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部室で失意の中過ごす昼休みがこんなにもみじめである事、僕は今日初めて知ったんだ。その証拠に窓から校庭を観察しながらのランチタイムだというのに種族上無駄に大きな尻尾も力なくうなだれてる。
事の発端は十分前、校舎裏でクラスメイトの猫に告白し失敗。つまりフラれて絶賛失恋中っていうワケ。オッドアイが特徴的なあの娘は僕なんかと違って落ち込むことなく今も教室で友達とおしゃべりしているんだろうな。
あまり人気のないひなびた旧校舎、科学部部室こと第二実験室の控室で黄昏ながら固形栄養食を同じく狼獣人の無駄に長いマズルの奥で齧る。僕こと碧海一狼(へきかい いちろう)は幽霊部員の先輩方しかいない科学部にようやく入った新入生として顧問のミミズクに手厚くもてなされた。その後実験室の雑用を毎週押し付けられるはめになったけれど一年生にして自由に使える部室を手に入れてそれなりに満足している。好き放題に実験と観察に調査を繰り返した結果、部室は荒れ放題だが物がないと落ち着かない性分の僕には大した問題ではなく連日訪ねてくる騒がしい奴らも気にしていないようで仮眠スペースを確保する他はほったらかしにしている。
そんな昼休みを一人過ごしているとドタドタと音を立て、扉をノックもせずに押し入ってくる影が現れた。
「イチロウ‼哀れな俺を慰めてくれよ」
「…ノックもせずに入ってくる奴になんと声を掛けろと?」
大柄な虎獣人、腐れ縁という言葉を体現するようなお調子者の朱嶺寝虎(あかみね ねこ)。一応軽音楽部でベースを担当しているらしいが昼休みも放課後もこの科学部室に入り浸っては貴重な仮眠スペースを勝手に利用する不届きものだ。
「『廊下を走るな』という張り紙が読めないのかこの文盲めが……すまないイチロウ、私はこいつを止めようとしたんだが」
遅れてやってきた腐れ縁第二号、小さいくせに態度だけは大きな鷲獣人の蒼空鷲己(そうくう しゅうき)。風紀委員の腕章を誇示するように直しながら扉からこちらを覗く。
「で、結局何があったんだよ」
「よくぞ聞いてくれた‼あれは忘れもしない入学式でのこと……」
「今朝方、隣のクラスのオッドアイの猫に告白してフラれたらしい」
寝虎の言葉を遮るかのように事実をサラリと告げる鷲己。オブラートにも包まず簡潔に述べられたその内容を受けてうなだれる僕と寝虎。
絶句した二人を眺めて首を傾げた鷲己は
「事実だろう、二人して何をうなだれているんだ」
と察し悪く傷口に塩をすり込んだ。
「鷲己…実は僕も同じ娘にさっきフラれたばかりなんだ」
「それはすまなかった」
申し訳なさそうな顔を瞬時に作る鷲に対して
「いいんだ、もう少し休んだら何とかなるだろうし」
と返して椅子に座りなおす。やれやれ本当にかさばる尻尾だ、背もたれに通すように左手で位置をなおす。
「それと、私は今日の放課後その娘に男らしく告白する」
「え?」
座りかけた椅子から転げ落ち、尻を強かに打ち付ける。胸を張り宣言する鷲の目を見上げながら困惑する僕は。
「僕も寝虎もフラれた相手だぞ、勝機はあるのか」
「私は風紀委員だぞ、見くびるんじゃない」
ダメそうだなという言葉を贈るほど世間知らずではない僕は
「そうか、がんばれよ」
と返すのがやっとだった。
「そういえば寝虎は?」
と鷲己が言うものだから部室内を見渡すと貴重な仮眠スペースでいびきを立てて眠る寝虎。午後の授業が始まる十分前であることに気付いた僕は寝虎を蹴り起こして、自分の教室に戻った。
その時には落ち込んでいた事も少しだけ忘れているかのように楽になっている自分が居た。
放課後。心身ともに疲れる体育の授業を何とかやり過ごして部室まで戻ると僕は持ってきた鞄を窓際に置くと机について鉱物標本の整理を始める。カリキュラムこそ化学に傾倒させているが専修することが高校時点では許されなかった地学が本来得意とするテーマ、顧問の雑用ではあってもお互いの趣味に近いものだ。
鉱物は物も言わず自ら成長することも動くこともないから良い。同じユニットの集積で構成されているから砕く時も面に割れてあまりクズが散らないのも好印象である。それに引き換え……この城に立ち入らない者たちの顔を思い浮かべてしまい気分が少し悪くなったところで頭を振り思考を追い出す。
構造上は同じパターンの組み合わせで集合体でも規律に従った形を保っているが元素の構成比や酸素との結合比で全く異なる名称になる分類名。
ズリ山から採集したであろう大量の水晶の中から、虎目石や柘榴石にチャートその他の鉱物を目視で大まかに振り分けてゆく。机にあけられた一般的には雑草同然に扱われる砂利の中から教材として有用な石と標本として有用な石を振り分ける。
そんな地味な作業の中、窓から入る光を受けて輝いた虎目石はアスベストの一種を内包した石英の一種、酸素とどれだけ結合したかによって性質は大きく変わらずに色と一般名が変わっていく。赤褐色の虎目石は酸化が進み切った石、青色は鷲目石といってほとんど酸化していない石。中間に位置する緑色は狼目石で酸化度合いも中途半端だ。どちらに位置することもなく判別しにくい猫目効果のある石は虎目石で片付けられてしまう。
夕日を背景に部室で作業していると控えめなノックの音がしたかと思うと、こちらの返事を待つこともなくからいつになく覇気のない鷲己が顔を覗かせた。
「イチロウ、私を愚か者と笑ってくれ」
「ご愁傷様」
机の上を片付けながら同輩を受け入れる準備を整えて、声を掛ける。よれよれになった風紀委員の腕章が担い手の心情を表しているかのようで二の句に困っていると開けっ放しの扉から見知った虎がずかずかと入り込んで
「聞いたぜ、同じ娘からフラれた奴らで今からカラオケ行って忘れようじゃん」
と宣言したと思いきや僕と鷲己の手を引っ張って学外まで連れ出された。
「これよりウチアゲを開催する‼俺は歌うの苦手だから聞いてるし代金は割り勘な」
「こんなところまで連れ込んでおいてそれかよ」
抵抗する間もなく落ち着かない個室に引き込まれると、寝虎が開口一番に宣言する。何もせずに部屋代を払うのも癪で不本意そうな顔をしながら僕はW.W.A.Oの「スターダスト・シンドローム」を予約する。放心状態の鷲己を横目に一昔前の骨太なベースにのせてしっとりと響くメロディの十八番を歌っていると、薄暗く狭い個室に響くノックの音に背筋を伸ばして入り口に視線が移る。
「ご注文のお品物をお持ちしました」
と不意に入ってきた豹に、
「頼んでないです」
と返すと豹は上辺だけの礼をして通路に引き返す。
アレンジされたやけに耳に残る演奏を背景に、歌声が締め出された個室の中で立ちすくむ僕。それからも僕だけが目的もうやむやになった個室の中誰も聞いていない歌を歌い続けていた。
一時間後、気が付くとあれだけ熱心に引き込んだ寝虎はソファで眠りこけていて鷲己もいまだ我を失ったまま座っている。腐れ縁だと普段はつけはなしているが、押し黙られると居心地が悪い。肩を揺さぶって話しかける。
「おい鷲己、辛いのはわかるけどせっかくだし楽しもうぜ」
「わたしがこんなところに居てははしたない」
目も虚ろにぼそぼそと話す鷲に親友として寄り添いたいという感情に背中を押された僕はいつになく熱心に声を掛け続ける。
「お前が好きになるだろう女は星の数ほどいるんだ、こんなことで諦めるんじゃないぞ。そして僕はここにいる、だからこんなところでうじうじしてるのは鷲己らしくないじゃないか」
瞬間、バチッという音と共に目の前が真っ暗闇に包まれる。目の前の小柄な鷲の肩をつかんだ両手を離さないまま硬直する。目に見える物が全てでない事、見た目に惹かれたオッドアイの猫の事など忘れようとしたこの会合。急に動いた鷲に対応しきれず鼻先があいつの意思のように固いくちばしに触れて静電気のような衝撃が脳を灼く。
今度はこちらが放心していると急に部屋が明るくなって数秒間、鷲己の蒼く輝く瞳に吸い込まれて目を背ける頃にはこの何とも言えない空気から逃げ出したくなって寝虎を叩き起こして三人でカラオケを出る。
二人が話している背中を見ながら、星も見えない夜空にこの感情の名前を探して少しずつ色づいてゆく世界に気付かないまま帰路に就いた。
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