一息に背負う。

  「行ってらっしゃい、学園祭も近いだろうから」

  「おう」と一言ふかふか鷲己に手を振って、重くなった足取りで軽音楽部の部室へ向かった。

  ***

  「やっと来た!寝虎~待ってたぞ」

  ぴょこぴょこギターを持って入口までしっぽ振って駆け寄ったのは同じ一年のコヨーテ。

  「葉介~背は伸びたか」

  この菫色の目に桜色の困り眉はあまり顔を見せてこなかった春から会って無くても覚えてる、[[rb:稲叢葉介 > いなむらようすけ]]だったかな。

  イヌ科特有のふさふさした毛足の長い被毛はベージュとオリーブのツートンで、ブンブン振っているしっぽには桜の花びらみたいな模様が浮かぶ。今背負っているベースと大差ない小柄なのに嵩高いセミホロウギターを振り回されながら愛用している。

  「伸びてな……測ってないだけで伸びた!」

  はにかみ、耳を左右に振ると冷たい光が右耳の端から目に飛び込む。ピアスなー、もう一人のメンバーに憧れて開けたって自慢していたけど痛そうだしイメチェンするにしても保留。

  「あんまり部活来ないから始業式の日に集まろうって言っても来ないのかと思った。ぶちょーの弟だから連絡行ってないってことは無いだろうけど!」

  変声期を越えているはずなのに高くのびやかな声はヴォーカル向きだし、後はおざなりになってしまうギターを何とかすれば良いのにな。着られている制服から覗く小さな手を見てそう思う。

  見渡せばバンドごとに集まっているようで孤立している面子は少ない。きょろきょろ探し部室の隅のドラムセットを前に難しい顔をしている茶色の馬を見つけると近寄って声を掛ける。

  「煌星先輩もお久しぶりです」

  「あぁ、寝虎か」

  こちらに気付き返したのは二年の[[rb:紅月煌星 > あかつきこうせい]]先輩、俺の方を見て揺れる長く伸びた鬣は紐で無造作に括っている。黄色と水色に輝くそれはメッシュじゃなくて生まれつきらしい、俺も唯一無二の個性が欲しい。

  「このドラム、部活で使っているけどヘッドをそろそろ交換しなきゃな。だいぶ摩耗してるから」

  制服越しにもわかるその体は兄貴かそれ以上に鍛えられている。この前だってほぼ一人でドラムセット運搬してたもんな、ドラマーってみんなそうなのか?

  整った顔立ちに長いまつ毛、じゃらり小さく薄い耳に通されたピアスの数々は個人練習の時に目で追って怒られた事もあったな。

  「それよりボクの事はいいから、部長が探していたよ」

  「あに…部長が俺を?」

  どうせ大した用事も無いんだろうけど、行かないと他の部員たちの目が気になるし。ベースをそっと立てかけて個性的な面子に溢れている軽音部の長は。

  「ほら、あっちだよ」

  じっとり湿った眼で見つめている青地の虎模様に藤色の鬣は家でも見ているライガー。[[rb:玲音 > れおん]]兄貴、数年以上あまり話してないし俺の途の遥か先にずっと居る近くて遠すぎる家族。

  「部長、何の御用ですか」

  間。乗り遅れぬよう、休符も数えるリズム隊の片割れが口を開くのに間を置くって信じられない。

  「……寝虎、軽音部は楽しいか」

  一瞬、何を言っているのか分からず口を噤む。俺より大柄な体から伸びる縞尻尾の先には藤色の房が付いて小刻みに振られている。

  「悪い、あまり部活に来ないから。気になって」

  「俺には少し落ち着かないかな」

  床板の目を数えぼそり、言った苦し紛れも兄貴には伝わらないんだろう。

  「そうか、話は以上だ。もう少ししたらミーティング始めるし終わったら帰っていい」

  遠ざかる巨影に「俺、何してるんだろ」いつだって付きまとう縞尻尾はこんな時項垂れて遊び相手にはならない。

  「皆、集まってくれたようだが数か月後には学園祭がある。例年通りライブするから各自バンド単位で練習しておく事、以上」

  「副部長は今日やむを得ない事情により休んでいて、詳細はボクから説明するから。張り紙にもグループチャットにも書いているけれど、まず学園祭前にリハーサルを__」

  部長は口下手だし、煌星先輩まだ何の役職にも就いてないのに大変だなー

  「以上でミーティングはお終い。じゃあ一応解散」

  ミーティング?が終わってわらわらと動く群れ群れ。舞台から降りてきた煌星先輩は長い鬣を振り乱しドラムセットの前に座る。

  「いやぁ、舞台には上がり慣れているけど大勢の前で話すのは疲れるね」

  「お疲れ様です」

  そこに葉介が寄ってきて、完成する俺たちのスリーピースバンド『plantS net』

  「先輩流石です!おれだったら尻尾が丸まって話せなくなるかも」

  「その割にはGt、Voってフロントで目立つ気満々じゃない」

  目を輝かせて言う葉介は鷲己より背が低くって、リズム隊の俺たちの方が目立ちそうな気もするけれど。言っても聞かずにこだわったギターを持ってきた時は驚いたな。

  「それは、おれの夢だから!シャウトして~ギター弾いて~MCもする。そしてモテたい」

  手段と目的が混ざっている気がする。

  「それで……モテてどうするんだ」

  「あー、後で考えればいいかな」

  耳の後ろをガリガリとピックで掻いて目を逸らす、ちみっこくて同級生だけど世話を焼きたくなるそんな気持ち。

  「女の子たちに普段科学部でサボってるって聞いたけど、なんであんなところで」

  旧校舎だし、寝虎のキャラと違うんじゃ?と続ける煌星先輩に、

  「碧海ってクラス一緒だけど、無口だし無表情だし何考えてるか分かんないから苦手」

  と続ける葉介。ここで腐れ縁の事を聞かれるとは思わなかったけどきっと一狼の良いところを知らないだけなんだろうな。

  「一狼は腐れ縁でよく知ってるけどいい奴だぞ。物知りで、ちょっと抜けてるところあるけど。科学部室も散らかっているけど静かで落ち着く」

  薬品臭は消えないけれど、安心して眠れるし誰にも迷惑が掛からないから。ベースをケースから抜き出しストラップベルトを肩に掛けて、輪になって構える。

  「そうなのかな、寝虎がそういうならそうなのか。でもな~同じイヌ科だからって仲良くなれるかは__」

  まずい、これは気を逸らさないとセッションにならないし一狼へのイメージが悪くなる。このベースでできる事……そうだ!エンドピンを太ももで挟んでボディとネックを上に持ち上げヘッドを蛍光灯に向け屹立させる。

  「俺のサオ‼」

  上向きに反ったギターよりもスケールの大きく長いベース、太く響く音色がここから出るのだからやっぱベースってかっこいいよね

  「寝虎の、サオって芽だよね」

  ぼそっと零す俺のトップシークレット。っていつの間にそんな事を知って、ずっと気にしていたから隠してきたのに。

  「そんなふざけて、今時小学生でもそんな下ネタするわけが__」

  言い切ろうとして、突如目を見開きポカンとする。

  「どうしたんですか、煌星先輩」

  「いや、何でもない。じゃあセッションしようか」

  答えを聞かないままにセッションして浮き出てきた課題をどう解決するか、各自持ち帰りでお開きになった。

  家に帰ると、兄貴は帰ってきている様子。出来るだけ対面するのは避けたいしベースの音がしているからきっと自室に居るのだろう。今日は頑張ったし今のうちにお風呂入っていつでも眠れるようにしておこう。

  鞄とベースをリビングに置いていそいそと浴室に、シャワーを浴びたらすぐに出るつもり。でも鏡を前にシャワーを浴びると沸き上がるバンドの改善点や関わってきた人の事、それと兄貴も。いつまでも兄貴の__腹違いだって事もベースの才能も気にしてはいけないし、物心ついてからずっと親代わりだから折り合いを付けないと。

  それにしても、悩みが乗っかって下を向いてやはり気になる『芽』は一向に大きくならないし今日も葉介にからかわれたし。ぶらり自信なさげに落ち込んだ縞尻尾がタイルを撫でて、このままじゃ何も変わらないから汗を流し切ったら冷水に切り替えて芽にも水をやる。

  「寝虎入ってたのか」

  デカイ。逞しい。雄々しい。そんな言葉を背負っているようにも思える、暗い青色の縞模様と灰色の被毛は筋肉質に盛り上がっている。

  もうもうと生える藤色の鬣に俺より高い身長と見合ったサイズのサオ。

  威圧され水を止められないままに眼前のライガーに問いかける。

  「俺の…サオ……の事どう思う?」「かわいい」

  ガタン!シャワーヘッドを取り落し、脱衣所を抜けて自室に引きこもる。兄貴にまでからかわれたし兄貴には敵わないんだ、頑張って軽音部に顔出して俺なりに努力してきたのに。まだ暑く寝苦しい部屋のベッドに寝転がって枕を抱きしめる。

  やっぱり兄貴は苦手だ。

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