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「新入生の皆、入部を歓迎する。俺からは以上だ」
舞台から降りて先の数分で見えた光景を振り返る。入学式で新入生を迎え入れた軽音楽部は例年通り『とりあえず』モテたい変わりたいの烏合の衆。惚れた腫れたのゴシップに毎週ネタは事欠かず、先週のカップルと今週のカップルが入れ替わる他失恋しただとかで退部して、二ヶ月もすれば新入生も三分の一に減るんだろうな。芸術系でも軽音楽、思春期となれば風紀も乱れる。モラルを求めては続けていられない……俺と寝虎の親父も同類で。
新入生の面々もネコ科がずらり並ぶ、いやミーティングの場で毛繕いするな口説くな鼻キスするな。そして見落とす事なんてできなかった部室の隅で数日前に渡したベースを抱きしめて立つ寝虎は自ら軽音楽部に入部してきたと。ライガーの俺と虎の寝虎が兄弟だって事実だけで居心地は悪くなるだろうに、それでも部活を通して変わろうとするならば俺は目につかないように支える。
「それと、楽器は各自持ち込みだ」
思い出して新入生に向けて付け加えると、いそいそと出入り口に集まる群れ。舞台の前に立っているのは__先の三分の一。
二ヶ月ではなく二十分だったか、残った新入生の顔を見て隣に立っていた煌星の肩を叩き「あとは頼む」と言い残し部室を後にした。
制服姿のまま近くのスーパーに来て買い物かごを一つ掴み今日の特売品を張り出されたチラシから探す。今日は鮭が安いけれど寝虎が苦手だから論外、結局あまり変わり映えのしない献立になるけれど安心して食べてくれた方がいい。
栄養価の偏りを考慮しながら青物を手に取り鮮度を見分け、加工品の原材料名から添加物も確認し賞味期限の長いものを選んで買い物かごへ。在庫の減ってきた洗剤や芳香剤に最近妙に消費量の多くなったティッシュも追加、時期から花粉症か?寝虎にそんな様子はしなかったけれど発情期というわけでもないだろう、芽だし。
兄弟だからって干渉のし過ぎは良くない、混血と純血の兄弟である以上表向き親し気にすると寝虎の気苦労が増えるだけだから俺は……
「あの、どうかしましたか」
「いやお買い物クーポン探していて」
レジに立つ三毛猫のおばさまに声を掛けられカルトンにクーポンとお金をそっと乗せ、お釣りと商品の入った買い物かごを受け取りエコバッグに移し替えるとスーパーを出た。
家路に就く最中、高校を卒業する年と寝虎のこれからについてぼんやり考える。
スーパーに行かずとも節約せずとも、親父が家に入れているお金を考慮すれば俺も寝虎も好きな途へ進むことが出来るだろう。ただ元凶たる親父は殆ど家に帰って来ないから俺が家事を担って寝虎を育てるしかない。それは物心ついてすぐからずっと続けている事だからもう慣れてしまった。
今となっては殆ど関わりの無くなった親戚から漏れ聞いた話を繋ぎ合わせ要約すると。覆面バンド『Wandering With Anonymous Opals』通称『WWAO』のプロベーシストを務めている親父がデビュー前に関係を持った獅子との子が俺で、獅子は産後まもなく衰弱死したらしい。その後デビューし同族婚した虎との子が寝虎、でも家を空けがちにしたせいか俺が六歳の頃には寝虎の母も蒸発した。
そうだよな、混血種の面倒も見なければならないなんて気味が悪いもんな。巻き込まれた寝虎を想えば俺が支えるしかない。
いつの間にか着いた家に入り、極力寝虎に気を遣わせないようにお風呂と夕飯の準備。ベースが立ち止まったら誰も進めなくなるから何時いかなる時もドラムのリズムを拾ってギター、ヴォーカルに繋がなければ。
***
あれから一ヶ月が過ぎ、寝虎もベースを部室に置きっぱなしに顔を見せなくなってしまった。脱ぎ散らかした服や摂食量を見る限り家でも行動パターンは特に変わってないしティッシュの消費も変わっていない。
「どうしたんですか部長」
「寝虎が最近部室に来ないから」
振り返り数分前までドラムを叩いていた二年の煌星に応える。
「ああ、さっき女の子から寝虎くん今朝フラれてたって情報が」
情報源が女の子って、どれだけモテて交流関係が広いんだ。前を向いてきゃいきゃい吠えてた一年の葉介がちゃんと給水している事を確認していると扉に映る影、間違いないあの身長に体格は寝虎だ。十秒待っても入ってこない、ならば__
「そのコードってウチの部オリジナル曲随一の迷曲『傷心にはカラオケ、ウチアゲ』じゃないですか‼あーもうボクがミスっても知らないですからね」
ヴォーカル以外は楽器弄った方が楽しいからコーラスもやりたがらないし、カラオケで歌いたがらない事に対してアンチテーゼとして何代か前の部長が作ったらしい曰くつきのよく分からないとっても難しい迷曲。扉の先で足搔いている素直じゃない最愛の弟に届いてくれ。
一曲終わると影が消え、きっと向かった先は。
「ぶちょー!なんですかそのバズーカみたいなやつ」
「手ブレ抑制機能付きの双眼鏡」
きっとあそこに寝虎が現れるはず、窓から身を乗り出して見えたのは一狼くんと鷲己くんが何やら話している。そして寝虎が現れたかと思いきや二人を引きずってどこかへ。きっと寝虎の事だから真に受けてカラオケへウチアゲに行ったのだろう。
「寝虎はきっと軽音楽部に戻ってくる、そしたら『plantS net』のベースは寝虎に譲る」
「そんな、急じゃないですか‼」
「……それで、部長は五弦じゃなくても演奏できる曲を去年からずっとセトリに入れ続けてきたんですね」
身長差の激しい二人に向き直りコクリと頷く。
「はぁ、わかりました。兄弟揃って振り回すのが得意ですね」
やれやれと肩をすくめる煌星の長い鬣が窓から差す柔らかな陽を受けてさらさらと光った。
***
「……寝虎、軽音部は楽しいか」
ミーティングの前わざわざ呼び出して俺は何が言いたかったのだろう、自責の念が尻尾に響いている。目線の先あれだけ小さかった寝虎が成長して、俺を見る目が曇っている事なんて分かっているのに。
「悪い、あまり部活に来ないから。気になって」
「俺には少し落ち着かないかな」
その言葉も本心じゃないんだろう、言いたくて言えない雰囲気が伝わる。ただこのまま留めていても寝虎が辛くなるだけだ。
「そうか、話は以上だ。もう少ししたらミーティング始めるし終わったら帰っていい」
夏を過ぎ最近頑張って部活に来ている弟に何が出来るか、俺は無力だ。ミーティングでも大勢を前にうまく話せなかったし、副部長のジャガーは何かにつけて休みたがるから煌星が次期部長確定だろうな。新生『plantS net』は寄り集まって仲良くやってるし俺の出る幕は無い。
「俺のサオ‼」
なんだ?あれ。俺が居ない間に流行っていたネタなのか。部長の役目も余り残されていないのに癖で提げていた虎縞の五弦ベース、これはいつ振られても出来るようにやってみるか。エンドピンを太ももで挟んでボディとネックを上に持ち上げヘッドを蛍光灯に向け屹立させた。
「……俺のサオ」
サオ。ベースやギターをサオ物とも言うからきっと楽器を自慢するという事か、煌星が目を見開き何か言いたそうにしているが老兵は身を引くだけ。いそいそと後片づけしてベースを背負っていつものスーパーへ急いだ。
夕飯もお風呂の準備も終わり、自室で予習も終わり「お風呂入るか」と立ち上がる。脱衣所を抜けて服を脱ぎ、ポケットを改めて洗濯機に入れる。浴室の扉を開けた先にはシャワーを浴びる寝虎の姿、毎晩欠かさず冷水を浴びているけれど寝虎の好きにやってる事なら口出しはしない。
「寝虎入ってたのか」
服を脱いでも健康体に育って、芽の生育は遅れているようだけどそんな事は些細な問題。
「俺の…事どう思う?」「かわいい」
ガタン!シャワーヘッドを取り落し、傍を抜けて走り去る寝虎。俺は当たり前の事を言っただけのはずなのに、なぜこんな反応になったのか。シャワーの水音に邪魔されて少し聞き取りにくかったが。
湯船に浸かり育ちすぎた混血種特有の体躯を見て思う、一狼くんからサンプルデータが少ないから確証は無いが寿命は短いと聞いている以上俺が傍に居られる限り寝虎を護って行こう。腹違いでも俺の大好きで大切な弟だから絶対に傷つけさせはしない。
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